善意の行き先

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:7人

冒険期間:10月14日〜10月21日

リプレイ公開日:2006年10月25日

●オープニング

 冒険者ギルドの前で、みずぼらしいとしか言えない姿の子供が佇んでいた。年の頃は六、七歳。着ているものは服というより襤褸だ。
 受付係の一人が、その子供の前に座って話している。
「おばあちゃん、死ぬ前にむすこにあやまりたいって泣くんだ」
「おばあちゃんの息子って、お父さんのこと?」
「ちがう。おばあちゃんが小さい頃にさよならしちゃったの」
「おばあちゃんが若い頃に生き別れたのか。名前や歳は?」
「しらない」
 どう見ても子供は依頼人ではないが、人探しをしてほしいと思っているようだ。もしも話をずっと聞いていれば、子供がおばあちゃんと呼ぶ女性に拾われて育てられ、時々聞かされる生き別れの息子のことを探してほしいと願っていることが分かっただろう。そう考えていても、情報はまったくないも同然なのだが。
 しかし、受付係はおばあちゃんを連れて来いとは言わなかった。
「人を捜してもらうには、お金がたくさんいるんだよ」
「そうかあ。じゃあ、帰る」
 何が入っているのか、ずだ袋を下げて、子供はどこかに帰っていった。パリの市外に繋がる門に向かう方向だ。
 子供が立ち去った方向を心配そうに見やるギルドの職員が居ないではないのだが、ここで温情を示すとギルド周辺で冒険者の善意にたかるものが現われかねない。それでなくとも探し人の情報もないのでは、依頼として成立しようもなかった。
「なんか深刻な話してたけど、どこか引き取ってくれる教会とかないかねぇ」
「ばあさんは先が長くないみたいだけど、なにしろギルドの前じゃな」
 子供はどっちのほうから来たかなと言いながら、仕事に追われているギルドの人々は勝手に外に出向くわけにも行かない。子供のことは、明日以降に縁があれば何か行動を起こすことがあるかもしれない。

 まだ、そこの角を曲がれば、子供の姿を見付けることは、まだ出来るだろう。

●今回の参加者

 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea5886 リースス・レーニス(35歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb0744 カグラ・シンヨウ(23歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ キャル・パル(ea1560)/ サラサ・フローライト(ea3026)/ リスター・ストーム(ea6536)/ ポーレット・モラン(ea9589)/ アニエス・グラン・クリュ(eb2949)/ 黒之森 烏丸(eb7196

●リプレイ本文

 子供が随分と長いこと立ち話をしていたのと、見るからに貧しげな外見が目立ったからか、どうにも様子が気になってしまった冒険者は随分といた。何人かはあちこちに散らばって、子供とおばあちゃんに関する情報など集めに行ったのだが、それでも子供が言う『テント』まで付き合ったのが十名前後。
 そうして彼や彼女達は、一瞬黙りこくってしまったのである。
「おばあちゃんに、お客さんって言ってくるね」
 子供、アルが潜り込んで行ったのは、板切れと破れの目立つ布で適当に覆われた『テント』で、冒険者達が日頃使うものとは比べるべくもない。というか、テントと言う代物ではなかった。中におばあさんが寝ているとしたら、アルがどうやって寝ているのかよく分からない。
「自分の荷物に、テント入っとる」
「あたしもあるけど、二人用なのよ」
 クレー・ブラト(ea6282)とセレスト・グラン・クリュ(eb3537)の二人が最初に気を取り直して、ちょうど持ってきた荷物を探り出した。クレーのテントのほうが大きいので、まずはそちらを広げる。
「先に暖を取る準備をしないとね」
「あたし、薪集めるー」
 ガブリエル・プリメーラ(ea1671)の言葉に、リースス・レーニス(ea5886)が走り出した。今の場所はパリから伸びる街道を、ちょっと外れた林の中だ。もしかすると誰かの土地で薪拾いが許されていないかもしれないが、そんなことを言っている場合ではない。他にも何人か付き添ってきた人々が薪拾いに出向いた。
 その間にユリア・ミフィーラル(ea6337)は皆が持っていた食料で料理の準備に入り、カグラ・シンヨウ(eb0744)は周囲の草を払って火を焚く場所を作っていた。さすがに全員、こういうことには手馴れている。
 しかし。
「お話を聞くどころじゃないみたい?」
 アルも相当痩せているが、骨と皮ばかりの姿の『おばあちゃん』は、咳き込むことが多くて、皆が集めた薪で最初に作った薬湯を飲ませても容易には落ち着かなかった。ユリアや皆が聞きたい話は、とてもではないが持ち出せる状態ではない。アルはここまでの道すがら、セレストが着せてくれた防寒着を脱いでおばあちゃんに掛けてやり、また着せなおされている。もちろんおばあちゃんはクレーのテントに運び込まれて、毛布でくるまれていた。
 アルは『この人たちがおばあちゃんのむすこをさがしてくれるって』としか言えないし、おばあちゃんは皆の説明を聞けるほど様子が良くなかったので、おばあちゃんの名前がリリィだと聞き出せたのは翌日になってからのことだった。
 その間のアルは、せっせと火の番をしながら、持っていたずだ袋からパンと小さなチーズを取り出していた。どうも波止場で荷下ろしをしている大人に混じって、雑用をしては貰ってくるらしい。セレストとユリアが作ってくれた食事を勧められて、最初は遠慮していたが、食べ始めると咽ながらもかきこんでいる。
「だいじょーぶ? たくさんあるから、慌てなくていいんだよ。熱いから気をつけなきゃ」
 リーススが傍らで世話を焼いてやって、おばあちゃんには冷ましたスープをカグラが一さじずつ飲ませていたが、大人達は妙に言葉少なな夜になった。

 そうして夜が明けて、リリィという名前を六人ほど残った冒険者達が確認した頃には。
「ねーねー、アルがお仕事に行くんだって。あたしも一緒に行ってくるね」
 仕事を休むと食べ物がもらえないと出かける用意をしているアルに、リーススが付き添っている。そのまま波止場の人からも情報を集めてくるようにと、皆から入れ知恵されていた。なにしろ近隣の教会にリリィとアルのことを問い合わせてくれた仲間によれば、彼らがここで野宿をしていることも知られていなかったのだ。代わりにパリの貧民街に回った者は、この二人だろう老婆と子供がいたと聞き及んでいた。老婆の咳がひどく、移る病を警戒されてやむなくここまで流れてきたものらしい。
「これ、途中で服を替えて」
「あ、そうだね。あたしも」
「このくらいでいい?」
 アルが『仕事に行かなきゃ』と繰り返すので、ガブリエルがリーススに銀貨を一枚手渡した。それを見て、この時テントの外にいたユリアとカグラが同様にする。施しではなく、見ているほうが寒いからだとか、リリィから話を聞くときに間に入ってもらうからとか、色々理由は付いているが結局のところ。
「あんなにまっすぐな目の子には弱いわよね」
 ガブリエルが言う通りのことらしい。
 その頃、テントの中では一晩休んでようやく咳も落ち着いたリリィ相手に、クレーとセレストが事情を説明していた。神聖騎士の二人が最初の説明を担当したのは、単に相手の警戒心を解くためだが、クレリックのカグラが加わらないのは東洋人とのハーフでクレリックに見え難いことのほかにも理由がある。冒険者は大半が気にしないが、病弱な年寄りを驚かせる必要もないだろう。そういう配慮だ。
 テントの中で為された話はといえば。
「これは神のお導きや。困ったときはお互い様とも言うやろ。気を悪うせんでな」
「あたしも夫が亡くなって、娘がいなかったらどうなっていたかと思うことがあるのよ。そのせいか、アルが他人事ではなくてね」
 アルが冒険者ギルドで『おばあちゃんの息子探し』を依頼しようとしていたと聞いて、リリィは涙ぐんでいた。けれども息子のことを二人が尋ねると、頑として口を開かない。見るからに事情がありそうな態度だが、息子のことを忘れているわけではないようだった。
 ただ、アルが感じている『会いたい気持ち』はあまり感じられないのも事実だ。頑なな態度に、セレストとクレーは視線で語り合った。これはちょっと、予想していたのと違うかもしれない。
 でも、ここで引き下がってはそれこそ気まぐれな輩になってしまう。そうなるつもりなど六人ともにないので、少し時間が掛かってもと思い直した。もちろんこの場に残った五人全員がだ。

 それから四日程経っても、リリィの態度に変化はなかった。正確には皆の親切への感謝はあるが、息子のことには触れてくれるなという態度のままなのだ。アルはこざっぱりとした古着を買ってもらい、セレストが新しい服を縫ってくれているので、すっかり六人に懐いている。でも、『おばあちゃんのむすこ』のことは気に掛かるらしい。
 この間、まったく息子についての様子は分からないままながら、六人は手分けしてリリィとアルのことを調べて回っていた。リーススは波止場でアルの事を聞いて歩き、二年近く前に借金で行方をくらました父親に置き去りにされたことに辿り着いた。直後にリリィに拾われて、現在まで一緒に暮らしているのだ。リリィはその少し前に、どこかからパリに流れてきたのだが、昔のことは誰にも話さなかったらしい。
「二人で波止場の雑用してたんだけど、おばあちゃんが具合が悪いんで、今はアルだけなんだって。これ、今日貰ったパンね」
 なにしろアルは子供なので、手間賃が貰えるほどの仕事にはならず、食べ物を渡されているのだそうだ。今はリーススも行くので、幾らか手間賃が渡されている。
 他の五人は交代でリリィの傍に付きながら、教会はじめ波止場以外の場所で何か手掛かりがないかを探していた。最初に彼らが頼ったのは、近くの教会である。
「洗礼を受けていれば、何かしら記録があると思うけど‥‥聞いたところじゃ、アルも怪しいものね」
「ここになかったら、洗礼をお願いすることはできますか?」
 滅多に余人が入れない書庫の中に入れてもらって、リーススが聞いてきた話から洗礼の記録を調べていたセレストとカグラは、なかなか目指すものを見付けられないでいた。借金で姿をくらますときに、幼い子供を置き去りにするくらいだから、まじめに教会に通っていた親とは思いにくい。となれば、洗礼記録があるはずもなく、アルの身寄りを探る手立てはここにはないことになるだろう。リリィに至っては生まれも言わないので、シフール便で心当たりに問い合わせることも今のところは不可能だ。
 仕方がないので、今度はセレストのつてで近隣の産婆を尋ねて回ることになった。その前にカグラが願ったのは、アルの洗礼と‥‥後は後日のことだ。
「狭いですが、一部屋用意できますよ。私が出向くよりは、貴女方が話したほうがまだ受け入れてもらえましょうかね」
 必要があればいつでも出向くけれどと、教会の老司祭は二人を見送ってくれた。
 セレストが同業者に聞いて歩いたところでは、アルの母親はすでに亡くなっている筈で、父親は姿をくらませて以降噂を聞かないということだった。もし近辺に現れれば、顔が分かる者は相当いるそうである。それとアルは六歳半になるらしい。
 他の教会には、クレーとガブリエルが回っていた。こちらも望み薄だがリリィの息子の情報やアルの洗礼記録を確認させてもらっている。特にクレーが気にしたのは、リリィが生き別れた息子を引き取った相手の情報が手に入らないかだ。男の子一人が養子に出た記録ないし記憶を探して、随分と人にも話を聞いた。人から話を聞きだすのはガブリエルもそれなりに上手で、相当の人数から色々な話を聞きだすことは出来たのだが‥‥
「母親がその後行方知れずの子供はいないみたいねぇ」
「生き別れたちゅう話やけど、事情があるんやないかな」
 リリィの態度から、あれこれ推測を巡らせた二人は、けれどもいかなる『事情』かの決め手に欠いていた。なんとなく母親として子供に顔向けできないような、そういう雰囲気は感じないでもない。けれどもそれが養子に出したことなのか、別なのかは今の状況では知りようもないのだ。
 すっかり息子探しを皆に任せて、でも食い扶持を稼ぐことはきちんと全うしようとしているアルのことを考えると、なんとかしてやりたいと思うのだが。当然それは、六人全員どころか、一日だけでもと走り回ってくれた人々にも共通する思いだろう。
 そうして。
 この日の食事当番というか、食事当番の大半を買って出ていたユリアは、リリィが少しでも食べやすいようにとパン粥を作っていた。相当身体が弱っているので、具も柔らかい物を選んである。本当は肉なども入れればいいのだろうが、喉につかえるようなのでスープを取って粥のベースにした。
 ちなみに根が大変に明るい彼女は、何をしているときでも黙ってはいられない。歌より楽器のバードだが、料理中の鼻歌は当然、リリィに食事を供するときにも負担にならないように配慮しつつもあれこれと話しかけていた。流石に息子のことを聞き出すのは、一応止めているが。
「あ、波止場の近くの教会の司祭様がね、アルの洗礼がまだのようだからいつでも連れていらっしゃいって。誰が頼んでくれたんだったかな、調子のいい時にお願いしよ?」
 生まれた時に洗礼をした記録が出てこないので、早いうちに洗礼を受けないと、今度は教義の理解がどうのこうのと言われることもある。そうならないうちがいいと聖職者達が口を揃えたのだと、ユリアは祝い事があるぞ位の気持ちで口にしたのだが‥‥
 リリィに突如号泣されて、危うくパン粥の器をひっくり返すところだった。

 リリィが人に言いたがらない事情。それには、正式な結婚をしないで生まれた子供。何らかの事情で子供を置いて家を出ている。または口減らし等で子供を売った。などなど幾つか上がっていたのだが、『アルの洗礼と今後の生活手立ての手配をした』と聞いたリリィがようやく打ち明けてくれたところでは、
「金持ちの妾に入って生んだ子供を置き去りにして、別の男に乗り換えた。なるほど、知り合ったばかりの他人に言いたいことじゃないかもね」
「す、すごい話だねー」
「バードなんだから、そのくらい聞いたことあるでしょうに」
 ユリアとリースス、ガブリエルが話している隣の部屋では、皆の説得を聞き入れて教会に身を寄せることを承諾したリリィがアルと休んでいる。リリィの体調がもう少し落ち着いたら、アルの洗礼をしてもらえることにもなっていた。リリィも食事がちゃんと取れるようになったここ数日は顔色が良くなってきていたのだが、身体の具合を見てくれた薬草師によると胸の辺りに良くないしこりがあるので、結局先は長くないだろうということだ。
「本当なら、息子が見付かるまでお手伝いするべきなんでしょうけれど」
 司祭達と話し合っているのは、セレストとクレー、カグラの三人である。セレストの言い分はもっともだが、彼らにも都合があるし、なによりこちらの教会に身を寄せたなら気ままに出入りするのは失礼だ。さて、と思っていたところ。
「元いた場所の教会に手紙を出して、結果次第でまたお話を持っていくかもしれません。そのときに手が空いていたら、協力していただく。それでいかがですかな」
 お礼は十分に出来ないので、その時出来る範囲で頼めれば。人のよさそうな司祭は、なにより『常に気に掛けてくれる人がいること』が大事だと言った。アルがこの先成長していくのに、そういう人がいることが励みになるからだ。
「そうしていただけるものなら、ぜひ」
 なんとかして息子の安否だけでも知らせてあげたいと、『先は長くない』と聞かされたカグラは先程まで礼拝堂で祈っていた。人に褒められない行いをしてきたからこそ、素直に息子のことを言わなかったのだろうリリィだが、それで最後まで苦しむのは慈愛の母の望むところではないはずだ。
 クレーもしばらく司祭となにやら話していたが、押し問答が入った末になんとかまとまったらしい。皆と手分けして聞き取ったアルの身元と、リリィのことを羊皮紙に記してもいた。リリィがまだ五十四だと聞いて、全員多少の差はあれ驚いたのだが。どう見ても七十近くに見えるが、病気と生活の労苦が重なったためのようだ。
 その翌日も、朝から仕事に向かうアルにバードの三人が『元気の出る曲』を贈って、ガブリエルからはオカリナも貰ったアルは、顔を輝かせて真新しい肩掛け袋にそれをしまった。服と袋はセレストの夜なべの力作である。他に『古着だから、アルが着ないと誰も小さくて着られないから』とリリィには言い張って、買い整えた服が何枚か。
「おばあちゃんのお世話、いっぱいしてくれてありがとうございました」
 このまっすぐな目があったから、思わず今まで付き合ってしまったんだなと皆に思わせる笑顔で一礼して、アルは元気に波止場へと向かっていった。その足取りは、最初に会ったときよりずっと力強い。