●リプレイ本文
橋を一日通行止め。
通行妨害転じて橋そのものに悪さを仕掛ける『子供三人』を相手にするための要求に、村長は唸ってしまった。何しろ人家と畑などがある地域を結ぶ橋、村の中の交通の要所である。一日中通るなというのは、流石に今の時期でも困難だ。
しかし。
「大きさが違いますけれど、性質から見て間違いないように思うのですよ」
白クレリックのクリミナ・ロッソ(ea1999)、神聖騎士のセレスト・グラン・クリュ(eb3537)の二人が代表で村長に掛け合った際、『相手はデビルと疑われる』と理由も含めて伝えたので、村長は別の意味で唸り始めた。村の安全を考えたら、一日くらいは何とかするべきかと考えが傾いたようだ。
「こちらへ来る途中に行き会った人にも尋ねたけれど、この辺りで似たような子供の行方不明はないかしら?」
クリミナの話を聞いて橋封鎖やむなしに考えが至った様子の村長が、セレストの問いかけには首を傾げた。隣の村とも半日くらいは離れているが、子供が三人も行方知れずになれば様子を尋ねる人がやってくる。そうでなくても村を巡る行商人、芸人などが多い季節でもあるが、そうした話は聞いた事がないそうだ。デビルが誰かに成り代わって‥‥という心配は、幾らか薄れたと見てよいだろう。
「あんなに痩せた子供が通れば、誰かが覚えているだろうしなぁ」
村長は二人の心配には気付かなかったようで、そう呟いた。よほど目立って痩せているらしい。
代表二人が村長の家に出向いている間に、オルフェ・ラディアス(eb6340)を除いた他の四人は橋の様子を確認しに行っていた。この日はすでに問題の子供達を追い払ったばかりということで、周辺にそれらしい姿はない。一応冒険者が来たと悟られないように、相当目がよいラフィー・ミティック(ea4439)とリディエール・アンティロープ(eb5977)は遠くから周辺の様子も含めて観察し、物陰に潜むのも得意なクロード・レイ(eb2762)は人家の立ち並ぶ辺りから橋までの様子をこっそりと伺い、天津風美沙樹(eb5363)はまったく別の視点で隠れる場所が『作れそうな地点』を探していた。川の周囲は水汲みや増水時の確認のためもあるのか見晴らしがよいが、少し離れると橋の向こうに果樹が植わっていたり、麦藁が幾らか積んである。隠れ場所を作るのは、それほど難しくはなさそうだ。
一通り彼らが観察を終えたところで、村長の説得を終えたクリミナとセレスト、それから周辺の村に足を伸ばして情報収集していたオルフェが合流した。半日足らずの遅れで済んだのは、街道で荷馬車に相乗りさせてもらったかららしい。あちこちに藁くずが付いているが、それはそれとして。
「デビルのことは、クリミナさんが教えてくださったこと以外に決定打になるような話は見付けられませんでしたが、近くの村の人の話は途中で聞けました」
オルフェが街道であちこちの村の人々や行商人などから話を聞き込んできたところでは、この村の子供たちが現れた前に『三人組の痩せた子供』を見掛けた人は一人もいなかった。祭りとはいえ、すぐに衣食を与えたほど痩せている子供ならどこかで目撃されれば噂の一つにもなっていそうだが、まったくそんな気配はない。そういった噂を聞いた人は、揃ってこの村のことだと言ったようだ。
「それは気を引き締めて掛からねばなりませんね。約束も『人』に手は出さないだそうですし」
エルフでウィザードのリディエールが『人』と強調したのは理由がある。クリミナがそうではないかと挙げたデビル、アガチオンが『捕まると、逃げ出すために人と約束を一つするが、出来るだけ守らないで済むように曲解する』のが常だと教えられたからだ。この村は人間の村だったので、『人』が人間のみと解釈している可能性もある。
「橋にいないときはどこにいるんだろうねー」
村の共有地にあった林檎を分けてもらったラフィーが、苦労して切り分けようとしながらアガチオンの隠れ家はどこかと頭を悩ませている。何しろ日中しか現れない、デビルにありがちな暗闇に潜む印象とかけ離れた存在だ。どこかに隠れているのだろうが、人とデビルでは隠れ方も違う。例えばシフールのラフィーが納屋などに紛れ込むのとは、まったく状況も異なるだろう。
「デビルなら、人のいないところまで移動するのはそれほど大変でもなかろう。そういうところを見せたら、その場で射ても平気か?」
林檎を取り上げて半分に切り分けてやりつつ、クロードが口を挟んだ。態度同様に愛想のない声で、屋内でも被り物を取らないが仲間の誰もがそれで当然のように振舞うので、村人の中では『顔に傷でもあるらしい』と勝手に解釈されている。もちろん事情は別にあるのだが、訂正する必要はないだろう。
そして仲間内だけでなら顔を上げて話す彼は、ちょっとばかり面倒くさがりだった。相手がデビルだとして、その証明もなしに射たり、刃を振るったら、『懲らしめてくれ』が依頼の村人達は仰天するだろう。ゆえにデビルであると誰もがわかるようにしてからでないと、うかつに手を出せば相手に付け込まれかねないのだが‥‥姿を変じる相手はこういうときに面倒だ。
「リディエールさんのアイスコフィンに期待ですけれど、三人全部凍らせる前に逃げられるかもしれませんものね。一度で退治しないと、他所で何か仕出かすでしょうし」
美沙樹もせっせと手を動かしつつ、三人一緒に使えるなり退治する方法を考えていた。ちなみに彼女とセレスト、クリミナの三人が作っているのは、姿を隠すための小道具類である。大半は麦藁などを付ける大きな布で、テントのように内部に入るか、潜って姿を隠すのに使う。パリで仕入れてきた分では色が周りに合わなかったので、村の女性達に声を掛けて色々な布地と変えてもらったものだ。足りない分は皆で金品を出している。実入りの点ではなんとも物悲しい話になるが、連れてきたロバなどの世話も快く引き受けてくれた人々の善意にばかり頼るのは、全員あまり嬉しくはなかったのである。それでなくても、色には結構注文を付けたし。
他にもオルフェがクロードと相談して、川の周辺にいかにも姿を隠しやすい、たまたま誰かが作業のために置いたような木箱を並べることにしていた。これらも村から借りるのだが、子供達が魔法を使うかどうかの確認だと説明したので、必要な量をすぐに都合してくれた。物陰でなら気を緩めて魔法を使うだろうとのリディエールの説明が良かったようだ。ただし、村の誰も魔法の発動に特有の発光は確認していない。
「明日は姿を確認して、明後日はとっ捕まえるんだね。でも夜はぐっすり寝られるなんて、なんだかいい仕事かもー」
村人も夜間に見張ったことがあるらしいが、本当に昼間にしか現れない相手なので、今は誰も橋を見張っていない。こう聞くとアガチオン以外の何者でもなさそうだが、確かにラフィーの言う通りに休息が取れるのはありがたかった。
人間以外と戦うのはいずれも初めてではないから、そういう緊張とも無縁の七人である。
翌日。
デビルと聞いて、一晩まんじりとも出来なかった様子の村長に断って、橋の周辺のあちこちに隠れた冒険者七人は、昼近くに現れた子供三人を見て目を疑った。一人が鉈を持っていたのだ。明らかに橋を壊すつもりである。
これはまずいとクロードが矢筒に手を伸ばしたが、その前に村人の一人が三人に気付いた。毎日やっているのだろうが、怒鳴りつけて、棒切れを振り回す。物を投げたりしないところが、村人の気質を良く表していた。
怒鳴られても橋に近づいてきた三人だが、大声に集まった人々が棒切れや鍬を持っているので逃げることにしたらしい。それでも石を投げつけたり、鉈を振り回して見せたりしつつ、パタパタと体格に不似合いな速さで走り出した。
クロードとラフィーは民家の屋根の上、美沙樹とオルフェは逃げ道用に設置した木箱の近くに作った隠れ場所に、リディエールとセレスト、クリミナは少し離れて物陰を利用した隠れ場所に潜んでいた。このうちオルフェと美沙樹、ラフィーとクロードが目撃したのは予想通りの光景だ。
木箱の陰になったところで、誰もいないと思っている三人のうちの二人が不意に姿を消す。小さなものが飛び去ったので、虫に変身したのだろう。そうして残った一人は、村人が木箱の後ろを確認しようとしている間にすたこらさと逃げていく。途中で姿が消えたが、多分やっていることは同じだ。
デビルの知識がなければ、確かに魔法だと思って不思議のないことである。魔法を使う人々には、大変面白くない話であった。
「あれと間違われるのは、流石に業腹よね」
セレストの言葉に、リディエールが一番強く頷いた。
不幸中の幸いは、『子供達』が鉈を打ち捨てていったこと。調べてみれば、村の一軒から持ち出されたものだと分かった。
そうして次の日。
村長にデビルならくれぐれも間違いなく退治してくれるようにと頼み込まれた七名が日の出から万全の態勢でそれぞれの持ち場についていた。この日ばかりは報告を聞いた村人も橋は通らず、何箇所かで『子供達』が現れたら知らせてくれる手はずになっている。一部、本当にデビルかと怪しむ人とデビル退治なら覗いてみたいというのがいるが、セレストとクリミナから橋から離れているように重々念押しされたので、橋を向いている冒険者達の背後にいる形だ。
ラフィーとリディエールはいささか寒いが防寒具は脱いで、身軽になって橋の上だ。しばらくは物陰で待っていたが、いつまで経っても『子供達』が現れないので橋の上で世間話をしている様子を作っている。
弓での援護がすっぱりと気配を消したクロードと、それほどまでいかないが物陰に潜んだオルフェ、美沙樹はいつでも突撃出来る位置を取り、セレストは鳴弦の弓を抱えたクリミナを庇う位置だがこれまたいつでも走り出せる態勢だ。
でも、橋の上の会話はのんびりとしたものである。
「デビルといったら、やはり蝙蝠のような羽と矢じりのような尻尾があると思うのですけれど」
「ちがうよー。毛むくじゃらで耳がでっかいんだよー。でもこんな風にとんがってる、かっこいい耳じゃないと思うよー」
「耳はともかく、私もデビルはこんな綺麗な羽ではないと思います」
人間とは違う互いの種族的特徴を会話に交えつつ、しばらく二人が語っていると、川沿いの一角から怒声が響いた。見張りを努める村の若者だろうが、ただならぬ気配である。理由はすぐに、どちらも目の良い二人に知れた。
「うわー、斧だー!」
ラフィーが半ば本気かもしれない悲鳴を上げて、クロードが隠れているはずの方向に手を振った。リディエールもこれは子供の姿のままでもアイスコフィンをかけて平気ではないかと思って身構える。
体格に合わない斧を振り上げて、奇声を上げつつ二人に向かってくるのだ。
「こいつらと橋を壊して、川を赤くーっ」
間近まで来て、ようやく意味がある言葉がこれだった。
さしもの出来事に、重々言い聞かされていた村人達も数人手助けにと駆けてきたのだが、その頃にはオルフェとクロードの弓弦が鳴っていた。クリミナも美沙樹に借りた鳴弦の弓を、意外にも慣れた様子で鳴らし始めている。
悲鳴が上がったのは、『子供達』三人から。今にも凶行に及ぼうとした三人がリディエールまであと少しというところで、後方から四本の矢に襲われたからだ。何しろ的も走っているので、命中は一本だけだが先頭に当たれば威嚇にも良い。矢が四本なのは、クロードが三本一斉に放つ妙技を披露したからだが、あいにくと村人達はそれを拝む余裕がなかったようだ。
その頃には、セレストと美沙樹が飛び出して、それでも一応は剣の腹や盾で三人を殴り倒している。これだけ立派に武器を持ってくれば、叩き伏せてもまず文句は言われない。それでも手加減しているのは、どちらも刃を振るわないことで見ている村人にも伝わるだろう。
けれども、その間隙を縫って逃げ出そうとした一人に対しては、『ぶつっ』と小気味良い音を立てて、尻に矢が一本突き立った。今度は普通に撃ち放ったクロードの矢である。こちらは『逃亡許さず』で実力行使に出たものらしい。
途端になんともいえない悲鳴を上げて、子供の姿がみるみると縮んだ。半分近くになって、ピーピーと泣き声のようなものを上げている。
「うるさい音がするー、これ邪魔っ」
「うるさい、うるさい」
他の二人も斧を投げ捨てて、背丈が縮んだ。顔形も変わって、見るからに性格悪そうな、牙のある顔の小人になる。がっと口を開けたのは、噛み付くほうが楽な攻撃なのかもしれないが‥‥
着々と呪文を詠唱していたリディエールのウォーターボムとラフィーのムーンアローが、きちんと発動した。他の五人が絶対に食い止めてくれると考えてか、しっかり集中したようだ。
「うわー、川壊すの無理―」
「もうしない、もうしない」
「約束する。何か願い事も叶えてやる。言え」
妙なところで息の合った言葉を並べて、三体のアガチオンが引き据えられた。村の若者は遠巻きにして、呼ばれた村長も恐々離れたところから眺めやっている。クリミナはしばらく鳴弦の弓を鳴らしていて、その間にリディエールが一体ずつアイスコフィンで凍らせた。他に五人も見張っているので、アガチオンも逃げ道はなかった。それからアガチオンをどうするかの確認に入る。
冒険者一同の考えは『ここで退治しないとまた繰り返す』で、村長他村人も『デビルを見逃したら後が怖い。仕返しされそう』と後々の面倒はないことを願っている。そもそも斧まで盗み出して人を襲おうとしたのだから、『人間は襲わない』と曲解した約束も当てにならないと村人も察していた。人がいるときに橋を壊すとか、いつかはやったかもしれないのだ。
「デビルってのは、退治できるもんなのかね」
「氷を溶かす手間はありますが、もちろん出来ますよ」
それならぜひとも後顧の憂いがないようにしてほしいと頼まれて、七名は薪を分けてもらい、一体ずつ氷を溶かしては退治することにした。人払いはしたが、数名が仕事振りの見届け人と手伝いで残っている。物見高い人々である。
そんな人達に、見た目麗しくないこと甚だしい小人が問答無用で斬られたり、魔法で止めを刺されたりする光景がどう写ったかといえば‥‥
「すごいんだ、魔法だと体も残らないように消してくれるんだ」
デビルは退治すると死体は残らないと教えたものかどうか、ためらうような熱っぽい口調であった。聞いている側も、微妙に興奮している。
それはそれとして、冒険者達の側には日が暮れた後のアガチオンはそれこそ消えるのではないかという思いもあったが、最後の一体が溶けた氷から抜け出した時に日没が来てしまっても、幸いにアガチオンは消え失せたりはしなかった。これまでにない逃げ足で逃げ去ろうとはしていたけれど、これは一つ知識の蓄えとして貴重であろう。ということで、村人の熱心すぎる氷溶かしは悪い方向に転ばないで済んだ。
その翌日。
デビルを退治したことで歓待されて、バードの本領を発揮していたラフィーは、即興の歌で皆から拍手を受けていた。
『悪魔は正体現して 橋を壊せず 自分が氷漬け
それから綺麗に倒された』