写本捜索

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 1 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月03日〜11月09日

リプレイ公開日:2006年11月13日

●オープニング

 冒険者ギルドの係員が、依頼人の下に出向いて依頼を受けることは通常ない。相手が貴族であろうが、これは大原則だ。シフール便や書付などの依頼も受けない。そこに記載された依頼人当人の意思だと確認することが出来ないからだ。ごく稀に依頼書とともに当人が持参した書付を掲示することはある。これも当人が持参した場合のみだ。
 ただし、ごく少数ながら、この大原則から除外される相手がいる。冒険者ギルドに何らかの支援をしている支援者達の中でも、これは特例中の特例だ。大枚払っても、思うとおりになるものではないのだが。
 今回の相手が、まさにそれである。
「俺は白の騎士団の偉い人に会うのは初めてですよ、フロランス」
「あら、そうだったかしら。若い時に会っているのではなくて?」
「‥‥言われてみれば。でもあの時は偉い人じゃなかったですから」
 普段の活動的な服装をそれぞれに改めて、良家の若奥様とその家の執事補佐のような姿の二人が、小奇麗な家を訪ねたのは昼日中のことだ。冒険者ギルドで警備に当たる者が、御者役で門の近くの小屋に控えている。もちろん家のあちこちにも、身のこなしも軽ければ、隙のない人が何人もいた。一部客の案内に勤める者などは、これまた本職の執事や侍女であろう。
 日常生活ではまず縁のない世界に放り込まれた冒険者ギルドの受付係は、まったく動じないギルドマスターのフロランス・シュトルームを見習って無表情を通していた。
 だかしかし。
「おぉ、わざわざすまなかったな。フロランス」
「おじさまの御用とあれば仕方ありませんわね。きっと紅茶を振舞っていただけると期待してまいりましたのよ」
 あのブランシュ騎士団の多分二番目くらいに『偉い人』、ギュスターヴ・オーレリーに『もてなしてくれ』と言ってのけた上司を、何か不思議な生き物でも見るような顔になったと、受付係も思った。後ほど、フロランスとギュスターヴの二人にも言われてしまうのだけれど。
 それはともかくとして、ギルドマスターを直々に呼んで内密の依頼を通せる人物は、結局のところ国王とその側近衆くらいのもの。そういう依頼は、相当面倒だと考えていい。

 だが前例からすると、今回はまだそれほど面倒な話ではなかった。裏は面倒で複雑怪奇だが、やることはそんなに大変ではない。適材適所の人物が集まればだが、それはどの依頼でも同じことだ。
「現場はここ、騎馬なら一日足らず、徒歩なら二日掛かるかどうかだな。すでに周辺は近くの騎士団が包囲していて、応援は騎馬で向かう」
 パリの街から徒歩二日の場所にある貴族の館が、オーガ種の群れに襲われた。大半の者は逃げ延びたが、運の悪い当主と側近が殺された模様だ。はっきりしないのは行方不明だからで、館から脱出した情報がないので死亡と推測されている。
 この館はたまたま補修していた通用門を突破されたのだが、近隣の騎士団がそこを閉鎖したのでオーガ種は内部に閉じ込められている。おそらく内部にある武器で武装して、手強い相手になっているだろうが、そちらの討伐は今回の依頼に含まれない。現地にいる騎士団と応援で討伐する予定だ。
 冒険者に求められているのは、当主が最近写本させたはずの書物を探して見付け出し、持ち帰ることである。どこかの言葉で火事場泥棒というらしいが、今回は騎士団にも話の通った依頼なのでなんら問題はない。
 問題は。
「こちらで調べた範囲では、ノストラダムスというのは当人の性格は悪くないようだが、悪い話ばかりが良く当たる。その預言とやらを書き溜めた書物の写本を収めるように、その地域の者に声をかけたがなかなか届かない。それでいて、この男のところにはそれがあったのでは、な」
 あまり良くないこと、内容によっては世を惑わす内容を預言と主張して広言する者の動向を、国の要請でもきちんと伝えてこないとなれば王宮も警戒するだろう。本物の預言者であれば丁重に遇するべきだし、そうでなければ教会とともに処罰せねばならない。その判断基準になる情報を手に入れるための依頼ということだ。
 他人の不幸に付け込む形になったのは、単純に。
「館に出向いて貰い受ける予定だったが、オーガどもに先んじられただけのことだ」
 今回応援で派遣される騎士達は、意訳すると『写本を取り上げるために館を強襲する準備をしていた』人々らしい。なんともきな臭い話である。
「わざわざ冒険者に頼まずとも、騎士団だけで事を収めたらよろしいではありませんか」
「陛下の書状に逆らって、写本を隠した輩だ。騎士では分からないようなところに隠してあるかもしれないだろう。探してくれ」
 そういう仕事が出来る人もいるだろうにと冒険者ギルドの二人は思ったが、とりあえず飯の種に対しては余計なことは言わなかった。代わりにいただくものは、供された菓子まで全部いただいてきたのだけれど。

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2898 ユナ・クランティ(27歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ 護堂 熊夫(eb1964)/ アリスティド・メシアン(eb3084)/ ラディオス・カーター(eb8346

●リプレイ本文

 一部馬の移動に不慣れな者もいたが、何とか日暮れ時に目的地に到着した八名の冒険者は、予想より雑多な装備の騎士の一団に迎えられた。マントは全員白くない。
「あら、どちらの騎士団ですのかしら。モンスターに先を越されたのは」
 ユナ・クランティ(eb2898)がぽろりと口にした一言に、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)、レオパルド・ブリツィ(ea7890)の三人が視線を交わしたが、言われた側は聞き流していた。代わりに差し出してくれたのは、何人かがパリの友人達に頼んでいた調査の結果だが。
「砦や屋敷の中身を書面で他所にばら撒いたりしていたら、今回はもっと死人が出ていたろうな」
 逃げ出した使用人達からの聞き取りで作成した屋敷の内部の地図を広げつつ、シフールが運んできた友人達の調査結果が芳しくないことに落胆している冒険者を見やって、この場の責任者らしい青年と壮年の間らしい年齢の男はからからと笑った。隊長と呼ばれているが、あまり責任者らしい雰囲気はない。
 それでも、その言葉を聞きとがめたディアルト・ヘレス(ea2181)の推論には、賛同らしき頷きを返した。今回の襲撃に黒幕が存在するのではないかということだ。ラテリカ・ラートベル(ea1641)も以前に受けた依頼で、オーガ族を率いるデビルを確認したことがある。
「本を集めている方だったのでしょうか。蔵書がたくさんあると厄介ですわね」
 サラフィル・ローズィット(ea3776)の問い掛けには、収集家というほどではないとの返事。それでも親族から譲り受けた書籍を幾らか抱えているらしい。ロート・クロニクル(ea9519)だけではなく、何人か羨ましげな顔になったが、当然今回持ち出していいのは目的の写本のみ。本はかさばって重いので、撤退の邪魔になるからだ。
「どこまで便宜を図っていただけますか」
 友人からの詫びの言葉が添えられた書面を巻いて、レオパルドが騎士団に問うと『全面的に』と地図を示された。誰もが一番怪しいと思っている四階までの通路は、元が砦にしては案外と幅広の階段が一つ。人が二人は通れるが、剣を抜くなら一人でないと危ない程度だ。寝室と書斎の大まかな大きさも記されていたが、実際に計ったわけではないから多少の誤差はあるだろう。
「これじゃ隠し部屋はわかんねえよなー」
 そもそも使用人が知っていたら、それは隠し部屋ではない。知っていただろう側近は、当主と一緒に行方不明だ。ロートもぼやきはしたが、後は自分の目で確かめるしかないと気合を入れている。
 作戦決行は翌朝。四階までの通路は正門より通用門からのほうが回りやすい造りなので、冒険者はそちらから突入となる。まずは正門から騎士団が入ってオーガ達の目を引き付けたところで、通用門を開けて進入だ。騎士の一部が先導に入るので、敵と交戦になったら擦り抜けて進むのが今回の仕事である。予定では三階に騎士団が防衛線を作ってくれるが、あくまで予定なので八人も警戒は必要だ。ただ。
「撤退のときに怪我人がいても、飛び越えていいからな。回収も魔法も要らないから」
 そこまで念押しされるほど急ぐことなら、何で自分達にと思わないでもない。何かあるよなと思っているのは、シャルウィードばかりではなかった。
 けれども、仕事は仕事として全うするものだ。

 翌早朝。
 外側から閉められた門というなかなか珍しいものを開けて、内部に多数の人がなだれ込んだ様子が音で伝わってくる。夜も明けぬうちから色々内部に仕掛けていたようだから、よほど知恵の回るものがいなければオーガ達は正門の方向に集まっているはずだ。
 斥候を務めるシフールの報告だと、内部にいるのはゴブリンにコボルト、オーガにオークと雑多なオーガ種だ。それだけでディアルトの懸念が裏打ちされるような、滅多に見ない集団である。
 幸いにしてディアルトやシャルウィード、レオパルドの持つ石の中の蝶には反応がない。それでも念を入れて、ヘキサグラム・タリスマンはすでに発動させてあった。動きを妨げることではない用心だから、してし過ぎることはないだろう。
「見付けたら連絡するです。それまでお願いします」
 冒険者一同の馬と荷物は、騎士の従者達数名が預かってくれている。ラテリカからテレパシーで連絡があれば、通用門近くまで連れて来てくれる手はずだ。
「まずは遅れるな。殿もよろしく頼む」
 騎士に続いて八人の中では先頭を行くディグニスが、全員に声をかけた。殿と言われて、レオパルドとシャルウィードが軽く手を上げて応じる。真ん中に挟まれるのは四階まで走ることに専念するユナ、サラ、ラテリカの三人だ。ロートとディアルトが横に着くが、体格は良くても装備は薄いロートも他の四人からするととりあえずの保護対象である。魔法主体の攻撃手は、やはり後衛ということであろう。
 正門と違って勇ましい気合もなく、するりと中に入り込んだ十数名が建物の中に入り込むまでは何事もなかった。二階への階段を上ったところで、前方から何かの鳴き声がする。オーガ種も独自の言葉があるとシャルウィードは聞いたことがあるが、意思の疎通が図りたいわけでなし、意味は考えない。
「お任せします」
 レオパルドが一言挨拶を残して階段を駆け上がる頃には、ディグニスとロートが三階に辿り着いている。何の気配もしないのをざっと確かめて、そのまま四階へ。二階からは相当数の鳴き声がしたが、開け放たれたままの扉の前まで止まらなかった。
「こちらが書斎ですわね。大丈夫そうですかしら?」
 階段を上がって手前の扉が書斎、奥が寝室と見取り図にはなっている。少々息を乱したサラが皆の後ろから覗いて、危険もなければ、死体も転がっていなさそうだと安堵した。当主死亡が言われているが、白クレリックの彼女にすれば生きている希望があるほうが気分も違うというものだ。もちろん怪しげな勢力に加担していなければと条件付になるけれど。
「じゃ、写本探しよろしく。手が足りなかったら遠慮なく呼ばせてもらうからな」
 シャルウィードは日本刀『霞刀』に十手を握りなおして、階段の脇についた。ラテン語の心得がまったくないので探すことは他の人々に託してある。いずれにしても誰かが警戒する必要はあるのだし、前線に立つのは嫌いではない。
 だがしかし。
「待て。撤退の時に撤去できるのか、それは」
「間を抜けたらよろしいでしょう。そういう風に仕掛けますわ」
 同様にラテン語が読めないので、警戒に回されたユナがスクロールを広げてライトニングトラップを仕掛けようとした際のやり取りに、ロートが書斎から顔を覗かせた。彼自身はこの魔法を使わないが、ユナと同じくウィザードである。魔法の効果は大体承知していた。
「他の魔法は?」
「自衛でしたら、アイスコフィンですわね。私、根っからの平和主義者なので生き物の命を奪うなんて出来ませんの」
 あんまり本気ではなさそうだが、大層爽やかな笑顔で言われて、ロートが半眼になった。何事かと様子を伺いに来ていたディグニスもこれを聞いていて、それならと口を挟んでくる。
「ラテン語が読めなくても、ゲルマン語は拙者より詳しかったろう。ゲルマン語の本を選り分けてくれ。交代する」
「その場合、俺のほうが詩の形式とかわかんねえから、順序からいくと俺じゃん。後で預言書の内容、教えてくれよー」
「悪いがあたしも穏便に峰打ちなど出来ないからな。魔法はもしもの時に頼む」
 書斎の中に書籍が五十冊程度。これのうちどれだけラテン語のものがあるか分からないが、全部を確認して、外れていれば寝室から三階以下から捜索しなくてはならない。魔力は温存しておくに越したことはないし、個人の好みを優先できる依頼でもなかった。他に『オーガ相手に理解を云々言うかも』と頭に浮かんだ人がいたのかもしれないが、ユナは書斎に放り込まれている。
「そうですか。でしたらこの棚の上の段をディグニス様とお願いいたします。ラテリカさんはレオパルド様と下の段を。ディアルト様、そちらの端から。ラテン語の本がありましたら机の上に」
 サラがてきぱきと、三段ある書棚の確認を二人ずつ役割分担した。あいにくと背表紙に内容が分かるようなタイトルが付いているものは少なくて、いちいち開いてみる必要がある。分担しても、女性陣にはいささか大変な仕事だ。何しろ本は重くて、かさばる。中には革装丁に金が打たれていたりして、内容はどうでも一財産という代物もあった。
 この間にロートとシャルウィードは寝室の内部に死体が転がっていないことだけ確認して、隠し部屋か通路かないものかと廊下の奥の壁を叩いたりしていた。階下からは相変わらず叫び声や金属音がするが、二階のようで音が遠い。
「サラさん、中身の確認をお願いします。棚の残りはラテリカが見るですよ」
 最初に書類入れから、小物入れまで全部ひっくり返して日記などがないか探された机の上に、こんもりと本が積まれていた。当主はさすがに高価な帳面に日常の四方山ごとを綴る趣味はなかったようだが、几帳面な性格だったのか書斎は綺麗に整理されていた。隠された引き出しでもなければ、とりあえず日記はない。
 そこに積まれた本の山を、ディアルトが平たく並べ直した。ざっとではあるが、サラは表紙を捲って中を確認するだけになる。いい加減手が痛くなってきた彼女には大変助かることだが、のんびりお礼を言っている場合ではない。
 幾らか本が抜かれて棚が空いてきたので、ディグニスは一番上の棚から抜いた本をそこに置いている。ユナが中身を見て、ゲルマン語以外は押し返すとディグニスからレオパルドに渡る。レオパルドはそれを受け取りつつ、ラテリカが座り込んでいる床に一番下の棚の本を出しては並べていた。おかげで貴重な本は、宮廷図書館の司書が見たら卒倒するような有様だが、作業は進んでいる。
 それがある程度進むと、今度はラテン語が読める面々が詩の形式になっているものを探して、一冊ずつ中身を吟味する。サラはその中で怪しいものの再確認が担当になった。
「誰か窓の外の警戒もしてくれ。どうも弓を使うのがいるらしい」
「アイスブリザードも使えましてよ」
 階下から何か叫ばれていたのを聞き取ったシャルウィードが、書斎に向けて声を張り上げる。ユナが応じて窓の近くに陣取ったが、もちろん姿が外から窺えるような位置は避けた。
 本の半分余りがラテン語で、なかなか手間取った確認だが、ある程度片付いたと見て、ディアルトが寝室の確認に向かおうとした。ロートのほうが幾らかでもこうした建物の造りに詳しいので、警戒を交代してロートが寝室を探ることになったが‥‥
「横幅からして、壁に隠れた部屋はないな。床が木材なんで、脱出路はあるかもしれないが‥‥探していられねえ」
 流石にそれをするには時間がないし、ざっと確認した限りでは寝室に書籍が置いていないと報告しに戻ってきたロートは、ラテリカとサラにベッドの下と箪笥の引き出しの奥と引き出しきった下の空間、暖炉の灰の中から枕の中まで確認を頼まれてシャルウィードと向かっている。
 この頃にはレオパルドも廊下に出て、警戒に加わっていた。何冊か詩の形式のものを見付けて、それが預言書かどうか前文をサラとディグニスが調べているところだ。ラテリカはとうとう床を叩いて回っている。
 と。
「おそらくこれですわ」
 サラが積み上げた本の中では薄い、革張りのものを開いて呟いた。最近作られたはずなのに、革が古めかしいのは他の本のものを流用したからか。それとも目立たぬようにしつらえたか。いささか大振りだが、なんという飾りもない本である。

『神聖歴一千一年 十一の月
 驚くべき知らせがもたらされる
 土に犯されし死のつかいはすべてを飲み込む
 橋の北、魚の形、折れ曲がった剣は戻ることなく
 つかい通ったのち、都のぞむ村は消失するだろう』

 見開きの二頁を使って、華美な装飾図とともに書き込まれているのは今この時期を示す言葉だ。これだけで何がどうとは分からないが、『預言』と呼ぶにはあまりに禍々しい。本当に神の言葉であれば、これは相当のことだろう。
 ただし当然ながら、中身を吟味している時間はない。本の最後に『預言者ノストラダムスが聖なる母より賜った言葉の云々』という一文を確かめて、サラが写本を布できっちりと包んだ。それを背負うのはここまでの往路と同じ順番で下りるため、ディアルトになる。
「何か、羽音がしませんこと?」
 ラテリカが外の従者と中の騎士団とにテレパシーを送る傍らで、最後に書斎から出たユナが、外に耳をすませて告げる。はっと三人ほどが自分の手を見て、ゆるゆると動いている蝶の姿を目にした。どこかと首を巡らせようとして‥‥階段の下から賑やかに自分達を呼ばわる声の方向に視線を向ける。
 とっとと出ろ、という声掛けだ。
 空から来ると厄介だが、とにかくまた走り続けること。そう言い交わした八人だが、階段は上るより降りるほうがいささか危ない。更に各階の階段近くは騎士団が詰めていたが、一階で。
「飛び越えろって言ったろうがっ」
 騎士叙勲前かと思われる少年が、何が相手だったか額をぱっくりと裂いて倒れたところだった。流石に飛び越えるわけにはいかないが、隊長が傍らにいるので避けて走る。その隊長が何か切り捨てて、その姿がないのはオーガが相手だからではないからだろう。
 デビルは倒されると死体が残らない。そう誰かが呟いたが、石の中の蝶は動きを止めていた。
「先に向かいます。のちほど」
 準備万端で馬を引いてきた従者達が、それぞれの馬を持ち主に返した後、サラとラテリカ、ユナが乗る手助けもしてくれた。ラテリカの手綱さばきは堂に入ったものだが、サラとユナはそうはいかない。ディアルトとディグニスが手綱を投げ上げられて、併走する形だ。
 セブンリーグブーツのシャルウィードとロートは、履きかえる分ちょっと遅れて出発する。そのうちに追いつくだろう。それがパリでもかまいはしないのだし。
「気合入れて、最後の一仕事といきますか」
 レオパルドが愛馬の鼻先を叩いて、先頭を走り出した。
 パリまでの道のりは、平坦なはずだ。

 その先は、いささか怪しいのだけれど‥‥