想いの辿り着く先

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

 多数の人の善意で実現した親子の対面は。
「リリアン・エルス? ‥‥本当に本人か? 老け込んだな、おい」
「誰のおかげでその立派なご面相になったと思っているんだい」
 もう長くはない病人とジーザス教白の聖職者という以前に、三十年近くぶりの子を捨てた母と捨てられた子供の対面としても、見守っていた教会関係者の予想を激しく裏切るものであったらしい。シフール便の連なりの果てに、パリの港に近い教会を訪ねてきた時の息子ヴィルヘルム・ヨハネ・エルスの礼節にのっとった挨拶はなんだったのかと思わせる、そういう言葉の応酬だ。
 母親の愛称リリィは長患いで先も見えてきた、もう十日も持てばよいだろうと言われる状態で、声を出すのもようやくといった有様だが、こんな憎まれ口を叩く人だとは周囲の誰にも思われていなかった。よってこちらも周囲の度肝を抜いている。
「あんたみたいなへそ曲がりが、神父だなんて、笑わせるねぇ。あたしの葬式は金だけお出し」
「性格は母親似、顔は父親似だよ。こっちも都合があるからな、あんたがくたばるまでいるとは限らないぜ」
 港に近い立地上、様々な人を見てきた教会の司祭も、この親子のやり取りには相当胸を痛めたらしい。このつけつけとした物言いが、当人達には当然のこととしても、流石にいかがなものかと思ったのだろう。
 それでも、息子は母親の看病を本人に嫌がられない程度にしたし、それ以外の教会の雑事も進んで引き受け、なによりリリィが育てていた子供アルマンを可愛がっていた。アルマンが世話になっている波止場の人々にも、きちんと挨拶に行っている。
「あの神父様は、あれだね、話の分かりすぎる御仁だね」
 場所柄、猥雑な話も仕事納めに混じる波止場の働き手達の中に混じっていたと思ったら、『話の分かりすぎる御仁』と言われるのだから、挨拶ついでにどんな話をしていたものか。司祭にはちょっと想像が難しい範囲かもしれない。
 それでも、最初に人探しを頼んだアルマンは『おばあちゃんの子供が見つかった』と喜び、今度力添えしてくれた冒険者の人達にお礼に行くのだと、最近貰える様になった給金を数えていたのだが。
 ある日のことである。

 ヴィルヘルムが顔馴染みになった波止場の面々の前に現れたのは、日が西に傾いて少ししてからのことだった。この日はアルマンが冒険者ギルドに行くというので、付き添いがてら迎えに来たという。
 けれども。
「迎えって、あんた、リリィの具合が悪いんじゃないのか。今にも危ないってついさっき迎えが来たぞ」
「ばばあは危ないどころか、今日は飯がうまいとか抜かしてた。で、さっきてのはいつだ。どういう風体の輩で、どっちに行きやがった」
 きょとんとヴィルヘルムを見やった波止場の顔役が、事情を察して顔色を変えた。
 アルマンは痩せ細った子供だったが、教会に引き取られてから血色がよくなり、幾らか肉も付いてきて案外可愛らしい顔立ちをしていることが判明した。今日はこの後出掛けるからと、一番いい服を着ていたはずだ。
「あっちのほうだ。あ、あそこに見えるだろう。おい、野郎ども」
 教会に向かう大きな通りの大分先に、背中を丸めて道を急ぐ男と手を引かれた子供の姿があった。人通りがあるので、必ず見えるとは限らないし、追いかけるにも人を掻き分ける必要があるが、とりあえずはヴィルヘルムもそれを見付けたらしい。
 その視線に気付いたわけでもなかろうが、もう波止場からは随分離れたと考えたか、男がアルマンを抱えあげた。先を急ぐとでも言われたのだろう。アルマンはおとなしく肩に担がれるように抱えられている。おかげで波止場の人々からは、アルマンの姿がよく見えた。
 同時に、その姿が先程より早い勢いで遠ざかっていく。
「人攫い、かどわかしっ! その緑の上着の子供だ。通すなーっ!」
 波止場の顔役も出せるかどうかという大声が、ヴィルヘルムから放たれたのは次の瞬間で。神父の正装をしていた彼を認めた人々の何人かが、その言葉を疑うこともなく駆け出していく。
 当人も、ひたすら同じことを叫びながら走り出していた。

●今回の参加者

 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5886 リースス・レーニス(35歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea7171 源真 結夏(34歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 その声を聞く直前、源真結夏(ea7171)は遠路はるばる探しに来てやった人物を見付けて拳を握りしめていた。
 サラサ・フローライト(ea3026)はペットの柴犬ハクをつれ、奇妙な輝きを抱えて散歩の最中。
 ガブリエル・プリメーラ(ea1671)もペットのセッターブランカと共に、波止場に向かって歩いていた。
 リースス・レーニス(ea5886)は両手一杯にお菓子を抱えて、たいそう上機嫌に友達に会いに行くところ。
 利賀桐まくる(ea5297)は波止場が目的地だったわけではないが、たまたまそちらに向かって歩いていて。
 アニエス・グラン・クリュ(eb2949)は久し振りにパリに出てきた結夏の案内をしていた。
「かどわかしっ」
 その声を聞いた人々は多数いたが、たまたまこの六人の動きが早かったのは、彼女達が結構な経験を積んだ冒険者だったから。
 最初にブランカが飛び出し、問題の人攫いを激しい勢いで追い立てた。飼い主のガブリエルは続けてシャドウバインディングの魔法を発動していたりする。このバードの月魔法特有の銀光は別の場所でも輝いていて、そこにはサラサがいた。
 更にもう一人、『私の友達担いで逃げる奴のお尻に当たれー!』と掛け声を発したのがリースス。こちらはムーンアロー。お菓子が落ちたが、今は気にしてはいけない。
 複数の魔法を浴びせられて、それでもよろけつつ走り続けようとした男の頭に、小さめの足ががつんとぶつかった。フライングブルームで突撃したアニエスが、相手がよろけて速度が落ちたのに合わせ切れずにぶつかっている。そこに横合いから駆け込んできたまくるが足払いを掛けたので、男に出来るのは転倒することだけ‥‥と思いきや。
 唸りを立てて飛んできた鞭が、その腰に巻きついて無理やり引きとめた。目を丸くしたまま、男の肩からずり落ちるアルマンを、上からアニエス、下からまくるが支えつつ、顔を見合わせて目を丸くしている。
「おとなしくすれば、手加減してあげるわよ」
 後程、追いかけてきた波止場の男達に『なんて威勢のいい姐さんか』と感嘆される結夏の脅しは、男の足に食いついて唸るブランカと途中参戦のハク、更に周囲から無言の重圧を掛ける五人ばかりの見目は麗しかったり可愛かったりする女性陣によって強化されていた。これで抵抗できたら相当胆力のある男だが、今回の人攫いはそれほどの者ではなく。
 アルが目をぱちくりしている間に、ぼかぼかっと殴られて、波止場の男達によって警邏に引き渡されていった。彼らによると、最近パリに流れてきて船荷の積み込み仕事をしていた男だという。それでアルマンの境遇を耳にして、巧みに連れ出したらしい。これが今日でなければ、確かに成功していただろう。
 そして、話はここから複雑になる。

「今日は知り合いに良く会う日だ」
 サラサは簡潔に言ってのけたが、彼女は先日アルマンの頼みを聞いて、リリィの息子探しを手伝った多数の冒険者の一人である。それにはリースス、ガブリエル、アニエスも関係していた。つまりは誘拐されかけたアルマンがお礼を言いたかった人々の一部。
 そしてサラサとリースス、アニエスと結夏は、アルマンのおばあちゃんことリリィの息子だったヴィルヘルムとドレスタットで受けた依頼で縁がある。結夏に至っては、以降現在までその縁が続いていた。
 まくるだけはアルマンと直接間接の関係がないけれど、アニエスやガブリエルと一緒に依頼を受けたことがあり、知らない仲ではない。
 確かに『知り合いによく合う日』だった。『人攫いだ』と叫んだヴィルヘルムは、あまりの知り合い率の高さに何をどう思ったか、アルマンをつれて波止場に戻ろうとしている。
「「ちょっと」」
 逃がすものかと声を掛けたのが、ガブリエルと結夏。アニエスとまくるは声の調子に首をすくめて、サラサはアルマンがヴィルヘルムと繋いでいるのと反対の手を握った。そこに落としたお菓子を必死に拾い集めたリーススが戻ってきて、遠慮なく大声で。
「神父様、カナンのみんな元気ー? 赤ちゃんできたー?」
「「え、赤ちゃん?」」
 アニエスとまくるが結夏を見上げ、ガブリエルはサラサに二人の関係を尋ね、サラサはたいして気のない様子で、質問をリーススに尋ね直している。結夏は開いた口が塞がらない。
「リースス、相変わらずだな」
「うん、元気だよ。ねーねー、赤ちゃんは?」
「授かってない」
 この様子にサラサは『相変わらずだ』と口にし、まくるはアニエスの背中に隠れるようにして結夏とヴィルヘルムとを交互に見やり、アニエスは肩を落として溜息をつき、ガブリエルは面白い見世物を見るような目で眺めている。リーススは残念そうに唇を尖らせて、結夏はこめかみをぐりぐり指で押していた。
「帰るか」
 ヴィルヘルムに問われたアルマンは、うんと頷いた。それでふいとアニエスが、この合間にリリィの容態が急変していたら大変と心配したのだが、幸いにしてそんなことはなく。
 事件のことを伝えられていた教会では心配顔でアルマンとヴィルヘルムの帰りを待ちわびていた司祭達が、随分と増えた人数に驚きつつも、快く彼女達を迎え入れてくれた。

 アルマンは見違えるように顔色が良くなって、幾らか肉付きもふっくらしてきていたが、リリィも教会に運ばれた当初に比べると血色がよくなっていた。せっかくだからと、サラサがしばらくの看病を申し出、結夏が手伝いをすることになり、ガブリエルはアルマンに渡したオカリナを教えてあげるという名目で、アニエスとまくるは教会に奉仕活動、リーススはリリィの話し相手ということで‥‥教会に落ち着いてしまった。
「世の中、広いようで案外狭いのかも分からんな」
 リリィがヴィルヘルムの母親だと聞いて、サラサはあっさりとそう頷いたが、結夏はそうはいかない。リリィもヴィルヘルムと恩人達の繋がりを聞いて目を丸くした後、
「これ、俺の女だから」
 と失礼千万な紹介をしくさった息子に対して、
「どうやってだまくらかしたんだい」
 ものすごくしっかりした声で、そう言い返しているからだ。ガブリエルがこれに続くやり取りを聞いて、『なるほど、血の繋がりは切れないもの』と変なところが似たものだと感心していた。それは違うと思うと、アニエスが言葉を探しつつ言い募るのだが、肝心の結夏が。
「嫁とか女房とか妻とか、他にも言い様があるでしょうが!」
 握り拳を振るいながら、ヴィルヘルムに反論している。リリィがそれを眺めて、何か勝手に納得していたが、傍にいるサラサは別に他人の色恋沙汰には興味がないので薬草を選り分けるのに専念していた。リーススは、リリィの寝台の端に座って、このやり取りをじーっと見上げている。アルマンも一緒だ。
「神父様はね、結夏と仲良しなんだよ。結夏はね、とっても強いの」
「さっき、かっこよかったね」
 そうなんだよと、リーススがリリィに向かって『アルマン危機一髪』を延々と語りだし、流石にこれは身体に障るとガブリエルとサラサに止められている。止めたところで、アルマンがさらわれかけたのは言ってしまった後だが、リリィはしばらくそのことが理解できなかったようで‥‥事の次第を呑み込むと、手が届く範囲の人の手を取って感謝していた。
 けれども、皆もそれで気付いた。もう自分で身体を起こすほどの力は、リリィにはないようだと。血色が良くなっても、病気そのものが改善したわけではない。
 アルマンは波止場からの帰り道、『おばあちゃん、ちょっと元気になった』と口にしたが、そう思っているのはアルマンだけだろう。
「騒がせたらいけないわね。アルマン、オカリナの練習してみる?」
 アルマンとリーススを連れ出そうとしたガブリエルが、部屋の入り口でまくるとぶつかりそうになった。まくるは部屋から出ていたと思えば、白湯を準備していたらしい。
「お薬‥‥煎じるのに、おなべも‥‥借りておきましたけど‥‥‥いらなかった、ですか」
「いや、助かる。ちょっと時間が掛かるから、ここは誰か頼んだぞ」
 分かったとアニエスとまくるが請け負ったので、ヴィルヘルムは結夏に事情説明を求められて部屋から摘み出された。
「あの‥‥お夕飯、何か‥‥食べたいものが、あれば」
 僕お料理もちょっとは出来るからと、まくるが申し出ると、リリィは初めてまくるが女の子だと気付いたらしい。アルマンの危ないところを助けてくれたのが女性ばかりだとも理解して、『情けない息子だね』と愚痴ることひとしきり。まくるの性格だと、口を挟めない。
 アニエスも印象が変わったなと思いながら、そんなことはないのだと一応取り成しておく。アルマンが危ないのを、指をくわえて見ていた訳でなし、あんまり言われるのも可哀想だからだ。心の中で『こういう言い方しか出来ないのかな』と思ったが、もちろん口にはしない。
 野菜を細かくして、よく煮込んだスープなら喉の通りもいいのではないかと、相談している二人の様子を眺めているうちに、リリィはうとうとし始めたようだ。

 その頃の廊下では、
「手紙が来て、死にそうだったら死に目には立ち会わないといかんと思ってな」
「人並みに親孝行の気持ちがあったのね。そこは感心感心」
「いや、目の前で死んでくれればすっきりするから」
 本日だけで何度目かの鉄拳制裁を、ヴィルヘルムが喰らっていた。そんな薄情で神父が務まるのかと責める結夏の言い分はもっともだが、ヴィルヘルムは平然としたもので。
「前に言ったろ。たまに気になるって。それがなくなるなら、すっきりするさ」
「何であたしはこんなのと‥‥」
「取り込み中に悪いが」
 結夏が自分自身に問いかけてしまった時、不意に割り込んできたのはサラサだ。服から何かすごい匂いがするのは、煎じている薬草の匂いなのだろう。とても効きそうだが、ものすごく苦いだろうと予測が付く匂いがする。
「かまどにくべる薪が足りないが、場所が分からない。どこだ」
 ヴィルヘルムがこれ幸いと取りに向かったので、結夏はサラサの手伝いをすることにした。彼女も経験で、ヴィルヘルムがああいうことを言うときに追及しても白状しないのは悟っている。
 そうしたら、サラサがまるで世間話のように言うのが。
「リリィが胸のしこりが痛むようなので痛み止めを煎じているが、あと数日持てば幸いだろう」
 痛みを薬草で紛らわせることは出来るが、それ以外に出来ることはない。あまりに無愛想でそっけないので、全力を尽くしたのかと疑われそうな様子だが、サラサはもともとそんな話し方をする。結夏もそれは覚えているが、それを差し引いても嬉しい話ではなかった。
「気に掛かるのは」
 本当に気に掛けているのかと思いたくなるような声色で、サラサが続ける。
「その後のアルマンについて、誰が責任を持ってくれるのかだが、聞いているか?」
 本日の先程、その存在を知ったばかりの結夏が聞いているはずもなく、それを確かめたサラサは薬草を煎じる作業に戻ってしまった。何か考えているようだが、余人の窺い知れる様子ではない。

 ぷぺー、ぽぺー。
 どうもこの子には音楽的な素養が欠けているかも知れない。少なくともリーススのような『音楽好き、歌大好き』という気持ちの持ち合わせはないようだ。ガブリエルはオカリナで音楽以前の音を出しているアルマンを前に、そう思わずにはいられなかった。当人は楽しそうだが、ガブリエルが示して見せた音を真似ることに興味はない。聞くのが好き、というごく普通の反応である。
 それならそれでもいいのだが、自分が役に立たないようでちょっと寂しい気分になる。そんなガブリエルの様子に頓着せず、リーススはアルが適当に鳴らしているオカリナの音色に合わせて即興で歌っていた。ある意味すごい才能だ。でもこの調子で病人の周りで喋り捲られると、流石に大変。
「アルは大きくなったらなりたいものあるの?」
「‥‥おてがみかく人」
 多分代書人のことだろうと思っていると、リーススが教会前なのに地面に字を書き始めた。アルマンの名前の綴りを教えている。
「アルはどうして代書屋さんになりたいのー?」
「おてがみ出すと、いいことがあるから」
 じゃあ文字を一杯勉強しないととリーススはこともなげに言って、今度はリリィの名前を書いている。
 さてどうしたものかと、ガブリエルはその様子を眺めている。

 この日の夜は、リリィはサラサの煎じた痛み止めを飲んで、うつらうつらしながらリーススや結夏の話を聞いていたりしたが、翌日咳の発作を起こした。看病していたサラサの指示で、ガブリエルと結夏が波止場にアルマンを迎えに行き、戻ってきた頃には司祭がリリィから最後の告解を聞いていた。リーススとアニエス、まくるは汗をぬぐう布やお湯に、元気が出そうな飲み物を幾つか用意して、部屋の外で落ち着かない様子で行ったり来たりを繰り返していた。
 しばらくして、司祭が部屋から出てきて、皆を招いた。リリィはもう本当に長くはないというのが知れる様子で、でもアルマンを見ると表情が緩む。
「今、アルマンの養育は当教会でお引き受けすることも出来ますとお話したところですよ」
 司祭に告げられたヴィルヘルムは、それが一番でしょうと案外素っ気無かった。
「神父様がおじさんでしょ? 一緒じゃ駄目なの?」
「あの、差し出がましいとは思いますが、後見人とか‥‥」
 リーススとアニエスが続けざまに口にして、まくるとサラサが無言だがヴィルヘルムとリリィの様子を窺う。
「将来は代書人になりたいって聞いたんだけど」
 せっかくだから言っておくわと、ガブリエルが司祭とヴィルヘルムに視線を投げると、リリィがようよう『この教会がいい』と口にした。
「でも、司祭様とは別に気に掛けてくれる人がいたほうが‥‥それに手紙のやり取りをしたら、代書屋さんの練習にもなりますし」
 そういう人がいることが大事だと思うと、アニエスが食い下がった。その背後からまくるとリーススが二人がかりでヴィルヘルムを見上げている。
「リリィ、どうする」
「‥‥ヴィーには頼まないよ。結夏さんに、お願いしようかね」
 あたしは手紙書くほどゲルマン語に詳しくないと慌てた結夏だが、仮にも義母の頼みだと思い出したらしい。
「これが返事を忘れないように見張ってればいいんですね」
 そう来るかと、居合わせた大半が思った、ある意味で模範解答だった。ヴィルヘルムは苦笑して、リリィは肩の荷が下りた表情で目を瞑った。
「おばあちゃん、おやすみ」
 実際にリリィが息を引き取ったのは、その翌日のこと。
「リリィの、本妻相手に取っ組み合い挑むところが好きだったけどな」
 葬儀の折のヴィルヘルムの独白に、
「リリィは俺に母さんと呼ばせなかったから、お前も俺をおじさんとは呼ぶなよ。一気に老けたみたいで嫌だから」
 そういうところを見習わなくてもと、聞いた人々の大半は思ったが、アルマンは素直に頷いていた。