【開拓計画】入植準備

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 97 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月14日〜11月21日

リプレイ公開日:2006年11月25日

●オープニング

 アルドスキー家という貴族の家がある。
 所領をキエフから徒歩で四日程度のところに構え、現在そことキエフの中間地点に村の開拓を行っているところだ。そういうことが出来る程度の財力と人材と決断力を持つ当主がいるわけだが、その跡取り息子はキエフに程近い別邸で頭を悩ませていた。
「人が集まらないな」
 開拓村を興すからには、住人がいなくてはならない。真冬に移住は困難を極めるので、春になってから家を建て、人を入れて、畑を切り開いていく計画だ。最初の二年は収穫もほとんど見込めないので、租税は労役で代用する形で開拓を行わせる。生活の場を切り開くのだから、そのつもりで移住していれば税免除と同等の悪くない条件である。最初のうちは、食住に関する支援も最低限だが行われる。
 このアルドスキー家の所領は農業が盛んで、最近は不作に見舞われることもなく、領民の生活もおおむね安定している。それでもキエフとは規模が違うが人が増えて、移住しなければ村全体の生活が傾きかねない人口飽和一歩手前の状態にあった。
 けれども、今のところは安定しているので、辛い作業をしてまで開拓村に住みたいという移住希望者が思ったより集まらないのだ。家は所領の大半の村よりいいものが建てられるような木材と石材の準備を進めていて、代官達は村々に徴税に出向きながら『数年後にどういう生活が出来るか』を懇々と語って聞かせたのだが、現地が見られるわけでも、建つ予定の家が思い描けるほど想像力豊かでもない人々は移住に二の足を踏んでいる。
 跡取り息子として、父親である当主の片腕を務めるイヴァンにとっては頭の痛い問題だ。せめても家の現物が見せられれば心が動く人々もいるだろうが、そのために各村に家を建てることなど出来るはずもない。やれやれ、である。
 そこにやってきたのは、別邸のあらゆることを取り仕切る執事と侍女頭の二人だった。なにやら深刻そうな顔つきだ。二人が言うには。
「ユーリー様のお部屋に、奇妙な土の細工物がありまして」
 ユーリーとはアルドスキー家に仕える代官見習いだが、不思議と当主と跡取り息子に気に入られている。今回の開拓では才能を活かして、何かと使われているのだが、これがもう大変な人見知りをする。結構長い付き合いの執事や侍女頭も、それほど長い会話をしたことはないほどだ。口下手でもあるし、人に慣れるのに時間が掛かる。最近は当主の命令で、本人なりに性格の改善を目指して入るようだが。
 そんなユーリーは、手先が器用で別邸の庭の一角に開拓村の完成予想を小さな家などを並べて作っていた。家や家畜小屋などは、当人が暇を見て作っているものだ。見た目はそれほど立派とは行かないが、土や木切れでなかなか上手である。ただし雨などですぐ崩壊する。
 そんなユーリーの部屋だから、何があってもイヴァンは驚かないのだが、侍女達が気味悪がって部屋に入るのも嫌がるというので覗きに行ってみた。ユーリー本人は庭で小さい開拓村に取り組んでいるはずだが、留守中にイヴァンが自室に立ち入っても気にしない。イヴァンが彼の部屋から地図や書類を持ち出すのは、開拓が始まってからはいつものことだからだ。
 すると。
「これはまた、面妖な品物を手に入れてきたな。人の姿か? 何かのまじないかも知れんな」
 ユーリーの部屋に三体も置かれていたのは、大きさ様々の人らしい姿をした土の塊だった。顔らしいところに目と口を模したような穴が三つあるが、何とはなしに薄気味悪い。
「箱にでも収めて、自分が見たい時に出して眺めるように言っておくか? 間違って壊しでもしたら、ユーリーも悲しいだろうし。大きさのいい箱と詰め物を見繕っておいてくれ」
 そうやっていたら、ユーリーが戻ってきた。怪しげな品物を示された彼の返答は。
「天使」
 これのどこをどう見たら、そういうものに見えるのかとイヴァンはじめ、聞いた全員が耳を疑った言葉だった。ユーリーの目も疑いたいところだ。まだデビルといわれたほうが、納得する。そういう代物だった。
「それでお前は、教会を作ったわけか」
 この日に限ってユーリーが自室に持ち込んできたのは、教会風の建物だった。全部木なので濡れても壊れる気遣いはない。それはいいが。
 部屋の片隅に教会風の小さな建物を置いて、その周囲に怪しい土の人形を配置するのは止せと、これまた見ていた全員が思った。
 この後、イヴァンが冒険者ギルドに使いを出したのは、怪しい土の人形を天使というユーリーの姿に衝撃を受けたからでは、まったくない。

 冒険者ギルドに舞い込んだアルドスキー家からの依頼は。
「ええと木工か石工、または絵画に優れて、開拓村に作る予定の家を小さくしたものを作ったり描いたり出来る人。描ける人には、作業手順の絵も描いて欲しいみたいね。文字を読めない人向けに。
 それから冬季の開拓計画を練るのに、現地を知っている人ならなおよしで、そうでなくても冬場の森の移動方法に詳しい人。春以降に短期で狭い土地で耕作できる作物に詳しい人も募集。
 相変わらず、ご注文が厳しくていらっしゃるけど、今回は別邸で作業か話し合いだから、格別辛いことはないかもね」
 ギルドの係員が言うとおりに、なかなか注文が多いものだった。

●今回の参加者

 ea2970 シシルフィアリス・ウィゼア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 また要望の多い依頼を持ってきた。
 シュテルケ・フェストゥング(eb4341)の言に、思わず頷いてしまったのがイリーナ・リピンスキー(ea9740)とオリガ・アルトゥール(eb5706)だった。三人とも、今回の依頼人イヴァン・アルドスキーと顔を合わせるのはこれが初めてではない。
 そのイヴァンの傍らで『ほら、言われた』と手を叩いて笑っているのは、イリーナが顔を合わせたことのあるイヴァンの兄だ。シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)と同じくエルフで一つ二つ年下に見えるが、ハーフエルフでイリーナと同年代程度、オリガより少し年下に見えるイヴァンの兄。今回唯一ロシア生まれではないシュテルケには、とても不思議に見える光景だった。
 だがイヴァンも兄も、今回は家の中でのことだからか堅苦しいことは言わないし、求められている仕事は色々あってもいずれかを果たせればいいというので、依頼に応じた四人は役割分担をして仕事に臨むことになった。イヴァンは監督と確認で別宅にいるが、兄のほうはキエフにいる親族と社交があるとかで出掛けて行く。
「イヴァンさんは、行かなくていいのか?」
 下手に礼儀正しくしようとすると、舌を噛みそうなシュテルケが尋ねると、
「兄上は社交の場が大好きだからな。よほどの相手でない限りは任せてある」
 そんなものが大好きだとはと、イリーナが感心したような、呆れたような面持ちだ。
 それはさておいて最初の役割分担は、シシルとシュテルケが作物関係、オリガが家屋等の細工物担当で、イリーナは開拓地の説明が主である。他に図案下絵をオリガとイリーナが手分けして描き、ゲルマン語での説明文はシシルが記述する。清書は絵がシシル、文字がイリーナとオリガになる予定だ。シュテルケはそういう方面がさっぱりなので、何かもう少し役に立たねばと思案中だ。
 これで求められて事柄はほぼ完遂できるはずだが、事はそう簡単に始まらなかった。
「あら、そういうものがあるのであれば、参考に見せていただきませんと」
「挨拶しておいたほうがいいでしょうか。後で色々お話しすることもあるでしょうし」
 オリガがアルドスキー家代官見習いのユーリーが作っている開拓村完成予想模型の話を聞いて、見物に行こうと言い出し、ユーリーとは面識のないシシルがごく普通の反応として挨拶を申し出た。その性格をよく知るイリーナにしたらいささか心配がないでもないが、いずれ顔は合わせる必要もあるので、揃ってその小さい開拓村を見物に行ったところ。
 ユーリーのほかに、『それ』がいたのである。
「ユーリー、その奇怪にして面妖な、人のような姿のものはなんだ」
 うつろな目と思しき空洞が、あまりよいものには見えないぞと、イリーナにしては驚きを表した言葉に、ユーリーは地面にしゃがみこんで土くれをこねていた姿勢のまま、ぼそぼそと『天使』と答えたのである。シシルがなんとも言えず奇妙な顔つきで、たまたま傍らにいたシュテルケを振り返ったとしても、それは致し方ない。
「私が作っても、もう少しましなものが出来そうですわね」
 オリガの発言も、多分に呆れを含んでいるが‥‥問題はこういう審美眼を持ち合わせたユーリーが、仮にも開拓村の責任者補佐で、計画の半分くらいを立案しているということだった。彼を知る人物達も、今までとは違う不安に取り付かれている。
 ここ最近の雪で、小さい開拓村の家々が半数くらい潰れているのがまた物悲しい。

 居間で熱い香草茶を振る舞われて気を取り直し。
 ユーリーに『天使』を回収させて、部屋にしまわせ、居間まで引きずってきたイリーナとオリガが、下絵用の板を前にユーリーを眺めている。眺められている当人は、緊張もあらわな顔でもたもたと開拓計画書の中の、自分で描いた図案を広げているところだった。こちらは羊皮紙で、森の伐採が済んだ村の予定地の大まかな広さなども書き込まれている。
「この広さに家がこれだけの戸数で‥‥一軒あたりの広さはどうなりますの?」
「ぁ〜」
「どうなりますの?」
 冒険者ギルドで依頼を受けていないときは教師のオリガは、ユーリーが指で図面を指しても納得しない。ニコニコと穏やかな笑みを浮かべているが、追及は厳しかった。家の広さが分からないと、家の模型が作れないのだから当然‥‥という事になってはいるが、どう見てもユーリーを鍛えている。教師の血が騒ぐのかもしれない。
「ぅー」
「ユーリー、はっきりしろ、はっきりと」
 もう一人のイリーナも、助け舟は出さない。ユーリーにしたらまだイリーナのほうが馴染みがあるので、頼りにしたいような視線がちょろっと向けられたのだが、こちらもオリガと態度は変わらない。それでも図面に書き添えられたことを読めばいいんだと、一応道筋は付けてやっていた。
「部屋が‥‥三つで‥‥もう一つが」
 会話にものすごく時間が掛かったが、平屋で部屋は四つ、一つは納屋と家畜小屋の兼用でと確認が取れた。
「屋根は傾斜をきつくして、雪を落とすように。土台は石などで高めにした上に、板壁二枚の間に土や石で内壁を作って寒さ避けにし、窓も小さめに作る。煮炊きのためのかまども兼ねて暖炉があるのが一部屋、流石にそこまで作りこむのは難しいですわね」
 てきぱきとこういうものを作ると宣言したオリガは、ユーリーが揃えた材料で早速作業に入った。たまにユーリーやシュテルケが手伝いに駆り出されているが、当人が一番楽しそうに作っている。
 ただ、朝だけはいささかぼんやりとしていて、あまりご機嫌ではない。午前中の早い時間は、いささか失敗も目立つようだ。それでも午後からはなかなかのものを作っていた。
 オリガがかなり凝った家を作り出したので、その間にイリーナは開拓村の絵を描くことにした。何もどこかに飾るのではないから、まずは板に村の全景を上から見たものを考えつつ描いていく。どの家からも井戸が遠くない様に掘られることを前提に、井戸の周囲に家を配置する。森との境界には子供が不用意に森に入り込まないように、小さいながらも畑を描き入れる。
 それを覗き込んで、時々口を挟むのがイヴァンだ。オリガは家作りに熱中していて、シュテルケとシシルが専門的な話に入り込んだので、どちらにも居場所がないらしい。イリーナには以前に通常とは違う依頼ごとをしていたが、そちらはもう終えていいとかで、節度を保った距離を置いて話しかけてくるのだが‥‥注文がうるさい。挙句に反対側からはユーリーが身を乗り出していた。結構邪魔だ。
「ユーリー、少し離れてくれ。人物は頼まれても描けないからな」
「ぇー」
 とっても残念と思っているらしい声が出るだけ、以前より慣れたと言ってもいいが、ユーリーは相変わらず意思表示がしっかりしなかった。絵を描きつつ、色々考えてしまうイリーナである。
 まるで子育て中の母親のような悩みを抱えているイリーナと、家を一つ作り上げて内部の作りを見せるにはどうしたらいいかと踏み込んだところまで思案中のオリガはさておいて。
 シシルとシュテルケの二人は、互いの知恵と経験を寄せ合って、農作物の話をしていた。シシルは植物に大変詳しく、シュテルケは農家の生活と実践的な畑の扱いをよく知っている。更にシュテルケは現地にも行っているので、土地の様子もそれなりに説明が出来る。記憶があやふやなところは、オリガとイリーナに尋ねればいいのだ。
「この間まで森‥‥ということは、畑にするには相当耕す必要がありますね。最初は蕎麦でしょうか」
「土は悪くないけど、木の根を掘り起こすところから始まるだろ。蕎麦だよ。あと、豚」
「豚?」
「近くに大型動物がたくさんいなければ、森の中で飼えば、秋にお金に出来るだろ。山羊も悪くないけど、お金にするなら豚だよ」
 あいにくとシシルは動物のことは人並み程度にしか分からないが、シュテルケはどの家畜がお金になりやすいかは知っていた。自分達用に飼うなら、乳が取れる山羊もいいが、豚を太らせて穀物にしたほうが実入りはいい。以前に森の中を歩き回ったときの感触では、住民が多少目配りをまめにすれば、豚が養える程度の地力はありそうだった。
 後は最初の耕作向きではない土地では、ロシア各所で作られている蕎麦が種蒔きの時期からしてもよいだろう。これは二人とも意見が一致している。大抵誰もが作った経験があり、多少の指導で済むことも魅力的だ。
「そういう観点で行くなら、お金になる作物を作るのも‥‥キエフまで二日ですからね」
 シシルは幾つも作物の名前を挙げ、自分で石版に栽培方法も書き記しては、悩み始めた。合間にシュテルケが現地の森で見付けておいた自生の木の実がなる木々や、食用植物のことも追加する。
 シュテルケは、イヴァンを捕まえて挙がっている作物の解説を始め、ついでに豚飼育案を出している。
「ここでもあんなに飼ってるんだから、用意できるだろ?」
「豚か‥‥一匹で二日分くらいの餌になるかな」
 弟と検討してみるとの返事の後の台詞が、フィールドドラゴンを所有している家らしい発言だと冒険者は全員思った。けれどもシュテルケは小さいながらもストーンゴーレムを連れてきているし、他の三人も愛玩、実用の別はともかくとして動物は連れている。今回は世話までしてくれるが、普通ストーンゴーレム以外には餌の心配はあるものだ。
 それにしたって、自分のペットが食べられないといいと思ったりしなくもない。

 いささか不安に駆られる発言があったりはしたが、作業はてきぱきと進んでいった。なんといってもシシルがイリーナのものを元に開拓村の見事な絵を描いてくれ、畑の作物に付いても図解入りで詳細な一覧が出来上がっている。流石にシシル一人で全部を描けないので、彼女は線画担当、着色は絵心があるイリーナかオリガのどちらかが行なう。片方が色を塗っているときは、もう片方は作物等の解説文を何枚も羊皮紙に写していた。これはユーリーも手伝っている。
 シュテルケはそういう作業を苦手としているので、小さい家用の壁材などを切ったりして用意し、運びやすいように入れる箱を準備していた。時々、イリーナが気分転換も兼ねて作った家の大きさを示すための人形の中身を詰めるのもやっている。藁を柔らかくして綺麗に詰めるのが、案外と上手だ。
 材料が色々あるので、途中からはシシルもなにやら人形に持たせる物を作ったり、オリガが家の中に暖炉を作れないか他の面々を巻き添えに実行したりしていたが‥‥
「‥‥‥‥ほしい」
 イリーナが作った人形を、ユーリーが欲しいと言い出したので、不意に興味に風向きが変わった。ちょうど作業の大半が終わっていたせいもあるが。
「ユーリー、人に頼みごとをするときには言い方というものがありますよ」
 オリガは相変わらず、ニコニコと手厳しい。
「それと交換してくれって言うつもりじゃないだろうな、ユーリーさんてば」
 シュテルケが『天使』と交換はなしだよと言ったら、ユーリーが落ち込んだ。
「‥‥くださいって言うんですよ、くださいって」
 小声でシシルが応援しているようだが、妙に顔が上気しているのは何か想像が頭の中を駆け巡っているからのようだ。
 そういう様子を、イヴァンは楽しそうに眺めている。
「これ、ください。お願い、します」
 片手で『天使』を抱え、もう片手にイリーナが作った人形を持って、ようやくユーリーが『お願い』を言ったのは、たっぷり百は数えられる時間が過ぎてからだった。
「それが欲しいなら渡すのに否はないが、材料は頂き物だ。イヴァン殿にも許可をいただかないとな」
 こうしたことはしっかりしておかないといけないと、イリーナが申し渡す。ユーリーも言われて気付いたようで、またイヴァンに『天使』と交換と持ちかけ、それはすげなく断られていた。後程材料費分で羊皮紙を何枚か納める事で話が付いたようだ。
 後は作ったものなどを何組かに分けて、すぐに持ち運べるようにまとめれば仕事はおしまいというところで、服の合わせに人形を押し込んだユーリーが呟いた。
「イリーナ殿、ここの奥方になったらいいのに」
 イリーナは丸めていた羊皮紙を握りつぶしそうになって、以前のことは知らないシシルがうっとりと何か夢想し始め、オリガがふっと苦笑いを浮かべ、シュテルケが驚いて羊皮紙を取り落とした。
 イヴァンはその気はないと、やんわりと示して寄越したが‥‥ユーリーは人形を撫でつつ、熱心にイリーナを見ている。他の三人は、それぞれの気分で笑うしかなかった。
 とりあえず、依頼そのものは無事に終了だ。