【死のつかい】川の中の魔物
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 86 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月05日〜12月12日
リプレイ公開日:2006年12月15日
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●オープニング
王宮ですらようやく手に入れた神学者ノストラダムスの預言を記した写本。パリの街にその内容が広がった速度には、どう考えても何者かの作為が働いている。
更にパリから見たセーヌ川下流域でのアルマン坑道崩壊とそれによって起こった鉄砲水。すでに多数の住民が土砂混じりの水に呑まれたと報告があるが、同時に腐乱死体のズゥンビの目撃情報も寄せられた。
他に、上流域でも堤防が決壊して、村に被害が出たと報告も上がっていた。
これがまたパリの街にも広まっていて、逃げ出す者も出始めている。
折悪しく天候はここ数日雨続き、次はパリの街が水底に沈むのだとまことしやかに囁かれれば、逃げたくなるのも当然だろう。
そうしてコンコルド城の御前会議では、現実に可能性の高いパリ水没の危機を逃れるために、上流域の堤防を人為的に切ることで、増水した水を近くの湿地帯に流す計画が国王の裁可を受けた。これとて失敗すれば近くの村々が沈むことになり、その万が一の被害を避けるために必要な行動は多岐に渡る。
近隣住民を避難させ、堤防を切り、水がどう流れたかの確認をしつつ、緊急時には臨機応変に最善の策を取る。言えばたやすいが、それが一人で出来る者は神ならぬ身には存在しない。必要な人材を集めているが、実際に堤防を切るにはその設計などに詳しい者が必要だ。けれども職人達は事の大きさに怖気づき、大半が現地へ向かうことを忌避しているという。
また現地に向かって住民を避難させる人手も十分とは言えず‥‥
「この際パリが空になっても構わない。月道管理塔からはどれほど出せる」
「そのような仰せであれば、動ける者は全て。ですが」
「その隙にパリに何事かあるかもしれないというのだろう。ブランシュ騎士団が数名おれば、それで私の周りは十分だ」
修行中のブランシュ騎士団員や、近隣の領主の手勢も可能な限り呼び寄せた。騎士団員はともかく、領主の中には自領が手薄になるのを心中嫌がる者がいるかもしれないが、あいにくと細かい動向は追いきれない。
そうして集めた人員の幾らかは、すでに被害が出た地域に向かい、残りはこれから事が起きる地域に出向く。国王ウィリアム三世が『近衛も出ろ』と言ったからには、まさに総動員だ。
「足りない分は、仕方ない、冒険者ギルドに」
ウィリアム三世が言葉を切り、椅子の背もたれに体重を預けたところで、白いマントに正装の騎士団長ヨシュアス・レインが声を上げた。
「伝令!」
矢継ぎ早に指示を与えられた複数の伝令の一人が、事あるを察していた冒険者ギルドの幹部達が集まる部屋に現れたのは、それから僅かの時間の後だった。
会議の後、王宮の廊下で。
「陛下、いかにおっしゃられようともパリを空には出来ませんぞ」
「ブランシュが出ないなら、王宮警護を出せばよかろう。諸侯にそのくらいの意気込みは見せてやれ」
「パリにも民がたくさんおります。ブランシュが全て出払っては、そちらに示しがつきませぬ。せめても分隊の二つは残させていただきますぞ」
ブランシュ騎士団の重鎮、ギュスターヴ・オーレリーが、ウィリアム三世に意見していた。
更に、王宮正面の門に向かう方向では。
「管理塔を空に、とは無体なお話でしょう。シャルトル方面からのアレが万が一に警戒を突破したら、どうなさいます」
「ニライ・カナイ査察官がそんな手抜かりをするとは考えないことだ。それに、私のような足元が覚束ないものは行っても邪魔になるから、月道警備をするしかなかろう」
月道管理塔から呼び出された責任者が、護衛の騎士と急ぎ足で回廊を渡りつつ、話し合っていた。続く会話は、誰達をこの事態に向かわせるか。
そして、冒険者ギルドの一室では。
「私が考えるところ、預言はすでに半ば成就している。国王の手の者が内容を掴み損ねている間に、村が二つばかり沈んだ。権威を傷つけるには十分過ぎるからね」
「なるほど」
「国王陛下もその点はすでに了解しているだろう。けれども問題がある。あれは預言というにはあまりにも禍々しい。慈愛の母の言とは思い難い」
「ノストラダムスの奇跡はその預言のみで、でも恐ろしいほどの的中率を誇るそうよ。当人はそうしたことに慢心して、尊大に振る舞うようなことはないそうだけれど」
「ノストラダムスは人だ。では、何者があの内容を実現しえるか? 神ならぬ身であれば、誰が?」
「‥‥」
「水害の地で、巨大な魚の魔物を見たと言う者が少数ながらいる。他に巨大な顔が空に見えた、水の中に巨人がいた、ズゥンビがさ迷い歩いていたなどもね。あいにく我々の仲間は一人、姿をくらましているのだが、私はそちらに向かうつもりだ」
「依頼内容は?」
「それは、貴女の従弟殿にお任せする。お願いしたいのは、『魔物』討伐に力添えいただきたいということ。国の方々は、まさか目の前の窮民を見捨てて、ただ敵と渡り合うわけにはいかなかろうから」
「そもそも場所は?」
「場所など言わずとも、あなたには予想が出来るはずだが?」
「‥‥国の威信がもっとも傷付くところ」
ファンタスティック・マスカレードと名乗る人物の訪問を受けたギルドマスターのフロランス・シュトルームが、長いようで短い会話を終えるところだった。
パリの街水没の危機を避けるために、上流域で堤防を切る。
周辺地域では近隣住民の避難が始まり、堤防を切られても被害を最小限にするための準備が進んでいる。
下流域のすでに水没した地域では、ズゥンビが横行し、常ならぬものを見たとの噂も絶えない。
「地域はこの辺り、堤防を切る予定地のもう少し下流ね。ここを切られてもパリは水没しないけれど、住民の避難が遅れれば進路が沈む。広大な畑も全てね。避難を遅らせないために、ブランシュ騎士団も向かっている地域だから‥‥私がノルマンを滅ばすなら、手始めに是が非でも全て押し流してしまいたいところね」
『これ』を仕組んだものがいるならば、おそらくはこの場所に出てくるだろう。そこでの警戒の任は、結局のところ最前線である。
●リプレイ本文
マート・セレスティア(ea3852)達が直前の依頼から持ち帰った情報によれば、アルマン坑道の崩壊は狙って起こされたものである可能性が高い。またセーヌ川流域であるにも拘らず、海水だまりが発見され、現れたズゥンビは船乗りの姿をしていた。
そうして、現在冒険者十名が警戒を任された地域は堤防を切る場所から少しばかり離れているが、この近隣で巨大な人の顔、巨人、巨大な魚の魔物、さ迷い歩くズゥンビなど、様々な怪異の目撃情報が寄せられていた。ズゥンビ以外にいずれも共通しているのは、『巨大』という特徴だ。目撃者によりまちまちだが、小さいもので二メートル、大きなものは二十メートルとなる。
「これで少しは絞り込めるものか?」
ナノック・リバーシブル(eb3979)が必要な荷物を広げつつ、マートの話に眉を寄せた人々を見遣った。周辺で一番の高台の少し下、大きな胡桃の木の枝を利用して、雨風除けにテント布を広げていたディグニス・ヘリオドール(eb0828)も、皆の返答を待っている。問いかけられたのは、この三人を除く七名の冒険者で、うち李風龍(ea5808)を除いた六名が女性である。
「海坊主とは違うような」
「私が知っているものであれば、他の方にはすぐお分かりですわね」
最初に自信なさ気に口にしたのが、自分の経験を探っていたキサラ・ブレンファード(ea5796)と白クレリックのサラフィル・ローズィット(ea3776)、白の使徒は他にマリー・アマリリス(ea4526)と李がいるが、李は当然ジーザス教徒ではない。黒の使徒がフランシア・ド・フルール(ea3047)で、クレア・エルスハイマー(ea2884)とリュリュ・アルビレオ(ea4167)はウィザードだ。
だが、ウィザードの二人は相当のモンスター通で、クレリック達はそれぞれにアンデッドについて学んでおり、他のモンスターの事もそれなりに心得ている者もいる。それぞれが幾つものモンスターの名前を挙げ、あれこれ推論を述べているのは移動中もだったが、現地に到着して一つ判明したのが。
「二十メートルはさぁ、ありえないでしょお」
川幅が広いとはいえ二十メートルには少し欠ける。この辺りは相当川幅があるが、二十メートルの魔物が通ればすでに堤防は決壊しているだろう。リュリュの頭の中では、その条件でまたモンスターが幾つか浮かんだようだが‥‥伝聞は当てにならない。
「デビルでしたら、姿を変えることも考えられますしね」
クレアも先入観を持っての警戒は良くないだろうと思ったのか、道々集めてあった薪の束を取り上げた。湿っているが、火を絶やすわけにはいかない。乾いた薪で起こした火の傍で乾かす必要があった。火の番は、フランシアがやっている。ついでに丸石を暖めて、見回りの際に冷えを防ごうと考えているようだ。
しかし。
「この時間は休んでもらわないとな。テントも張ったから、適当に使うのでいいだろう?」
ディグニスがフランシアとマリー、キサラ、クレア、李に声を掛けた。テントは二人用が三張り、雨風避けの下に張られている。見張りの順番はでに決めてあり、魔法を使うものが多いことから、今回は時間通りに休むのも重要なことだ。
「時間になったら、容赦なくたたき起こしてくれよ」
太陽がないと時間も判りにくいがと言い置いて、李がテントに潜った。丸石は貰って抱えている。
「こちらの雨具、使ってくださいね」
雨避けの外套を示して、マリーがテントに入ると、ちゃっかりとそれを被ったマートがぼやいた。
「ちえ、保存食が湿気て美味しくないよ。サラねーちゃん、ご飯作って」
どこからどう見ても不真面目にしか見えないが、彼は飛び抜けて目も耳も鼻もいい。それでも今は天から落ちる雨粒と、セーヌ川の流れる音、それらが入り混じった湿った匂いしか感じ取れないようだ。
この天候が『預言書』とやらの続く災厄に繋がるのだろうかと、空を見上げる目はパリ近郊だけで数え切れないほどあったことだろう。
堤防を切る人々は、所定の位置ですでに作業に入っているという。その直接の護衛をする冒険者達も近くに控えていて、近郊は技術者や騎士団も多数展開しているはずだ。
けれども。
「いかがでしたか、あちら岸は」
「騎士団が展開しているのは確認したが、連携を取るには川幅がな。しかもこの雨だ」
サラが皆の持ち込んだ食料で、いつでも摘めるようなものを作り置いてくれた。常に火に掛けてあるスープは煮詰まるかもしれないが、温かいものが少しでも口に入れられれば冷えも払いやすい。巡回を済ませたキサラはフランシアに乾いた布を貰って髪をぬぐいつつ、少しだけスープを流し込んでいた。
マリーはその間に濡れた外套から雨粒を払い、火の傍で広げている。テントのほかに雨除けの屋根を作ったので、風雨に直接さらされない分、皆元気である。ただこんな状態が何日も続くのは、気の滅入る話だが。
クレアが口にしていたのは、雨そのものが魔法による可能性だった。ブランシュ騎士団も動くような依頼で、天候操作の魔法が使われていないはずはない。それでも雨が続くのだから、相手も相当の人数で雨天を維持しているか、それとも精霊が関わっているか。彼女は精霊の知識も豊富なので、水の精霊といわれる存在の名前を幾つも挙げてみせたが‥‥
『預言というのは、神の声でしょう? 精霊が深く関わるものかと思って』
この点が気に掛かるようで、でも今は外で精霊の繋がる手掛かりの一つもないかと探している。見付からなければ、それはそれでまた判断材料だ。李が同行しているので、皆あまり心配はしていないが、川岸に近付いて足を滑らせたら助からない。夜間の見回りは、目が良くないと務まらなかった。この点はキサラも同様に優れていて、三人が主に巡回を担っている。フランシアとマリーは待機要員で、緊急時に他の五人を叩き起こして現場へ導くのが仕事だ。火を絶やさないのが、一番の仕事である。
それと同時に、預言についての白と黒の使徒の観点からも意見を述べ合っているのだが、アンデッドの存在が『預言』の信憑性を失わせているという意見で一致した。それが完璧だとはどちらも言わないが、神の預言というには色々と怪しすぎる。
この頃、セーヌの岸で轟々と流れる水の様子を観察しているクレアに付き添っていた李は、背後に人の気配を感じた。ひそかに近付いてくる様子ではなく、うろうろと道を探しているような。寒いとゲルマン語で呟く声がしたので、クレアも人の存在に気付いたようだ。声は女性である。
日没後に避難の誘導は行なわれていないので覿面に怪しいが、避難中にはぐれたことも考えれば見捨てるわけにはいかない。ましてや二人はランタンを持っているし、クレアはペガサスも連れていた。
「どなたでしょう?」
「えーと、クラリッサ」
どう聞いても本名を名乗った様子ではない。李がそれとなく立ち位置を変えて、相手の動きに対応する準備を整えるが、クレアに向けたランタンの明かりに浮かんだのはエルフの女性だった。ランタンを持っているが、火が消えたので点けさせてくれと言う。
「冒険者ギルドの人でしょ。向こう岸はあの辺の領地の騎士ですって。今のところ、ズゥンビも何も出てないようね」
「詳しいな。クラリッサ殿はどちらの方だ? ギルドではお見掛けしたことがないが」
「遊撃隊」
素性を探る李の言葉がかわされて、相手は『今回は仲間が二人』と付け加えた。クレアと李が記憶を探っている間に、仲間と合流すると身を翻す。それでも言い置いたのが、マートや李も出向いたアルマン坑道の詳しい状況で。
報告を聞いた人々も、その正体を大体察して、あまりいい気分にはならなかった。彼らが出てくるところ、デビルもいるからだ。
きっとデビルが出るに違いないと、不思議とうきうきしているマートは例外として、警戒を続ける日が続くこと四日目。上流で堤防を切るのは、この日のことだ。避難はすでに終了しており、後は上流の作業を待つばかり。すでに一箇所、堤防の保持のために切った場所があるはずだが、水の量はたいして変化がない。今日の作業が失敗すれば、本当にパリが水害にあうのではと不安になる濁流が押し寄せていた。
川岸に近付くのは、今日は特に厳禁。自分でそう言いつつ、命綱をつけてもらったマートは川岸から水の様子を眺めている。いつ頃堤防が切れて、水流が減るのかと楽しみにしている風情だ。
と、後方から見守っているナノックやディグニスを振り返りもせずに、マートが持たされていた呼子を吹き鳴らした。馬上のナノックはマートの視線の先を目で追い、ディグニスは命綱を引いている。どちらも片手は聖別された武器に置いている。
「来たな、これはでかい」
ナノックがいつもより低い声で呟いたのも道理。川下から、水面が膨れ上がって遡っている。ディグニスもマートの命綱は離して、得物をしっかりと握りなおした。マートはすでに駆け戻って、更に皆がいる場所に急を知らせに向かっている。命綱をいつ解いたか判らない早業だ。
反対に、火の番をしていたリュリュとサラは雨の中に走り出している。事あるならこの日と思っていたのか、残る五人の反応も早かった。二人にほとんど遅れることなく、テントから飛び出してくる。
「あのねー、おっきな巨人」
途中でかち合ったマートに、誰も『巨人は大きいものだ』とは正さない。そんな暇もなく、急反転して道案内になったマートについて、川岸に辿り着いた一同は。
「デビル、ダゴン! うっそ、信じられなぁい。海に出るはずでしょお」
巨大な人間の、それこそ四、五メートルはある上半身に、同様の長さの魚の尻尾。これが一度同じ大きさならマーメイドと呼べるが、見た目麗しいとも言われるその種族に比べて、目の前のそれは見るからに醜悪で、あまり知性が見受けられない。リュリュが一目で名前を叫んだが、その名前を知っている人々の肝を冷やすものだった。
「ここで食い止める。堤防も切らせない。とんでもない話だな」
「だが、図体はでかいが、頭の悪そうなデビルだ」
ディグニスの軽口に、ナノックが応じる。キサラと李も加わって、背後に魔法を使う者達を庇う姿勢になった。マートはこうなると当人が申告しているが、戦力外だ。
クレアとサラの体が発光して、それぞれに前衛の四人にフレイムエリベイショングッドラックを掛けていく。本当は全員にバーニングソードもかけたいところだが、それは李の日本刀にだけ。他は一応魔力を帯びている武器なので、後回しというより、時間切れだ。
「ダゴンが相手でも、ノルマンはあたしが護る!」
一目で相手を見抜いたせいで興奮しているのか、リュリュが雄叫びをあげた。それに触発されたように、ダゴンが川面から伸ばした手を堤防にかけようとする。人がうつ伏せから起き上がるときの仕草にそっくりだが、本当に手を着いたら、そこから崩壊が始まるだろう。
「殺すには大物だが、黙って見ているわけにもいかず」
とんでもない仕事だと言いたげに、堤防のふちまで駆けたキサラが、得物を振るう。ダゴンの指の一本に掛かった刃が、その皮膚を切り裂いた。それに続いた男性三人が、手を着き直そうとした場所で下から掌を斬り上げる。指を切り落とすには至らないが、掌から落ちる泥水の色が濃くなったのは、けして無傷ではないからだろう。
そうして、この場を護る女性の魔法使い達は、揃いも揃って一瞬で魔法を紡ぎ出すことが可能だった。そんな彼女達の前で、ダゴンが上半身を起こす。
もちろん刃は届かない。一緒に持ち上がった水を被って、前衛の四人は一瞬視界を失った。足元も水が流れて、踏ん張るのに精一杯だ。
けれども、彼らが水滴を振り払って目にしたのは、急激に水位を下げていくセーヌの流れと、上流の方向から聞こえる今までとは違う水の音。
「堤防が切れたね、時間通りだよ」
マートがやれやれと額をぬぐっているが、目の前のダゴンは変わらず存在している。さすがに水位の変化に気付いて、少しの間、何か考えている素振りを見せた。
そこに、様々な色の発光が起きて、まずは二つばかりの魔法が飛んだ。フランシアのブラックホーリーと、リュリュのライトニングサンダーボルト。他の三人も一度の失敗に動じることもなく、間をおいて二度目の魔法発動を試みる。対岸からも、オーラ魔法と思しき光が飛んだ。
これでこの巨大な体が倒れてくれば、幾ら水位が下がっても堤防が切れて、全員が流されかねない。前衛だった四人が魔法を使う女性達の近くに戻って、マートが放り投げてくるロープで少しでも高い位置の木と自分を結びつけた。後は、もしもの場合にはそれぞれが一人の仲間を抱えて‥‥さて、どうなるか。
この間にも、ホーリーの軌跡が薄暗い周囲を切り裂いて飛び、唯一魔法以外で空を飛ぶ術があるクレアがペガサスに乗ってダゴンの背後に回った。慎重に角度を狙い定め、二度目に成功したのがファイヤーボム。現在可能な全力での攻撃だ。
これには腕を振り回して、天使の眷族と呼ばれる存在ごと邪魔者を叩き落そうとしたダゴンの腕に、幾らか下流のほうから同じ魔法が弾けた。もう一つ、派手な焔に紛れたが黒い光をフランシアの目が捉えている。自分が使うのと同じ魔法は、さすがに良く見えた。
『話が、違うではないか』
デビルは、あらゆる言葉を用いて人を堕落させようと試みるのだと、後に詳しいものが語って聞かせたが、この時のダゴンはゲルマン語を話した。わざと聞かせる目的だったか、それとも単にゲルマン語を使う契約者が多いのか。
それは定かではないが、ふいと巨大な姿のかききえた後に、ぽちゃりと水面に落ちたのはどこにでも見られるようなマス。そう見て取ったのは、マートだった。『うまそうだった』という感想には、誰の賛同も得られなかったが。
この後、石の中の蝶を使って追跡を試みようともしたのだが、前衛だった四人はともかく、魔法を使った五人は気力と魔力が尽き掛けている。また蝶の羽ばたきもすぐに消え、セーヌのいずこにデビルが消えたのかはわからない。
その後3日掛けての探索でも、一度としてデビルの存在は感知されなかった。
ただ。
「あれが『魚の形』だったのかどうか。それに」
「話が違うと、言っておりましたわね」
デビルが残した言葉は、単体でこれを起こしたのではないことを、如実に示していた。