●リプレイ本文
明日からは年が改まろうかと言う日の早朝。まだ家人も眠っている家の庭にマート・セレスティア(ea3852)の姿があった。的確に勝手口の扉を開けて、ふらふらと中に入り込んだところで座り込んでいる。
しばらくして、本日からのお茶会のために腕を振るおうと早起きしたアデラが、台所でへたばっているマーちゃんを見付けて驚いた。
「あらまあ、マーちゃん、どうしましたの? ここは玄関ではありませんのよ」
「アデラねーちゃん、おなか減ったよう」
普通は『なぜ勝手口の閂が開いているのか』辺りから気にすべきなのだが、アデラとマーちゃんではそうした方向性は望んでも仕方がない。
少し遅れて、本日から四連休のジョリオが台所に顔を出したときには、さも当然のように朝食前の軽いおやつを食べているマーちゃんがいた。
さて、アデラ達がマーちゃんも交えて朝食を終えた頃合には、本日のお茶会の準備に馳せ参じたサラフィル・ローズィット(ea3776)、アーデリカ・レイヨン(eb0116)、リュヴィア・グラナート(ea9960)とその友人アクテの姿があった。皆、手に手に自分で準備した年越しのご馳走のための品物などを持参している。アーデリカは聖夜祭期間でも食材が手に入る店の幾つかに話を通しておいてくれ、足りないものはそこにあれば買い足せるように手配済みだった。
サラとリュヴィアはそこまでの準備はしていなかったが、今回の参加者の名前を全部聞いて、台所の食材を確かめ、こう言った。
「もう少しお魚でも買い足しましょうか。お茶会をしている最中に慌しいのは困ります」
「まったくだ。確か去年は肉を買いに走ったのだったな。今年はアーデリカ殿のおかげでそこまで慌てなくともよいようだが」
去年は一体何をしでかしていたのかと、アーデリカの表情に一瞬怪訝に思う色が浮かんだのだが、他人に気付かれることはなかった。言葉通りに、慌しいことをしていたのだが、確かにアーデリカの事前準備のおかげで行く店の目星がついている。これは有り難い。
だが、アーデリカが一番判らなかったのは。
「ミーちゃんも来るんなら、兎とガチョウだけじゃ足りないよ。おいらが二羽ずつ食べたら、文句言われるんだからさー」
兎もガチョウも、皆で美味しくいただくために準備されているのだが‥‥マーちゃんはお茶会最大のライバル、ミーファ・リリム(ea1860)の名前を聞いて、すでに食べ物を抱え込んでいた。
そのままリュヴィアに抱えられて、庭で鶏の卵を拾って来いと放り出されている。サラが卵を入れる籠にパンを入れてくれたのは、作業中におなかがすいたと言い張って戻って来られないようにする用心だろう。
「ミルクも買い足したほうがよさそうですね」
こういうのがもう一人来るのだと聞かされて、アーデリカも状況を正しく認識したようだ。よもや話題の人が、シフールだとは思わなかっただろうけれど。
「今度は豚さんを飼おうと思いますの。復活祭の頃に丸焼きに出来るように」
アデラは、来年の抱負を語っている。
早出の人々があれこれしていると、残る四名がやってきた。今回お茶会に初めてやってくる紅天華(ea0926)が、噂のミーちゃんやサーラ・カトレア(ea4078)と合流して、アニエス・グラン・クリュ(eb2949)に案内されてきたのだ。門のところでアニエスが声を掛け、ミーちゃんが窓まで飛んでいって、居間にいたルイザとシルヴィを呼ぶ。ごく普通の礼儀を心得ている天華やサーラは門のところで、家人の出迎えを待っていたのだが‥‥
「これか? これはペットでロンロンと言ってだな、先日大兄に譲ってもらった大事な」
「おうちに置いてきて。駄目なら袋に入れて、出したら駄目」
客人の出迎えに出て来たルイザが、天華の荷物から顔を出した細長いものを見た途端に家の中に逃げ帰った。シルヴィはしげしげとそれを眺めてから、少々嬉しそうにも聞こえる天華の解説を遮って、ぼろい麻袋をくれた。
「何か不都合がありますか?」
なまじ冒険者が連れている多種多様なペットを見慣れているサーラが尋ねると、シルヴィは『おばちゃんとおねえちゃんはにょろにょろが嫌い』と応えた。蛇と言わないのは、その単語を聞くのも嫌だと騒ぐかららしい。その昔、お茶会の日にアデラが庭で蛇を見付け、家に入れないと騒いだこともあるのだが、あいにくとその時の参加者はこの中には混じっていなかった。
「そうなのらか〜、これも隠しておくらよ」
ミーちゃんもペットと思しき、卵の殻を被ったような何かをロバのキャベツの背負う荷物の中に隠している。天華が見たところ、トカゲのような姿だった。ドラゴン好きの彼女にはぜひしげしげと観察したいものだが、依頼主が嫌いでは仕方がない。ロンロンが寒くないように、丁寧に包んで麻袋にとりあえず入れる。後ほど適当な箱を借り受けて、移してやる気満々だ。
「他は大丈夫ですか?」
自身も犬と馬を連れているアニエスが確認したところ、馬やロバ、隼に犬と色々と取り揃っているのだが、そういうものは平気だと返事があった。駄目なのは蛇。
天華が渋々と、ミーちゃんが美味しい物を食いはぐれてならじとペットを隠して、ようやく家の中に。
途端に。
「あーっ、マーちゃん、ずるいのらよ〜。ミーちゃんにも寄越すのらっ」
何事かと思う天華とアーデリカの前で、食欲魔人二人の争いが早くも始まったのだった。
「お二人とも、お手伝いしない人にはご馳走をいただくことは叶いませんわよ」
労働は尊い。そういう心持ちだろうが、サラが微妙に違う気配も漂う言葉を言わなければ、パラとシフールが延々と食べ物の取り合いをしていることになっただろう。今回の依頼主、つまりはご馳走代の出資者のお師匠様に逆らえる人は、このお茶会では滅多に存在しない。食欲魔人達もご馳走のために、多少は働く気になったようだ。あくまで多少。
そういうことは考えない天華とアニエスは、ジョリオとシルヴィとともに追加の買出しに行かされることになり、天華は早々にお茶会の『大抵誰でもこき使われる』の洗礼を受けることになった。
「しかしノルマンの地で茶会とは風流なものだな。私はケンブリッジでも茶をやっていたのでな」
天華がケンブリッジの茶道部部長だと聞いた、今も騎士訓練校の生徒であるアニエスがなんとも言えない微妙な表情になったが、ケンブリッジを良く知らないシルヴィはへえと感心しているのみだ。ジョリオは『独学も極まっているから』と説明責任を果たしていない。
何とかしなくていいのかと、目顔でアニエスに訴えられたジョリオは、体験は大事だと口にしたらしい。
外に出かけた御仁達の半数が、色々ありつつも買い出しを順調にこなしている頃。
家の中は、大変なことになっていた。
なにしろ十四人分のご馳走に、いつもの通りの茶葉の選別、聖夜祭らしい飾り付けをされた居間に足りない分の椅子を運び込んで、庭の畑や鶏小屋、一時的に家畜小屋に転換した納屋の見回りなど、目が回るような忙しさだ。挙句に随時出没する摘み食い魔人どもが、時折作業の邪魔をする。
「これなら食べてもいいぞ」
アデラが準備した、相変わらず奇っ怪な雑草茶を『斬新な』と感心しきりの友人と共に茶葉の選別を終えたリュヴィアが、マーちゃんに差し出したのは香草と燻製肉が挟まれたパンだ。ミーちゃんもうるさく騒ぐので、半分に割って両方に渡す。半分にしないと、これまた煩いからだが、半分にしたところで煩いことに変わりはない。
だが、しかし。
「水、水なのら〜っ」
「うわぁ、不味いよ、これっ」
滅茶苦茶苦い雑草を外して、燻製肉を炙っているときに焦げたところを、固くなったパンに挟んだものを食べさせて、水を求めた二人が外に飛び出したところで、リュヴィアはにっこりとサラとアーデリカに申し出た。
「今のうちに済ませておくことはあるかな?」
すると、二人もごく普通に応える。あんなことをするなんてとは、言いもしないし、表情にも示さない。
「兎の中に詰める香草を千切っていただけますか。ソースは胡桃と、それから野菜の二種類にしようと思いますの」
「その後で、スープを濾すのを手伝っていただけますか」
兎の中に詰める木の実や穀物を混ぜ合わせているサラが、準備した香草を視線で示した。両手が塞がっているので、香草をそのまま入れられずにいたところらしい。彼女が千切り忘れたのではなく、それを任された食欲魔人シフールが飛び出してしまったので作業が停滞しているのだ。この後は詰め物をして、腹を糸で縫い閉じて、じっくりと暖炉で焼くのと蒸し焼きにするのと。
アーデリカは兎やガチョウのガラを使って、スープをこさえているところだった。そろそろ一度布で濾して、綺麗に澄んだスープに野菜や干し肉を入れて煮込む段階だ。これをたくさん作っておいて、食べるときに香草を加えたり、小麦粉を練った団子を入れて煮たり、味を少し変えたりして、飽きずに食べられる工夫もしている。ただし、そのための大量なスープを濾すとなると、エルフの彼女一人では大鍋は扱いきれない。リュヴィアと二人でも、実はかなり怪しい。サラとアクテが入っても、力不足は改善しない。
けれども、皆に乞われて洗い物をしているアデラを加えても、それはそれで別の心配が出るので彼女抜きで何とかしたいところだった。
アデラに任せると、きっとひっくり返す。それは彼女達三人が揃って感じた不安だった。多分間違っていない。
ジョリオが早く帰ってくればいいのだがと、もう一人の男性のことははなからあてにしていない彼女達は願っていた。
もう一人、力不足を感じていたのがサーラである。彼女はルイザ、マリア、アンナと共に、居間で十四人が着席できるようにテーブルや椅子を動かしていたのだが、なにしろ筋肉のつき方が肉体労働とは違う踊り子と少女達ではことはたやすくは進まない。椅子はいいが、テーブルは四人がかりで押したり引いたりして、ようやく目的の位置近くまで来たところだ。
「いいですか、指でも挟んだら大変ですからね。気を付けてください」
後は元から置いているテーブルと隣り合わせにして、テーブルクロスを掛けるだけになったが、この『合わせる』が大変だ。サーラとルイザが少し持ち上げて引っ張り、マリアとアンナが押す。押す双子はいいが、ルイザが勢い余って指でも挟まないように念押しして、せーので四人がよいしょと力を出すと、ようやくテーブルが目的の位置に辿り着いた。
「今度のお茶会は、男の人が来てくれるといいよね」
「そうですね。あんまりお見掛けしませんものね」
一休みしている彼女達は、結構切実にそれを願っていたのだが‥‥そもそもがこのお茶会の常連男性と言うとパラが多いのだから、願いが叶っても問題が解決するかどうかは別。
その頃の食欲魔人達は、井戸でしこたま水を飲んだ後に納屋に入り込み、そこに貯蔵されている林檎で口直しをしているところだった。
やがて戻ってきたジョリオとアニエスが待ち焦がれたとばかりに力仕事に駆り出され、天華も料理に加わって、シルヴィがつまみ食い魔人達を納屋から引きずり出してきて‥‥なんとか夕方からの教会の礼拝に行く人々が出掛けるられるように、準備は整った。
「よろしいですか。全員揃わないうちは、食べていいのはこれだけです」
サラが出掛けに、干し葡萄入りのパンを山積みにして、そう宣言した。
それからしばらく、居残り組は『ご馳走〜、まだ〜』の二重奏に悩まされることになる。
ご馳走がテーブル一杯に並んだのを見て、作った当人達もこれは豪勢だと思った瞬間。
「兎とガチョウが一羽ずつしかいないのらっ!」
「ミーちゃん、どこに隠したんだよ!」
「マーちゃんが隠したのらろ〜、それならこれはミーちゃんの分なのら」
「半分は明日のお昼に食べるのに、しまってありますのよ」
大量のご馳走を前にした、あまりに浅ましいと言えば浅ましい言い争いに、にこやかな笑顔で対応したのはアデラだけだった。これに笑顔で対応するのも問題だろうと、よりいっそう額のしわが深くなったのが何人か。
そんな中、顔色一つ変えずにアーデリカが皆に給仕をはじめ、大人は自称も含めてまずはワインで乾杯することになった。自覚ある子供は林檎果汁でお相伴だ。自覚がない自称大人は、シフールとパラの二人である。この二人の場合には、大人か子供かの判断も難しいところだが。
ともかくも新年を待つ席らしい乾杯をして、天華が並んだ料理のいずれから手をつけるべきかと考えていてところ、彼女の前から皿が消えた。心持ち首を傾げ、おもむろに横を見るとマーちゃんが自分の膝の上に野菜ときのこのたっぷりと盛られた皿を抱え込んでいる。
次の瞬間、マーちゃんの前にアーデリカが離れたところの料理を取り分けた皿を置き、彼が手を伸ばした瞬間にサーラが皿を奪い返していた。
「そうか、ノルマンの茶会とはこういうものか」
アデラのお茶会がこういうものなだけで、ノルマンの礼儀作法で言うところの茶会はもっと優雅で素晴らしいものだと教えられるのはジョリオとアニエスだけだった。サラに説明させると、ジーザス教白のお話になってしまうし、サーラもそうしたことに詳しいわけではない。他の人々はノルマン以外の出身だった。アデラ達はもとより人数外。
お茶会初心者の天華には相当な驚きの連続だとしてもおかしくないのだが、あまり慌てない性質らしくアーデリカが取り分けてくれた料理に舌鼓を打っている。このアーデリカもたいそう良く出来た給仕役で、全体にこまめに目を配っては、あれこれと的確に皆の世話を焼いている。本来はこうしたことは客人である彼女の仕事ではなく、アデラがやるべきなのだが誰もそんなことは期待していない。
「ミーちゃんもそれ食べるのらよ、もうちょっと欲しいのら〜」
かたや食通を名乗るミーちゃんが騒ぐのもアーデリカが素晴らしく上手に対応してくれるので、皆美味しく料理がいただけたのだが、後に。
「最近は子守を仕事にしておりますから」
こうアーデリカに言われて、誰もが納得したのだった。彼女がいなかったら、本来のもてなし役のもう一人、ジョリオは料理の味もわからないほどに気を使うことになっていただろう。なにしろ。
「少々慌しかったが、ジョリオ殿が約束を思い出してくれて何よりだ。ありがとう」
「本当に。お約束ですから、お知らせがなくても寄らせていただくつもりでしたけれど」
アデラには身内が姪四人だけで、いわゆる舅姑がいないはずなのに、それより手強いと評判の小姑代理が何人もいるジョリオは、お茶会の開催時期がずれると身が絞られるような辛い目に遭うのである。彼の気分の問題とはいえ、小姑代理もかなり分かっていて色々言うのと、心底そう考えているのとで、たいそう始末が悪い。そんなことを言ったら、また何をされるかわからないので、ジョリオは微妙に無口だ。
そうした空気にまったく頓着せず、ミーちゃんはあれ取ってこれ取ってと騒ぎながら、シフールとは思えない量の料理を山積みにして幸せそうに食べている。食べ続けている。食べ物を取ってくれ以外の会話は、彼女との間には成立していない。
マーちゃんが静かなのは、自力でどこにおいてある食べ物も取りに行くからで、口は食べるために忙しいので会話をする暇などない。両手になぜかナイフを持ち、その先に食べ物を幾つも刺して、口には一杯にほおばり、更に目の前の皿には山盛りで料理。どういう動きをしているのかは謎だが、視界一杯を食べ物で埋めて、今は食べることに専念している。
この二人は客人としてもどうにも普通でないのは、初対面でもわかる。それで他の人々で和やかな会話や楽しい食事風景は繰り広げられていた。アニエスとシルヴィを中心にというか、シルヴィがアニエスと姉妹を巻き込んで賑やかに近況を話しているのは、まあ年齢が近いもの同士の歓談で結構なことである。問題は、ひとしきり食べたマリアとアンナが時々椅子から転げ落ちそうなことだ。食事会自体が結構遅くから始まったので、双子は普通ならとっくに眠っている時間である。今夜は寝ないと頑張っているが。
それでも年少の双子が真夜中を待たずして寝入った頃合は、二人を除いておなかも一杯だし、そろそろアデラのお茶の出番である。もちろんリュヴィアが事前に確認をしてくれているが、なぜかそこはかとない緊迫感が漂うのがこのお茶会の不思議なところだった。とりあえずシフールとパラの二人は人数外。天華はようやくノルマンのお茶が味わえると、ロンロンが入った箱を足元に楽しそうだ。
と、聞き慣れた地名が耳に入った。
「ケンブリッジの学校での勉強も、まだ途中ですし」
声の主はアニエスだ。年の終わりだからか、生真面目に今年遣り残したことを指折り数えている。つられてルイザは年明けの仕事を思い出してげんなりしているが、二人に比べてまだ気楽な修行中のシルヴィは、これまた自らを省みるような性格でもなかった。
「せっかく泊まりで遊びに来たんだから、学校ってどういうところか教えなさいよ」
なにやら滅茶苦茶偉そうにアニエスをつついている。ノルマンには教師はいても『学校』なんてものはないから、物珍しいのは確かである。この家の四人姉妹は、いずれも師匠のところで修行中で、基本的な読み書きは以前から教会で習い覚えたようだ。親はいないが裕福な方なので、アニエスとは随分と違うけれども教育はちゃんと受けている。
よって、アデラがお茶の準備をしている間、さりげなく混じりこんだ天華と二人で、石版にケンブリッジの『学校』の見取り図を描いたり、細かい説明をしたりとアニエスは扱き使われていた。当人は今年の出来事をまだ数えたりなかったとしても、人に期待されると嫌とは言えない性分でもある。
この間に、アデラはてきぱきとお茶の準備をしていたかといえば。
「アデラ様、いくらお茶の葉が素晴らしくても、それは飲めませんわ」
お師匠様に、初っ端から注意されていた。どうやら顔付きがしっかりしている割には頭の中で寝ていたようで、ジョリオの前に置いたカップに茶葉を山盛りにして、お湯を注ごうとしたのである。サラが言葉を発するまで、アーデリカもサーラもリュヴィアも、何の冗談かと思って見守ってしまっていた。
「アデラねーちゃん、お茶まだ? じゃ、お湯でもいーや」
「ミーちゃんも飲み物欲しいのらよ」
かと思えば、ただひたすらに食べることに邁進していた二人は、ケンブリッジ談義をしている四人を押しのけて白湯を奪い取っていく。これも一種宴会なので多少の無礼講は誰も咎めないが、この二人の行動は皆を驚かせることに特出していた。また食べることに戻っていったので、しばらくは静かだろうと共通認識を持たれるのが不思議なところだ。
そしてアデラは、注意されてからしばらく山盛りの茶葉を眺め、ようやく得心がいったようで茶葉をティーポットに入れ直している。頂き物のティーポットを、この日のために取っておいたものらしい。今にも取り落としそうで、様子がおかしいことに気付いたアニエス達もはらはらしている。天華は悠然と手つきを見守っていたが。
そう思うと、本格的にうたた寝し始めたアデラがテーブルに突っ伏しそうになって、ジョリオに揺すり起こされた。お客を招いておいて、いきなりうたた寝してはみっともない以前に大変失礼だ。幾らそこまで細かいことを気にする人がいなくても、今のはいただけない。
でも、こういう時のもてなしは完璧にこなしそうなアーデリカも、お茶会主催者が淹れるお茶を待って、手出しはしなかった。サラも口に挟むが、一応見守るだけ。サーラがちょっと落ち着かないのは、今淹れているお茶を飲んでも大丈夫なのかと心配しているのだろう。
この点は、リュヴィアが間違いなしと請け負ったので、全員が安心した。本日のアデラが、途中で何か新たなものを見付けてきて入れるほど暇ではなかったのは、サラもアーデリカも良く知っている。
とはいえ油断できないとばかりに見守っていたが、幸いにして幾らか目の覚めたアデラはちまちまと茶葉をティーポットに淹れ、お湯をたっぷりと注いで、しばし待つ間に器も温めている。お湯が足りなくなりそうなので、ここはアーデリカが鍋に水を足しに立ち上がった。そこまでもてなし役がすることではないと、きちんとわきまえているからだ。
とりあえず皆が見守っていたお茶が出てきたが。
「アデラさん、なんだかこれは薄いようですよ」
サーラの指摘ももっともで、色がついたお湯みたいなお茶だった。飲めれば何でも文句のないマーちゃんとミーちゃんは『このほうがまずくない』と思ったとおりのことを口にして、お茶には一家言ありそうな天華はこういうものだと思ったのか泰然と器を口元に運んでいる。
サーラは味も薄いと確かめて、まあこれなら身体を壊す心配もないと安心し、アニエスとシルヴィ、ルイザはそれぞれの性格に乗っ取って『美味しくない』と表情に示していた。アーデリカは、とりあえず依頼主のもてなしに口は挟まない。
そうして。
「アデラ様、おもてなしの心と言いますのは」
「アデラ殿の来年の目標は、美味しいお茶を淹れることかな」
サラとリュヴィアに、穏やかな口調ながらも『しっかりしろ』と促されていた。
「はい。頑張りますわ」
相変わらず返事だけはいいアデラの二杯目に入れたお茶は、今度はやたらと濃かった。ルイザが誰よりも先に『まずい』と捨てに行っている。この辺、身内は容赦がなかった。
ところで、まだ年が改まるにはもう少しばかり時間があって。
「先程アニエス殿が今年の話をしていたから、今度は来年のことを話してみようか」
一人一つくらいは目標があるだろうと、リュヴィアが言い出したのである。すると意外なことに、食欲魔人二人が最初に食いついてきた。
見れば、テーブルの上に食べ物はほとんどなくなって、二人がそれぞれに確保している分だけになっていた。相手の分も虎視眈々と狙っているのだろうが、それ以外に奪い合うものがなくなったので皆の会話に参加するつもりになったようだ。
でも。
「来年もアデラねえちゃんに一杯お茶会してもらって、美味しいものたくさん食べるんだ。お茶がまずいのは毎回だから、気にしないよ」
「ミーちゃんは、ちょっと遠くにも行ってみようと思ってるらね〜。アデラちゃんのお料理が食べられないのは残念なのら。お茶は飲めなくても全然寂しくないんらけろ〜」
それが食べ放題に食べさせてもらっている者の言うことかと思うくらいに、遠慮のない言葉だった。これだけ言われてアデラが怒らないことに、サラと天華は少しばかり感心した。幾らなんでも言われたことが理解できない語学力ではないはずだからだ。
「まあ、ミーちゃんは他所の国に行かれますの? 月道でお会いできますかしらね」
またノルマンに来たらぜひ寄ってねと、のんびり言えるのだから‥‥只者ではない。何かこう、他の人々も言うべき言葉がなくてしばらく黙っていたのだが。
「私は来年も自分のペースで行くよ」
リュヴィアが前向きなのか、それとも現状維持なのか、いささか判断しかねる口調でそう告げた。その彼女に促されて、サーラは、
「踊りがもっと上達するように練習します。あと、ちょっとはお料理も」
踊り手として、たぶんパリでも相当有名な方に入るだろうに、好きな道を更に究めんとしている。料理は単純に、こういうときに出来ると便利だからだろうか。
一人前のバードだのお針子だの言う姉妹につつかれて、アニエスは考え考え、
「いいことが一杯見付けられるといいのですけれど。それに母に心配されないような騎士になりたいです」
やはり生真面目に、返事をしている。母親も一緒に来ればいいのにと、シルヴィに言われたりしていたが。
ところが、そんな話を聞いているうちに、サラがアデラとジョリオにそれぞれ生活に不安はないかなどと尋ね始め、それだけなら良かったがリュヴィアが、
「そうか、今年は家族が増えるなんてこともあるかもしれないな」
と軽口を叩いた。それ自体は別になんらおかしいことではなく、新婚夫婦が良く言われることだろうが、普通と違うのはリュヴィアが突然落ち込んだこと。自分で『アデラ殿が母親に』と口にしたのに、実際にその光景を想像してみて、自分の気に入りの友人がどんどん変わっていくのが嫌だったらしい。
だが、しばらくすると。
「うん、アデラ殿に良く似た女の子だといいな」
勝手に復活し、その発言でジョリオに頭を抱えさせている。この家は現在女系が強いので、ジョリオはもし子供が生まれるならぜひ男の子と思っている節がある。リュヴィアはきっと、判っていて言ったのだろうが。
そんなジョリオの心中は知らず、天華は自分に話を振られて、しばし考えた後に。
「ロンロンが立派に育つように願っている」
と口にした。そのロンロンが何かと、誰も問い返さなかったのは幸いだ。同じ室内に『にょろにょろ』がいると知ったら、アデラとルイザの近隣に悲鳴二重奏が響いたことだろう。もうそろそろ年が明けようかというのに、それは幾らなんでもまずい。
そして平和に話題は展開していき、サラは溜息混じりにこう口にした。
「そうですわね。せめてアデラ様には編み物くらいは出来るようになっていただきたいものです。お裁縫はルイザ様がいるとはいえ‥‥」
語尾が濁るのが、その目標を果たすためにはサラが大変な苦難の道のりを歩まなければならないことを悟っているからなのだろう。でもリュヴィアが、それなら次回のお茶会は二月に入った頃にでもと言うのには、まったく反対しなかった。マーちゃんはもっとたくさんやって欲しいようだが。
こんな会話の中、隠してあった軽く摘める菓子類を出してきたアーデリカは、庭の畑のことなど口にして。
「もっと畑仕事を出来るようになって、自分で育てたものをお茶会でのご馳走用に持ってこれたらいいと思います」
その時は使ってくださいねと申し出られたアデラに否はない。ついでにアデラはパリ郊外に畑を持っているので、春になったら畑仕事に行きましょうかとアーデリカを誘っている。となれば、もちろんお茶会は屋外という事になり‥‥
「風流だな」
でも、天華の想像した通りには、多分ならないだろう。ほとんどの参加者の頭の中で、それは確定事項だ。
だがそういう話も楽しいもので、皆でわいわいとやっていると、そろそろ日が変わる頃合になり、双子がジョリオに起されて居間に戻ってきた。寝かせておいて、新年初日にご機嫌を損ねるのは有り難くない。
「では、かんぱーい」
年の変わりは、またもお茶で祝った。この時ばかりはサラとリュヴィアとアーデリカが、アデラを座らせて準備している。
新年早々、『素晴らしく目が覚めるお茶』なんぞを飲まされては叶わない。それはなんともいえない、薄気味悪い色の‥‥『とてつもなく不味いので、目も冴えてしまう』お茶だからだ。わざわざこんなときに飲むなんて、論外。
これは、天華も茶葉を見ただけで、そっと入っていた箱の蓋を閉めた。多分彼女の美意識にも沿わなかっただろう。それ以前に予想される味から拒否されたのかもしれない。
知識はなくても、だいたいのことは察している他の人々も、文句も言わずに淹れてもらった美味しいお茶で乾杯したが、流石に年少組はその辺りで瞼が落ちてきた。前もってベッドを二つに長椅子をくっつけておいたとかで、五人で一緒に毛布を被る。寝る前に内緒話とか、こういうときのお約束は、あまりの夜更かしに出来なかったようだ。翌日以降に持ち越しである。
だがしかし。
「新年の日の出を見ながら祈ると、いいことがあると聞きましたの」
どこまで本当か不確かなことをアデラが言うので、その時間に起きていた、起きられた者は揃って家の外で日の出を拝んでみた。『日の出を見ながら祈る』のだから、もちろんほとんど全員がジーザス教の聖句を口にしている。
これでいいことがあるのか判らないが、あると思えばきっとある。そんな雰囲気である。
そうして。
「私の国には茶葉を細工して、簡単に淹れられるようにする方法があるので、アデラ殿、やってみないか」
天華が見た目も麗しく、客人のもてなしにも使えるようなお茶の細工だと言い出したので、皆で教えを請うことにした。お祈りそっちのけで、本日用のご馳走の取り合いを展開している食欲魔人二人は、もちろん加わらない。
皆でお茶の話をしたり、食べたり飲んだり、今回は合間に昼寝しちゃったり。
いつも通りのお茶会の光景が、今年の初日から早くも繰り広げられたのである。