【預言前調査】森の探索
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月16日〜01月21日
リプレイ公開日:2007年01月20日
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●オープニング
瓶の水も沼も人の血も凍りつくだろう。
死者のよりの手紙は前触れなく届き
村の中の栄光に包まれた碑(いしぶみ)は凍りつく。
人々の願いは天に届くことはないだろう。
穏やかな午後の日差しが降り注ぐ中。厳重な警戒をしている警備兵が見えるコンコルド城前の広場に、1人の女性がやって来た。緩やかに波打つ黒髪を揺らして、何気なくベンチに腰掛ける。
「このような所にお呼び立てなさらずとも、使いの方をよこして下されば宜しいですのに」
「せっかく貴女に会える機会が出来たというのに、それを他の者に譲ろうとは思わないよ、フロランス」
背後の木に寄りかかっている男が、穏やかに話しかけた。金の髪が光を浴びて煌き、見る女性を虜にする微笑を浮かべている。最も、誰もその現場を目撃している者はいなかったのだが。
「情報がね」
そして、彼は穏やかな口調はそのままに話し始めた。
何者かの策謀で情報の流れが停滞しており、国王の元にそれが届くのが遅れかねない。迅速な対応が求められるのに、そんな事になれば致命的だ。だから正規のルートだけではなく、別ルートでの情報源も欲しい。
「君と繋がっている事が分かると困るからこっそり来てみたのだけれども、迷惑だったかな?」
「秘密裏にいらっしゃったのでしたら、そのようにおっしゃって頂かないと」
辺りを窺うように目を配りながら、冒険者ギルドのギルドマスター、フロランス・シュトルームは答え。
「それで、何の情報を?」
「ノストラダムスについては、どこまで情報を?」
「ジーザス教白の神学者ですわね。預言書を記す前は、ノルマンに居なかったようですけれども」
「各地を転々としていたようだ。今は行方が知れなくてね。探している所だが」
「えぇ」
「他にも、復興戦争時に私が居た町村の石碑なども確認させている。ノルマン各地の直属の者も含めて動くよう指示を出しているが、足りている状態ではないな」
フロランスは黙って頷いた。それは長年の経験で勘付いていたので。
「別ルートの情報源と、人手不足と。動いてもらえるかな?」
「承りました」
静かに頭を下げた所で、男は頷きその場を去った。
木の根元に、羊皮紙の包みを置いて。
その夜。
冒険者ギルド内の様々な係の責任者が集まり、会議を行っていた。
「では、お願いします」
皆に事の次第が記された石版を配り、それに一同が目を通した所で、フロランスが号令を出した。
「必ずこれらの調査条件を満たす形で、足らぬところがないように依頼を出してください。これは、国からの依頼です。遅れれば、ノルマンに、引いては我々ノルマンの民にも甚大な影響を及ぼす事でしょう。良いですね?」
皆は真摯な表情でその指示を聞き、しっかりと頷いた。
フロランスが客人を迎えたのは、それからしばらくしてからのことだった。
「別嬪さんがお忍びですよー、フロランスー。どこのどなたかは存じませんー」
「こんな人が受付で大丈夫なの?」
「大声で名前を呼ばわるよりはいい対応だと思うのだけれど?」
かなり厚地の外套を羽織って入ってきたのは、確かにエルフの別嬪さん、結構な美女だった。お忍びでと言うには目立つが、おそらくは人目に立たない方法で中に入ってきたものだろう。
そして受け付け係がギルドマスターではなく、名前で呼びかけるということは、相手は冒険者ギルドマスターを訪ねて来たのではないとの立場を明確にしたものだ。たかが三人でそれをしても仕方がないのだが、時にはそういう形式が必要なこともある。
「外は寒いのよ。やっぱり寒波かしらね。お酒はない?」
「お茶なら」
「‥‥それでもいいわ。次があったら、自分で持ち込むから」
「そうね。ところで今日は他の三人は?」
「つっちーはなんだか『つまらぬものを斬ってしまった』とかほざいて、滝にでも打たれているみたいよ。ダイちゃんはちょっと遠くにお出掛けで、もう一人はノストラダムスの顔が見たいって探しに行ってるけど」
暖炉にかけてあった小さな鍋から湯を取って、香草茶を淹れたフロランスが相手に勧めた後に、執務机の上にあった報告書を一枚取り上げた。
「三ヶ月前までの足取りは掴めているの。各地の教会で神託に関係する話を探していたのね。彼自身が神託を受けたのが何時かは、明確にはわからないわ。話題になり始めたのが三ヶ月前くらいから。その頃にはすでに信奉者がついていたのでしょうね」
「貴族の後ろ盾がなきゃ、隠れているのも大変じゃない。預言書だって、わざわざ写本は作らなないでしょ。あれ、本当に預言なのかしらね」
暖炉近くまで椅子を引っ張っていって、お茶の器を両手で包んで暖まっていたエルフの女性が、茶目っ気たっぷりの笑顔で核心を突いた。フロランスもその近くまで椅子を引いてきて、苦笑混じりに返す。
「仮にも神託だというものを、教会が良く確認もしないうちに偽物だというものですか。教会がそうである限り、他の者もそれに倣うのが当然よ」
「ノストラダムスは神託だって自信たっぷりだから、証拠なしに否定しちゃいけないのね。それは大変だわ。ところで、ノストラダムスとは関係ないんだけどね、今依頼が出ている地域にモンスターも出ているみたいよ」
「さっき、連絡が届いたわ」
「それなら良かった。モンスターはオーガの類とか、デビルも少し。この間の預言と似たような感じね」
やれやれと言葉なく頷きあい、お茶をもう一杯飲んでから客人は立ち上がった。
「ホリィ、貴方達はどうするつもり?」
「この間はダゴンでしょ。相変わらず他所で暗躍してるんでしょ。仕方ないから、怪しいところに行くわよ。あ、ダイちゃん以外」
言うべきことは言い終えたとばかりに、怪盗ファンタスティック・マスカレードの仲間ホリィはするりと扉を抜けていった。どういう風にするのか、多分何事もなかったかのように、誰に見咎められることもなく出て行くのだろう。最低限のギルド係員だけが、下手なところに寄らずに帰るように見送ることだろうが。
「ギルドマスター、依頼出しますよ。報告書にはデビルが少しは入ってなかったでしょ?」
「ええ、追加しておいてちょうだい」
受付係員がひょいと顔を出して、すぐに引っ込んだ。
ギルドの依頼掲示板に張り出されたのは、パリから徒歩一日から二日圏内の森林地域で目撃証言が散発しているモンスターの類の確認並びに退治の依頼。
受付係員は簡単に『見敵必殺て言うの? 見付けたのは殺して、気配が発見されたのはどういう相手か推測して報告』と言ってくれた。
●リプレイ本文
冒険者ギルドが一同に託した地図は、ほとんどが森を示していたがかなり詳細なものだった。依頼終了時の回収を念押しされて、アルフレッド・アーツ(ea2100)とマート・セレスティア(ea3852)がそれは残念そうな顔をした。
対して、ナイトのテッド・クラウス(ea8988)、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)、レイムス・ドレイク(eb2277)は詳細な地図の価値を承知していたから、よくも貸してくれたものだと感心している。時に地図は一国の運命も左右することがあるものだ。
神聖騎士、僧兵の違いはあれ力を振るうこともあるアレーナ・オレアリス(eb3532)と
李風龍(ea5808)も、そう言われれば事の重大性は理解した。地図そのものはアルフレッドとマートが覗き込んでいて良く見えないのだが、レンジャーの二人ののめり込みようからしてもいいものだとは分かる。
と思っていたら。
「これが貰えたら、地図を描く参考にするのに‥‥」
「こんだけ詳しかったら、おいらでも楽に狩りが出来るよ。野兎なんか、美味しいよね」
何か、観点がずれている。挙げ句に。
「あらまあ、お食事は作りますけれど、狩りをする暇はありませんわよ、きっと」
サラフィル・ローズィット(ea3776)ののんびりした物言いも、何かが違うと他の五名に感じさせた。実は彼らは全員が共通で話せる言語を持たないのだが、雰囲気は伝わるようだ。会話だけなら何ヶ国語も話す者が多数いるので、とりあえずは困らない。
そして不安を感じさせた三人も道行きの準備は怠りなく、八人は揃って速やかに地図が示す場所へと出発した。
地図に記された一番近いモンスター目撃地点までは、歩けば一日程度は掛かる距離だ。けれども一同は融通し合えば全員が速度を上げて移動するのに十分な装備や馬などの移動手段があった。
その中で、荷物を預けて身軽に飛んだアルフレッドと、魔法の道具を使うマート、ペガサスを駆るアレーナの三人は索敵も兼ねて上空を進んでいた。もちろん相手から見える可能性も高いのだが、そこはそれ、レンジャーの二人は目も相当利く。
だから、最初に怪しいと気付いたのはマートだった。
「あの辺の枝の動き方がおかしいよね。おいらが見てくるから、ねーちゃん達は他の人と待ってて」
アレーナがどこがと問い返す暇もなく、ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼なる道具を地上に下ろしたマートがするすると木に登って‥‥枝を伝わって消えていった。鷹と隼を連れた、一見その二羽に追われているようにも見えるアルフレッドは枝の茂り具合で追うのを諦めたらしい。
「どの辺が怪しかったか、アルフレッド殿は分かったか?」
アレーナが問えば、おそらくと前置きしてアルフレッドが前方一キロくらいの柏の木の辺りと答えた。その木があったかどうかすら、アレーナには見えなかったが、マートは更に何かが見て取れたらしい。ただならぬ視力である。アルフレッドは後方からの馬の嘶きを聞き分けて、仲間が到着したと注意を引くために宙に上がり直した。こちらの耳も相当だろう。
残る五名は、それぞれに馬やセブンリーグブーツで街道をやってきており、アレーナとアルフレッドの説明を聞いて、サラ以外がマートの身を案じていた。幾らなんでも一人で偵察は危険だと考えたのだが、マートが聞いたら誰かと一緒のほうが危ないと反論したに違いない。これが偵察の難しさと、彼個人の資質の問題のどちらを取るかで、評価も分かれようがこの時は問題にしている場合ではなかった。
「豚頭の変なのが八体いた」
八人の中にモンスターに特別詳しいと言うものはいなかったが、サラが友人に聞いた話を思い出すまでもなく、それがオークだということは皆経験で察していた。数が分かっているのはいいが、彼らが聞いている目撃証言には実はオークは含まれていない。
新手である。
「見敵必殺とは言われたが、これは難題のようだな」
ディグニスがそう口にしたが、今回は悠長に準備に時間を費やしてもいられない。サラはデビルの有無を確認して、すでに戦闘になったときの心構えに入っているようだ。李とテッド、レイムス、アレーナもそれぞれに武器を手にしている。
ただ、場所からして馬で乗り込むのは難しいと言われ、偵察以外では戦力外のマートが馬を預かって街道に待機することになった。アルフレッドは投げナイフの腕があるが、マートはそういう方面はからきしである。
サラはデビルがいたり、怪我人が出た時の切り札ゆえに、オーク達の近くまで行く事になり、マートが念を込めたヘキサグラム・タリスマンを持参する。デビルの存在を感知する石の中の蝶はアレーナが嵌めているので、反応があれば一声上げて知らせる手筈だ。
後はマート以外の男性陣が、それぞれにオークを斬り伏せるだけだ。言うは易し、行なうは難しの典型である。
「デビルが出ましたら、全力を尽くしますわ。ですから、どうぞ頑張ってくださいまし」
サラの励ましが如何ほど心に響いたものか。
「今回もデビルの陰謀だとしたら、神託の預言もどう考えたものやら‥‥となりましょうな」
テッドが苦笑混じりに呟いて、アレーナとアルフレッドに道案内を請うた。ただし先頭に立ったのは、レイムスである。
『万が一の時は、こいつに蹴りださせてくれ』
ゲルマン語は使えないレイムスが他に最も通じるラテン語で言う『万が一』は、彼がハーフエルフだからだ。こいつとはイーグルドラゴンパピー。まだ子供だというが、街中で連れ歩けば混乱間違いなしの厳つい外見の貴重な戦力である。ラテン語に通じていないテッドには、サラが通訳した。
多少会話がまだるっこしいことになっても、いずれも経験豊富な冒険者だ。移動時間も無駄にせず、それぞれの得物などは確認しあっていた。今回は相手も分かっているので、わざわざ役割分担の相談に時間を割くこともなく、マート以外の七人が森の中に展開した。
アルフレッドが注意を引いて、弱いもの虐めが好きと種族特徴に挙げられるオークを引き寄せたところで、アレーナが上空から追い立てる。後はもう、シフールや女性が入ろうと実質戦力は六人対八体だ。
レイムスの振るったホーリーパニッシャーが、体格のよいオークの錆びた剣を絡めてへし折った。剣の残骸を振り回す相手に、コナン流らしく一瞬で体勢を整えなおした重い一撃を食らわせる。イーグルドラゴンパピーが背後について、近付いたオークを牽制しているので全身の力を込めた一撃になった。流石にそれで息の根は止まらないが、血反吐を吐いた相手を始末するのはレイムスには困難ではない。
テッドはデビル相手ではないのでオーラ魔法は温存し、技を使うこともなくノーマルソードで着実に相手の戦意を削いでいた。無力なシフールをいたぶるつもりが敵に遭遇したオークは浮き足立っており、レイムス同様にテッドも狂化するには至らない。冷静に相手の動きを見定めて、こちらも力一杯の一撃を相手の首筋に叩き込んだ。直後に飛び退るも、返り血を大分浴びたのは致し方ない。
その脇を固める位置にいたディグニスは、オークの中では小兵だが二体を相手どっていた。短時間での必殺を狙うなら一体ずつ屠るのが一番だが、片方に手間取っている間にもう一方が逃げては依頼を果たしたことにならないからだ。はっきり言って彼のやりようではないが、見敵必殺と請けたからには、今は仕方ない。それでもテッドが一体を屠って後に、こちらに手助けしてきた瞬間に、目の前の一体の頭蓋骨を粉砕してのけた。
コナン流の三人が、見ようによっては凄惨な場面を作り出している一方で、李とアルフレッドは背後にサラを庇う位置でそれぞれ刃を振るっていた。李は日本刀、アルフレッドはダガーofリターンと得物に差はあるが、こちらの二人もナイト達に劣らぬ腕の持ち主だ。鎧はつけていても、とっくに戦意を喪失して逃げ出そうとしている二体の足止めなら、一人を守る位置取りでもそれほど大変ではない。さっさと止めを刺せれば簡単だが、ひたすら逃げに徹している相手に効果的に一撃を打ち込むことはまだ出来ていないが。
そこに、周辺の木々の上を飛び回って、デビルの有無を確認していたアレーナが戻り、どういう手綱さばきかペガサスを急降下で下ろして、囲みを突破しかけた一体に刃を叩き込む。それを見て、李がようやくサラの近くから踏み出して、もう一体に止めの一太刀をくれた。魔法の使い手が絶対安全と確認してからの行動だ。李が斬り伏せたのが、最後の一体である。
「モンスターゆえ止むを得ないとはいえ、街道近くに放置するものではないな」
怪我人らしい怪我人もなく、間違いなく八体倒したかを確認した李がそう口にして、オーク達の死体は幾らか奥まったところに片付けられた。武器は放置するわけにもいかず、使えるほどの物でもないので叩き壊し、死体は獣の餌もやむなしで埋めはしなかった。その体力を、依頼につぎ込むほうが重要だからだ。
一日目にオークが八体。この日は移動もしていたので、それだって重労働だ。
二日目はマートとアルフレッドの偵察で発見されたゴブリンの群れが二つ、どちらも目撃証言にあったものらしい。結局午前と午後に一つずつ、群れを退治。午後にはレイムスが狂化し掛けたが、イーグルドラゴンパピーの助力でゴブリン退治が終えられたため、直前で正気付いた。
三日目、テッドがオーガ相手に狂化して、一人で五体を始末する働きを見せたが自身も重傷を負った。挙げ句にそれが乱戦の只中で殺される寸前だったが、李とディグニスが身を入れて救出したので命を繋いだ。サラがいなければ、犠牲者一名となるところである。
四日目、見付けたコボルトの群れ相手に、アレーナが射掛けられながらも上空で長らく足止めを喰らわせて、その隙に近付いた一同に奇襲される一幕があった。これが一番数が多くて二十体を超えたが、半日近くを追跡にも費やして、なんとか殲滅している。
この八人は、季節柄テントと寝袋や毛布、毛皮の敷物などを重複して持ってきた者が多かった。流石にアルフレッドは連れているのも鳥なので荷物が少ないが、二人用テントだけで人数以上にあるのだから何の心配もない。どころか、マートが四人用テントも三張りあるのを見て、その中に二人用を張ろうと言い出した。どうせ二人くらいは火の番で起きているので、六人分の寝床があればいいのだ。そこを中心に動くことにして、レンジャー二人の指導で周辺の刺激に似た擬装をする。
さらに李が地図にあったかわらで拾い集めた丸石を焼いたものを配ってくれたので、この季節に誰一人として寒い思いをすることもなく、良く眠れた。熟睡といかないのは、依頼の最中ゆえに仕方がない。
食べる方はと言えば、何人かが見兼ねて余分の保存食を提供してくれたおかげで、やたらと腹減ったを連発する一人を含めた全員が、美味しく食事を取れている。これはサラが一手間掛けて、料理の腕を振るってくれたおかげだ。毎日オーガ族と対面するので、水場近くは危ないと避けているが、火を使わずに夜を越すのは危険なので焚き火を派手にして、そのついでに料理も豪勢になったものらしい。食べねば力が出ないので、これは歓迎された。
けれども、テントを重ねて張って、火を起こしたら皆が暇かといえば、まったくそんなことはなかった。テッドが『慣れない森の中を歩かせて疲れているだろう』と、自分の愛馬以外の世話も申し出たからだ。アルフレッドとマートの鳥類はともかく、馬は持たないレイムスもイーグルドラゴンパピーとなぜか子猫がいるし、他は全員馬を連れている。アレーナはペガサスもだ。彼らの分までテントはないので、二人用のテントで余ったものを風上に張り巡らせて、寒さ避けにしてやる。
その上で毎日細かく全身の様子を観察し、足の疲れ具合も見、膝が傷んでいないかどうかを確かめ、餌も下生えの枯れ草を払うときに食べられるものを選んで食べやすくして与える。テッドのみならず、ディグニス、レイムス、アレーナも馬の世話には通じていたから、人手が足りないことはなかった。李はもっぱらテント張りや竈作りなどの力仕事に従事していた。
後は交代で火の番をして休むのだが、その間にはそれぞれ武器の手入れに怠りがなかった。毎日こうもオーガ族と出遭うのだから、刃は血脂で切れ味が鈍るし、そうでない武器も脂落としが必要だ。どこか傷んでいれば、それが命取りだから問題がないかを確かめる。
『明らかに、おかしな状況でしょう。これだけオーガが住んでいられるはずがありません』
『それはそうだ。この国では、以前もこういう騒ぎがあったろう。あれもデビルが噛んでいたが』
レイムスとディグニスが火の番をしながら、母国語で話し込んでいる。幾ら豊かな森でも、オーガを何種族も養うほどの広さもない。誰かが狙いを持って集めたと見るのが妥当だ。
「動物の類はオーラテレパスで追い払うつもりでしたが‥‥見ますか?」
「一匹も見てない」
テッドとアルフレッドが相談した折も、森に動物の姿がまるで見えないことが話題になった。オーガを見て逃げたか、それとも捕らえられて食われたかだろう。そんな状態は飢えに直結するから、不自然極まりない。
「本当はこんなに火を焚いたら、誰かいるってばれるんだけど来ないからね」
「この周辺の掃討はある程度目処が付いたということだな」
地図と目撃証言を記した羊皮紙を見比べて、マートと李が話していた。一応目撃されたオーガと思われる群れは半数余りを片付けた。後は気配も見受けられないので、重複していたと考えたいところだ。マートはディグニスのダウンジングペンデュラムの反応もなかったことをあげて、もうお仕舞いとのんびりしている。李はそこまで気を緩められないが、いずれにしても依頼期間中に為せるだけの事はしたはずだった。
「デビルが出てこないのが怪しすぎるな」
「これだけオーガがいたのですから、先年の騒動を考慮するようにギルドに報告すべきですわね」
夜営の間は、当番のものに石の中の蝶を渡していたアレーナが、反応のなさに眉根を寄せていた。サラの言う通りだが、いると言われたものがいないのはどうにも引っかかる。それにそれだけ相手には戦力が残ったということだ。オーガ族とデビルなら、ものにも寄るが後者のほうが大抵始末が悪い。
間違いなくデビルがどこかにいると、また今回の寒波到来そのものはどうか分からないまでも、預言を使って何かしら策動するつもりでいたはずだと意見がまとまって、八人はパリまで戻った。
冒険者ギルドの建物に入って、不意に座り込みたい衝動に駆られた者が何人かいたが‥‥僅か四日でオーガ族五種類百体以上を倒してきたのだから、それも当然だったろう。