素晴らしき宴への招待

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月30日〜02月06日

リプレイ公開日:2007年02月09日

●オープニング

 冒険者ギルドは、依頼人から受ける依頼の仲介手数料の他に、商人や貴族などの有力者から金銭、物品など様々な支援を受けて活動している。そうであるからには、ギルドマスター並びに幹部達にはギルド内での通常の仕事の他に、そうした支援者達から支援を確実、かつ継続的に出してもらうのための様々な活動が課されていた。その中には社交も含まれる。
「ウルスラ殿、宴の招待が届いておりますが」
 幹部の一人がギルドマスターのウルスラ・マクシモアに差し出したのは、わざわざ巻いた羊皮紙に印章を箔押しして留めつけた書面だった。持参した使者からの口上で、それがギルドマスターに対する宴の招待だとは分かっている。もちろんギルドの幹部たるもの、印章一つで相手がどこの何者かを細かいところまで思い出すくらいは造作もない。
 そして、使者が内々に依頼してきたことを伝え忘れるようなこともなかった。
「今回の宴は内輪の集まりではありますが、何人か護衛をお連れくださいのことでした」
「まあ、警備は主催者の義務でしょうに」
「それはそうですが、昨年来我がギルドもきな臭いことに関わりが増えましたからな。護衛はお連れください」
 それは見目麗しい銀色の飾り文字で綴られた招待状を見ながら、ウルスラは唇を尖らせた。主催者が迎えを寄越せと思っていることは間違いないが、幹部も護衛の線は譲れない。
「主催者殿の、一番の上役がお忍びでお越しになるそうです。護衛は必要でしょう」
「それなら、仕方がないわね。その報酬分は主催者の負担よね?」
「往復の護衛のみで、宴の最中は酒と食事も出ますから、皆には多少金額が少なくても納得してもらいませんとな」
 この『当然たくさんふんだくったが、依頼を受けた場合の利益分を差し引いて報酬とすることで、ギルドの取り分を増やしました』という返事に、ウルスラと幹部はにっこりと笑みを交わしたのだった。

 十日後の、マクシモア家で行なわれる宴への、ウルスラ・マクシモアの参加はこうしてすんなりと決まった。
 主催者は宮中で頭角を現しているとか噂のあるハーフエルフの貴族で、ウルスラの息子である。

●今回の参加者

 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7693 フォン・イエツェラー(20歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)
 eb9400 ベアトリス・イアサント(19歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●約束の時間
 この依頼を受けた者は指定の時間に遅れず、冒険者ギルドにやってくること。
 その指示により、いずれもロシア出身の四人がギルドを訪れてしばらく後。普段使用する作戦ルームとは違う部屋に通された四人の前に、ギルドマスターのウルスラ・マクシモアが現れた。扉を開き様に、振り返って誰かと話をしていたようだが‥‥
「白クレリックのイルコフスキー、騎士のフォン、神聖騎士のイリーナ、ウィザードのオリガでいいかしらね」
 自分の護衛だから細かいところまで覚えてきたとみえて、一人一人の顔を眺めつつ尋ねる順番に間違いはない。今回は四人と人も少ないので、このくらいはお手の物だろう。
 ついでに四人のうち、パラのイルコフスキー・ネフコス(eb8684)を除いた三人はハーフエルフだが、性別や職業がそれぞれ明らかに違うので分かりやすい。騎士のフォン・イエツェラー(eb7693)はパラでない男性のほうだし、イリーナ・リピンスキー(ea9740)とオリガ・アルトゥール(eb5706)では持ち物が違う。
 それはそれとして、実は一人足りないのだが。
「宴までに来たら、連れて行ってもらえるのかな?」
 まだまだ緊張感が足りないイルコフスキーが、にこにことウルスラに尋ねた。するとウルスラもにっこりと笑って。
「先程来たようだけれど、とても時間にうるさい別の者が連れて行ってしまったの。廊下磨きか、それとも別のお仕置きか‥‥仕事なのだから、遅れないようにね」
 時間に遅れられると私達も大変なのよと、にっこり笑顔を向けられて、同様の表情を保っていたのはイルコフスキーとオリガだった。フォンとイリーナは、その勢いに負けてはいと頷いている。
 この先の数日間が思いやられる、短い会見だった。

●冒険者を磨く
 男女各二名、年齢層五十代半ばと五十歳前後と三十代に入ったばかりのハーフエルフ三人に、二十代前半と思しきパラ。見た目はフォンが一番若く、実年齢ではイルコフスキーが年下だ。冒険者としての経験と知名度は、ほぼ実年齢が高い順。
 そんな四人に用意された最初の試練は、ウルスラの『家』からの迎えに連れ去られることだった。ウルスラ本人は仕事が忙しいので、すぐには戻らない。みっちり仕事を済ませて、時間を作ってから彼らを弄り倒すつもりのようだ。
「お姉さまのご自宅ということは、宴の開かれるお屋敷なのですかしら?」
「いえ。ウルスラ様は少し前にギルドに近い家が欲しいとお求めになられまして、今はそちらにお住まいです。本宅は別に」
 オリガがおっとりと尋ねたことへの返答は、マクシモア家の金満家振りを示していた。キエフの市街に何軒も家を持つなんて、誰にでも出来る事ではない。単に金があればいいってものではなく、家屋を譲られるだけの信用もあるということだ。そのくらいは、生まれがキエフであろうとなかろうとロシア出身の四人は承知している。どこの公国でも大公のお膝元は色々とうるさかろう。
「やれ、ありがたい。ご当主に対する心構えのないうちにご自宅では、些細なことで手を煩わせてしまうかも知れぬゆえ」
 イリーナが権勢盛んな貴族の本宅へのちょっとした緊張感を吐露すると、執事と思しきエルフの老人は礼儀正しく目礼だけを返してきた。それほど心配することはないということらしいと、イリーナの横でほっとしているのはフォンだ。この二人は貴族階級のたしなみを十分身につけているが、それでも面識のない相手に突然対するのは緊張を伴う。
 それでなくても、ギルドマスターの息子だし。あの母にして、どういう息子が出てくるものか。
 などと考えを巡らせているうちに、四人はなかなか上品だが金満貴族の邸宅にしては小作りの建物に導かれて‥‥男女でそれぞれ別室に導かれた。ここからが『ウルスラお姉さまの教育開始』である。
 当人はまだ現れないけれど。

 フォンとイルコフスキーは、それぞれの身分にふさわしい丁寧な態度で、あまり家具のない部屋に導かれた。あるのは十人くらいが食事を出来そうな長い卓と、それに見合わない数の椅子だ。全体のしつらえはそれほど華美でも贅沢でもなく、白クレリックのイルコフスキーにも居心地が良い。フォンも落ち着いて失礼がない程度に室内を確認し、椅子の作りが良いなどと思っている。
 お荷物はこちらですと、二人の荷物が使用人の手で卓の上に運ばれた。フォンは愛馬に載せていた物だからかなり重いので、使用人も二人掛かりだ。イルコフスキーのバックパックは自分で運べると一度は断ったが、相手も仕事なので彼が譲って任せていた。
 そうして、そうした使用人とは別にエルフの老婦人といって差し支えのない年齢の女性がやってきて、ウルスラ付きの女官だと挨拶した後にこう言った。
「それでは、お二人のお荷物で当日にふさわしいものを確かめさせていただきます」
「え、あの私は礼服もありますし、武具は護衛を仰せ付かっているため、こちらを持参する予定なのですが」
 なにしろ武器は使いやすいものでないとなどと、フォンが抗弁したが相手は聞いちゃいない。貴族礼装として十分立派なクラースヌイと日本刀、リュートベイルに、普段も使っているマントを確かめて、老婦人は断言した。
「そのマントでは礼服が引き立ちません。ですがこちらのマントでは、色があまりに合いませんし‥‥」
 老婦人の手には、なぜかヴェーツェルのマントと呼ばれる逸品が。こちらは生地が青いので、深紅の礼装とは当然合わない。これを着ていったら、色彩感覚のない奴と見られること間違いなしなので、フォンだってしまっておいたのだ。仮にリュートベイルは過剰だと言われても、よもや宴の会場では外すかもしれないマントをとやかく言われるとは思いもせず。
 マント留めや剣帯など、細かいところに気を配って準備しなければと矢継ぎ早に続ける老婦人に反論することも出来ず、フォンはすっかりと相手の勢いに流されている。見た目も祖母と孫のようなもので、年齢もそれ相応に違うのだから、年配者を立てたと見るべきだろうか。顔付きから緊張が窺えるので、おそらくは勢いに負けている。
 それでも、かろうじて籠に入れておいた鰐を老婦人の目から逸らす気遣いは見せていた。女性でいきなりロシアでは普通みられないペットを見て、平静でいられる人は少ないだろう。
「以上の物は、こちらで準備させていただきますが、よろしいでしょうか」
「はい。よろしくお願いします‥‥」
 最後まで、老婦人の前では落ち着いた物腰を保ったフォンだったが、相手がイルコフスキーに視線を向けた途端に両肩が落ちた。それを目撃しただろう使用人達は慎み深く視線を伏せて、何も言わずにいてくれたのでフォンも少しずつ緊張が解けてきている。
 反対にどきどきしているのは、もちろんイルコフスキー。クレリックの彼は清貧を尊ぶ白の宗派なので、自分が華美に装う必要など感じていなかった。念のために礼服は持参したが、多くの場合は聖職者らしいローブでも問題視されたことはない。
「おいらも、なにか用意しないと駄目ですか」
「‥‥‥‥まずはそのお言葉遣いを少し」
「あ、そうだった。私って言わなきゃと思っていたんだ。すみません」
 やり直していいですかと尋ねられた老婦人は多分盛大に戸惑っただろうが、それを明確に表情には表さなかった。よってイルコフスキーは、きちんと言い直している。そうしてみると、声色まで違って、まるで別人のようだ。
 ただ、言い直した後に『にぱっ』と邪気のない笑顔で白い歯を見せて笑われると、それはそれで貴族社会のうるさいしきたりなどには‥‥‥上品に笑えとは、流石に老婦人も言わなかった。けれども、『もう少し大人びた笑顔のほうが感じもよろしいでしょう』と指摘は厳しい。
 イルコフスキー、とても困難なことを言われたかのように苦悶している。聖職者として人に相対するときの礼儀は心得ているが、『大人びた』はなかなか難しいようだ。
 ややあって。
「鏡を貸してもらえますか。あ、いただけませんか、かな」
 何かやっぱり無理はしないほうがよさそうな様子で、差し出された鏡を前に首をひねり始めた。大変に前向きな対応だが、作る笑顔が段々引きつってきている。しまいには鏡を覗いている間に息を止めてしまい、真っ赤な顔になっていた。
 その間に、彼の荷物は勝手に広げられて、というほどの量もなかったが、上着は必要だと決定されている。冒険者御用達、エチゴヤの防寒服ではちょっと上品さが足りないらしい。会場では間違いなく脱ぐのに、細かいところまでこだわる方である。
 しまいには髪型がどうこうと検討されていたが、流石に聖職者相手にもっと着飾れとは言わず、そこまで弄られることにはならない模様だ。
 しかし、イルコフスキー当人はそんなことが起きているなんて事にも気付いていなかった。よって、持参した雪玉と赤い球の謎のペット二体が籠に入れられていることも見ていない。ついで蓋までされてしまったが、それに気付くのはもっと後だ。
 男性陣二人、この後のご予定は。
「湯浴みの用意をさせましょう」
 綺麗にならねばならないらしい。

 女性二人には、もっと対応が過激だった。
「湯浴みの準備が出来ました。お手伝いいたします」
 こちらもやたらと大きな卓がある部屋に通され、二人の荷物の他に大量の布地が運び込まれてきたと思えば、二人の片親と同年代くらいのエルフ女性が微笑んだ。他に若い娘達が五人もいて、手に手に色々なものを持っている。お湯を運んでくるのは別の使用人数名で、部屋の暖炉でもそれが冷めないように沸かし直されているので、火の番にも一人。
 幾ら同性ばかりでも、オリガもイリーナも人前で湯浴みなどしたくはないし、しろと言うなら自分で出来る。それでなくとも二人とも、依頼内容が内容だけに普段よりよほど身だしなみには気をつけていた。なのに開口一番で身体を洗えというのは、いささかどころではなく失礼だ。
 さすがにイリーナが言い方は無礼にならないように言葉を返そうかと身構えたところ、最後の大荷物が運ばれてきた。大きな箱は、どう見ても衣装箱だ。もう一つの籠の中身は多分、化粧品である。幾つか入り混じってしまっているが、なかなか良い香りがする。
「これは一体、どうしたことだろうか」
「国王陛下ご臨席の宴でございますから、お二方の立ち居振る舞いがどんなものかよくよく確認したいとウルスラ様のご希望です。今から宴に行かれるおつもりで、着飾ってくださいまし」
「‥‥まあ、本当に偉い方がおいでですのね。それで、そちらのドレスは?」
「ご用意の衣装に何かあってはいけませんので、ウルスラ様がこちらをお召しになっていただくようにと」
 まだ冒険者ギルドで仕事をしているはずの人が、どうやってそんな細かい指示を出したのかと疑いたくもなったが、相手を考えたらあまり不思議ではないような気がする。
 それはそれとしても、イリーナはやはり多くの手を煩わせることに抵抗があったが、見方を変えれば相手も仕事だ。ここで客人扱いの二人に嫌だと言われては立つ瀬がない。そんなことを考えてしまうところに付け込まれたのかどうか、あっという間に四人ほどに取り囲まれた。後はもう、やられ放題。
 オリガも心中ではこれほどのこととは思わず、多少なりと驚いていたが、彼女は滅多なことではそういう驚きが顔に出ない。相変わらずにこにこしているので、こちらは三人に囲まれて、イリーナ同様。
 そうしてしばし。
 別室の男性二人が荷物を改められ、湯の中に丁寧に放り込まれる奇妙な技に遭い、全身くまなく磨かれた挙げ句に肩から背中から、手足の先まで揉み解された長い時間を過ごした頃、オリガとイリーナの二人は供された香草茶で喉を湿らせていた。器を持つのと反対の手は、まだ爪の先を揉み解されている。
 この後は絶対に、爪の形を云々言われる。こんなことなら、どんなに実家から煩く言われてもこの依頼は避けて通るべきだったかもしれない。そもそも神聖騎士の自分が‥‥とイリーナは思い悩んでいるのだが、多分貴族の女性でもここまで念の入ったことを日常的にやっている人は少ないだろう。綺麗なものが嫌いなわけではないが、身に着けるよりは目で楽しみたい性格の彼女には、これから着せ付けようと用意されている衣装はそれほど嬉しくなかった。
 依頼の時につける鎧の重さはなんともないが、目の前に広げられた金糸銀糸で刺繍が施された衣装と、イリーナの立場に気を使って用意してくれたと思しき質の良いなめし革に金銀の飾りがあしらわれた剣帯も、髪飾りもたいそう重そうに見える。そもそもがドレスに剣というのが今ひとつ、ふたつ、みっつ‥‥
「わたくしは護衛として宴に参るので、これほどの衣装を着せ付けられても、当日の装いとは異なるのだが。単に手を煩わせるだけならば、申し訳ないな」
 あまりに忙しそうに準備をしているエルフの娘達を見て、思わずイリーナが口にすると、彼女達は口を揃えて、『綺麗にしているところを見せてくださらないと』と言った。
 イリーナが、まさかまさかと思いつつ、『やっぱり自分で遊ばれている』と考えてしまった一瞬だった。それはおそらく、間違っていない。
 首謀者はもちろん、今は不在のお方。
 対してオリガは、もう少しおっとりと構えていた。どう見ても、周囲が自分達を弄って楽しんでいるように見えるのだが、彼女は貴族の館の日常生活を観察する機会にはあまり恵まれていない。日頃依頼や教師の身分で貴族の邸宅に入ることはあるが、そうしたときにそれ相応の扱いで、使用人が着いても一人か二人だ。こうまで世話を焼かれることはないので、ある意味新鮮である。
 考えてみれば、おおっぴらに言わなかった所を見ると多分お忍びだろうが国王陛下臨席、日頃からこういう生活をしている人々が集まる席に行くわけだ。宴の場で世話を焼かれることに途惑っていたら、連れているウルスラの評価に関わるわけである。
 しかし。
「お姉さまは、普段からこうしてお肌の手入れをしておいでなんですのね」
 イリーナが気にするのはそこなのかという視線を寄越したが、オリガは知的探究心に満ちていた。それでなくともイリーナや男性二人と違い、礼儀作法の上っ面を掠める程度にしか勉強する機会には恵まれたことがない。この機会に形だけでも教えてもらって、ついでにギルドマスターとの繋がりを作れれば儲けもの、くらいに考えていた。厳しそうだとは、予想しているのだが。
 この辺が、貴族社会の煩いしきたりその他諸々に通じたイリーナとの違いだが、彼女が苦労するのはもう少し後のことだ。今のところは、使用人達からウルスラの話を聞いて楽しんでいる。
 ただ、そのウルスラより間違いなく六十歳以上若い、エルフとハーフエルフなので年齢差が一概に外見には表れないとしても、オリガが自分の娘の話を始め、母親として大先輩のウルスラに意見を聞いてみたいものだと言い出したので‥‥ほんの少し、一瞬だけ室内が静かになったが、しつけが良い使用人達はオリガに負けず劣らずの笑顔で応対し続けたのである。
 端で見ているイリーナがこそりと溜息を吐いたとしてもそれは無理からぬことだったろう。

●お姉さまのお作法教室
 明らかに仕事に関係するだろう書状を幾つか従者に抱えさせて戻ってきたウルスラは、至極ご満悦だった。
「子供が皆手を離れてしまったので、家にいても退屈なのよ」
 それでこんなにあれこれと着せられたのですかと、さすがに正面切っては一人も口にしなかった。だがそれぞれに感じるところはきちんと伝えておく。四人ともに、相手が自分のことを観察しているのには気付いたから、きちんとしたところを見せておかないといけないのだ。
 どう考えたって、観察し返したって、ウルスラは自分の護衛の力量や人柄を測っている。ここで駄目だと思われると、後々に支障が出るだろう。考えようによっては、ウルスラは自分達の上司である。あくまで考えよう、だが。
 それはそれとして、全員盛装させられての晩餐を済ませたところで、ウルスラは四人を茶に誘った。時間的には酒でもおかしくはないが、なにしろハーフエルフが三人いる。
「ワインがよければ運ばせるけれど、どうかしらね。ああ、その蜂蜜用の匙は、先のほうだけが銀なの」
「あいにくと酒の類とは相性が悪いので、わたくしはこれで十分です」
 まずイリーナが酒を辞退したが、ロシアでは珍しいことではない。信仰の如何に関わらず、体質的に合わないハーフエルフが時にいるからだ。他の二人もワインをくれとは言わなかったが、こちらは嫌いでもないらしい。イルコフスキーだけは、ワインは『ジーザスの血を示す』とクレリックらしいことを口にして、でも感謝の祈りの後に茶を口にした。彼は銀製品も、当然ながら拒否はしない。これはハーフエルフの三人も同じだ。
 ただ何か足りないものがあればと問われて、フォンは手燭を所望している。何かのときに暗いのは困ると、こちらもいくらか遠まわしだが‥‥不注意からの狂化はロシア貴族社会で厳に戒められるものだから、明確に『なってしまう理由』が分かっているのなら、対応はする必要がある。貴族の宴ともなれば、相手のそうした事情を知れば最大限対応に務めるのも招く側の義務だった。オリガは特定条件がなさそうだが、それも合わせて内々にウルスラが手を打ってくれるだろう。
 それでもって、和やかに茶を飲みつつ、これまでの依頼のことなど聞き出されたフォンとイルコフスキーとイリーナは。
「娘が前線で剣を振るうのが悪いとは言えませんけれど、どうしても心配なのですわ。信頼はしていても、時々気持ちの折り合いがつきませんのよ」
「私は万が一のときに教会に寄進するお金の蓄財に気を配ることにしていてよ」
「万が一だなんて、考えるだけでもぞっといたしますわ」
「そうなのよ。でも騎士たるもの、命が惜しいと言えないときもあるでしょうから」
 オリガとウルスラの『母親談義』に耳を傾ける羽目になった。イリーナなど、未婚の自分にはウルスラのような立場の者の心中は図れないと思っていたが、隣のオリガの心中もさっぱりである。
 楽しそうに会話している二人を眺めているフォンとイルコフスキーも、口を挟めない雰囲気を感じていた。彼女達は和気藹々と言葉を交わしているが、確かに子供の話には割って入れない。そんなことをしたいとは、もちろん思っていないわけだが。
「ご子息はどのようなお方なのでしょう?」
 しばらくして、ようやくフォンが近日顔を合わせる相手の人となりを尋ねてみたところ。
「そうねえ、私はそう思わないけれど、周囲は私にそっくりだと言うわ」
 それが外見であって、性格ではないといいなとイルコフスキーも思ったくらいに、ちょっとどきどきの発言だった。

 しかし、翌日からの出来事のほうもなかなかに刺激的で。
 あまり本格的に踊りもやったことがないオリガには、どこから連れて来たのか教師が付いた。お作法も一式教えてくれる女性だ。踊りの練習相手はフォンが務めることになって、彼は踊ることそのものには問題がないが、踊る方向に女性を導くことに慣れていない。ついでに緊張もしている。
 おかげで二人してよろけたり、オリガがフォンの足を踏んだり、フォンがオリガを引きずりかけたり、教師にぴしぱしとしごかれていた。ウルスラが帰ると、これまた厳しく評される。
「護衛の仕事が、これほど厳しいとは知りませんでした。良い経験ではありますが」
「普通の護衛は、こんなに踊れなくてもいいのだろうと思いますけれど」
 二人の小声の会話は、微妙に互いを慰めあっている。しかし、二人とも結構前向きに取り組んでいた。
 かたやイルコフスキーは家族で囲むような食卓を前に、料理人が腕を振るった美味しいものを食べている。こちらもお作法の先生役の執事が傍らに。イルコフスキーはちょっとばかり無邪気なところがあって、美味しいものを食べると素直に美味しいものを食べた顔になる。もちろん不機嫌に食事をするよりはよほどいいのだが、だれかれ構わず満面の笑みを振りまくのは貴族社会の礼儀ではない。それに聖職者でもあるのだから、笑顔も『にぱっ』ではなく『にっこり』に留めておいたほうが当人のためだろう。
「申し訳ありません。一度休ませてください」
 でも、朝から続けて何皿も食べさせられて、イルコフスキーもちょっとばかり苦しそうだった。言葉遣いはこれまでの教育成果がばっちりと出ている。
 この辺のことは無事にこなせると判断されたイリーナは、お肌磨きに邁進させられていた。本人が何かするわけではなく、人があれこれ塗りたくったりしてくれるのだ。他の三人とは違う意味で気疲れが激しい。
 だが様子を覗きに来たウルスラと会話をするには悪くない状態で、宴の客のことを尋ねてみた。会話に参加するにも、相手が誰で、どういう実績があるかなどが分かっているといないとでは大違いだ。特に昨年末は色々とあったので、そこでの活躍があるなら知らないのは失礼でもある。
「ご子息も騎士ならば、同行されていたのでは」
「騎士の息子はキエフで暴れていたようよ。陛下の従ったのは上の息子ね。あれは騎士というより文官だから」
 腕っ節はそれほどでもないとぼやかれて、ならばそうした話題は向けないようにと考えているイリーナに、ウルスラが当日はこれを着けなさいと示したものがある。
 どうやら当日は、国王陛下のお忍びを公にしないために、全員仮面着用らしい。
たいそう華美な仮面を出されて、四人ともに困惑したのだった。

●宴の直前
宴の時間には相当早くにマクシモア家に出向いたウルスラと護衛の四人は、その立場から大変丁重に迎え入れられた。一応彼らの護衛の仕事は往復の道中であって、宴では客人扱いである。
にこやかに出迎えてくれた、ウルスラとはまったく顔の似ていない当主は身内の母親より彼らを先に遇してくれた。四人も丁寧に招かれたことへの礼と挨拶をして、ウルスラに場を譲る。この有能にして、実は二人か三人いるのではないかと思うくらいに仕事をこなす母親と、きっと立場や才能を比較されて大変だろう息子との久し振りの体面はいかようなものかと見ていれば。
「相変わらずお元気そうで。きっと冒険者ギルドの若人の気力を吸い取って、その麗しいお肌を保っておいでなのでしょうね。貴方を護衛してくれる方がいるなどと、本当にありがたいことですよ。どこで他人から精気を吸い取ってくるかと心配で」
「ああ、相変わらずよく回る口だけれど、どうしてそれが意中の相手を射止める役に立たないのかしら。まさか私達の子供が、今まで一人も素晴らしい相手に巡り合わないほど、つまらない人生は送っていないと思うのだけれど」
「それは母上、貴方に似て仕事が生き甲斐だからですよ。少しは父に似て、恋路に狂うくらいの性質もあればよかったのですが」
 切実に聞かなければ良かったと、そう思うような会話だった。
 仲がいいことは分かるが、合いの手も入れられないし、迂闊な反応も出来ない。使用人たちが平然としているのが、またなんとも‥‥それぞれ、そっと冷や汗をぬぐったのだった。

●仮面の囁き
 多少とんでもない事を見たり聞いたりしたが、宴はまったく滞りなく始まって、進んでいた。客は大抵が若いといって差し支えのない男女で、大半が男性だ。女性もいるが、その半数は騎士かそれに準じた装いでイリーナも目立たない。もちろん広間にいる人々は半数以上がハーフエルフである。
 そうした場なので、イルコフスキーは案外目立っている。さすがに彼が子供だとは誰も間違えずに、でもどこの誰かと探るような視線と仲間内の囁きはあった。互いの素性は問わない約束を示すのが仮面だが、ある程度人数がいても内々の宴ならば親しい相手は見分けが付くだろう。フォンもそれほどではないにせよ、あまり知らない相手と目されたようで、青年の環の中に連れて行かれて話しかけられている。それはもう緊張しているのが見て取れるが、あえて助けに行かねばならないような話題を振られているわけではなかった。どちらも生真面目に尋ねられたことに応えるので、面白がられている様子だ。
 オリガとイリーナは、良く見知った青年と少しばかり話が弾んでいる。という事になっているが、何度か依頼人だった相手にここで出会ったのを幸いに、宴の人々のことを尋ねていた。あからさまにどこの誰かを知りたいわけではないが、
「四十歳から六十歳くらい。同族の方が多いとお見受けしますわ。でも狩りや楽を楽しむご友人とも見えませんし」
「楽師がいないのは、とてもありがたいけれど」
 イリーナのほうがそれに安堵したのは、踊りに誘われるようなことがあったら応じるのはよいが、この男女比率では下手をすると踊り続ける羽目になるからだ。少人数の中で、踊りに誘われない女性がいたりしたら申し訳ないと気を配ってくれる殿方に困らないような人数はいた。オリガはそこまで考えないようで、でも踊らなくていいのなら気が楽だと思っている。
「宮中でもキエフ公国の生まれの臣下、まだ若輩者の集まりと言ったところだな」
 それは考えようによっては、先祖代々ルーリック家に近しい人達の集まりとも取れる。しかも若輩者とはいうが、国王その人に年齢も近い家臣達の親睦を深める場だ。挙げ句にそのルーリック家の当主が来る予定なのである。
 何事もなければいいと、話を聞いていたオリガとイリーナのみならず、なんとなく状況を察したフォンとイルコフスキーも願っていたが、宴はただ楽しくは終わってくれなかった。
 ただし、何の問題もなく進んで、終わってはくれている。表面上。
 冒険者の四人に一波乱があったのは、ウルスラが彼らを差し招いたからだ、会場内に散らばって、四方山話に付き合っていた四人に声を掛けたわけではないが、それと分かる合図を送って寄越した。本人は先に、広間の片隅にしつらえられた休憩用の長椅子がある場所に向かっている。ある程度人と距離が保てて、視線を受けることもないように衝立が配置されていた。
 そこにいたウルスラ以外の厚手の仮面の御仁を見て、素性が分からない四人ではなかったが、形式どおりの挨拶をするのはこの宴の約束に反する。最初にイリーナが初対面の相手にする簡略化した挨拶をして、フォンがそれに倣う。イルコフスキーは聖職者らしい態度で自己紹介して、オリガは三人よりもう少し丁寧に口上を述べた。
「ウルスラの護衛であれば、相当使えような。なによりこの女傑を護衛しようという気概がたいしたものだ。相当厳しかろう」
「それほどでもございません」
 嘘だと言えたら、とっても嬉しかっただろう。来るとは聞いていたが、よもや挨拶する羽目になるとは思わなかったお方が前にいる。滅多なことは言えない。でも椅子を勧めてくれたので、イルコフスキーと女性二人は腰掛けた。フォンが立っていることは黙認された。
「最近も妻が世話を掛けたようだな。聖夜祭のこともある。本来なら大盤振る舞いのほうが喜ぶのだろうが」
「知人の方に大分振る舞っていただきました。最近はお見かけになりませんが、いつでもお声掛け願いたいものですわ」
「あれはな‥‥人間だからか、何かと動きが忙しい。開拓の計画に没頭してくれれば良いのだが」
 別に奥方に世話を掛けられた覚えはないが、最近尊顔を拝した記憶のあるフォンとイルコフスキーは目礼で労いに応えた。背中に緊張の冷や汗が筋を作って流れている。下手に口を開くと言葉に迷うので、黙っているにこしたことはない。
 オリガとイリーナは、なんとか笑顔を保っていた。『人間の知人の方』が誰かは察しても、この話題が何を示しているものかまでは知りたくないのが本心だ。いずれきっと何かがあるなと、それは理解するしかないのだが。
 でもこの二人は、次の瞬間に危うく礼儀作法の基本を忘れて立ち上がりそうになった。
「あらまあ、私に未婚の娘がいれば、それは熱烈にお勧めいたしますけれど‥‥こちらはそれぞれ決まった相手がおりますから」
 娘のいるオリガはともかく、イリーナはウルスラに思わず視線を向けたが『そういうことにしておきなさい』と目顔でたしなめられた。多分向かい合わせにいる御仁も気付いただろうが、小さく笑っただけだ。
「つまらぬ愚痴を聞かせたな。なに、時が来れば大いなる父が良いように取り計らってくれよう。だが、顔くらいは見てみたいものだ」
 最近同族の娘を側室にと勧められることが多いと口にした御仁は、聞いていたフォンが赤くなるようなことを付け加えた。。イルコフスキーは自分もだろうかと迷っていたが、手で外せと示されて仮面を取る。とはいっても、顔が覗けるぎりぎりの状態だ。お目通りがかなった仕上げに、顔の確認をしてもらうということらしい。
 別に色っぽい話ではないので、オリガもイリーナも軽く仮面をずらして、会釈をした。当然相手に艶っぽい視線など向けない。フォンだけが、慌ててしまって仮面を取り落とし‥‥
 楽しげに笑ったウラジミール一世に、親しげに肩を叩かれるという栄誉に預かった。