●リプレイ本文
顔合わせをした依頼人は、笑顔だったが機嫌がよさそうではなかった。愛想笑いというより、人をとって喰う直前の狼が笑ったらこんな顔かもという感じだ。顔立ちは悪くないのに、この表情はいただけないとリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)は思ったものだが。
いちおうは、理由があってのことらしい。
「言葉ができることは条件にしなかったが、もう少し精進して欲しいものだね」
政治向きの話などをするのでなければ、一応生活に困らない程度には全員がゲルマン語を話せるのだが、考えがあって所所楽柳(eb2918)があまり話せないと伝えたのが不機嫌の一因らしい。
もう一つは、似たような警告文と称した怪文書がやたら滅多らとあちこちに届けられているためだそうだ。
そういうことをするのは、あからさまに怪しい。当然書面に記された日だけの警護では心許ないというエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)の提案が容れられて、五人は一階の使用人用の部屋に通された。客間ではないのかと理瞳(eb2488)は思ったようだが、雇われ人に間違いはない。ユラ・ティアナ(ea8769)が使用人に話を聞くにはこちらのほうがいいのではないかと言ったこともあり、全員が速やかに荷物を置いたのだが。
柳が他の護衛と同じ部屋にエルンストと一緒に案内されて、しばらくしてから女性用になっている部屋にやってきた。四人だと少々狭いのだが、瞳が口にしたようにゆっくり練る暇があるとは思えないし、暖は取れるので誰も文句は言わなかった。
依頼人の性質はいかがなものかと、揃いも揃って考えていたとしても。
届いた書状と屋敷の見取り図を確認させて欲しい。この要望のうち、屋敷の見取り図は『ない』の一言を返されたが、書面はすぐに渡された。屋敷内も、好きに確認してもいいという。
手紙は出身国が全員違うので、他国の言葉や紋章などが組み込まれていれば分かるかもしれないと五人でじっくり観察したが、そういうものは見付けられなかった。何らかの予告という予想もあったが、どうやら違うらしいと判明した。
当然、依頼人が見ても良く知った筆跡ではない。何箇所も直した跡があるところからして、わざと筆跡を変えているのではないかとはエルンストやユラ、リュシエンヌが揃って指摘したことだ。この辺は、筆と墨の文化の柳と瞳には説明されても、よく分からないのだが。
よく分かったのは、書状を見詰めても襲撃犯の同行は見えてこないということ。となれば、まずは警戒態勢を敷かねばならない。
やることが護衛、元からの護衛との関係上、屋敷の警備が主になるのだから、その確認では五人は二手に分かれることにした。屋敷の中と外で、一応分業だ。リュシエンヌとユラ、柳が執事の案内で屋敷の中、瞳とエルンストが、馬番の案内で庭や隣家との境など。
五人ともに使用人や護衛の関与も疑っていたので、全員の面通しはまた別に機会を設けるとしても、途中で紹介される人の様子は窺っている。リュシエンヌは執事に使用人の人数と住み込みかどうかなどを細かく確かめていた。この辺の確認事項は、すでに皆で話し合っていたものだ。後ほど外回りの二人と突き合わせて、齟齬がないかも確かめる必要があろう。
とはいえ。
「こちらが地下への階段で、地下からは外に直接繋がるものもございます」
主の一大事だが冷静な執事は、自身が祖父母の代からマクシモア家の使用人であると自己紹介したのに始まり、使用人の大半が百年からの奉公だとさらりと述べた。エルフと人間が半々いるらしい。一人身と夫婦のみの者は地下に住み込み、子供がいる家族や老齢の者は近くの庶民向け住宅を借り上げた一角に揃って住んでいるらしい。
例外として、護衛と執事は一階に部屋が与えられている。
「借り上げた家って、皆そこにいるご近所さんなの?」
「そうなります。子守の融通も出来ますので、お互いに助け合えますから」
瞳やエルンストが使用人の家人を人質にするなどで協力を強要されているものがいないかと思案していたのでユラが尋ねたのだが、『皆ご近所』ではお互いの事情も筒抜けだろう。ただ護衛には最近雇われた者がいるというので、三人とも気に留めることにした。エルフのリュシエンヌが念のために尋ねたところでは、その『最近』が三年前と二年半前だったが。
ゲルマン語に疎いことになっている柳が、表情を読み取られないように顔の下半分を掌で覆っている。
ちなみに地下は執事ではなく、料理人が案内してくれた。地上の建物がほとんど石造りで重厚な、多分隠し通路も何もあったものではないのに対して、こちらは煉瓦を二重にして造られているそうで、柳が片端から叩いてもほぼ同じ音が返ってくる。ユラもあちこち見て回っているが、外から侵入出来そうなのは暖を取るための暖炉の煙突と、家の中と裏庭との二箇所にそれぞれ繋がる出入り口だけ。通風孔はあるが、気候柄シフール以外は侵入は困難な大きさだった。
煙突はこの時期で常に煙が通っており、火傷覚悟かそれなりの方策を講じないと侵入路には不適切。それでも、念のためにどちらも塞いでおいたほうがよくはないかとリュシエンヌに提案されて、地下の責任者らしい料理人はすぐに対応すると請け負ってくれた。
「早いほうがいいけれど、上の方に尋ねなくてもいいのかな?」
リュシエンヌに訊かれた料理人は、地下室は使用人の領分なので問題ないと返してきた。聞いていた性格だと、あれこれ言いそうだがと思っていた三人はちょっと不思議だったが‥‥それはエルンストと瞳が理由を聞いていた。
護衛と一緒にたいして広くもない庭を巡っていた二人は、特に隣家との境を確かめていた。どちらかといえば、護衛や使用人の中に手引きする者がいるのではないかと考えているのだが、当の護衛の前でそれを口にすることはない。さすがに護衛六人には緊張が見られるが、冒険者が来たからと敵愾心を燃やしたり、挙動不審な振る舞いを見せる者はない。二人と一緒に、街路からの侵入が容易そうなのはどこと真面目に話し合っている。
ただし、護衛が全員庭にいたら、それはそれで仕事にならない。よって一緒にいるのは三人ほどだ。城への出仕の際の護衛も、この六人が揃って務めていた。
「この程度の木、弁償すればよいのです。ご自分の命が掛かっているのでしょう」
隣家との境界線を示す柵を隠すように植えられた木が視界を遮るので、瞳が少し刈り込んだらどうかと口にして、護衛の一人にぽんぽんと肩を叩かれた。
「安全を買うために雇ったんだから、いきなり弁償すればなんて言うといびられるぞ」
「そういうところがある人か?」
ギルドでちらりとそんな話を聞いていたので、エルンストがこれ幸いと突っ込むと、不可思議な答えが返ってきた。『使用人はいびらない』だ。よくいるのは、周辺にいる相手こそ日夜いびったり弄ったりしていそうだが‥‥
「自分に反論出来ない立場の奴は苛めない。お仲間の貴族同士や、あんたらみたいに一時雇いで気骨がありそうなのは、多分苛め時を狙ってると思うがな」
失言でもしようものなら食事の内容から変えられるぞと忠告されて、二人は異口同音にゲルマン語ではない言葉で呟いていた。エルンストの場合、確信的嫌味だ。
『性格の悪い』
そんな相手でも、仕事であるからには護衛しおおせないと、今度は自分の評価に関わってくる。あまり嬉しくはないが、熱心に図面を描いたりしながら、二人は庭の見回りを終えた。
当然周辺の家との関係が良好かと、護衛の雇い入れられた時期から家族構成、使用人達の居住環境まで、聞き出していた。庭に鳴子などを仕掛けるのは、護衛から庭師に話を通してくれると言うが、当然同席することにする。
ちょっとばかり困ったのは、冒険者側の警戒態勢を決めたら知らせて欲しいとの申し出だ。護衛六人の配置も知らせてもらって、お互いに無駄のない警戒をするのは、同士討ちを避けるためにも当然の処置だが、さてどうしたものか。
警告の書状が陽動だったら、一番怪しい立場が護衛なので、事実を教えるのは仕方ないとしても、見回りなどの手順は推測できないようにしようと瞳もエルンストも考えていた。
とりあえず、『実は警告された日程以外で襲撃を受ける可能性』も高いと考慮していた一同だったが、一日目は何事もなく過ぎていった。
二日目。
瞳が使用人達にあれこれと話を聞きに回っている間に、ユラが庭に色々と仕掛けを施している。エルンストは犬を二匹連れて手伝っていた。自分と柳の愛犬だ。仕掛けに犬が引っかからないように、時折ユラの確認が入る。
その間に出仕を早めに切り上げた様子の依頼人に、リュシエンヌと柳が幾つか話を訊いていた。襲撃予告日に突然誰かが尋ねてきて、警備を台無しにされるのは願い下げだし、この手紙を受け取って何かしら動くことで周囲の疑惑を招くことを期待されているのかもしれない。情報が少ないだけに、幾らでも推測のしようがあって、それがまた物事を難解にしているのだから、依頼人が分かることは全部白状してくれるのが一番だ。
勿論、『性格が悪い』ことはすでに承知しているので、その辺はやんわりとリュシエンヌが伝えるのだが。ついでに当日の護衛を本職と冒険者を入れ替えてみてはどうかとも。
すると、今回の事情は広めてあるので訪ねてくる物好きはいないと返した後に、苦笑を交えて言われたのが。
「うちの護衛は、冒険者に刺客が紛れているかもしれないと警戒している。入れ替えは反対されるだろう。それに本当に実行したら、私が彼らを信用していないと態度で示すことになる。こういう仕事の者の自尊心は、尊重したほうがいいことくらいは知っているよ」
もし誰かが尋ねてきたら追い返してよいとの言質はもらえたが、それにしたって他人に無駄に恨まれそうな性格だと柳とリュシエンヌも考えたが、使用人達の話を熱心に、または折に触れて聞いていた他の三人はその性質が使用人以外に発揮されることだけは確認していた。
「それなりの者と認めていただいたと考えればよいのだろうが、この書状を招いたのはご自身だと理解したほうがよいだろうな」
狙われて当然だと誰もが思うような奴だから実際に狙われたんだと、エルンストが辛辣な助言を寄せたことに、残る四人のほかに元々の護衛までが頷いたのだが、当人はどこ吹く風で受け流していた。
三日目。
さすがに使用人達が緊張気味に、主がいない間は護衛も留守にしているからと、五人のところにやって来ては、雑多なことに確認や指示を求めていたが、彼らの観察眼に怪しげな言動は見付けられなかった。
四日目。
依頼人が護衛に当たる家臣と冒険者双方の懸案を鑑みたというより、単に互いに気が済むように見張らせることにしたのだろう。今の長椅子に寝転がって仮眠している依頼人が見えるところに、護衛と冒険者がそれぞれ配置されていた。
時折人が入れ替わって、大分夜が更けてきた頃合に、最初に不審な動きを感知したのはユラだった。屋根の上から周囲の警戒をしていた彼女には、門の前の通りに、距離があるとはいえ人影が多数展開したのを見逃すことはない。
屋根に張り付いていたユラが、近くの窓を目指しつつ引いた紐が、屋敷の数箇所で微かに音を鳴らした。鳴った音で人数が伝わるように仕掛けておいたものだ。
「今、下にいるのは誰だったかな」
これが陽動で、刺客はすでに中という可能性も捨ててはいないユラは、魔弓を携えて建物の中に音もなく入り込んだ。
この時依頼人の側にいたのは、エルンストと柳だった。護衛は古株の二人。エルンストがブレスセンサーを使用したところ、不審な人物が十六名ほど門の辺りで感知された。ユラの確認より一人多いが、どこかの影に紛れていたのだろう。深夜のこととて、相当の眼である。
「‥‥なんの小細工もなしに来るのがかえって怪しいな」
「捕まえて、どういう企みか白状させるのがいいだろうけどね。もう行っちゃった人がいるよ」
万が一に備えて、依頼人の近くから動けない二人だが、依頼人本人が門が見える窓近くに移動したので、外の様子は窺えた。門を乗り越えたと思しき影に、踊りかかっている姿がある。どう見てもここの護衛ではなく、瞳だ。賊がランタンをひとつだけ携えていたので、影で男女の別は分かる。
後は魔法支援のリュシエンヌと、弓を持つユラなので余計に区別が付きやすい。門からの見通しは悪い場所で銀光が煌いて、今度はリュシエンヌの居場所を教えた。ムーンアローのような自身の場所が悟られやすい魔法ではなく、何か後方支援系の魔法らしいが、賊の何人かの動きを止めたそれがどの魔法かは分かりにくい。
飛んできた矢は二階からで、二人の射手がいることが音から知れた。片方がユラで、もう片方は護衛の射手だ。それで賊は浮き足立ったようだが、なにしろこの時になって裏庭から駆けつけた護衛を含めても、目の前にいるのは四人ほど。射手が二人いても、敵味方が入り乱れたら射るのは困難。魔法の使い手がいる事はまだ気付いていないのか、人数を頼みにもう一度押し込んでくる様子を見せた。
「行ってくる」
護衛の一人が多少迷った風でも飛び出して行き、その後視線を交わしたエルンストと柳では後者が窓から身を躍らせた。飛び出す前に鉄笛にバーニングソードを使っている。これで逃げ腰になる相手なら、容易に取り押さえられるだろう。
二人加わって、賊が『おかしい』などと口走るのを耳にしたのかしないのか、浮き足立った相手を瞳が的確に沈めていく。リュシエンヌがイリュージョンで足止めしていた者まで叩きのめして、近距離射撃に切り替えるべく駆け下りてきたユラを呆れさせていた。
だが、皆が最も呆れたのが。
「留守宅に盗みに入るつもりでいた? 護衛が少数でやりやすいと、誰に聞かされたのでしょう?」
「「キミ、怪しすぎ」」
捕らえた賊が『無体な主に一泡吹かせるために、留守を狙って盗みに入る。護衛は薬で動きを鈍らせておくから』と身なりが良い従者らしき相手に誘われたと、瞳が素敵な道具類をちらつかせて聞き出したのに、リュシエンヌとユラが思わず突っ込んでいる。脅しが良く効いて結構だが、妙に相手が流暢に『従者』のことを話すのが気に掛かった。
ちなみに依頼人には従者はいない。仕事の部下は複数いるが、そういう相手は『上司』と言うだろう。
挙げ句にやはりユラの行動が効果的だった告白話では、その『従者』を後に脅すつもりで紋章を憶えていたとあった。エルンストに、後日の裁きを心して待つように言われて、賊は保身のためか賢明にその紋章の解説をしてくれたが‥‥
「それはありえない」
依頼人の一言に首を傾げた柳に、護衛の一人が小声で教えてくれた。
紋章が隣のチェルニゴフ公国の大公近親者を示すものであることを。