かっぱ、カッパ、河童!

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月14日〜03月17日

リプレイ公開日:2007年03月24日

●オープニング

「かっぱあ」
「カッパー」
「河童ーぁ」
 仕事の交代が迫る時間、それはつまり疲れ果てている時に、甲高い子供の声は堪える。
 とてもとても堪える。
 解決策は簡単だが、こういうときに限ってあの緑色の種族は姿がないのだ。

 始まりは数日前。
 冒険者ギルドの係員達が、なんだか最近ギルドの周りに子供の姿が増えたなと思っていたのだ。それも見るからに裕福そうな家の子供から、あか抜けない農村の子供風まで、風体も様々、年齢も色々の子供達が三々五々にやってきては、しばし様子を窺って帰っていく。
 そうしてこの日、意を決したようにギルドに入ってきたのは上は十二、三歳、下は背負われた赤ん坊まで、ほとんど人間の子供達が二十人近く。赤ん坊や手を引かれた幼子はさておき、それ以外の年代の子の目的は一つきりだ。
『河童ってどんなの?』
 配分の子供達は、先日騒動が起きたリブラ村から家族揃って一時避難して来ている子だ。パリのあちらこちらに寄宿しているのだが、子供同士はすぐに仲良くなったらしい。家庭事情に関わらず、仲良く遊んでいるうちに、リブラ村の誰かが言ったそうだ。
『村に緑色の変な生き物が来るのを見た』
 正確にはすれ違った程度だろうが、河童はパリでも珍しい。それは一体どういうものかと子供達は調べ回り、親にも聞きまくり、ようやく『河童』という生き物にたどり着いた。ついでにその河童が冒険者に多いと知って、毎日張り込んでいたという。
 だがいまだに河童に会えず、しかもリブラ村の子供達はそろそろ村に帰るとなって、直談判に及んだとか。
「あー、河童ね。今はいないんだけど」
「いついる?」
「いつ来る?」
「いつ会える?」
 そんなの分かりませんと言ったら、何人か泣き出しそうである。よほど『一緒に河童を見よう』と団結力を高めてきたのだろう。
 自身も子供がいる受付係は、だから子供の一人が板切れに勝手に日時を書いて、依頼掲示板の下に立てかけていくのを見逃すことにした。

 子供達は、とうとう日時指定で河童を呼び出すことにしたらしい。
 とりあえずギルドもその板切れを、読みやすいように少し手を入れてから入り口に立てかけて、後は見なかったことにしている。

●今回の参加者

 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5454 雨竜沼 たき(28歳・♀・忍者・河童・ジャパン)
 eb5858 雷瀬 龍(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

利賀桐 まくる(ea5297)/ 諫早 似鳥(ea7900)/ 斉 蓮牙(eb5673

●リプレイ本文

 その日のその時間、冒険者ギルドの前の通りには河童が三人いた。
 雨竜沼たき(eb5454)と雷瀬龍(eb5858)、そして雷瀬の友人の斉だ。先程まではもう一人、黄桜喜八(eb5347)がいたのだが、彼は自分達を呼び出したはずの子供達が一向に現れないので、探しに行っている。
 実は他に子供達同様に河童に興味津々で駆けつけたアニエス・グラン・クリュ(eb2949)と雷瀬に差し入れついでにご一緒しているまくるもいるのだが、ものの見事に彼女達は目立たない。
 河童の男女三人、道の真ん中で人待ち顔にあちらこちらを見遣っているのは、冒険者ギルドの前でも珍しい光景だ。
 挙げ句に。
『なあなあ、あんたらも気が付いてるだろうけどよ』
 子供達を探しに行くと言って、空飛ぶ絨毯での上空からの人探しを試みるという珍しい真似をしていた黄桜が、ゆらゆらのんびりと下りてきた。彼が言いたいことは、冒険者とは世を忍ぶ仮の姿で、実は忍者のたきも雷瀬も、ついでにまくるも気付いていた。同じ河童でも華国出身の斉と、ノルマン出身のナイトのアニエスはきょとんとしているが。
 子供達は、先程からずっと周辺の物陰で河童達の動向を観察していたのである。
「まったくもぉう。人様には予定ってものがあるのよって、ちゃんと分かってもらわなきゃ」
 自分の都合を押し付けて、隠れているとは何事かと、たきがあんまり怒ってはいなさそうな声音で独りごちつつ、ひょいひょいと近くの建物まで歩いていった。
 そうして。
「それは水掻きなのよー」
 子供達の悲鳴のような歓声と、たきのどう聞いても間違いようのない悲鳴が通りに響いたのだった。
 通りの各所から、わさわさと姿を見せた子供は三十人近く。話に聞いていたより五割増だ。あまりの騒ぎにギルドからも様子を確認に何人も飛び出してきたが、河童が子供達にまとわり付かれているだけだと知って屋内に戻っていった。
 たきも雷瀬も、更に斉とアニエスとまくるも真剣に助けて欲しかったが、他人の目には微笑ましい光景に映ったらしい。
 まだ絨毯の上で、子供達に虎視眈々と狙われている『空飛ぶ河童』の黄桜は、今下りていいものかどうか悩んでいる。子供達が下りて来いと言っているのは身振りで分かるが、下りたら大変なことになりそうな予感。
 言葉の分からない黄桜には聞き取れなかったが、一応子供達は苦労して捜しても会えなかった河童がたくさん来てくれて、大変喜びつつ、御礼を言っているのである。ついでにまずは触ってみようと思っている気持ちが、いささか暴走しているのだが。
 他人の目からは微笑ましい子供達との合流は、こうして果たされたのだった。

「どうして、隠れていたんですか? 来ていただいたのに失礼ですよ」
 落ち着いてから、アニエスが諭してみたところ、最年長でアニエスより年上の男の子がちょっと恥ずかしそうに答えた。年下の女の子に注意されて、恥ずかしいのだろう。
「だってさ、河童語が分からないから、どうやって挨拶しようか考えてたんだよ」
 河童はシフールと違って、出身地の言葉を話すし、ゲルマン語が話せる人というか河童もいるのだという辺りから、お勉強の必要があるらしい。
「はっはっはっ、ならばゲルマン語で、もう一度挨拶から始めようではないか。わしらもゲルマン語の勉強中だからな」
 順序は著しく違うが、雷瀬がとりなして、三十人の子供達と現在六名の冒険者はそれぞれご挨拶をした。子供のうちの十人は自己紹介など出来る年齢ではないので、あーとかうーとかおばけーとか。こういう場合には、言葉が全然分からない黄桜は笑顔を保つのに苦労がない。
 ともかくも、アニエスが危機感を持ってしまうくらいの失礼かつ無理解な珍獣扱いが改められるように、相互理解のためのお時間開始だ。
 まず、河童というのは。
「ジャパンと華国にしかいませんし、見た目が人やエルフと大分異なりますけれど、シフールと同じように、生まれた国では普通に暮らしている方々なんですよ。泳ぎが得意なので川に関係するお仕事をしたり、護衛などもしていらっしゃいます」
 生国でも多少は珍しい部類に入る種族ではあろうが、仮にも国王陛下のお膝元で他国の者を石持って追うような事があってはならじと、アニエスが熱のこもった解説をしている。聞いているのは、六、七人の年長の子供達だが、彼らの頭の中ではジャパンの印象が『復興戦争を助けてくれた国』と並んで『変わった人がたくさん住んでいる国』になっていそうだ。
 とはいえ、雷瀬とたきはゲルマン語を話すし、黄桜もアニエスとは会話が出来ている。彼らが話すのは河童語ではなくジャパン語だと知って、子供達もちょっと安心したようだ。
 そうなると、疑問は尽きないもので。
「うちらの一族は大半が川や沼、湖といった水場の近くに住んでてさ。海は違うのよ。湖なんかだと、この緑の肌が大きい生き物に見付かりにくくて楽なのよん」
 たきがせっせと分かる限りは答えてやるのだが、次々と繰り出される質問は途切れる気配がない。一度は幼子に嘴に手を突っ込まれ、危うく双方怪我をするところだった。何とか難を逃れた彼女に、次の質問は口の中はどうなっているのか。
 ここで口を開けて見せたら、きっと次は水かきがどうの、頭の皿がこうのと言い出して、収拾が付かなくなるぞと、たきは無難に質問をかわす方法を考えている。
 その横では、雷瀬が真っ向からそれらの質問に答えてしまい‥‥
『ほ、ほれははぶれにぼば!』
 一時に押し寄せて、口の中やら頭の皿やら、水かき、手の甲の拳ダコ、見るからに立派なもみあげなどを触られたり、引っ張られたりしながら『これどうなってるの』質問でもみくちゃにされていた。多分、『それは外れない』とかそんなことを言っているのだろうが、それとて誰かが聞き分けたわけではなく、雰囲気で察したものだ。多分発音からすると、動転してジャパン語で叫んでいる。
 何でも聞きなさい、せっかくだから水かきなどは触ってもいいぞ。なんてことを言ってしまったのが原因だ。しかし彼は相当子供が好きなのか、それともパリとリブラ村の子供達の友情に心打たれるものがあったのか、まったく怒っている様子がない。
 無意識に整えていたのか、先程まで綺麗にぴんと形も決まっていたもみあげが、無残にざんばらになっていると、笑顔も泣き笑いに見えるが‥‥きっと彼は子供好きなのだろう。群がる子供達を、相手が喜ぶような仕草で捕まえては軽く放っている。おかげでまた群がられて、しばらく騒ぎは収まりそうにないのだが。
 こんな様子を見たら、黄桜も思うところがあるようで。
『皿には触るなと言っておいてくれ。触ったら尻子玉引っこ抜くからな』
 通訳のアニエスに、何やらしぶぅく言っている。雷瀬は全然気にしていないようだが、黄桜は皿には触られたくないらしい。たきが全般的にぺたぺた触られるのを避けるのは、女性だからだろう。
 しかし、そんなことを言わずとも、言葉が通じないし、黙って渋く座っている黄桜には近付きがたいものがあるようで、子供達もしげしげと眺めて観察していた。アニエスは『尻子玉』に適したゲルマン語が思い付かず、頭を悩ませている。おかげで余計に子供達も質問がしにくいようだ。
 そんな風でも、黄桜はあまり気にした様子もなく、どこかで折ってきたらしい木の枝を加えて、一見するとぼんやりしていた。実は胡瓜が喰いたいなんて思っているだけなのだが、それは誰にも分からない。
 しばらくして、先程たきの嘴に手を突っ込んだ幼子がやってきて、黄桜の膝によじ登り‥‥正確には上らせてもらい、ぺたぺたと嘴を触りはじめた。黄色い嘴が、よほど気になるものらしい。
『次からよ、オイラ達に頼みごとがある時にはよ、胡瓜の一本も持ってきな』
「あー、いいわね。胡瓜。あれはジャパンでも陸の畑でないと作ってないし」
「うむ。胡瓜はうまい」
「‥‥それはどういう食べ物ですか?」
 ノルマンでは一般的ではない胡瓜はアニエスにも説明のしようがなく、河童三人は残念だと溜息をついたのだった。子供達にご馳走してもらうつもりはないが、好きなものが食べられませんよと言われるのは嬉しいことではない。
 その後、泳ぎが得意ならどのくらい泳げるのかと尋ねられた黄桜と雷瀬がセーヌ川で泳いで見せようとしたのだが、陽はかなり傾いているし、幾らなんでも準備もなく冬に泳ぐのはどうかという話になって、翌日の天気がよかったら挑戦することになった。
『あたいは遠慮したら駄目かな』
 たきは遠慮するらしい。女性ゆえに当然であろう。

 翌日。
 セーヌの川岸に、パリの衛視が駆けつける騒ぎがあった。別に誰かが落ちたわけでも、怪我をしたのでもなく、あまりの人だかりに何事かと様子の確認にやってきただけだが。
「遠慮しといてよかったぁ」
「し、心臓が‥‥」
 川岸に転落防止の紐を張り、もしもの場合に備えて身軽な服装でいたたきと、自分の見物がてらに小さい子供にも目を配っていたアニエスが、駆けつけた衛視への説明に駆りだされていた。子供も昨日の三十人が五十人近くになっていて、それに釣られて足を止めた大人も加えると三桁になろうかという人だかりの半数、つまり子供達が二人を『責任者』として指差したからである。
 別に子供達に悪気はない。衛視が来て、この騒ぎの中心は誰かと言うので、素直に冒険者の二人を示しただけだ。衛視も事情を聞いて、河川の使用者達も事前に話を聞いて納得しているので、事故がないようにとだけ言い置いていった。
 ただし、よく見ると吟遊詩人や大道芸人などのギルドから来ているのだろうなと思われる人々が、見物人の中で目を光らせていたりする。
「ああいうのって、どうするん?」
「お金儲けではないので‥‥どうしましょう」
 興行ではないが、おひねりの一つも飛びそうな気配がある。その時は素直に事情を話して、騒がせたので謝って、なんとかするしかないだろう。
 彼女達をこれほどに悩ませているのは、当然雷瀬と黄桜だが、彼らは現在セーヌ川の中で泳ぎに泳いでいた。
『同じ動きで泳いだら、きっと楽しんでくれると思うのだが』
『泳ぐのが得意なところを見せるとしたら、そのあたりがいいだろうな』
 二人で息のあった同じ動き。確かにある程度は泳ぎに通じていないと出来ないし、ましてや流れのある川でそれが難しいのは子供にも分かる。せっかく楽しませてやるのなら、そのくらいはしようかと言うことで、彼らはただいま様々な泳法を見せているところだった。それが変わった大道芸と間違えられて、人だかりになっているのだ。
 それでなくても河童は珍しいし、幾ら冒険者でも泳いでいる河童を見掛ける事はあまりない。ましてや今は冬。今年はたいそう寒いので、幾らか春が近付いてきていると言っても水の冷たさはただ事ではないと思われるのだが、雷瀬も黄桜もそれを苦にした様子はない。
 ただし、泳ぐのなら褌だけでもいいかなとなどと当初二人は言っていたが、さすがにいいはずがない。子供達には女の子もたくさんいる。なによりアニエスとたきも女性である。
 そんなわけで着替えを用意しておいて、上半身だけ脱いで泳いでいる。背中の甲羅が見えて、子供達の視線を釘付けだ。後で挑戦者達が群がるに違いない。一部の子供達が、どうも一緒に普通ではない事に挑戦するのに燃えているらしい。どうせ相撲の要領で投げられたりするのだが、それがまた楽しいようだ。
 それでもさすがに長時間は泳いでいられないと見えて、二人が陸に上がってきたのは泳ぎ始めてから小一時間ほど経った頃合だ。妙に充実した顔付きなのは、多分気が済むまで泳いだからだろう。そのことはいい。だが。
『何か飛んでくるのだな』
『別に銭をくれなくてもいいのだが』
 子供達の頭越しに銅貨がぱらぱらと飛んでくる。二人は子供達が喜んでくれればいいのであって、お金はどうしたものかと考えている間に、たきとアニエスは『一応興行には許可ってものが必要でね』と聞かされていた。事情が事情なので、格別お叱りを受けることもなく、貰ったお金は好きに使いなさいとは言ってもらえたが。本日今回限りの、子供達向けの見世物だったので厳しいことは言わなかったようだ。五十人からの子供達が固唾を呑んで見守っていたのでは、吟遊詩人等ギルドも細かいことは言えなかっただろうが。
『そんなことがあったのか』
「それはアニエスに悪いことをしたな」
『こっちにも言いなさいよねぇ』
「緊張のあまり、お二人の泳ぎを堪能できなかったのが残念です」
 全員に行き渡るかどうか怪しいが、貰ったお金で駄菓子でも買って食べようかと話していると、年長の子供達が『胡瓜を買えば』と言ってくれた。しかし胡瓜はジャパンでも取れる季節というものがあり、さすがに今時期はお目に掛かれない。結局駄菓子に落ち着いたのだが、足りない分は身なりのよろしい子供達が『親にこれで何かお昼を買ってさしあげなさい』と言われたと補充してくれている。裕福な親が、子供達のしでかしていることを知って、冒険者にお礼をするようにと言い聞かせたようだ。心遣いはありがたくいただいておくべきだろう。これで一番喜んだのは、駄菓子を売っている屋台の人々だ。
 翌日にはリブラ村の子供達がほとんど村に帰るとあって、四人も見送りくらいはしようと示し合わせて別れるのだが、それは夕方の話だ。都合が付く子供達は、一日彼ら四人について歩いていた。

 そうして、見送りの日。
 予想通りに、リブラ村の人々は河童三人の姿にまずはぎょっとしたが、冒険者だと聞くと面白いほどに態度が変わった。リブラ村に行ったかどうかは、この際関係ないらしい。街の中では誰が冒険者かわからないし、ギルドに行くには色々と忙しかった村人が多いので、ここぞとばかりに『皆さんによくよくありがとうと伝えてください』と繰り返された。黄桜までもが、ゲルマン語で「ありがとう」と呟いていたくらいだ。
 見送りの四人に、リブラ村の人々は手を振ってパリを後にしていったが‥‥河童三人に女の子が一人、延々と手を振り続けていた光景は、同じ頃に同じ門からパリに出入りした人々の話題となったことだろう。