邸宅の見張り

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 3 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月24日〜05月01日

リプレイ公開日:2007年05月05日

●オープニング

 王室顧問のラスプーチンからの久方振りの依頼は、いささかおかしなものだった。

 内容は簡単だ。ある家の人の出入りを調査すること。出入りしている人の身元確認も出来ると良いらしい。
 相手がラスプーチンに反感を持っていて、他の公国と縁戚があって、かなりの身分ながら、国王と意見が合わず閑職においられていることを考慮しなければ、『○○さんちの本日の出入り商人一覧』でも作れば済むような仕事なのだろうが、ラスプーチンが依頼人である以上は面倒に決まっている。
 念のため確認。
「厄介ごとの場合には、その場で手を引かせていただくお約束でしたら、お受けできますが」
「ふむ。何も命懸けでやれとは言わない。先方に見付からないようにして、気付かれそうだったらそこまででも結構だ。あまりに無様な結果の場合には、報酬の出し方を考えさせてもらおう」
 要望は相当経験がある者となっているから、簡単なことで相手に行動を気取らせまいという考えらしい。それなら城にも専門家がいるだろうが、相手も王宮に役職があるのだから、こちらの利用と相成ったのだろう。
 本人がここに来ている時点で、相手にばれる可能性もあるが‥‥係員が見たところ、牽制を兼ねた行動のようだ。

 キエフ郊外に館を構える貴族の元に出入りする者の動向ないし身元確認。
 もちろんそんな形の依頼は張り出せないので、単純に素行調査の名目で、明らかに不釣合いな金額の報酬が明示された依頼が張り出されたのはしばらく後のことだ。

●今回の参加者

 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)

●サポート参加者

ブレイン・レオフォード(ea9508)/ イヴァン・ロゾコフ(eb9788

●リプレイ本文

●かかるくんのにっき
 らすぷーちんさんの方が、よっぽど胡散臭くかんじましたっ。


 カルル・ゲラー(eb3530)の書付を目撃し、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)がごつんと拳骨を食らわせたとて、それはユラ・ティアナ(ea8769)と所所楽柊(eb2919)の反感を買うものではなかった。
 カルルの書付内容も別に冒険者の彼らが反感を覚える内容ではないが、世の中には言ったり書き留めたりしないほうがいいものがたくさんあるのである。憶えておこう。

 目的の貴族の屋敷は、かなり手入れされた道を歩いてキエフから三時間。貴族が徒歩でキエフとの間を往復することはないだろうから、実際の移動時間はもっと短いだろう。森の中の一軒家ではあるが、けして不便な立地ではない。周辺が安全とは言い難いが、
「近付くにはいい道筋がないな。目立ちすぎる」
 気配を消して進むことには自信のある柊が、屋敷の周囲を見て口の中で呟いた。彼女がどう見ても、母屋には近付きにくい。森からの距離が離れていたり、使用人のための家屋が近かったり、その窓がある方向だったりするからだ。見咎められずに屋敷に近付くのは、身を隠したりする術にまで通じているわけではない柊にはいささか厳しかった。
 仕方がないので、周辺をそっと巡って、様子を伺うことになる。共に日中の見張りに立つことになったエルンストも、あいにくと身を隠す技能や魔法の持ち合わせがない。手分けをして、母屋での人の動きを見張ることになっていた。
「おまえ達も貴重な戦力だぞ」
 彼が連れてきた犬と鷹も、補助として期待せねばならないのは、この依頼を受けた者が四人しかいないためだ。よって、休息もままならないような緊張した警戒が続くことになる。
 それでも初日の日中、二人は屋敷の内外に過分の武装をした者の姿も、それを乗せるための馬も、正体が知れない物品の持ち込みも目撃することはなく‥‥ごくごく普通の生活が営まれていることを確認した。使用人の子供が手伝いがてらに石蹴りをしているなど、のんびりした風情まで漂っている。
 見張っているほうは、派手な身動きも自ら戒める状態で、夕刻にはすっかりと体が冷えてしまったのだけれど。

 夜間の見張りともなると、事は更に深刻である。担当はユラとカルル、日中の二人よりは身を隠すことに長けているレンジャーと神聖騎士だ。すでに確認してもらった、見張りに適した場所も申し送りを受けて、細かい作業をしなくても良いところはあるのだが、
『寒ぅい、退屈ぅ、なんにもなぁい』
 カルルが夜明け近くになって掌に戯れでなぞった文字の通りに、まださすがにじっとしているのは寒い。そしてこれまで物取りに忍び込まれたこともないのか、目的の屋敷は鎧戸をしっかりと閉め切った後は、外に人が出てくることはなかった。つまり誰も周辺を見回らない。家の中だけは夜中に誰かが見回っていたらしく、空気取りらしい各階上方の小さな飾り戸の向こうで灯りが動いているのは確認できた。
 ちなみにそれは、カルルとユラが分かれて見張っている場所の両方から中を巡る程度の時間差で見て取れたための推測で、実際が不眠に悩まされた当主が家の中を徘徊しているのだとしても確かめようがなかった。少なくとも、夜間に誰かが出入りしようとしたとか、外に対して何か合図を送るような動きなどはなかったことは、ほぼ間違いがない。
「あら、なかなかいい野菜ね」
 この時までの唯一の来訪者は、早朝の夜も明け切らぬうちに訪れた近在のものと思しき農夫だけだ。彼が野菜を運び込んでいる間にユラが荷車に近付いて蓆をそっと捲ったが、荷車がどう見たところで畑仕事に日常的に使われていることを見て取るに留まった。
 農夫が書状でも託されていると疑えばきりはないが、代金代わりか卵を数個貰って、ほくほくと帰っていく様子からするとそうしたことは考えにくい。
 それは一日を通して、使用人などの様子にも目を凝らした四人ともが抱いた感想だった。幾ら隠し事でも、使用人にまったく気配も悟られずに何かするのは難しいが、主が不穏なことをしているような事をうかがわせる様子は一つもなかったのである。
 そんな調子で三日も経つと、まったく警戒している様子もない相手の状態とあいまって、四人もこのまま期間が過ぎるのではないかと思い始めていたが‥‥

 これまで、出入りの農夫以外に来客もなかった屋敷の様子が、四日目は早朝から慌しかった。運び込まれた野菜の量もいつもの三倍で、これは誰かが訪ねて来るに違いないと、夜間担当のカルルとユラが離れた場所に隠したテントではなく、屋敷の近くで仮眠をしていたところ。
 キエフと繋がる道を警戒していたエルンストが、六騎ほどの人馬を見付けた。馬車と違って紋章がないが、見たところ貴人が二人、四人は従者といった趣きだ。貴人二人はいずれも彼と同族で、困ったことに遠目でも分かったことがある。
 エルンストが、以前に依頼を受けたことがある貴族の青年達だ。それぞれ別の依頼だが、そう思ってみれば従者四人は二人ずつ、青年達の屋敷で見たような気もしなくもない。いずれにせよ、見付かったら申し開きの仕様がない相手だった。
「また困った御仁が来たものだな。俺は印象が悪いから念入りに隠れていよう」
 柊が苦笑混じりに評した相手は、冒険者ギルドマスターの息子である。キエフ公国家臣団の一人で、親国王派に属している。柊とユラも同じ護衛依頼を受けていて、相手の顔は良く見知っていた。年の頃はエルンストとたいして変わらない程度だ。
 カルルが顔を見て、
「顔はいいけど、性格は判断付きにくそうだね。平気で怖いことしそう」
 そう評したが、他の三人の印象とそれほど違っていない。冒険者の彼らとは、ものの見方の基礎が違いそうな御仁だった。
「もう一人も似たようなものだがな。少なくとも謀反を試みる性格ではなかろう」
 国王の御為となんでもしそうなのはもう一人もだが、謀反や自らの利権のみを追って何かを為そうとする相手ではないとエルンストが説明した。これで国王と権勢を二分する相手がいるのならともかく、担ぐ相手も為しに謀反を起こしたところで、次に立てる相手を巡って争うのは利が薄いと考えそうな二人である。
「ならば、ご当主の考えを知るのにも役に立つはずね」
 三人で何を話しているのか聞ければありがたいと、ユラがどうやって会見が行なわれている部屋を確かめようかと言い出した頃合に、掃き出し窓から噂をしていた三人が庭へと出てきた。先に気付いた柊がユラとカルルに合図して、自分はエルンストと速やかにその場を後にする。見付かりやすい自分達は周辺の警戒に向かうことにして、後はカルルとユラに任せる格好だ。
 ユラは茂みで息を潜め、カルルは離れた大木の影でパラのマントに身を包んで、聞き耳を立てる。
「誰が胡散臭いといって、ラスプーチンですよ」
 話の展開は、要するに国王の威を借りて傍若無人に振る舞っていると彼らの目には映るラスプーチンをいささか上品な言葉で罵倒するところから始まっていた。どこかで聞いたような言葉だが、ユラは当然黙りこくっている。カルルは聞き耳により集中した。
 冒険者として貴族の依頼に関わると、なんとはなしに王宮内でのラスプーチンが重用されるが故に疎まれているくらいのことは耳に挟むことがある。それでなくても先祖伝来の家臣でもなく、言葉を悪く言えばどこの馬の骨とも分からない者だから、風当たりがきついのは良くある話だ。
「あれが来てから、まさに粛清の嵐だ。以前は均衡を保っていたものが、今はどうだ」
「劇薬も使いようですから、陛下もある程度は期待していた効果でしょう。貴方のご親族は残念でしたが、あれを排するには時期尚早でしたな」
「だがあんな辛気臭い顔を見るのも、そろそろ飽きた。道筋は付いたことだし、陛下にもチェルニゴフとの話がついたら、色々お考えいただきたいものだな」
「あちらのお方は、どうおっしゃっている?」
「そんな紋章など使う奴はいないが、道具を作った馬鹿者は探してくれるそうだ」
 話の内容を吟味していると、続きを聞き逃してしまうから、聞いたそのままを出来るだけ憶えておく。二人が話題をめまぐるしく変えつつ、庭を散策しているとは思えないような速度で歩き回りつつ行なっている三人の声を懸命に記憶していた。検討は後でも出来るが、記憶するのは今しかない。
 ただ、次第に分かってきたのは、三人がわざわざ屋外に出た理由だ。室内で小声で話しているのでは誰かに聞き耳を立てられても気付かなかったらおしまいだが、開けた外ならそもそも聞こえる範囲に人がいるかどうか見ることが出来る。一応用心してのことだろうが、元々誰かに見張られている警戒などしていないようで、ちょっと興奮するとここの当主は声が大きくなるし、釣られた客二人も普通に話しだす。時々思い出したように声を潜めるが、使用人が立ち聞きしようと思ったら簡単な程度の用心だった。
 当然、最初から探りを入れるつもりで潜んでいるユラとカルルは相当のところを聞き取っていた。繰言が多いので、内容の密度はそれほどでもない。
 カルルがパラのマントの効果を気にし始める頃になって、執事らしい老人が三人にお茶の用意を知らせた。どうやら二人とも泊まっていくようだ。
 三人の姿が建物の中に消えてしばらくしてから、ようやく潜んでいた二人は何かのときの合流点に定めていた場所に別々に移動を始めた。

 この間、エルンストと柊は納屋と使用人用家屋に分かれて向かっていた。中に忍び込むことは相当難しいが、内部の人の有無や馬の様子でこの後の予定は多少推理できる。それに続いて誰が来るようであれば、そうした動きも確認できるだろう。
 納屋には馬番と従者がいるので、柊が担当する。先んじてエルンストがブレスセンサーで人数を確かめたところでは、中には四人ほどだ。
「お泊りですから、鞍の手入れもさせていただきますので」
「イヴァン様の馬は警戒心が強いので、何かあれば呼んでくれ」
 納屋の壁に耳を寄せたら、屋内のほうで近くに手を付いてくれて柊の動悸を早めてくれたが、来客の一人がエルンストが見たとおりにイヴァン・アルドスキーだと言うのは確かめられた。もう一人もはっきり聞き取れなかったものの、聞こえたところを繋ぎ合わせればパーヴェル・マクシモアとみて間違いないだろう。
 話している具合からして、従者達も騎士か、そうでなくとも武芸の心得があり、日常的に主の護衛を務めているだろうとは、柊の経験から導き出された推測だ。残念ながら、それ以上の細かい事情は確認できなかったけれど。
 エルンストは使用人達の出入りにこれまでと著しく違うところがないかを見張っていたが、こちらはあいにくと声が聞こえる範囲まで近付く術がない。魔法と目視の併用で、人の動きをひたすらに追うだけだ。それでもいつもに増して慌しく、台所を中心に人の出入りがあるのは分かった。様子からすると、少なくとも客人には晩餐が供され、その流れで行けば泊まっていくだろうとも分かる。余程の急用がなければ、夜の森を移動する危険は冒さないだろう。
 他に気付いたことは、この訪問が以前から予定されていたもので、昨日今日決まったものではないことだった。それなら先触れを彼らも目撃するはずだし、なにより晩餐用に潰しておいたと思しき豚の肉が納屋から台所に運び込まれたからだ。もっとも味が良い頃合に出せるように準備していた様子の肉塊は、客人がよほど歓迎されているか親しい間柄だと察する材料になる。残りを貰うのを期待してか、使用人の子供達の表情が嬉しげだ。
 それを見ると、ここの当主は使用人からは良い主だと思われているのだろうとも伺わせたが、国王からは疎まれているのだから、なにかしら合わないところがあるのだろう。厄介なものだと、客人とも関わりがある自分も考え合わせて、エルンストは思っていた。こういう立場は、関係者にばれると大変にうっとうしいことを招くので、他の三人共々注意しておかねばならない。
 だが現在一番の問題は、四人がそれぞれに聞き取ったり、目撃したりした内容をまとめる時間が取れないことだ。

 人数が少ない弊害で、ほとんど休む時間も満足に取れなかった四人は、翌日昼過ぎに客人六名がキエフへと帰っていくのを確かめた。イヴァンの屋敷はキエフ郊外だが、方向がこの屋敷と違うのでキエフを経由する必要があるらしい。パーヴェルはキエフに住んでいるので、そちらに寄る可能性もある。
 客人が帰った後の屋敷は随分のんびりとした雰囲気で、相変わらず怪しい人の出入りもない。当主の外出もないが、閑職に追いやられているので行くところもないのかもしれなかった。外出されたら追いかけることが出来ないので、これはこれで助かったが。
 結局のところ、一週間の期間にあった来客は一度だけ。その身元も運良く判明しているので、報告内容はそれほど難しいものにはならなかった。出入りの農夫も、一度ユラが追いかけて家まで確認してある。
 後は。
「続きを読んでもいいか」
「少し待て。羊皮紙を変える」
 柊が母国語の書付を読み上げるのをエルンストがゲルマン語の読みやすい表に直し、それを今度は彼が読み上げて、ユラとカルルが内容に誤りや漏れがないのか確かめる。そうやって提出する書面を作ることが待っていた。ギルドの記録とは別の代物で、提出先が先なのできちんとしたものを仕上げておくべきだというエルンストの主張には、誰も反論しない。
「おいらと同じ事を言ってたよね」
「そういうことは大きな声で言うものではないわよ」
 ついでに書き留めるのも止めておきなさいねと、ユラがカルルをたしなめている。カルルは相変わらず自分用の書付に、なにやら書きとめていたらしい。
『らすぷーちんさんは、きらわれてました』
 確かに事実だし、四人ともに理由も分からないではなかったけれど、自分達がその中に巻き込まれるのは真っ平ごめんだと全員揃って思っていた。
 望むのは、関係者一同が冒険者ギルドへの依頼は彼らにとって仕事だという事実を正確に理解して、変なことを考えないでいてくれることだろう。これで逆恨みなどされたら、まったく割に合わない。
「ギルドに記録の取り扱いを注意するように頼んでおくか」
 エルンストの提案に、大きく頷いた柊とユラとカルルだった。