●リプレイ本文
自称とはいえ、王室顧問の反乱。
今日がなんとか過ごしきれても、後日何がどうなるのかと後ろ向きな考えに浸れる状況下で、
「だから、ラスプーチンさんが怪しいって言ったのに〜」
「身の程に合わない野心の持ち主だって事くらいは、皆知っていたさ。その甘言に載せられる愚か者が、こんなに多いとは思わなかったが」
カルル・ゲラー(eb3530)が依頼人のパーヴェル・マクシモアと言い合っている。口調が微妙にきついのは、彼らが広くはない通路を走っているからだ。総勢十名余り。大抵が数日前から続いてる宴に参加して不審人物と見咎められない程度のものを着ている。
唯一の例外が理瞳(eb2488)だ。護衛と言い通すにも無骨な装いだが、事態がこうなってくると誰も気にはしないだろう。ただし。
「はーふえるふ至上主義ハ滑稽デス。はーふえるふ同士デ競争ガアッテ、敗者ガアル」
誰かが聞いていたらどうすると思うような言い草だが、現在パーヴェルの護衛を勤める者にはロシア王国の出身者がいなかった。パーヴェルはこの程度のことは笑って受け流したので、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)とフィーネ・オレアリス(eb3529)、乱雪華(eb5818)の三人の他国出身のハーフエルフは心中やれやれと思った。同族ながら、この国のハーフエルフの自尊心の高いことは、あちこちで身に染みているものだろう。
まあ、少し考えてみれば、ラスプーチンの甘言に乗せられるのは、ハーフエルフ以外の種族やハーフエルフであっても政治の中心から遠ざけられているような、現体制に不満がある者達が多いことは予想が付く。どういう未来を思い描いたかまでは彼らも預かり知らぬことだが、国王が倒れたとて実権を手に入れられるとは限らないのにご苦労なことである。ついでに、たいそう迷惑だ。
なにしろ彼らは、依頼人の宴の席での護衛を受けたのであって、対応するのは直接的な暴力や武力ではなかったはずなのだ。せいぜいが嫌味とか、嫌がらせの類であろうと考えていたのに、この有様である。よくもまあ、依頼を受けた全員が依頼人の元に集まれたと感心したいくらいだ。
曲がりくねって、どこどう通じているのか判らない通路の先頭を、指示されたとおりに走っていたディグニス・ヘリオドール(eb0828)が前方に人の気配を感じたと立ち止まった。ただし殺気より、うろたえ騒ぐ気配だという。
「女人が多いようだ。心当たりはおありか?」
「ここは使用人専用の通路だからね。女官達だろう」
身元は確かで、それなりの家から集まっている女官達だが、上の者の許可なく持ち場を離れるわけにはいかない。客として招かれた貴族なら城の武官やこのために集められた冒険者達が護衛してくれるのだが、そうした『要人』ではない人々も多数城の中にいるわけだ。
「二十三人か。奥に逃がして問題は?」
エルンストがブレスセンサーで人数を確認しつつ、パーヴェルを言外に『逃がしてやれ』と促した。敵でないなら遠くにいてくれたほうが気配を探るのにも便利である。とまでは、言わないが。
「後日のこともあるでしょうけれど、巻き込まれたら可哀想ですから」
「この通路に誰か入ったら、何かの方法で知らせてもらうことにでもしたらどうでしょう」
雪華とフィーネに勧められたのもあってか、パーヴェルは大広間近くの小部屋に隠れていた女官達を下がらせている。ディグニスやエルンストは、これで被害に合う人数が減ったと思っているが、中には全然違うことを口にするのがいる。
「イイ格好シイ」
「人助けはいいことだよねっ」
返答も人を食っていた。
「人心掌握に優れていると言いなさい」
カルルがまた何か言おうとしたのを、彼の連れていた三人が止めたのは、多分賢明な判断だ。
依頼人の意向を確認したので、雪華とフィーネは女官などがいれば速やかに避難する様にと勧めて回っている。王城の外の様子が分からないのと、下手な相手に捕まっては大変なので、それぞれの持ち場で貴族が入らないところに隠れているようにと言い含めていた。国王はじめとする各公国要人を狙っているだろう反乱側、ラスプーチンの配下が、わざわざ城の裏方までは探さないだろうとのパーヴェルの弁を信用してのことだ。
この二人、どちらも種族と女性であることなどを利用して、依頼人近くで警護に勤める予定だったのだが、この事態で方向性が異なってしまっていた。とはいえ、幾ら仕事でも嫌味を聞かされたいわけではないし、人命救助に身分の優劣はあまり感じない神聖騎士のフィーネと、性格的に困っている人は見捨てられない雪華は、自分達のやっていることに迷いはない。もちろん、冒険者である自分達が言うより効果的と、パーヴェルの名前を出すのもためらわなかった。
「せっかくおめかししてきましたのに、これでは後の手入れが大変ですわね」
「そう言われれば、確かに。でも今のところ大きな戦闘もないようで、よかったですわ」
この先がどうなるかは分からないまでも、ハーフエルフの彼女達は戦闘となると平常心を保てない場合も出てくる。それはいつでも懸念事項だ。
今のところ、そうした状態で危険な人物もいない様子だと周りを確かめて、二人はほぼ同時にあることに思い至る。依頼人のパーヴェルとて同族、何らかの条件で狂化しやすいのであれば、そうした危険からは遠ざかっていてもらわないと困る。
だが振り返ってみれば、パーヴェルは不機嫌そうな表情ながらも、言動は落ち着いていた。今すぐどうこうなりそうな気配はない。傍らで、広間全体の様子を見ているエルンストも同様だ。
「出世著しいということは、周囲に妬まれているだろうと警戒していましたが、これでは偉い方同士でいがみ合っている場合ではありませんわね」
雪華が混乱に陥っている場の様子に、困惑を混ぜた苦笑を漏らした。これからこの人々と共にパーヴェルにも脱出してもらうべきなのだろうが、その手間を考えると頭痛がしてくるようだ。
「今のところデビルのいる様子はありませんけれど‥‥出てこないことを切実に祈るべきでしょうね」
フィーネの心配がもっともな程度に、広間の混乱は続いている。
パーヴェルの対応を見るからに、同等以上の身分の貴族からは嫌われやすいと判断したディグニスは、依頼人を壁際に追いやっていた。奇襲を受けにくい場所にいてもらわないと、幾ら目を配っても警戒には限度というものがある。
挙げ句に、ディグニスも気付いていたが。
「こんな時にまで、人気取りに頭が回るのなら、一人で脱出も可能なのではないか?」
エルンストが要人の位置までの距離を測りつつ、いささかの嫌味をこめて口にしているとおりだ。雪華とフィーネの気が優しいのに付け込んで、広間の各所で逃げられるでもなく留まらざる得ない身分で、戦闘の役に立たない人々を追い出させていることである。後日の責任の所在がどう問われるとしても、パーヴェルの人気が特に女官達の間で上がることは多分間違いない。
「友人の頼みとはいえ、こうも物騒で、どろどろとしたところと分かっていれば、少しは考えたな」
ディグニスがほとんど冗談でそう口にすると、パーヴェルが爽やかな笑顔で返してきた。
「これでまた出世できたら、次の機会にはもっと張り込むことにしよう」
それはつまり、今回は追加報酬など期待するなということかと、ちらりとディグニスとエルンストの頭をよぎったのだが、二人共に金銭に強烈な執着があるわけではない。それに身分の高低で助けの手がない人々を放置することは、今現在と、将来のどちらの観点からも得になることはないと考えていたので、今の段階では認めてもよいかと考えていた。依頼人の評判はともかく、広間の人と、無駄な被害が減るのはどちらも大歓迎だ。それだけ護衛もしやすくなるというものである。
だが、この広間に残っている貴族の中にこそ反乱側に通じた者がいるかも知れず、気は抜けない。広間のあちこちで、貴族達を避難させるようにと言われた冒険者達が苦労しているが、彼らは依頼を受けている身だから先ず依頼人の護衛が優先である。その当人はなにやらしばし思い悩んでいたようだが、二人にそっと広間の何箇所かを指し示した。
「味方に刺されるのは出来るだけ回避したいものだな」
「あの様子では刺すほどの動きも出来ないだろうが‥‥先ずはよろしく頼む」
狂化には色々な性質が出るとディグニスよりは知っているだろうエルンストが、パーヴェル同様に顔をしかめて取り押さえを依頼した。目指すのは、傍目にも異様さが伝わる様子で呆然と座り込んでいたり、延々と独り言を呟いたりしている貴婦人達だ。いずれもエルンストの同族である。
二人は男女で区別するほど狭量ではないので、指示された以外に逃げ出すのに苦労しそうな男性も、一応避難するに困らない程度の手段は講じてやっている。
他の四人と違って、カルルと瞳はそれぞれ仕事に邁進していた。護衛というにはあまりにも独自の行動だが、もとよりこの二人が普通の護衛を勤められるとは、多分パーヴェルも思ってはいないだろう。何をしでかすか、楽しみにしていた節もある。
そのあたりの思惑に気付いていたかどうかは別にして、瞳は本来守るはずだった依頼人の背中を広間の壁が護衛してくれているのを幸いとばかりに、様子がおかしい輩を次々と沈めていた。落ち着かせるのではなく、的確に殴り倒している。一応パーヴェルから一言あったので、男性限定だ。女性は優しく取り扱わないと、後日騒がれるそうで‥‥
「大変デス。貴族ッテ可哀想ナ人達デス」
明らかに動向が怪しい、他人の様子を伺って外に連絡を取ろうとしているようなのは、しばらく目が覚めないどころか気付いても身動きできない程度に叩きのめし、ハーフエルフ特有のやんごとない理由で平常心が保てていない相手は一撃でお休みさせている。たまにハリセンを袖から取り出して、スパンといい音をさせているが、その使用基準は余人には理解できないところにあるようだ。他にも何を持ち込んだのかと思わせるようなものが袖から出てくるが、幸いにして誰にも咎められることはなかった。
けれども、見られてはいる。カルルが姿を見付けたので、人の間を潜り抜けて近付いたパーヴェルの母親にだ。冒険者ギルドマスターとも言う。
「ウルスラおば‥‥お姉さん、避難するなら一緒に行く? 後ね、教えてほしいことがあるんだけど」
「こちらの人手は足りていてよ。どういう質問かしら、坊や?」
「もうおばさんって言い間違えないからっ。あのね、お城にデビルが狙うような宝ってあるのかな?」
人があちこちに動いている広間でのこと。カルルの『おばさん』発言に思わずといった態で振り向いた冒険者もいたが、ウルスラの表情は変わらない。そのまま広間の奥を示した。あるのは、豪華な椅子だが。
玉座を手に入れるためにしては、なんとなく不自然な気がするなーとカルルが唇を尖らせたのに、ウルスラも同感らしい。だが他に宝と言われて、即答出来るものはないようだ。先程パーヴェルに尋ねたときにも、実は同じ返答だった。
そしてカルルも瞳も、もちろん他の人々も、ラスプーチンがそんなものを手に入れられるとは思っていなかった。仮に国王を落命させたとして、ハーフエルフでも大公家縁でもない人間がロシア王国を手に入れることは出来ないのだ。可能になるとしたら、すべての大公家を滅ぼした後だろう。
「ろしあハはーふえるふ同士デ喧嘩スル。人間無関係デス」
「そうだよねー。よくわかんないから、れっつお仕事継続!」
それで済ませたくない人が何人いようと、瞳とカルルには関係ない。
更に今はそのことを追及している場合でもなかった。
「陛下か王妃様の近くに位置取りたいな。先行して偵察ができるのは誰だ?」
要人の護衛をしつつ、とりあえず外に出ようと決めたパーヴェルの指示に基づいてというより、それぞれの意思で役割を即断した六名は、ほぼ一日がかりで依頼と、要人の避難護衛という役割を果たすことに成功した。終わる頃には、魔法を使わない瞳以外は魔力が尽きようかという状態だったけれど。
この更に翌日。
パーヴェルが立場上か戦線に入らなくてはならないと言うので、護衛のはずの六名もその能力に応じた反乱軍討伐に向かわされた。ディグニスや瞳にとっては、そうした場に連れられることはある意味当然だ。やることに多少の差はあれ、実力を出すに十分な場を与えられたことになろう。
「狂化シタラ殴ル?」
「そうなったら楽しく戦っているから、倒れたときに回収してくれればいい」
「せめて怪我をする前に引きずり出せとは言えないのか。当主がそれでは、こちらは下がりようがない」
不利になったら、狂化していても戦線から引きずり出すとは、ディグニスでなければ言えないだろう。今回の護衛六名の他、マクシモア家の家臣もいるが、本当にそれが実行できるのは多分彼だけだ。
「私は偵察に参ります。お側を離れて申し訳ありませんが」
いいから行けと仕草で示されて、雪華はためらいなく背を向けた。他にはカルルが装備の有利を申し立て、偵察に加わっているはずだ。離れてしまえば、どこでどうしているのかは分からない。相変わらず、カルルは『ラスプーチンさん、やっぱり怪しかったよね』と繰り返していたが。
けれども、その怪しさの理由を解きほぐしている間は誰にもなく、適性に応じた仕事をこなしている間にある報告が入った。
「デビル出現。種類はまだ不明ながら‥‥まあ小物ではないな。位置はどうする?」
戦線に立つ要人への襲撃を警戒する依頼人の護衛として、魔法を使っていたエルンストが伝令の報告を聞きとめた。たいして耳が優れているわけでもない彼に聞こえるのだから、陣内に同じ情報が回っているだろう。
神聖騎士で、どちらかといえば治療などの負傷者対応に力を入れていたフィーネも、この報告には顔色を変えている。他の面々は、すでに交戦中かもしれなかった。
「ホーリーフィールドもすぐに張れるようにしておきます。もしもの場合にはそちらに」
「怪我人優先でよかろう。我々は無傷だから、避けようがある。違うか?」
「言うことは正しいが、依頼人に花を持たせるくらいの気は利かせてくれ」
怒号が響く戦場の一角で、随分とのんびりとした会話を交わした後に、依頼人とその家臣、それから六名の護衛は点在する戦場のあちこちを巡ることになった。
もう一度揃って顔を合わせたのは、二十七日の日も暮れた後のことである。
「あっ、みんな元気ぃ?」
カルルの明るい問い掛けに、多くは苦笑しながら手を上げて応えた。