市街警戒〜教会放火阻止
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月19日〜06月26日
リプレイ公開日:2007年06月28日
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●オープニング
それは雲を掴むような話だった。
「もう少し具体的な手掛かりがなければ、パリの街の中とはいえ、望む結果は期待できませんよ」
「そうだろうねぇ」
冒険者ギルドのギルドマスター、フロランスの前にいる青年は、いささか覇気なく苦笑を浮かべていた。彼が依頼人としてフロランスの前に現れるのはまれにあることだが、そういう時は自分のお忍びで周囲がやきもきしていることなど意に介さない態度を取るのだが‥‥今回は普段の様子と違う。
挙げ句に持ってきた依頼が、『パリ市街の不審人物を捕らえること』ではいかにしようもない。
ただ不審人物を捕らえるのなら、もちろん冒険者は役に立つだろう。だがもとよりパリ市街を守る衛視達などがいるわけで、下手に武装して歩いていれば、冒険者のほうが不審人物扱いされる可能性もある。かなり高いといえよう。
更に依頼人が求めているのは、こそ泥やすり、かっぱらいに、酔って店員や女性に狼藉を働いたり、その他の衛視が取り締まる悪事を行なうような不審人物ではないはずだ。
なにしろ相手は、この国でもっとも地位が高い上に、現在代わりがいないお方である。
「聖霊降臨祭で捕らえた者から引き出した自白によると、パリの中と近郊に相当数の不穏な勢力、これはあくまで我々にとってのだが‥‥それが集結しているそうだ。悪魔崇拝者、例の予言者に心酔している者、ここに数ヶ月続く災害で不満を募らせた者、色々と」
「それを探し出せということですか。それとも居場所が分かっている者は、目立つように連行して来いと?」
「前者だね。彼らに共通するのは、様々な理由で最近パリに流れ込んできて、どこかしらに集合場所を定める。そこに怪しまれないように集って、聖霊降臨祭の襲撃を計画していたことだ。多分似たような勢力がまだ残っているだろう。それに今度の預言は、炎に関係しそうだし」
しれっと、どういう方法で自白を引き出したかは説明せず、結構な情報を連ねたウィリアム三世は、パリの通りの名前を幾つか挙げた。いずれもこれまでの災害で避難してきた人々を預かる教会の教区だ。
「これらの教会で不審火が相次いでいる。いずれもぼやで済んだが、まずはこれらの教会の警戒を仕事に含めて欲しい。もしも不審者を捕らえられれば、その仲間を残さず捕縛してくれ。それで」
「他の勢力への示しにもなるし、住民も安心するでしょう。警邏の人数はそんなに足りませんか?」
「足りてないわけではないけれど、彼らは一箇所を張り込んだりする仕事ではないし、冒険者は色々こういう待ち伏せの経験があったりするだろう。それに」
国王の表情が憂いを増したが、フロランスは見ていても表情一つ変えなかった。
「捕らえた中には、城内の者も近郊の貴族もいる。どこから情報が漏れているか分からないのなら、城と関係のない人々に入ってもらうのも策だからね」
「では、教会と近隣の警戒を主目的に、不審者の捕縛の依頼ですね。やんごとない身分の方が含まれていた場合の対応は、どちらにお任せすれば?」
「じいじい。今すごくやる気だから」
この場合の『じいじい』はブランシュ騎士団赤分隊のギュスターヴ・オーレリーをさす。『じいや』と言えば、騎士団長のヨシュアス・レインだ。
先程までの憂い顔はどこへやら、妙に晴れ晴れとした顔のウィリアム三世は、フロランスにこう告げた。
「最近色々思うところがあってね。出来るだけ早く妃を迎えようと考えている。フロランスがあと五つ若ければ、正妃は無理でも‥‥いや、どこかに養女に入れれば正妃でもいけたかもしれないが」
「間に合っています」
「従姉殿は、相変わらずつれない。それはさておき、ギュスターヴにその話をしたら、不穏な連中は早急に一網打尽にして、私のために一席設けたいらしい。これまでの事柄の確認も、赤分隊の誰かがやってくれるだろう」
そんなわけだから、ぜひともよろしくと、ウィリアム三世は軽く手を振ってギルドを去った。本来依頼は金銭授受が伴うものだが、それらは文官が代行している。もちろん依頼人も、国王陛下ではなく、パリの警邏担当責任者となっていた。
●リプレイ本文
被害に遭う教会は四箇所。集まった冒険者は五人。どう考えても、見回りで目的を達するのは困難だ。
よって彼らは考えた。各教会に一人ずつが奉仕を目的に滞在し、最後の一人が連絡係として毎日四箇所の教会を回る。それでもこれまでなかったことで不自然かもしれないが、幸いにしてノルマン出身で白クレリックのレヨン・ジュイエ(ec0938)がいたので理由は立てられた。
「少々荷が重いのですが、この仕事も大事なことです。心して勤めさせていただきましょう」
各教会に奉仕活動に行くイギリス出身のファイター、ジェイス・レイクフィールド(ea3783)とナイトのアフリディ・イントレピッド(ec1997)、ジャパンのパラの諫早似鳥(ea7900)と志士の神楽鈴(ea8407)の四人は、それぞれブランシュ騎士団赤分隊で用意してくれた招待状を教会に持参している。これは鈴が願ったものだが、署名は騎士団の人々ではない。教会で身柄を預かっている人々の領主である貴族のものになっていた。
荷が重いと正直にレヨンが吐露したのは、彼が領主の依頼で各教会の人々の様子を見回るとされているからで、ジェイス、アフリディことエフ、似鳥、鈴の四人は適当な縁をでっち上げられて、しばらく奉仕活動に教会に世話になるとのふれこみだ。
なぜにそうなったかと言えば、冒険者以外のジャパン人の誰がジーザス教白の教会で奉仕活動をするものかと、赤分隊の偉い方が主張したからである。商用、公用のジャパン人は、確かに普通は教会に足を向けないものだろう。
今回は放火犯に備えるためで、きちんとした紹介もあることだし、似鳥も鈴も、エフもそれぞれ向かった教会で普通に迎えられた。レヨンやジェイスほど歓待されなかったのは、教会といえども多少の戸惑いがあったからだろう。
どの教会も、付属する施設などに数家族が宿泊し、他の避難民は近くの貸間などに住んでいる状態だったが、五人はまずそれぞれの立場で教会に身を落ち着けた。レヨンだけは毎日宿泊先が変わるが、これは致し方ない。
五人が放火犯として推測したのは、教会内部に入り込んでいる者だった。この四つの教会には、最近になって人の出入りが多数あるから、不穏な輩が潜り込むにも適当だ。真っ当なジーザス信徒のふりをして、教会を焼失できれば、悪魔崇拝者などは諸手を上げて喜ぶことだろう。
そう思って、奉仕活動に携わる四人は教会に世話になっている人々を観察していたのだが‥‥
「ええと『避難住民と古くからの信者以外に、出入りする者なし』と。パリの街中なら、出入りの商人くらいいるんじゃねーの?」
「もちろんおいでになりますが、それが大抵信者の方か、何年越しのお付き合いの方なのだそうです」
レヨンを除いた四人は、担当する教会からほとんど動けない。よってレヨンが皆の集めた情報を抱えて、改めて皆に知らせて回ることになるのだが、エフはイギリス語、似鳥はジャパン語で情報を綴って渡してくるので、レヨンが内容を知るにはジェイスと鈴に通訳してもらう必要がある。いささかややこしい。
もちろん余人に聞かれては困る話なので、エテルネル教会担当のジェイスとレヨンは水汲みをしながらの会話だった。ジェイスが教会に備え付けるように提案し、放火に不安を募らせていた避難民や近所の人々が大きな桶を都合してきて据えた防火用の水桶になみなみと水を汲みいれているところ。
「反対する奴は、やっぱりいなかったな。そりゃ、反対するなんてのはいかにも怪しいからそうそういないだろうが‥‥ここの教会も、俺が一番怪しいんだぜ」
冗談めかしてはいるが、ジェイスは教会に出入りする人々の中で最も怪しい、またはそぐわない雰囲気のある者を探していたのだが、避難民は同じ村から移動してきた顔見知り同士。信者と神父も何年越しのお付き合いで、騎士団から聞いた悪魔崇拝者などの『最近パリに流入してきた』とは少々噛み合わない。一番怪しまれるとしたら、当人が言う通りにジェイスではなかろうかという按配だ。
それでも肉体労働は率先してこなしてくれる彼へ避難民は素朴な感謝の念を抱いているし、近隣の住民も見た目が少し怖いがよく気の回る人だと好意的に受け止めている。
なにより日中は日銭仕事を求めて、体が利く人々はあちこちに出掛けてしまうので、放火対策の水汲みは大半をジェイスが担っている。レヨンも手伝っているが、力の差は歴然としていた。
ちょっと水汲みに慣れなくて、やたらと水音をさせつつ桶を満たしている風情で、二人でこそこそ情報交換をしているとは、とても思えないだろう。
「よし、水はこれでいいだろう。じゃ俺はばあさんのぎっくり腰の薬を張り替えてやらなきゃならん」
実は器用に王宮手当てもこなすジェイスは、一緒に仕事をしてくれた領主の使者に、にこやかに別れの挨拶をした。彼がしている、危機を伝えてくれるはずの指輪は、今のところ何の反応もないようだ。
似鳥はアンジェ教会で、避難してきた人の一人として身を寄せつつ、奉仕活動をしていた。パリの近くに住んでいたのが、昨今の騒動で夫とはぐれて困っているというふれこみだ。実のところ忍びの彼女は、こうした時に素性を隠すのを得意としていた。似たような境遇のほうが、人は親しみを憶えるものだ。
避難民には人間が多いが、当初は家族と生き別れていたり、実際に死別したりしている者も複数いるので、似鳥にも皆親切だった。教会の中から外から歩き回り、細々した仕事をしてくれる似鳥が周囲に馴染むのも早い。
けれども、彼女の観察眼もジェイルと同じ結論を導き出して、やれやれと首を傾げていた。
「ご老人はいずこも同じじゃねーか。やれやれ、早起きしたってのにさー」
早朝から起きる老人や、日銭仕事で戻りが遅い若者など、特に怪しい振る舞いはないが人と違い時間に動いていて不自然でない人々に注意を向けていた似鳥だが、いまのところはこれといった目星をつけられないでいた。
内部に放火魔の一人が入り込んでいたとしても、四箇所に次々と火をつけることは叶わない。だから誰かと連絡を取るのではないかと色々探ったのだが、教会周辺ではそうした動きは確認できないのだ。さすがに外の様子までは確かめようもない。
レヨンが伝えてくれて皆で用意した防火用水に異常がないかも確かめたが、今のところは何事もなし、だ。
ファミーユ教会で、鈴はレヨンが届けてくれた情報を頭の中で巡らせていた。歩きながらそれをしたので、荷物を運んでいる最中にいっそ見事なほど転んだが、もはや教会ではいつものこととして誰も心配はしない。心配するのは、放り出された野菜のほうだ。鈴が丈夫なのか、身が軽いのか、たいした怪我はしないと知られる程度に良く転んでいる。
おかげで年下の子供達にもそこはかとなく被保護者扱いを受けるのだが、当人はまめまめしくよく働いていた。ついでに子供達から皆の様子を聞き集め、ちまちまとした字で書きとめては、レヨンに忘れず伝えている。結論としては、教会内に怪しい人は見受けられないと、これまた他の三人と同じ事なのだが。
「神父様、何かお手伝いすることある? お使いでも何でも平気だけど?」
「今のところ大丈夫です。あなたが来てから、火付けも収まっていてありがたいことです」
この教会でも防火用の水を用意していたので、それの見回りだけお願いしましょうかと老齢の神父に頼まれて、鈴は元気に駆け出していく。度々御用聞きに行く彼女は、以前から出入りしている人々に不自然なことがあれは神父から教えてもらう手筈なのだが、本日もそうしたことはないらしい。
平和なのはいいことだが、放火の犯人が見付かったわけではなく、またよその地域に流れたわけでもないので、気を緩めている場合ではないぞと決意も新たに、鈴は鼻歌を歌って見回りをこなしていた。いつも通りの光景である。
当初の四日は、他の人々と同じく何の異常もないことにかえって苛立ちかけていたエフだが、五日目に変事に見舞われた。彼女はさすがに助祭の助言に従って、ハーフエルフであることは隠していたが、冒険者だとは広言していた。仕事がないので、しばらく以前の恩返しに手伝いに出向いてきたと称すれば、大抵の相手は不審がらずに受け入れてくれたものだ。
もちろん放火犯が来たら先頭切って飛び出してやるからと、普段から武器も携帯していたのだが、それに言い掛かりを付けてきた輩がいるのである。担当するアヴニール教会では初めて見る顔で、まだ日が高いのにひどく酔っている。
「なんだ、おまえは。ここは酔っ払ってくるところではないぞ。幾ら慈愛の母が相手でも、きちんとしろ」
近くにいた子供達が怯えているので、あまり手荒なことはせずに酔っ払いの男を追い返したエフだが、夕方になって顔見知りになった夫婦が『こんな男が来たのではないか』と尋ねに来た。よく聞けば、その酔っ払いはパリに来てから酒に溺れるようになった息子だという。
「村の畑が泥の下なんで、すっかりやる気をなくして‥‥たまに顔を出して、金を寄越せと」
時には借金取りも来て、一緒に避難してきた人達にも迷惑を掛けるので追い返してもらって助かったと、エフは丁寧に詫びと礼を言われたが‥‥彼女自身はしくじったと猛反省している。教会の避難民の中に誰かが入り込んでいるだろうと思っていて、教会から連れ出された人がいたとは思いもしなかったのだ。夫婦も息子のことは、さすがに口にするのもはばかれる状態で、とてもエフに教えたくはなかったろう。
その後に来たレヨンに、エフは他の三人を呼び集めてくれるようにと願っている。
レヨンはけして小さくはないのだが、その体が驚くほど簡単に吹っ飛んだ。
「酒と借金漬けか。他の怪しいものは出てこないだろうな」
「あれじゃ、なんか出て来るんじゃねーかな」
レヨンが最も遠くのエテルネル教会のジェイスに呼び出しを伝え、ジェイスが他の二つの教会を巡ってアヴニール教会に到着した頃には、周辺は大変な騒動になっていた。すでにエフが一人を殴り倒しているが、どれが話に聞いた駄目息子だか、数名が教会の入り口で暴れているのだ。鈴と似鳥に助け起こされたレヨンは、修道女を庇って殴り飛ばされていた。幸い、大きな怪我はないらしい。
「こらー、抜くなー! さすがに街中でそれは、庇えないんだよっ」
金を出さないなら火を付けると、放火のことを知って脅したのか、それとももとから関わっていたのかは不明瞭ながら、男達がそんなことを口にしたと聞いて、ジェイスはジャッジメントソードを抜こうとしたのだが、鈴が叫ぶので鞘ごと剣帯から取り上げた。幾ら依頼を受けていて、ブランシュ騎士団も関係しているとはいえ、さすがに素手の相手を切り殺したら色々とまずい。家族もそこらにいるのだし、なにより教会の前だ。
「こんなに分かりやすいなんて、詐欺じゃん」
「今日までいることも知らなかった避難者だぞ。何が分かりやすいものか」
素手だし、酔っ払っているような輩相手では負けないと、似鳥が一人の眉間にスリングで石を当てて呟いたのに、仏頂面も極まったエフが律儀に返している。
ただし相手は確かに彼女達の敵ではなかった。酔っているにしてはおかしな様子だが、足取りがふらついて、まともに立っていられない相手と正面からやりあう必要はない。奇妙に馬鹿力を出すのでそこだけは要注意だが、鈴やエフが魔法を使うまでもなく、ジェイスが大抵の者を殴って気絶させていた。
修道女の代わりに殴り飛ばされたレヨンだけが少しふらふらしているが、骨や筋を痛めたりはしていないようだ。ひどく飛んだのは意表をつかれて、姿勢を崩したせいもあったのだろう。
「んー、一応たいした事はねえが、あんまり痛かったら自分で治したらいいんじゃねーの」
「たいしたことがないのに恩寵を求めるのは、求道者にあるまじき行いです」
ジェイスがレヨンの殴られた場所を確認して、特別な手当ての必要なしと宣言したので周囲からは安堵の溜息が漏れた。
この頃になって、異常を知って駆けつけた衛視が暴れていた男達を捕らえて、引き立てていく。息子が連れて行かれる夫婦は身の置き所もないといった感じだが、鈴がそういう態度を諌めた。
「もう大人なんだから、親が助けてくれるなんて甘いことは思わせないようにしなきゃ。二人が悪いことをしたわけじゃないだしね。でも片付けは手伝って?」
水を入れていた桶がひっくり返り、色々と乱雑になっているので片付けは必要。鈴が志士だとは知らない人々も、しっかりしたことを言うと感心しきりだ。直後に、出来たばかりの水溜りに向かって転んだので、慌てて助け起こしに行っている。
そうして。
「教会からいなくなっていたのは全員見付かったが‥‥仲間は散り散りか。これでなりを潜めてくれるとありがたいがな」
「はい。でもどうなることか。他の地域でも火付けの事件が起きているようですから」
衛視を通じてもたらされた取調べの内容は、暴れた男達がもともとは自らの不運を嘆いて酒に溺れたこと。その上で今回捕まらなかった数名の男女に、国政や領主がいたらないから災害が起きたと吹き込まれ、次第に道を踏み外し、最初は借金、次は酒に薬物を仕込まれての強制で放火を働いたことまでが判明したとなっていた。
他に計画があるのか、また逃げた男女がどういう人物かは聴取している最中だが、あいにくと彼らが依頼として関われる期間に判明したのはそこまでだった。
「俺らに関係することなら、教えてくれてもいいと思うぜ。期待してもいいか」
もしもの時には、ちょっとは働けるかもしれないし。そう口にしたジェイスに対しては、冒険者ギルドに連絡しようと返ってきた。
後は水桶をいっぱいにして、依頼も終わりとなる。