【開拓計画】移送
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:1 G 1 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月24日〜07月02日
リプレイ公開日:2007年07月03日
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●オープニング
キエフ公国内に、アルドスキー家という貴族がいる。最近は領地の拡大を狙って、色々画策していると陰口も叩かれるが、基本的にやっていることは陰口の内容と大差ない。単に反乱や違法行為とは縁遠く、のんびりと開拓を行なっているだけのこと。
ただ開拓というのは、存外金が掛かる。人を使って働かせ、その間は食わせなければならないし、移住が始まっても生活にある程度目処が付くまでは面倒を見る必要がある。収益が見込めるのは何年も先の話だ。
だからといって、ただ資金を出し続けるほど親切ではないアルドスキー家は、開拓用地で切り出した木材の一部を別の貴族に売り払うことにした。
必要なのは、運んでいく荷車と、引いていく馬。それから積み込みを行い、運んでいく最中に付き添い、目的地で相手に渡して、金銭を受け取ってくる責任者だ。相手貴族との関係は良好なので、この責任者はそれほど経験豊富でなくとも、十分に務まるだろう。
例えば、アルドスキー家の抱える代官見習いのユーリーであってもだ。
「父上も、思い切った人選をなさるものだねぇ」
「相変わらず、あのノモロイの悪魔を抱えて歩いているとか」
「本人はノロモイの天使だと思っているから、始末が悪い」
アルドスキー家当主の三人の息子が、顔を見合わせて『大丈夫だろうか』と言い交わしてしまうくらいに、ユーリーはややこしい人物であった。
ただし。
「現地での積み込み作業員は手配済みです。先方まで全員連れて行く必要はありませんが、このご時勢ですから護衛は必要なので、冒険者ギルドに護衛と移動中の目配りをしてくれる人を募集しました。先方での荷物の受け渡しは荷車ごとなので、荷馬車が四両あっても、この人数で十分でしょう」
ユーリー自体のやっていることは、なんら問題はない。ごくごく当然のことを、楽しそうにやっているだけだ。いささか女性的な顔立ちで、ほんわかした笑顔でいることが多いので、雰囲気がおっとりしているが、仕事内容に過不足はない。
ちなみに念のために護衛の手配はしたものの、彼らが進む予定の街道では、近隣領主達が反乱を起こしたラスプーチンの足取りを追うために多数の手勢を移動させているため、治安はとてもよろしくなっている。途中で何事かが起きる可能性は低いだろう。
問題視されるのは、ユーリーが元来は内向的も極まった性質であるにも拘らず、謎の土こね人形『ノモロイの悪魔』により正反対性質に変身中であることだ。何かの弾みで元の性質に戻ってしまったら、仕事を達成するどころではない。
当人だけはまったく気付いていないが、周囲はとても心配している、これはユーリーの『初めてのおつかい』だった。
これをこなすと、彼も晴れて正式な代官である。
●リプレイ本文
それはなかなか見苦しい争いだった。
「幾らイリーナ殿の言うことでも、これだけは手放せません〜」
「何を言っているか! このような重労働の現場に、壊れ物を持参して、何かの弾みで壊れたときに部下が関係していたら、よもやその相手を罰するのか!」
「ぼ、僕の天使様なんです〜」
「その程度で騒いで一人前の代官になれるかっ」
依頼人となるアルドスキー家の代官見習いユーリーが、冒険者の一人のイリーナ・リピンスキー(ea9740)と、見た目異様な『ノモロイの悪魔』の奪い合いをしているのだから。
「うーん、直視に耐えないな」
正直に真情を吐露しているのは、ケリー・レッドフォレスト(eb5286)。彼は『天使様』と対面するのは初めてではないが、やはり直視するのは厳しい。『魔術的修行状態』とまで言ったくらいだ。
何度か見たことがある人でそうだから、『天使様』初対面の三人、アルトリーゼ・アルスター(ec0700)、ウォルター・ガーラント(ec1051)、フローネ・ラングフォード(ec2700)は当初感想の言葉一つ出て来なかった。
共通したのは、『そんな不気味なものを抱えて‥‥』という気分だ。度合いはそれぞれの性格により違うが、フローネとアルトリーゼは『それを持つのは否定しないが、見えるようにして歩くのは止めさせよう』と周囲のへの影響も考え、ウォルターは『これがないと一人立ちできないのか』と冷静に受け止めている。
そしてイリーナは、ユーリーが赤ん坊でも抱えるように布で『天使様』を自分にくくりつけているのを見て、それを取り上げているところだった。こんなものを抱えたまま歩かれたら、作業員の士気に関わる。
ようやっとイリーナが、ウォルターの助けも得て『壊れ物は箱の中』、代わりに何か代用品を持って歩くという代案をユーリーに納得させたのは、優に一時間も経ってからのことだった。ユーリーは渋々、イリーナや他の冒険者が以前に作ってやった布人形を取り出して、自分の肩から下げる荷物に吊るしている。
「こう、やること為すことがずれている御仁も珍しいでしょうな」
「その吊り方は苦しそうですから、別の結び方にしましょう?」
「幾ら人形でも、それでは困っているでしょうから」
言葉遣いは穏やかなウォルター、アルトリーゼ、フローネの三人に順次なだめられた理由は、ユーリーが布人形を首吊り状態で吊るしているからだ。
ケリーが色々手伝ってやって、なんとか見られる姿にした頃には、ユーリーの『天使様』は壊れないように詰め物をした箱に収められていた。この箱はユーリーが手元から放さないので、彼の馬に載せられることになっている。
ここまで騒いで時間も掛けたが、幸いにして冒険者一同、馬やセブンリーグブーツで予定より一日早く到着していたので、予定に変更はない。
「保存食しか出ませんと聞いていたのに、こんな美味しいものが食べられるなんて‥‥この依頼を受けてよかったです」
気を取り直したイリーナが腕を振るい、皆に振る舞った夕食を食べてアルトリーゼが感極まった様子で呟いた。ただしそれは彼女が冒険者仲間のみならず、作業員達の視線も釘付けで他人の三倍は食べた後に『ちょっと中休み』と言った後のことだ。
「それはよかったですね。イリーナ殿が来てくれてよかったなぁ」
先ほどの争いは忘れたかのようなユーリーの相槌に、誰もが彼の現在の性格をよくよく察することが出来た時間だった。
ついでにアルトリーゼの性格の一端も。
翌日、シフールのケリー以外が力仕事を手伝って、木材の運搬準備は予定より早く終わった。元々この日に冒険者が来る日程で作業予定を組んでいるので、ここまでは予定通りだ。特に問題はないどころか、ウォルターが木材の積載方法の細かいところに目を配り、ケリーが人が叶わぬ上空から具合の良し悪しを確かめてくれたので、荷車の木材はきっちりと積みあがっている。
実際のところ、女性達に力仕事を手伝わせるのは作業員達が相当気兼ねしたのだが、アルトリーゼとフローネは人が苦労している横で楽な仕事を選ぶことは出来ないし、イリーナは大いなる父の試練とこちらも譲らない。
「本人達が落ち着かないんだから、やってもらっていいんだよ。僕らにとっても仕事なんだから。ところでそれ、出してくると怒られるよ。壊れたらどうするって」
ケリーは全体の監督をするユーリーが順調に作業を進められるように、近くにいて気付いたことを教えている。こうした仕事はさほど経験はないが、普段は様々な品物の相場を観察している彼には、全体へ注意を巡らせることなど造作もない。
ユーリーはまだその点が甘いので、ついでにそうした点もやんわりと注意を促しておいた。面と向かってこうしろと言うには、ケリーも毅然とした態度をとるのは苦手だ。
ただ、ユーリーは隙あらば『赤い天使様』、鞄の奥底に隠していたらしい小型版を取り出して撫でているので、ケリーはその度に鞄に仕舞い直させていた。ケリーは『天使様』の効能を調べる根性はなくとも、その効果を否定もせず、ユーリーが自分の望む方向に変われているのなら見守ってやってもいいと考えている。だから取り上げるつもりはないのだが‥‥近くにあると、ちょっと落ち着かないのだ。
存在を否定しない彼で『ちょっと落ち着かない』のだから、他の見るのも怖い人々の反応は推して知るべし。
「ユーリーは、将来どういう代官になりたいの?」
「‥‥家族が皆で楽しく暮らせる村がたくさんあるようにしたいです」
『天使様』布教だけはしませんようにと思いつつ尋ねたケリーに、ユーリーは照れまくりで返してきた。頑張りますよと続けた彼に釣られて、二人で真っ赤になっている光景はなんだか不思議。
ユーリーとケリーが『赤い天使様』を出したり引っ込めさせたりしていた間は肉体労働に汗していた四人のうち、女性三人は作業を少し早めに切り上げて食事の支度を始めていた。保存食はあるが、少しは手を入れたものが食べたいとイリーナは材料を買い込んできている。幾ら手馴れていても、彼女一人で作業員も入れて三十名近い食事の支度は大変なので、フローネは手伝いを買って出たのだ。
アルトリーゼは、夕飯が出来るのも見守りたいといった風情だが、さすがにナイトだけあってつまみ食いなどするでなし、きちんと手伝いをしている。ただし。
「イリーナさん、塩加減はこのくらいでいいでしょうか」
「‥‥アルトリーゼ殿も、味見をするか?」
「よろしいですか。まあ、嬉しい」
フローネがスープの味を調えて、イリーナに味見を頼むと、もれなくアルトリーゼも付いてくる。味見程度でそんなに幸せになれるものかと、目撃者は皆思うような笑顔付きだ。イリーナがパン生地に干し果物を混ぜているのに気付いた時には、作業員全員にも夕飯メニューが知れ渡った。
その後、フローネがアルトリーゼに大きな声は控えましょうねと注意されていたが、そういう一言で済ませていいものかどうか。この場で悩んでいるのは、イリーナだけ。アルトリーゼはよくよく反省している。
まあそれでも三人ともかいがいしくよく働き、夕食は豪華にはならないが焼き立てが美味しいパンに少量だかスープが付いて、作業員達も働いた甲斐があったと喜んでいた。彼らの大半は明日の朝には自分達の村に帰り、六人ほどが荷馬車の付き添いと馬の世話などで目的地まで同行することになっていた。
夕食後にはフローネとアルトリーゼが馬の世話の手伝いに行き、自分達の馬と共に荷役馬の調子なども見ていたのだが、
「お嬢さん、これはちょっと積み過ぎですよ。馬が疲れますから、ちょいと加減しないと」
全財産積んで来たのではないかと思わせるフローネの荷物を見て、馬の世話係が遠慮がちに告げてきた。フローネもここにくる道すがら、他の四人の連れている馬と見比べて、積み過ぎは分かってはいたが、帰って整理するわけにも行かなかったのだ。戻っても、やはり時間と場所が難敵だろうが。
「少し、自分で背負うようでしょうか」
「私の馬でよければ、幾らか積み替えてくださいな」
反省して、自分の馬の毛並みを梳いているフローネに、アルトリーゼが申し出た。もし荷役馬の調子が悪くなったら、自分の馬に働いてもらってもよいと二人とも考えているのだが、荷物の積み分けをするとその辺りが厳しい。
途中からケリーとウォルターも入って、この二人の驢馬に少し頑張ってもらうことになった。代わりにフローネとアルトリーゼの馬は、いざと言う時には力を発揮してもらう。
あいにくとケリーとイリーナが連れているのは駿馬なので、力仕事には不向きだ。こちらは何かの時に先行するとなったら、力を発揮してくれるだろう。
親切な人達が来てくれてありがたいと感謝されたが、今回来ている五名は揃いも揃って『仕事を請けたからには当然』と考えるような人々だった。それはそれでまた、印象がよろしい。
ちなみにこの間、イリーナは翌日昼に食べると美味しくなる固さでパンを焼いていた。傍らではユーリーが、布製『天使様』片手に道中の予定を諳んじている。これが成功したら、他の人々にも伝えるつもりらしい。
そんな時にも『天使様』片手なのが、イリーナにはこの上もなく心配だ。道中何事もなければいいがと、切実に願っている。
移動を始めて半日ほど。
道中はまったく安全で時にはすれ違う人、追い抜いていく人もあるが、大半が行商人や領内見回りの騎士などだ。前者はいて当然、後者はいてくれて安全。ユーリーが身分証を見せれば護衛の冒険者は名前も尋ねられなかった。
このまま平穏無事に目的地に到着出来そうだが、もちろん護衛なのだから五人は交互に先行して様子を確認したり、後方に気を配ったり、周囲におかしな気配がないかを探ったりしていた。
ウォルターが、あることをイリーナに問うたのはこの頃だ。彼はとても聞き上手なのだが、人から強引に聞きだすことにまで長けているわけではない。特にユーリーに代官になれる云々と一度尋ねたら、『天使様』の話になってしまって、さしものウォルターも閉口したのだろう。作業員も含めた中で、ユーリーの事情が一番分かっていそうなイリーナに、『ユーリーが代官になることを喜ばない人物の有無』を尋ねたのである。
「もしそうした人物がいれば、あの人形を壊しにくるのではないかと思いまして」
「いる‥‥にはいるが、同じ陣営の者ゆえ、わざわざ主家の取引まで壊すような真似はしないと思うが」
「あれがなければ、ユーリー殿は仕事もままならないとご自分で言うくらいです。代わりを務めて、評価を上げることも考えられなくはありませんから」
用心するとしましょう。そう告げたウォルターだが、『昨今の騒動ですっかり人の悪い考えに傾いて』と苦笑した。貴族といえば、跳梁跋扈するものと言った印象は、確かに先だっての騒ぎ以来冒険者には色濃いだろう。
だがその軽口も耳に入らない様子で考え込んでしまったイリーナに、ウォルターが事情を尋ねるべきかと考えていると、先行していたフローネが急いだ様子で戻ってきた。ただし危険を見つけたという感じではない。
「あ、それは僕の養父です。挨拶しないと」
アルドスキー家の紋章を掲げている一団がいるので名前を聞いてきたと、フローネの報告にユーリーがにこにこと応えている。そのやや後方でイリーナが酢でも飲んだような顔付きだが、ユーリーは気付いていない。他の人々は全員気付いたし、作業員達はこそこそと何か囁き交わしている。荷馬車まで止まってしまうのだから、作業員達の動揺ぶりも知れるというものだ。
「何事でしょうか?」
「ユーリーと養父殿は不仲というか、養父殿が彼を大変嫌っていると聞き及んでいる。あの様子だと有名なのだろうな」
作業員達が知っているくらいだからと、ウォルターに説明したイリーナは善後策に頭を悩ませているようで、ウォルターも先程の『いるにはいる』はこの人物かと納得した。養父というのが引っかかるが、ユーリーが失敗しても、代理を務めるのに何の不自然もない立場である。もしかすると、この依頼で最大の困難ごとかもしれない。
養父殿なら身なりときちんして、ちゃんとしているところを見せなくてはと、止まったついでにフローネとアルトリーゼが馬を下りたユーリーにかまいつけている間に、ケリーも加わっての三人がこの場を適当にやり過ごさせる算段をしていたところ。
「あ、養父上、ご健勝そうで何よりです」
街道でその速度は危険と言いたくなる馬の飛ばし方で、やってきた一団がある。ユーリーがいち早く挨拶し、作業員は頭を深々と下げている。冒険者一行は先方の代官以外が馬を下りたが会釈で留めてきたのに倣い、ほぼ同様の挨拶を返した。ケリーとウォルターは、他の三人より少し後ろに下がっている。身分で言えば、女性三人のほうが上になるからだが‥‥
「浮かれて失敗した際には、ただでは済まさぬぞ」
ユーリーの養父は馬から下りるでもなし、義理の息子の姿を上から下まで眺めやって、言ったことはそれだけだった。困っている様子もなく、身なりも慌てて整えた割にちゃんとしていて、朗らかな様子が気に入らないと顔に書いてある。
なにより、聖印を持っているイリーナとフローネを前にして、馬から下りもしないのはどうかとアルトリーゼも思ったくらいなのだが、ユーリーは相変わらず気にしていない。
ユーリーがこれでは愚痴を言う事も出来ないと、危険はなかったが不快感たっぷりの僅かな時間を過ごした後に、彼らは何の問題もなく材木を運んでいったのだが。
「養父はとても仕事が出来る人で、僕もああなりたいと思うんです。でも、養父の気に入らない相手を徹底的に蹴落とす手腕はちょっと難しいかな」
頑張らなくちゃと、布製『天使様』に誓っているユーリーを前にして、一同は。
「そんなところは真似をなさらなくてもいいのですよ。それよりは困っている人を助けることに気を配られたほうが」
「幾らあなたが大いなる父の信徒でも、父はそのようなことは望まれないはずです」
「頑張るなら、別のことにしようよ。人心掌握術とかね」
「まずはその人形に常に頼るのを止めて、一人立ちすることを目指しましょう」
「‥‥‥‥」
一番の難問はやはりこちらだったかと、『天使様』を頼らないように言葉を尽くして説得したのだが、ユーリーはこれだけは頑として頷かなかった。
木材を引き渡しても、彼の馬には相変わらず『天使様入りの箱』がくくりつけられている。
「出さなくなっただけ、成長なのかな」
ケリーの台詞に頷いたのは、ユーリーだけだ。