【地獄の業火】市街警戒〜月道塔周辺
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 42 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月26日〜07月02日
リプレイ公開日:2007年07月07日
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●オープニング
月道管理塔周辺の警戒に人手を貸してください。
その依頼を持ってきたのは、冒険者ギルドから見ると月道管理塔の向こう側に住んでいる常連依頼人だった。
「最近預言書の関係で、放火警戒の見回り依頼はありますが、そちらはどういうご事情で?」
「あら、同じですわ。放火というより、家屋破壊ですけれど。どうもいけないお薬を使っていて、錯乱したようなんですの。二人いるうちの一人が逃げてしまったので、探しておりますのよ」
ぺらぺらっと話されてしまうと緊迫感の欠片も感じられないが、月道管理塔の近くの通りで、炎系の魔法による家屋破壊の事件があったのだそうだ。襲撃された家の住人は月道に勤務しており、温和な人物で知られているので、個人的な恨みよりは月道勤務の人を狙ったのではないかと考えられている。
この犯人は二人いて、一人は捕まったのだが、大麻と思しき麻薬で錯乱しており、現在もあまり実のある供述は取れていない。それでも逃げた一人以外にも仲間がいて、本来は計画的に月道近辺を狙って行動を起こす予定があったのではないかと推測される。
問題は、捕縛した男を魔法で正気に返すと『大麻を使うつもりはなかった』と繰り返すことだ。しばらくすると大麻を求める言動をし始めるが、最初は無理やり使わされて、判断力が揺らいだところで犯罪行為に向かわされている様子が伺える。
大麻を使用する犯罪者集団は、パリ近辺で時折現れる。どこかで栽培された効果の高い大麻が、あちこちを巡り、栽培地域を広げて使用する者も増えているような気配だ。
今回はその効果がもたらす錯乱で、暴動の計画が漏れ伝わってきたことになる。漏れてきたからには被害を完全に防ぎたいが、あいにくと人手が足りないので冒険者ギルドに募集と相成ったのだ。
「使用された魔法はファイヤーボムですわね。被害の程度は、木造の物置の壁が壊れてぼやが発生しましたの。皆さんで家の前に、水を入れた樽は用意しましたけれど、見回りが一番だと思いますので、ぜひご協力をお願いいたしますわ」
依頼人は月道近隣の家の人々。取りまとめは、冒険者ギルドと縁が深い月道勤務のウィザードアデラ・ラングドック。
犯人を捕らえたら、地域担当の衛視に引き渡す。もしも相手が魔法を使用したら、防御のための魔法使用は制限なし。攻撃魔法は誤射や住人の巻き添えがないように個人指定のもののみにして欲しいとのことだった。
「おうちが壊れたら、修理も手伝ってくださいましね」
それはきっと、できるだけ壊すなということだ。
街中で魔法を使う輩を相手に、周辺への被害を最小限に抑え、かつ相手は漏らさず捕縛せよというのは、なかなか面倒な依頼であろうが。
「見回りは一日四回くらい予定してますのよ。必ず住人がご一緒しますから、ご近所の人でなければすぐわかりますわ。夜の見回りもありますから、冒険者街におうちがあっても、我が家にお泊り頂いて構いませんわ」
ご飯は皆さんからのご提供で、宿泊費も無料。代わりに緊急時にはいつでも飛び出してもらうことになるが、それでよければよろしくと、やはり緊迫感のない言い方でアデラは用件を締めくくった。
●リプレイ本文
「アデラ姉ちゃん、ごはんー」
「パンしかありませんわ〜」
今回の依頼は、月道管理塔近辺で放火犯を捕らえることだったはずだ。だが依頼人代表であるところのアデラと、マート・セレスティア(ea3852)の間に緊張感は欠片もない。
「わたくしどもは、放火警戒のために呼ばれたはずですが」
目的を見失っているというか、方向性を著しく間違えている二人に、フランシア・ド・フルール(ea3047)が声を掛けた。でも怒られてしまいましたと首をすくめたのはサーラ・カトレア(ea4078)とラテリカ・ラートベル(ea1641)で、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)、乱雪華(eb5818)の三人は何事かと訝しそうな表情だ。
「なぁんだ、ここのおうちなのね。気兼ねがなくていいわぁ」
体格と言葉と態度のそれぞれに落差の激しいレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が、明朗簡潔にアデラを『遠慮のいらない人』と紹介してくれた。嘘ではないようだが、フランシアなど先を思いやって、こめかみを揉んでいる。
それでも、まずは見回り地域の案内をアデラに頼んで、シャルウィードが気にしていた月道勤務の家を教えてもらうことになったのだが‥‥
「ここの通りの」
十二軒の家が通りに面していた。
「右側の三軒目と、左側の四軒目、五軒目以外が、全部月道に勤めている人がいる家ですわ。左の二軒は王宮文官さんで、右三軒目は月道を退職されてるご夫婦のおうち」
近くの通り全てが同じような状態で、シャルウィードが途中で確認した。
「この辺りで王宮も月道も関係ない家は?」
「ありませんわよ。そういう人でないとお家を買ったり、借りたり出来ませんもの」
最初からそう説明しろとディグニスが注意している。ちょっと無駄に時間が掛かったが。
「この一帯全部に警戒が必要だというのはわかりました」
雪華がまとめてくれた通りである。
放火を未然に防ぐには、見回りをしていることが目立つのが肝心。そんな訳で、八人いる冒険者は交代で、一度に出来るだけ多人数が見回りに参加できるように順序を考えた。一度の見回りは余程のんびり歩いたとしても三時間足らずだが、毎回歩き回っては疲れが溜まりやすいので、一日一度は長時間の休みを取るとも決まった。大方の意見がそうだったので、一日出来るだけ三回参加という方向性になったのだ。
この時、ディグニスは自分のような重装備の者が他にいれば別々に動くつもりだったが、同じナイトのシャルウィードは軽めの装備、神聖騎士のレオンスートはコナン流の使い手、他は武道家、レンジャー、クレリック、ジプシー、バードとなると、おおむね誰と組んでも問題はない。
念のため、目と耳の利くシャルウィードとマートと、風読みが得意なサーラと全部に秀でたラテリカは誰かが必ず見回りに加わっているようにした。
ただ。
「はわわ、いろんな人がいるですよ」
「これはまた頼もしいですね」
ラテリカとサーラが最初に参加した見回りで感嘆の声を上げた通りに、月道や王宮に勤めている人が多いだけあって、多種多様な身分と技能の持ち主が見回りには参加していた。自分の家とその近所なのだから当然だ。単に仕事で人手が常に確保は出来ないので、ギルドに依頼を出したらしい。
「それはお仕事だから当然やるとして、防火用の水桶は増やしたほうがいいわよ。このあたりお金に余裕がありそうだから、遠慮なく『買って来て』って言えていいわぁ」
「さすがに散財しろとは申しませんが、燃えやすいものに気付いたらお知らせしますので、至急片付けてください。それと水汲み場の確認と、この辺りの地図を作ってあればそちらを」
『そちらうぉ』
レオンスートがざっと見回った際に確認した防火用水の量が少ないと指摘し、フランシアはてきぱきと指示と要求を繰り出している。舌足らずに語尾を真似ているのは、フランシアの連れている妖精だ。お祈りの真似を上手にするようだが、他は時々言葉がつかえている。この妖精がフランシアの求める程度に主の教えを理解する日は、かなり遠そうだ。
「上空からの見回りには目印を付けてくださいと言われましたが、何がよろしいでしょう。あと、桶に余裕があればこちらにも回してください」
雪華はババ・ヤガーの空飛ぶ木臼で、上空からの見回りを予定している。それで不審者と間違えられては大変なので、目立つ目印を考えて、更にそれを周知してもらうのに忙しい。なにしろただの住宅地と違って、ここでは魔法で拘束されかねない。下手をすると木臼も壊されてしまいそうだ。
「大丈夫、壊されないよ。ただ返ってこないかもしれないけどね」
マートが籠に山盛りにした木苺を食べながら、けらけら笑っていた。彼はアデラの家の食べ物を片端から、周囲の人々が届けてくれる料理も次々と食べ続け、挙げ句に抱えて見回りに参加している。先程、ラテリカの愛犬に吼えられていたが、確かに今一番怪しいのは彼だ。
ともかくも、レオンスートが確認してくれて、植物に詳しいラテリカと雪華が頷き、現物はこれとアデラが庭から摘んでくれた大麻の本物と常習者の特徴を頭に叩き込んで、順次見回りに参加することになる。
常習者の特徴は、衣服に付いた大麻の匂いを誤魔化すために、香水などを常用する、吸引により喉を傷めているので空咳を繰り返す、目は充血している、金遣いが荒い、自己陶酔、虚言などの平静とはかけ離れた言動を取るなどだ。さすがに最後の状況だと一目で怪しいと判断が付くが、魔法の使用はまず無理。代わりに予想できない行動を取る可能性が高いので、接触には用心が必要だ。
アデラが持ってきた大麻は、現在問題になっているものより効能と常用性が著しく低い、ちょっと植物に詳しい家で薬草の一つとして栽培しているものだが、匂いは多分似ているだろう。ラテリカやマートなどの愛犬達に一応嗅がせておく。
後は、ただひたすらに見回るのみだ。ついでにその際に見付けた可燃物を見回った後に取り除きに行ったり、小さい空き地は見通しがいいように植え込みを刈り込んだり、防火用水を汲んだり、板塀には水を掛けておいたりと、こまごましたことも合間にこなしておく。人が始終通りに出入りしていると示すためだ。住民も窓を開け放って、互いに挨拶をしあい、非常に協力的だった。
「火付けは大罪だが、それを知って、更にこの辺りを狙うとは‥‥まともな神経ではないな」
ディグニスの意見は、確かにもっともだった。
二十六日は、見回りの最中に見掛けた一人に声を掛けたところ、ものすごい勢いで走って逃げた。これは何人かが追いかけたが捕まえられず、月道から幾らか離れた場所で待機していたと思しき荷馬車に乗り込んで逃走している。一人二人の集団でないのは、馬車に乗り込んでいた人数が五人はいたことで知れた。
二十七日、この日は相手も用心したのか、怪しい人影一つ見当たらず。それでも近所の子供達を集めて、通りと各家の塀に土がぬかるんで足がとられない程度に水をまいた。この水はセーヌ川から汲み上げたが、対岸の住宅地で暴動や放火が発生しているとの報は届く。
二十八日の夕方。日は大分傾いていたが、まだ十分に明るい頃合に、マートが叫んでいた。
「変な奴がいたーっ! 油の臭いっ!!」
火系の魔法も脅威だが、油をまかれて火をつけられると消火が厄介だ。シャルウィードがそう指摘していたので、見回りの人々は見慣れない人物の荷物にも用心していた。時折行商人などが通るので、もちろんいきなり捕らえたりはしないが、マートは一目で相手を不審者と断じている。
これで相手がただの人なら大変な失礼だが、その相手は確かに不審人物だった。身を翻して逃げ出したのだ。
同行していたサーラが、呼子を目一杯に吹き鳴らした。現在この通りで笛の音が続いたら、不審者発見の合図である。他の音を聞き間違えて騒ぎになっても、とにかく用心するほうを住人が選んだので、すぐにあちこちから笛の音が応じる。サーラは位置を知らせるために、延々と吹き鳴らしていた。
「ヨハネス、ここに皆を連れてきなさい」
『さい。は〜い』
緊迫感は欠片もない妖精に命じて、フランシアが先に走り出したディグニスの後を追う。どちらもものすごく足が速いわけではないのだが、相手もふらふらしているのでもう少しで追いつけそうだ。マートは、家々の塀の上を走って、先回りを狙っているらしい。住人は別ルートで、やはり先回りをしようとしている。
ところが。
「さすがにそれは受け切れんな」
ディグニスが角を曲がろうとして、辛くも避けたのは突進する荷馬車だった。先を走っていた男は跳ね飛ばされて、通りの向こうで倒れている。荷馬車も横転して、異様に興奮した馬がじたばたともがいていた。
荷馬車から零れているのは、大量の油だった。匂いからして、調理用ではなく、灯り用のものだ。そこまで詳しいことを知る前に、フランシアが横転した荷馬車を中心にホーリーフィールドを展開した。次の瞬間には、それがファイヤーボムで破壊される。
火付けとしても、これはあまりに用意周到に過ぎる。そう彼らが思う頃には、ヨハネスと、上空で警戒に当たっていた雪華が知らせたのか、続々と通りに人が集まっていた。雪華が人がいる場所を叫ぶので、周辺に相当数の不審者が雪崩れ込んできたのが分かる。
「やあだ、間違えられないようにしなきゃ」
絶対にあんたは皆も覚えていると、何人かが心の中で思ったレオンスートは、軽口を叩きつつ、不審者も叩きのめしていた。聖職者も確かどこかに住んでいたので、多少の怪我は必要があれば治してくれると楽観的に考えて、手抜きはしない。人数で押されているのだから、そんな余裕もないのだ。
ただコナン流の彼が力一杯剣を振るうと、幾ら麻薬で常人にあるまじき怪力を発揮するかもしれない相手でも、大抵は一撃で倒れてしまう。相手は、服装だけなら一般人と同じなのだから、レオンスートはともかく迎え撃つ側の方がよほど武装している。
仮にラテリカのように、こんな時でも髪に飾りを挿したりしている若い娘でも、イリュージョンとシャドウボムで、的確に相手の人数を削っていた。スリープのほうが穏便で当人の好みかもしれないが、あっという間に乱戦模様では眠らせたところで次の瞬間には起きてしまいそうだから、攻撃魔法も致し方ない。相手も防備はしていなくても、大抵は角材など、粗末ながらも武器は持っていた。
そういう傍らで、マートは二人ばかりを相手にひたすら逃げ回っていた。なにやら楽しそうな上に、本日は羊の腸詰を齧っているので、相手は異様に苛立っている。時折誰かがその背後から殴りつけて沈めるが、マートは食べ続けていた。そうして、また不審者を苛立たせて追い掛けられている。
それとは対照的に、サーラはアデラの夫のジョリオと連携で、一人ずつ気絶させている。その背後からは、ウィザードが数名、得意な魔法を使って応戦中だ。サーラはそちらに攻撃してこようとする者を軽い身のこなしで引き付けて、ジョリオが的確に殴れるように導いている。こちらはそれなりに効率よく戦果を挙げていた。
ただし被害が出ていないわけではない。人への攻撃は今のところフランシアがホーリーフィールドで徹底して防いでいるが、それに守られていては判断力が鈍って飛び込んでくる相手以外は捕らえられない。
「考えてみれば、麻薬を使って走狗を仕立てる輩は、自らは麻薬に手など出さないのでしょうね」
愚者の中にも要らぬ知恵を回す輩が混じっているものかと、フランシアが珍しく吐き捨てるように言った。大方魔法を使うのが後ろで走狗を操る者達で、他は先程の荷馬車同様の捨て駒にされるはずだったのだろう。狙った場所がこの辺りでなければ、パリの市街で魔法の打ち合いなどというとんでもない事態にはならなかったはずだ。
更に予想も付かなかったのが。
「よし、道が見えたな」
「これだけ余裕があれば準備万端だ」
ディグニスとシャルウィードの、味方も度肝を抜かれた突撃だった。ディグニスは重装備ゆえに、『直接当たっても、なんとかしのげる』と判断し、シャルウィードは『ここまできたら気合でかわす』と念のためのオーラエリベイションを使用して、どちらも魔法の起点目指して走り出したのだ。
これを見た雪華が木臼から飛び降りてきた。もちろん二人が走る線に近く、また敵の目の前にも当たる場所だ。身体的能力は低い者が多いと言われるウィザード系は、大抵身のこなしもよくはない。目の前に飛び込んで来られると、そこから逃げ出すこともままならない者が多かった。
よって、三人が前線を大きく押し上げると、魔法の打ち合いが一方的になり、更に容赦のない攻撃が加わって。
「アデラねーちゃん、自白が引き出せないからご馳走はなしなんて言わないでね?」
「ご馳走は全部終わってからですのよ。壊れたところもありますし」
現場にいた者は、ほとんどを負傷者として取り押さえた。ラテリカもそのつもりではいたが、バードも多い住人達が何人かリシーブメモリーで捕らえた連中の記憶を覗いている。相手の男女は関係なく、負傷度合いも考慮していないのだが、住人はもちろん、冒険者にも彼らに慈悲を垂れてくれる存在はいなかった。
「あら、見て。やっぱりウィザードって、ちょっとは知恵が回りそうな顔してるわよぉ。悪知恵だけどねぇ」
「善悪の判断も付かぬなら、その知恵も一から身に付け直しでしょう」
神聖騎士と黒教会助祭の言葉ですらこれだ。
「ちゃんと反省して、大麻も止めるですよ? 傷が痛いのは、自分が悪いことをしたせいなのです」
一見しただけで年少のラテリカに諭されてもいる。
さすがに一度は魔法を喰らい、多少痛い思いをしたディグニスとシャルウィードは、次があるからと魔法治療を施されていた。雪華は本人ではなく服が傷んだので、住人が直してくれることになっている。
そうして。
リシーブメモリーで探り当てた、思いのほか月道に近い位置の隠れ家を冒険者と住人一部が強襲し、火の手が上がらないために逃亡を企てていた大麻の売人他を取り押さえた。この時も相手方に多数手傷を負った者が出たが、油断してやられては本末転倒なので、強襲した側に容赦はない。
保管されていた大麻も残らず回収し、念のための見回りはしつつも、逃げた者がいないかの確認に二日程費やして、ようやく月道近辺の放火事件は消息したと目処が付いた時が。
「アデラねーちゃん、おいらご馳走食べないと死んじゃうかも。レオンにーちゃんも、お酒欲しいって。それにね」
レオンスートが一言もそんなことは言わないし、次々と名前を挙げられた人々も『何か食べたい』など主張した事はないというのに、マートが指折り数えて食べ物の名前を挙げている。
日常生活に、いきなり戻った瞬間だった。