胡蝶の館

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月05日〜07月17日

リプレイ公開日:2007年07月14日

●オープニング

 キエフから歩けば三日ほど掛かる小さな町のその郊外に、貴族の館があるという。
 住んでいるのは女当主になるエルフの婦人と、その娘のハーフエルフ、さらには孫娘のエルフの子供。ただし婦人は齢百かそこら。娘が四十半ばで、孫は十に満たぬほど。見た目は婦人も娘もすこぶる付きの美女だという。
 他人が見れば、母と娘は種族を考えねば姉妹にも見えようし、孫娘はめったに人目に触れることはないらしい。なぜなら館で乳母達と共に暮らしているからだ。婦人と娘は時折町に現れるので、その美貌は近隣では良く知られているという。

 この館からの依頼は、最近急に館の周りに現れるようになった一団が何者かを突き止め、悪意があれば退治するなどして、危険がないようにして欲しいというものだ。
 一団はエルフがほとんどの男ばかり、少しだけ人間が混じっているようで、館の周囲で様子を伺う素振りを見せるのだという。武装している者もおり、婦人は心配を募らせているそうだ。

 この依頼は館の執事だという、老齢のエルフ男性が持ってきた。依頼そのものは滞りなく済み、掲示される直前になって、幹部の一人が依頼人の名前に目を留めた。
「この依頼、冒険者は男性がいいとか言わなかったか?」
「そう受けたまわってます。相手も不審な男連中ですし、このおうち、ご主人もお婿さんも亡くなって、あまり男の人がいないからと」
 それ自体は何の不自然もないだろうと係員は思ったが、幹部はギルドマスターまで呼び出して、依頼書を示している。なにかいわれのある相手だったかなと思案を巡らせた係員だが、最近の政争にこの貴族はまったく関わっていなかったはずだ。それだけは間違いない。
 そう思っていたら。
「依頼を受けた者には、一言伝えておきなさい。この母娘、気が多いことで一部で有名だから。今も誰かいるのではないかしら。どちらも独り寝なんてありえない言われようだけれど、話半分かしらね」
「その‥‥気が多いってもしかして?」
「浮気性なのよ。夫がいる時は違ったようだけれど、独り身に戻ってからは年に何人も恋人を作っては変えるそうだから。この家なら、押し込み強盗よりどちらか騙して金品巻き上げたほうが楽だと思うのだけれど」
「その反対に男達から巻き上げて、裕福になっていると聞き及んでいますよ。話半分でも、どちらも現在の恋人なしは珍しいですな」
「誘惑されないようにと言っておきます」
 細かいことまで言うべきだろうか、どうだろうかと考えながら、係員は依頼書を掲示板に貼り付けている。

●今回の参加者

 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5195 ルカ・インテリジェンス(37歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5634 磧 箭(29歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

菊川 響(ea0639)/ エリヴィラ・アルトゥール(eb6853)/ ルイーザ・ベルディーニ(ec0854

●リプレイ本文

 依頼人の館に最初に到着したのは、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)だった。適う限り走って、二日目の昼を幾らか過ぎたころに依頼人宅の扉を叩いている。他の冒険者が七名、翌日に到着することと、幾つか頼まれたことをまずは執事に伝える。
 ついでに依頼人は男手が欲しいと言っていたが、冒険者は女性も力量がある者が多いし、かえって身近に控えていられるので適任だよと話しておいた。
「いろんな国の流行にも詳しい人が多いから、護衛なら男女の指定はなくても平気だよ」
 執事は、ご助言いたみいると会釈を寄越した。

 実は依頼を受けた八人の中にはシュテルケより早く到着できる移動手段がある者もいたのだが、キエフなどで情報を集めていたために遅れていた。特に男性が母娘の情報を集めていたのは、件の噂と関係があるのか。単純に歩いて目的地に向かったルカ・インテリジェンス(eb5195)とオリガ・アルトゥール(eb5706)の二人より、到着が遅れた者も少なくない。
 なおそうしてカイザード・フォーリア(ea3693)が調べてきたのは、母、娘それぞれの夫の死因や時期などだ。母の相手は人間で二十年位前に老衰で、娘のハーフエルフだった夫は、八年ばかり前に本人の実家の宴で泥酔して転倒し、打ち所が悪くて死亡した。
 この依頼人の夫達はどちらも婿だったので、彼らの死亡後は後見人も立てることはなく、現在は母が女当主となっている。
 真幌葉京士郎(ea3190)が早めに到着した近くの町で通り掛かりを装って、噂を聞いたと話を向けたところでは、母娘共に性格は悪くないが、孤閨に堪える慎み深さとは無縁だと耳打ちされた。大抵の相手は何らかの用事で訪ねてきた騎士や貴族だが、たまには修行で各地を巡っている騎士や吟遊詩人、外国からの旅人などだったりするようだ。
 ちなみに性格が悪くないというのは、無茶やわがままを言わず、金払いもよく、町の男には色目を使わないことを言うらしい。果樹園などの、先祖伝来の収入源は執事が一手に経営を担っていて、こちらは人を使うのがうまいそうだ。
 それらの話のついでに尋ねてはみたが、町の人々は依頼人宅の周辺の怪しい男達のことなど知らない様子だった。
 またエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はキエフと、そこでの成果が芳しくないので町でも一番最近の『お相手』を探したのだが、明確に誰とは判らなかった。町の住人によれば、黒い髪の人間が出入りしていたが、母と娘のどちらの恋人だったまでは気にしなかったらしい。
 ごく普通に歩いて目的地に向かい、途中で個別に周辺の様子を確認してきた以心伝助(ea4744)と磧箭(eb5634)は、これらの話をざっと説明されて、オリガやルカ共々『どうも理解できない』と溜息をついていた。
 シュテルケやエルンスト、京士郎とカイザートは、彼らが到着するや否や応接間に連れてくるよう命じた母娘が、かわやを見て。
『これは珍しい動物ね。誰が飼い主なの? よく躾けてあるようだけれど、家の中では引き綱をつけてちょうだいな』
 と母ユリアが言う間に、娘のマーシャが使用人に何か指示して、すぐさま運ばれてきたのが大型犬用と思しき首輪。これには大抵明るく『コールミー、かわや』と自己紹介するかわやも、しばし固まっていた。
 残る七人が視線で押し付けあった末、教師の触れ込みで滞在するオリガが『河童とは』と母娘に語って聞かせることになった。
 彼女達の興味がかわやにある間に、他の人々は様々に理由をつけて退出している。もちろんかわやもあれこれ言われないうちに、仕事をすると言い置いて出て行った。
 一人取り残されたオリガが、心中どう思っていたかは不明だが、他の人々は一様に『あんな変わった母娘とは、あまりお近付きにならないくてもいい』と考えている。
 ちなみに取り残されたオリガは、この母娘相手に教師として何かすることがあるとは考えていない。よって孫娘に何か教えることがあればと申し出たのだが。
「娘は一昨日父方の祖父母がどうしても会いたいと迎えを寄越したので、ここにいるより安全かしらと預けましたのよ。無事向こうに到着したと知らせは届いていますわ」
 マーシャが答えたので、表向きはにこにこしながらも内心どうしたことかと思っていた。

 一方、依頼人の前を辞した七人はそれぞれの計画するとおりに情報収集や警戒を行なおうとし始めていた。最初に伝助が、周辺で目撃される男達と接触を図るために館をこっそりと抜け出していく。
 他の人々はそれぞれに目標を定めて、動き始めようとして。
「待て、蝶が」
 エルンストがしていた指輪『石の中の蝶』を示した。ゆっくりと羽ばたいている蝶が見える。
 つまり近くにデビルがいるということ。羽ばたき方からして、屋外なのは間違いがない。
 事態は予想も付かない方向に転がりだしたかとほとんどが思っていた最中、カイザードが予想していた一つを上げた。
「あの二人か、以前出入りしていた男が‥‥自称王室顧問とやらと同類なのではないか?」
 さすがに館の中で悪魔崇拝者と呼ぶのははばかられ、今なら大抵誰もが知っているキエフでの事件を引き起こした人間の男のことをあげて、カイザードは腰の聖剣アルマスを軽く叩いた。ナイト正装で、何故か仮面を持参しているカイザードは他に盾も持ち込んでいた。もしもの場合も準備は万端と示している。
 京士郎は刀、エルンストは杖と武具の備えがあり、またエルンストとルカ、オリガは魔法の使用が主になる。ルカは夜間のほうがより魔法の使い出があるようだ。
「じゃ、俺は見張ってる男の担当だね」
「ミーもそうするでござる。適材適所で速やかに仕事を終わらせるのが良いでござろう」
 魔法武器の持ち合わせがないシュテルケの主張はともかく、かわやに言動にはそこはかとなく母娘からの扱いに立腹した風情が漂っていたが‥‥そこを指摘していいことは一つもないので、皆口を噤んでいた。
 あいにくと石の中の蝶はエルンストとオリガしか持ち合わせていなかったが、皆が館の内外に散りながら今まで以上に神経を尖らせている。

 さて、誰にも見咎められないように館の外に出た伝助は、それほど掛からずに怪しげな一団を見出していた。変装のために持参してきたリュートを抱え直して、使用するのは人遁の術だ。無貌の伝助と呼ばれることもある彼なら、姿替えをして一日くらいは維持できる。声は本来より少し高めで、いかにも社交的で物怖じしない話し方を心掛けることにした。彼のこれからの身分は、話術で人を楽しませる吟遊詩人である。
 念のために使用した天使の羽は、幸いデビルの存在を伝えては来ない。
「あのぅ、ここで何をしているんですか? 果樹園の持ち主のお屋敷の方々で?」
 ちゃんと足音も普通に立てて、街道筋から適当に外れて歩いてきたといわんばかりの場所から、男達に声を掛ける。あまり真っ当な反応は返ってこないかと思いきや、相手は依頼人の館の警護をしているのだと口にした。ただしゲルマン語でもかなり訛りが強く、発音が明らかにキエフ近郊の住人とは異なっている。
 伝助のこれまでの経験から、一番近い発音の主を探すと‥‥ロシア王国の権威にまつろわぬ民、つまりは蛮族と称される人々が思い出された。聞かされていた通りにエルフの男ばかりだ。
「私は吟遊詩人でして、色々と楽しいお話を語るのが仕事です。皆さんの雇い主の方はどうでしょう、そういう者に興味がおありですか?」
「‥‥客は喜ぶだろう」
 なんとも含みがある物言いだが、依頼人母娘の評判からして仕方ないかと伝助は思い、相手が護衛を名乗ったのならまた会ってもさほど問題はないと考えた。
 それでも世間話にかこつけて、聞きだせる限りの事を聞いた結果判ったのが、彼らは歩いて三日も掛かる集落から出向いてきたこと。こんな遠くまで来たのは、この仕事を人間の黒髪の男が斡旋したからだという。斡旋などという言葉は使わなかったが、
「冬に困らぬ食料が手に入ると言い、その前渡しも確かに受け取ったので、あの家を見張っている」
 言葉遣いがところどころ独特で、家を護衛しているのか、見張っているのか判然としない物言いをするのだが、言葉を変えて尋ね直すと意味は『護衛している』だった。
 どうにも釈然としないが、これ以上のことは他の者の情報と突き合わせた方がいいと判断して、伝助は堂々と館に向かって歩き出した。

 デビルの存在を察知した七人のほうは、伝助が再合流する前にそ知らぬ顔で館での情報収集などに努めていた。
 京士郎は取り残されたオリガの救出とデビルの件を知らせついでに入れ替わり、ユリアとマーシャから依頼で聞いた話の再確認をしていた。後で使用人達にも話を聞くつもりだが、まずは男達に見覚えがないかどうか、この二人にも確認をしておくべきだろう。
 予測通りに二人共に見覚えもなければ、狙われる心当たりもないと言い切った。その割りに娘から色目を使われた気もするが、するだけなので応じるような行動は慎んでいる。なにしろ依頼で来たのだし、こういう相手にはしらばくれておくに限る。
 同じ頃にルカは執事に話を聞いていた。依頼を持ってきた当人なので、もう少し詳しい話をと水を向けるのは簡単だ。それにあの母娘が家の中を細かく取り仕切っているとは思えず、警戒用の仕掛けを張る許可も執事に貰う必要があった。仕掛けについては、館の者が引っかかってはいけないので、大体の場所を教えてくれればよいと言質を貰う。
 ただし、ルカはどこから情報が漏れるかわからないからと、当然のように申告した以外の場所にも仕掛けを張るつもりでいた。他にも色々とやろうと考えている。

 同じ頃合に、日が暮れないうちにとかわやとシュテルケは館の周辺を見回っていた。まずは様子が判らないと警戒のしようもない。それでかわやは熱心に館から見て死角になる場所などを確かめていたが、シュテルケはとても熱心に果樹を見回っていた。
「何かあったでござるか?」
「うん。果樹園の人以外がうろうろしてるのは間違いないよ」
 果樹の下を踏み固めた跡があるとシュテルケに示されても、そうした方面に強くないかわやには『そうかも』程度のことだが、果樹の世話をする人ならそんな場所には立たないということだ。見方を変えると、その果樹の陰からは館に人が出入りする様子が見て取れる。
 かわやとシュテルケではいささか心許ないが、そうした怪しい場所と目星をつけたところを観察すると、どこでも何人もが頻繁に歩き回っている気配が見て取れた。

 伝助が戻って、色々と話を突き合わせてみると、矛盾しているところばかり。執事は何も言わなかったが、エルンストが話を聞いた使用人は『冒険者が来るまで、どこかの猟師に見回りを頼んでいた』と男達がいたことを認め、オリガが孫の行き先を問うた相手は『ユリア様のお友達が預かってくださっているはずでは』と首を傾げている。このお友達は、エルンストが聞き込んでいた『黒髪の人間の男』で、どうやら母のお相手だったようだ。
「普通預けるものか? 幾らあの二人でも」
「そもそも嘘を言う辺りが怪しいではありませんか」
 エルンストの辛らつな言いように、オリガも同調している。ただこそこそと皆で集まってのことゆえ、声高ではない。皆も不審気にしていたが、この時点で深夜近い。かわやとシュテルケは見回りに出かけると言い、ルカはなにやら野暮用と主張。他の五人も無為に時間を過ごしても仕方なしと、一度は割り当てられた自室に戻ることにした。使用人用なので、二人で一部屋だ。
 だが。
 寝る前になんとはなしにオーラエリベイションを使用したカイザードは、その効果が消えやらぬうちに来訪者を迎える羽目になった。彼自身はロシア以外の生まれながら、異種族も女性の好みに加える性質だが、マーシャに訪ねてこられたとて嬉しくはない。なにしろ。
「刃物持参でお越しとは、あまりよい趣味とは言えないな」
「あら。だって外には怪しい輩がいるのだもの」
 割り当てられた部屋に閂はなく、下げてきた刃物が抜き身ならば、目的などろくでもないことに決まっている。とすればカイザードは実力行使を厭うお優しい性格ではなかったが、少々反応が遅れたのは外で鬨の声が上がったからだ。
「お相手している暇はないな」
「いいえ。あなたは強そうだから‥‥」
 殺気に咄嗟に剣を振るったカイザードは、自分がグリムリンを一体傷付けたのを見て取った。この程度のデビルの種別はなんとなくだが、経験で分からなくもない。
「とんだ淫魔の館だな」
 マーシャがにこりと笑う。
 同じ頃合、ルカは母屋の中で一枚の書状を見付けていた。木の皮に似合わぬ飾り文字で、今日の日付が書かれていた。時間の明記はないが、外の騒ぎで今がその時と知れる。
「私達を襲って、どういう意味があるのやら」
 なんにしてもかわやとシュテルケにだけ任せてはおけないと、それでも人目に立たないように母屋から抜け出したルカだった。

 はっきり言って、蛮族の集団は今回集められた冒険者の敵ではない。
 条件が、夜で見通しが悪く、相手のほうが何倍かいることを除いても、魔法使いが含まれず、デビルもごく少数ならばそれほどの脅威にはなりえなかった。
 最大の問題は、この家の者達も邪魔をすることだ。カイザードは瞬時に娘を取り押さえたが、エルンストは刃物を振り回されて魔法を使うかどうかしばし躊躇い、結局駆けつけた伝助が気絶させている。彼らは他に、建物に火を放とうとした執事を捕らえ、デビルに操られたと思しき使用人達を気絶させることにもなった。
 この間に先に外に飛び出たルカとオリガが、蛮族に適宜魔法を向けて足止めし、シュテルケとかわやに京士郎が加わって、次々と行動不能にしていく。いずれも相手を止めることと、同士討ちを避けることを優先したので、相手は散々な有様だが、止めを刺さなかっただけ感謝して欲しいところだ。
 ひとまず全員を括って、他に誰かが取り残されていないかと手分けして使用人用離れと母屋を見て回った一同は、母屋でとうに事切れた遺体を四つ見付けた。
「人ならぬ身になるには、身内を手に掛けることから始めるのだそうですな」
 シュテルケが到着する前日に殺害して、更に八人も殺せば、きっと超常の力を授けてくれる相手の気に入るだろうと、もとから冒険者を殺害するつもりで依頼を出したのだと、遺体が見付かったのを知った執事が口にした。
 なぜそのようなという問いには、頑として口を割らなかったが‥‥そんなことを母娘に吹き込んで、その気にさせた男の名前は話した。
 ウラジミールと名乗った男が偽名だったことを疑う者はいない。