スクリーマーで花嫁を
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月20日〜10月25日
リプレイ公開日:2004年10月29日
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●オープニング
冒険者ギルドにその青年がやってきたとき、受付の係員は自称『若手随一の将来有望係員』の青年だった。どちらも種族は人間、年齢は三十路に少し足りない程度。この建物に訪れる人々の中では、けして珍しい部類ではない。
けれども、係員にとても親しげに手を上げて挨拶する冒険者は稀だ。そんなことをするのは、よほどに冒険者として実績を積み、個人の実績だけでそれなりの名声を得ている人物か、個人の資質で誰に対してもそういう態度の者くらいだ。
「珍しいなー、仕事はどうしたよ。まさか今更修行に出たいって話じゃないだろ?」
「たまには休みがあるんだよ。今日は依頼に来た」
他人が聞けば、明らかに友人だと分かるような会話が、そこで途切れた。どうせ他に誰もいないのだが、係員はものすごく不可解な事を聞いた表情になり‥‥内緒話をするように、カウンターに身を乗り出してきた。
「なんの? 分かってると思うけど、冒険者雇うのは結構掛かるよ? おまえが高給取りなのは知ってるが、大変だよ? それに今、大口の依頼が相次いでて、人手が集まるか分かんないし」
畳み掛けるように囁かれ、依頼人(予定)の青年は渋い表情になった。それは自分の希望をやんわりと留められて不機嫌と言うより、『大口の依頼』に関わる顔色のようだ。係員に『知ってるだろ』と更に畳み掛けられ、憮然とした顔付きで頷いた。
「知らないはずがあるか。商人ギルドはどこも大騒ぎだぞ。‥‥俺、身を固めようかと思ってるんだよ」
「そうそう。商人ギルドだけじゃない。多分ドレスタットの冒険者ギルドも大変なことになってるさ。で‥‥なんだって?」
「身を固めようかと思っている」
「悪いが、ここで嫁の斡旋はしてない。自力で探してくれ」
言った途端に、係員の頭に拳骨が降った。もちろん依頼人(予定)の青年が見舞ったものだ。ごく当然のことだが、青年は冒険者ギルドに結婚相手の紹介を求めに来たわけではない。
「国の大事に個人的事情で悪いが、個人的には一大事だ。スクリーマーを採ってきてくれる冒険者を捜してくれ」
「スクリーマー? ああ、叫ぶでかいキノコ。そんなのの名前、よく知ってるなぁ」
拳骨が効いたのか、依頼を受ける態度に変わった係員が、友人の台詞に怪訝な顔付きになった。『身を固める』つまり結婚と、スクリーマーは普通結びつかない。もしも相手の親が反対していて、何かしらの条件を出すとしても『スクリーマーを採ってこい』はないだろう。たまにはそういう親もいるかもしれないが、友人は娘の縁談相手としては申し分ない仕事に就いている。そもそも反対される理由が思い付かない。
色々考えたが、係員には理由が分からなかったので、本人に直接話してもらうことにした。幸いにして他に客がいないので、『言えよ、友達だろ』攻撃が使える。
結果。
「おまえ、スクリーマーが食いたいなんて言う女と、本気で結婚したいのか! さっきも言ったが、冒険者は高いぞ。大枚はたいて、わざわざそんなけったいな趣味の持ち主じゃなくても、言い寄る女に不自由しないくせに! 隣のエリーだって、おまえに色目使ってたろう!」
「エリーは四年も前に、いい縁談で結婚したろうが。だいたい、おまえだって普段は『結婚はいいぞ。子供は可愛いもんだ』って、娘二人を見せびらかしに来るくせに」
「うちの娘は、本当に可愛い」
以後しばらく、非常に見苦しい言い合いが続いた上に、依頼人(予定)が挙げた相手女性をたまたま係員も知っていたので、なんともいえない悲鳴が上がる一幕まで付いた。
やがて。
「おまえ、子持ちに惚れなくてもいいだろうよ。ま、友達のよしみだ。この依頼は、目立つ位置に張っといてやる」
係員はこれまで知らなかったが、依頼人の青年は以前に『香草をとってきてほしい』と依頼を出し、それを使って、意中の女性とお近付きになったらしい。今度はスクリーマーを渡して求婚でもするのだろうかと、友人の頭の中身を探ってみたい係員だった。
そんなことを考えながら、掲示板を眺めた係員は、依頼人を振り返って前言を撤回した。
「この辺の、もっと切迫した依頼の人数が集まったら、おまえの依頼も目立つところに張ってやるから」
「それはまあ、いいよ」
そんなこんなで、『スクリーマーを採ってきて』依頼は掲示板の片隅に、ぺたりと張られたのだった。
●リプレイ本文
つまり、と源真霧矢(ea3674)は言った。
「コレに『スクリーマーが食べたい』とねだられたつーわけか?」
「あいにくと、まだコレじゃない」
依頼人と源真、腕組みをしつつ右手の小指を立てて話をしている男二人の傍らで、エレア・ファレノア(ea2229)は不思議そうに小首を傾げていた。彼女は、源真達の『小指=コレ』の図式がよく分からない。
「コレって、なんでしょう?」
分からないので、自分も小指を立てて尋ねてみる。と、まず源真が頭を下げた。
「わいが悪かった。真似せんでくれるか」
「あー、深い仲の女性を指す仕種なんだけど」
無作法で申し訳ないと、男二人が詫びるので、エレアは鷹揚に謝罪を受けた。ついでに依頼人に、自分の要望を通しておく。
それを聞いていた源真は、また一言。
「なんや、よその町に下手物食いの女と結婚したいからって言い触らされてもええんか」
「職場ではとっくに言われてるからいい」
そこまで覚悟が決まっているならと、源真とエレアは別々の気分で依頼完遂を前向きに誓った。スクリーマーで釣れるかもしれない花嫁がどんな人物かは、エレアしか聞いていなかったけれど。
ともかくも、出発なのである。
ところでスクリーマーと言えば。
「悲鳴を聞いても死ぬわけじゃねーのか」
それなら楽勝だろうと、ハルワタート・マルファス(ea7489)が口にする。彼は今回の依頼を受けた中の半数を占めるエルフだ。他にエレアとミリア・リネス(ea2148)とガゼルフ・ファーゴット(ea3285)がいた。
この中でガゼルフの姿は非常に変わっている。ハルが一目見て、以降は見ないようにしているものだ。ミリアは最初に相当驚いたようで、『かわいくない』と一言呟いたきり、明らかに見るのを避けている。
これは種族の違いではなかろうが、人間のユリア・ミフィーラル(ea6337)はあまり気にしていない。そうしてハルや他の全員に対して、にこやかに言い切った。
「でも、悲鳴で失神はするよ〜」
挙げ句に彼女、ちゃっかりと耳栓を用意していた。それを見て、シフールのミーファ・リリム(ea1860)がロバの上から身を乗り出した。
「ミーちゃんも欲しいのら〜」
今回の依頼は自分が役立つと信じていて、その認識に間違いはないミーちゃんは、声高に要求する。と、横からジャック・ファンダネリ(ea4746)が手を出して、非常に小さな塊を二つ、ミーちゃんの手に落とした。シフール用の耳栓など、初めて見た者が大半だろう。
「風に飛ばされてなくすなよ」
「心配ないのら〜。これで明日は完璧なのらよ〜」
ちなみに彼ら八名は、一日の大半を歩き通して、すでに問題の崖の近くに到着していた。今は焚火を囲んで、明日の作業の確認だ。
日暮れ直前に見た崖の中腹には、確かにこんもりとした繁みが一カ所。大きな岩棚にしぶとい低木が生えて、そこにまた蔓草やらなんやらが引っ付いているものらしい。スクリーマーがいるとしたら、そこより他にはないだろう。スクリーマーも生えているわけだが。
まだ見ぬ叫ぶキノコは多分そこだが、彼らの前には別のキノコがいたりする。それがなんとも言えない扱いを受けているガゼルフだ。
『きびだんご キノコ風味(想像)』
そんな札が下がった白い巾着袋に身を包んでいると言うより入り込み、頭に丸い黄色のハリボテ、その上に更にキノコの形のハリボテを付けて座っているのだ。
なお、キノコはミーちゃんがハリボテだと確認した。『食べられないのら〜』というとても残念そうな響きの呟きを、これも全員が耳にしている。食えたらどうすると、思ったかも知れない。
そんなけったいな人物込みで、けったいな依頼を遂行しなくてはならない彼らは、いつもの依頼同様に早く就寝しようとしたのだが‥‥
「男の人四人で一つのテントより、二人で一つのほうがいいよね?」
ユリアがちょうど人数分あるテントの一つ、四人用テントに女性陣が寝るべきだと言い出したことで、場は少々緊迫した。多分に男性三人の間でだ。
シフールのミーちゃんを含む女性が四人用のテントなら、余裕を持って寝られるので、これは間違っていない。これには誰も文句はなかった。
だが、では誰があの『きびだんご』と寝るのかというのが問題だ。交代で見張りがあるにしても!
「ここは、人間とエルフで分けるってのは」
「そんな図体のでかいの同士で入るかよっ」
しばし熾烈な争いが繰り広げられたが、その間に女性陣はさっさと四人用テントに潜り込んでしまったのだった。
だから、彼女達は結論を知らない。
そして翌朝。
天気は秋晴れ、気温も暑くなく寒くなく、過ごしやすい一日が始まろうとしている朝。
「勝手にキノコを取ろうなんぞ、許さんっ!」
「まあまあ、そう興奮なさらずに」
ミリアが最初のアタックを試みているのは、事前情報通りに現れた『キノコ狩り命のご老人』だ。腰はちょっと曲がり、顔には深いしわが何本も刻まれ、背中に背負った籠は小さめで、ついでに言うならミリアより小柄。ある意味かわいい感じの、どこにでもいそうなおじいちゃんだが、問題が一つ。
興奮の余りにぷるぷる震えている手に、抜き身のナイフが握られている。危ないこと、この上ない。
それを見て取り、ジャックがミリアの脇に立って、万が一のことがないように警戒していた。ハルと源真が何をしているかと言えば、巨大キノコを押さえ付けている。なにしろ薄い木の板に『きびだんご(以下略)』と書いてある物をおじいちゃんに差し出そうとして、先方は興奮してしまったのである。
二、三発、ぽかすかやったかもしれない。
そういう光景がおじいちゃんに見えないようにというわけではないが、説得にはユリアとエレアも加わった。もう少し穏やかに説得開始したかったのは誰しも同じだが、まずは目の前のこの御方をなんとかせねば、スクリーマーを採るどころではない。
でも、ミーちゃんはその場を離れて、こっそり崖の中腹に向かっていた。遮るものもないので簡単に飛んでいき、こんもりした茂みを横から覗くと‥‥確かに毒々しい色彩の大きなキノコが見える。高さで彼女の身長を上回り、横幅もそれに見合うだけあるキノコは、さすがに抱えて飛べそうにはなかった。
そういう時用の案で、籠を上から吊って、ミーちゃんが切り取ったキノコを乗せて引っ張ってもらうことになっていたのだが、そのための人手は現在おじいちゃんに揃って捕まっている。
「大変なのら〜、早く食べたいのらにね〜」
運良くキノコは四本もある。一本は依頼人に渡すとして、他の三本は食べてしまってもいいはず。同じことを考えているエレア、ハル、ジャック、カゼルフも喜ぶことだろう。
しかし。
「そこのシフール! 死ぬぞー!」
突然下から叫ばれて、その声に驚いてミーちゃんは墜落しそうになった。おじいちゃんの周囲では、皆が耳を押さえている。スクリーマーに叫ばれる前に、突然の攻撃だった。
「よいか。あのキノコのおかげで、うちの隣のペーターは死にかけたんじゃ。若さに任せて、危険な真似はするものじゃない!」
「そりゃあ、百年も生きてないから若造だがよぉ」
「それは種族の違いですから。でも穏やかでないお話ですのね」
一番近くにいたミリアが目に涙を溜めて耳をさすっている間に、ハルが憮然として口にしたことを、エレアが苦笑混じりに宥めている。だが彼女が続けたように、確かに穏やかな話ではなかった。
スクリーマーなら叫び声は上げても、他に害はないはず。まさか似たような別の毒キノコなんてことは‥‥
「それはない。ペーターはあのキノコを採ろうとして、悲鳴に驚いて崖から落ちたんじゃ」
「私たち、そうならないように気を付けますから、採らせてくださいな〜」
「駄目じゃ、危ない!」
『善意の第三者って、邪魔やなぁ』
源真が思わず口にしたぼやきは、それが彼の母国語だったので誰にも聞き咎められなかった。しかし理解すれば、頷いた者は何人もいるだろう。
しかし、である。
「おお、いたぞ。アンジェの言う通りだ」
どう見てもおじいちゃんと知人友人と思われる一団が、男女取り混ぜて、似たような姿でやってきた。善意の第三者、大集合。
「ここの人は食べないんでしょ? それなら用心して採るから、分けてくれても」
「「「「だめ、危ないから」」」」
「どうしても必要なんだ!!」
「「「ぎゃー、化けものっ」」」
「‥‥ところで、皆さんの服装はキノコ採り用ですか? 自分で採ったキノコはさぞかし旨いでしょう」
ご尊老達が頑なな態度を崩したのは、ジャックがそんなことを言い出してからだ。エレアもどんなキノコが採れるのかなどと水を向けたので、『危ないから採るな』の大合唱が、今度は『キノコ採り自慢話大会』に変わる。
下りてきたミーちゃんはうっとりと聞き惚れ、エレアとミリアとユリアは料理話に身を乗り出し、ガゼルフは熱心に聞き入っている。源真とジャックは適宜相槌を打っているが‥‥ハルは早々と人の輪から外れていた。エルフの若者が珍しいおばあちゃん達に小突かれるのに疲れたらしい。
ただし、小突かれつつも聞いていて分かったことがある。最初、彼らはご尊老の説得が失敗したら、キノコ採り競争を申し入れてみようかと話していたのだが、それは絶対に受けてもらえないと言うことをだ。ご尊老達のキノコ採りは一人か、夫婦、または親子で森に入るもので、良いキノコが採れる所は他人には教えない。もちろん冒険者が森に入るのは嫌がるだろう。
そんなわけで、世間話からなんとか説得を成功させたいところなのだが‥‥
「あんたら、なんであのキノコが欲しいの」
ご尊老の中では一番柔和な雰囲気のおばあちゃんが、会話の途中で不意に尋ねてきた。ここで『よし!』と勢い込んだ者は複数いるが、一番乗りは巨大キノコエルフだ。
「それがないと、知り合いの彼女が病気で死んでしまうんです〜〜!!」
言うに事欠いて、何を口走るか!
源真の肘鉄がこっそりヒット。人の輪に戻ってきたハルが遠慮なく踏み付け。ジャックはあまりの勢いに驚いたおばあちゃんに落ち着き払った笑顔を振りまいた。
「彼はちょっとしたことも大げさに言うので」
「本当は、あのキノコを採っていけば、ある殿方の恋が実るかも知れないんです」
そんなわけで、なんとか採らせてもらえませんか。エレアのこの台詞で、手を変え品を変え言葉遣いを変えてのお願いは十回以上になる。と、おばあちゃんは急に涙目になった。
「なにかい。どこかのお嬢ちゃんが病気で、あのキノコが食べたいとか言ったのかね。それでその恋人に頼まれて採りに来たのかい?」
「「「「「「「「え‥‥?」」」」」」」」
「人を雇うんだから、きっといいところのお嬢ちゃんだね。恋人って、もしかして親に反対でもされてて、あのキノコを持っていけば結婚が許してもらえるとか?」
反論したかったが、おばあちゃんは聞いちゃいなかった。
「聞いたかい、みんなぁ、かわいそうだよぉ」
それ以前に、おばあちゃんの話はあちこち矛盾している。だが、ご尊老達は勢いに負けていた。
「あ、あの、ちょっと違うんです」
ミリアがようやく口を挟んだときには、もう遅い。ご尊老達の顔付きが違っている。
「そういうことなら仕方がない。わしらが危なくないように手伝ってやるから、採っていきなさい」
依頼人から事情を説明してもいいと言われているエリアも、ミリアと声を揃えて正しい情報を提供しようとしたのだが、また巨大キノコが飛び出してきた。
「ありがとうございます〜っ」
源真がどこで覚えたのだろうと訝しむ、ジャパンの土下座。気の良いおばあちゃん達が、先程とは打って変わって埃を叩いてやっている。それを横目にミーちゃんが。
「じゃあ、採るのら〜!」
拳を振り上げたので、作業開始だ。
そして、あっという間に終わる。四本とも綺麗に採れた。
途中スクリーマーが三回叫ぼうと、地元住民の協力により完璧な引き上げ態勢を組んだ冒険者にはどうということもなかったのだ。もちろん耳栓もしておいたし。
でも、だけど、しかし。
「来た時に最後の休憩を取った場所に行けば、十二分に広さがあるから」
「歩きながら薪を集めないと、夕飯が真夜中になるよ。え、あたしが作るの?」
「これを食うんか、これを」
「旨いらしいじゃん、一応」
ハルの魔法で一番いいスクリーマーは凍らせて、他のは別に籠に入れて、ジャックと源真の馬に乗せ、彼らは夕暮れの道を急いでいた。本当は町の近くで夜を明かし、それから帰りかったのだが、ご尊老達に急き立てられて出発せざる得なかったのだ。
仕方がないので、指をくわえてスクリーマーを眺めているミーちゃんとガゼルフを急き立て、野宿できそうな場所に急いでいた。エレアとミリアは、あれを一度調理したことがあるというユリアの腕に期待しているらしい。
スクリーマー、皆が予想していたより、案外美味しかったようだ。
けれども。
「通う職場も教会も同じで、家族の名前もお互い知ってて、あそこの娘らに懐かれている自覚のある俺に、この試練かよ‥‥」
依頼人は、スクリーマーの現物を見て、がっくりと項垂れた。
「頑張れ」
「どうか、お二人ともお幸せに」
冒険者達の励ましがどれほどの効果を生んだかは、見ただけでは分からなかった。
でも後は、当人達の問題だろう。