賭博酒場の平穏な日常

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月07日〜08月13日

リプレイ公開日:2007年08月15日

●オープニング

 キエフの街から歩いて一日と半分。
 先を急ぐ旅人や行商人はまず立ち寄らない小さな酒場がある。
 名前は賭博酒場。通称ではなく、本当にそういう名前だ。
 知る人ぞ知る、大変にささやかな賭け事を楽しむための酒場である。

 なにしろ。
 一度の賭け事に賭けていいのは銅貨だけ。
 それも五枚まで。
 飲食を賭ける場合も、一品のみ。
 この店の一番高い品物は銅貨三枚。
 熱が入リ過ぎると、店主に止められる。
 賭け事で身を持ち崩さない程度に遊ぼうという、非常に変わった酒場なのである。
 あんまり儲からないようだが、店主はそれでいいらしい。
 だからこの酒場は、ちょっと非日常を味わいたい人達が立ち寄る場所になっていた。

 ところが。
 その店主が青あざだらけで、常連客に肩を貸され、冒険者ギルドにやってきた。
 彼が言うには、先日宿に怪しげな男女がやってきて、酒場を乗っ取られたそうだ。
 どうやら彼らは酒場で大規模な賭場をするつもりらしい。
 それで店主を文字通りに叩き出し、店を乗っ取ってしまったのだ。
 店主はたまたま尋ねてくるところだった常連客に助けられ、キエフの知人宅で療養中である。
 依頼はもちろん、男女を追い出し、出来れば役人に突き出してほしいとのこと。
 また来られてはかなわないので、きっついお仕置きをして欲しいそうだ。

 それから少し後。
 今度はその酒場の常連だと名乗る男達がやってきた。
 彼らが言うには、賭博酒場に乗り込んできた変なエルフの男女に大枚巻き上げられたのだという。
 体格が良い彼らは、力尽くで取り返そうとしたらしい。
 けれども男女のどちらかが魔法を使うので、仕方なく逃げて来たそうだ。
 魔法の種類はさっぱりだが、仲間同士で殴り合いをさせられたとか。

 さあ。
 庶民の娯楽の場所を取り戻しに行こう。

●今回の参加者

 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5180 エムシ(37歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)
 ec1053 ニーシュ・ド・アポリネール(34歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec2055 イオタ・ファーレンハイト(33歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 ec2843 ゼロス・フェンウィック(33歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec3554 何 静花(19歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)/ ヴェロニカ・クラーリア(ea9345)/ キリル・ファミーリヤ(eb5612

●リプレイ本文

 そもそもこの依頼は、色々と不自然なところが多かった。
 なぜ依頼人の一方、店主は自分が属する村なりの領主などに訴え出ずに冒険者ギルドを訪ねたのか。また、乗っ取り犯を役人に突き出すことを重要視していないのは何故か。
 もう片方の依頼人、常連を名乗る男達も同様になぜ冒険者を頼ったか。彼らは事実常連なのか。常連だとしたら、なぜそんな大金を持っていたのか。
 そもそも賭博酒場は本当に庶民の娯楽場だったのか。
 こう疑いだすと、元々賭場を開催していた酒場であることも手伝って、賭け事で負けて店を取られた店主が事実と異なる理由をつけて依頼を出したのではないかとか、裏で大金が動く賭場を開いていたのではとか、そこを金に目がくらんだ常連に乗っ取られた挙げ句、彼らも雇ったエルフの男女に手玉に取られて追い払われたのではないかとか‥‥色々と出てくる。
 単純に、店主は怪我で歩くのもやっとだから冒険者ギルドが近かった。常連達はやましいところがあるので、役人に訴えられなかったと考えてもいいのだが、判断するには材料が足りない。
 仕方がないので、冒険者達は幾人ずつか分かれて、まずは情報を集めることにした。

 まずゼロス・フェンウィック(ec2843)は様々な情報の裏を取るために、冒険者ギルドから盗賊ギルドと繋がっていそうな情報屋への繋ぎを依頼して断られた。表向き『存在しないギルドに繋ぎは取れない』と言われたが、実際はギルドが個人の依頼で情報屋に借りを作る訳には行かないということらしい。酒を扱う商人でも当たりなさいとすげなくされている。
 賭博酒場はキエフの直轄領地ではないが、仕入れで関係しているのではないかと言うことで、ゼロスはそちらに向かった。

 そして、依頼人の一方の店主に会いに行ったイリーナ・リピンスキー(ea9740)は、好意が相手を怒らせるという困った体験をしていた。付き添ったヴェロニカと、一緒に話を聞きに行ったイルコフスキー・ネフコス(eb8684)も困惑している。
 イリーナは、店主に時間を割いてもらったのだからと見舞い金と回復薬を渡したのだが、冒険者と店一軒の主とはいえ一般人の店主イワンとは金銭感覚に多大な開きがあったらしい。雇った相手に金貨を貰ういわれはないと、怒ってしまったのだ。傷はまだ痛そうだが、回復薬も受け取らなかった。
 それでも世話になっている知人のエルフの老翁がとりなしてくれて、店を乗っ取られた話はちゃんと聞けた。イリーナとイルコフスキーが物言いは柔らかに怪しく思う部分を細かく尋ねたのだが、店主の話に胡乱なところはない。
 店が乗っ取られたのは、ちょうど十日前。まだ日が高いうちのことで、相手は人間ばかり六、七人だった。親玉が四十半ば、女は一人で多分三十半ば、他は二十代後半から三十代半ばまで。人数がはっきりしないのは、店の外で見張りをしていた人数が分からないからだ。
 男達の四人ほどが、客かと思って迎え入れたイワンを問答無用で殴り付け、一人で満足に歩けなくなったところを放り出したと言う。そのまま誰も通らなかったら死んでいたかもしれないが、常連客に助けられたので、キエフで養生できている。相手が乗っ取りに際してイワンに止めを刺さなかったのは、彼いわく。
「殺しは簡単には見逃しちゃくれないからじゃないのか」
 乗っ取りなら頼る相手と金次第でなんとかなるかも。この意見には、イルコフスキーもイリーナも大変に不満だったが、世の中そういう役人がいないわけではないのでイワンを責めても仕方がない。
 そんなことより、月魔法を使うエルフの男女など知らないと、イワンと老翁が口を揃えた事のほうが重要だ。

 依頼人のもう一方、常連を名乗る男性達に会いに行ったニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)とレイブン・シュルト(eb5584)は、心中穏やかならぬ状態だった。二人共に、ナイトの嗜みとして、人を使う技術も相応に学んでいる。当然それなりに人を見る目があるのだが、目の前の連中はいかにも怪しかった。
 酒場でエルフの男女に金銭を巻き上げられたのは、一週間前だという。冒険者ギルドへの依頼が五日前で、酒場とキエフの距離を考えれば妥当なところだ。酒場の店主が仕入れで数日留守にする間、ちょっと商売がうまくいって懐も潤っていたし、留守番を引き受けて滞在していたところに、問題の男女がやってきた。それから半日ほどで、彼らは有り金全部を巻き上げられて、魔法まで使われて賭博酒場を追い出されたのである。
 レイブンもニーシュも、相当堪えた。エルフの男女のことに付いては、依頼人達の言う事は矛盾がなく、口調もすべらかだ。けれども自分達の商売のことに始まり、店主についての情報が妙にうわついて、思い出しながら話している印象を受ける。冒険者ギルドの受付がこれで騙されるとは思いがたいので、その時はしっかり憶えていたものを問い直されて、必死に思い返している風情だ。お粗末な記憶力である。
 ただ証拠はないことなので、店主の言い分に、まだいるのか不明のエルフの男女からの情報も揃えて、事実関係を把握しないと駄目だと意見の一致を見ている。

 この頃、他の六人に先んじてエムシ(eb5180)とイオタ・ファーレンハイト(ec2055)は賭博酒場近くまで到着していた。イオタが戦闘馬にエムシを同乗させたので早い。
 酒場の様子を確認するべく、パラのマントを纏って建物に近付いたエムシは、内部の様子が予想を大きく裏切っていることに気付いた。彼は感情を露わにする性格ではないが、ちょっと考え込む素振りを見せたあたり、よほど予想外だったのだろう。
 酒場の窓から中が容易に覗けたのは、窓の板が真ん中から割れていたからだ。そして覗いて見ると、中ではエルフの男が覚束ない手付きで板を切っている。窓を直したいらしいが、エムシの見立てでは、あれをつけるくらいなら割れたままのほうがまだいい。細工物が得意でもないエムシが思うくらいだから、当人も作業に乗り気ではなく、溜息をついていた。
 すぐには動きそうにない男はとりあえず置いて、彼は今度は女のほうを捜した。こちらは裏に掘ってある井戸のところにいたが、これまた要領を得ない手付きで水を汲み上げていた。キエフの子供でも、彼女の三倍は早く水を汲めるだろう。
 エムシの判断は、二人があまり肉体労働をしたことがなく、家事もしないで済んだ生活を送っていた、手先を使う仕事をする者となった。あいにくとどちらが月魔法の使い手かは、見ただけでは分からない。
 ちなみに名前は、男がミドリ、女がモモ。偽名っぽいが、そう呼び合っている。
 そのあたりまでをエムシが掴んでいた頃、近くと言っても歩けば小一時間は掛かる食堂に出向いたイオタは、幾つか興味深い話を聞いていた。彼は賭博酒場の噂を以前に聞いたふりをして、最近の様子を尋ねている。
 結論、賭博酒場は基本的に店主が話したとおりの善良な賭場で、賭け事好きからは『あんなの子供の遊びだ』と軽んじられている。ただしこの店では身代が傾くような賭けは出来ないので、ちょっと遊びたいがのめりこんだら怖いと思うような人々が常連として通っているようだ。
 念のため、最近代替わりしていないかと尋ねたのだが、代替わりは七、八年前にイワン二代目からイワン三代目に引き継がれただけだと笑われてしまった。代わりに、店主のイワンが留守にしていて、訪ねてきたエルフの男女が仕方ないので留守番をしていると聞かせてくれた。
 他の人々が聞いた情報はさっぱり知らないイオタには、話が複雑怪奇になっていく一方だが、食堂の女将ががっしりした体格で武器も持っているイオタだから心配はないと思うがと口にしながらも、最近柄の悪い見かけない男女が通ったばかりなので気をつけろと教えてくれた。こちらは全員人間。
 なお、彼が聞いた中で最も重要と判断したのは、留守番のエルフ男女の男のほうが吟遊詩人だと名乗ったということである。
 その後合流したイオタは、酒場には入れるならば入って、エルフ男女ミドリとモモの人となりを確認したかったが、エムシがその案に難色を示したので皆の到着を待つことにした。
 ところがキエフでは、イリーナがイワンにリシーブメモリーの使用を持ちかけたことでまた話がこじれてしまい、イルコフスキーに後から顔を出したゼロスも入ってとりなすのに随分と時間を食われてしまった。魔法の説明を聞いたイワンの主張は、『こちらの話を疑うのか』だ。老翁が『記憶違いがないかの確認だろう』と言い聞かせてくれたが、この解釈も少し違う。などと言ったら余計に大変なので、この場では誰も指摘しなかったが。冒険者と違い日常的に魔法を見ることなどないイワンや老翁には、『かなりたくさん記憶を覗かれる』と効果絶大に思われたようだ。
 あまりに興奮すると傷に悪いからと、イルコフスキーが勢いで押し切ってリカバーを掛けて怪我を治してやり、恩が出来た店主は怒るのは止めた。
 ニーシュとレイブンがそのあたりのことも説明されたのは、キエフの日が暮れた頃である。キエフ組が先行したイオタとエムシと合流できたのは、翌日の昼近くのことだった。
 相変わらず、壊れた窓は直っていない。

 さて、全員分の話を集めて検証すると。
「一番怪しいのが依頼人その二だよね。ミドリとモモは何者だろう?」
 イルコフスキーが首を傾げるのも当然で、愛想もなければ饒舌でもないエムシが生真面目に偵察してきたところでは、二人は本日も店の修理をしている。
「イワンの墓参りと口にしていた」
「あの店の店主、代々長男はイワンという名前だそうだ。知り合いは皆、初代、二代目、三代目と呼び分けている」
 たまにそういう家もあるが、紛らわしいことこの上ない。エムシの発言に補足したイオタは、二代目が八年近く前に他界したと聞いている。ミドリとモモは、二代目の古い知り合いかもしれない。
 ちなみにエムシが言うには、ミドリが三十と少し、モモはその一回り下だから、百歳近くと七十歳くらい。
「掟が本物で何よりですが、自称常連がわざわざ我々を雇うからには、相手は相当の使い手でしょうね」
 荒事に持ち込まなくて済むならそうしたいニーシュだが、相手が自分達の言うことを素直に聞くかはまったく不明だ。なにしろ自称常連達に対する態度は、かなり穏やかではない。
「お金のことでは色々と問題になる点もあるから、きちんと話を聞くか、しかるべき筋に確かめてもらうべきかな。こんなことなら、店主にも来てもらうのだったか」
 怪我を治してもらったイワンは自分も行くと言い張ったのだが、昨日のやり取りを見ていた老翁の制止が入ったのだ。自称常連との顔合わせは、まだ行なっていない。更に自称常連達は宿を変えているので、探す時間もなかった。依頼期間が終わるときには、ギルドに報告を聞きに来ると受付に連絡が届いたらしいが。
 ゼロスとしては、金銭面以前に皆も不審に思っている『本当に常連か』が分かれば一番だと思っているが、店に居座っているのはミドリとモモだ。こちらの対応も急がなくてはならない。
 そんなわけで、中に入ると言ったイリーナと荒事になった場合に頼りになるレイブンが客を装うことにした。待ち合わせと称して、状況によりイオタが訪ねる予定だ。
「ここで待ち合わせをしているので、中で待たせてもらえるか」
 イリーナの申し出に、案外と礼儀正しい態度でモモが外がよく見える窓際の席をどうぞと示してくれる。窓は相変わらず割れたままなので、今度はレイブンがそ知らぬふりで尋ねた。
「こちらの窓は叩き壊されたように見えるが」
「うん」
 あまりの素直な返事に、会話が続かない。
 二人が気を取り直して色々聞きだしてみると、モモ達は知人を訪ねてきたのに、店で別人が賭場を開いていたため、混ぜてもらったら大勝ちしたと言う。それはどういう勝負だと問えば、
「向こうはいかさま。あたしはやり返し」
 賭け事に誘いはしないが、モモは職業博徒だと隠しもしない。
 途中からミドリが話に加わってきて、彼らが貴族や商人など金持ちに雇われて宴会の座興を勤めるのだと判明した。吟遊詩人のミドリもでしゃばらず、モモは宴会場の隅で賭け事を主催するのが役目。どちらも『仕事』なので、こうした酒場では主の許しなく賭け事はしないらしい。
 そして、こんなモモの博徒人生はこの賭博酒場で始まって、この心構えも二代目に仕込まれたのだと言う。三代目は知らないが、キエフまで来たので、二代目の墓参りをしようと思い立ったようだ。
「いかさまを見ると勝負に行って、必ず相手をこてんぱんにやり込めてくるので、後始末が大変ですよ」
 この会話はエムシを通じて皆にも伝わっていたので、イオタが待ち合わせ相手として店内に入った。これまでの情報を整理すると、店主とこの二人でまず双方の主張を確認させ、自称常連を見つけ出して矛盾点を追及すれば、一番悪い奴が自然と燻り出されてくるだろう。となれば、元からイオタが主張していた通りに、事前通告をしたらよい。
「我々はこの店の店主に頼まれて、店を乗っ取り犯から取り戻しに来た。店主に会いたいなら、我々同席の上で、この店に来た折の出来事を詳細に説明して欲しい」
「その身のこなしと物言いからして、お貴族様でしょう? こちらのお二人も」
「私達の前の雇用主の紹介状の紋を見せますから、あなた方の紋章も確認させてもらえれば」
 後にイルコフスキーが『しっかりしているね』と感嘆し、紋章に縁遠いエムシは二人と一緒に皆の紋に注目し、皆が見せるなら自分もと進んで身分を明かしたニーシュは親戚筋の家名を言い当てられたが、ミドリとモモはそれを済ませると速やかに荷物をまとめて、壊れた窓は外から板を打ちつけて戸締りした。
 最終的に。
 店主イワンとミドリ、モモを対決させても面識もなく、二代目の話もきちんと通じるし、双方が語った出来事の間に矛盾点はなく、依頼の報告をする最終日。
 事情を聞きに来たと称する自称常連が、イワンとミドリとモモを見て逃げ出したので、皆で追いかけて捕らえる騒ぎとなった。
「彼らが店内のお金を持ち出していると思うのですが」
「あ、返す」
 ゼロスがイワンに帳簿などもよく確認して、被害は役人にきちんと届けるようにと助言した横で、モモがずっしりと重そうな皮袋を取り出した。
 この金を全部返す、店にあった分だけだと彼らがやりあっている間、ゼロスは言いだしっぺ、イルコフスキーとイリーナは聖職者、ニーシュとイオタとレイブンは騎士だからと立会いを求められた。お金のことはきちんとしたいらしい。
 でもエムシに同席を頼んだ理由が『あんた珍しいから』で、本人以外から滔々と説教される原因になっていた。
 賭博酒場の再開は、これで半日遅れただろう。