●リプレイ本文
キエフから歩いて二日の村。広大なロシア王国、そこまで行かなくとも十分に広いキエフ公国の中で、この距離なら首都キエフに程々に近いと言えなくもない。
けれども、そこまでの道のりに都合よく人の集落があるとは限らず、また依頼を受けて行くからには最低限食料は必要なのだが、今回イコロ(eb5685)とイオタ・ファーレンハイト(ec2055)はこの基本を失念していた。
不幸中の幸いは、他の五人の持参した保存食に余裕があり、それを融通してもらえたことだ。後は全員が野宿しても大丈夫な装備は持参していたことだろう。そうでなければ、村に着く前にいささか衰弱していたかもしれない。
結果として、一行は無事に目的地に辿り着いている。
一行が依頼を受けた冒険者であることを告げたところ、依頼人は怪訝そうな顔になった。こんなときにも猫風の獣耳ヘアバンドを離さないアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)を見て不審に思ったわけでも、一見すると冒険者には見えがたいイコロが不自然だと考えているようでもない。男性二人の間で視線を行き来させ、話し掛けたのは雀尾嵐淡(ec0843)に対してだ。実年齢はともかく、この一行の中では最年長に見えなくもない。あくまで雀尾やイオタと同じ、人間である依頼人の感性でと推測した場合だが。
「あの、やっぱり他にも何人かおいでになるのでしょう?」
あちらの三人は監督の方ですかと、直接ではなく尋ねられたのはイリーナ・リピンスキー(ea9740)、オルガ・バラバノフ(ec0538)、ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)。神聖騎士とバードとファイターだが、女性でハーフエルフという共通点がある。
「いや、これで全員だ。冒険者には女性も多いし、そうだな、この中では俺が一番弱いくらいかもしれないぞ」
皆で全力を尽くして、まずは家を取り戻すので色々聞かせてほしいと言われた依頼人のみならず、村の外れとはいえモンスターが居座っていることを心配していたらしい村人達も、雀尾のこの説明には半信半疑の表情を隠さなかった。特にハーフエルフの三人を働かせていいのかと迷っているようで、ロシア生まれのオルガとイリーナは『自分達は率先して働くべき能力と立場があるのに』と少しばかり思う。
「領主か代官の顔が見てみたいものだな」
イオタの呟きはもっともだが、
「兎にも角にも、バグベア退治だにゃー」
ルイーザの掛け声の方が、より皆の共感を呼んでいる。頑張るよーとからからと笑った彼女の様子に、依頼人は度肝を抜かれていたが。
ひとしきり名前など名乗ってから、依頼人が説明してくれたところによれば。
依頼を出した後に、村の猟師がこっそりと様子を伺ってみたところでは、バグベアは五体いるらしい。大体どれも同じ大きさで、雨風を凌いで、食料がある依頼人宅で勝手気ままに暮らしているようだ。猟師が見たのは日中だが、よい天気の日で家の前でくつろいでいたとか。夜は万が一にかち合ったらいけないので確認しておらず、村の周囲に近付いてこないかだけ交代で不寝番をして見張っている。
なお依頼人の家は部屋数は三部屋、入ってすぐが暖炉もある居間で奥を寝室に使い、もう一部屋は日用品や仕事に使う道具を一式しまってある。居間には必要最低限の品物しかおいていないが、卓だけは客人が来ることも少なくないので一人住まいだが六人掛けの大きなものを使用しているそうだ。椅子は八脚ある。
「きっと色々なお客が来て、楽しい話がありそうだけど、それを聞いてる場合じゃないよね。ええと、偵察に使うから、家の図面を書いてくれる?」
アナスタシア、自称猫耳アンナが依頼人に頼んだら、部屋が四つある家を書いた。居間は大きく、寝室はその半分程度、物置にしている部屋はもう一回り小さくて、更に同じ屋根の下に別の戸口から出入りする食料庫がある。犬を飼っている都合上、村の人々に頼んで家畜を飼ってもらい、その肉を定期的に運んでもらって生活している。
「今回は、その肉が届いたばかりのところで襲われて‥‥いや、肉はまた用意できますけど、犬がどうなったか。一匹でも欠けると、契約違反とかで手付金返さなきゃいかないもんで‥‥それにこれからの商売にも差し障るし」
「わかったよ。バグベアを退治したら、犬を探すのはぜひ一緒にやろうね。それでいいよね?」
イコロが同意を求めたのは、他の六名にだ。なにしろ依頼人の指示しか聞かないのでは、見付けても容易には近付けない。依頼人に来てもらうのが一番だという点では、全員異議もない。
となれば、バグベア退治の具体的な方法を検討することになり。
「この部屋だが、畑は作っていなくとも、何か武器になるようなものはしまっていなかったか? それと薪のように、振り回して危険なものがある場所も教えてほしい」
イリーナの質問には、薪割用の斧と犬小屋周辺の柵を修理するための鋸と槌、小型の鍬があがった。薪は食料庫の横の壁沿いに積み上げてある。後は天秤棒くらい。
ただし元々依頼人が目撃したのと、猟師が確認したところでは、バグベア達は錆びているものもあったが剣を持っているのが三体、棍棒を持っているのが二体と武装はしている。天秤棒よりは、棍棒のほうが太いので危険だと思うとの話だった。
「バクベアを捕まえたら、犬のことを尋ねておきます。もし何も知らなかったら、きっと森の中で元気ですよ」
あまり心配せずに待っていてくださいねとオルガにも諭された依頼人は、冒険者はモンスターの言うことも分かるんですかと口にして、何人かを苦笑させていた。
依頼人の家の見取り図と周辺の様子を確認して、一同が考えたのは、バグベア達をいかようにして外に誘き出すかということだ。人数では自分達が勝っているが、相手もけして弱くはないし、なにより武器を持っている。下手に逃して村に駆け込まれては大変だし、逃がしても今回のことで味を占めて別の集落を襲う可能性が高い。
となると、五体全部の位置が確認できる場所に全部引きずり出したいところだ。ちょうど家の前は開けていて、場所には不自由しない。その上で、一体ずつ確実にしとめていき、五体全部を倒すのが理想である。
一体ずつ仕留める間、他の個体はイオタが引き付けておこうと自ら言った。それだけの力量もありそうだが、オルガやアンナ、イコロが臨機応変に対応することにしておく。うまく行けば、手分けして二体同時に仕留められるかも知れないのだし。
そしておびき出すのは、オルガに何か奏でてもらい気を引くのと、イリーナが余分に用意してきた干し肉を燻す案が上がり、それで駄目なら雀尾がクレイジェルに姿を変えて引きずり出すと言ってくれたが、相手が複数だとかえって危険かも知れず、こちらも臨機応変だ。ルイーザの『自分が囮になる』は聞いていた依頼人が卒倒しそうになったので、ちょっと難しい。
この時にたまたまイリーナが、依頼人に本当に犬の食料は大丈夫かと問うたのだが、狼犬はかなりの高値で取引されるものらしい。村人達は餌にする鶏などを飼って現金収入を得ているので、また仕入れればいいという。それなら一時的に犬を預ける分、餌代とイリーナが干し肉を出し、その時に彼女が結構な量を持っていることに気付いたアンナとイコロが手を打った。
この肉と引き換えに、鶏を一羽譲ってもらえば、鳴き声でバクベアの気を引けるかもしれない、と。
依頼人宅の様子を先んじて確認したイコロは、バクベアが一体、屋外にいるのを見付けていた。食料庫の扉は開け放してあり、蝶番が一つ壊れていたという。ただしバグベアは手ぶらで、食料庫に入っていくところだった。
ここでいささか予定を変更したのが雀尾だった。彼はミミクリーでクレイジェルに変化しようと考えていたが、それをするには着衣のままでは具合が悪い。だからと言って、さほど離れていないところにバクベアがいるのに、視界が遮られるところで準備することも出来なかった。
更に、クレイジェルの移動速度がこの場の誰も正確に答えられなかったので、相手が逃げたときの捕捉出来るが危ぶまれると、この時になって気付いたからだ。姿を変えるのも戻るのも、多少は時間を要する。着衣の件を無視しても、走って逃げたり、誰かを追うバグベアに追いつけなかったら悪い結果を招くだろう。それなら腕だけ伸ばして挑発したりするほうが、防御の点で不安はあっても今回はまだよさそうだ。
「それだったら、体重を乗せての一撃を喰らわせる方が効果的かもしれないな」
「そのあたりは始まってからだろう?」
こんな会話の間にアンナのブレスセンサーで、食料庫以外の屋内に四体の反応があることも判明していた。それで相手の正確な場所も分かって事前準備は完璧と、イオタの口調は軽いが、浮ついてはいない。ただ。
「重い一撃は、背が低くてもイオタのほうが得意そうにゃー」
うきゃきゃっと場違いなほどに明るいルイーザの一言には、ちょっと顔色が変わっていたが。さすがにそれについては、誰も何も言わない。
時間は昼近く、イコロの魔法も使うに支障なく、小脇に袋に入れた鶏を抱えつつもしっかりと身構えていた。その横で、オルガが竪琴をかき鳴らした。音が出ればなんでもいいとはいえ、やはり慣れた楽器が使いやすいのだろう。それと、人がいると知ればバグベアが何らかの行動を起こす可能性もある。
案の定。
「二体、動き始めたのね。どうする?」
アンナが尋ねるのは、イコロに対してだ。魔法の確実な発動を考えると、効果が薄い。ならば複数の魔法をぶつけて効果を挙げようと、彼女達にオルガを加えた三人は打ち合わせ済みだった。アンナが地面に書いた見取り図の一点を靴の爪先で指したのは、自分達が狙う相手を武器を取る四人に知らせるためだ。
イコロが袋の口を緩めると、今度は狭いところに閉じ込められていた鶏が激しく鳴いた。この声で、残る二体も動き出す。鶏は可哀想だが、袋ごと木の枝に吊るしておいた。
そこから。
ぐるりと回って、ルイーザと雀尾が家の入り口と外に出たバクベアの間に立ち塞がる。危うく中に飛び込まれるところだったのは、雀尾がミミクリーで防いで、後は二人掛りでその一体に当たる。雀尾がミミクリーで相手を小突き回しているところに、ルイーザが飛び込んで一撃食らわせるような戦い方だ。バグベアが防具を着けていないので、彼女達の振るう刃は的確に傷を与えられる。
似たようなことを、イリーナとイオタも行なっていた。ただしこちらは一人ずつ。イリーナは魔法攻撃の三人が狙うバクベアを、視認しやすい位置に追い込んでいる。次々と魔法が当たって暴れ狂う相手から身をかわしつつ、ロッドを振るう。他に比べて大変なのは、このバクベアだけがイリーナと似たような、ただし古いロッドを持っていたことだが、それを承知で相対しているイリーナは盾もしっかりと構えていた。
イオタは剣に盾と、武器は違うがイリーナと似たような装備で、こちらは空手のバクベアを相手取っている。ただし三体。力押しで時間稼ぎをするだけの力量はあるとの自信と、ナイトとして誰より危険な場所に向かうのが使命だと考えているような行動だ。息の根を止めることが目的ではないので、ぎりぎり一杯のところで自分の役割を果たしていた。
イオタが踏ん張っているうちに、雀尾とルイーザに腕と足の腱を斬られ、イコロとアンナ、オルガの魔法であちこち傷を負った挙げ句にイリーナのロッドで頭を陥没させられたバクベアが倒れる。止めを刺すのは後にして、皆、次のバクベアに掛かっていき、
「ライトニングサンダーボルトって、なかなか難しいわ」
周囲に無用の被害を与えない、当然仲間を巻き込まないとのオルガの意見にまったく反対する理由もないアンナが、効果は高いが使い時を考える魔法についての思案を口にしたのが、五体のバクベアの息の根が完全に止まった時だった。
誰も後始末のことは考えていなかったが、さすがに依頼人を呼ぶ前に敷地の隅に死骸はまとめておく。どうするかは、依頼人にも尋ねないと、勝手に埋めるわけにもいかないだろう。
バクベアの死骸は、依頼人と村人が掘った穴に冒険者が投げ入れて、しっかりと埋めた。近くに他のバクベアがいないことを確かめて、村人は敷地に水をまいている。血の臭いで連れ戻した犬達が興奮しないようにと依頼人が頼んだからだ。
見れば、確かにイリーナの犬やイコロの狐と猫、オルガの子猫も落ち着かない様子だ。ただこちらは本来犬用の柵の中に放されているので、その臭いのせいかもと依頼人は悩んでいる。そのうちに広い場所で気ままにうろうろし始めたので、余計に分からない。
「うちの犬が戻ったら、縄張りにうるさいから手近に置いてあげてくださいね。野良だと思ったら、襲うんで」
ペットの安全が心配になるような相手だが、その犬達を探すのも仕事のうちだ。
アンナは依頼人に歩きやすい場所を示しつつ、時折ブレスセンサーで周囲を探り、イコロは猟師の経験を生かして足跡などが残っていないか目を配る。オルガは鳴き声がしないか、一生懸命に耳を済ませていた。テレパシーでバグベアに犬のことを尋ねたけれど、相手は何のことだか分からなかったので捕まっていないと確信していた。
雀尾はフライングブルームで上空からそれらしい群れがいないか探していて、イリーナは犬が通りそうと教えられた場所に肉片を撒いている。匂いで寄ってくれば、足跡が残ったりして動向が掴みやすいだろう。イオタとルイーザはそうした一団に付き従うようにして、周辺を警戒していた。
これをして二日目の早朝。オルガとルイーザが昨日通ったあたりで鳴いている声を聞きつけた。方向を示されて、雀尾が上空をそちらに向かい、目いっぱい吠えられて戻ってくる。数と外見が合致する群れを見付けたと、明るい報告付きだ。
後は依頼人が一緒に行って、群れを率いて戻ってくれば良さそうだが、箒が空を飛ぶだけで仰天していた依頼人は二人乗りなど恐ろしがって歩くと尻込みする。無理やり乗せて送り出したのが誰かは、言わぬが花だろう。
フライングブルームの後を追って地上を移動していた六名は、やがて野犬の群れに襲われているようにも見える依頼人が見当違いの方向に行きかけたところに追いついたが。
「なんかどのわんこも、あたしを見る目が怖い気がするんだにゃー」
ルイーザがぼやいた通りに、犬達は一同に警戒心も露わな様子だった。バグベアのことなど分からないのだから、まあ仕方がない。
依頼人からは、礼の言葉を延々と聞かされた。