素敵?なお茶会への招待〜豚、ブタ、こぶた

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月10日〜09月15日

リプレイ公開日:2007年09月20日

●オープニング

 皆でお金を出し合って、、豚を買う。
 それを飼って、増やす。
 たくさん増えたら、皆がおなかいっぱい食べられて幸せ。

 こういう単純だが、『どこから買う?』だの『誰が豚の世話をする?』だの『増えたら世話はもっと大変だろう?』だの『そもそも誰が絞める?』といった難題を全て無視して、パリの一角で『豚飼育出資者募集』を開始してしまったのは、某所でお茶会ウィザードと言われるアデラである。
 かなり無茶故に、月道に勤務するアデラの仲間達も当初はほとんどが冗談だと思っていたのだが、ある協力者のおかげで話はどんどんと進んでいる。
 この協力者は、アデラがよく出向いている冒険者ギルドの受付嬢だ。無謀にも冒険者ギルドに『豚飼ってください』と依頼を出そうとしたアデラに応対して、正しい道筋を示してくれた人物らしい。出資者の中心である月道管理塔の人々は、あいにくとこの受付嬢の名前を知らない。
 どうせなら諦めると言う選択肢を示してくれればと思っている人もいるが、パリ冒険者ギルドを中心に着々と築かれ始めている『お肉の友繋がり』には、これは願ってもない話だったのだ。その証拠に、冒険者ギルドからもちらほらと出資者が出ているのだから。
 そして今頃、出資者代表により豚が買い取られていることだろう。

 この計画では、出資者は最初に豚を買うためのお金を負担する。
 買われた豚は、先日の災害でパリから移住した人々も暮らしているエテルネル村に預けられ、そこで育てられる。大きくなったら、雄豚を中心にお肉になる予定だ。
 世話をしてくれるエテルネル村には、今後産まれる子豚を一定割合で譲渡することで礼金に換えると、きちんと話がまとまっていた。

 ここまで行けば全て順調かと言うと、そんなことはない。
 現在豚がパリまで来る算段は出来たが、今度はエテルネル村まで送り届ける必要がある。これにアデラが出向く予定なのだ。
「荷馬車の準備はしましたの。お馬さんも付いてますわ。二台ありますから、四頭。豚とお馬さんと鶏の餌も届けてもらうお約束ですし、自分達の分のご飯も用意しましたわ。テントもありますの。これで大丈夫ですわよね?」
「鶏を入れる籠は?」
「あら大変」
 こんなアデラも、一応は既婚者だ。夫のジョリオは当初冗談かと思っていた一人で、『冒険者ギルドで受けてもらいましたの』と聞いた時には、座っていた椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。しかし、人様を巻き込んで始めてしまったからには、今更止めたなどとは言わせられない。それなりの金額を出していた。アデラほどではないが。
 更にこの家からは、飼っているのはいいがこの夏の間にわさわさ増えた鶏を村に譲ることになっていた。正しくは全部は世話をしきれないので、一部引き取ってくださいというお願いである。。これを入れる籠は、もちろんアデラが用意しなくてはいけない。
 後は不足はないだろうと、納屋から大きな籠を出してきたアデラを横目に、先程あげられた品物を思い返していたジョリオは何か気に掛かるものを見てしまった。
「アデラ、何をしているんだ?」
「畑もちょっとお世話が行き届かなくて、この香草ばかり増えてしまいましたわねぇ。それとあの木苺の若木、生えてきちゃいましたけど、切らなきゃ駄目だって言われてますのよ。あっちの林檎の木も‥‥」
 夫婦である。妻が考えていることは、夫もすぐに察した。
「相手が必要かどうかもわからないのに、持って行こうとするんじゃない」
「食べ物ですわよ〜。きっといると思いますけど、いらなかったら街道の途中に植えてきますわ」
 翌日、ジョリオが仕事に行っている間に、アデラは畑で繁茂し過ぎた香草数種類と、木苺、林檎のひょろりとした若木を掘り返し終えていた。
 掘っただけでへたばっていたので、仕方なく運びやすいようにしたのはジョリオだ。押し付けなのであまりに申し訳なく、今後のお付き合いのためにも、念のために手紙をしたためておくことにした。相手が読めるか分からないので、その場合の代読は冒険者にお願いすることになるだろう。
 子供の時に何度か食べるものがないという状況を味わっているアデラが、ちゃんと食べられることに大変なこだわりがあることに、ジョリオも最近ようやく気付いたのである。彼の妻は多分無自覚だが、食べるものがたくさんあると幸せになれるらしい。他人もそうだと信じて疑わない。
 細かいことはさておいても、今回の『お土産』が施しではなく、それをやらずにいられない心持ちの人間の行動だと説明しておくのが、ジョリオが考えるところの礼儀であった。世話が負担なら断ってもらって構わないと考えている。なにしろ契約外で一方的な行動だから、先方の意向が優先だ。
 持って行くなと言えばいいのだろうが、それが出来ないところは惚れた弱みである。
「アデラ、十五日までには帰ってこれるのか?」
「きっと大丈夫ですわよ、多分」
 彼らは月道管理塔勤務。今現在が各種手続きその他で忙しいときなのだ。アデラが何日も休めるのは、破格の扱いなのだが、十五日にはいないと困る。
 冒険者に頼むことがもう一つ増えたジョリオだった。

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 依頼の初日、リュヴィア・グラナート(ea9960)はかなり早い時間にアデラの家を訪れていた。畑の世話が行き届いていないだろうと推測しての行動だ。この推測はアデラの家の実情をよく捉えている。
 でも、先客がいた。もちろんマート・セレスティア(ea3852)。相変わらず、自分の家であるかのように台所で鍋の底のスープを汲んでいた。口にはパンをくわえている。
「アデラ殿は?」
「むひょう」
 家主が庭にいるのに、雇われたはずの冒険者が食事しているのは不思議な話だが、いつものことなのでリュヴィアはすたすたと庭に回った。
 そうして、そこで林檎と木苺の若木を一本ずつ、香草が数種類、土ごと運べるようにしてあるのを見付けた。アデラは水をやっているところだ。
 庭の一角では、豚がぶひぶひ言っている。鶏も小さい囲いに追い込まれ、後は籠に入れるばかりとなっていた。
「あらぁ、おはようございます。他の方はまだですのよ」
 さすがにここで、リュヴィアも『待て』と思った。じゃあ、台所にいた『あれ』はなに?
 他の人々が到着した時に、マーちゃんがリュヴィアに怒られていたのも、ある意味いつもの光景である。よって、誰も気にしない。
 皆が気にしたのは、もちろんアデラが整えた『準備』だった。依頼を受けるのは初めての天津風美沙樹(eb5363)までどきどきしていたくらいだから、アデラも有名になったものである。師匠のサラフィル・ローズィット(ea3776)は、そのことをまったく喜ぶわけにもいかなかったけれど。
 なにしろ『次々と気泡が浮かぶ緑色の液体』とまで噂になっているのだ。さすがにお茶会常連の人々も、『次々気泡が浮かぶお茶』にはまだお目にかかっていない。変な緑の液体なら、度々見てもいるし、何度かは口にしてしまっているのだが‥‥
「ジョリオ様とお約束しましたので、十四日までにはなんとしても帰っていただきますけれど‥‥アデラ様、人様に差し上げるのに若木が一本ずつでは褒められませんわよ?」
 どうせないよりはあったほうがいいと思っているに違いないとサラは思い、アデラの考えはまったくその通りなのだが、差し上げるとしても一本ずつではたいした実りの期待も出来ない。もうちょっと深くものを考えなさいと、久し振りにあった挨拶もそこそこに、サラはアデラの教育に勤しんでいた。
 この間に、サーラ・カトレア(ea4078)はジョリオからエテルネル村村長への手紙と伝言を預かっている。聞けば村長のデュカスは冒険者もしていたので、読み書きに問題はなかろうが、もしもの時はサーラも代読は可能である。
「ものを差し上げるのも、色々と大変ですのね」
「復興途中の村だと聞いたから、人手が十分でないところに仕事を増やすのは気が引ける」
 エテルネル村とは縁のないサーラも、復興途中と聞けばなるほどと思わなくもない。
 だが今回の豚関係の依頼は、ラテリカ・ラートベル(ea1641)とヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)、セレスト・グラン・クリュ(eb3537)が引き続いて請けていた。他にマーちゃんと美沙樹もだが、片端から関わっているのはヘラクレイオスとマーちゃんだ。ラテリカと美沙樹は豚を引き取りに行くのを、セレストはエテルネル村での受け入れ準備を行なっていた。
 大体皆、今までの依頼を受けていない人も含めて、『とうとうここまでやるのか』とアデラの所業に感想を抱いている。ジョリオもそのあたりは承知していて、やれやれと思っているのが伺えた。
 まあ、それはさておき。
「ご一緒するのは、アデラさんとシルヴィちゃんとマリアちゃんとアンナちゃんですよね。ルイザさんはやっぱり収穫祭の準備でお忙しいのでしょうか」
 自分の旦那様も仕立て屋さんで忙しいのですよと、外見の印象を著しく裏切る発言をかましたラテリカの推測は合っていた。収穫祭シーズンが近い現在、幾ら政情がいささか不安定だろうが、物価が上がろうが、お祭りのための衣装の注文は増えている。こういう時期だから、気分を盛り上げるのに新しい衣装と理屈をこねる女性陣も少なくないのだろう。ルイザはすでに工房に泊り込みだ。
 よって、同行する女の子三人に手伝わせ、荷物と動物を馬車に積むことを始めたが。
「御者はわしと天津風殿でやろうと思うが、皆、足はどうするつもりかな?」
 誰かが馬車に乗るなら、豚の積み込みにも気を使わねばとヘラクレイオスが尋ねると、さすがに冒険者は全員移動手段を確保していた。よって、アデラをヘラクレイオスの隣に、三人は美沙樹の操る馬車の荷台に乗せることにする。豚はヘラクレイオスの馬車に、鶏と植物、その他の荷物は美沙樹の馬車に積み込む予定。一部、皆の馬にも分けて載せることにした。
 セレストもセブンリーグブーツは持っていたものの、馬車に余裕があるので美沙樹達の馬車に乗ることにした。時々女の子達がマーちゃんの空飛ぶ木臼に乗せてもらうと、それほど馬の負担にはならないはずだ。
「途中で卵産んだら、食べちゃっていい?」
「マーちゃんずるいーっ」
「割れたら困るから、それは食べてもいいけれど‥‥いい? 食べるってことは、神様から生きる権利を受けた命を貰う事なのよ。食前のお祈りには、そのことも忘れたら駄目よ」
 鶏の籠を前に、よだれを流さんばかりの小さい人達に、セレストは懇々と言い聞かせた。女の子達はちゃんとセレストの方を向いていたが、マーちゃんは右耳から左耳に音が抜けている。セレストも、マーちゃんにもう一度言い聞かせるかは、少し悩むようだ。それは他の人も同様だろう。
 この様子に、美沙樹が懐からこっそりと取り出していた包みを、またこっそりとバックパックに移し変えていた。それは彼女の大切な虹色の卵だ。何が出てくるか分からないが、間違ってその辺に置こうものなら誰かに飲み込まれてしまいそうな危機感を覚えている。
「噂以上にすごいところのようですわね」
 ものすごい思い違いをされた気配もあるが、美沙樹の独り言は誰の耳にも入らなかったので訂正する者もいない。
 豚のほうは、人の顔の区別が付くわけではなかろうが、元いた場所から連れてきた人が三人も混じっているためか、慌てず騒がずのんびりと荷台に載せられている。この時に、リュヴィアが予想外に上手に豚をあしらったのだが。
「ふむ。熱心に面倒を見たことはないが、どういう動物かはそこそこ知っているからな」
 植物のみならず、動物の扱いにも優れていることが判明した。他は知っていて馬、ロバの扱いなので、これは助かる。リュヴィアはもっと得意な者がいれば、そちらに任せたかったが‥‥彼女が一番手であった。
 やがて鶏が籠のまま、よっこらしょと積み込まれて、いよいよ出発だ。

 発案者のアデラが隣に座っているので、ヘラクレイオスは道中目的地の様子を説明してやっていた。セレストにも頼まれたが、なんといっても発案者にして出資者、きちんと事情は理解してもらい、エテルネル村との間に齟齬が生じないように務めてもらわなければならない。言いだしっぺには、それだけの責任があるものだ。
 その点はアデラも承知していたが、彼女は豚が気になって仕方がない。何かと構おうとするので、ヘラクレイオスがその度に止めていた。
「豚とて生まれ育った場所を離れて、長く運ばれておるのだ。気も高ぶろう。なにより最初の飼育が肝心じゃぞ」
「家畜は大事にしないと駄目だと父がよく言っていましたけれど、構うばかりではいけませんのね‥‥新しいところは、広いですかしら?」
「その点は心配ない。この豚を譲ってくれた村で色々と工夫しているのを見たからの。エテルネル村でも手直ししておきたいものじゃ」
 あいにくと今回はそこまでの時間があるのか怪しいが、ヘラクレイオスはしっかりとやる気だ。一度請けた仕事、しかも物作りで、ドワーフの自分が遅れを取るなんてあってはならないとでも考えているのだろう。アデラは広い場所なら安心だと、なにをどう思い描いているのか、勝手に納得している。
 だが、アデラの言葉を自分の愛馬の上で聞いていたリュヴィアは、少し不思議に思った。アデラの親も確かウィザードで、家畜をたくさん飼っていたとは考えにくい。なんで娘に家畜の話をしたのか、なんとなく繋がらない。
 それで、長い道中退屈していたことでもあるし、さっそく尋ねてみた。
「アデラ殿が鶏を飼うのは、父君の影響か? 色々手広くしていた方のようにも思えるのだが」
「ん〜、復興戦争の時にあちこちの方に助けていただいて、色々知識を蓄えたのだと言ってましたけれど‥‥確かに鶏を飼ってましたわ」
 あぁ、復興戦争かと、他国の生まれのヘラクレイオスやリュヴィアが思い、前後を馬で進んでいたノルマン出身のサラとサーラが振り返ったのだが、アデラはちっとも気付かない。挙げ句に。
「鶏って、首を落としても時々歩くのがいますでしょう?」
 あれを見て以来、絞めるまでは家畜は大事に、気持ちよく過ごさせなきゃと心の底から思いましたと言われても、皆、何も言う言葉が見付からない。この中にもそういう場面を目撃した者がいなくもないので、思い出してちょっとどころではなく嬉しくない気分にもなっていた。確かに、たまには歩くけど、そんなにあっけらかんと言われるとは思わず。
 ここで最初に気を取り直したのは、師匠のサラだった。
「アデラ様、刺激的なことを口になさるときは、それを言ってもいい時と場所かを考える習慣を身につけていただきませんと」
 それだけではなくて、何かする時、時にお茶に関しては常に後のことまで考慮した上での行動をと、サラの『語りかけ』はしばらく続いた。人はこれをお説教と呼ぶ。
 ついでなので、サラはお茶についても延々と注意していた。行った先での香草の使い方講座はリュヴィアも引き受けてくれているので、アデラの出番はないのである。そうとでも言っておかないと、また変なお茶でも淹れてしまったら大変の一言では済まない事態が起きてしまう。
「‥‥でも、今回はアデラさん、寄り道したいとは言いませんね」
 サーラの感嘆は事実だが、聞こえたら刺激してしまうと、サラとリュヴィアが彼女に静かにと身振りで語りかけている。アデラは現在、ヘラクレイオスの話から載せてきた藁で縄をなうのに熱中していて、道端の雑草には目もくれていない。
 この状況は、全員にとってとても好ましいことであろう。

 もう一両の馬車は、非常に賑やかだった。鶏も時々騒ぐが、一番は上空を速度を合わせて飛んでいるマーちゃんと女の子三人が賑やかに会話しているからだ。話題は主に近付いてきた収穫祭のこと。というよりは、ご馳走の話である。
 後はたまに、空を飛ぶアイテムの話など。もちろん女の子三人共に乗ってみたがったし、マーちゃんも乗せることに異議はなかったのだが、美沙樹とセレストと、横を驢馬で移動しているラテリカが絶対に駄目と言ったので我慢である。これはちゃんと理由があることで。
「女の子が、スカートであれに乗ったらいけませんですよ」
 ラテリカが言う通りである。なまじ普段お茶会で顔を合わせていて、相手のことを見知っていたのが良くなかったのか、アデラもシルヴィもマリアもアンナもいつもと同じスカート姿で出発していた。馬車ではそれでいいのだが、さすがにババ・ヤガーの空飛ぶ木臼に乗るのはよろしくない。
「知ってる人しかいないから、平気だよ」
 マーちゃんはあっさり言うが、もちろん却下。知っている人の中には、ヘラクレイオスがいてくれて一安心だ。女ばかりだったら、また屁理屈をこねたに違いない。
「ポプリは豚さんが生まれた村で、牧羊犬ならぬ牧豚犬をしたですよ。エテルネル村でもわんこさんがお役に立ちそうなので、どんな感じか見てもらおうと思っているのです〜」
 空を飛ぶのはお預けになった三人がぷーっと膨れたので、ラテリカが目的地の話などを語って聞かせ始めた。この辺りは吟遊詩人の本領発揮で、マーちゃんまでもが聞き入っている。ポプリは自分の話になっているのに気付いているのかどうか、馬車の上で気持ち良さそうに日向ぼっこの体勢だ。おなかを出してごろり。
 そんなことをしているうちに休憩を取ることになり、女の子三人はすかさず着替えてきた。さっそく木臼で飛びたいのだが、
「セレストねえちゃん、ごはん〜。サラねえちゃんもごはんとお茶〜。早く〜」
 マーちゃんは食事のことに夢中で、またまたお預けだ。アデラにお茶と言わないので、美沙樹は勝手に『ああ、やっぱりすごいんだ』と思っている。それ自体は間違いではない。
 そのアデラは水を作って、豚と馬に飲ませたり、料理やお茶のために桶に溜めたりしている。美沙樹とラテリカとヘラクレイオスが馬達の世話をしている間に、サラとセレストが食事の支度をするのだが、マーちゃんはその周辺でつまみ食いの機会を狙っていた。いつもの攻防が繰り広げられている。
 サーラとリュヴィアが女の子三人を連れて、焚き付けにする枝を拾いに歩き回っていて、運良く大きな枯れ木を見付けた。ヘラクレイオスが加わって、これを手頃な大きさに切り分け、夕食分の薪も確保した。
「余ったら、エテルネル村の方に使っていただけばいいですわよね。一泊させていただくのですから、燃料は持参しておくに越したことはありませんもの」
 とても真っ当なアデラの言い分に、マーちゃん以外が『お茶もこういう感じで考えられればいいのに』と心底思ったが、それとこれとはおそらく彼女の中では別問題。
 ただ。
「そういえばアデラさん、今回もお茶を持ってきているの?」
 保存食に手を加えたり、持って来たパンを温めなおしたりした昼食の最中に、セレストがお茶と騒ぐマーちゃんを横目に問いかけたところ、当然のようにアデラは頷いた。とうとう本物が見られるとどきどきしている美沙樹が操っていた馬車に載せていた荷物の中から、籠を一つ出してくる。
 当然のごとく、植物に詳しい人々は『この移動中に、変なお茶など淹れさせられない』と籠が開くのを注視し、ヘラクレイオスはアデラが積んでいたワインを堪能して対応を他に任せている。
「あら、あの葉っぱと似ていますね」
 緊張していた人々の中で、最初に首をかしげたのはサーラだった。彼女には土に生えていた葉と乾燥したものを一見して同じか判断するのは難しいが、今回は乾燥させて間もないせいか形がよく分かったので言えたことだ。『あの葉っぱ』とは、アデラがお土産に持参した香草のことである。
 そうして、程度の差はあれ植物について知識がある人々は、一様に自分の目を疑った。籠の中にあったのが、ごく普通の香草を乾燥させたものだからだ。香草茶では、とてもよく目にする代物である。このお茶なら、飲んでも何の心配もない。
 けれども、相手はアデラであるからして。
「アデラ様、他には何も持っていらっしゃいませんでしたの?」
「先方でお茶を飲む段になってから、配合を考えるのはいただけないが」
 サラとリュヴィアにやんわりと言われ、探りを入れられたとも言うが、アデラは『他』に生の香草を指した。そちらはエテルネル村で植えてもらえるなら渡すものだから、手をつけるのはまずいと一応考えているらしい。
 そして、はたと気付いた。
「新しい配合のお茶は、今回はお茶会ではありませんから持っていくなとジョリオさんに言われましたのよ。こんなに期待されているなら、やっぱり持って来るべきでしたわ」
「‥‥ラテリカ、ジョリオさんは正しいと思うのですよ」
 今からでもめぼしい草を摘んで来ようかと立ち上がりかけたアデラを止める人々を見ながら、ラテリカが呟いている。まったくその通りだねと頷いたのは、マーちゃんとヘラクレイオスだ。
 誰も期待していないと、姪っ子三人に言われたところでアデラが考え直すはずはなく、午後の道行きではヘラクレイオスやリュヴィア、サラとサーラが代わる代わる『馬車から降りない』とアデラに注意していた。
 美沙樹が操る馬車のほうでは、こっそりと対策が話し合われている。

 やがて、一泊目の夜。
 豚と鶏も馬車から下ろされて、それぞれに縄や紐で逃げ出さないように立ち木にくくりつけられた。時々縄が絡んで悲鳴が上がったが、道中疲れていたものと見えて、餌を食べると早々に寝てしまった。鶏は日が落ちると途端に静かになっている。
 人のほうは、馬や驢馬も含めて世話をして、周辺に危険がないかの確認もして、テントを張り、食事の支度をして、夜間の見張りの順番を決めたりと忙しい。食事はすっかりと日が暮れてからになった。アデラは皆が心掛けて忙しくさせていたのに、テントの周りの雑草を幾らかむしっている。サラ、リュヴィアが一見したところ、毒にも薬にもならない雑草だが、当然お茶になるものでもない。味の保証もなく、毒がなくてもおなかにこないとは限らない代物だ。
 それをアデラが藁で茎をくくり、自分のテントの入口に吊るしたのを見て、セレストとシルヴィが視線を交わしている。
「ヴェルテ、皆さんのためですから、ちょっとだけ困ったロバさんになってくださいですよ」
 今度美味しいものを食べさせてあげますからねと、ラテリカは自分の驢馬にお願いしている。アデラの雑草茶材料は、うっかりヴェルテが食べてしまったことになるからだ。すり替えても見ればアデラも分かるだろうし、捨てればまた摘んで歩く。ヴェルテが美味しそうに食べていたといえば、じゃあ今回はそちらにあげると言うだろうといったのは誰だったか。
 ヘラクレイオスは『言わせるのだろうな』と思ったが、雑草茶に愛着があるわけでもないので、もちろんのことだんまりを決め込んだ。現在は依頼中、危険物は排除するに限る。
「今回の依頼は、無事におうちまでお帰しして成功ですから」
 サーラの言うことはもっともである。
 こんなにも他人の気をもませているアデラはといえば。
「あ‥‥この間、ジョリオさんがルイザに頼んでお洋服を仕立ててくれたのは、お誕生日だったからですのね」
 リュヴィアにルーンネックレスを、セレストにハーブ入りの枕を貰ってひとしきり喜んでから、そんなことを口にしていた。当然サラの『教育』が始まる。
「聞きしに勝る御仁のようだわ」
 美沙樹は次々と起きる、普通の依頼では滅多にお目にかからない展開に目をぱちくりさせていたが、この不用意な一言で他の人々から様々なこれまでの出来事を聞かされる羽目になるとは、この時は思ってもいなかった。
 翌日夕方。エテルネル村に到着した折には、美沙樹もすっかりとアデラ通になっていたが‥‥世の中にはなんとまあ不可思議で面白いことをする人がいるものかと思っていたりしたらしい。
 ただしそんな彼女も、雑草茶を飲みたいとは、やはり考えてはいない。

 さて、目的地のエテルネル村に到着して。
「アデラ様、昨日お話ししたことをもうお忘れですか」
 村長のデュカスが若いといらぬ感嘆を大声で表明したアデラに、サラが今回何度目かそろそろ数えるのも周囲が面倒になるお説教を始めた。デュカスも豚飼育依頼の発案者が思いのほか若いと思ったようだが、口にしないだけの分別はある。
 いずれにせよ、到着は日が暮れる頃合だったので、一行は案内された家で一泊させてもらうことにした。細かい打ち合わせや申し送りは、明かり用の油が勿体無いので翌日になってからだ。
 この期に及んでも、雑草を摘みに行くのではないかと皆は警戒していたのだが、アデラはハーブ枕がよほど効いたのか、姪っ子達と共に速やかに寝入ってしまっていた。一日馬車に乗っているのも、パリっ子の四人にはいささか厳しかったようだ。
 他の人々も、見張りの必要もないのでぐっすりと眠った。例外は、真夜中も間食するマーちゃんだけだ。

 依頼には、十四日までにパリにアデラを連れ帰ることが含まれている。デュカスとも日程の確認をし、サーラに天気の予想をしてもらったところ、十三日の早朝に村を出発すれば十四日の夕方にパリに着けるだろうとなった。
 となれば、本日は色々なことに使えると一行は村のあちこちに散っている。
 サーラは昨晩渡せなかったジョリオからの手紙を持って、デュカスを訪ねていた。面識があるので、デュカスも早朝だが丁寧に応対してくれる。
「アデラさんの旦那様から、こちらをお預かりしました。林檎の木などのお世話が大変だったら、遠慮なく戻して構いませんということですけれど」
 代読の必要はないので手紙を渡して、伝言があれば聞こうと待っていたサーラは、デュカスが小さく吹き出したのを見てなにが書いてあるものかとちょっと気になった。わざわざ聞くほどのことはしなかったけれど。
 ここまで夫に心配されたアデラについては、
「お約束ですよ。約束違反はいけないことだと、よくよくご承知おきくださいね」
 お師匠様にこんこんと『一人でお茶を淹れない』と言い聞かされてから、デュカスとの打ち合わせに出向いている。
 そんなアデラを見送ったサラは、『お土産』の木苺と林檎の木、香草の植え付けの手伝いをすることにしていた。若木が一本ずつ、香草は一度根がつけばどっと増える種類だが今回は植えつける分だけで食べる量はない。それでもエテルネル村の人々は、新しい作物が貰えるのはありがたいと受け入れてくれたので、植える場所を選んだり、世話の仕方を教えたりしなくてはならないのだ。
 初めての場所で、作物の植え付けにいい場所を選ぶところから始まるので、ちょっと大変である。更にパリの様子を気にする人々にも話をしてやったり、聞いてやったりと、聖職者としても忙しい。
 それでも時々アデラの様子を確かめている辺り、厳しいお師匠様である。
 同じく植物に詳しいリュヴィアは、多少なりとも畑仕事に対する知識もあった。それで村の様子を見て回り、どんなところかを確認していく。やはりアデラ達が大枚払って手に入れた豚を飼ってもらうところなので、どういう場所かは気になるところだ。
 観察の結果が満足のいくものだったので、彼女はアデラとデュカスがこまごましたことを相談しているところに出向いて、一つ話を持ちかけた。
「アデラ殿が自宅の畑を世話するのは、仕事の上からも難しいだろう。こちらの村長は度々パリに出向いてくると言うから、その時に世話をしてもらうようにしたらどうだろう」
 アデラの家で、度々作物が食べきれないことも知っているリュヴィアは、そうしたものを譲れば契約としても成立すると提案したのだが、これには両者共にちょっと考え込んでいる。デュカスはその仕事の分、村を留守にする時間が増えるかもしれないと思案していて、アデラは郊外の畑の世話を頼んでいる家族に悪いのではないかと迷っている。
「ああ、あの人達がいたか。そういえば、あの畑の作物はどうなっているんだ?」
「収穫したものは父の代から決めた割合で分けて、うちの分は持ってきてもらうんですの。一部は売ってもらいますわ」
 三人で話した結果、販売をデュカス達が請け負い、畑の世話は元から懇意にしている家族に任せてみてはどうかとなった。もちろん他の人も関わることなので、後日もう一度デュカスとアデラで相談する。
 その頃、村の女性達に混じって繕い物をしていたセレストは、村の飼育場に放たれてうろうろとしているニワトリ達の後を付け回し、卵を探しているマーちゃんを見付けて、追い払っていた。
 マーちゃんは、保存食を抱えて、村の中をうろうろしている。
「あの豚、いつになったら丸焼きに出来るかなぁ」
 彼の視線の先にいるのは、買い付けに行った養豚場で特別扱いだったのを譲り受けた、一際立派な豚である。さすがにこれはアデラが一人で貰えるほど、お安いはずはないので、マーちゃんの『丸焼き熱望』は夢に終わるだろう。
 一日あればあれもこれもと、村で手伝えることを考えてきたヘラクレイオスは、美沙樹という心強い味方を得て仕事に邁進していた。鍛冶や石工、大工仕事が得意なヘラクレイオスに比べると、美沙樹は戦場で使う技能に特出しているのだが、一から家を立てるわけではないので出来ることをこなしていく。
 その際に話題になるのが、村のことと、アデラのことだ。美沙樹は幸いにして、まだアデラのお茶の洗礼を受けていない。だが、そうしたことを尋ねるには、ヘラクレイオスほど不向きな相手はいなかった。なぜなら。
「ふむ。お茶の味を云々できるほど、わしは詳しくはないからのう。じゃが、アデラ殿の亡くなった父君のご友人が作るワインは逸品じゃ」
 お茶ではなく、酒の話になるからである。酒、、延々と酒、種類を変えても酒の話。美沙樹は美沙樹で、ここまで楽しそうに語られると話の腰を折るほど無粋でもなく、ついつい引き込まれてしまったりして、あちこち直したり、作ったりしながら、美味しいワイン談義に花を咲かせてしまった。
「お茶はすさまじい破壊力があると聞いたけれど、ワインとお料理は一度体験してみたいかしら」
 そうして、二人で一度頼んでみようかと話がまとまっている。最近の料理はアデラよりお茶会の参加者が腕を振るっているものだなんてことは、彼女達には関係がないようだ。
 こんな話の途中でマーちゃんがやってきて、具合が悪いところを報告しつつ、次のお茶会のご馳走希望を並べていた。もちろん豚の丸焼きも込み。
 皆があちこちで働いている間に、ラテリカは馬車馬達の世話をしていた。ヘラクレイオスが自分の馬を引き馬に貸してくれたり、他の人々も荷物を分担して自分の馬に積んでくれたりしているので、八頭もの豚を連れてきた割に馬達は元気だ。一日休めるから、明日からもよく働いてくれるだろう。
 だが、しかし。
「この馬車は、ラテリカが一人でお掃除するのでしょうか‥‥だ、誰か」
 豚を積んできた馬車は、豚の落し物の臭いで大変なことになっている。藁を敷いて、適時掃除もしていたが、移動中はやはり完璧に行き届いた世話とはいかなかったからである。彼女の愛犬ポプリは、豚を追って放牧場に向かっているので励ましてくれる相手もない。
 と、思っていたら。
「ラテリカおねえちゃん、箒よ」
「帽子」
「顔を隠す布」
 シルヴィとマリアとアンナが、ものすごく悲壮な顔付きでやってきた。臭いが引っ付くのは嫌だが、借りた物は綺麗にして返さなくてはいけないと、覚悟を決めてきたらしい。
「ラテリカ、元気が出る歌を歌うですよ」
 その後しばらく、美声と調子はずれの合唱が村の中には響いていた。
 豚と鶏は、新しい場所が結構気に入った様子である。

 そうして、十四日の夕暮れ時。
 事の次第がよほど心配だったのだろうジョリオが待っている家にアデラ達を送り届け、エテルネル村の様子や打ち合わせの内容を説明して、ようやく依頼は完了したのだが。
「今回はご期待に添えませんでしたから、次のお茶会には腕を振るいますわ」
 アデラは、要らぬ決心を固めていた。
「そんなのより、豚の丸焼きが食べたいよ」
「‥‥ワインの新酒がのう」
 マーちゃんの一言はともかく、もう一人の『おねだり』には、聞いた人々の大半が一瞬自分の耳を疑っていた。