胡蝶の森
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 57 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月13日〜09月23日
リプレイ公開日:2007年09月24日
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●オープニング
「あらまあ。男って、やっぱり頭ではものが考えられないのね」
冒険者ギルドマスターのウルスラに、そう痛烈な皮肉をかまされた役人は小さくなっていたという。
先日、キエフから幾らか離れた場所で、有力でも有名でもない貴族の母と娘が捕らえられた。罪状は、デビルとの契約と孫娘ないし娘他複数名の殺害である。
冒険者ギルドも一枚噛んでいるというか、事件が発覚したのは冒険者によるのだが、捕らえた後の囚人の扱いにはもちろん関わっていない。この母娘、悪魔崇拝者でも相当有力な男にそそのかされてデビルと契約した疑いが強く、捕らえられてからは苛烈な取調べを受けていたはずなのだが。
牢番と拷問吏合計五名が、まんまとこの母娘にたぶらかされて脱獄に手を貸したばかりか一緒に逃亡してしまった。おそらく母娘の要望だろう、同じ牢内に繋がれていた老執事も共に連れ出されている。
依頼は、この母娘と執事、逃亡に手を貸した五名の合計八名の追跡と捕縛だ。もはや生死は不問である。
ギルドの受付係が問題点としてあげたのは、
「この母娘が、デビルの力の一端を使うのではないかという疑いがあることか。色香だけでたぶらかせるほど、お上品な牢獄に繋がれていたわけではないはずだから」
相手がただの女ではないとだろうという推測と、老執事はともかくとして、他の男達も自分達がしでかしたことは承知しているので見付かったとなれば死に物狂いで抵抗してくることだ。この五人、腕の程はたいしたことはないようだが、いずれも武術を身に付けている。当然武器や防具も持って逃げた。
それと、逃亡したのであるから行き先は不明。現在までの調査では、キエフから東方の暗黒の森に踏み込んだことまでが判明しているが、地図もない地域の事。近隣の所領には手配を回し、余裕があれば捜索もしてもらっているのだが、人手は十分ではない。貴族女性を連れての道中なので、それほど奥深くには立ち入っていないとの希望的な観測もあるが、結局どうなのかは不明だ。
なによりも。
「この二人をそそのかした男が人間で、外見などを聞けば聞くほど、今のロシア王国一のお尋ね者の疑いがある」
聴取した内容から疑惑を持った役人が、絵師に似顔絵を描かせて二人に見せたところ、『この殿方に間違いない』とどちらも断言したという。
男の名前は、ラスプーチンといった。
「逃げた先に、お尋ね者がおいでになる可能性が高いということだな」
冒険者ギルドに依頼された捜索地域は、徒歩でのんびりと歩くなら五日程でぐるりと一周回れるくらいの広さの、深い森の中である。
●リプレイ本文
「森と聞くと、つい依頼を受けなくてはと考えてしまうんですよね」
アディアール・アド(ea8737)が、手にした木の枝を回しながら呟いた。
「デビルなんてものとは、関わりたくないのですが」
「請けたからには、それは禁句よ。弱腰の所を付け込むくらい、大喜びでやりそうな相手だしね」
もともとの性質もあまり良くなさそうな母娘だしと、ルカ・インテリジェンス(eb5195)が口にする。彼女とカイザード・フォーリア(ea3693)、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はこの母娘からの依頼を受け、命を狙われた前歴の持ち主だ。よほどの変装でもしていなければ顔を見れば分かるが、この依頼が出なかったら二度と会いたいとは思わなかったと表情で物語っている。
「今回は依頼人でもなし、デビルと手を組んだ者に手加減は無用だ」
「念のため、ラスプーチンの情報が手に入れられるかは考慮したいですが‥‥わざわざ国王の名前を偽名で名乗るとは」
カイザードは言葉で切って捨て、エルンストは長里雲水(ea9968)が役人から借り出した似顔絵を見て、一度眉間を押さえた。
「これが問題の反逆者とはな」
ロシアの貴人とは縁のない長里はこれまで知らなかったが、現在国一番のお尋ね者が描かれているものだ。件の母娘をたぶらかしたのは、この男である。
『偽名と承知しておりましたわ。そこで国王陛下のお名前を名乗れる豪胆さが、とても気に入りましたのよ』
母娘は口を揃えて、そんな風に証言したそうだ。
「変な人達だよね」
役人から母娘の評判その他を聴取したジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)の感想は、はっきりきっぱりと控えめだ。ただ細かく評価するには、どう言葉を使えばいいものかは、居合わせる全員が悩むところである。自分の孫や娘をデビルへの生贄に使える者を表現するには、あまり上品ではない言葉が適切だからだろうか。
「この二人に執事に、逃亡を助けたのが五人。ラスプーチンまでは会いたくないな」
レイブン・シュルト(eb5584)の言葉は、全員の心中を代弁している。
情報収集と聴取内容の確認、これまでの目撃情報の申し送りなどの間に話し合われた七人の対応は、逃亡補助の五人は抵抗する限りは殺害を含めた無力化、母娘と執事は身柄を確保できるのなら事情聴取の間のみ助命、抵抗するなら無力化を目的とし、デビルやラスプーチン、その影響下にある者達の合流が確認されたら、無理をせずにその情報を持参の上で帰還を優先となった。
アドやルカは徹底的に潰したほうがよいと、デビルに対する警戒も如実な意見も出したのだが、相手の数によっては七人で立ち向かった挙げ句の全滅で情報すら持ち帰れないのでは本末転倒とするエルンストとカイザードの言い分がもっともと頷いたのである。
逃亡している八人は、いずれも生死不問。着の身着のままだった囚人の私物など残ってはいなかったが、逃亡を助けた五人の衣服の切れ端を譲り受け、彼らは目的地の森へと向かった。
問題点は、回復魔法の使い手がおらずポーションを持ち込むことで、馬を連れて行くのが不適切な森へ持参できる荷物がいずれも著しく制限されたこと。また一部は体力的な問題で、必要と思う装備を揃えたために、歩く速度と持久力が他の人々より劣ってしまったことだ。
なんとか全員で荷物を配分して歩調は揃えたが、捜索中にそれを続けていれば敵に付け込まれかねない。
「これから服も厚くなるし、持ち物は吟味しないと駄目ね‥‥蛮族相手なんて、森の中必須だし」
この先の季節はよりいっそう厳しくなるのかとルカは溜息をついたが、森歩きに慣れた者が多い分、今回はまだ良かったとも考えていた。
人も分け入らぬ森の中というのは、反対に人の気配がない場所でもある。人里が近ければ、薪取りや木の実拾いその他で人が立ち入る分歩きやすいが、今回はそうした場所ではない。
それは取りも直さず、人の通った痕跡を消し去るのが難しい場所となる。出発前に牢獄の関係者から仕入れた情報では、二人いるレンジャーは頻繁に森に入っていた者ではなかった。よって、アドとルカの見立ては『痕跡が濃厚に残っているはず』だ。
エルンストが魔法のスクロールで確かめえた範囲でも、執事は相当の怪我をしていた。近くの町で治療を受けた様子も、マーシャが町でポーションを買った気配もない。それでは回復のほども知れているので、完璧に身を潜めるなどまず無理だ。
なにより。
「話を聞けば聞くほど、ご婦人もお嬢さんも森を歩いて逃げるなんぞ出来そうには思えんなぁ。たぶらかした野郎が、この森を指定したのでなきゃ、理由が分からん」
長里が歩きにくい森の地面に思わずぼやいた通り、生まれた時から貴族で、騎士称号も持ち合わせない女性二人を連れて逃げるなら、こんな場所を選ぶことはない。アドやルカでさえ、周辺の警戒をしていることをおいても、すいすいと進むことは出来ないのだ。森歩きには慣れているはずのジェシュはここまでは役立ったフライングブルームを杖代わりにして、時々穂先を低木の枝に引っ掛けたりしている。
荷物を引っ掛けることは滅多にないが、そもそもルカ以外の六名は足音をしのばせるにも限界があった。技能的にも、装備的にもだ。冒険者として活動している彼らでさえ苦労するのだから、貴族女性がなぜと思うのも当然だろう。
「だが幸い、この近辺には知られた集落もありません。この森の様子からして、蛮族と呼ばれる人々が突然大挙して押し寄せてくることは難しいでしょう」
人が入っている森なら植生が違うとアドが言い、時に枝を派手に鳴らしつつジェシュは慣れない人でも歩きやすい場所を選んで示している。それがなければレイブンやカイザード、エルンストと長里は装備を厳選したとはいえ、相当に疲労を溜めていただろう。
ただ最大の問題になったのは、相手を捜索している自分達が存在を誇示する真似が出来ないから、ほとんど火を焚けない事だ。さすがに真夜中に火の一つもないのも命取りなので、明るいうちに起こした火種をすぐにかき起こせるように保存しておいた。
「この手のことは、向こうの方が慣れているかもしれないな。あの二人も人外の生き物になっていれば、暗闇も気にするかどうか」
見張りは二人ずつ、目の良いアドとジェシュ、長里とルカがあまり重ならないようにして、魔法の使い手の回復も考慮しながら組み合わせと順番を考える。カイザードはいつでも大丈夫といい、この日はルカと組むことになって、呟いたのが先の言葉だった。
デビルと契約するのは、魂を売り渡すことだ。ラスプーチンはこれで完全に魂を何者かに売り渡し、人ではないもの、デビノマニになったと言われる。似たような存在が増えるのは、そのままロシアの脅威が増えることだ。生まれが他国であろうと、今キエフにいるのだから気楽に構えることは出来ない。
「そういえば、デビルに魂を売って、どういう力が手に入るのかは良く確かめなかったわね」
人を操る力はありそうだから用心しておかないといけないと、それは長里も警戒していたことだが、ルカの心配はこの場は杞憂に終わった。時に夜歩く獣の気配を感じた以外は、平穏な夜が過ぎたからだ。
夜が明けると、また探索が再開される。広い場所だが、人数が少ないこともあり、手分けしての探索とはならない。相手も移動しているため、人の気配はまったく感じないで半日が過ぎた。連れてこられた犬達も、臭いを追おうにもその臭い自体が見付からないのでは飼い主の側を付かず離れずで歩くしかない。
昼過ぎに、ようやく痕跡を見つけたのはアドだった。
「あの枝だけ、実が少ないでしょう。枝の感じからして、一昨日くらいに取ったと思います」
あえて木本体に魔法で問いかける必要もなく、アドは実の付き具合で人がいた痕跡を見付けだした。そう言われてあたりを探せば、かなり念入りに隠してはあったが火を焚いた跡がある。
「ああ、こちらの枝は刃物で切ったようだな。専用の斧ではなさそうだが」
レイブンが刃物の跡も発見し、ルカやジェシュが確かめた周辺の地勢から、カイザードと長里とレイブンも加わっての行き先検討を念入りに行なった。ここで向かう方向を読み違えれば、依頼期間内に相手を発見することは困難だ。
その間の警戒は、ブレスセンサーでエルンストが請け負った。ごく短時間だが、それでも見極めに集中できるのは有り難い。エルンストはスクロールで過去の確認が確実に出来るなら、それで済むのにと頭を掠めたかもしれないけれど。
ここで見付けた痕跡は、日暮れまで追っていく中、一度として途切れることはなかった。度々枝を払う跡が残っていたことからして、やはり怪我人と女性の素人三人を連れての長時間の移動は出来ていない。
更に一日痕跡を追い、探索三日目の太陽が中空に上りきらない頃合。
『見付けた。ただし男が三人』
一人先行したルカが、そっと戻ってきて身振りで他の六名に説明した。剣を持っている男が三人、この先で身を休めている様子だという。距離は直線でなら五十メートル。まだ葉が落ちきらない森の中では、大分と離れた場所である。
この場合問題なのは、八人のうちの三人しかいないことだ。特にその三人は首謀者とは違う。挙げ句に弓を持って逃げているはずのレンジャー二人は、近くに見当たらなかったとルカは報告した。
今のところ、他に人がいる気配はない。あくまでも近くにはという限定だし、デビルがいたかどうかはまったく不明だ。エルンストの石の中の蝶には、反応は見られないけれど。
『捕らえて、他の五人の居場所を吐かせる』
特に声に出すまでもなく、方針は簡単にまとまった。他の方法がすぐに見出せる状態でもなかったからだ。思うように火を焚ける状態でもない野営は、かなり消耗するものである。
ルカの導きで、盾を持たない長里が先行する。二方向から攻撃出来る立ち位置を得ておくためだ。カイザードとレイブンは、ウィザード三人の前衛を務めることになる。
この時の戦闘は、ウィザード三人には手の出しようがないものだった。緊迫したわけではない。単に、力量が違ったからだ。ナイトのカイザードとレイブン、浪人の長里に、ファイター三人があっという間に打ち伏せられてしまったのである。ルカの仕事も案内のみ。
「こういうのって」
「捨て駒だな」
「‥‥女がいてこその男ってのはあるけどなぁ、野郎を食い潰すのが上手なご婦人達ってのは怖いねえ」
ジェシュがもう少し別の表現をするつもりだったろうことを、エルンストが一言で切り捨て、長里がなぜか肩を落とした。明らかにチャームに似た効果で操られた男三人は、母娘の行き先も知らなかったのだ。どちらの方向に向かったのかすら、判然としない。
向かった方向については、戦闘があまり長引かなかったこともあり、少し時間を掛けるとまた痕跡を見付ける事が出来た。捕らえた三人は、衰弱するのは承知で後に回収しやすい場所を選んで木に括り付けておいた。
痕跡を追跡して、また翌日。今度は夕方近くのこと。
「森に火を放つつもりですかっ!」
「あら、逃げるのにいいと思えばなんでも致しますわよ。そちらの殿方達は、お誘いしても応えてくれませんもの」
ようやく五日目に見出したのは、マーシャのみだ。レンジャーの二人も執事も、母のユリアもいない。挙げ句にアドが激怒したように、今まさに潅木の茂みに火を付けようとしていたところだった。ちゃんと以前会っている三人のことは覚えていたが、捕らえられたことを恨みに思っているような振る舞いはない。
どちらかというと、初めて会う長里とレイブンをしげしげと値踏みしている。アドとジェシュは、どうも対象外らしい。
「その後、ウラジミール殿とはお会いになりましたか?」
「ラスプーチン様ですわね。なかなか居場所を教えていただけなくて、時間が掛かっておりますのよ」
エルンストがかまをかけたつもりが直接返されて、煙に巻こうとするだろうと考えていた一同はいささか意表をつかれたが、敵の存在に気付かないほどではなかった。その点、マーシャは彼らを見くびっていたのだろう。そもそもアイテムと魔法とで、存在自体は感知していたものが姿を現しただけだ。
「人の身で、随分と頑張ってくれますのね。まあ、こちらもまだまだ人ですから、致し方ないのかしら?」
インプの群れが駆け付けた中で、マーシャは先の展開が読まれていたことに首を傾げている。カイザードの一睨みに艶然と笑い返して、『まだ人ですのよ』と繰り返した。インプを一撃で叩き落す相手に、素手の女性がなかなか出来ることではない。
そうしながら、自分の足元に火を放つ。近寄れないとなれば、ウィザード三人にルカが次々と魔法を向け、二つばかりは当たったけれど、
「人だと言ったではないかっ」
カイザードの怒声に答える者はなく、マーシャはすっと姿を消していた。何かに変化したのだとすれば、炎と煙でそれを誤魔化すことが目的だったのだろう。対象を指定する魔法で追うも、魔法にあたった場所以降を確かめるのに森の中では見通しが悪すぎる。
その代わりに、ラスプーチンが遣わせたと思しきインプの群れは、ほぼ全部が七人の様々な攻撃で塵に変っていた。細かく数えていた者はいないが、ざっと三十前後。
この後も、近付いたとみるとインプが一、二体邪魔に入ることが続き、なかなか距離を詰め切れないでいる間に依頼期間の終了が迫ってきた。こうなると、私事で追っているわけではない彼らは、先に捕らえた三人のファイターをしかるべき相手に引き渡す必要もある。
帰還の頃合だった。
引き渡した先で、これまでと立場を変えた三人は。
マーシャとユリアがラスプーチンの助力を得られるのは、キエフ貴族がデビル側に寝返っているとなれば公国の体面のために追跡を継続する必要があるからで、二人もその点は承知していること。それでもデビルと契約したい理由は知らないが、二人共にラスプーチンには奇妙に心酔していることを白状した。
加えて、ラスプーチンの使いでやってきたインプが、『エルフの村を幾つか手に入れた』と告げていたとも。
朗報は、七人が倒したデビルの総数が、母娘に与えられた数とほぼ同数であり、彼女達がデビルを使っての悪事をする余裕がないことであるが‥‥
『あの二人は、キエフの軍勢が出てくるまで逃げ続ければラスプーチンに認められると考えている』
この証言は、彼女達がこれからも何か起こしてくるだろう事を示していた。