素敵?なお茶会への招待? お砂糖入手!
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月25日〜10月30日
リプレイ公開日:2004年11月03日
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●オープニング
その女性は、いつもの何倍か軽やかな足取りで、冒険者ギルドにやってきた。常日頃からにこやかだが、本日はよりいっそう晴れやかに笑っている。
「アデラさん、どうしたんですか」
いつの間にやら顔見知りになってしまった受付の係員が、微妙な営業用の笑顔で尋ねている。
なにしろ相手は、金払いはいいが、やることが多少かっとんでいるウィザードの女性だ。魔法の使い方に難があるわけではないが、ギルドへの依頼仲介料に生きた鶏を持ち込むなど、変わったことをしでかしてくれる。
それでも、係員が見たところ、本日は小さな布包み以外には荷物らしい荷物もないようだ。もちろん布包みがもぞもぞ動いていることもない。生き物の持ち込みはしていないと見ていいだろう。
でも、カウンターまでやってきて、そのままずずいっと身を乗り出してきたので、係員は一歩下がっている。
「お菓子作りをしたいんですの。お菓子作りの得意な方を集めてくださいな」
「そういうことなら、専門の職人に頼むという方法もありますけど、冒険者でよろしいんですね」
「よその国のお菓子が食べてみたいんですもの。材料費はもちろん出しますわ」
ウィザードのアデラといえば、お茶会依頼を持ってくる変り種依頼人だ。最近のお茶会は飲み食い自由な代わりに報酬はない。それでも結構いい料理が出るとかで、続けて何度も出向く冒険者も複数いた。
ただし、去年は友人知人を招いてのお茶会で訳の分からんものを出し、多数が腹痛を訴えて、当人が三日も寝込む騒ぎを起こしている。今年に入ってからも、セーヌ川沿いで草を摘んだり、パリ郊外で木の葉をむしったりした挙げ句に、それを供するお茶会に出掛けた冒険者がおなかを下したりと、騒動の話題が尽きていなかった。
ギルド係員の間では、彼女のお茶会は招待されても行きたくない場所の一つに数えられている。
そんなアデラだが、お菓子作りをしたいとの依頼は今回が初めてだ。何か理由があるらしい‥‥
「実は、お砂糖を買いましたの」
「さとう? え、砂糖って、あの月道渡りの! あれはつてがないと手に入らないって」
「予約してから一年は待たされるって聞いてましたけど、たまたま仕入れた量が少し余って、買い付けられましたの。金貨と銀貨を二枚ずつ、払ってしまいましたわ」
冒険者ギルドは、常日頃から大金が動いている。よって係員も金貨二枚を見ても普通は驚かないが、それで砂糖を買ったとなれば表情が動く。この場合は『なんで、いつもそんなに金があるんだろう、この人』と言いたげにだ。
まあ、依頼人の私生活にうかつに踏み込まないのも、ギルドの係員には大事なことだ。砂糖ってどんなものだろうと思っても、いちいち尋ねてはいけない。
しかし。
「ちょっと持ってきましたの。舐めます?」
依頼人が勧めてくれたら、機嫌を損ねないためにも誘われてよい‥‥はずはない。仕事とは、非常に厳しいものなのだ。
「あらぁ、甘いのに。あ、いつもお世話になってるギルドの皆さんにと思って、焼き菓子を作ってきましたの。皆さんの分があれば、受け取ってくださいますわよね。依頼の仲介料に追加ですわ」
「ギルドマスターに訊いてみないとぉ」
と言いながら、とりあえず布包みを手にした係員の姿がある。背後には、様々な表情で事態を見守っているギルドの各役職の人々がいた。が、ギルドマスターは不在のようだ。
まあ、そんなことはアデラには関係ない。
「では、今回はお菓子作りで、お茶は作り終えたら飲む分を用意しておきますわ。お茶会も出来ればいいのですけれど、収穫祭もあるので、色々とそちらの準備が必要で手が回らなくて。でも今回のお茶は自信作ですのよ」
「そうですかー」
そのお茶に興味はないが、焼き菓子の味はとても気になる。そんな視線をちらちらと布包みに投げながら、係員は冒険者募集の依頼書を書き上げた。
『砂糖を使ったお菓子作りの参加者募集。
毎月お茶会を開いているアデラ女史より、お菓子作り出来る冒険者募集の依頼あり。
材料費は主催者持ち。今回は特別に砂糖が使用できる。
菓子作りの後にお茶の時間あり。
この会合で体調に異変があっても、冒険者ギルドはいつも通り、なんら責は負わないものとする』
●リプレイ本文
『それ』は茶色で、ざらざらとした細かい粒だった。
「これがお砂糖ですか?」
「そうなのら〜」
「久し振りだなぁ、見るの」
結構広い台所のテーブルの上、シフールのミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)とミーファ・リリム(ea1860)、燕桂花(ea3501)の三人は、押し合いへしあいしながら、砂糖を眺めている。こんもりと小さな山を為している砂糖を見る機会など、時と次第と依頼人によっては高級取りの冒険者でも、滅多にあることではなかった。
しかも、今回はこの砂糖を全部使い切っても構わない!
うっとりとしている料理人と食通と料理人の三人の頭上から、人間のアリア・エトューリア(ea3012)が同様の目付きで溶ける寸前の笑みを浮かべていた。
「材料費も出してもらえて、なんて幸せなんでしょう」
「砂糖を使うお菓子、楽しみですね」
吟遊詩人が少々たどたどしい発音だが良い声で呟くと、同じ人間のサーラ・カトレア(ea4078)が同意を示す。そんな踊り手が何気なく、その同意を反対側に立つ人物に向けた。今度はエルフのヒスイ・レイヤード(ea1872))だが‥‥なぜかこちらは不審そうだ。
「お菓子だけならいいのよねぇ」
声質と口調が微妙に噛み合わないような、やや倒錯した雰囲気の悪魔祓い師の言葉に、ため息が応えた。思わずゲルマン語以外で何か口走ってから、レイル・ステディア(ea4757)はこう口にする。
「これは、香草じゃない」
壁際に吊るしてあった草の中から一束を取り出し、ぽいと竈に投げる。その際にまたゲルマン語以外で何か言ったのは、通訳らしい動作と言えようか。
だが、砂糖にうっとり組も、お茶会に不安組も、今回の依頼を受けた冒険者の最後の一人には逆らえなかった。
「ぼんやりしている場合じゃないよ。せっかく珍しいものが使えるんだから、とっとと準備をおし」
「「「「「「「はーい」」」」」」」
七人に一度に返事をさせたアンジェット・デリカ(ea1763)は、手早く台所から『危険な枯れ草』を処分すると、用意された砂糖以外の材料をテーブルに広げた。
小麦粉に始まり、乗り切れないほどの様々な菓子作りのための材料を見て、感涙に咽んだ者がいるかどうかは分からないが‥‥
彼らが非常にやる気になったところに、依頼人のアデラが顔を出した。
「大きな蜂蜜の瓶が届いたんですけど、誰か頼みましたかしら?」
「砂糖だけで作るより、菓子の味に深みが出るからな」
一抱えはありそうな瓶が運び込まれたのを見て、皆は思わず呆れたが‥‥最後に小さな小さな包みの中身を知って、狂喜した。
月道渡りのジャパンのお茶、九人だと一杯分ずつ。大枚支払って、レイルが買い込んできたのだ。ここのお茶会の噂を知らなくても、これは幸せなことである。
そうして、菓子作りは始まった。
ところで、問題は最初からあった。
「目方が分からないだって?」
「だって‥‥」
「普段使わないんですぅ」
桂花とミルフィーナが『デリ母さん』の前で小さくなっている。そもそもシフールだから小さいと言う話ではない。
料理人といえども、日頃からふんだんに砂糖を使える者など滅多にいない。当然大多数に所属する二人は、作ってみたい菓子はあれども、必要な砂糖の量が分からないのだ。よほど家庭で親しまれている料理でも、作り方の書かれたものなどないから、参考にできる資料は存在しない。
すでに作業を始めているヒスイは、木ノ実入りのパンを焼くようだ。砂糖は最後に上に飾るつもりらしい。しかも溶かして塗るのだそうだ。見た目が楽しみな一品になろう。
そんなわけで、最初に砂糖取り仕切り役のデリ母さんから砂糖をもらったのは、サーラだった。非常に無難な焼き菓子を、蜂蜜がわりに砂糖で作る予定。とは言え、砂糖だけで甘味を出すとなればそれなりの量が必要だから、レイルの指導で蜂蜜漬けの果物を何種類か刻んで入れている。レイルは今回、材料提供と横から口出し係に自分を任じたようだ。
困っているシフール料理人に『こんな感じらしい』と言ったのも、レイルである。
更にアリアの計画している焼き菓子の材料の目方も教えてもらって、なんとかかんとかお料理開始だ。
ただ、残念なことにシフールサイズの調理器具など、人間のアデラの家には備えていないので、桂花とミルフィーナはデリ母さんとレイルに作業をおおむね代行してもらうしかなかった。
その頃、もう一人のシフールのミーちゃんは。
「ん〜、いい煮え具合なのら〜。大きな鍋だと、たくさん煮れて便利なのらね〜」
と、大鍋で皆が使う分の栗を煮ているアデラの横にちゃっかりと陣取り、味見をしていた。ついでに。
「パン焼きかまどもあるなんて、すごいのら〜。アデラの家の人はたくさん食べるのら?」
「普通ですのよ。昔は兄弟も一緒でしたから。今はパンは買ってきてますもの」
温めている最中のパン焼きかまどの中にも栗を入れ、ものすごい音で弾けさせて、デリ母さんに怒られている。
皆が小麦粉を色々と混ぜ合わせ、こねたりしている時、デリ母さんがアデラに尋ねた。よそを向いても、手はきちんと動いているあたり、器用なものだ。
「あんた、水のウィザードかい? クーリングが使えたらいいんだが」
残念ながら、アデラはぷるぷると首を横に振った。すると指をくわえて、ミーちゃんが期待に満ち満ちた眼差しをデリ母さんに向ける。何か美味しいものが出来るなら、ぜひともクーリングの使い手を探してこようと言う面持ちだ。
ただ、当のデリ母さんにそこまでの思い入れはない。何でも乳や卵、蜂蜜などを冷やしながら混ぜ合わせた、どこぞの贅沢品作りを試みてみたかったようだが‥‥凍らせる方法がなければどうにもならないようだ。
ついでに言うと、デリ母さんの手は桂花の手伝いでリンゴを甘く煮るのに忙しい。それも砂糖と蜂蜜で味付けの二種類を作り分けていたりするから尚更だ。
桂花本人は、小麦粉と砂糖その他を練り合わせたものに、卵を加えているところだった。贅沢品の使い放題である。この生地をパン焼きかまどで焼いて、上にリンゴや栗の甘煮を乗せる予定。香り付けに色々試せればいいのだが、なにしろお高い砂糖などを使っているので冒険は出来なかった。とりあえずミントだけは確保。
ちなみにミルフィーナも、冒険はさせてもらえないでいる。砂糖が使えて嬉しくて仕方のない彼女は、時々台所中に聞こえるような声で即興の喜びの歌を歌っているが、それはバードなのでよい。ちょこちょこと動いて、細かいところに目が届くのは、料理人としての技能だろう。これもよい。
良くないのは、嬉しさのあまりに手伝っているレイルへの指示が時々すっ飛ぶことだ。現在、彼らは『あ〜あ』ってな状況にあった。
「入れ忘れました‥‥」
「だから、俺が確認しただろう」
お菓子には、多少なりとも脂分が入るのはよくあることだ。今回はバターを砂糖といかになじませるのかが大事な点だったはずだが‥‥なぜ入れ忘れたのかは、ミルフィーナにも分からない。
周りも『よほど浮かれていたんだね』とは言い兼ねる雰囲気だった。なにしろ、シフール二人分の目方で金貨二枚と銀貨二枚の砂糖を使っているのだから。
呆然としているミルフィーナの横で、レイルがぼそぼそした生地を摘んで舐めた。もちろんそれが美味しいはずはないが、ミルフィーナにも舐めるように勧めてから一言。
「後から足して誤魔化せ、料理人なら」
さっきまでの満面の笑みが一転、顔色が蒼くなったような気のするミルフィーナだったが、『料理人なら』の一言で奮い立ったらしい。レイルと一緒に、リンゴを剥き始めた。
この間、アデラは何を言うでもなく、ミーちゃんと茹でた栗を細かく刻んでいた。一部、さっそくヒスイがパン生地に入れるために持っていく。
するとヒスイのところにミーちゃんが自分より一回り小さな布袋をよろよろと持ってきて、次に木槌を渡しに来た。
「胡桃を使う人もいるのら〜。砕いてほしいのらよ〜」
「あら、私がやるの。結構力が要るわよね、これ」
そうは言っても、ほかに唯一の男性であるレイルは、ただいま取り込み中である。バターとリンゴをあれこれと、生地に埋め込んでいた。それゆえ、一応はヒスイに順番が回ったのだろう。
一見女性、エルフ、職業はクリレックのヒスイがいかほどの力持ちかは不明ながら、少なくともミーちゃんよりは胡桃を砕くのに向いているだろう。一応殻は取ってあるし。
でも、ちょっと砕いたところでミーちゃんが様子見に来たついでにつまみ食いしたので、一緒になって胡桃をつまんでいたりもする。これはたくさんあるようなので、まあ良いことになったらしい。
そういうのには気付かず、一口大にまとめた菓子を並べて、上に何か飾ろうかと先程から悩んでいるサーラもいる。結局、アリアが鳥の形にした生地に胡桃や栗を散らしているのを見て、何もしないことにしたようだ。
とはいえ、見栄えが良くなると聞いたので、レイル差し入れの蜂蜜は上に塗ってみた。
それを見たアリアは、蜂蜜で鳥の羽根を描き入れてご満悦だ。焼き上がりがどうなるか、いささか不明ではあるが‥‥
ともかくも、最初に準備の出来たサーラとアリアの分から、かまどに入れる。すると。
「火加減! それだと焦げますーっ」
ミルフィーナがかまど口を開いた時に叫んだので、二人が慌ててかまどの焚き口から燃えている薪を何本か引き出した。桂花も二重の意味で飛んできて、炎をどちらに寄せろとか、もう少し薪を掻き出せと火かき棒を手にした二人に言っている。自分で持てれば、すかさず焚き口に陣取っていただろう。
「パン焼きかまどは、火加減が難しいんですのよねぇ」
「アデラ、誰があんなにがんがん火を焚けと言ったかね」
「‥‥だから、パンは買ってきますのよ」
しばらくかまどの温度で騒いだ彼らだが、ここは料理人二名の的確な指導で事なきを得た。ちょっと焦げたくらい、食べられるからいいのだ。
それから桂花やヒスイ、ミルフィーナの菓子やパンを順番に焼き、ヒスイのパンには鍋で溶かした砂糖を塗る。これはこれで、蜂蜜とは違った模様と甘い匂いになった。桂花は綺麗に切り分けたリンゴの甘煮を焼いた生地に乗せ、栗を見栄えよく散らして‥‥デリ母さんが砂糖を溶かした鍋で何かしてから、ようやく終わり。
ミルフィーナの謎のリンゴのパイ風食べ物は、食べてみないことには判断が着かない。そもそもパイは肉や魚、野菜を入れて焼くのが普通だから、生地に砂糖が練り込んであって、更にそれを重ねた合間にリンゴが入っていて、端からバターの溶けたのが滲んでいるものなんて、誰も食べたことがなかった。
とにもかくにも、お茶会の準備は整ったようである。
「お湯はいっぱい沸かしたのら〜」
ミーちゃん、得意満面。
今回の依頼は、『砂糖を使ってお菓子作りをし、その後にお茶会』だ。だからもちろん、いつも通りのアデラのお茶を飲まねばならない。ならないのだが‥‥
「私、後片づけがいい加減だったから」
逃亡を図ろうとしたのは、ヒスイだけだった。横に座っていたレイルが迷わず腕をつかんで、席に引き戻す。
そんな様子は目に入らないのか、アデラがうきうきと出した枯れ草に、デリ母さんが額を指で揉んだ。
「それは脱穀した後の麦穂だろ。金があるんなら、ちゃんとした茶を買えばいいのに」
「じゃあ‥‥もらったお茶にしましょう」
ぷーっと膨れていたアデラだが、今回は珍しい反応だった。棚から木の箱を出してきて、それを茶器に入れる。ちょっと香りが飛んでいるが、少なくとも麦穂の乾かしたものよりお茶らしい香りがした。
これまで不安そうだったサーラがにこりとして身を乗り出し、自分の作った謎のパイを人数分に切り分けていたミルフィーナも鼻をうごめかせた。ミーちゃんは遠慮なく、茶器を覗いていい気分に浸っている。
「ああ、そこでぬるま湯を入れるってどういうことよーっ」
桂花がミーちゃんを巻き添えで茶器に抱きついたので、幸いにして温いお茶にはならなかった。アリアがなぜか、火かき棒を持ちっぱなしで、せっせとお湯を沸かしている。
「さて、茶を淹れるか」
またぷーっと膨れてしまったアデラを横目に、レイルが茶器を取り上げた。皆の期待に満ちた視線を受けて、仕方なさそうに全員分の茶を淹れる。
それを受け取って、なぜか全員が揃ってミルフィーナの菓子に手を出した。作った当人も、えいやと小さな一切れを口に放り込む。
「甘いですわね。ちょっと生地が固いけど」
全体に『なかなか美味しいんじゃないか』と評価されて、ミルフィーナは嵩上げされた椅子の上でぐったりとなった。
他の菓子も、多少甘味が足りないとか、甘すぎてくどいとかはあったものの、いずれも食べて不満が出るものではなく‥‥作られたお菓子はアデラが事前に奪っていった分以外は参加者のお腹に納まった。
最後にノルマン江戸村でレイルがようやっと分けてもらえたジャパンのお茶を一杯飲み、アデラ主催のお茶会は、今までになく穏やかに終わったのだった。
しかもお土産に、余った砂糖を煮溶かして、胡桃に絡めたお菓子がちょっとだけついた。
「今度は普通にお茶会しますから、またいらしてくださいね」
でも、こんなに歓待されても素直に頷けない参加者がほとんどのお茶会も、さぞかし珍しいことだろう。