商人の信用
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月17日〜11月24日
リプレイ公開日:2007年11月28日
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●オープニング
ギルドとは同業者組合である。様々な職業の人々が、それぞれ同業者と集まって不正な値段の釣り上げを規制したり、扱う商品、技術の向上を目指したり、他の地域からの不当な商品の持込を制限するように働きかけたり、同業者の地位や名誉、生命、財産を守るために活動したりする。商人ギルドや鍛冶師ギルドは大抵どこの地域にもあるが、吟遊詩人ギルドなどは大都市でないとあまり見掛けない。
この中で珍しい存在が冒険者ギルドだ。普通のギルドが同業者のみで構成されるのに対して、ここは様々な技能の持ち主が冒険者として登録し、依頼人から持ち込まれる四方山ごとを解決して報酬を得る組織だ。四方山ごとの内容は色々あるが、他人には取るに足らないことから国家の大事まで、長年冒険者として働いていると、多種多様なことに通じると同時に、幅広い人脈を得ることも出来るといわれることもある。
そしてそれは、あながち間違ってはいない。
そんな冒険者ギルドに、ある日羽振りが良さそうな商人が二人連れでやってきた。どちらも不機嫌極まるといった顔付きだが、先に立って歩いてきた方がよりその様子が強い。けれども不機嫌度が強いほうが、もう一人に低姿勢で、気を使っていた。
なにか金銭面とは違うところにトラブルを抱えていそうだと受付の係員が見ていると、依頼人は不機嫌だが低姿勢の商人だった。きちんと商人ギルドの身分証を見せてから、言った台詞が。
「うちの息子を捕まえてくれ」
これだった。
しかも、捕まえたら速やかに依頼人宅に連れてきて、差し支えがなければ力がある者が鞭で百回殴ってほしい‥‥まで続いている。警邏にも話を通してあるので、実行した冒険者が罪に問われることはないそうだ。
事の次第は三日程前、二人の商人が大金が動く商談を友好的にまとめたところから始まる。
今回が初めての商談ではあったが、間に入った者への双方の信頼は厚く、規模が大きく、実入りも大きい話がまとまったことで満足していた。
ところが。
「あの馬鹿者めがっ。自分が贅沢三昧に暮らせたのは、信用の上に成り立つ商売があってのことだと理解も出来んで!」
興奮気味に叫んで息を切らした依頼人の代わりに商談相手が説明したところでは、依頼人の三番目の息子が放蕩者で、博打でこしらえた借金清算のために、商談の手付金として依頼人が支払った金貨三十枚を強奪しようとしたのである。
それも、自宅の玄関先で。
あっという間には犯人が判明し、依頼人は大恥を掻いた上に、家人の監督も出来ないと信用が失墜した。もともとその息子は放蕩者で知れていたから尚更だ。
不幸中の幸いは、金貨が無事だったこと。とはいえ、商談相手方の使用人が殴られて顔にあざを作った。若い娘なので、依頼人にはそれも心苦しいところだ。
結果、商人ギルドで身内の不始末を詫び、事の次第を収める方法として、逃げて隠れている息子を自力で連れ戻し、商談相手が納得する処罰を与えた上で、下働きとして親戚の商家に送ることでなんとか了解を得た。ギルド内で話がまとまったので、ウィルの街の中で鞭打っても、警邏に罰せられることはない。
放蕩息子はウィルの歓楽街辺りのどこかに隠れていると思われるのだが、堅物の依頼人では行方を探しきれないと、冒険者ギルドに依頼することにしたそうだ。
依頼の基本は、歓楽街の娼館かどこかに隠れている模様の放蕩息子を連れ戻すこと。
鞭打ちは誰かやってくれればと希望はあるが、やりたい者がいなければ依頼人がやるので構わない。
●リプレイ本文
依頼人はオーレイ・ボンド、五十に手が届く頃合のひょろりとした体格だが、顔立ちは悪くない。被害者に当たる商人は一回り年下の、こちらはがっしりとした偉丈夫だ。この二人に挨拶した冒険者六名のうち、華岡紅子(eb4412)は『あら結構目の保養』と、木下陽一(eb9419)は『ゲームで出てきそうなタイプ』と思った。この二人は地球生まれの天界人だ。
もう一人の地球生まれ、富島香織(eb4410)は依頼人の憔悴振りに『なんて可哀想』と同情しているが、隣のジ・アース生まれの白銀麗(ea8147)が先方の身なりを見て『あの生地は贅沢そう』と値踏みしているとは知らなかった。この思案の落差は性格の差で、生まれた世界はきっと関係ない。
「金持ちの放蕩息子って、ホントどこにもいるもんだね」
こちらもジ・アース生まれの和紗彼方(ea3892)は無邪気に過ぎて、ボンドの顔を引き攣らせ、シルバー・ストーム(ea3651)はいきなり息子の顔を確認したいと単刀直入だ。しかも魔法で記憶を覗かせてもらってもと、遠慮というか気遣いがない。
幸いにして一年ほど前に描いた肖像画があり、それで放蕩息子ドラムスの顔形は確認が出来た。この肖像画より少し頬がこけ、少しばかり猫背になる癖があるという。
ここまで確認できたところで、シルバーと紅子が依頼人に可能かどうかと尋ねたことがある。
「多少の怪我をさせてもよいでしょうか。出来るなら、それを一筆認めていただきたい」
「お馴染みさんのところを回ると、未払いの精算は必要かと思うのだけれどお考えは?」
どちらもなかなかに不躾な質問だが、紅子の言う『お金が入用』は必要分だけ用立ててくれることになった。ただシルバーがムーンアローを使うつもりだと説明したところ、
「鞭打ちは話を通してあるから誰にも責められませんが、あの界隈でそうした行為はどんな難癖を付けられるか分かりませんよ」
一口に歓楽街と言ってもピンからキリまであるが、ドラムスが逃げ込んだのは場末に近いあたりだ。騒ぎが起きると、最初に出てくるのは警邏ではない。仮にオーレイが一筆書いても、相手がそれを読める保障はないので揉め事になるのを依頼人達は心配していた。ドラムスは読み書きも出来るので、当人用にオーレイは一筆したためてくれたが。
後は木下が、
「奥さんは‥‥ともかくとして、お兄さん達がかくまっているなんてことはないよね?」
オーレイに尋ねた。前半の言葉が途中で濁されたのは、家族肖像画が男性ばかりで奥方らしい人物がいなかったからだ。案の定、オーレイの妻は五年ほど前に他界していた。息子は四人いるが、ドラムス以外は賭け事など嫌っており、一族の恥だとそれは怒っている。彼らに鞭打ちさせると死なせるのではないかと周囲が心配し、オーレイは力がないので冒険者に頼んだようだ。
鞭打ちのことは後ほど考えるとして、一同手分けをして探しにいくことになった。
まずは二人一組に分かれることにして、組み合わせはシルバーと香織、銀麗と紅子、彼方と木下となった。銀麗はミミクリーで若い男性にも見える姿に変わっているので、一応男女一組の見える体裁を整えた形だ。
やることは、馴染みの女性がいるはずの娼館に出向いて、ドラムスの行方を尋ねる。これに尽きた。ただし一組は香織の発案で、ドラムス発見時に駆けつけられるように、他の二班の中間地点で待機とした。
外見と雰囲気にそぐわぬ強硬派のシルバーと香織は、分担した娼館の一つで店の女将に事情を説明していた。シルバーはたいそう無口な性質なので、話すのはもっぱら香織の役目だ。シルバーが書いてもらった書面は、生憎と女将が読み書きが出来ないのでまだ役には立っていない。
「そろそろ危ないと思ってたけど、とうとう見限られちゃったのね」
「そうなんです。なので、もしこちらに来たら知らせてもらえますか」
「そんな面倒は嫌よ。店に入れないから、それでいいでしょ」
年齢不詳の女将は事情を聞くと、予想以上に協力的だった。ただしそれは話をすることに限られていて、率先して動いてくれようとするものではない。まだ昼間で客がいないからと、店内を見せてくれたのは有り難いのだが‥‥シルバーがあちこちの部屋で袖を引かれて別の意味では大変だ。当人はどう思っているのか、まったくうかがい知れないのだけれど。
香織が懸命になんとかそこをを食い下がってはみたが、女将も強かった。結局最初の店では話を聞くだけに留め、他の店に回ることにする。更にドラムスは店の名前がはっきりしないところにも馴染みがいるはずなので、これも知らないかと尋ねてみたが、成果は芳しくなかった。
「なんだかいいお客さんではなかった雰囲気ですね」
偉ぶって、酔うと愚痴が多い、あまり楽しくない性格と評されたドラムスに香織が抱いた感想はそんなものだ。確かにいい客にはなりえない。
聞き込みに向かう担当のもう一組、銀麗と紅子はもっぱら紅子が話している。こちらは相手の物欲に訴えかけて、つけの精算から情報提供の見返りまで盛り込んでいたので、案外と順調そうに見えて‥‥先方の態度が刺々しい。
これは紅子がお仲間と思わせれば話が聞きやすかろうと、自分もドラムスに騙されたと口にしたのだが、相手は彼女の顔を知っていたのだ。おかげで、
「冒険者ギルドの依頼って高いんだって? 貯め込んだって、お金は生きないんだよ」
先程から足元を見られている。紅子も天界人への注目度を少し侮っていたかもしれない。後はおそらく、相手が悪かった。オーレイ達が気にするだけのことはある。
けれども銀麗は少し離れた場所で、案外とのんびりしていた。お金に執着する姿を悪いとは思わないのと、紅子が全然負けていないので傍観者の態度を決め込んでいる。念のため、近くの裏通りにドラムスらしい姿がないかを気にしてはいるが、その程度だ。
「もう、叶わないわね。じゃあこのくらいでどう?」
「たまには高い酒が飲みたいじゃないか。その金額じゃ、うちの店全員には行き渡らないよ」
ドラムスのお馴染みと紅子がにこにこと、火花の散る会話をしている。酒を奢る話になって、その値段が先程から上がったり下がったりをしているところだ。ただ銀麗が見たところ、双方共にそろそろ決着をつける頃合だと考えているようで、さほど待つ必要はなさそうだった。
ついでに相手の態度から、ドラムスを匿っている風情は微塵も感じられない。銀麗がここで魔法を使う必要もなさそうだ。まずはその方面では一安心。
そして、待機組の彼方と木下は、昼間の娼館が居並ぶ通りで悪目立ちしていた。男女二人連れ、真昼間に、何をしているのかたたずんでいる。それは確かに目立つだろう。
だが周辺の建物から覗かれているとは思わず、木下はきょろきょろと辺りを見回していた。目はいいのだが、人の気配を察する感覚が鋭いわけではないから、物陰から覗いている出歯亀には気付かない。
「ゲームとは違うよな。こういう場所があるんだから」
「ゲーム? カードかなんか?」
天界人と一括りにされていても、生まれた世界が違う彼方には木下の言うゲームの正確な内容は分からない。木下もまさか娼館を見てびっくりしていたとは言えないので、笑って誤魔化した。昼間で皆休んでいるのか静かだからいいが、これが夜だったら絶対に歩き回りたくないところだ。
反面、若い女性ながらも彼方は全然気にした様子がない。平然としていて、たまに建物の窓に視線をやる。こちらは人の視線にも敏感なので、あまりしつこく覗いている輩には一睨み利かせているのだが、格別威圧することはなかった。騒がせているのはこちらのほうだし、この時間帯は皆がのんびり身支度する時間だと知っているからだ。
「そういえば、前にいたところで、娼館に行って神父を連れ戻してこいって依頼を受けたことがあってね」
「‥‥そういう人も、どこにでもいるんだね。神父なのに娼館って」
「あれは人助けで行ってたんだけど」
あっけらかんと『中にも入ったことがあるよ』と彼方に聞かされて、木下は固まっていたが、幸いにしてこの日はどこの店にもドラムスの影も形もなかったので、二人が急ぎ呼ばれることはなかった。
この日皆が回った娼館は八つ、それぞれで馴染みとされる娼婦に話は聞いたが、ドラムスが飛び出して以降に立ち寄った場所はなかった。馴染みとはいえ、自分のところにだけ通ってくるわけではない客にはいずれも厳しいもので、やり取りは色々だったがいるいないはすぐにはっきりさせてくれたから分かりやすい。それ以上の協力は二箇所以外は断られたので、分かりやすい交渉手段として礼金の話をしてある。
問題は、依頼人も把握していない店がまだ幾つかあることで、それは八つの娼館でも『多分ここだろう』くらいにしか分からなかった。これを訪ね歩くのは、なかなか骨が折れる作業だ。
この後二日ほどあちこち聞きまわり、もうすっかりと界隈で有名人になった六名が辿り着いたのは、造りは悪くないが古びて全体がくすんでいる店だった。一応屋根に名前を書いた看板があるようだが、汚れていてまるで読めない。
「あ、これがお店の印だよね」
界隈共通の娼館であることを示す印が入った看板だけは、入口にちんまりと下がっていた。これだけはまだ綺麗だが、それを彼方が指差すのはいただけない。銀麗にたしなめられているが、あまり気にしていないところがまた困る。
「男女の別は言いませんが、慎みは必要ですよ。声高にあれこれ言うものではありません」
ことはきちんと弁えなさいと、銀麗が注意を促している間に、木下が店内に声を掛けた。当初は『ゲームに娼館はない』と現実逃避に走っていた彼も、流石に三日も歩き回ると大分度胸が付いてきた。シルバーとは違いお姐さん方にしなだれかかられると逃げるが、最初に声を掛けるのは自分だろうと思い立っているらしい。確かに女性陣が店頭で呼ばわるよりは、相手の反応もいいようだ。
シルバーがもう少し口が達者であれば、もちろん木下はこの役を独り占めなどせずに大喜びで譲ったろうが、シルバーは本日も物静かだ。ただしその雰囲気がよいとばかりに、お姐さんに声を掛けられても動じないところは木下と違う。腹の中で何を考えているのかすら、相変わらず分からなかったりするのだが。
「すみません、人を探してます。ええと、話を聞かせてもらえないかな」
最初は丁寧に声を掛けた木下が、後半いつもの調子に戻ったのは相手が滅茶苦茶不機嫌だったからだ。ものの見事に凶悪なご面相だに化けていたが、相手はエルフの繊細な顔立ちをしている。年齢は、多分変身していない時の銀麗と同じくらい。
「ドラムスを探しているのは、あんた達かね」
「ええ、お耳に入っているのなら用件もお分かりでしょうけど、少しお時間を割いてもらえるかしら」
相手の勢いに呑まれた木下を押し退けて、紅子が前に出た。香織もその横で丁寧に頭を下げ、彼方と銀麗も会釈している。男性陣より前に女性達が出たことになるが、こと交渉ごとにおいては彼女達のほうが数段上なので、男性陣はもしもの荒事に備えるだけだ。
これがまた、殴るだけなら彼方はシルバーとたいして変わらない力量で、他の三人は魔法の使い手だったりして、見物しているだけとも言うが。
そんな女性達が、せっせと不機嫌な相手から聞き出したところによれば、確かにこの店にもドラムスは通ってきていて、今日の朝にも立ち寄っている。けれども目的が馴染みの娘への金の無心で、探し回られていることも指摘されたら、その娘を殴って窓から逃げ出したそうだ。当然店の者が追いかけたが、どこに逃げたか分からず、戻って来ざるえなかった。
「その時間が分かれば、逃げた方向は確認出来ますよ。あなた方も殴られた事の謝罪はさせたいでしょうから、ご本人にお話を聞かせてもらえませんか」
金の無心で女に手を上げるとはどういう了見かと、腹の中が煮えくり返っているのが数名いたが、香織がパーストで確かめようかと申し出て、魔法など縁がないという相手の了解をなんとか取り付けた。後はドラムスに殴られた本人の協力があればいいのだが、廊下に響き渡る声で呼ばれたのに、なかなか出てこない。この調子で呼ばれて出てこないとはもしや顔に痣でもこしらえたかと紅子が心配していたところ、突然動いたのは木下とシルバーだ。直後には彼方が店の中に飛び込んで、件の娘の部屋の戸を開けている。
「ちょっと、なにごと? ああもう、髪の毛振り乱して」
紅子の驚きの後半は、割とどうでもよい。けれども彼女にとっては重要ごとだったが、それとても部屋の中から聞いたことがない男の悲鳴が聞こえてくるまでだ。彼方と木下が何か叫んでいるが、悲鳴の理由は矢を向けられた威嚇にあるらしい。
「‥‥これはどういうことでしょう?」
「逃げたことにして、庇っていたのでしょう。何日も人の目をくらませられるはずもありませんが」
急展開できょとんとしていた香織に、人生経験の差がある銀麗が教えている。紅子は彼方が蹴り飛ばした扉の修理が必要かどうかで、店の者と相談を始めていた。
ドラムスを縛り上げて、匿っていた娘から話を聞いたところでは、金の無心に来たのも、殴られたのも事実なのだが、借金取りに追われていると聞いていたので一日くらいならと部屋に隠していたらしい。六人が来て、今度こそ窓から逃がそうとしたら、それを警戒していた木下に見付かったのだ。
後はシルバーに威嚇されるし、彼方に手荒く縛られるし。
匿っていた娘は、何人かが諭そうとしたのだが、
「自分の食い扶持も稼げない奴に、おまえを身請けが出来るかどうか、良く考えなっ!」
凄まじい怒鳴り声の前には、今更優しい言葉で諭すも何もあるものではなかった。娘のことを案じての言葉らしいとは分かったので、後はお任せしてドラムスを引っ立てる。
後は、依頼人宅に連れて行き、依頼人に立会人まで数名揃ったところで、鞭打ちとなったのだが。
「ここはご父君が自ら実行なさるべきでしょう。自らの手を傷めても罰を与える姿勢で臨まねば、いつまで経っても改心しそうにないですからね」
珍しくシルバーが口を開いて、オーレイに忠告した。冒険者で鞭打ちをやってもいいと言ったのは紅子だけ、それも百発は御免蒙るというわけでは、やはり身内がきちんと処罰するべきだ。
多少野蛮なと思う者がいないでもなかったが、シルバーの言うことがもっともなので立ち会おうかと考え‥‥数名は、鞭での裂傷の痛々しさに途中で退席した。もしかすると、あまりに悲鳴が聞き苦しいので逃げたのかもしれない。
これで改心して欲しいと、全員が思った。