●リプレイ本文
ハーフエルフ五人、人間二人、エルフ一人の八人の冒険者と顔合わせをした依頼人のミハイル・アルドスキーは外見だけなら誰よりも若かった。冒険者の中で実年齢をさておき最も若く見えるのはイオタ・ファーレンハイト(ec2055)だ。そのイオタより一回り近く若いのだが、これがなかなか喰えない相手であることをゼロス・フェンウィック(ec2843)は少し知っている。
それはさておき、全員が移動用、ないし荷運び用のペットの同行も吟味して、『場合によって』と指定された依頼内容もきちんと従う旨を確約したので、ミハイルは上機嫌だった。
「別に皆殺しが楽だとは思わないが、依頼として明言したことをとやかく言う奴は困る」
そうだろうと、自分を見ていたハロルド・ブックマン(ec3272)に語りかけ、相手が余り反応しないのに目を細めはしたが、喉を痛めたのだと馬若飛(ec3237)が言葉を添えたので納得していた。
それよりラドルフスキー・ラッセン(ec1182)が提案したことがあり、そちらに意識が向いたと言える。それに最初に共感を示したのは、ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)だ。
「痛いのとか、出来るだけやりたくないにゃー。中身は同じだし、ちょっとは仲良くしてもいい風に見せたらよくないかにゃ」
蛮族が恭順の意思を示した際にすぐ支援できるように、必要そうな物資を準備してもらって言ったらどうかとラドルフスキーが言い、ルイーザがこくこくと頷いていた。
「確かに恭順を選んだときに‥‥す、すぐに、援助、したら、あ、後の態度が違うと思うのだ」
ケイト・フォーミル(eb0516)も頷いたのだが、途中から言葉がつっかえたのはミハイルと目が合ったからのようだ、ものすごく緊張している。
依頼内容はどうあれ出来れば穏便な対応で済ませたいと思う者は多く、賛同するものは他にもいそうだったが、ウォルター・ガーラント(ec1051)とゼロス、イオタがともかくも予定を立ててからにしようと話の勢いを留めた。ミハイルの同意が得られても、それを誰が入手して、運ぶかの他に、その準備でずれる時間をどう埋めるかが問題となる。
アルドスキー家からの依頼を受けたことがある者達は、彼らがおおらかな時とそうでない時で落差があることを実体験したかは別にしても、話くらいは耳にしていた。よってミハイルの反応を見ながらの予定確認になったが、ラドルフスキーの提案は案外簡単に了承された。ただしかかる費用は提案者が立て替え、必要になった分は最終日に精算する形だ。
「荷物は分担してやってもいいが、たくさん用意しすぎるなよ。余ったら勿体無いからな」
馬が注意したが、まさかラドルフスキーが自分の分の保存食も買い足す羽目になっていたとは思わなかっただろう。
後は荷物を分担して馬や驢馬に積み込み、出発するだけだ。
移動中は、これといった問題には遭遇しなかった。唯一、ケイトが自身は夜間の見張りには向いていないことをはっきり言わずにいたのだが、ミハイルが代理で入って、皆に意外の念を抱かせたくらいのことだ。
ハロルドがそれを見ながら何事か書き付けていたが、なにしろ呪文を唱えることが出来るのかと一部に危ぶまれるくらいに無口な上に、大量に持ち込んだ本のページを暇があれば繰っているので、誰も中身を覗かせてくれとは言わなかった。
事件はなかったが、ハロルドとイオタが交渉の提示条件と落としどころを尋ね、ミハイルが恭順すれば領民として保護下に置き、当面の衣食住を保障することと後日の開拓用地への移住を認める旨を返したところ、口を挟んだのはゼロスだった。
「成人だけならともかく、乳飲み子がいる集団が代官に助けを求めないのは不自然だ。聞いた話からして、他の集団との戦いが続いているからではないかと思うのだが」
「開拓民がその相手であれば、代官に対しても敵愾心があったのかもしれませんね。好条件を提示しても、我々にも攻撃してくる可能性は高いでしょう」
ゼロスの言い分はもっともだし、それを聞いてなるほどと合点がいった様子のウォルターが口にしたことに、ルイーザが唇を尖らせた。人が良いというか、それなら何とかして蛮族達を助けてやるべきだと表情にありありと表わしている。
「自分は政治向きには疎いのですが、他所の領地と揉め事になるようなら対応を変える必要があるのでしょうか」
イオタが困惑気味に口を挟んだが、ミハイルは近隣領地では蛮族との戦闘が起きていないことは確認済みだった。
その説明をして、ミハイルはイオタに『騎士が政治に疎くてどうする』と一言喰らわせた。ケイトまで首をすくめていたが、他の人々はおおむね痛くも痒くも感じない。ルイーザは何か含み笑っていた。
「交渉人がどっしりしてねえと締まらねぇ。頼むぜ、大将」
馬がざっくばらんにそう告げて、話をまとめたかに見えたのだが、ラドルフスキーがその気はないと思うがまぜっかえした。
「あんたが小さくなっているのが一番だな」
言うことが無意識に偉そうなので、時々始末が悪い。援助物資の費用を立て替えたのだから悪い奴ではないと皆分かっていたが、そうでなければ一波乱ありそうな態度である。
もちろん、本当に一波乱が起きるのは開拓用地に到着してからだった。
開拓用地に到着したのは、予定より少し早くて二日目の昼を少し過ぎたところだった。ロバの歩調に合わせることにして、道具類を融通したりしたからだが、その根本にはミハイルが先を急いだことにある。
だが、偵察に出たウォルターが戻ってきて淡々と告げた。
「多分二人、年寄りだと思いますが、死亡しています。赤ん坊は泣き声がしないので、生存は確認できませんでした。全員衰弱していて、考えはともかく実際の抵抗は困難でしょう」
「因果な役回りだとは思ったが、依頼人さんも嬉しくない立場だな。あんまり嫌ぁな結果にならないように祈るぜ」
馬がやれやれと言った様子で肩をすくめ、ハロルドはミハイルの反応を窺う様子だが、イオタやルイーザ、ケイトは穏やかではない。
これまたゼロスが『すでに追われてはいないかも』と冷静に分析しているので、ラドルフスキーがミハイルに提案した。
「弱っていると猜疑心が強くなる輩がいる。下手に警戒されないために、少し物資の提供をしたらどうだろう? 警戒心を解けば、交渉もすんなりと進むだろう」
「こ、子供も、いるみたいだしな。親は、す、素直に話を、き‥‥聞いてくれるかも、しれない」
ケイトも深く頷いて、どうにも気になっていたらしいことを口にした。ウォルターは子供が数人いて、横になっていたのは確認している。こちらの生死は不明だし、他にも怪しげな者が数名いたのだが、集団から離れて放置されているのが二人だったので死亡二人と判断したのだ。埋葬する余裕もないのだろう。ルイーザは自分の荷物から毛布を一枚取り出している。
「相手は三十人だ。退去を命じて、一日考えさせるとして、全員に行き渡る援助でなければ内部で争うかもしれないが?」
「自己負担でも仕方ない。‥‥俺は相手が悪いものであれば倒すが、病人や怪我人をいたぶる趣味はないぞ」
ラドルフスキーが言い放って、何人かに意外そうな顔をされたので、少しばかりむっとしたように言葉を追加した。なんだか態度が『どうだ、分かったか』といった様子ではあるが、黙っていればいいとこの息子に見える。性根はいい人なのだろう。
これを聞いて、ケイトとイオタも自腹を切ると言い出し、ルイーザはとうに食料も取り出していた。馬は『仕事が楽になるなら、ちょっとの出費は悪くない』と嘯いて、ハロルドが多分同意だろう頷きを返している。ハロルドは徹底して口を開かないが、蛮族の反応とミハイルの動向を観察する目付きだ。知的好奇心でも刺激されたのだろう。
基本的には殲滅戦などしないで済めばそれに越したことはないと考えている者が多かったので、三十人分一食を賄う分の保存食は出てきた。思惑は様々となっていたが、
「冒険者は優しすぎるのではないか?」
ミハイルがこんなことをしていたら依頼によっては儲けがないだろうと呆れていたが、ハロルドに、
『最終決定は?』
板書で尋ねられて、苦笑した。
「これで話がまとまれば、個人的に今後一年借りにしておこう」
「家の名前に関係なく、期限付き?」
「当然だろう。生涯、百年以上も続く約束など出来かねる」
確かにとゼロスが納得してしまったので、他の人々が要求を積み重ねることは出来なくなった。急ぐ用件がある時でもある。
そうして、イオタとケイトの無言の圧力やルイーザの『早くしようよ』の声に急かされ、九名は蛮族の集団と向かい合うことになった。
ウォルターは『抵抗は困難』と報告したが、実際にはそれは相当控えめの表現だった。はっきりと言うなら『交渉も困難』なほどだ。離れて置かれた遺体は二体だが、これはもう数名冷たくなっていても不思議はない。身を寄せ合うというより、折り重なるように倒れている人々の集団だ。
それでもよろよろと立ち上がった男達が誰何の声を出し、ミハイルは顔色一つ変えるでもなく名乗って、要求を突きつけた。自領への不法な占拠を解き、退去か恭順かを翌日までに選択するようにと。
最後に追加したのが、ゼロスの指摘があった『まだ追われているのではないか』の確認だったが。
「そのラスプーチンは黒髪で髭がある、人間の男か? デビルは何を連れていた?」
冒険者達がいっせいに周辺への警戒を始めた証言は、『ラスプーチンと名乗った男に従わなかったので、村を焼き討ちされた』というものだ。デビルの存在そのものを説明した男は知らなかったが、『見た事もない空を飛ぶ毛むくじゃらの生き物』の他に、他の集落の蛮族達も従っていたと証言した。ラスプーチンは彼らの村にも一度出向いて来ていたのだが、その際に従うことを突っぱねたので、今度は冬越しのための備蓄が揃ったところを襲撃されたようだ。
蛮族達の村があったのは、キエフからだとおそらく東方だ。距離ははっきりしないが、それは相手が詳細な説明が出来る体力がないためである。どう考えても、抵抗どころか退去も出来はしない。
「なあ、依頼人さんよ。差し出口とは思うが、これは殺したらまずい相手だぜ。少し世話して、情報を手に入れるべきじゃねえの」
「予想外だが、その通りだな」
馬がロシアの国情に配慮した提案をして、ついでに自分が食事の世話をしようと言い出した。意外なことに料理が得意で、傭兵の彼は怪我人や病人向けの食事作りの心得もなくはない。
「以前はここに来た者を追い払ったそうだが、今後はどうしますか? 信念で嫌だと言うのは、その乳飲み子も巻き込んで殺す傲慢でもあると知ってから、返答しなさい」
ずっと冷静に事態を見守ってきたウォルターが、乳飲み子と子供にかろうじて息があるのを確かめて、大人達に問いかけた。そうまで言われても、相手はまだためらいがあった様だが、ミハイルがキエフの貴族で、身分がしっかりした人だとイオタとケイトがせっせと説明して、ようやく考えを決めたらしい。
以後、アルドスキー家の領民として、この借りは絶対に返すと頭を垂れた大人達の姿に、ラドルフスキーが馬へと食料を渡した。ミハイルもあの証言があっては世話をすることに否やはない。その様子に、ウォルターが尋ねた。
「あの栗の木の横から入って、結構距離がありますが、薪の蓄えがされています。心当たりはおありですか」
「見回り用の備蓄だ。薪の下に必要な道具と酒もある。運んでくれ」
偵察の折に見つけていたのか、ウォルターは許可を貰うと速やかに動き出した。ケイトが慌てて付いていく。竈も組んである場所があるので、残った七人で倒れている人々をそちらに運ぶことにした。あちこちで火を焚くと燃料が無駄になるから、出来るだけ火を起こす場所は近いほうがいい。一つ問題として、その場所が周辺の森に近く警戒が面倒だというのはあったが、今まで追って来ていないことから、少し楽観的な見方をすることにした。どうせ出来るのは通常の索敵なので、ウォルターが戻ってきたら対策を立ててもらい、ゼロスとラドルフスキーの魔法に頼ったほうがいい。
まずは薪が運ばれて、悠長に火を起こしていられないので油を振り掛ける。まるで篝火のように炎が上がる頃、その時点で死亡者が全部で四名と判明していた。年寄りが三人、年配の女性が一人だ。ミハイルはこの状況も予測していたようで、思っていたより少ないと口にして、ルイーザに睨まれている。
だが、衰弱した者にはスープも喉は通らないだろうと蜂蜜の入った壷と、どうやって愛馬に積んでいたのか氷漬けにした山羊乳の壷を出したので、評価は目まぐるしく変わっている。この間にケイトとウォルターは薪の下の道具類、テント用の布で厳重に梱包された斧や大鍋、酒の壷を運んできた。
まずは酒や白湯に蜂蜜を溶かしたものと、乳飲み子に山羊乳を温めたものを与えてから、馬はラドルフスキーが準備した食料でスープを作っている。ウォルターが周辺警戒の準備をする間に、ケイトが驢馬を借りて薪を運び始めた。ルイーザは皆にあれこれ話しかけながら、せっせと飲み物を配り、こまごました手助けをして、ラドルフスキーとゼロスは風除けにテントの布を張り巡らせている。イオタは自分のテントを提供して、特に衰弱がひどい数名を入れていた。ハロルドは相変わらず無口に、馬の仕事を手伝っている。
翌日、少しは元気になった者がいる一方で、相変わらず予断を許さない者もおり、何より母親が乳が出るほど 体力が回復していない。このため、一番近い町に行けと命じられたのがハロルドで、渋々書面を受け取って、フライングブルームネクストを取り出したが、出かける前に一文書き残した。
『一年以内に珍しい書物の在り処が分かった時には、紹介して欲しい』
了承したミハイルの表情は多分に呆れを含んでいたが、ハロルドの荷物を覗き見たことがある人々はもっと呆れていた。本の山なのに、まだ欲しいらしい。とはいえ、無口が過ぎて保護した人々との会話が成立しないので、彼が出向くのが一番だ。どうやって用件を果たすのかは、想像出来ないとしても。
そうして、ハロルドに緊急分の物資を渡し、それ以外の必要物資を揃えて代官が到着したのがこの翌日で、冒険者八名は一足先にキエフへと戻ることになった。それでも節約した時間分、現地で余計には働いている。
これが『一年間の借り』で十分だと思ったのは、騎士道精神を発揮したイオタとケイト、性格的に他人を見捨てておけないルイーザで、他の五人は色々と違うことも考えていたようだ。今後のロシア王国の展望も、その中には含まれていたかもしれないし、もう少しささやかにアルドスキー家との関係であることも考えられる。
だが満足の一番は、まだ見ぬ本の事を考えている一人だろう。