●リプレイ本文
アデラのお茶会は、多くの常連の善意に支えられていた面があるのだが、今回は初参加がいた。
何も知らなきゃ、優雅な会に見えるのだ。月道管理塔に勤務するウィザードの女性が主催するお茶会だから、依頼書だけ見て、依頼人の経歴だけを聞いている分には。
それで参加することにしてしまったのか、オグマ・リゴネメティス(ec3793)はこれまでのお茶会のあれやこれやを確認して、
「これは覚悟を決めていくしかありません。でも知ることと、実行することは異なりますから‥‥」
何かの間違いでひどいことが報告書に書かれているのではないかしらなんぞと期待している時点で、オグマが間違っている。植物用の解毒剤を用意しているのが、初参加者としての正しい姿だ。
そしてもう一人、著しく間違えているのがレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。こちらは何にも確認せず、ギルドの誰かの前で『優雅なお茶会は憧れです』と口にしたので、強制的に解毒剤を持たされている。
「どうしてこれが必要なのか分からないのよね。せっかくのお茶会だから、美味しいお茶の淹れ方や色んなことを教えてもらえると嬉しいのだけど」
その解毒剤にバードらしくリュートを準備し、着て行くものは一番見栄えがよい服。移動はペガサスでと、他の人々が聞いたら遥か遠くを見遣りそうな身支度を整えているレティシアだった。
お茶会前日、初心者が準備に明け暮れている間に、一部の常連はアデラの家に上がりこんでいたりする。
一番乗りは、日も昇らないうちからやってきたマート・セレスティア(ea3852)だった。アデラの家では、起き出して来たアデラの姪のシルヴィが竈に火を起こしている時分だ。
「おっはよー。今日はアデラ姉ちゃんが全部おもてなししてくれるから楽しみだな」
「マーちゃん、それは明日よ」
まるで親戚のような勢いで上がりこみ、台所の作業台に椅子を引き寄せて座ったマーちゃんの前に、林檎が一つ出てくる。彼がそれを食べている間に、固くなったパンを火で炙って、今度はそれが供された。
「パンを食べたら、林檎と小麦粉を持ってきてね。ご飯はまだ出来ないから」
「しょーがないなー」
パンを食べながら、マーちゃんは庭に出て行く。勝手知ったる他人の家、食べ物の在り処は全て心得ている彼は、場所指定などなくても食物が貯蔵庫に向かっていく。
この調子で一日食べ続けるのだが、もはやそれはお茶会の時に必ず見られる光景だ。アデラのその家族も、もう慣れていた。
そして、いつものお茶会では前日から参加者の半数以上がやってきて何やかやと準備をするのだが、集まることにかけてはこの日も変わらなかった。一応アデラが全部準備することになってはいたが、とてもではないが任せておけないものがある。
それは、お茶。主役のはずのこれだけは、アデラが用意したものをそのまま使うのは、アデラのお茶のお師匠様のサラフィル・ローズィット(ea3776)も、厳しいようで結構甘いご意見番のリュヴィア・グラナート(ea9960)も納得していなかった。
「ご無沙汰で何を言い出されるかと思えば‥‥」
「アデラ殿と私達のためにも、お茶の葉の確認だけはせねばな。それにアデラ殿が、一人で準備を万端整えられるとは思えない」
結構失礼な会話だが、これに同意するのは後二人いる。ここ最近の習慣から、一応様子を見に来たサーラ・カトレア(ea4078)とアニエス・グラン・クリュ(eb2949)だ。
「皆で準備するのも楽しいのですけれど」
「リコリスのクッキーを持って来ましたけど、全員分には足りないので焼かないと駄目だと思うんです」
そして揃いも揃って、手伝うつもりだった。なによりも大事なのは、お師匠様とご意見番のお茶の葉確認だ。誰だって、ご飯は美味しく食べたいだろう。
というわけで、アデラの家にやってきて、いつも通りだがまるで家族の一員のように食卓に混ざりこんでいるマーちゃんの姿を見る。途端に思い出すのが、今日は下ごしらえで終わらないとこやつに食い尽くされてしまうという事実だった。アニエスはすかさずクッキーを隠している。
「あー、ねえちゃん達駄目だよ。今回はアデラねえちゃんがおもてなししてくれるんだから」
マーちゃんは何か言っているが、とりあえず無視。アデラは台所にいるようなので、そちらに出向いてみたら。
「ここでお塩をお匙に一杯、にーはーいー、さんばーいー」
怪しげな秘薬でも煮ているような様子で、アデラが煮物を作っていた。傍らに料理の手順を書いた石板を置いて、その通りにやっているようだが、全然料理しているように見えない。普段はもう少し手際がいいのにと思いつつ、リュヴィアが言っていたままの状況なので、何を作り足すかと目星をつけていると。
調味が一段落したのか、くるりとアデラが振り返って叫んだ。
「駄目ですのよー、今回は私が一人でやるんですもの」
「なるほど。我々はいつもの調子で見に来ただけだ。気にせず準備していてくれ。とはいえ、もてなしは客を喜ばせるもの。我々も楽しくて準備をしていたのだから、たまには手を借りてもらえると嬉しいな」
リュヴィアがアデラの勢いに負けない調子で、にこやかに言い切った。サラもにこにこと、
「アデラ様の新作のお料理だそうですから、参考に作るところを見せてくださいな。まさかそれまでお嫌だなんて、おっしゃいませんわよね?」
神妙なことを言っているようで、押し切っている。アニエスとサーラは真似出来ないと、ただ見遣っていた。しばらくして立ち直り、これまた勝手に食器を下げたり、小麦粉を出したりしているが。
ついでにアニエスは、マーちゃんに見付からないようにシルヴィの部屋にクッキーを隠させてもらった。
ところで誰もが気になる今回のお茶だが、葉っぱは枯葉状態で一見しただけでは誰も正体が分からなかった。そして、これを煮出してみると、
「自信作ですのよ。うふふふ」
アデラが珍しく含み笑いを漏らしたそれは、懐かしの『淀んだ沼の腐った喪の緑色』の液体が器に移してもぐつぐつ煮立っている謎の代物だった。初参加のオグマとレティシアがこれを見たら、参加を考え直したかもしれない。
「まったく、今回は手出しはすまいと考えておりましたけれど」
「やはりアデラ殿一人での準備には無理があったな」
お師匠とご意見番が断言し、誰が口出しをする間もなく今回のお茶は全部竈にくべられた。
「あれなら、きっと丸一日寝ないで働けましたのに〜」
そんな薬効を期待するなと、家族も含めたほぼ全員から諌められても、アデラは残念そうだったが‥‥すぐに煮物の様子を見るために復活した。
「ここでよく上と下を入れ替えて、ええと、どうするんでしたかしら?」
微妙に出来が気になる料理である。
とりあえず、サラとリュヴィアのみならず、サーラとアニエス、シルヴィも加わって、いつものように料理や準備を始めた。周辺を食欲魔人がうろうろするので、適宜追い払ったり、仕事をあげたり、残り物を処分させたりしている。
それもまた、いつもの光景だが‥‥このほとんど全員がそのまま夕食の席にいたりするので、帰ってきたジョリオがあらぬ方を見遣っていた。でも明日のお茶会には、彼も一蓮托生だ。
そして、お茶会の当日。
指定の時間に、オグマは服装は結構上品なもの、でも帽子は派手ななりで現われた。もちろん荷物の中には解毒剤を忍ばせてある。心細かったのか馬を連れているのだが、時々姿を消すのは怪しい。
「おはようございます。本日のお茶会に参加させていただく、オグマ・リゴネメティスです」
それでも礼儀正しく扉を叩いて、自分の名前を口にしたところで、中から顔を出したのはリュヴィアだった。初対面だが、オグマはアデラが人間だと聞いていたので首を傾げる。
挙げ句、そこにペガサスに乗ってレティシアが颯爽と現われたので、ご近所から『また何かやっている』と言われている声がした。
「本日はお招きに預かりまして、大変感謝しております」
「アデラ殿、初心者が二人到着だ。ジョリオ殿、馬が二頭いるのだが」
この時点で、一生懸命考えた口上がさらりと受け流されたレティシアも不思議に思った。
だが一番驚いたのは、ジョリオだ。こちらは騎士らしく、初対面の二人に分かりやすく自己紹介をし、リュヴィアも紹介してくれたが、『馬二頭』でしばし固まっていた。ここは冒険者街ではないから、やはり珍しい生き物には耐性がないらしい。
お茶会慣れしていない二人は、屋内に招きいれられてから、誰がなんだか分からずに困惑していたが、別にとっつきの悪い人物がいるわけではない。同じ冒険者でもあることだし、挨拶をしてからオグマは何か手伝おうかと言い出した。となれば、レティシアも当然申し出るのだが、準備はだいたい出来ているので、サラが本日持ってきた花束を活ける手伝いだけをした。
「あの人はなんですか?」
「この家のお子さんではないと思うけど」
ひそひそと噂されているのは、マーちゃんである。どこにでも現われて、まだ始まらないのに食べ物を抱えているから怪しい人物なのだ。自己紹介も、
「おいらのことはマーちゃんって呼んでおくれ」
これだけだった。
それでもお茶会は大量の料理とお菓子がテーブルの上に所狭しと並び、冒険者が七人に主催のアデラとその夫のジョリオ、姪のシルヴィとマリア、アンナの総勢十二人で始まった。もう一人の姪ルイザは、聖夜祭合わせの仕事が佳境で留守。
レティシアは、アデラのお茶の淹れ方を観察していた。この作法が身に付くまでの、周囲の人々の涙ぐましい努力は、オグマのほうが良く知っているのだがこの場で口に出来ようはずもない。二人共に何が出てくるかしらと固唾を呑む勢いで待ち構えていたところ、出てきたのはごくごく普通に見える香草茶だ。
ここでサラから重大発表があった。
「アデラ様が用意なさった品物に色々不都合がありましたので、リュヴィア様がお持ちになったものに変更になりましたの。これは先だっての依頼先で仕入れてこられた、新しい配合だそうですわ」
意訳。『またとんでもないもの用意したので、捨てちゃった』だ。これを合図と共に全員で飲み干すのだと、レティシアが一生懸命ふーふーしていたら、マーちゃんが口を挟んだ。
「駄目だなー、このお茶会はアデラねえちゃんの美味しい料理と不味いお茶を飲む集まりなのに。最初の一杯目は、あの不味い茶じゃないと、調子が出ないよ」
「出さんでいい」
リュヴィアが冷静に突っ込んでいて、サーラがいつものこととばかりににこにこしている。優雅なお茶会ではない。どう見ても、マーちゃんが両手に食べ物を持って、その上皿にも積み上げて、口いっぱいに頬張っている辺りでもう違う。近くの料理を取ろうとすると、威嚇するし。
「初心に帰るとお聞きしましたが、お茶はよかったのでしょうか」
アニエスが心配していたが、ものが『ぐつぐつする変な緑の液体』では、誰もそれを出そうとは言わない。そもそもアニエスもこの集まりが『探究心旺盛なウィザードが怪しげなお茶の人体実験をしている』気配濃厚だと思っていたが、これが『騎士の妻として客をもてなす心遣いに目覚めたのなら素敵なこと』と期待したものの、『変な液体』はちょっと。アデラはリュヴィアの新配合でとりあえず探究心を満足させているらしい。だが、ジョリオの母親から習った料理が、大変に感想を述べるに窮する代物で。
「ジョリオ様のご母堂と、お茶会の話で何かあったのかと思いましたけれど‥‥これは?」
アデラの話ではとても素敵な人で、料理も上手そうだけれどとアニエスが尋ねてみたところ、ジョリオは難しい顔をして煮物を口にして呟いた。
「これでも三日前よりは、お袋の味に近付いたと思う」
他の人々のなんとも言い難い視線に対して、アデラはぽややん笑顔でこう述べた。
「あと十回くらい作ったら、うまく出来るようになると思いますのよ」
「反復は練習の基本ですからね」
サーラの言うことも間違ってはいないが、そろそろオグマとレティシアがこのお茶会の真実を悟った頃合であろう。二人で顔を見合わせ、何かを理解して頷きあっていた。
その後、アニエスからはジョリオの母親も同席してのお茶会はどうだとか、リュヴィアが歳の初めにはジャパンの餅つきをしてみたいとか、マーちゃんが絶対に年越しはお茶会をするのだと提案していた。年越しのお茶会はいいが、餅をつくためには米が必要なので流石に難しい。ジョリオの母親も新年は自宅で迎えるだろうから、招くとしたら年が明けてからだ。
結局のところ、最初に要望が叶ったのはレティシアの『お茶の淹れ方を教えて欲しい』である。これは道具もたくさんあるし、先生もいっぱいなので、なんら問題ない。茶葉の選定から叩き込まれることになるとは、巻き込まれたオグマも思わなかったことだろう。
だが。
「まあ、このくらいならいいですよね。飲んだら性別が変わる薬でもありませんし」
オグマが漏らしたこの一言に、アデラがものすごい勢いで振り返り、お師匠とご意見番に『変なものに興味を持たない』と怒られたのが、まあささやかな事件である。
その後、一通りお茶の淹れ方を習ったレティシアが、お礼としてリュートを奏で、サーラがそれに合わせて踊ってくれた。美味しい料理とお茶を堪能して、音楽と踊りを楽しむなど、これはもう素敵なお茶会であろう。一部例外的料理と、まったく意に介さない食欲魔人を除けば、だが。
「久し振りに、優雅な気持ちになったような気がしますわ」
「毎回こうだと、私も気分がいいのだが‥‥どうせお茶の確認は必要なのだろうな」
ちょっと怖い会話が繰り広げられているけれど、レティシアの腕前はたいしたものだから、だいたいの人は気にしなかった。サーラにいたっては、過去にもそのすごさが目に焼きついている者が多かろう。
解毒剤も使わなかったし、これはなかなか貴重な体験をしたかしらとオグマが思っていたら、この日最大の衝撃が皆を襲ったのだった。与えたのは、演奏を終えて、大分寛いだ様子のレティシアである。
「あのぅ、差し支えなければ、私を弟子にしていただくなんて‥‥無理かしら?」
彼女の心中が『作法だけなら完璧だって誰か言ってたし、お茶については反面教師とも言うし、一応普通のお茶も淹れられるみたいだし』なんて、色々な感情で渦巻いていたとしても、それは他の人には分からない。何人かが茶器を取り落とし、アデラは『まあ、私なんて』と言いつつまんざらではない様子で、数名が頭を抱えている。唯一元気なのが、マーちゃん。
「お弟子が出来たら、毎月お茶会してくれなきゃ」
でも多分、アデラのお師匠様は孫弟子が出来る事を納得しないだろう。
「お茶会に来て覚える分には、差し支えないのではないかな」
ご意見番のご意見が、一番最もな感じだったが‥‥
次回のお茶会は年越しの予定。そして、時と場合により大事件勃発かもしれない。