●リプレイ本文
今年最後の早朝、明らかに他人の家を訪ねるには早い時間帯にサラフィル・ローズィット(ea3776)とリュヴィア・グラナート(ea9960)の二人は、アデラの家の扉を叩いていた。家人達がいないなら、出掛ける前に顔を合わせて、本日の皆の予定の確認などをしておくべきだと思ったからだが、
「いらっしゃーい、みんなよろしくね」
出迎えてくれたのはマート・セレスティア(ea3852)だった。まあ、予想された光景ではある。
「アデラ様達はもうお出掛けですの?」
「まだ。これからごはん。一緒に食べる?」
「‥‥お茶だけいただこうか」
「あら、わざわざ早くから来てくださいましたのね」
アデラもやってきて挨拶が非常に簡素に済み、アデラ達とマーちゃんが食卓を囲むところに、リュヴィアとサラも同席した。何の違和感もかもさないところが、お茶会常連達のなせる業‥‥かもしれない。
ちなみのこの頃、初めてお茶会にやってくるリースス・レーニス(ea5886)はわくわくどきどきと起き出していて、ルースアン・テイルストン(ec4179)は土産に買っておいた華やかな造花を入れる籠を探していた。
もうしばらくして、こちらは自分でこしらえた造花を手にニミュエ・ユーノ(ea2446)が、途中で合流したサーラ・カトレア(ea4078)と到着した。この頃には、アデラ達は仕事に向かっている。続いてルースアンとリーススもやってきたが、もう一人の参加者セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は自宅で料理を仕込んでいて、夕方になるまで出向いてこられない。
それでも家人が六名の家で、七人の冒険者が働いているのだから変わった依頼であることに変わりはない。
さて、この時間に集まるべき全員が揃ったので、アデラのお茶会お師匠様のサラが宣言した。
「お掃除とお料理に分かれて、新年を迎える準備をいたしましょう」
これに衝撃を受けたのが、ニミュエだ。お茶会の参加は実に三年ぶり。その間の変遷を知らないので、『参加者が準備するお茶会』だとは思いもしなかったのだろう。
「そんな‥‥すぐにご飯じゃないですのーっ」
「ねーねー、お昼はどうしたらいいの?」
今からでも食べられるのかと思っていたとしょぼくれているニュミエの横で、リーススもちょっと不安になったようだ。年越しが始まるのは日が暮れてからなのだから、それまで何にも食べられなかったら彼女だって倒れてしまう。そんなことを考えただけでふらふらするかも。
ルースアンは食事のことより、すっかりとめかしこんできてしまった自分の服装では、掃除と料理のどちらに向いているかと考えている。一人住まいだが、どちらもそれほど自信はない。一応造花の飾りつけはしようと思っていた。
結局、まずは全員で手分けして掃除を行い、時間を見計らって料理を始めることになった。家人がいないのにあちこち部屋を開けてもいいものかとは、誰も思わない。あまりに普通に振る舞っている人が多いからだろう。
最初は台所、それから居間兼食堂、家人の私室は昨日のうちに片付けたそうなので、家の中を飾り付けたり、門扉から玄関までを綺麗にしたりすることになる。指揮官は屋内がサラ、屋外はリュヴィアが担当だ。
台所担当がサラとリースス、サーラの三人で、居間がルースアンとニュミエ、屋外がリュヴィアとマーちゃんと分担して始まったが、最初にリュヴィアが大きなパンとチーズを抱えて出て行くのを見て、リーススが目を輝かせた。
「鶏の他にも何か飼ってるの?」
「マーちゃんですよ」
「ご飯がないと、台所に入ってきてしまいますから」
サラとサーラの至極当然といった返答に、リーススはしばらく悩んでいた。マーちゃんって、あの男の人のことだよね? と、同族の彼女は結構的確に年齢不詳仲間のマーちゃんの年齢を推し量っている。
まあいいやとリーススが気を取り直して、大きなお肉の塊を眺めてちょっとうっとりしたりしながら、指揮官の下でくるくると働き始めた。リーススの担当は、台所の低いところと狭い場所だ。美味しいものを食べるために、細かいごみも全部掃き取る勢いでくるくる、くるくる。
サーラは慣れた様子で、食器が収められた棚から埃を拭い取り、本日使う分の茶器を磨き上げている。その中には彼女が贈ったものも入っていた。お茶も複数あるので、人数分以上を用意するから、磨くだけでも結構時間が掛かる。
サラはかまど周辺を掃除して、それから料理に使う材料を広げていた。食欲魔人の来襲に備えて、確認したものは籠に収め直したり、布をかぶせたり。ぱっと掴んで逃げられないようにするのが大切だ。そんな合間に、埃が立つ作業が終わったのを確かめて、パンを焼くための生地をこねたりと忙しい。
かたや居間では、ニュミエが掃き掃除、ルースアンが拭き掃除と担当を決めて、順調に作業を進めていた。最初に二人で上の方から埃をはたいたので、後は拭いたり掃いたりするだけだ。窓を開けているので、ちょっと寒いが上着を着て頑張っている。
ただ。
「ニュミエさん、集めたごみをどこに出すか‥‥」
「ララリラ〜リラ〜リ〜ル〜」
しゃっしゃっと小気味よい箒の音を響かせて床を掃いていたニュミエは、いつの頃からか鼻歌を歌いだしていた。バードにして吟遊詩人、こういうときでも歌が出るものだと感心して、ルースアンもその歌に合わせて動いてしまったりしていたのだが、困ったことに話し掛けてもニュミエは聞こえていない。ごみは集まっているが、それをどこに片付けたらいいものかルースアンにはさっぱり分からないので、一応お茶会先輩のニュミエに訊きたかったが。
「ニュミエさ〜ん」
「あら‥‥このごみ、どうしましょう?」
二人してサラに指示を仰ぎにいき、それから自分達が持って来た造花を飾りだす。二人で持って来たから、暖炉周りと食卓はとても華やかなことになりそうだ。
庭ではリュヴィアが玄関前を掃除していたが、マーちゃんは納屋まで薪の束を取りに行っては保管されている干し果物を味見し、裏の畑周りの枯れ草を除けては植わっている根菜を抜いて齧り、仕事をしたと騒いではリュヴィアにパンをねだっていた。
「まだ薪が足りないから、これを食べながら行って来い」
「なんかほかのもおくれよ〜」
リュヴィアは黙々と作業していたが、マーちゃんを適宜扱き使うことは怠っていない。納屋のものも、目に付くところに食べてもいいものを置いたりと、事前の準備はばっちりだ。畑の根菜は盲点だったが、それを齧っている間はしばらく静かなのでいいことにする。
もちろんアデラには、どれをどのくらい使っていいのかを確かめてあり、絶対に使えないものは隠してあった。
準備はどこも順調である。
料理の大半は、六名揃って行うことになった。
「わー、お金持ちの人は焚き火の素もこんなに用意してあるんだね」
お湯を沸かしてと言われて、かまどに向かいかけたリーススが枯葉の山を見て歓声をあげた。焚き付けに使うものがたくさんあって便利だと思ったついでに、自分の将来の豪邸計画も述べていたが、
「これは、アデラ殿の用意したお茶の葉だが‥‥こうも砕けていると、確かめようにも覚束ないな」
リーススだけでなく、ルースアンも動きを止めた発言はリュヴィアのもので、ニュミエはそれで三年前のことを少し思い出したようだ。
「アデラねえちゃんのお茶会は、ねえちゃんが用意した不味いお茶を飲んで、こっちのねえちゃん達のうまいお茶を飲むんだよ」
「‥‥そうなんですの?」
ルースアンがこれまで多少のことでは動じなかった落ち着き払った様子もどこかに、信じられないといった面持ちで誰にともなく尋ねたが、サーラが『うふふ』と笑っただけ。サラとリュヴィアはこの葉っぱの残骸をどうしてくれようかと見詰めている。
「蜂蜜漬けの果物を入れたりしたら、きっと味が調いますよね」
「甘いもの入れると美味しいもんね」
「でもあれ、あんまり美味しくなさそうですわ」
サーラがあらあらと見守る中、初心者と初級者が困ったように呟きあっていたが、やがて。
「リーススさん、これは焚き付けにして構いませんから」
サラの一言で、今回のアデラのお茶はかまどにくべられることになった。何か危なげなものが、原型を半ば失った形で入っていたので、全部危険と判断されたらしい。
この間、マーちゃんは古ワインでパンと野菜とチーズを摘み食いしている。
夕方近くになって、アデラが息を切らして帰ってきた。リュヴィアが期待していた前回振る舞った煮物は時間がないので作らないが、さすがに全部人任せは駄目だと思ったようだ。でも最初にやったのは、
「‥‥お茶の葉が行方不明ですわ〜」
探すことだった。皆、そ知らぬ振り。
しばし探して、なくなったならまた次回と一人で盛り上がっているアデラに、物怖じせずに近付いたのはリーススだ。パリの皆と近くの教会で暮らしている友達に、少しご馳走を持っていってあげたいのだと言う。彼女がそう言い出してもおかしくないくらいの料理が並んでいたので、アデラはじめ大半の者はたくさん持っていけばと言ったのだが、二人ばかり違う者がいる。
「こ、このお料理は出来るだけ残しておいて欲しいですわ」
いつの間にか摘み食い態勢のニュミエが、慌てふためいて豚肉料理を指差している。もう一人はものを言うより先に食べていた。
「そんな態度ではいけませんわよ」
屋内指揮官サラがめっとしたので、リーススは彼女が下げられる一番大きな籠に料理を詰めてもらい、サーラとニュミエに付き添われて出掛けて行った。さすがに日が暮れる時刻に、一人歩きはさせられない。
食欲魔人が抵抗していたが、アデラもリュヴィアに勧められてジョリオの実家に差し入れに向かった。もちろんお姑を目撃したいリュヴィアが同行だ。
しばらくして帰ってきた時には、なんともいえない笑顔でサラに報告している。
「すごかった」
何がどうすごいのか、余人には分かりかねるが、ある程度付き合いがある者は表情で何かを察したらしい。この中には、抱え切れなかった料理を娘にも持たせて到着したセレストも含まれていた。
「なんだか、お会いしたいような、したらいけないような方みたいね」
「幸いにして、我々に好意的だ。お茶のことはご存じないが」
こちらも姑を抱える身のセレストの台詞への返答は、後半が大問題だった。なんとなく、全員が溜息。アデラだけきょとんとしている。
まあ、無事にリースス達とジョリオや四人姉妹が戻ってきて、セレストの娘のアニエスと賑やかに『なぜ参加しない』『祖父母のところに行く』『明日行け』『約束しているから無理』とひとしきり騒いでいたが、アニエスは渋々といった様子で帰っていった。セレストも一緒ではないので、渋々。
でも残ったセレストが楽しい年越しかといえば、まったく違う。なぜなら彼女が持参した料理を狙うマーちゃんと、中身が知りたいリースス、ニュミエが周辺をうろうろと。
「あまり人手がいてもぶつかりますし、新年を迎えるのにおめかしなさいませんか」
ジョリオは台所に入らず居間の暖炉の世話をしているが、他の面々は台所でうろうろしていて、確かに邪魔だ。ルースアンが気を利かせて、年少組とリーススを連れ出した。
居間にせっかく飾りつけたが、造花を少し外してルースアンが皆の髪に挿してやる。その前に髪を結い上げたり、お針子のルイザが貯め込んでいるリボンを結んだりと賑やかだ。
その頃の台所は、最後の詰めで慌しい。料理を盛り付けたり、お湯を沸かしたり、茶器を運んだりだ。合間を一人ちょろちょろしているが、サーラが居間に追い立てる。
途中でルースアンが戻ってきて、リュヴィアが持ち込んだお茶の葉と蜂蜜漬けの果物など甘みを加えるものを抱えて運び出す。その後ろをサーラが用心しいしい茶器を持って移動。
サラとリュヴィア、ニュミエが豚肉、山羊肉、チーズに卵、麺にパンに色々の料理を次々と運ぶ。卓いっぱいに広げて、見るだけでも幸せな光景だ。
更にセレストが作った黒すぐりのジャムにカスタードクリームのパイなどお菓子類を運んでいく。食べるのは後でも、広げてあればやはり眼福だろう。
全部揃えて、卓がいっぱいになったところで、食欲魔人を捕まえて、食前のお祈りである。一年を過ごしたことにも感謝して、
「いただきまーすっ!」
その後は、まあ、無礼講だろう。いつもの光景ともいえる。幸いなのは、通常この光景で呆けてしまう初心者のうちリーススは、マーちゃんに負けない勢いを持っていたのと、ルースアンがきちんと情報収集していたことだ。さすがに料理を思うように取れなくて、上級者達の支援を受けてはいたが。
一部を除き、今回は困った茶葉がないので穏便に料理を食べ進み、お茶を楽しんで、おなかがある程度膨れたところで、お約束は来年の抱負。
「ごーはーんー」
食欲魔人は多分これだろう。
「わたしはマイペースで」
リュヴィアはいつもどおり気負ったところがない。
「抱負ではありませんけれど、今回お茶がいただけなかったので機会があればぜひ」
ルースアンはなかなか研究熱心に、アデラに今までのお茶の効能を尋ねていた。話が弾んでいるようだ。
「今年は戦いに駆り出される事が多かったから、来年はまったり生業に専念したいわね」
セレストは赤ん坊を取り上げるのが普段の仕事だ。暮れも新年もないときがあるが、今年は今のところでは落ち着いた新年を迎えられそうである。
「歌とはお話が上手になるように練習するのー」
リーススはその他に、明日も友達のところにご馳走を持っていきたい気分らしい。残るかどうか心配している。
「踊りをもっと練習します」
サーラは謙虚にそんなことを。
「‥‥そうですわね、一つくらいは料理を覚えてもいいかと思っているところでしてよ」
ニュミエのそれは、胸を張って堂々と言うことではないような‥‥当人的には前向きなのだろう。
「アデラ様のお茶を、もう少し飲み易いものに出来るといいいですわね」
サラの抱負、否、願望は皆の一瞬の沈黙を返された。当人は遠いどこかを見詰めている。
そして、この家の家人達は、
「魔法をいっぱい覚えるのー」
「古代魔法語もねー」
「月道で働けるように、外国語の勉強をするのよ」
「刺繍職人になる」
自分の仕事に関係する目標を掲げたり、
「後輩の指導を任されましたのよ。私の憶えたことを分かりやすく教えられるように頑張りますわ」
「隊長の肩書きが付いたから‥‥仕事と家庭の両立が目標」
仕事の抱負を述べていたが、大人二人のそれはサラのものより驚きをもたらしたようだ。白々とした空気が漂っている。
まあ、気を取り直して。
「ご飯取るなよ!」
「私もそれ食べたいのっ。ちょーだい」
食べるのに夢中な人達もいるが、ニュミエが楽器を取り出して、サーラがちょっと衣装を直し‥‥
新年を迎えるまで、しばし歌と踊りの夢幻の世界に遊ぶことにした。