【収穫祭】‥‥には、まだ早い!

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:2〜6lv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月30日〜11月04日

リプレイ公開日:2004年11月07日

●オープニング

 よろよろとした足取りで、十代前半の女の子が冒険者ギルドにやってきた。
「あら、今日は一人なの?」
 過去二回、いずれも三人の妹を引き連れて訪れていた少女に、その応対をしたことのある係員が不思議そうな顔をする。妹達はどこかで疲れて座り込んでいるのではないかと、カウンターから身を乗り出したが‥‥見えるのは少女一人きりだ。
「今日は一人なの。あのね‥‥」
 当人が請け負うのだから一人出来たのに間違いはなかろうと、係員は少女の次の言葉を待った。
 しばらく、待った。
 でも、少女がカウンターに突っ伏すように顔を伏せて動かないので、額にしわを寄せて、顔を覗き込む。
「‥‥寝てる?」
 係員が慌てて揺すっても、しばらく反応がないほどに、少女はカウンターに突っ伏して寝ていた。よく見れば、両目が真っ赤だ。
 この後、少女が口元とカウンターを手巾で拭いたのは、女同士見なかったことにする。
「おばさんの畑で、また何かあったの?」
 両親が早くに他界したので、歳若い叔母と住んでいて、その叔母の畑に何かあると冒険者ギルドにやってくる。そんな少女の用件は、もちろん畑のことに違いないと係員は思ったのだが、本日は違っていたようだ。
「えーと、先生のところで、家事手伝い募集。掃除と料理と洗濯が出来て、強盗からの護衛も出来ちゃうような人。あ、仕事が出来れば種族は問わないの。でも器用な人がいいかなぁ」
「先生って、何してる人かしら?」
「高級礼服専門の仕立て屋さん。礼服の素描を描くところから全部出来るの」
 少女の職業は、限りなく見習いに近いお針子さん。ただし修業先はなかなか高名な仕立て屋だ。いずれも服はすべてが手縫いの手間隙掛かった代物だが、依頼主に合わせてデザインから考えるとなれば、ただの縫い仕事とは種類が違う。さすがに王宮出入りではないだろうが、『先生』の工房で仕立てた服は王宮の奥まで入ったことがあるかもしれなかった。
 つまり、上客である。
 とはいえ、そのお遣いである少女は寝不足でふらふら、自分の修業先の工房名も訊かれなくては口にしない程度に集中力が欠けている。
「だからね、先生は人間とエルフとパラとたまにドワーフの人の礼服を作るのが専門なの。シフールの仕立て屋さんはよそにいるし、やっぱりシフールさんは同族の人じゃなきゃ縫うの大変だから。ジャイアントの仕立て屋さんはね、人間の人でやっぱりいるのよ。先生はエルフさんで、えーと、なんの話だっけ」
「なんで先生は家事手伝いと護衛が欲しいのかしらね。しかも強盗だなんて」
「そうそう。‥‥ふわぁ、ああ、はしたない。えーと、なんだっけ」
「冒険者を雇いたい理由は何かしらー!」
 カウンターのところで、とうとうふらつき始めた少女が転ばないように襟首を捕まえて、係員はわざと大声を出した。すると奥から別の係員がやって来て、カウンターの外に回って少女を支えてくれる。今にも寝てしまいそうだが、用件だけは話してもらいたいものだ。
「お祭りが近いでしょー」
 少女の説明は、こんな内容だった。
 もうすぐパリの街では収穫祭が行われる。今年は海賊退治なんて不穏な話もあるが、以前から計画されていた仮装パーティーなどの賑やかな催しにも事欠かない。剣術大会や模擬戦の募集も始まったところだ。他にも色々と、これから催しの募集が出てくるだろう。
 そうなれば、老若男女、金持ちであるなしを問わずお祭り気分も高まってこようというものだが‥‥この時期、礼服の工房はいずれも注文をさばくのに不眠不休で働いているそうだ。以前からの注文はともかく、着ようとしていた礼服がきついだの、今年の流行とあわないからやはり作るだの、自分の服に合わせたリボンを馬車に付けたいだのと、様々な無理難題が持ち込まれるのが毎年のこと。
「お金持ちはわがままだーっ」
 そこだけは元気よく叫んだ少女によれば、今年も無理難題の雨あられで、工房は先生はじめとして弟子全員が泊り込みで働いている。最初は少女の他にもお針子の何人かが、交代で食事を作ったり、工房の掃除をしたりし、弟子のうちでも古株の人達が出来上がった服を届ける先生に付き添ったりしていたが、もう手が足りない。
 工房の全員が寝る以外の時間は働き続けないと、収穫祭の最後の日に招かれたパーティーのためにと頼まれた、工房一番の上客のドレスが間に合わない。否。働き続けても、間に合うか怪しいところだったりする。それでもパーティーの前々日には、ドレスを届けなくてはならないのだ。
「それで、お針子は慣れた人じゃないと駄目だけど、家事と護衛はよその人でいいって先生が」
「服を届けるのに、その護衛がいるの?」
 係員が思わず尋ねた台詞に、後から出てきた青年の係員が『あ〜あ』てな顔をした。『先生』の名前を、こちらは知っているらしい。
 そして、少女はきっぱり。
「先生の服は、一番安くて金貨15枚。祭りの衣装ならその倍から」
「あたしの半年分の給料じゃ買えない!」
 係員の驚愕の叫びはさておき。
 それほど高価な服を、代金は全額か半額前払いで支払えるようなお客様ばかりが相手の仕事だ。先生が一人で行くなんて格好のつかないことは出来ないし、途中で何かあっても信用に関わる。更に、先日先生と一番、二番弟子とで注文先に出向いた折、ガラの悪い輩に連れ去られそうになっていた。こちらは警護士の巡回のおかげで事なきを得たが、女ばかりの工房ゆえ、用心したほうがいいだろうと先生も考えたらしい。
 だが、冒険者はけして安くはない。
「費用のことは大丈夫かしら?」
「先生が、けちけちしないって。それに冒険者の人って、魔法使いの人もいるよね? クレリック様もいっぱい?」
「いるけど‥‥まさか」
「基本給が金貨一枚。ろうそく代がかかって大変だから、部屋を明るくしてくれる魔法が使える人には追加でお給金。魔法で仕事が順調に進んでも同じく。護衛の人がお客様のところで好印象でも、料理が上手でも、とにかく何でも仕事がうまくいったら、お給金上がるから。代わりにへましたら、ただではすみません」
 そんなに追い詰められているのねと、ちょっと鼓動が早くなった係員達だった。
「では、歩合給で、家事と護衛のいずれかが出来る冒険者募集と」
「依頼料は、後で工房に取りに来て欲しいって先生が。手間賃払うからって。今、お金は持って歩けないし」
 至極もっともな意見だが、こうも金払いのいい依頼人はなかなかいない。係員達は大喜びで了解し、青年のほうが少女を送りがてらに依頼内容の確認に出向いていった。
 そうして。
「お、俺だったら、この依頼は受けねぇ」
 真っ青な顔色になって帰ってきたが‥‥冒険者募集の羊皮紙は普通に張り出された。

●今回の参加者

 ea1606 リラ・ティーファ(34歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea1845 オフィーリア・ルーベン(36歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4071 藍 星花(29歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ea4324 ドロテー・ペロー(44歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5779 エリア・スチール(19歳・♀・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●あれ?
 マート・セレスティア(ea3852)は、勘違いしていた。
「なぁんだ、すぐ近くか」
 彼は今回の依頼が、以前に行ったことのある村からだと思っていたのだ。危うく一人遠方に旅立つところだった。

●お仕事は山盛り
 仕立て屋の工房から依頼を請け負った冒険者は八名。男二に女六。人間が五人、エルフが二人、パラが一人。ナイトと神聖騎士、バードとレンジャーとクレリックが一人ずつ、ファイターが三人。そんな内訳だ。
「じゃあ、まずは料理と掃除と洗濯をお願いね。料理の材料は買ってきてほしいの」
 工房の先生は、細かいことは確認しないで、さらりと注文を出した。目の下の隈がなければ、相当に美人ではある。
 しかしマートの他に唯一の男性であるエグゼ・クエーサー(ea7191)が心を動かされたのは、『材料は買ってきて』の一言だった。持参の前掛け、ついでに剣ならぬ包丁を取り出して、速やかに台所を自分の陣地に定めている。なぜかマートが一緒。
 エグゼの台所確認が終わるまでに、残った女性陣は掃除と洗濯、それから寝室の様子を確認することにした。一応朝一番で到着したので、寝室は空かと思いきや。
「あのぉ、このお洋服、洗濯しますよぉ?」
「あら、よく見たらルイザだわ。こら、ベッドで寝なさいってば」
 寝室の一つの扉を開けたら、中には人間の娘が二人倒れていた。一人はかろうじてベッドの端に転がっているが、もう一人は床に突っ伏している。
 エリア・スチール(ea5779)がベッドの下に脱ぎ散らかされた大量の服を拾い上げている間に、マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が二人の顔を確認する。床に転がっているのが、冒険者ギルドに出向いてきたルイザで、マリは以前に面識があった。
 エリアとマリが部屋中に点々としている服を集めている間に、ドロテー・ペロー(ea4324)とオフィーリア・ルーベン(ea1845)が四つ並んだベッドから敷布を剥がした。それから戸棚にあった洗濯済みの敷布を敷き直し、熟睡中の二人をきちんと寝かせる。
「ああ、もう。ドレス作ってる人達が、こんななんてねえ」
「着替えの在処が分からないから、このままにしておきましょう」
 毛布に包まって団子状態の二人を眺めて、やれやれとドロテーとオフィーリアが顔を見合わせていると‥‥
「すみませぇん、お手伝いしてくださぁい」
「ごめんなさい。二人じゃ持てないわ」
 あまり力のない神聖騎士のエリアとバードのマリが、それでも両手に洗濯ものを抱えて立っていた。二人でなんとか服は持てたが、敷布はどうにもならないようだ。
 ちなみに敷布四枚は、ファイターのドロテーが一人であっさりと持ち運ぶ。後二つある寝室を覗いて、ベッドから全部の敷布を引き剥がしたところで、四人全員が両手に抱えるほどの洗濯ものとなった。
 本日は良い天気だが、たぶん洗濯は一日では終わらないだろう。
「商売繁盛なのは良いことだけど、人らしい生活は維持したいわね」
 ドロテーとオフィーリアがこれから使う敷布をお日様に当てるべく、物干し場に広げている間にマリが呟いた言葉に、エリアは深々と頷いていた。洗濯要員、ただいま二名。この後、二名が追加される見込み。
 料理と洗濯に六人の人手が取られた一行で、とりあえず掃除担当になったのはリラ・ティーファ(ea1606)と藍星花(ea4071)だった。
 工房はかなり大きな建物の一階を全部使っている。入ったところにお客が来たら応対できる部屋があり、それから得意客用の応接室。作業場は十五人が動き回っても大丈夫な広さに作業用のテーブルが三つと広い。後はそれに比べるとかなり手狭な台所と寝室が三つ。
「作業場は、食事の時に掃除するのがいいんじゃないかしら」
「そうだね。今行ったら邪魔だし」
 目を血走らせた先生とお針子さんが十人以上、非常に長い布を縫い縮めていた様子を見た二人の意見は、あっさりと一致した。そのため、工房の店舗部分になる部屋と応接間の窓を開けて、掃除を始める。
 どちらもそれほど掃除が得意ではないが、リラはクレリックの修業の一環である奉仕活動での経験があるのか、細かいところもかなり念入りに掃いたり拭いたりしている。星花はリラが届かない窓枠の上や、力のいるテーブルの移動などを担当だ。
「あ、毛布も干してるー?」
 星花が応接室の窓を開けると、工房裏手の物干し場に四人が見えた。敷布と毛布が一杯に干されて、日差しを受けている。星花の問いかけに、四人が大丈夫だと手を振り返した。
「あの毛布を作業場の窓の外に動かしてもらったら、風とお日様が入らないよね?」
 掃除はしたいが、風で糸でも飛ぼうものなら大変。お日様が高級な布地に当たっても問題。そう思っていたリラは、室内で薬草を乾燥させる方法を応用して、いいことを思いついた。星花も納得の、空気入れ替え方法だ。
「それじゃ、ご飯までに準備しなきゃでしょ。後で様子聞いてくるわ」
 掃除要員現在二名。後刻、洗濯もの干し要員に一時転換し、作業場掃除に挑戦予定。
 ところがその頃の料理要員二名はといえば。
「旦那の子供‥‥じゃねえなぁ」
「これは荷物だ。その鶏を見せてくれ」
「なあなあ、おいら、自分で歩けるよぉ」
 買い出しの荷物持ち予定だった一名の役立たなさに、台所リーダーがパラを麻袋に詰めて背負う暴挙に出ていた。そのまま今度は、野菜市場に出向く予定。

●それでもって二日目
 こんな生活が、二日目も続いたりする。

●とうとう来た!
 三日目。
「うわぁあぁあぁんっ」
 誰もが起きるだろうと思っていた事態が起きた。お針子の一人が、発作的に泣き始めたのだ。エグゼが作った美味しい夕食を食べた後のことである。
「どうしたの? どこか痛い?」
 お針子は根を詰める仕事だから、腕の筋が張ったりすることが多い。それくらいは初日に察したリラが飛んできて、泣き出したお針子をすかさず別室に連れていく。
 続いて星花が、籠を抱えて、その別室に駆け込んでいった。籠の中身は甘く煮詰めた果物や小さなパン、香りの良い香草茶などだ。料理の材料が市場で揃え放題なので、星花は疲れたときに食べる軽食を多数作りおいていた。故郷の肉饅頭も、もちろん入っている。
 そうして心得たエグゼが、台所で湯を沸かしていた。先生とほかのお針子さんにもさっぱりした香草茶を飲ませ、一休みしたところで、彼女達は最後の追い込みである。
 この間、エリアとドロテーが作業場の掃除をしていた。初日に星花が端切れ布や糸巻きを色別に揃えて感謝されたので、底の浅い木箱に布と糸は細かく分けて収納中だ。
「これは刺繍用だからぁ、こっちでしょぉ」
 エリアはいつの間にか、糸の種類を見分けるようになった。太さと手触りが明らかに違うとはいえ、区別できると先生達が助かる。
 ドロテーは時々ドレスをうっとりと見ながら、床の糸屑を掃いていた。ドレスに埃は大敵だから、その周辺はそうっと動く。『美術品と同じよね』と口にして、先生がそれはにこやかに笑ったのを見てから、三倍増しで丁寧に掃除をするようになった。
 お互い、気分よく仕事が出来れば幸せだ。
 でも、リラと星花がお相手を努めるお針子は相当神経が昂ぶっていたので、先生の許可を得て、マリがスリープで寝かしつける。
 それから。マリとリラとエリアが頭を突き合わせ、気分を静める香草茶の配分を検討し、次々と出来上がるものを星花とエグゼが味見した。味見役は、非常によく眠れたらしい。
 でも交代で、徹夜も辞さない人々のお世話をするために、叩き起こされるのだ。

●マーちゃんは見た!
 作業場の扉の外、疲れ果てて床に座り込んでいるお針子がいる。リラのグットラックが効かなかったのかも知れない。
 それも仕方ない。毎日のことだと、たまにはそんなこともある。しかしドレスの納期は明日の夕方。なんとか間に合いそうだが、そのためにほとんどのお針子は徹夜である。
 と、その頭を撫でる者がいた。
「どうしました。手が痛みますか?」
「‥‥みんな、お祭りで遊んでるのにぃ」
 収穫祭はとっくに始まり、日中ともなれば様々な工房が立ち並ぶ通りも賑やかだ。それを思えば、泣き言の一つも出てこよう。
 と、そんなお針子を相手は抱き寄せる。
「この仕事が終わったら、美味しいものを食べに行きましょう。甘いものでもなんでも」
 なにやら奇妙に甘い雰囲気を、マートは廊下の隅から眺めていた。そうして呟く。
「おいらもつれってってね、オフィーリア」
 そんな彼は、作業場への差し入れ用に作られた鳥肉のパイを食べている最中だ。
 もうすぐ、夜が明けるだろう。

●この時を待っていた?
 依頼四日目の明け方、最後の注文のドレスは無事に完成した。ドロテーでなくとも見惚れるような、それは素晴らしい出来映えだ。
 そして、冒険者達は二手に別れて作業中。先生とお針子は揃って寝入っているので、その間に作業場を徹底して掃除する者と、護衛の準備をする者に分かれている。
「エグゼは来ないの?」
 ドロテーが、ファイター仲間が留守番をするのに、不思議そうな顔をした。彼が行かないなら自分が行くと、食欲魔神が主張するので尚更だ。そのマートはともかく、後は星花とオフィーリアが先生と一番弟子に同行することになっていた。
 しかしエグゼは珍しくこう宣言した。彼は寡黙な質なのだが‥‥
「今夜はご馳走にする」
 掃除組のリラ、エリア、マリも『それなら買い出しも頑張る』と瞳を期待で輝かせた。睡眠不足も腕が痛いのも愚痴を聞かされるのも、本当に辛かった。
 実は彼女達だって、とても疲れ果てている。
 毎日の美味しい料理を満喫していたのは、護衛担当も同じで‥‥思わず丸め込まれてしまった。というか、これでご馳走をふいにしたら、お針子の視線が痛いだろう。
 そんなわけで、彼らは掃除をし、届けものに備えて馬車を予約し、ついでに買い出しと事前の安全確認で注文主の家までの道を確認しに出向いて帰ってくると‥‥
「こことあっちとそこに、おじさんがいるね」
 途中で買った菓子を食べながら、マートが平然と言う。それが噂のならず者であろう。わざわざ見張っているとは穏やかではないが、出掛けに襲われるのは大変に問題だ。
 しかし、マートが見付けた相手はそれほど強そうでもない。腕に覚えのない女性陣にはさぞかし恐いだろう顔付きはしているが、二の腕がたぷたぷしている輩など冒険者にはそれほどの敵ではなかった。
 相手も隠れるのは相当うまかったが、レンジャーのマートがいた時点で勝負は着いていたというところか。さあ、憂さ晴らしだ。
「ああ、すっきりした」
 これを誰が呟いたかは、言わぬが花。
「なんで、あたしがっ」
 助太刀しようかと様子を見ていたマリは、問題の男達を通りの警ら担当者に引き渡す際の説明をする羽目になって、こう嘆いた。
 リラとエリアはエグゼの手伝いで台所へ、他の四人は先生達の護衛で出掛けても、マリは警らの詰め所で苦行に耐えていた。
「楽士以外に護衛もしていらしたんですか」
 説明の相手は、マリの信奉者だ。

●お貴族様は難しい
 ドレスを届けに行く道中は、とても平穏だった。ならず者の待ち伏せなど、聞けば恐ろしい話もあるのだが、先生達にはマートが説明したのでは緊迫感がない。一緒に馬車に乗ったドロテーは何度訂正したかったか数え切れないが。
 そうして、彼らは無事に注文主のところに着いたが‥‥その屋敷の前で、オフィーリアが嫌そうに立ち止まった。
「早く門番と話してよ」
 馬車の両脇を用心で歩いていた星花が、反対側のオフィーリアを急かす。華国出身なので、こんな時の挨拶はちょっと心許ないのだ。
 で、オフィーリアが門番と話をすると‥‥
「まあまあ、ルーベル家のお嬢様が護衛だなんて、さすがは名立たる工房ですわ」
 ドロテーもマートも星花も気にしたことなどなく、残った四人も同様だろうが、オフィーリアはいいところの娘だったらしい。本人の弁によれば『先祖の手柄』だそうだが。
 冒険者にはそういう者もたくさんいるので、これで皆の態度が変わることもない。古着でいいからドレスをくれたらとか、奢ってくれとか、心の中で言ったとしても‥‥
 でも、今の彼女達の問題は。
「相変わらず、良いご趣味で」
 絶対にお世辞だと分かるオフィーリアの誉め言葉を真に受けて、注文主様がご機嫌に一人でべらべらと話し続けていることだった。
 この家の使用人に気の毒そうに目礼される陽気さは、受ける側には拷問も同じだが。
 彼女達が注文主のところを出たのは、日がとっぷりと暮れてからだった。
 帰り道も、平穏である。

●そうして、ようやく
 工房では、四人の冒険者と十四人のお針子が先生達と護衛の四人の帰りを待ち兼ねていた。エグゼは鳥の丸焼きを香ばしく仕上げるために、いつ帰ってくるかをとても気にしていたらしい。
 そうして皆が帰り着いたので、ご馳走である。食前の祈りの後、見違えるようにこざっぱりとしたお針子達が歓声を上げて、料理に手を伸ばした。冒険者も遠慮する理由はないので、同様だ。
 この時ばかりは、働きすぎで腕が痛いなんて、誰も言わなかった。美味しいものを食べて、英気を養い、明日はお祭りに繰り出すのだ。たくさん食べなくてはなるまい。
 そうした折、マリの正面でお針子の一人が『あ』と言った。続けて。
「おばさん、来てたのね」
 今頃のようにマリに気付いたルイザの一言だった。
 その後の騒動については、全員の評判に関わると先生が言ったとかなんとか‥‥

●それでもって、お給金
 一人を除いた冒険者が思った。
 こんなに大変で、ある意味モンスター退治より辛い、神経の使う仕事でこれかぁと。思っちゃいけないと思いつつ、の者もいた。
 先生は、にっこり笑ってこう言った。
「食費は引いてあるから。とっても美味しかったんだけどねぇ。またの機会もよろしくね」
 確かに、毎日普段は食べられないものを食べてなら、この金額は致し方ないと考えたかどうかは、それぞれだ。
 最後まで、台所で残ったスープを啜っていた一人を除いて‥‥