●リプレイ本文
今回の事件の相手は今までに見ない珍しい蛮族なのか、それとも蛮族の背後に操る何者かがいるか、それがデビルである可能性はあるのか。この辺りが多くはセブンリーグブーツ、または馬で現場の村に急行した十名の冒険者達の推測であった。
ただ許せないと思っている点が多くは強奪にあるのに対し、バードのサラサ・フローライト(ea3026)はそれらに加えて精霊魔法の悪用が許せないと考えていた。他にも似たような事を考えているのは沖田光(ea0029)やディアルト・ヘレス(ea2181)、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)も考えているが、更に思案を巡らせていたのがローサ・アルヴィート(ea5766)とルイーザ・ベルディーニ(ec0854)だった。
この二人いわく、蛮族に精霊魔法使いがいるのは不自然。もしかすると誰かが裏で蛮族を操っているのではないか。またはこのウィザード達が操っている張本人であるなど。疑い始めれば推論は幾らでもより悪いものが出て来そうだが、まずは彼らは道を急ぐことにしていた。急ぎ現地で確認したい事柄もある。
そのため、巨大にわとりことまるごとこっこ着用のジュラ・オ・コネル(eb5763)をなぜか多くの場合は先頭に、馬に鉢植えを三つもくくり、自分も乗っているジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が大体最後尾で、後はルイーザとディアルト、ヴィクトルも馬、他はセブンリーグブーツで道を急いだ。
この際、セフィナ・プランティエ(ea8539)やサラサはディアルトの馬に常時荷物を預けていたし、道の具合でローサや沖田も同様だったが、なぜかイリーナ・リピンスキー(ea9740)は自分の荷物をしっかりと背負い続けていた。もちろん歩くのに支障はないから、やはり最後尾はジェシュの馬だ。
そうして、件の村まで到着した時には、事件発生からちょうど二週間が経っていた。事件からあちこち報告が巡っての依頼だけに、サラサが使おうと思っていたパーストは、すでに効果範囲外である。
一行は手分けをして、村人と派遣された騎士、聖職者から襲撃の情報を集めつつ、ヴィクトルとセフィナは怪我人の救護にも当たろうとしたが、それほどの重傷者はすでにいなかった。
ただ、皆で話を聞き集めて不審に思ったのが、ルイーザが聞いたこの話だ。
「怪我人は剣で斬られたにゃー。でもそれ以外の人は棒で殴られただけなんて、ちょっと不自然だよ」
蛮族の数はウィザードを含めて十五人から二十人くらい。うち半数は剣を持っていたらしいのだが、使ったのは二人か三人だ。斬られた村人は、家にあった大きな草刈鎌や鍬を持ち出したり、一際体格が良かったり、相手の不意を付いて一撃を喰らわせたりした者だけで、素手で抵抗した村人は棒で殴られたのみだ。
魔法の被害はローリンググラビティの落下による打撲、一人が骨折だが、グラビティーキャノンはほとんどが軽傷だった。
魔法被害からジェシュとセフィナが読み取ろうとしていた、敵ウィザードの実力の程は駆け出しでも使える程度。ただし地の魔法使いのみだ。水の使い手は魔法の発動距離が十五メートルはあったので、もう少し使えるだろう。けれどもどちらもそれ以上の魔法が使えるかどうかは分からない。高速詠唱の有無など、村人は何のことだか質問が理解できない。
一つはっきりと分かったことは。
「これとまったく同じ品か分からないが、少なくとも蛮族の技術ではなかろう」
ディアルトがウィザード達の特徴を聞いているうちに、間近で見た一人が彼の着用しているマントとよく似たものを羽織っていたと証言した。スノーマント、純白の魔法が掛かった品だが、魔法の有無はさておいても皮を純白に染めるのは難しい。あまり外部と交流がない蛮族では、簡単には入手できない品物だろう。
つまり、ウィザードは外部の者という可能性が高い。サラサが余計に立腹していたが、見た目に対して変化がない彼女の怒りを察知した者は少ないようだ。当人は、無愛想に拍車が掛かっている。
後はイリーナとセフィナが中心に、襲撃された倉庫と家屋を見て回ったが、家屋は内部にフリーズフィールドを打ち込まれて、着の身着のままで深夜の屋外を逃げ惑う羽目になったことがいっそうの混乱を招いたらしい。当時は凍り付いて使えなかった室内は、現在はおおむね元に戻っている。倉庫は入口が壊されてたのを補修した、真新しい修理跡があった。フリーズフィールドを使うためか、火を放ったりはしていない。
盗まれたのは保存用の食糧で、麦や乾燥させた野菜、塩漬け肉などだ。家畜は多くが冬を前に潰してしまい、ごく一部だけ残っていたが、そちらは蛮族も手をつけていない。残ったからと村でもこれを食べるわけにはいかず、領主から食料が届くのを当座の支援物資で凌いでいた。
それを聞いて、ジェシュとイリーナが食料などの援助を申し入れたが、村長は蛮族退治に雇われた冒険者が自腹を切るのは不自然だと返してくる。それにジェシュが、
「じゃあ荷物を預かってもらえる? お礼はするから」
と言い出し、ほとんど彼が一人で話を進めて、結果。
「やー、ありがと。余ったらちゃんと返すから。回収も出来るだけするね」
ローサが矢の提供を受け、ディアルトが求めた付近の地図は村人達の証言をもとに、騎士が沖田が気にした水源も含めて描いてくれた。ただしゲルマン語なので、沖田本人はまったく判らない。
でも一人だけ、村の子供達に珍しそうに追いかけられていた自称にわとりは会話などなくても良かったらしい。子供達を引き回して、得意気にしていた。
「子供と遊んでやるのなら、少しは加減して走らないと駄目だろう」
そんなにわとりに子供と遊ぶ大人の心得を説いているのはヴィクトルだが、それはセフィナの一言のほうが正しいだろう。
「にわとりさんだそうですからね‥‥猫のほうがいいのですが」
「まったくだ」
後半の個人的感想とサラサの同意は、他の人々にあまり重視されなかった。
ともかくも、鉢植え三つというジェシュの冒険者としてあるまじき荷物のほか、幾らかを預かってもらい、大量の保存食を積み上げて蛮族追跡に出発である。
『目撃情報と水源地を照らし合わせて見てもらったのと、村の方から聞いた話だと』
『この辺りが通りやすいけど、向こうもそれは承知してるだろうし』
『開けた場所はここだけだから、まずはここが重点だな』
沖田とローサとサラサがイギリス語で蛮族の居所を探す道のりの相談をしていた。馬を連れている者も何名かいるし、相手の人数がこちらの倍近いとなればうかつに分散も出来ないので、こちらの気配を消すのも困難だ。相手の移動の痕跡を少しでも早く見付けて、事を有利に運びたいものである。
陣営はなお前衛に立てる戦闘職が五人、レンジャーと魔法使い、クレリックが五人。敵に遭遇したときの最低条件はヴィクトルとセフィナが二手に分かれ、彼らが前線に立つ羽目にならないように誰かが付くこと。
とはいえ、村人達の目測と水源位置とを考え合わせた結果が慎重に進むとなれば一日半は掛かる場所なので、最初はいかに的確な道のりで時間を詰めるかも重要だ。雪上の道を見るのはジェシュが秀でていたので、ローサと共同で道を選んでいる。ただし先頭は前衛可能な誰かが指示を受けつつ、時に枝を払ったり、頭上の雪を落としての歩みだった。
野営も日暮れにはまだ間があったが、村人に教えられた場所で行う。なぜなら。
「下のが良く燃えるな、僕は焼かれないけど」
誰も焼いて食おうとは思わないが、ジュラが教えられたとおりの場所から薪の山を掘り出した。村の備蓄だが、これも保存食と交換でありかを教えてもらっている。
「いっやー、助かるよね。この時期は枯れ木も水分が多くて、煙が出やすいから目立つもん」
ローサがうきうきと、周囲に被害がないように場所を選んで、薪を組む。火が付いたら、ヴィクトルとイリーナがパンを温めたり、スープを作る担当だ。
セフィナとジェシュが煙の有無を眺めている間に、サラサが沖田に付き添われて軽く周囲の木立の様子を見て回る。蛮族が通った跡があれば、大体の方角が分かるからだ。本来それが得意なローサはディアルトと一緒に、見張りの順番の都合で休憩中。彼らの分も含めて、ペットはルイーザとジュラが世話している。
蛮族の居場所は、曇天の中、それらしい煙が一筋のみ確認出来た。沖田のファイヤーバードが目立たなければ上空偵察も可能だったが、空が白くては日中も気付かれる。おかげで心許ないが、水源近くであるのは変わりないようだ。目指す方向に変化はない。
そして、翌日。
昨晩確認した煙の近くまで行ったら、ローサとジュラが偵察に行く予定だったが、案外と早くに蛮族達の野営跡に行き当たった。その周辺だけ広く雪が除けてあるので、見間違いようもない。と同時に。
セフィナの体が、派手な音と共に沈んだ。誰かのボルゾイも一緒だ。除けた雪が山になっていたのを避けて歩いた場所に、落とし穴が掘られていたのである。音は、木っ端が鳴るような仕掛け。
「ウィザードに気を取られていたが、相手も森の民か。治療は?」
「ポーションを使います。‥‥今回は赤字ですわ」
すでに他の人々は音が相手に伝わったものとして、警戒態勢に入っている。ヴィクトルも返事を聞いて、助け出すのはディアルトに任せ、別方向に離れていく。ポーションがあろうと、クレリック二人が一箇所に留まっているのは危険すぎるからだ。セフィナは壷にひびが入ったポーションを、ため息と共に飲み干している。ちゃんと体が動くのを確かめてから、ディアルトに引き上げてもらう。
この間に、事前に示し合わせた通りに十名が展開したが、森の中に響いた音とは違う気配が前方から向かってきていた。向こうの移動とかち合ったか、それとも追って来るのを待ち構えていたかは、後で確かめればいいだけのことだ。
相手が得物以外は手にしていないのを見て取り、ローサが弓を唸らせる背後で、ジェシュが詠唱を開始した。計画と違おうが、荷物が別にあるならここは出鼻を挫くべく最大限能力を発揮するときだ。二人の傍らでは、ジュラとディアルトが飛び出す機会をうかがい、セフィナがホーリーフィールドの詠唱準備をしていた。
この間、一旦後方に下がって、迂回しながら蛮族の側面に向かっていたのがルイーザを先頭にし、沖田、サラサ、ヴィクトル、殿がイリーナの五人。道を作るのは先の二人に任せ、サラサとヴィクトルは相手のウィザードを見付けるのに目を凝らしている。もちろん背後もイリーナに一任した状態だ。
そうやって進んでいる間に、木立の間を局地的な吹雪が吹き抜けていった。
『白いマント、あちらだ』
『承知』
森が傷むのは気が引けると誰かが呟いたものの、サラサが見て取った方向目掛けて、沖田がファイヤーボムを放つ。今のところ、接敵していないので高速詠唱は使わない。
『今ので頭上の雪が落ちてくるかもしれん。幹を背にするのは避けろ』
吹雪の後に炎の魔法で、十名を数えた相手方が二人ほどうずくまったのを目の端に入れつつ、代わりに引いていた馬の手綱をヴィクトルに投げ返したイリーナが、沖田に声を掛ける。ルイーザはお後よろしくと言い置いて、接近してきた相手の先鋒へ両手の木立を閃かせている。彼女の愛馬ヴァイスは、敵が近付いたら蹴り上げてやろうと嘶いていた。
ボルゾイ三頭があちこちで威嚇の鳴き声、唸り声を上げている中、飛び出してきた巨大にわとりに驚いて、霊刀で切り伏せられたのが一人。ディアルトは自分の同じマントを見つけて、迷わず接近したが、別の一人に間に入られた。それをスタンアタックで沈める僅かの時間に、白いマントの人間が手を彼に向けたので、黙っていなかったのがウォーホースだった。主人の前に体躯を入れて、不自由な場で前足を振り上げたが、
「貴様、ナイトの馬に手をかけたか」
この声が耳に入った人々が、一瞬そちらに目を向けるような低い声が氷漬けになった戦闘馬の横合いから聞こえた。
白いマントの人間、他がエルフだからそれがウィザードだろうと思われる一人が確保され、更に二人がサラサのイリュージョンで棒立ちになって、戦力外。残る四人もイリーナやジュラに行動不能に追い込まれた。けれども話に聞いていたより人数が足りないし、何より全員が男だ。ウィザードの女がいない。
ルイーザが叫んだのは、この時。最初に反応したのは、ローサだった。
「矢が来る!」
セフィナとヴィクトルが張り巡らせていたホーリーフィールドに入っていたのは、サラサとジェシュで計四人。目標を分散させるのに沖田とジュラがそこから離れる方向に、ディアルトは戦闘馬の傍らで、イリーナは木の陰で矢の雨を避けた。
たいして避けなかったのは、最初に襲撃者に気付いて飛び掛ったルイーザと、相手の一人を狙って矢を三本放ったローサだ。二人ともに、ホーリーフィールドを背後に庇う位置にいる。
「ほら、そろそろ魔法が掛け直しかなと思って。ウィザード逃がしたら、村にも寄れないし」
ルイーザの愛馬が猛り狂う横合いを、単体攻撃魔法が次々と飛んでいく。蛮族側はその途端に示し合わせていたのか、次々と逃げ散っていくが、さすがにムーンアローで狙い撃ちされた女一人を皆は逃さなかった。すでに矢も受けていて、逃げ出しようもなかったようだが。
捕らえたがエルフ九名、人間男女二人。このうち一番若いのをジュラ、イリーナ、サラサが締め上げるようにして、奪った食料の保管場所を聞き出した。ただし、残っているのは七割程度らしい。
「残りはうちの村に運んでる。それが俺達の取り分だ」
追っ手を倒せば全部もらえる条件で、追っ手が来るのを待ち構えていたのだと相手は言った。とはいえ、騎士か役人が村人と来るものと予想していたので、魔法攻撃で浮き足立ったようだ。しかもウィザードが集中的にやられたので、彼らが期待していた支援もなかったことになる。
ウィザード達はもう少し口が堅かったが、やはり冒険者が来るはずではなかったと零した。こちらはそれ以上は、冒険者達の精神的圧迫にも多少気圧されたようだがだんまりを決め込んでいる。蛮族達からはウィザード達の更に上の立場の人間がラスプーチンと言ったようだとは聞き出せたが、彼らは認めない。後は地元の騎士預かりで、改めて調べられることになった。
ディアルトの馬も無事に戻って、取り調べ内容はキエフにも送ってもらえるように頼んだ一行は、最後の晩に村から食事を振る舞われた。正しくは彼らが提供した保存食と取り返した食料を、塩辛い新巻鮭をほぐし入れたスープで粥にしたものを分けてもらったのだが‥‥口が肥えているだろう人々だけに、その時は無言だった。