ゴーレム工房のあだ花
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 22 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜02月04日
リプレイ公開日:2008年02月05日
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●オープニング
やってきたのは、なんだか派手な身なりの女性だった。着ているものは悪くないようで、手の込んだ刺繍入りのマントを羽織っていたりするが、その生地と色糸の取り合わせが派手。化粧も濃い目で、眦が上向いているのが気のきつそうな印象だ。
ついでにエルフにしては胸元が豊満で、顔立ちはけして悪くない。眦のきつさと見た目で、人により評価は分かれるところだろうが。
しかし、冒険者ギルドは見た目で相手を差別はしない。たまにどうしようもなく受付の者にも逃げたい一瞬はあるかもしれないが、建前はそうなっている。
ゆえに、受付はごく普通に相手を迎えたのだが。
「ゴーレム工房のオーブル卿の誘拐なんて」
「承りません。しかるべきところに連絡しても、ようございますが」
相手は、変わり者だった。
「じゃあ、オーブル卿が前後不覚になるくらいお酒を飲ませてから、わたくしに引き渡してくれるなんてのならどう?」
「お断りします。それだって誘拐ではありませんか」
「だぁってぇ、オーブル卿、誘っても頷いてくださらないんだもの」
人間の受付の前でしなを作られても困る。けれども相手が変なことを言いつつ、差し出した身分証はゴーレム工房発行のものだった。今回用に作った書類らしいが、受付が他の仲間を呼んで一緒に確認したところでは偽造の恐れはない。
そもそも冒険者ギルドにゴーレム工房の嘘の証明書を持ち込んでも、短時間で先方に確認が出来るので意味はないと言えるが‥‥これを出すからには、この女性の本来の用件はオーブル卿の誘拐ではないはずだ。
たとえ、受付のテーブルに指先で丸印を幾つも書きながら、甘えた声を出していようと。
「本来のご用件をお願いします」
「風信器の実験をしてくれる人を集めてちょうだいな。効果範囲が、周辺の様子でどのくらい違うのかを確かめたいのよ。森林の中で、天候によっても確かめてもらえれば嬉しいわ」
風信器は遠方まで声が届く、ゴーレムとフローっトシップなどにはなくてはならない道具だが、通信可能距離が無限ではないのが難点だ。無限とまで行かなくても、五キロ四方くらい声が届けばもっと活用のしようがあるだろう。更に軽量化が出来れば万全だが‥‥
「わたくしは今のところ、距離を伸ばす研究を中心にしているの。だから、普通のものより大型も用意したわ。荷運び用の馬は、二頭用意しておいたわよ」
風信器四台、馬二頭に積んで、適当な森の中でどの程度の距離なら届くかを試す。仕事はそれだけだ。後程報告できるように、きちんと天候と距離を記録しておくことが重要だが、危険度は低い仕事といえる。
だが、依頼人は同行しない。理由は当人いわく。
「冗談じゃないわ。この寒いのに一日中外で実験なんて、髪がぱさぱさになって、肌が荒れるじゃないの。研究だって他にもあるし、オーブル卿に隙あらば、我が家にご招待しなくちゃいけないのよ」
ご招待して何をするつもりかは聞かなかったが、多分工房内では日夜殺伐としたやり取りが繰り広げられているのだろうとは、聞いていた全ての人が想像できた。こんな女性でも、ゴーレムニストらしい。
ちなみにこの女性、最後ににこやかに。
「ゴーレムニストになりたい人がいるらしいんですって? もし依頼を受けてくれたら、一日くらいは時間を取ってお相手してあげてよ」
どういう『お相手』なのか、確かめるのも恐ろしい笑顔で言いおいていった。
●リプレイ本文
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)と白鳥麗華(eb1592)の先見の明というか推察能力に、他の六名は賛辞を惜しまなかった。態度はどうあれ、確かめてくれてありがとうとは思っているだろう。
そして、依頼を受けた八人の冒険者の前では依頼人のナージ・プロメが助手からお説教を喰らっているところだった。
「目の付け所はいい人だと思ったけど、細かいところは今ひとつなのね」
加藤瑠璃(eb4288)が呟いた通りに、ナージは自分の不手際に今ようやく気付いたところだ。ジャクリーンと麗華が新型風信器の大きさを確かめたら、とてもではないが馬の背には積めないのに、当人は馬だけ用意して完璧だと思っていたらしい。
「研究以外に気を回す性格ではないだけだろう」
「‥‥ご自分の興味のあること以外は、でしょうか」
「そのようだが‥‥熱心ではあるようだし、よく知らぬうちからきついことは言うものではないな」
それなりに人を使ったり、その性質を見極める仕事が回ってきたりする男爵のベアルファレス・ジスハート(eb4242)、鎧騎士のフレッド・イースタン(eb4181)とルエラ・ファールヴァルト(eb4199)からすると、ナージはたいそうなうっかり者のようだ。
ただし。
「一生懸命なら、我々だってそうすべきだろう」
物輪試(eb4163)のとりなしに近い一言の後、繰り広げられた実験に関する相談は、うっかり者ナージの印象をがらりと変えた。
「わたくし達が、工房で出来ないことを優先してちょうだい! 高いお金を払うのは、そのためよっ!」
ルエラが提案した、片方ないし両方の風信器が空中移動中や、越野春陽(eb4578)の指向性確認のための障害物に壁、生物を用いる送受信実験は、がみがみと却下された。ただ、春陽がグライダーを借り出したいと言ったら、しゅんとしてしまい‥‥助手が許可が取れるか確認しに出向いて、戻って来たらナージにまた説教だ。
「まぁた、あなたは。グライダーの整備士と喧嘩してどうしますか」
「だぁって、『でかい風信器なんか無駄』って言ったのよ。‥‥服に白粉なすってやったわ」
「人の家庭に波風立てるのは止めなさい」
反論の後半が妙に元気で、助手はげんなりしているが、冒険者達は更にどうしたものかと思っていたりする。思っていない人もいるが、これは変な依頼人だとは共通認識だ。
とりあえず助手の働きでグライダーは一機だけ借りられた。後は距離を測るための一巻百メートルの太い糸巻きが五つ、フレッドが要請した筆記用具と羊皮紙を十二分に用意してもらい、小型の荷馬車に風信器を四台積んで出発だ。
ナージは『面倒でもきちんと実験しろ』としつこかったが、春陽が『こういう研究は地味なものだと承知している』と応え、瑠璃が『情報は戦力よりよほど役に立つこともあるし』と口にして、ジャクリーンが『これが広まれば民の暮らしも豊かになるでしょう』と期待を表した一連の会話の後は、妙に親切になった。うろうろしている犬猫用に籠を貸してくれる程度だが。
この親切がルエラの贈物によるものかどうか判断が付きかねるところではあるが、物輪と春陽は、自分と同質のものを感じている。いわゆる職人気質。ナージは方向性が相当に変わっているけれど、職人ではあるだろう。
ウィルの街を出発して一日半後、夜中に狼らしい気配を一度感じた以外はモンスターと出くわすことも、道に迷うこともなく、道のりはおおむね順調だった。何人かの連れていたペットの犬と猫と狐が、森の中で浮かれ騒いでうろちょろした挙げ句にはぐれかけた以外は。ナージが貸してくれた籠に三匹で押し込められて可哀想だが、そうでもしないと物輪とジャクリーンの愛犬は、楽しそうに走り回る犬猫狐を追い掛け回して連れ戻すのに大変だ。なにしろ飼い主が追いかけきれない茂みの中などを走り抜けていく。
というわけで、一部のペットは楽しくなかったろうが、無事に実験指定地の森に到着した一行は、この日ゴーレムグライダーとペガサスで先行していた瑠璃とルエラが地面に描いた地図を眺めていた。まずは宿営地と実験場所を決めて、そこにテントの一つも張らなくてはならない。厳密には自分達が寝る分も含めて複数だ。
あいにくとこの中には植物に多少詳しい者はいても、森の中での移動のしやすさを見て取れる者はおらず、まずは川があるところに向かって移動することにした。予定よりは早く移動できたが、荷物の積み下ろしなどしていると、この日はもう日が暮れている。
「植生の確認もしてから実験のほうがいいから、実験は明日からかね」
「このあたりだけは簡単に見回ってきます。夜間の実験指示は出てましたか?」
「ないわね。時間よりは環境の違いで差が出るかが知りたいんでしょ」
春陽と麗華、ジャクリーンが話し込んでいる間に、ルエラとフレッドが物輪に手伝って貰ってかまどを作っている。料理がとても得意という者もいないのだが、温かいものでも食べないと調子も上がらないからと、多少心得があるフレッドとルエラ、今回は偵察優先だが麗華が何かしら作ってはいる。
その間に、瑠璃とベアルファレスは皆のペットをまとめて、水を飲ませていた。こういうのは、その時々で手が空いている者がやる。
この晩も格別危険なことも起こらずに、翌朝から実験は始まった。
分かってはいたが、更に依頼人の剣幕から手を抜こうものなら殴りかかってくるくらいの事も予想がついたが、実験そのものはとてもとても地味だった。
まずは風信器の設置状態に不自然なところがないか確かめる。傾いていたりしたら、きちんと直してから、最初の通信だ。ベアルファレスが携帯型風信機を『火』と『水』二種類四台、物輪が『風』を一台、ルエラが『水』を一台、持参していたので、まずはそれらで互換性がある同種同士で会話を試みる。通信状態の確認だ。良好。
後はひたすらに、聞き逃しても憶測で文章が組み立てられないような不自然な単語の羅列を、ある機材で片端から通信しあう。もちろん単独で行動したら不測の事態に対応できないので、最低二人と頼りになるペットか、三人以上の組み合わせで移動だ。
記録はベアルファレスとフレッドが中心で行い、物輪とルエラが通信で聞こえた音の録音を取っている。他のそれぞれに距離を測り、合間に木に印をつけたり、枝を折ったりして、道に迷わない算段をしておく。通信は繋がるが、帰り道が分からないなんてとんでもない。
まあ、本当にもしもの時は瑠璃のベゾムか、ルエラのペガサス・グラナトゥムか、大型風信器と一緒に置いてあるグライダーのいずれかに頼れば、風信器の通信と合わせて合流が可能なので、実は心配いらないのかもしれなかった。
数日の間、森の中をうろうろとして、たまに雪だまりや泥だまり、謎の穴に落ち込んで身動き取れなくなった者を引っ張り上げたり、ぬかるみにはまった馬車の車輪を懸命に押し上げたりして移動するのが、多分一番面倒だった。
記録や実験そのものは、作業を厭う者、楽をしたがる者が一人もいないので順調だ。たまにペットの鳴き声が通信に乱入して、仕切り直しになった時だけ、ベアルファレスが嫌味の一つくらい零したが、その程度のこと。そもそもペットには理解できない。
天候はあいにくなのか、それともこの時期ならありがたい話なのか、今にも降り出しそうな曇天はあっても、降雨や降雪はなかった。実験としては物足りないことだが、朝もやや霧の中での送受信と、日中、それから安全をよく確認しての夜間と明け方の気温差が激しく違う時間帯も試した。物輪や瑠璃、春陽にとっては温度差が厳密に図れないのはもどかしいが、ベアルファレスは達観したのか『出来ないものは仕方あるまい』と素っ気無かった。とりあえず、
「氷が張る気温って記録しておきますか?」
「それで通じると思うけど、あの人、あんまり外出しなさそうだよな」
瑠璃と物輪が話しているのと少しばかり離れて、ナージのことを語っているのは春陽とベアルファレスもだ。こちらは依頼人の人となりを話していて、麗華に『あの色気おばさんですか?』と分かりやすくも、微妙な突込みを食らっている。三人の意見の一致は、『ちょっと高価そうなものがきっと好き』だったが。
でも間違いなくうるさいので、ルエラとフレッドは実験結果を地道に記していた。ルエラは絵、フレッドは字が主体だ。植生の確認はジャクリーンが担当である。
結果、植生とその密集度合いで送受信に大きな差は出なかった。天候でも変わらない。
ただ大型と通常型の間での通信は、一キロを五十メートル超える結果が出た。この程度だと風信器ごとの差か、大型化効果か判断に苦しむところだ。
そして、期日いっぱいまでには一日残して戻ったウィルのゴーレム工房では、
「みぃんな、距離が伸びたわよ、五十メートル!」
「音質に変わりはないですか。その確認のために誰か行かせましょうって、あれほど言ったのに」
やいのやいのの大騒ぎになった。ナージと助手とその他大勢が報告書の奪い合いだ。音質については聞いてもらうのが早いと、ルエラと物輪が持参していたメモリーオーディオに録音していたので聞かせたのだが、
「二つあるなら、一つちょうだいな」
ナージのわがままにさらされる羽目にもなった。これはさすがにナージより物の価値が分かるらしい助手が止めている。でもしばらくは、皆でメモリーオーディオをひねくり回していた。分解されそうで、持ち主達はちょっと怖い。
だが、ベアルファレスのかなり高級な菓子と、春陽の干し果物各種を差し出されて、ナージは自分が『一日くらいは付き合ってあげる』と言ったのを思い出したようだ。茶を淹れる為に、どこで情報を仕入れたのか火鉢めいたものを持ってこさせて、お湯を沸かし始めた。その周りで、お話ということらしい。
でも、最初に自分が欲しいものを全部とってから、他の人々に回している姿を見ると、気前のよい上司には見えない。質問にもちゃんと答えるかと、不安だったが‥‥
「弓兵ゴーレム? それはあれよ、セレのノルン。わたくしは現物を見たことがないけれど、軽くて、動きがいいとは聞いているわ」
ジャクリーンが弓を使うゴーレムの開発はどうなっているのかと問いかけたら、すんなりとセレ分国のウッドゴーレムの絵を出して見せてくれた。ジャクリーンほどではないが、弓が使えるフレッドやベアルファレスにも気になる話ではある。ただしセレ分国特有の機体なので、目にするのは難しいだろう。
「セレは地形も特殊なので、他の地域で使うのに適しているかは不明です。相当身軽な機体なのは、間違いないでしょうね」
助手からの説明もあって、ベアルファレスが二人ともゴーレム開発にも関わっているのかと尋ねてみたら、二人揃って首を振った。ナージは風信器しか作れず、助手はゴーレムも作れるが開発には携わっていない。
「ゴーレムニストになれば、開発に携われるかと思ったが、違うのか?」
「我々は自分の希望で風信器の研究をしていますから、希望すれば開発に回れるでしょうね。ただし開発は長丁場なので、冒険者として働けるかどうかは‥‥その時の上司によるのではないかと」
ベアルファレスのように色々としがらみがある者には、長期間一つところに拘束されるのは、少しばかり厳しい話である。しかも最初は絶対に下っ端だ。
それでも構わない春陽は、ゴーレムニストの本格養成を早く始めてもらいたいのだが、逆にナージに尋ね返された。
「わたくし達は、師に付いて学んだのだけど、効率よくゴーレムニストを育てるのには他にいい方法があるかしら? 騎士学校のようにする案もあるけれど、教師を務めるゴーレムニストの研究が停滞するのは困るって意見もあって、調整が難航しているのよ。以前から、そこがまとまらなくて大変なの」
ナージがより遠くに声が届く風信器を研究しているように、大抵のゴーレムニストは何らかの研究か、作業を抱えている。その人数がいないので養成話になるのだが、教師不足も厳しいわけだ。これはもう、天界人からアトランティス人から寄り集まって、徒弟制度から専門教育機関まで、ある限りの知識の披露の場となったが‥‥フレッドとルエラが記録してくれたので安心だ。
もちろん、ナージにはオーブル工房長のところにきちんと打診してくれるようにと、念押しをしておく。重要なのは、『きちんと』であって、
「工房長に避けられては、元も子もないから、そこはきちんとわきまえてね」
「‥‥私が代理で行きましょうか?」
「いやぁよ。オーブル卿にお会いできる貴重な機会に邪魔をしないでちょうだいな。明日は何を着てお会いしに行こうかしら〜。何時ならお暇か確かめないと」
うっとり、うきうきしているナージの姿を見て、助手に『お目付け役として一緒に行って』と頼んだのは、春陽一人ではない。移動と地味すぎる作業が大変だったのは別にしても、実験結果はきちんと役立ててもらわなくては困るのだ。そのあたりに、どうにも不安が残る相手である。助手はその点、ナージの何倍もしっかりしているので頼むのには安心だが。
「それは、あの人の方が私より風信器限定でも優れているからですよ。実際、風信器作りでは工房でも相当ですし」
思わずといった感じでフレッドが『どうしてあちらが上司?』と問いかけたら、生真面目にそう返された。フレッドが渋い顔をしたのは、食べた干し林檎がすっぱかったのか、それとも返答が予想外だったのか。多分後者だと、皆思っている。
その頃には、ナージは実験の移動中に皆が重宝したルエラの魔法瓶からお湯が出るのを見てしまい、沸いた熱湯を入れて、火から遠いところに置いている。置くのは、作業員の一人。
挙げ句にルエラが良く見たら、行く前にあげた栄養ドリンクとヘルメットは綺麗な籠に敷物を入れて、中に鎮座ましましていた。心得違いをとくとくと説教したい気分である。
だがあいにくと、そうした希望は叶わなかった。なぜなら麗華が言ったのだ。
「オーブル卿って、どんな方なんです?」
麗華、ナージの良く分からない自慢話傾聴に突入。当人が逃げたくても、誰も助けには行かなかった。もちろん逃がしてくれる相手でもない。
「ゴーレムニストになるには、何が必要なのかな。奇抜な性格は別にして」
「集中力、発想力、魔法を理解する知力、記憶力は最低限、考えを表現できる言葉を知っていることに、細かい作業も多いので器用だといいですね。体力がそれほどなくても出来ます。元はウィザードの方が多いようですよ」
後は、奇抜な上司に対応出来る我慢強さと答えられて、黙ってしまった人々は、胸中どう考えていたものか。
翌日、様子を覗きに行った者は、着飾ったナージがオーブル卿のところに出向いたのを確認できた。帰ってこないのは、いい兆候なのだろうと考えたいものである。