●リプレイ本文
六十人に十二両の馬車。文字で見ればそれだけだが、共に歩くとなれば大きな集団だ。それを十人でとは‥‥とアルドスキー家の依頼を受けた何人かは先々を危ぶんでいたのだが。
「うっわー、いい馬だねぇ。力もありそうだし、騒がないし」
ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)が感嘆し、イオタ・ファーレンハイト(ec2055)と馬若飛(ec3237)が一頭ずつ確認したところ、荷馬車を引く馬はいずれも性質がおとなしく、若くて力がある。馬がアルドスキー家の長男ミハイルに確かめたところ、開拓民の中にも馬や馬車を扱える者が十名いるので、冒険者を足せば道中の問題はない。
そして予想より六十名は統率が取れていた。サラサ・フローライト(ea3026)が移動中の人数確認を容易にするのに、適当な人数で分けようと言っていたが、もとは四つの集落から逃げ延びた人々なのですでにまとまっている。
「ご家族というには、大分人数が合いませんが」
「生別、死別が多数いる。一応話は聞いてある」
一見して聖職者と分かるセフィナ・プランティエ(ea8539)に渡されたのが、代官に渡す六十名の一覧表だ。白樺の皮にこまごまと書いてある。
向こうにいる代官は、あの恐怖の天使を敬愛する彼だろうかと、セフィナや知っている人々がちょっと思いを馳せていると、ミハイルはイリーナ・リピンスキー(ea9740)にも書面を示したが、これは渡すものではなかった。
「そちらの使用人が先程持って来たので、ここで預かった。返事が遅れても、使用人を責めるなよ」
イリーナが来ると知っていれば、扱き使っただろう口振りだ。
だが、そんな彼もヴィクトル・アルビレオ(ea6738)には物腰丁寧だった。『師父殿』と呼び掛けも目上に対するものだ。頼む内容は、これまたこき使っていると言えそうだが。
なにしろ、道中全ての事柄の責任者である。
「無論仕事は全力で努めさせていただくが、私にとおっしゃる理由はお聞かせ願えるか」
この通り、人に好かれる容貌はしていないがと苦笑するヴィクトルに対して、ミハイルは黒クレリックだからとあっさり述べた。アルドスキー家から人手を裂けないが、冒険者の年長者だからと代理人にするのは、その者が優秀であればあっただけ後々比べられかねない。かといって、能力がない者には任せられるはずもなく。
それならば領主ではない威光、教会の方にお願いしたいと、一応殊勝な物言いだが、かなり勝手ではある。けれども、いずれ開拓民も黒の教義を信仰するかも知れないと言われたら、ヴィクトルも断れなかった。
「すごいね。あんなあっさり、ああいうこと言えないよ?」
ローサ・アルヴィート(ea5766)が妙な方向に感心しているのを、ウォルター・ガーラント(ec1051)が珍しくたしなめた。アルドスキー家と何度か縁がある彼は、この家の息子達が時に正論だとしてもきつい物言いをするのも知っている。出発前にそんなことを聞いてげんなりするよりは、荷物の確認に時間を費やしたほうがいいだろう。
と、今回初めて依頼を受けたと話していたショウヘイ・ナリタ(ec4468)は、この間に開拓民の中に入って、彼らが背負う荷物の事など聞いていた。皆、質素ながら凍えない程度のものを着ているのだが、中には明らかに身の丈と着ている物が合わない若者がいる。大抵は背が高い。
「勝手が分からなくて、たくさん買ったものがあるのでそれを使ってくれれば助かるな。大きさも合うと思うし、今着ているのは他の人に回せばいいよ」
自身も背は高いショウヘイが、持参した予備には多い防寒着を取り出したところに、今度はミハイルの末弟が割って入った。神聖騎士のショウヘイが寒々しい姿を見捨てておけないのだと聞いて、なにやらミハイルと相談している。
「領民の面倒を見るのは、当家の務めだ。お志は有り難いが、掛かる費用は負担したい」
あちこちに恩を作らせては、開拓民も返すのが大変だからと、そう聞いて馬が笑って、ショウヘイに受け取っておけと勧めた。
「まあ、貴族の意地には付き合ってやんな」
まだどっちも坊やだしな。からからと遠慮なく笑った馬に、周囲では釣られて笑ったり、あまりの言いようにびっくりしたりと忙しい。
この日はその後、準備がきちんとされているのを確認して、翌早朝に出発するために皆早く休んだ。この日の見張りはアルドスキー家の家臣達がやるので、十分に休んでおく。
翌朝はようやく朝日が差す頃には、準備万端の開拓民が揃っていた。全員エルフだが、子供も何らかの荷物を背負っている。大人は男性なら鍬や大鎌などの農具と弓に荷物を幾らか、女性は家財道具らしい荷物か小さな子供を、子供は焚き付け用の小枝を束ねたものか、軽めの荷物だ。幌付きの荷馬車に乗せられたのは、老人と妊婦と背負うには少し大きいが歩かせるには小さい子供達で十名ほど。
「それじゃ、出発しようか」
先頭の馬車の手綱を握った馬が全体に声を掛けたが、反応が鈍い。声が届かないかとサラサが同じことを繰り返すも、聞こえていて動かないようだ。
「責任者殿、どうぞ」
ウォルターがヴィクトルに呼びかけて、少しばかり嫌そうな顔をされたが、彼の号令で一同はすんなりと歩き出した。『目的地までは師父殿の言うことを聞くように』とのミハイルの指示は、浸透しているらしい。
「なんてすごい‥‥どうやったら短期間で人心を掌握出来るんだろう」
イオタが感心して呟き、ルイーザとローサがうんうんと頷いていたが、中にはそうは納得しない者もいる。恐怖政治ではあるまいなと疑いたくなるような状態だが、子供が無邪気にミハイル達へ手を振ったりしているのを見ると、なんとも判断が付かなかった。
「流民となるところを見捨てない心根が、通じたのだと思いますよ。黒の教義の方々も、本当に困っている人には手を差し伸べられるものでしょう」
幾ら自らの力で立つ事を基本とするジーザス教の黒の教義でも、寄る辺なき人々には立ち直るための力添えを惜しまない。開拓民はそれこそ生きるか死ぬかのところを助けられたので、心酔の度合いが高いのだろうとはセフィナの弁だ。
折があればそのあたりも尋ねてみようとか、話をして気持ちをほぐしてもらおうなどと考えていた者には、ここからが予想外の展開だった。
元々は森の中で、ほとんど他と交流なく過ごしていたエルフ達は、健脚揃い。先行して様子の確認をする手筈のサラサとルイーザは、予想外の速度に追い立てられている。時々交代するウォルターはルイーザのように馬を連れているわけではないから、時に全速力だ。見兼ねたイオタやショウヘイが同道を申し出たこともある。
もとより道中に危険はないだろうと言われていて、初日は一箇所道がぬかるんでいただけ。それは開拓民達が埋めたのだが、彼らは与えられた鍬が使いにくいらしい。今まで使っていた道具とはよほど違うのか、しまいには鎌で土を掘ったりしているので、クレリックと神聖騎士四人で使い方を指南する。
「なんでそんなの知ってるの?」
「教会での奉仕で、少しだけやったことがあるからだな」
皆似たようなものらしいが、セフィナはいささか疲れている。それで尋ねたルイーザがスコップ片手に変わってやろうとしたが、開拓民の男性陣がやり方を飲み込んで出てきて、追いやられている。力仕事は女の仕事ではないといった感じで、イリーナも引っ込まされていた。
かといって、冒険者達に手伝えというわけではなく、皆せっせと働くのだが、会話に乗ってくるのはごく少数だ。
その割に行動はてきぱきとしていて、休憩になれば、それぞれ出身集落ごとにまとまって水を飲んだり、荷物を交換して疲れを少なくしたり、互いの世話を焼いている。一度、人数を確認していたサラサとイリーナがぎょっとさせたのが、不意に女性ばかり六名も見当たらなかったときだ。置き去りしたはずはないし、どこに行ったかと見回せば、周囲の木々の合間からひょっこりと帰ってくる。
「あんタラもいきタガったけ?」
「‥‥皆から離れる時は、我々にも言って欲しい」
歩いているときはともかく、休憩のときは男女ともさっと用を足しにいなくなるので、万が一にも何かがあってはならんとイリーナが念押ししたが、こんな開けたところでどうしてかと不思議がられた。
「いなくなったかと探すのは大変だから、ちゃんと言ってくれ」
サラサからも念押しされて、そんなものかと納得していたが‥‥ついでのように『おまエは?』などと聞かれるのには、一同閉口した。このあたりの反応は集落によっても違うし、話し掛ければ皆が答える集団と、代表しか口を開かないところとがある。
「飯がうまいかどうかくらいは、直接聞きたいもんだなぁ。駄目か?」
一日目の、早い時間には予定していた宿営地に到着し、じっくりと料理が出来た馬やローサが世間話のように訊いてみれば、理由は簡単だった。
「言われたコトが、ヨクわからん」
発音が違いすぎて、尋ねられても答えられない者がほとんどの集団が二つ。残り二つはある程度訛っていても会話が成立するので、会話になるのだ。前者でも時に外に出て他の集落と交流する者は、会話が出来る。
幸いにして、珍しい味だと思っても料理そのものには誰も文句がなかったが。
「確たる拠り所がないと、寄せ集めただけにまとまりに欠けるかもしれないな。伝道師の派遣を検討しているものかどうか」
ヴィクトルが先々のことを心配している間、ローサが子供達を集めて手品を見せている。あまり魔法を思い起こさせることがないように、可愛らしい造花を使ったりするものだけだが、子供達は出身によらず見入っていた。中にはうとうとし始める子供もいて、大人に寝かされている。
この間に、イオタはショウヘイに手伝わせて、開拓民の男性陣に馬の世話の仕方を教えていた。水と餌をやれば十分という様子なので、馬の疲れを取りやすい世話の仕方や多数いるときの並べ方などに気を配ることなども噛み砕いて説明する。
「開拓地で使える馬が選べるようなら、この四頭はぜひ欲しいけど‥‥俺は代官を知らないので、他の人に頼んでおこうか」
「この馬が、一番仕事に向いているって」
イオタが馬を見比べて言っている横で、ショウヘイが四頭を示しながら、ゆっくり言い直している。発音が独特のゲルマン語と覚えたてのゲルマン語で、何か通じるものがあるらしい。相手にもよるが、よく話が通っていた。
ショウヘイにしたら、初依頼で勝手が分からないところに、ルイーザがあれをしろ、これがいいと教えだか指導だか指示だか不明の口出しをするので、必死なところもある。なぜかイオタは助けてくれないし。
そのルイーザはセフィナと一緒に開拓民の話を聞き歩いていたが、セフィナが珍しく宿営地近くを横切った小動物を子供達に示した時に、少年が一人弓を引こうとしたので、慌てて止めている。
「たくさん食べ物がある時は、獲らなくてもいいにゃー」
「ショーカ」
「‥‥な、和むかと思ったんですけれど」
食べたいから獲ってくれだと考えたらしい相手に、二人でどきどきしている。そんな少年達も大人も、日が暮れるとあっさりと寝てしまうので話は適当に切り上げだ。
これまで皆が聞いたところでは、彼らを襲った襲撃者達はほとんど皆殺しを目的としていて、魔法も使ったし、殺傷能力の高い武器も持っていた。故に逃げ延びた人々の中には、アルドスキー家の援助を断って、執拗に敵を追いかける集落もあり、幾らかの話し合いの末にアルドスキー家が彼らを道案内として雇用する契約で支援している。当然戦力としても見込んでいるから、ある種の傭兵契約だ。
今回雇用された冒険者には、一月下旬にあまり被害が出ないように集落を襲う連中と戦った者もいる。今回開拓民になったのは昨年十一月頃に襲撃された人々だ。
「考え合わせると、しつこく追われない程度の被害に留めるようにしたのかもしれないな」
一晩考えたものか、明け方にはサラサがそんな推測を立てていた。それが正しいかどうか、開拓民にも分からないが、歩いていないせいか寝付かれずにいた老人の話を延々と聞いていたウォルターは、その半分が思い出話で、残りが嘆きだったと言葉少なに伝えていた。老人も体が動けば、自ら家族の敵を討ちに行っただろうから、要らぬ敵を増やさぬ浅知恵を回したのかもしれない。
二晩目、かなり近くで狼の鳴き声がした際に、あっという間に何人もが武器を片手にテントから飛び出してきたのだから、昼間はヴィクトルの指示通りに黙々と歩き、働く信心深い開拓村の人々のように見えても、どこかが少し違っていた。
そのことに胸が痛んだり、先を思い悩んだりは十人のいずれもがしていたのだが、まずはこの六十人を送り届けて、なにより行った先ですでにいる人々と軋轢を起こさないように少しくらいは世話を焼いたほうが良かろうと考えた。
けれど。
「お待ちしてました。今お湯を沸かしてもらうので、荷物を下ろして休んでくださいね」
宿屋の主のような口上で彼らを出迎えた代官ユーリーは、受け取った書類を確かめるとエルフの女性を一人連れてきた。到着したばかりの年少の兄弟二人と引き合わせて、母と子供だと確認できるとなにやら白樺の皮に記している。ちゃんとはぐれた家族の確認もしているのねと、セフィナが安心してもいいところだったが、彼女の表情は硬い。
残り九人の冒険者も一様に表情が厳しく、開拓民達は見慣れないものをきょとんと眺めていたが‥‥
「ユーリー、これはなんだ?」
「天使様です! 僕がお祈りしていたら、皆さんも大事にしてくれるようになって!」
ノモロイの悪魔と呼ばれる置物が、村の敷地の入口にでんと置いてある。サラサやセフィナ、ウォルター、ヴィクトルが大人から細かい話を、ルイーザとショウヘイ、ルイーザに引き摺られたイオタが子供達からざっくばらんに聞いていたところでは、相手にウィザードはいてもデビルはいなかった。だからデビルのようだと言われる像の怖さも分からず、ユーリーが『大事にするといいことがある』と繰り返すので信用したらしい。役人達は切なそうに、そのあたりの経過をイリーナに訴えていたが‥‥
「‥‥頑張っているようだな」
ユーリーの期待に満ちた瞳にイリーナが負けた挙げ句に、天使を土産に持ってきていたので、ヴィクトルに泣き付いている。セフィナはめまいを抑えていた。
「あはは、無事着いたからいいよね。ナリタ君、キミもこれを見て修行するといいよ」
「予定より少し早く着いたらな。何でも手伝うぜ。あんたらが敵に付かなくてありがとうのご奉仕だ」
非常に前向きのローサが空元気を搾り出し、馬が呆然とする時間が勿体無いと同調して‥‥皆、天使様は見ないようにしながら、もうしばらく働いた。
開拓村の今後を心配したヴィクトルが、キエフに帰りついた後に黒の教会に何か進言したかは定かではない。