●リプレイ本文
借金取りか、勘違い男の付きまといか、まさかよもやの犯罪行為ではあるまいな。
カイザード・フォーリア(ea3693)、ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)、アナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)の三人が見ているしかなかったのは、依頼先への出発前にシェリル・シンクレア(ea7263)がなぜだか怒られていたからだ。あまりの勢いに割って入る間もなく話が終わったが、理由が、
「すみませんが、ウィンディとお呼びくださいね」
当人がどういう理由だか、本名をきちんと名乗るつもりがなかったからだと判明した。何かの折に出掛けた筈の人と違う名前で報告が上がったら冒険者ギルドも困るので、目いっぱいに怒られていたらしい。理由によっては、白状すれば許してくれたかもしれないが。
通称で呼ぶだけなら周囲が困ることはないので、出発そのものには差し支えなかった。そんな訳で、シェリルはなぜかウィンディ。
その二日と半日後、依頼があった村々の最も近い村に四人は到着していた。ナイト一人、ウィザード三人の組み合わせで合計四人。人数は寂しいが、カイザードは見るからに立派な馬で、シェリルも駿馬、ジェシュとアナスタシヤも馬は連れていて、その肩書きからしても立派な力量の持ち主だと思われたようだ。防寒服で隠れていた女性二人のブラックローブが見えていたら、ちょっと印象が違ったかもしれないが。幸いにして、最初の村の教会ではウィザードは変わったものを着ていると思われた程度。
更にありがたいことに、アナスタシヤとカイザードが気にしていた死体で上がった男の埋葬はこの村で行っていて、教会で預かっている荷物も見せてもらうことが出来た。ただし船が壊されていたのは湖沿いに二つ向こうの村で、大波を被って危うく犠牲者が出るところだったのは対岸だ。
それで二人ずつで遺体の様子を聞くのと、残った荷物を改めるのを実行することにした。アナスタシヤが気にした、『ろうそくが実は呪いの道具ではないか』は毒物や植物などに詳しいシェリルとジェシュが先に確かめておくことにし、人の言動を見るに長けたカイザードとアナスタシヤは埋葬に加わった村人達から話を聞くことになった。
けれど、話がそれほど進まないうちに、ここではウィンディのシェリルが本当に人目を忍んで二人を手招いてくる。適当な理由をつけて、アナスタシヤとカイザードが荷物を広げていた部屋に戻ってみると、教会の人々も交えてジェシュが酸っぱいものを大量に飲んだような顔をしていた。
「あのね、これが問題の蝋燭なんだけど‥‥火を点けたほうが分かるかな?」
教会では獣脂で作ったらしい蝋燭が人に頼まれた品物だったことを考えて、傷まないように箱詰めして保管していた。脂に香草も練りこんであったが、蜜蝋ではなく脂を使っているので少しばかり生臭い。あいにくとアナスタシヤにはそこまでしか分からなかったが、カイザードは臭いを嗅いで、すぐにジェシュの言いたいことを飲み込んだ。
「人の脂を使っているようだな」
「少なくとも、普通にこのあたりで取れる獣の脂ではないようです」
シェリルも言い回しは穏やかだが、言っていることはジェシュやカイザードの補足だ。教会の人々の困惑は深かったが、確認のために火を点けようとは言わなかった。そんな蝋燭を灯したら、教会が穢れるとでも考えたのだろうか。
もちろん、四人の側もわざわざ死臭を嗅ぎたいとは思わないので、少し端を削って、脂の具合を確かめるだけに留めた。
「見付かった血痕もその男のものかもしれんのう。精霊が怒っておる理由は、大体察しが付くというものじゃ」
他に何か湖に投げ込まれていないかも確かめて、必要があればそれを水の中から拾い上げなくてはなるまいとアナスタシヤは言いつつ‥‥この時期に水中に潜ることを考えて、それでなくとも冴えない表情だったのが更に暗い顔付きになってしまっていた。
そしてもう一つの問題は、訊いてみれば埋葬された男には外傷がなく、でも血痕が発見されているのだから、どこかに怪我人かそれ以上の状態の者が隠れているのが間違いないことだった。
蝋燭の材料からして、彼らの目的が精霊の見物なんてものではないのも明らかで‥‥精霊との対面にいささか気が重い四人だった。
湖の精霊に尋ねたいことは、もちろん怒りの理由だ。
その他に、湖に埋葬された男と一緒に何かを投げ込まれた、精霊が嫌うものがまだ底に沈んでいないか。
更に他の死体があるのかどうか。精霊が知っているならば、それがすでに発見されている男と関係があるのかどうかを教えて欲しいところだ。
後は精霊の怒りが収まるための方法。これが分からないことには、依頼は解決しないし、村人達は本格的に生活手段を奪われてしまう。
尋ねる方法は、シェリルとジェシュが持参したテレパシーのスクロールだ。この二人がスクロールを使って精霊に語りかけ、カイザードとアナスタシヤはその間に異変がないかを警戒する。
念のために、船が壊されていた村まで出向いて状況を確認したところ、船は複数で動かした形跡があるとの話が聞けた。動かされていたのは一隻だが、壊れていたのは五隻。残り四隻は元あった場所から投げ出されたような様子だったという。
つまりは湖に入ってくる手段を奪って、絶対に近寄らせないようにしているのだろうと推測が出来たが。
「アナスタシヤ、ウィンディ、そういう原因に心当たりはあるか?」
人の女性ならともかく、精霊の習性には疎いカイザードが、そうした知識を蓄えているウィザード女性二人に尋ねたが、二人共に明確にこれだと示せるほどの情報がない。一番簡単な説明が『激怒している』では、カイザードにも十分推測できる範囲。
よって、テレパシーでの語りかけに反応してくれるかが鍵になるが、これについてはジェシュとシェリルが相談した結果、シェリルのスクロールを交代で使って、語りかけることになった。シェリルのスクロールが、より効果時間が長いので、交代で使用して魔力の消耗を抑えるつもりである。
村から離れた、仮に波を被っても周辺には被害がない場所を教えてもらい、四人は村の外れに馬とその背に積んでいた荷物を置いて、そこに向かった。村人の厚意で風が当たらない小屋の影に馬を繋ぎ、寒くないように毛布なども掛けてきたが‥‥
「寒いね」
「テントの一張りも持って来ればよかったのう」
一向に返事がないので、シェリルと交代したジェシュが鼻の頭を赤くして、アナスタシヤが火の番をしている焚き火のところに戻ってきた。シェリルはしっかりと防寒服の衿を締め、焚き火でよく暖まってから湖のほとりに向かっている。カイザードはまったく寒さが気にならないような顔付きで、水面に異常がないか眼を凝らしていた。
四人が湖に近付いたときは、少しばかり水面がざわざわしていたが、風の仕業か精霊の意向かは分からない程度だった。それがテレパシーで語り掛けを始めてからは、すっかりと静まっている。用心してあまり水際には行かないようにしているせいもあり、湖のこととてテレパシーの効果範囲に精霊がいないかもしれないと根気良くジェシュが語りかけていて、いまだ成果はない。
シェリルも精励の呼び方を色々と変えて、何度か呼びかけていたが今のところ反応はなかった。カイザードが提供してくれた発泡酒を回し飲んで、少しばかり暖まったかななどとそれぞれに思っていられるくらいに。
シェリルも一時間頑張って効果がなく、再度ジェシュがスクロールを開いて、呼びかけた。
「精霊さーん」
『さーん』
「麗しい名前でも付いていたら、案外と顔を出してくれたかもしれませんわ〜」
しっかりとフードを被りとおしているシェリルのぼやきに、カイザードがなるほどと苦笑している。こちらもアナスタシヤと火の番を交代したが、警戒はあまり緩めていない。ジェシュのフレメンタラーフェアリーが、危ないと諭されても水際まで行ってしまったので余計にだ。
ところが。
『‥‥おまえたち、にどとくるなといったはず』
エレメンタラーフェアリーの存在が良かったのかどうか、水面に立ち上がるような姿で女性が一人現れた。少したどたどしいが、全員に分かるゲルマン語だ。精霊も人の姿をしていると話せる者があるので、この精霊が珍しいわけではないとアナスタシヤとシェリルは分かっているが、それを他の二人に伝えている暇はなかった。
なにしろ、相手は見紛うことなく、不機嫌だ。今すぐ攻撃されないだけ幸運だと、ひしひしと伝わってくるくらいに。気の弱い者がいれば竦んだろうが、この四人は動じなかった。ジェシュはマイペースに『僕らは以前に来た不届き者とは別で』と説明を始め、シェリルはスクロールを発動させなくても良さそうなので、濡れないようにしっかりとしまいこんでいる。
さすがに急な攻撃を警戒して、カイザードはジェシュをすぐに抱え込める位置に移動していたし、アナスタシヤは湖から距離をとっている。
『あのおとこはむらのにんげんだといった』
「それは嘘なんです。村の人達は、あなたの事を大事にしてますから」
なかなか口を挟める様子ではないのだが、ジェシュと精霊の会話から判明したのは、死体で見付かった男が近くの村人だと偽って、度々精霊に贈り物をしていたことだ。このあたりの村では、精霊を特別に祭ったりせず、船が沈んだら必ず引き上げるとか、流れが澱まないように日頃から気をつけるとか、自分達のためでもあることしかしていなかった。
そこに村人と偽った男と仲間が、冬だというのに生花を流したり、酒を持ってきたりするので、姿を見せはしなかったが精霊は『変わったことをする人間がいる』と気に掛けてはいたらしい。だからといって、相手に何か報いてやろうとは、欠片も思っていなかったようだが。
ところが、ある日。今回のようにあまりにうるさく呼ぶので、少しだけ姿を見せてやったら、魔法を放ってきたのだ。どんな種類かは目視で分かるものではなかったが、網なども手にしていたので精霊を捕らえるつもりだったのだろう。
「相手の陣で無謀な行いだな。では、その時に一人死んだのは、あなたが抗ったからだろうか?」
『かってにおちた』
「‥‥助ける義理はありませんものね」
精霊が不埒者を助ける必要は確かにない。男の仲間も助けずに逃げてしまい、そも氷の張る湖に落ちてどれほど男の息があったか不明だが、埋葬された男は単純に水死なのだろう。精霊を捕らえようとして、勇み足が過ぎたわけである。
精霊のほうは、その日は特に連中を攻撃するでもなく水の中に戻ったが、数日して再び同じ連中が小船を出してきたので、他の船共々水を操って叩き壊した。この時にも三人ほど水に落ちたが、この時は全員自力で岸に這い上がったそうだ。
以降。
「お怒りで、誰も湖に近付けなかったのは承知した。しかし、今話したように、それは村人ではない、どこの連中とも分からぬ不埒者じゃ」
『なに?』
「あぁ、つまりは悪い奴じゃからの。村人が船を出したりするのは、今まで通りにさせてやってくれぬか」
アナスタシヤが、時々言い回しをより簡単にしながら申し出たが、精霊は人の区別などつかないようだ。目前にいる四人を大きさで呼び分けるところからして、男女の別も意識していないのだろう。『人間』という一くくりで、その怪しい集団と村人をまとめはしないかと四人はその点が心配だったが、今までの村人の態度と明らかに違うのはおかしかったと、一時間ほどの会話で精霊を納得させられた。
後にアナスタシヤが『子供と話しているようだった』とぼやいたが、精霊がいずれも賢いわけではないから、納得してくれただけ幸運だ。そう考えることにする。
ただし、精霊だってただ納得したわけではない。
『わるいやつは、つかまえて』
「どうもこの辺りにはいないようですのよ。どうしましょう」
『じゃあ、そのうちにつれてきて』
それはいつまでの猶予なのだろうかとの考えが四人の頭をよぎった。それに精霊が納得してくれれば、依頼は成立だ。村人が更に依頼を出すとは考えにくい。うかつに約束は出来ないと考えていたら、精霊はさっさと水の中に戻っていった。ほんの一瞬の出来事だ。呼び止める暇などありはしない。
残された四人が顔を見合わせていたら、精霊はひょこんと頭だけ水から出てきて、言い足した。
『ふーいんのかいほーって、いってた。あらすなんとか。それでわかるでしょ』
それだけでは分からないと、今回も言い募る暇はなかったが、ジェシュが一応水面に向けて大きな声で言ってはみる。
「聞いてはおらんと思うぞ」
「でも一応言っておかないと、村の人に無理難題言われたら困るよ。村の人にも、良く説明しないとね」
四人が一番大変だったのは、村人への説明だったが‥‥そこはナイトとウィザード、言葉を選んだり、一部手練手管を使ったり、色々として、状況を理解させ、万が一にも怪しい連中が来たときの対処方法を教える。教会では件の蝋燭を引き取ってくれと頼み込まれ、仕方なしにカイザードが愛馬に積んで冒険者ギルドまで持ち帰ることになった。
報告を受けたギルドは、もう一度精霊に話を聞いて来いとは言わなかったが、それはそれは難しい顔付きで奥に引っ込んだ受付が偉そうな人を連れて戻ってきて、皆にもう一度報告をさせた。
「念のため、土地の領主には状況を伝えたほうがいいと思う」
「その連中の行方を追ってくれるといいのだがな」
村人からの依頼は果たせたが、何か大変な厄介ごとを見付けてしまった四人だった。
そのうちに依頼が出ればと思ったかどうかは、人によりけりだろう。