●リプレイ本文
森の中で絶叫する謎の存在と、時折見える子供。どちらも最近まで、まったく存在していなかったとなれば、
「謎が多いわねぇ。まずは話を聞いて、整理するところからかしら」
「精霊の類ならまだ‥‥なんだけど、デビルだったら鬱陶しそうだにゃー」
リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)とルイーザ・ベルディーニ(ec0854)の会話には、同行するイリーナ・リピンスキー(ea9740)と宮崎桜花(eb1052)も同感だ。四人共に馬を連れていたので、依頼先である村までは予定より早く着くことを見越し、情報収集しようというリュシエンヌの意見に反対はない。
尋ねる内容は、絶叫がどんなものだったか、聞こえてきた位置や、時間、状況、聞いた人々がその時に何をしていたのかなど。それから目撃された子供の容姿や行動、会話の有無などだ。
尋ねる相手は村長はじめ、村人で絶叫や子供を見聞きしている人々に、子供達も含んでおく。四人なので、手分けして聞いて回り、情報をつき合わせてみようかと相談しながら、村に到着した。ただし予定より早いが、二日目の日暮れ後になってしまったので、実際の行動は翌日からになる。
そして翌朝、村長から『娘さんが四人だけで本当に大丈夫なのか』としきりに心配されつつ、これまでに分かっていることを尋ねて回った。村人達は森に入る仕事を避けているので、大抵が村の中にいるから話を聞くために移動する距離は少なくて済んでいる。とはいっても、村人が百人近くいる村だったので、四人で手分けをしても一日がかりの情報収集とはなったが。
夕方に集まって、それぞれに聞いた情報をつき合わせてみたところ。
「姿が見られた辺りには、子供達は行かないと言っていました。それと、隣村とは離れているので、村の子供以外は行商人の子供しか知らないそうです」
行方不明が近在の村の子供の可能性も考慮して、桜花が母親達や子供達から聞いたのはそんな話だ。子供の姿が目撃されたのは伐採場で、その年毎に木の成長具合を見て大まかな場所が決められるが、伐採する村人以外は近寄らないように決められている。不測の事故を招かない用心だから、子供達にも徹底されているようだ。
桜花が子供担当になったので、イリーナから頼まれて尋ねた『村の子供以外の存在』も、あいにくとこの村の子供達には縁遠かった。見るものといえば鳥やねずみ、たまにテンの類で、大きな生き物は見掛けない。ましてや村人以外の人など、年に何回か巡ってくる行商人家族くらいのものらしい。
「ん〜、子供の姿を見た人に話を聞いたけどにゃ、着ている物とか、あんまり憶えてなかったにょー。色々合わせると、エルフではないけどね」
ルイーザは子供の目撃場所とその様子、それと絶叫の聞こえた位置などを確かめていたが、子供については芳しくない。木々の向こう側から覗いていた頭があって、子供だったと思う‥‥程度の不確定情報に、もやの中を横切って移動していた子供がいたが、服装は記憶にないとか、もやで細かく見えなかったとかなのだ。会話にいたっては、声を掛けた者は多いが、返事を得たものが一人もいない。エルフでないと断定したのはルイーザだが、理由は髪の色が茶色かそれに近い黒だったからだ。エルフでは、この髪の色はいないし、目撃者達もエルフの子供ならもっと華奢だろうと、指摘されてからだが口を揃えた。
ただし、この子供達と絶叫は続けて目撃、聞こえることが多く、現われる場所も近い。これは伐採場周辺以外に村人はほとんど出歩いていないから、他の地域の情報がないだけだが、姿はともかく絶叫はかなり遠くまで聞こえそうだから、そうどこででも響いているものではないのだろう。
イリーナは年配者と薬草師を訪ねて、ルイーザと同様の内容に地図を書けるような地理情報も確かめてみたが、元々村から伐採場まで何メートルとは意識していない人達なので、どうしても距離感はあやふやになる。普段彼らが目印にしている場所や木を書き入れて、そこまでの時間は文字で記入してある。ルイーザが最初何の数字かと眺めていたが、説明を受けて納得したようだ。
その簡素な地図と話によると、伐採場は村から三キロから四キロ離れた森の中で、木材は村を通らずに森の中の土手を滑らせたりして、街道に向かう。今年の伐採場からは街道まで結構な道のりがあるが、歩くだけなら村人は雪道でも一週間で往復するそうだ。もちろん天候に恵まれていた場合と注釈は付くが。
「その森の中が案外適当で、歩きやすいところを歩いているみたいだけど‥‥獣以外のモンスターは今まで見つけたことはなし。村人が伐採場で変わった事もしていないと思うと、これはまあ、本人達の言い分だけど」
リュシエンヌは持てるモンスターの知識を活用して、村人の行動範囲にいそうなモンスターの有無を確かめていたけれど、ルイーザがあげたモンスターと、リュシエンヌ自身が知っているモンスターのその大半がまったく無関係のようだった。幸いにして、村人の証言からはデビルを窺わせる話もない。
となると、リュシエンヌの知識と皆の証言と周辺の状況からして合致するのは、
「アースソウルだと思うけど、気になるのは声がするところね」
地の精霊のアースソウル。子供の姿を取る事があり、性質はおおむね穏やかだ。森にいる精霊だけあり、木々を荒らしたりすると警告にさも恐ろしげな叫び声をあげて相手を驚かせることがあるという話からも、ほとんどこれに間違いがないだろうと思われるのだが、一つ問題がある。
「森を荒らすと警告や攻撃をしてくるのに、そういう気配はこの村にはないでしょ。隠しているのだとしたら、それはそれで困りごとなのよね」
依頼だから、アースソウルを排除することもありえるのだが、闇雲に襲ってくる相手ではない分、理由があると考えられる。伐採に無理があるなら、長い目で見て改めたほうが村にも利益があるのだが、とっくに伐採が終わっていて、それを運び出すのだけ邪魔する点がリュシエンヌには腑に落ちないのだ。
「そんなの、直接訊いてみれば良いんだよねっ」
デビルでもないし、それほど怖そうな敵でもなくて良かったとばかりに、にかっと笑ったルイーザが断言し、う〜んと伸びをした。話が通じない植物系のモンスターや、七面倒なデビルでなくて、すっかりと緊張が抜けている。持って行く武器の検討を始めているが、それも目立つものは外して行くつもりのようだから、つまり。
「話し合いが通じるといいのだけどね」
アースソウルは個体により言葉を話すが、あいにくと確実に言葉が通じると誰が確かめたわけではない。バードでテレパシーが使えるリュシエンヌが接触の口火を切ることには、誰も異存がなかった。
「馬はお預かりいただけるそうですから、徒歩になりますか」
桜花が伐採場までの距離を見て、馬から下ろしたテントを背負うのは止めにして、やはり武器の点検を始めた。こちらも戦闘は避けたいので、小太刀は目立たないようにして、リュートベイルをバックパックに括っている。リュシエンヌはもとより武器を持たないし、今回は楽器の準備もないので、格別に支度する必要もなく、イリーナも同様に持って来た荷物をそのまま。
翌早朝に出発することにして、この日は村長が自宅を開放してくれた一室でゆっくりと休むことが出来た。
翌日午前のこと。
伐採場に辿り着いた一同は、リュシエンヌが伐採状況を確かめるのに付き合っていた。村人の態度に問題があれば、その点も踏まえてアースソウルと接触しないと先の話も出来ないからだが。
「ちゃんと先々のことも考えて、切ってもいい木とそうでないのを見極めてあるし‥‥ここに来るまでだってよく手入れしてあったのよね」
リュシエンヌがおかしいわねと首を傾げている。伐採には何の問題もなく、運び出すための道も何年越しかで丁寧に手入れしてきたのが分かる整い具合だ。だからこそ、彼女達四人もたいした苦労なくここまで歩いて来れたのだし。
けれどもこうなると、何が理由でアースソウルが村人を驚かすのか、不明瞭になる。精霊を脅かす何者かが現われて、助けを求めているのではないかとの仮説もあるが、それなら話を聞いてもらうために出てきても良さそうだ。基本的にアースソウルは、人に友好的な例が多い。
そうしない理由はなんだろうかと、リュシエンヌなどは考えてしまうのだが、
「村の人が悪くないなら、アースソウルに何があったか聞けばいいにゃー」
これは更に気が楽になったと、ルイーザは辿ってきた道の更に先を覗き込んでいる。木材を運び出すための道だから、案外幅があるのだが、特に変わったものは見えなかった。もやが掛かってきて、見通しが悪くなっているせいもある。
ルイーザが聞いた話では、絶叫が聞こえるときにもやが掛かっていたことは多い。しかも唐突に発生したから、これは話に聞いた状態に間違いないと桜花も背負っていた荷物を下ろしている。手はリュートベイルと小太刀の両方にすぐ掛けられる位置だ。ルイーザも上着の下に留めたダガーに手をやった。今まで攻撃された例は聞いていないが、相手の態度が分からないときは危急に備えておく必要がある。とはいえ、実際に使うつもりがあるかといえば、どちらも殺気を感じないので、攻撃の意思はほとんどないのだが。
武器はないリュシエンヌが、イリーナの背後から念のために声を上げた。相手はほぼ間違いなくアースソウルだろうが、万が一に人間の子供だったりすると、いきなりテレパシーで話し掛けるのは怯えさせる可能性もあるからだ。姿もないので、あくまで念のため。
特に返事もないので、今度はテレパシーに切り替える。
『この先に行かせたくない理由があるのかしら?』
問いかけてみると、もやが明らかに蠢いた。しばらくして、木々の間からひょっこりと子供が顔を覗かせる。なんだかちぐはぐに見えるのは、子供らしからぬ服装だからだ。村の男性達が着ていた、作業用の服に似ている。
「見て真似すんのかな〜」
「どうでしょう」
ルイーザと桜花は様子を見ながら、小声で囁き交わしている。もうちょっと可愛い服を着たらいいのにというルイーザの主張には、さすがに返事がなかったが。
『何か理由があるなら、教えてもらいたいのだけれど』
「‥‥あぶない」
四人がおやと思ったのは、『子供』が案外とはっきりしたゲルマン語を話したからだ。どう言えばいいのか悩んでいるような素振りで、時々黙り込みながら説明してくれたところによれば‥‥
木材の移動に使われる道の先に、少し前から危険な連中が留まっている。その輩は何日おきかで増えていき、そのうちにまた移動するようだが、森の獣を無造作に狩ったり、木々を傷付けて平然としている。武装もしているので、村人がそちらに近付かないように警告していた。
方法として良かったかどうかはともかく、言い分はそんなところだった。アースソウル達は依頼主である村の人々には大変好感を寄せていて、危険から遠ざけようと彼らなりに苦慮したらしい。日頃、好感があろうとまったく交わらない生活なので、ほとんど威嚇になってしまっていたが、善意から出た行動だ。
「精霊の善意なんて、滅多に受けられるものではないから‥‥ありがたいことなのだけれどね」
リュシエンヌが困惑しつつ、少しばかり羨ましそうに口にしたが、その危険な連中とやらがいる限りはアースソウルに村人を脅かすのを止めてもらっても安全は確保されない。かといって、村人が一週間で行き来する道を四人で走破して、その連中を退治も出来ない。そもそもどう怪しいのかなど、アースソウルの話だけでは不鮮明に過ぎる。
「その連中が行っちゃったら、教えてくれればいいんだにゃ」
対処方法を悩んでいた四人の中で、最初にルイーザが両手を打った。アースソウル達がこれだけ好感を持っていてくれるなら、危なくなくなったら村人に教えてくれればいいのだ。もちろん村人にも警戒してもらって、事前に様子を見るなどしてもらわなければならないが‥‥そこまで依頼を出すかは、また彼らの判断である。
それはどうなのと思った者がいたとしても、ルイーザの言葉を聞いていたアースソウルが『それなら出来る』と返答してしまったので、村人と協議することとなった。一応リュシエンヌが、アースソウル達に村人に警告などをするときには、きちんと姿を現して話しかけて欲しいと頼んでいる。絶叫では怖がられるのが、アースソウル達にはあまり理解出来なかったようだが、話しかけた方がより適切だとは分かってくれたようだ。
この日は来た道を戻って、夕暮れには村に到着し、あまりに早い戻りに驚かれたが、彼女達の報告のほうがよほど村人には驚愕だったようで。
翌日、早朝から村人達が集まって相談の結果、もう一度アースソウルに会えるものなら、話を聞くのに必要なものを尋ねたいとの申し出があった。森の守り手なので、なにがしかの捧げものが必要だと考えたのだろう。
「ああいうの」
それでもう一度四人も付き添って、村の代表と一緒にアースソウルと話し合いを持ったところ、彼らは桜花が持っていた組み紐を指した。さすがに桜花のものは譲れないし、村人もそんな要求はせずに、飾り紐の類を贈ることで決着した。村では怖がって森に入らずにいたこともさっぱりと忘れたように、精霊の加護が得られるとちょっと自慢に考えているようだ。
当然のごとくに冒険者はありがたいと感謝の声もあったが、実際には怪しい輩が確認できたわけでもなく、ありがたがられる方にしたら心残りがある状態ではあったが‥‥全部を解決するには時間も人手も足らず、村人の不安は除けたことでよしとするべきだった。