●リプレイ本文
ヘルミオネ、テティス、エリス、ドリス、ヘスティアの五隻の武装帆船が集う港の一角に集まった冒険者は六名。募集よりいささか少ないが、代わりにシルビア・オルテーンシア(eb8174)がグリフォンのレェオーネ、導蛍石(eb9949)がペガサスの黄昏を連れている。
この二頭、船上にて連れてくるペットに厳しい制限があるこの依頼で、上空偵察の方法が他にはないと見込んでの同行だった。相棒には悪いが、どちらも檻に入れる覚悟もしてきたのだが、武装はしていても動物用の檻など、どの船にも積んではいない。
そうして、一通り名乗った中で声を掛けられたのが木下陽一(eb9419)だ。遠物見の彼は、その職を口にしたことで船にも慣れていると見込まれたらしい。問われたのは、この二頭が人を襲わない程度に持ち主の言うことを聞くのかどうか。
「そのくらいの信用が置けないと、こちらの命も危ないから連れて来ないよ」
「ま、確かにそうだな」
遠巻きに二頭を眺めている船員達の中には、投擲用の槍や矢を抱えた少年達までいたのだが、六人と話していた船長の腕の一振りで持ち場に戻っていった。
「我々は一隻にまとまって乗り込ませていただきたい。船ごとに役割分担があるなら、相手に直接向かう船がいいのですが」
ウィザードである旨を告げたクライフ・デニーロ(ea2606)が、各船の役割分担を尋ねたところ、イシスに弓兵が多く、それ以外は直接戦闘に関わる傭兵が多いと説明された。そしてドリスとヘスティアは横腹に鉄板を張ってあり、海賊船と最初に接舷するとしたらこのどちらかと説明されて、六名が乗り込むのはドリスになった。
六名の中で前衛として戦うのが、シルビアやスニア・ロランド(ea5929)、シファ・ジェンマ(ec4322)の女性陣であるのが少しばかり珍しがられたが、それも少しばかりのこと。導も天界の僧兵ゆえにそれなりの力量の持ち主だが、黒子頭巾で現われた上、ハーフエルフであると知られて、『船の上で揉め事は起こさないように』と念押しされたところだ。下りろと言われたわけでなし、本人は気にしない。
そのペガサスとグリフォンは船倉の馬用の囲いに入れられて、必ず飼い主のどちらかが付き添っているように厳命されている。
出航を急ぐとの連絡通りに五隻は出港準備もほぼ整っていたが、その前に生存者の少年の様子を確かめたのがシファと導だった。幸いにして、少年は予想以上に元気。イリスに武器を運んでいた一人で、怪我も、情緒不安定な様子もない。話し振りもしっかりしたものだ。
「船は一隻。でも乗っていた船も捕まったから、二隻で攻めて来るかも知れないな。カオスニアンは船を操ってなかったよ」
二人が見ても、無理をしている気配がないので情報はありがたく貰って、全員が各船に乗り込んだところで出航した。
海賊船は、今まで確認された情報では一隻。だがそれ以前の生存者からの情報では、船が焼き討ちにあっているのに対して、少年パウスが乗っていた船ではそれがなかった。
「では、二隻いる可能性も考慮しておきましょう。行方不明の船の外見の特徴はお分かりになりますか?」
シルビアが気にした相手の数は、おそらく最大でも二隻。それ以上は動かすための人質も相当数必要だから、見張るのに人数を割かれてしまう。どこかにあるアジトで捨て身の抵抗を食らった際に、多大な被害が出る人数は敵も手元に置いておかないだろう。
それでも二隻動かすなら二十名前後は人質になっていると聞いて、船長、船員を前に口を開いたのはスニアだった。
「我々全員で、こちらに来る前に相談したのだけれど‥‥捕らわれている方々の救出は、敵を素早く掃討することで叶えたいと考えているわ」
「要するに、助けようとして共倒れにならないように、連中が危なかろうと攻撃を優先するってことだな?」
「‥‥非道な意見に聞こえるとは思うけれど」
パウスの船は、それで乗っ取られたとも聞いたので、なおいっそう敵殲滅を急ぐ方針がよかろうとスニアは考えるのだが、知人友人もいるだろう船乗り達が納得するとは限らないことも理解している。それで天界人のナイトとして一目おかれている節がある自分が伝えたわけだが、船長は身振りで『分かっている』と伝えてきた。
この時は見張りに立った木下とペガサス達に付いている導以外は甲板で、スニアと船長のやり取りが見える位置にいたのだが、クライフが見ても、シファが見上げた中にも、シルビアが見回した辺りでも、誰も異論はないようだ。正しくは、『そうしたくはないが、それが一番だと分かっている』といった様子。
シファの近くにいたのは傭兵達で、パラゆえに小柄な彼女の身なりを興味深そうに眺めていたが、船長とスニアの話が一区切り付いたところで、手招いてきた。シファは用があるなら自分で来いと言うような性格ではないので、とことこと近付いて、まず最初に。
「ちょっとは船に慣れてるか。戦う時は足元の揺れに気を付けろよ」
そんなことを言われた。他の人々にも伝えておけと、それに続いたのが、船員達に『一人で敵に向かわないのを徹底しておいてくれ』だ。
「それはスニアさんも気に掛けていましたけれど、皆さんがお伝えになってもよろしいのでは?」
もちろん仕事はするけれど、そうしたことは限られた時間で徹底するなら皆でというシファの疑問は、なまじ仲間だから聞き入れてもらえないのだと返された。スニアが冷静に人質救助よりカオスニアン殲滅を上げてくれ、それが冒険者の総意だから、皆はその通りだと理解はしたが、心情的には仲間は早く助けてやりたい。傭兵達も良く知る仲間がいるのは同じなので、作戦として当然なのは承知していても、味方の損害を考えれば声を大にして言うにはためらいがあったようだ。
それでシファから伝言を受けたシルビアとスニアと三人で、問題の海域に付くまでの僅かな間に船員達に戦闘の時の心得を説いて聞かせることになった。他の船にも、グリフォンとペガサスで移動して同様のことを説いて聞かせて、それで空を往く存在の便利さが認識されてもいる。
この移動の間に、クラウスは度々船員に海戦の心得を尋ねていた。今回は接舷前提なので、その場合に敵船に攻撃魔法を打ち込みやすい位置取りなど、その時になって確認していたのでは間に合わないことが多いからだ。ついでに見張りで忙しい木下に代わり、当日の天候を変化させることも皆に説明しておく。
「マストの位置がこれだと、下手に折るとドリスにも被害が及ぶということは‥‥」
色々尋ねているうちに、作戦も定まってきたようだ。彼は木下と協力して、海賊船のマストや帆を傷めることで相手の動きを制限するつもりでいる。それで味方に損害が出ないよう、検討することは多い。
その相方である木下は、舳先での見張りに従事していた。異常があれば日中は旗で他の船に連絡し、夜間の航行は避ける上に、存在がばれないように無灯火で停船という無茶をするので、本当に緊急の際に見落とさないように彼のハンディライトは見張りに持ち回りで確保されていた。
「使い方くらい憶えろ」
挙げ句に使い方が良く分からないからと、結局見張りに連れ出されたりして、いいように使われている。寒い甲板では、酒がうまいが‥‥
そうした移動の間、導はおおむねペガサスとグリフィンに付ききりで、偵察や移動もこなしていたが、その合間には別の作業をしていた。
「こう結ぶと解けないぞ。解くときはちょっと力が要るけどな」
「それは大丈夫だが‥‥レェオーネ、ちゃんと我慢してくれよ」
シルビアが船員から分けてもらった厚地の布やなめした皮を、ペガサスとグリフィンの胴体にうまく纏わせられるように切ること。少しでも矢を防ぐ算段をしておかねば、上空からの偵察は危険なだけだ。
ペガサスの黄昏はホーリーフィールドが張れるが、これは移動したら効果はその場に置き去りになってしまう。矢衾が来た時には、躊躇わずに使うように黄昏に言い聞かせている導だった。
そうこうしている内に、問題の海域は目前である。
武装した船団が見えたところで、海賊がつられて出てくることは普通ない。獲物だと思うからこそ襲撃するのだから、まずは囮が必要だ。その役目は、冒険者達が乗り込むことで戦闘員が最も多いドリスに回ってきた。
「天候よーし。風が変わるまで、二時間弱」
木下が声を張り上げた。同じ見立てが船尾の見張りからも届く。
「風向きも気にするけど、変わる頃合は分からないから」
火と水の魔法を使う予定のクライフが、船員達に向かって叫んだ。
「先に行く。合図は見逃さないでくれ」
「あの岬の向こう側ですね。一隻だとよいのですが」
導とシルビアがそれぞれの愛騎に跨り、上空へと舞い上がる。
「盾の用意済みました。そちらはどうですか」
シファが甲板に備えられた矢防ぎの板を掲げる位置に、他の者と待機している。
「矢は惜しむな。なに、心配せずとも備えはある」
大量に準備された矢の束の傍らに、それに劣らぬ本数の矢を出して、スニアが笑んだ。
船員と傭兵達がその笑みにつられて笑い返したところで、早々と上空を移動する二騎から合図が振ってくる。
敵の船影を、二つ確認。
風が変わるまで二時間弱。
この二時間は、攻め手側に不利な潮だ。相手は帆に十分風をはらんで、移動が容易いのに比べ、こちらは向かい風に近い状況での操船を余儀なくされる。カオスニアン達がどこまで潮の流れを理解しているのか不明だが、誰かしら詳しい者が一人は混じっているのだろうと船員達は見ていた。
つまり、相手は十分に有利な状態を活かして攻撃してくると同時に、潮の変わり目にはなりふり構わず逃げ出す可能性がある。潮が変わる時に、海賊船を逃がさない位置に追い込むことも必要だった。
けれど。
「舵だ、あの部分を固定してくれ」
「船が引き寄せられてるが、本当に大丈夫なのか」
「向こうが寄せて来てる。姐さん、頼むぜっ」
海賊船の操舵は、捕らわれた船乗りだ。木下のヘブンリィライトニングがマストを直撃した時点で、操船もかなり困難になっているだろうが、ドリスと後続船から追い付いて来たテティスの間にまっすぐに突っ込んでくる。クライフがやれと言われたのは、その船の舵を水で固定することだ。当人にも出来るか心許ないが、ともかくもウォーターコントロールを発動させた。こんな動きをしたら操舵手が危ないのは、当然察している。
それは船の全員が承知することで、シファの号令で甲板にずらりと矢防ぎの板を並べた船員達の脇では、スニア達がすでに弓を引き絞っている。
「‥‥撃て!」
突っ込んでくる船の甲板上に、カオスニアンと船乗りが混在しているのを見て取りつつ、今度はスニアが号令の声を上げる。船に慣れた船乗り達が動ける範囲で少しでも我が身を守ってくれることを期待して、多少の心得がある者にはとにかく弓を持たせた。相手の戦力を削ぐのが、第一の目的だ。
「嬢ちゃん、引けるのか?」
「全力で引きますとも」
互いの船の甲板が、隣り合うように見える位置まで来たところで、鉤の付いた縄が海賊船に投げられ、互いの船を引き寄せる。どんという衝撃が一度で収まったのは、双方の操舵手の卓越した腕だろう。
誰に見る余裕があったか不明だが、もう一隻はもう少し不安定な様子ながらも、残る三隻に囲い込まれていた。
ドリス側から板が渡され、スニア達の矢で敵が近付けない隙に、傭兵やシファ達が乗り込んでいく。当初からの申し合わせ通り、数名ずつ固まって、あちこちに縄や鎖で自由を奪われている船乗り達の救援は後回しで、まずはカオスニアンと切り結ぶ。
その合間に、操舵室の入口に、また稲妻が落ちた。
「味方にゃ落とさないから、安心してくれーっ」
木下の少し間延びした声が、ドリスから皆を追いかけてくる。彼自身も敵から矢で狙われる位置にいるのだが、そうした緊迫感は感じさせない声だ。そうした声掛けはないが、双方の甲板を結ぶ板を蹴落とそうとしたカオスニアンが凍り付いて甲板に転がった。転がった武器は、ドリスの甲板からスニアが繋がれた船乗りに『拾え』と命じている。幾らかでも自分達の身を守れるようになっているように。
「ここらでお別れかな。黄昏、ホーリーフィールドを」
「承知しました。レェオーネ、もう一度上に」
上空からの飛び道具の攻撃とその補助を連携していたシルビアと導が急降下してきて、甲板に降り立ったのは導のみだ。彼のペガサス黄昏は、繋がれた人々を包んでホーリーフィールドを掛けている。
導はと言えば、船の皆がそれで大丈夫かと心配した木刀とリュートベイルで、目前のカオスニアンと切り結んでいた。黄昏が邪魔になることなど、もちろん考えていない。ありえないことは心配しない性質だ。
その間にシルビアは傾いだマストに掛かっている帆を結ぶ縄に、ドリスに積まれていた油を振り掛けた。帆を狙うのはクライフの策だったが、ただ炎の魔法を当てても燃えにくいだろうからと油を振り掛ける役目を買って出たのは、導と彼女の二人とも。流れでシルビアがやることになっただけだ。
やり遂げたら、続いてはドリスの甲板から、スニア達と共にものを言う暇もなく弓を引く。スニアもシルビアが戻ったのを、目の端で確かめたのみ。
木下は海賊船の損害を見ながら、適宜稲妻を落としていく。クライフが帆を燃やしていいかどうかの判断も、彼の仕事だった。どちらにも魔力の余裕がなくなったら、スニアかシルビアに火矢を頼む必要もある。燃やさずに拿捕できれば、それが一番だ。
海賊船の甲板上では、シファと導がしばらく振りの再会をすれ違いで済ませていた。
「人質を解放してやれ。中は私達が見て来る」
「怪我人がいたら」
「黄昏に言い含めてある」
ほんの短い会話で、それぞれ同行していた傭兵も幾人か入れ替わり、人質達の解放と収容、船倉内の確認に移る。甲板上のカオスニアン達に立っている者はなく、証言を取るための数人を残して止めを刺しているところだ。
ふと焦げた臭いがしたのは、もう一隻の海賊船の帆が焼け落ちる臭いだった。あちらの詳細は分からないが、味方に大損害が出たようには見えない。
怪我人多数も、海賊船制圧。人質も相当数を救出したと、合図があったのはもうしばらくしてから。
救出された人質達が、カオスニアン達のアジトにはもう捕らわれている船乗りはいないと証言したのと、五隻の乗組員達の怪我人も相当数に上ったのとで、
「深追いは、今回は出来ないな。それより怪我人の世話を頼まれてくれないか」
ドリスの船長が冒険者達に告げたのは、一応の終結だった。
人質の中の数名が、カオスニアンに指示する人間の姿を見ていたことは皆にも知らされ、そのほかの証言と共にシファが書き記して、港の役人に渡されることになった。