職人との交流
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月02日〜03月07日
リプレイ公開日:2008年03月11日
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●オープニング
二月も末のある日のこと。
「ただいま。足が痛い〜」
ウィルのゴーレム工房のある場所に、エルフのゴーレムニストのナージ・プロメがふらふらと戻ってきた。人間の助手の青年も一緒だが、二人共に旅装だ。荷物は青年が一人で持っている。
そして、自分の研究室に戻ってきて、愛用の椅子に座ったナージはへたばっていた。
「足が痛い。身体も痛い。喉も頭も痛いし、疲れたし」
口だけは達者。
風信器ばかりを作っているこの研究室では、そんなナージの泣き言は無視して、手の平に乗る大きさの風信器で通信が試みられていたが‥‥
「それ、どう?」
「全然駄目ですよ。うまく声が吹き込めないし、音の聞こえも悪いし、なんたって大声で会話が出来る程度の距離しか通じないし」
彼らは先日、大型の風信器を作って冒険者に実験を依頼し、その際に見せてもらったメモリーオーディオに触発されて、今度は超小型の風信器を作成しているところだった。今のところ、全然駄目。
それでも上司がいない間、地道な実験に明け暮れていた部下達を労いもせずに、ナージの愚痴は続いている。仕方がないので、一人が尋ねてあげた。
「騎士学校はいかがでした? ゴーレムニスト養成の方法論なんか、あちらの先生方は頼りになったでしょう?」
「実習場やらあちこち連れまわされて、足が痛いのよぅ。もう動けないわ」
「あなたは、普段から家にも帰らないで工房で暮らしてるから、体がなまってるんですよ。懲りたら毎日座ってないで、少し動きなさい」
「いたぁい、ものすごぉくいたぁい」
「‥‥この人、熱がある」
「肘が痛いの」
「そりゃ、高熱が出ますよ。誰か、医者」
一応ナージ達はゴーレムニスト養成を的確に素早く進めるべく、騎士学校の視察に出向いていたのだが、戻ってきた時には風邪っぴきだった。報告は助手がしてもいいのだが、別の問題がある。
「職人の慰労会の準備は、してませんね?」
「‥‥吐きそう」
ナージも迷うことなく女性なので、当座の世話は女性陣がやるとして、男性陣には別の仕事が発生した。ナージは色々な風信器を試作するので、その素体を作る木工細工師の職人多人数と親交がある。毎年三月には、彼らを慰労するために宴会を催すのだ。単に本人が騒ぎたいだけかもしれない。
ともかくも、その宴会は三月上旬と決まっていて、職人達はてぐすね引いてただ飯、ただ酒を楽しみにしている。今更延期などしたら、それこそ納期やら、今後の素体作成がどうのといった問題になるかもしれない。
しかしナージは急な視察で何の準備もしておらず、他の面々は仕事が詰まっている。とてもではないが、会場を押さえて、料理と酒を指定し、吟遊詩人などを手配し、職人達に連絡する暇などない。ナージはなぜか、これらを平然とこなしていたが。
この場の誰かを生贄にして、死ぬほど働かせて慰労会の準備をさせる、もちろん自分以外の誰かに。と、男性陣が危険な思考に陥りかけた時、助手がいい案を出した。
「冒険者に頼もう。彼らがこんな仕事まで請けてくれるか分からないが、ゴーレム工房と繋ぎがとりたい者もいるかもしれないし、ゴーレムニスト志望者がいれば意見も参考に出来るし、なによりこの間のような変わった品物を持ってきてくれれば、我々全員が仕事の参考に出来る」
こうして、冒険者ギルドに依頼が出された。
●リプレイ本文
ゴーレムニスト、ナージ・プロメから依頼を受けた冒険者は四名。
「鎧騎士様がお乗りになるという乗り物を作っているという‥‥そのような国を支えるところからのご依頼とあれば、張り切らずにはおれません! 詩人もお呼びと聞いて、はせ参じた次第でございます。工房と職人の方々が共に日頃のお疲れを癒してくれるように、真心を込めて尽くさせていただきますとも」
「楽しい知り合いだね」
朗々と仕事に対する情熱を語っているギエーリ・タンデ(ec4600)を見て、工房内を案内しているナージの助手ユージス・ササイが、この中で唯一面識がある越野春陽(eb4578)に話し掛けた。
「初対面です。‥‥確か、セデュースさんも吟遊詩人だから」
「同じギルドにいるから面識があるとは限らないのは、ただ今春陽殿が申されたとおりですな」
困惑しきりの春陽の言葉に、セデュース・セディメント(ea3727)が茶目っ気を含ませた声で応えた。
この間も、ギエーリは歩きながら目に入るものを誉めたり、感心したり、何かと忙しい。最初は同様に物珍しそうな視線を周囲に投げていた赤川コガネ(ec4538)も、あまりの勢いにさすがに呆れてきたようだ。
「今からそんなに頑張って、当日にへたばらないでくれよ」
赤川の言い分はもっともだが、準備をせずにへたばった依頼人は、なぜか工房の一室の片隅に専用空間を作って『療養』していた。
衝立で壁際の一角を周囲と区切り、中には上質の生活用品一式。
「これは嘆かわしい。ご自宅に帰る暇もなく、工房に詰めきりでは、体調も崩れましょう。どうぞ僕らに雑事はお任せくださり、ゆるりと休養なさってくださいまし。ただ、心苦しい事ながら‥‥よりよいご接待のためにも、一つ二つ、ご教授願いたいことが」
妙に充実した居心地良さそうな空間で、寝台代わりとしか思えない立派な長椅子の上で、上質の毛布数枚でぐるぐるに巻かれていたナージを見て驚かないギエーリはたいしたものだと他の三人は思ったかもしれない。用件は全部言ってくれたので、矢継ぎ早の台詞の合間に割り込んで、春陽が他の二人を短く紹介した。
毛布の筒から、ナージの頭半分だけが覗いていたが、声はちゃんと出たので、四人の用を足すには問題なかった。妙に時間が掛かるのは、主に二人ばかり原因がいる。片方はナージだ。
それでも四十人中、工房から十一人が出向き、種族比は人間十二、ドワーフ十五、エルフ七、パラとシフールがそれぞれ三。女性はドワーフが五、エルフが二、人間とパラとシフールが一人ずつ。出身はウィルとその近郊が大半ながら、エルフにセレとの境辺りの生まれが三人いる。ここまでは分かった。
「それならば、あまり高級な店で肩肘張って食事をするよりは、多少羽目を外しても問題がない庶民的な店で、色々な料理を楽しんだほうがよいでしょうな。お好みがあれば、今のうちにうかがっておきますが」
如才がないというべきか、それともこれが基本なのか、吟遊詩人のセデュースとギエーリが宴で必要な大半の事柄に気を配り、酒の種類や料理の内容も相談している。
そうしたところを欠ける所なく、聞き出した詩人二人は、その後店の選定についてもナージの意見を聞いていたが、『怒られないところ』と返されたので、まずはセデュースの心当たりに尋ねてみることになった。その後、必要がありそうなら別の詩人や芸人の手配も行わなければならない。
「騎士の誉れも楽しいかしらとは思ったけど‥‥貸切が条件だと無理ね」
「一昨年は他の客と喧嘩になってねぇ、それはもう大変だったのよぅ」
「それなら、当日は責任者が欠席で職人達の機嫌を損ねないように、早く調子を戻してもらわないとな。日頃世話になるんだから、宴会もするんだろう」
多少香草の扱いにも心得がある赤川は、許可を貰って全員分の香草茶を用意していた。詩人二人で用が足りるので、暇を持て余していたせいもあるが、話はちゃんと聞いている。春陽は長椅子の上でもぞもぞしているナージの、一応お世話役。やりたいかどうかは別にして、転げ落ちられたらたまらない。
話が一区切りしたので、お茶を飲んだ四人が工房を辞去して、セデュースの心当たりの店を訪ねようかと腰を上げかけたら、ナージが赤川のサングラスを見せろと言い出した。春陽が注意するまでもなく、獲物を狙う猫のような目付きに危険を感じた赤川はいやだと突っぱねていたが‥‥ふと思い立ったように、
「当日の衣装に、天界の服をあげようか。俺は着られないから、持ってても仕方ないし」
セーラー服だと聞いて、春陽が妙な顔付きになっていたが、ナージは話の種にいいとサングラスのことは忘れたようだ。赤川もポケットに隠している。
ただ、ナージが毛布から伸ばした手から、袖口を結んでいたリボンが解けたのでギエーリがすかさず拾い、他の三人があっと思った時にはもう結び直してやるべく、長椅子の傍らに膝を付いている。こうなると長いことは、僅かな間に体験済みだ。
「ゴーレムニストも女性はたおやかな手をしていらっしゃいますな。ささ、失礼して、僕がお手伝いさせていただきましょう‥‥こんな冷たい手で、これでは治るものも治りませんよ!」
怒涛のおしゃべりが一瞬黙ったので何かと思えば、ナージの手が冷え切っていたらしい。火を強めろとか、厚手の上着を羽織ったほうがなどとやり始めたので、当然辞去したのはずっと後になったが‥‥実際にナージがものすごい冷え性だと春陽も触って分かったので、時々叱りながら世話をしてやった。
そこまでは依頼のうちではないと言いつつも、セデュースは料理の内容を相談しなくてはと思い、赤川は香草茶の品揃えに追加したほうがいいものを教えてやっている。
その後の準備そのものは、店さえ決まってしまえば、あとは料理人に希望を述べ、酒の手配を頼むくらい。帰り際にユージスが教えてくれたところでは、吟遊詩人を呼んでも最初しか聞かないそうなので、セデュースとギエーリがその役を務めて経費削減を図ることにする。
ただし、二人共に楽器も歌も駄目。得意なのは語り。詩も吟ずるが、あくまで語りの範囲内で。
「騙りじゃないだろうな」
赤川の正直な感想に、春陽が溜息をついている。
妖精の台所。
名前の前半の優美さとは違い、ごく庶民的なお店である。その割にお偉い方がいらしたこともあるのだが。そもそもセデュースも本人が言わないから誰もそんな扱いをしていないが、男爵だったりする。
その『妖精の台所』が快く貸切での宴会を引き受けてくれ、当日の客数と宴会の内容を確かめたら、あとは四人が気付いたことを伝えたおくだけで心配はない。おかげで準備期間はさしたる仕事もなく過ぎてしまった。セデュースは貸切で常連に迷惑を掛ける分を自腹で埋め合わせしようと申し出ていたが、それは水臭い、どうしてもと言うなら別の日に実際に常連達に振舞ってやってほしいと断られている。
一度だけ店が決まった報告にゴーレム工房へ出向いたが、入口で伝言をしただけで終わっている。宴会日の全員出席を目指して、仕事に邁進しているらしい。
そうして、当日。
「さあさあ、本日は職人の皆様と共に工房の方々にも楽しんでいただけるように、この『妖精の台所』の料理人が腕を存分に振るってくれました。お酒もたくさん取り揃えてございますよ」
ギエーリが他の誰にも真似出来ないと言う勢いで語り始め、主催者のナージが一言だけ挨拶をして始まった。始まる前から飲んでいた一部の職人の相手に入っていたセデュースはともかく、春陽と赤川には予想外の展開で、でもどこかで見たような光景でもある。
「ささ、お料理をお取りしましょう。こちらは料理人お勧めの一皿ですよ」
「ドワーフの方々の活躍する冒険譚を集めてまいりましたよ。もちろん他の種族の方々のものもございますとも」
接待宴会などあまり縁がない春陽と赤川は、人々が座ったり、うろうろしている狭間を縫って、料理や酒が足りなくなっていないかを確かめて歩いているが、詩人二人はもう本領発揮である。人の話を聞きつつ、延々とお世辞めいたことを並べているギエーリの声はほとんど途切れることがないし、セデュースは声色をそれは器用に使い分けて、居合わせる種族の人々が活躍する話を語り聞かせて感心されている。
宴会の盛り上げはあの二人に任せて、後は裏方にと思っていた赤川は、でもナージはじめ女性陣に呼び出された。彼が持って来たセーラー服、スカート丈がアトランティスの一般的な女性達には短く映るので、どういう年代の者が着るのかと元持ち主だから尋ねられたのだ。当然女子中学生、高校生だなんていっても通じない。
おかげで途中から、春陽も巻き込まれて‥‥
「貴族女学院のような施設がたくさんあって、そこに通う女の子が着る制服なんだけど‥‥言われてみれば、スカート丈は短いかしらね」
「改造前だけど、こっちはくるぶしだったな。子供でもこの丈は駄目かな?」
なにしろ自身は着ることがない不要の品なので、赤川はナージが着ても楽しいのではないかと考えていたが、確かに成人女性が着るには短かった。春陽も単体で見たら、ミニというほどもないと思うが、こちらの文化では立派にミニスカートだ。
結局、天界の服だと会場内を捲り巡って、仕立てと織りとデザインとが研究された後に、スカートは一人のドワーフが、上着はエルフがそれぞれの娘に着せてみようと持ち帰ることになった。
この頃には、酒がいい具合に回って、招待した側もされた側も好き勝手に騒いでいた。そんな陽気な酔っ払いに慣れた店員達が、適宜料理の皿を変えてくれたり、酒の他に軽い飲み物を出してくれたりしているので、
「おお、見事な飲みっぷり!」
天性の太鼓持ちと思しきギエーリ以外は、少しばかり暇になってきた。彼は多分、そういうことはもういいよと言ったら、落ち着かなくて挙動不審になるだろう。たまに『そのおなかも立派ですね』とドワーフの女性に言って、張り手を食らったりしているが‥‥すぐに起き上がるので、きっと大丈夫。
セデュースも途中までは景気のいい話を次々と語り聞かせていたが、皆が酔ってくると聞く人がいなくなってくる。当人は酒を飲まないものだから、酒飲みの間にいると勧められた酒盃を断り続けて気まずくなるので、現在はちょっと騒ぎの輪を外れて、春陽と赤川と休憩していた。何故か、ほろ酔い加減でナージが混じっている。
「ユージスさんが、面倒見ていてくれって。ナージさん、お酒が過ぎると何かするのかしら」
「お髭ってひっぱってみたくならなぁい?」
この瞬間、ふらりと立ち上がろうとしたナージを春陽ががしっと捕まえている。今腕を離したら、きっとドワーフ達の髭を引っ張って回るのだ。仕事で世話になっている木工職人達相手に、そんな失礼はもってのほかだ。
ただ木工職人ばかりなのは、宴会が始まってからの挨拶回りで春陽も確認していたが、ナージが風信器作成専門とはいえ、なぜにそれ以外の職人と縁がないのかが不思議である。気をそらすのに、ちょっと尋ねてみたところ。
「なるほどねぇ、今度作ってみましょう」
明らかに明日の朝になったら忘れそうな様子で返された。今まで作った事がないだけの話らしいが、彼女がこれならウィルでは誰も試みていないだろう。
「光信器といったものや、望遠鏡も作る計画は今までないのかしらね」
「なんでいきなり光学?」
「月精霊魔法で作らないのかって話よ」
地球生まれの天界人二人で話していたら、全部を理解したのではなかろうが、セデュースも頷いている。バードでもある彼には、通信を行うゴーレム機器が『風』信器なのが、今ひとつ納得行かないのだそうだ。ゴーレムニストに興味がある春陽でさえ、月や陽のゴーレム魔法は聞いたことがない。
「音に関係することは、月精霊の司るところだと考えるのでありますよ」
「じゃ、ゴーレムニストになりなさいな。わたくしと一緒に研究しましょう」
隣の分国とも通信できるような能力を持った風信器を‥‥とうっとり語られて、セデュースも酔っ払い向けの口調で相手をしている。だが『月魔法のゴーレムを作ったら英雄』と言うあたりからして、春陽は月や陽のゴーレム魔法はないらしいと勘付いた。
「ドラグーンは、陽精霊の加護がありそうだったけれど」
「それは俺、じっくり見たこともないからな。ゴーレムニストになりたくて受けた仕事じゃないけど、工房に行ったときに見られたらよかったな」
あいにくとゴーレムは先日の訪問では垣間見ることさえなかったし、ドラグーンはどこにあるのかは不明だ。赤川は簡単に言うが、春陽がナージの様子を伺ったところ、
「わたくしもゆっくり見てみたいですわねぇ」
ものすごく期待はずれなことを述べていた。ゴーレムニストにも一部にしかドラグーンの詳細が明らかにされていないのか、それとも彼女だからかは、春陽も判断に悩むところだ。赤川はそんな悩みは無関係に、セーラー服のお詫びにと紙幣を見せて‥‥取り上げられている。あげてもよかったようで、ナージとセデュースと三人で大笑いしていたが。
だがしかし。
「あらまあ、魔法が使えますの。それでしたらゴーレムニストにおなりなさいな。天界人はきっとなれますわよぅ」
何の弾みか、セデュース共々ゴーレムニストになれと誘われている。
「そもそもどういう修行をするものか、聞かせてもらいましょうか」
更にやはりいい具合に酒が回ってきた春陽が入って、『装甲を薄くしたら動きがいいけど、鎧騎士が死にやすくなるから、効率優先は駄目なのよ』なんて変な話になっていった。一人素面のセデュースは、ちょっと大変だ。
途中からは、職人が数名混ざってきて、大きな風信器を作る設計図で盛り上がり始めている。赤川が見たところ、無意味に装飾が多いのだが、職人にしたら腕の見せどころらしいので、熱い語りに頷いてみたり。
「皆様、宴もたけなわでございますが、次のお料理がこちらの厨房からの最後の贈り物でございます。蜜漬けの林檎をふんだんに使用した、美味しいお菓子。こちらはご家族へのお持ち帰り分もご用意しましたので、どうぞ平らげてくださいませ」
「アカガワ君、持ってきてぇ」
「人数分、間違えないでね」
相変わらず人の中でうきうきと喋り続けているギエーリの声に、全力疾走を命じられている赤川と、杯の中を酒ではないものにすり替えているセデュースがいたりする。
宴会の最後のほう、お姉様方は職人達と新風信器の設計図面を描くのに燃えていた。
素面とそれに近い男達が覗いたところ、それは多分明日になったら何がなんだか分からなくなっているような出来栄えだ。
皆が楽しんでいれば、それでお仕事は完璧なのであるけれど。