【開港祭?】夜明けのスープを一緒に飲もう
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月13日〜11月18日
リプレイ公開日:2004年11月21日
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●オープニング
「そんで、夜明けのスープは一緒に飲もう!」
その声が冒険者ギルドに響いた途端、居合わせた男どもの大爆笑が響いた。
そして、叫んだ高い声の主は、大変なふくれっ面になっている。自分がどうして笑われているのか、さっぱり分からないようだ。
「なんだよ、仲介手数料はいらないんだな」
「お、いっぱしに金は持ってきたのか」
ギルドの係員が物珍しそうに言うので、声の主であるところの少年、アンリはますます膨れた。針でつついたら、ほっぺが破裂しそうだ。
「失礼だな。俺はちゃんと船主なんだぞ」
このアンリ、歳は十二。声変わりもまだの少年だが、当人が言うとおりに自分の船を持っていた。手漕ぎの小さな荷運び船だが、その主であることに変わりはない。
「分かってんのかよ、おっさん。客のこと笑うなんて、商売としては最低だぜ」「そりゃあ、確かに。すまなかったな、依頼人殿。で、冒険者への報酬はいかほどだ?」
荒くれ者が多いと評されるドレスタットの冒険者ギルドにふさわしい、いかつい顔付きの『おっさん』が、なんとか笑いを引っ込めて、羊皮紙を取り出した。冒険者を雇うには、仕事の内容と報酬を最低限明記した依頼書を作る必要があるのだと、アンリに説明している。
それを聞いたアンリは、一つ大きく頷いた。
「成功報酬さ。でも作業中は、毎日朝飯付き! うちの姉ちゃんのスープは美味いぜ!」
「‥‥おいおい」
「仲介手数料は払った。夜の港で作業する許可も貰って来た。船は俺のがあって、船頭も俺だ。ここまでお膳立てして、朝飯まで世話してやるんだから、失敗したときにまで金を貰おうなんて、浅ましいってもんさ。金が欲しけりゃ、品物を見付けな!」
左手を腰に、右手は拳に握って親指を上に立てて突き出し、にかっと笑って断言したアンリの依頼は、こんな内容だった。
開港祭では、船上パーティーが多数催されていた。
アンリの船はそうしたパーティーには向かなかったが、昼間に遊覧している船の乗客に品物を売る屋台として、毎日港を動いていた。馴染みの果物商が、彼の船を借りて商売してくれているのだ。
そうして昨日のこと。
アンリが果物商を乗せて船を操っていると、非常に豪華な船から声が掛かった。わざわざ果物など買わなくても、幾らでも給仕が持ってきてくれそうな船だ。単に小さなアンリが船を操っているのを見て、慈悲心を出したらしい。
何色もの鳥の羽で出来た扇を持った女性は、気前よく果物を買ってくれた。それを受け取るための籠を下ろす船員は渋い顔をしていたが、お客の要望には逆らえない。
『ありがとうございます、奥様』
『まあまあ、可愛い坊やね』
アンリと果物商が揃ってお礼を言って、女性が船べりから身を乗り出して手を振り返してくれたときのこと。
彼女の腕から、それは重そうで高価そうで、宝石が五つも六つも付いているような腕輪が、ポロリと落ちた。もちろん海の中に‥‥
女性はショックで失神し、船員は介抱におおわらわ。その間にアンリは海に飛び込んで、腕輪が見付からないかと海中を探してみたが‥‥残念ながら発見できず。
しかし彼は諦めず、失神から覚めた女性が船べりから覗き込んできたのと目が合ったのを幸い、見付けたら報酬を貰う約束を取り付けていた。
ちなみに、金貨で十枚ばかり。
そんなわけで、アンリは言う。
「仲間が十人集まったとして、一人金貨一枚だな。働かないで見ているような奴には渡す金はない。他の仲間と山分けだ」
「船賃、食費は取らないのか」
「俺は船を操るだけだからさ。ちょっと取り分が減るのは我慢するさ」
高価で豪華な腕輪を港の中から探し出す。
この依頼、成功すれば祭りで散財した分を取り戻せる、いい稼ぎになるかもしれない。
●リプレイ本文
●潜ってみなけりゃ、始まらない
海の底から、腕輪を一つ引き上げる。
その腕輪は金で出来ていて、太さはなんと持ち主の人差指と同じ位。宝石は赤と青と緑が、なんと全部で六つも付いているそうだ。
この依頼を受けた冒険者五名と、依頼人のアンリが顔を合わせてすぐの夕方、思い違いは判明した。
「なんでー! 冒険者って、魔法でなんでも探せると思ったのに!」
「それは、ご期待に添えませんでしたね」
言葉を濁した白クレリックのボルト・レイヴン(ea7906)に対して、アンリはなぜか居住まいを正した。魔法はそれほど便利なものでもないと聞かされて、残念そうなのは変わらないが、信心深い質のようだ。
それは別として、今回は依頼内容が内容だけに、集まったのはボルト以外に神聖騎士のクオレスト・ヴァンシール(ea8309)、ナイトのラックス・キール(ea4944)、志士の源真結夏(ea7171)、侍の漣渚(ea5187)と、明らかに体力系重視の面々だ。それぞれ魔法は使えるのだが、アンリが思っていたほど万能な冒険者ではなかった。
そもそも、そんな万能冒険者は普通いない。
「おまえ、冒険者がそういう魔法が使えるって、なんで思ってたわけ?」
幾ら年少でも、ドレスタットの港で毎日仕事をしていてその認識はないだろうと、ラックスが尋ねたところ『なんとなく』と返ってきて、結夏がアンリの頭をこつんとやった。
「しゃーないな。気張ってやろか」
「引き受けたからには、依頼人の期待に応えなくてはな」
渚が気合いを入れ直すように拳をぶんぶんと振り、クオレストは低く呻いた。
「そりゃありがたいけど、にいちゃん、苦しくねえの?」
駿馬の被り物を被ったままのクオレストに対して、アンリが誰もが思っていたことを尋ねたが‥‥当人が『これでいい』というので、そのままになった。呻いているように聞こえるのも被り物のせいと分かり、苦しくなければよいと決着したようだ。
とりあえず、水泳の心得があるラックスと渚、結夏が潜ることになって、アンリの船は湾に出ていったのである。
海の上は、ただ座っていても寒かった。
アンリに腕輪捜しを依頼した『奥様』が、問題の腕輪を落としたあたりから、やや港の外にずれた場所にアンリは船の位置を定めた。彼なりに潮の流れと腕輪の大きさを考慮して、落ちているだろう地点を割り出したらしい。
船を出す前に、ラックスが『港は庭みたいなものだから、大まかな在処を推測できるだろう』と言われたのが嬉しかったのか、『ここ』と言ったときは得意満面だった。ラックスが船の周囲を区切って、誰がどこに潜るかの采配をしている時は、その様子を興味深げに眺めている。
ちなみに、この辺りでも水深は相当にあり、身の軽いアンリは潮の流れに逆らいながら潜るので、底まで辿り着けないそうだ。大人の船乗りは文句なく潜るようだから、これは体格と経験の問題だろう。これに対して今回、冒険者達は渚の発案で重りを持参していた。さすがに小型とは言え一抱えある大仏像を持ち込んだのは渚だけだが。
この重りと船の間にロープを張り、その張られたロープに自分の身体を括ったロープの端を輪にして掛ける。後は張られたロープを握って潜れば、無駄に流されることもなく底まで辿り着けるだろうと、アンリも交えて計画し、実行に移す。
ただし海底との間に張るのとは別の命綱はアンリが結び、潜る三人にはボルトがグットラックの魔法を掛ける。クオレストはいざというときに、命綱を引き上げる役目の中心だった。こればかりは少年のアンリと四十代のボルトだけでは心許ない。
あとは保温のために身体に油を塗るのだが‥‥
「んじゃ、行ってくるねー」
潜る三人の内二人が女性とあって、他の男性陣はしばし仲良く港の灯を眺めていた。ゆえに先に潜るのも、結夏と渚だ。それからラックスも続く。
なお、結夏が海面に上がってきた際、アンリは、
「なんだ、ちゃんと隠してるし」
と罰当たりに呟いたが‥‥渚が船に上がった時には、迷わず後ろを向いた。その後のジャパン語で『褌使うなんて』『でも、今回は便利だよ』という会話は、男性陣の誰にも理解できないことだ。
多分、誰も理解はしたくなかっただろう。なにしろクレリックと神聖騎士とナイトと多感な年頃の少年である。
こうして一日目が終わる‥‥はずもなく。
「まったく見えやしない。手探りも限界があるからな。篭か桶はあるか」
水中に持ち込める灯もなく、渚のオーラソードも視界を得るにはほとんど効果なく、ラックスが海底の泥をさらうことにしたのは、案外早い段階だった。結夏は自力でフレイムエリベイションを掛け直して潜るが、気合いだけでは何ともならないことが、やはり世の中にはある。
そうして。流石に篭も桶も積んでいなかった船は、予定より早い時間に岸に戻ることになった。そのまま、アンリの姉のやっている酒場に雪崩れ込む。
とっくに酒場も閉まる時間だったので、宿がない者が勝手気ままに転がって就寝しただけなのだが。
●色々あるのよ、人生は
翌朝も大分日が昇ってから、馬の被り物をしたまま休んでいたクオレストは、景気よく酒場の扉が開いた音で目を覚ました。片隅には、店から借りた毛布に包まったボルトが、寒そうに縮こまって寝ている。動き方からすると、目を覚ましたようだ。
同様の姿の渚と結夏も、二人でくっついて転がっていた。自前の寝袋があったラックスとクオレストの分も毛布を掛けてあるのだが、寝る前に『暖まるから』と酒を引っかけたのがかえって良くなかったのかも知れない。毛布が一枚、床に広がっていた。
「あらぁ、アンリったらぁ、いやぁねぇ」
妙に間延びをした声にクオレストが振り返ると、アンリと目鼻立ちのよく似た二十代半ばの女性が店にやってきたところだった。どう見ても、この人がアンリの姉だろう。
だが、しかし。
「んもぉ、うちの弟ったらぁ、気が利かなくてねぇ。ごめんなさぁいねぇ」
この姉は続々と起きた五人が嫌になったり困惑するほどに、間延びしたしゃべり方をする。矢継ぎ早に話すアンリとは大違いだ。
ご馳走してくれた朝ご飯は美味しかったし、クオレストの『顔は見られたくない』との希望に毛布をひっ被せる形でも沿うてくれて、気が利かないのではないが‥‥とにかく、会話が弾まない。間延びして。
「うちら、篭を買いに行くんで」
「ボルトさん、よろしくねっ」
渚と結夏はとっとと逃亡し、クオレストとラックスは夜の準備があるからと灯や油の点検に、そして残ったボルトが一人‥‥
「そうですか、お父様は事故でお亡くなりに」
「うぅ〜んとぉ、そぉんなにぃ、上品な人ではぁ、なかったのよぉ。でもねぇ」
アンリとこの姉の間に姉妹が更に四人の六人姉弟で、父親が亡くなって‥‥といった身の上話を、延々と聞かされる羽目になった。
出掛けのご飯も奢ってくれたが。
「姉さんの昔話は長いから付き合うなって、言うの忘れてごめんよ」
そんな姉に、朝ご飯を頼むなと思った冒険者もちらほら。でも一日分の食費が浮いたのはありがたい話である。
これで結婚していなければ、多少は昔話に付き合っても良かったのにと、ラックスが思っていたのは彼だけの秘密だ。
●潜り続けて、四日ほど
二晩目。アンリが日中の仕事を終えてから船を出し、六人は昨日と同じあたりにやってきた。幸いなことに、昨日よりは暖かい。波は変わらず凪いでいた。
そして、潜るのは同じく渚と結夏とラックスだ。渚と結夏は、大仏像に願掛けまでしている。
「ねぇ、一杯ひっかけてから潜ったら駄目?」
「ぜーったい、駄目!」
こんなに寒いんだから酔わないのにと、結夏はしごく残念そうに呟いてから、目の荒い籠を抱えて潜っていった。自分が他の二人より潜水が上手でない自覚があるもので、彼女なりに少しでも作業効率を上げようと思っただけなのだが‥‥
「潜る方々の体調を考えて、早めに切り上げましょう。後は我々が泥をさらえばいいわけですから」
「そうだな。灯が少ないとはかどらない」
アンリが船に持ち込まれた酒を自分の足下に隠しているのを横目に、ボルトとクオレストは勝手に話をまとめている。
昨晩は海中に灯がないことで作業が難航した彼らは、作戦を変更した。海底の泥をさらい、引っかかったものを船に運びあげて、確認することにしたのだ。海中が駄目なら、海上で見ればいいと言うわけである。
なお、結夏は自分でさらった泥を抱えて息継ぎに上がってくるが、渚とラックスは籠の一つはロープでボルトとクオレストに引き上げさせて、更に自分も籠もう一つ分の泥をさらってから上がってくる。渚は漁師だと言うから別として、ラックスも大したものである。
でも結夏も大きな籠一つ抱えて上がってくるので、三人とも結構な力持ちだ。クオレストとボルトも、愚痴一つ言わずに籠を上げるのだから、こちらも大したもの。
「‥‥波が出てきたか?」
籠にさらってきた泥を、これまた目の荒い布袋に入れ替え、それを船の周囲に幾つか吊るした頃。クオレストが首を巡らせて、誰にともなく言った。ちょうど息継ぎに上がってきたラックスがそれを聞いて、ああと頷いた。
「泥の重さで船が沈んできたんだな。となると、重りはどうしたらいい?」
事情を心得たクオレストとボルトが、袋を揺すって泥を袋から流し出す作業をしている間に、渚と結夏も上がってきた。渚も船のきっ水を見て、これ以上の重さは積めないと判断したようだ。
「皮袋に空気入れて膨らませるやろ。口を縛るんはアンリかうちがやるさかい。コツがあるんやわ」
浮きを作って重りを結んだロープと繋ぎ、目印に浮かべておいて、後で回収。そう言われたラックスと結夏は海から上がって、結夏は浮き袋作り、ラックスは泥落としと手分けして作業を始めた。
そうして陸に戻って、今度は酒場の奥の部屋を使わせてもらい、男女別で寝る。昼近くに起きて、港の端で布袋に入った雑多なものの中に腕輪がないかを探して‥‥四日目まで、見付からなかった。
「疲れた‥‥」
思わずの呟きは、全員の意見である。
●信じるものは報われる?
五日目の朝、六人はかなりふらふらになりながら、港に戻ってきた。『奥様』とアンリが約束したのは本日夕方まで。それで見付からなかったら、アンリは報酬を貰えない。
つまり、冒険者五人もほとんど只働き。もちろんアンリが約束した朝食のみならず、姉達の好意で食事は全部出た。ついでに寝るところの世話も、洗濯も、着替えの手配もしてもらった。これも感謝している。
しかし、このままでは現金収入はないのだ!
「もう、魚の腹の中にあったりしてな」
クオレストがそんなことを口にした途端、
「言わなきゃいいのに」
結夏の足が彼の足に乗っかり、ラックスがやれやれと肩をすくめた。
この騒ぎに加わらず、ボルトは全員にグットラックを掛けていて、渚は大仏像をまた拝んでいる。なにしろ。
「生活費が掛かっています」
ボルトの一言は、全員の胸に響いた。
そうして、もはや手慣れてしまった作業である。布袋から泥を流しだし、残った泥まみれのなんだか分からない塊を取り出しては洗う。じゃぶじゃぶと洗う。そして、捨てる。
それを繰り返して、十幾つあった袋も残り四つになった頃‥‥
「‥‥‥‥」
アンリが手の中の物をじっと見詰めて動かなくなったので、皆も『それ』に気付いた。
●分け前はきっちりと
『奥様』が大喜びで払ってくれた金貨十枚を、皆で分けるために両替したら手数料を取られた。更に作業中にした雑多な買い物や消費した酒類などの精算をして、これまた銀貨が何枚か消えた。最後に冒険者が自前で準備したロープなどを新品と取り替えたら、残ったのは‥‥
「おお、金貨一枚と銀貨五枚。後ほど、教会にお礼に行かなくては」
「この最後の銀貨二枚、誰か両替してくれよ」
あくまでも細かく報酬を計算しているアンリに、結夏が手を振った。
「キミのお姉さんに渡さなきゃ。随分世話になったし」
これは彼女個人の意見だったが、渚がうんうんと同意を示す。ボルトはもちろん否などなく、ラックスとクオレストも恩を感じない特異体質ではなかった。
しかし、アンリもその姉達も、お金には細かい質のようで。
「んじゃ、これで今日は豪勢に食べまくろう。姉さんの店を使ってくれたら、ありがたいな」
それでいいのかと思った者も複数いたが、アンリの期待に満ち満ちた瞳に逆らう気にもなれず、彼らはこの提案を受け入れた。
そもそも『この寒い中働いてこれだけ』と思うより、『モンスターも出ないで、待遇も良くて、これだけ』と思えば、気分も違う。
更に、銀貨二枚を見たアンリの姉は。
「こぉんなぁにぃ、貰ったらぁ、悪いわぁ」
と言いながら、上等のワインやエール、雉肉のパイにウサギの香草焼きその他諸々の料理で彼らをもてなしてくれた。丁重に参加を断ったクオレストには、別で色々と詰め合わせた籠も用意してくれている。
日頃は口に出来ないワインと料理を前に、五人とアンリはそれぞれに信じる神に、渚と結夏は、渚が景気よく『海の安全祈願』と沈めてきた大仏像にも祈りを捧げてから、料理に手を伸ばす。
一仕事完了した後のスープは、ことのほか美味しかった。