服従と向上と完全の教え

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月08日〜04月18日

リプレイ公開日:2008年04月19日

●オープニング

 ロシアの国教はジーザス教黒である。国王陛下も敬虔な信徒だ。
 しかしながら、黒の教会が十二分な庇護を受けているかといえば、必ずしもそうではない。正しくは、国が出来る支援は可能な限り行われているのだが、やるべきこともまた多いために、人手も資金も十分ではない場面が多々あるのだ。
 例えば、キエフに流れ込む多数の人々のうち、なんらかの事情で衣食に事欠く人々へ助けの手を差し伸べたり、それを得るための方策を示したりなどだ。
 もちろんジーザス教黒は、大いなる父のの教えの元、服従と向上、完全が美徳とされるので、特に健康な者には自らの力によって立つことを求める。彼らは自分で自分の糧を得るための助力は教会に望めても、年少者や老人でもなければいつまでもその庇護の下にはいられない。
 そうして自立した人々がいても、また新たに救いを求める者が現われたり、騒乱で傷付いた者が出たりと、教会は常に忙しい。
 更に、ジーザス教黒の教えを広める活動も、教会の人々には重要な事柄である。

 この日、冒険者ギルドに持ち込まれたのは、新たな教会建設のための寄付の依頼だった。主にギルド幹部達へのそれは、もちろん末端の職員にも周知されて、それぞれが金品を持ち寄っている。
 その際に判明したのが、この寄付の依頼がキエフ近隣の村々にも行われるということだ。キエフから最大徒歩二日の範囲で、回れる村の数は四つか五つ。寄付の依頼となっているが、それらの村の教会から支援の要請があるかどうかの確認も兼ねているし、新しい聖書などを届ける用もある。
 ところが、この村々を回るのが身を守る術の一つも知らない壮年のクレリックと見習いの少年だと聞いて、ギルドの人々は心配した。
 キエフの近辺も、決して安全ではない。他の地域よりは道が整備されているが、それと安全は別物だ。たった二人で貴重品を抱えて旅をするなんて、危険すぎる。
 費用はギルドの有志持ちで護衛の手配をしましょうかと持ちかけたら、あえて金銭を使って身の安全を求めるなど‥‥と渋られたので、ギルドマスターのウルスラ・マクシモアは極上の笑顔で告げたそうだ。

「新しい教会の建設ともなれば、協力したい者が冒険者にもおりましょう。彼らの自発的な行動であれば、受けていただけますわね?」

 教会側と冒険者ギルドの話し合いは、『自ら望む者が集まったのであれば』ということで決着が付いたらしい。

●今回の参加者

 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0199 長渡 昴(32歳・♀・エル・レオン・人間・ジャパン)
 ec4452 クレイ・バルテス(34歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec4760 ラ・ルフ(27歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900)/ クリステ・デラ・クルス(ea8572)/ 瀬名 北斗(ec2073

●リプレイ本文

 キエフの教会から周辺の村々を回る役目を受けた二人は、五十前後の男性と十二歳の少年だと、同行を希望した冒険者達はギルドから聞いたのだが。
「この子は少しばかり背の伸びが遅いですが、身体はしっかりしておりますから」
 黒の教義の伝道者という言葉の印象とは違い、温厚そうな男性アーロンが、少年キリルを紹介した。そう言われても、冒険者達も鉄面皮ではないし、『これは小柄な子だ』と思った風情が少しばかり滲んでいる。キリルは同行者が四人も増えたので、不思議そうに彼らを見上げていた。男女各二名、その中で一番背が低い長渡昴(ec0199)でさえ、アーロンより大きかったので仰け反るような体勢だ。
 子供に慣れているヴィクトル・アルビレオ(ea6738)がすっと身をかがめて、アーロンに同行の許可を求めたのと同様に丁寧な挨拶をした。続いてイリーナ・リピンスキー(ea9740)にも同様にされ、黒クレリックと神聖騎士と聞いて、キリルは深々と頭を下げた。
 しかし昴にエル・レオンと名乗られても分からない様子だし、クレイ・バルテス(ec4452)が白クレリックなのに同行するのはどうしてだろうかと思い切り顔に出ていた。そうしてアーロンにたしなめられている。
「この二つ目に寄る予定の村に、三軒ほど白の教義のご家族がいるはずなので、立ち寄ってあげてください」
 自分達の役目だからと拒否的かと思っていた二人の態度が、予想外に柔和というか、あっさりと同道が許されたのでいささか拍子抜けした者もいるが、回る村の順序や道も教えてもらい、それぞれに旅装を調えて出発することになった。荷物だけは、キリルも自分の分は自分でしっかりと担いでいる。どうやらこの辺りが、二人の譲れない部分らしい。
 ちょっと予想と違ったのが。
「女の人なのに、野宿するんですか?」
 最長で徒歩二日離れた村があると聞いていたので、テントの準備も万全だった一行にキリルが驚きを隠さなかった一言だ。初日は一日歩き通す予定ながら、アーロンは子供連れで野宿することは考慮していなかったらしい。冒険者でも、旅慣れた行商人でもないのだから、無理は考えていないのだと一安心ではある。

 しゃらん、しゃらん。
 動物避けに鈴を鳴らしながら歩いているアーロンとキリルは、どちらかといえば無口な同行者だった。アーロンは元来そういう性格で、キリルは単に話をしていると息が上がるからのようだ。最初のうちはクレイからの、教会でどうやって黒の教義を学んでいるかなどの質問に懸命に答えていたが、早々に疲れてしまいそうなので歩いている時は自然と皆が無言になった。まれに道ですれ違う人と挨拶するか、鳥の声でも聞こえた時に名前をヴィクトルに教えてもらうか。
 後はヴィクトルの愛犬トゥマーンが時折少し先に行き、戻ってきた時に誰かが声を掛けるくらい。キリルは自分の横を歩いているイリーナの愛犬ジリヤを良く撫でながら歩いているので、生き物は好きらしい。曲がる道でイリーナが騎乗して先の様子を伺う時も、感心したように見上げていた。
 故に休憩の際に、クレイが自分の馬に乗ってみますかと勧めてみたのだが、ものすごい勢いで首を横に振られてしまった。別に楽をするように勧めたつもりはクレイにもなかったのだが、自分の足で歩き通すことが大事だと思っているのかと考えていたら、昴が口を挟んだ。
「慣れた馬なら、飼い主以外でも振り落としたりしません。高いのが苦手なら、私の馬でどうです?」
 どうやら昴が見破ったように、馬の高さに腰が引けただけらしい。皆よい経験ではないかと思ったが、当人はどうしても怖かったようで乗るには至らなかった。昴の猫にいきなりじゃれ付かれて、ぎょっとしていたくらいだから案外と気が小さいところがあるのかもしれない。
 それでも、たまにイリーナに背中を軽く押されたりしつつ、夕方まで一日歩き通したキリルは、荷解きをして必要なものを出し、食事をしたところでこてんと倒れた。一応夕べの祈りをする気はあったようで、姿勢はお祈りのときのそれだ。
「寝袋に入れるだけなら、私一人で十分。アーロン殿はこちらの方と話もあろうから」
 子供の世話は任せておけとばかりに、ヴィクトルが男女別で用意された部屋にキリルを運び込んでいる。二人分の寝具は教会側でも用意していたが、使い込まれて綻びたところをイリーナが暖炉の前で繕っている。アーロン達の寝袋は大分薄いので、本当は毛布を掛けるか下に敷くかしたいところだが、その前に繕わないと余計に傷みそうだ。
 余分の毛布を出し合って、すでに皆で与えられた部屋には敷いておいた。全力を出すには、休養が大事なことは宗派に関わらず四人とも意見が一致したからだ。
 白の教義のクレイはもちろん黒の教会に世話になるのは申し訳なさそうだったが、村の中で野宿されても困ると言われていた。昴は心中『どっちでもないけど』と考えていたりする。
 ちなみに昴は夜間の警戒をしようと考えていたが、どうも必要なさそうなので厩舎で全員の馬の様子を見ていた。どの馬も荷物がないか、たいした重量ではなかったから元気だが、飼葉の食べ方や水の減り具合を確かめる。毛も梳いてやりたいところだが、灯火の油を節約する意味もあろうが、夜が早い農村のことにて朝になってからとする。
「他にも馬がいるようだが、調子を見るぐらいは出来ると思うがどうだろうか」
 暗くても、馬のいななきは聞き取った昴は、村にも馬がいると気付いて、教会の人々に申し出ている。馬の世話をすれば、他の村に用があるかどうかの話もしやすいし、見ないで行き過ぎるのも気に掛かる。
 その頃には、イリーナが毛布の繕いを終えていたが、教会内にこまごまとした品物が多い。ざっと見ただけでも仕事が多数ありそうで、これはなかなか手強い様子だ。夜が明けたら、手始めに洗濯をして、それから繕いが必要なものを片端からまとめて出して、朝食の準備もしたいし、あれもこれも‥‥女手がないところで、毎日のお勤めや村人との話し合いに追われている風情の教会の人々のために仕事を数え上げていたところ。
「師父殿、それはもしかして」
「そういう呼び方はいかがなものかな、姉妹殿」
 ヴィクトルがどこを探したのか、繕いが必要そうなものを抱えて戻って来ていた。本日は報告書を書く必要がないので、速やかに仕事を探してきたものらしい。こちらも家事は得意である。
 クレイはその方面は得手ではないので、教会に元からあった聖書の汚れを落としていた。どこの教会で使おうと聖書は聖書。長いこと使われてどうにも落ちない汚れもあるが、綺麗にしようと努めるのも大切なことだ。
 四人はそれぞれに仕事をしていたが、アーロンが教会の人々と予定していた事柄の打ち合わせが終わったのに合わせて、この晩は就寝した。教会の人々に合わせると、夜明け前には起き出すことになる。

 翌日は、昴が村の共有の馬の様子を確かめつつ、これから行く村の名前を挙げて用件がないかを尋ねる。すると最初は村人が二人付き添っていただけが、あちこちの家の人を呼び出してきて、
「うちの娘が嫁にいった先に」
「伯父さん達にうちは全員元気だと知らせてくれれば」
 そんな話が集まってきた。昴一人では手が足りないので、ヴィクトルから樹皮を貰ったクレイが駆けつけて、伝言を書き留めていく。段々に仕事が分かれて、昴は馬の世話の仕方を詳しく教え、クレイが伝言を聞き集めていた。最後には、二人で全部の家を回って、用件を聞き逃したところがないのかを確かめている。
 一つだけ、小振りだか作りがしっかりした物入れの箱を祖母の形見分けだからと託されたので、それは昴の蒙古馬とクレイの馬とに交互に積んでいくことにした。届け先は四箇所目に訪ねる村となっている。

 朝一番の教科を行なった後に、教会の人々はアーロンと一緒に畑を見に行った。アーロンは農業に通じているようだ。
 その前にイリーナが食事を作っていて、皆の持っていた保存食と教会にあるものとを自前の鉄人の鍋でスープにしたのだが、少しばかり残っていた。その後の洗濯と掃除を手伝っていたキリルは、それが気になっているようだ。村の集まりで使う食器を磨きながら、視線が時々台所のかまどに向かっている。
「後で、おなかがすいたら食べてもいいのだぞ。修道院なら断食も修行のうちだが、まだその歳なら食べて大きくなるのも仕事のようなものだ」
 そんな様子には気付いていなさそうだったイリーナが、繕い物から目を離すことなく口にしたので、キリルは危うく食器を取り落としかけた。キエフの教会でも食事時間は厳密に決まっているものと見えて、一人だけ食べるのはいけないと思っているようだ。
 ちなみにこの様子は、ヴィクトルがたまたま目にしていて、イリーナに対して一つ頷いて見せた。彼は顔付きがいささかきついせいか、キリルにはあまり近寄ってもらえない。子供の世話は一番手馴れているのだが、見た目との落差は如何ともし難いようだ。
 けれど。
「かまどの灰をかき出したいからね。食べてしまってくれ」
 顔が怖かろうと父親なので、子供の顔付きから考えていることを探るのは容易い。食器磨きが終わった頃合を見計らい、少しばかり食が細いキリルに間食させて、新しい仕事を用意してやる一連の動作は、ヴィクトルの場合は『今まさに思いついたから』と言った様子だ。
 アーロンからも留守の間に教会へ要望を言いにきた人がいたら、代理で聞いておいて欲しいと頼まれてもいたので、そういう時には同席もさせる。相手によりヴィクトルが聞いたり、イリーナが相手をするので、二人の間を行ったりきたりだ。途中で、興味深そうに記録をとっていたのを覗くので、一緒に作業しようかとヴィクトルとイリーナが言ったところ、キリルはまた困っている。
 読み書きはまだ勉強を始めたばかりと知って、クレイを含めた三人で仕事の合間に教えてやることになった。アーロンはとにかく忙しそうだ。

 それから。
 移動は大抵平穏だった。一度だけ、
「うわぁっ!」
 子熊とばったり出会ってしまい、キリルが来た道を振り返って走ろうとしたのを、ヴィクトルが抱えて止めた。その間にトゥマーンとジリヤが吠え立てて、子熊はすたこら逃げ出している。
 馬も何頭か暴れたので昴が落ち着かせ、そのまま休憩となった。その間も親熊が出てこないかとイリーナは警戒していたが、犬が二頭も吠えたせいか姿を見ることはなかった。
 クレイもちょっと驚いたようで、キリルと水を飲みながら危なかったねと話している。実際、ヴィクトルが止めてくれなかったらはぐれてしまうところだったから大変だ。
 そのため、移動距離も減っていたことだし、皆で色々な話をしながら歩くことになっていた。

 そうして。
「まさか白の司祭様に来ていただけるなんて」
「司祭ではありませんよ。でも、いずれは定期的に人に寄ってもらえるように、キエフに帰ったら教会に報告しておきます」
 クレイはごく少数の白の教義の信者の家に立ち寄り、一昨年、昨年生まれた子供に洗礼を与えている。農作業で遠くの町の教会まで出向けなかった家族は、これで本当に安心したとクレイを拝んでいた。
「えっ、祖母ちゃん、いつ亡くなったって言ってましたか」
「半年前だと聞きましたが‥‥それも連絡がなかったのですか」
 昴は頼まれていた荷物を届けて、互いに色々と驚いている。伝言はいつもなら行商人が預かってきてくれるが、村々を回る順番と冬季は地元に帰るのとで、未だに伝言が届かなかったらしい。そうとなれば預けた依頼人のことも話してやらねばなるまい。
「あの‥‥言ったこと、覚えてるのかね?」
「この覚書をもとに、後できちんと書類にするのだが」
 ヴィクトルはアーロンの手が回らぬところで、村人の相談や要望を聞いていた。嫁姑問題を切々と訴えられた時は返答に詰まったが、後は必要なことをきっちりとまとめていたのだが‥‥字とはどういうものかじっくり見てみたいと要望されて、一瞬固まっている。
「どう見ても、こちらのほうが繕いが必要そうだが」
「それはあたしらが出来るんで、こっちお願いしますよ」
 イリーナは繕い物をしている女性陣に混ざったところで、その腕前から礼拝堂の説教台を覆う布を綺麗にまつってくれと頼まれていた。皆が着ている服の何倍もよい布を使っていたので、手持ちの糸で裾に少し刺繍を入れておく。

「そういえば、ビザンチンの話はしていませんでしたね」
「それ、どこの町ですか?」
「他所の国の名前だよ。私のノルマンから来たんだ」
「私も以前にノルマンと、イギリスにいたことがある」
「では、話題も豊富そうだから、しばらくはそうした話をしようか」
 アーロンは相変わらず物静かだったが、キエフまでの道を辿るころには、皆、随分と賑やかだった。