●リプレイ本文
依頼期間の二日目、前日の日が暮れてかなり後に開拓村に到着した一同は、ゆっくり眠ってはいられなかった。村人は、早朝からいつもの生活を始めるからだ。
そして、明るい中で見る村の様子は。
「こんなものが天使に見えるとは、よほど寄る辺ない人生を送ってきたのだろうが」
「蹴ったら壊れるよな。避けさせようぜ」
点在というには結構多い『天使様』を見て、ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)とヘヴィ・ヴァレン(eb3511)が生温い視線で開拓責任者ユーリーを眺めている。彼を知る他の五人、ディアルト・ヘレス(ea2181)、以心伝助(ea4744)、イリーナ・リピンスキー(ea9740)、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)、ハロルド・ブックマン(ec3272)はそれぞれの思うとおりに反応していた。大抵が『それはさておき』だ。
それでも壊れてはユーリーがうるさかろうし、後日黒の教会が建つ際にこの像の林立は不味かろうとイリーナが、
「自宅内のみに飾るか、小型像の携帯に留めておけ。そもそも我が父は自らの心にご自分を宿らせる者に加護を下さる。他力本願に祈るだけの者には与えぬよ」
「天使様が見守っていてくださると思うと、元気が出るんですけど」
いくら天使像でも始終見張られていては落ち着かないと思った‥‥ことにしているイリーナとユーリーとでは、『天使様』の受け止め方に差異が生じていた。
この間に、ヘヴィの愛犬青嵐が『天使様』に近付いたので、
「ユーリーさーん、壊れたら困るから、やっぱり仕舞ってよ」
シュテルケが叫んで、村人達も加わっての『天使様』お片付けとなった。
「皆さん、大事にしているんでやすね」
「かわいくも、きれいでもないが、まものよけだときいた」
丁寧に運んでいる村人に混じって作業していた伝助が聞いたのは、ユーリーの主張と違うが、まあそれはそれでよい。天使と魔除けの区別がちゃんと付いているのかも怪しいのだし。
それよりは村人が思っていたより打ち解けて話してくれるのがありがたいと、皆でばたばたと片付けをしながら、最近の様子などを聞いていた。ここの村人がラスプーチン関与するところの勢力に追われ、住処も一族の大半も失った人々だということは、出発前に伝助の見送りに来たサラサが教えてくれたところである。
『天使様』については、宗派は違うが聖職者であるディアルトにも言いたいことがあったかもしれないけれど。
「‥‥怪我人が了解してくれれば、治療魔法も使えるのだが」
だが彼は、天使像を見て後の奇妙な間の後、別の事を口にしていた。目の前を布製の天使様を持っている子供が、手を布で巻いて歩いていたからかもしれない。
同じ光景を見たハロルドは、何に対してかやれやれと頭を振っている。
村内の危険物を片付けて、それから予定より早めの仕事が始まった。
本来歩いて二日掛かるところを、丸一日で辿りついたのは、そもそもディアルトが戦闘馬を二頭連れてきたからだ。惜しげもなく現地で作業に使えればと口にした彼は、どうせなら誰かが乗っていけばいいとも口にした。時間と体力を節約して、現地での作業時間を増やせればよいと考えたのだろう。
なにしろ開拓村は過密状態にして、農作業も始まったばかり。衣食住の確保が行えるようにすることが大前提だ。時間はあればあっただけよい。
それにセブンリーグブーツを融通し合ったりして、時間を稼いだ結果、まあ何とか初日の夜には村に辿り付いた訳だ。いくら暖かい季節とはいえ、森の中で野営するよりは、開拓村のテントの中の方が少しまし。
野営はしないで済んだものの、結局テント生活だったことで、七人共に村の問題点は体感していた。確かにディアルトが言う通りに、衣食住の確保が出来るようにすることが先だ。
「ハロルド、お前はなにか言うことはないのか?」
『特にない。設計図は作っておくので、道具使いの指導をよろしく頼む』
作業は家屋の建築指導に重点が置かれている。これに主に従事するのがヘヴィとハロルド、ゼファーだが、ハロルドは滅多なことでは口を開かない。ゼファーはそういうものだと割り切ったようで、用件はどんどんと切り出して、意思疎通を強引に行っている。この二人が、村人が建てやすく、冬場の積雪に耐える家を設定する主戦力だ。
アルドスキー家から技術者を送ってもらう方法もあるが、村人は元々独自の方法で家を建てる事は知っている。けれども少ない木材で、たいした道具もなく建てることに特化していて、キエフの丈夫な家を見慣れた冒険者の目には頼りない小屋にしか見えない代物だ。
故にまずはヘヴィが使い慣れない道具類の使い方をみっちりと教えている間に、ゼファーとハロルドと代官の一人が家の設計を元々の計画とは違うが、村人が建てられるものに直しているのだ。
「屋根の傾斜はこうとして、木材の残量で壁の厚みが変わるが余裕はあったか?」
『大丈夫そうだ。後程、後二人にも見て貰う』
ハロルドはほぼ徹底して筆談。ゼファーがゲルマン語の読み書きにあまり通じていないので、わざわざ読めるイギリス語にする念の入れようだ。代官とは別にゲルマン語でやり取りしている。
「細かいところはどうしても筆記が必要だとしても、家の形は図にしておけば分かるだろう。丸太小屋も悪くはないがな」
代官はこのやり取りに困惑気味だが、ゼファーは気にしない。村人が独自の技術で建てた丸太小屋は、用意された木材と形が合わないのだが、出来栄えを確かめて感心していたりする。こちらも結構我が道を行っていた。
ついでにどちらも、村人が見付けて来た香草をお茶で楽しみつつ、何か読んだり、書いたりしている時が一番集中している。
その間、冬より暖かいとはいえ風が吹けば涼しい季節だというのに、腕まくりをしたヘヴィは、村に用意されたあらゆる木工用、建築用の道具を並べて、村の男の四分の一を前に使い方を教えていた。いずれもロシアの職人達が普通に使う道具だが、村人には幾つか馴染みのない物もあるし、使い方のほかに手入れの仕方も我流のものが多い。
「使い方と手入れを間違えなきゃ、長いこと使えるぜ。武器に使うのは、壊れかねないからお勧めしないが。武器は幾らでも作れる棒で、農具は大事にしろよ」
開拓が楽なはずはないが、自分達の思うように成長させると思えば働き甲斐もあろうと、にやりと笑う姿はなんとなく人が悪くも見えるし、腕といわずあちこちに見える傷跡がそれを増大させるが、教える態度は丁寧だ。他に人がいないし、手を抜くなんてことは考えないらしい。たまに、あまりに村人が物を知らないことに、悪態をついていたりするが。
実際に、新しい計画に基づいて一軒目の土台を作り出すのは、翌日からになった。
一人で多数を相手しているのは、シュテルケも同じだ。彼の専門は畑仕事、でも人に教えたことなどないので少人数を相手に、仕事の手際を確かめ、教えることがあれば教えていく予定だったが、予想より人数が多い。しかも半数は子供だ。肉体労働に村の男手が向かうので、畑仕事は女子供が担当になっているらしい。
幸いにして、彼が苦手とするような艶っぽい女性はいない。それどころか、突付いたら倒れるのではないかと思うようなおばあさんとか、鍬を引き摺るような子供が入っている。
「えぇと、ここに植わっているのは間隔もちょうどいいし、育ち具合も悪くない。ここに用意されている種は、畝を作る必要があるけど‥‥これ、食べたことある?」
シュテルケが以前にこの地勢に向いている作物としてあげた野菜の種が届いていたが、村人はそれを知らなかった。これはと思い、一通り作物の名前を挙げてみると、三割くらいは知らないものがあるらしい。この後に植えつける作物は、人手が足りないことを考慮して慣れた物に集中させようと懸命に頭を回転させつつ、すでに届いているものは畝の作り方から教えることにする。
「男の子は水を汲んできて、女の子はこの箱に灰を貰ってくる。大人は一緒に畝を作るよ〜」
畝が出来たら、伐採予定の森の中から畑に向いている土地を選んでおかねばなど、シュテルケの頭の中はやるべきことで一杯だ。作業は順調だが、時々指折り数えないと順番を忘れそうである。
村人で作業に出られる者はよいが、中には襲撃、移動の際、またはその後の襲撃犯追跡で負った怪我が治りきらずに養生している者もいる。こうした人々はテントではなく、すでに建てられた家屋にいるが、一箇所にまとまってはいない。出身も違うので、一緒にされても気が張るのだろう。
敷布を洗っていたイリーナがその中の一軒に入ったところ、ディアルトが怪我人の横に座っていた。先程から怪我人のところを回っていて、大抵は長く話し込んでいる。
「時々姿勢を変えないと、押された肉が痛んで傷になることもあるそうだ」
「そんなに寝てたら、食えなくなって死ぬよ」
憎まれ口を叩くくらいの元気はあるが、両足の傷が痛むらしい男性は、結局ディアルトに手を借りている。イリーナの診たところ、治っても走るには筋肉の張りが失われているが、気力はあるようだ。今のうちから、少しでも動かせるところは動かして、体の衰えを防いでおいたほうが後々楽なのは間違いない。
イリーナは黒の信徒なのでそういう努力を勧めるが、白の信徒のディアルトは衰えないうちに魔法で癒す方法もあると説明している。それで話が長引いているのだろう。
「あと、二軒隣で包帯を替えたいのだが」
「子供だったろ。急いで行けよ」
本当に魔法で治るものなら、子供が先だろうと送り出されたディアルトは、珍しくも苦笑していた。子供ゆえに親が警戒して、了解してくれないのだ。まだしばらく、時間が掛かりそうである。
イリーナはおおむね料理に掛かりきりだ。村の女性達も畑仕事や森の中での拾い物に忙しいので、半ば子守をしながら、年配者と共に全員分の料理に勤しんでいる。怪我人用は、それぞれの様子を見て個別に調理し、力仕事をしていた村人の分は少し塩気を利かせようかとしたが、村人は塩を使うなとうるさかった。蜂蜜を混ぜたパンは、怪我人と子供に好評だったのだが。
おかげでシュテルケと伝助、ヘヴィなどは、今ひとつ物足りないかもと思っているのが顔に現われていた。彼らは肉体労働の割合が大きいので、余計にそう感じたのだろう。
「これ、くれ」
「くれではなく、くださいと言いなさい。皆で分けなくては駄目だぞ」
甘いパンが欲しいと群がってくる子供達の言葉遣いを正していたところ、その隙に別の子供達がパンを勝手に切り分けている。それでも皆で分けていたので、並べて注意するに留めた。
後に、村人は塩気を嫌うのではなく、勿体無がっていたのが判明し、イリーナは療養食と肉体労働向けの食事の作り方を女性達に教えていた。
翌日になって、ようやくディアルトの説得が功を奏して、両足骨折の男性がリカバーを受けることを了解した。その成果を見て、怪我人の八割が魔法治癒を選んだが、残り二割はやはりわだかまりが残るようだ。
魔法を順々に掛けて、それからディアルトはようやく当初予定していた開拓地域拡大のための伐採に加わった。こちらは代官達とディアルト、ハロルドが作成しなおした計画書に、シュテルケの農地計画が加わる予定だ。ともかくも、まずは伐採して、家を建て、畑を耕す場所を作らなくてはならない。
「昨日のうちに見回って、食える実がなる木はロープで印をつけてありやす。皆も承知してるんで、この辺りから切っていきやしょう」
良く喋り、よく動き、更に何か説明させれば身振り手振りに声色まで交えて語ってしまう伝助は、伐採担当の男達とまあまあ打ち解けていた。ディアルトに対しては、魔法を使うことで少しばかり距離を置くというか、観察しているような者もいたが、伝助が取り成していくうちに互いに馴染んできた。伝助がいなければ、他でもかなりギクシャクしたことだろう。
後はただひたすらに作業である。木を切る順番を決め、手分けして次々と伐採し、枝を払って‥‥伝助はディアルトがなにやらやっているのに気付いた。
「その花、なんか効能でも? 可愛い花っすね」
「子供が喜ぶだろう」
「おぉ。あっしも気が付いたら摘んどきますよ。こういうのは得意っすから」
仕事の合間に、伝助は器用に木の葉と蔓で小さい籠を編んで、伐採した木の周りになって、枯れるだけになった草花を集めている。格別子供好きという二人ではないが、村人と互いに気持ちよく仕事をするための気配りだ。二人いるからこその余裕とも言えたが。
この頃には、実際に家を建て始めたヘヴィが、ゼファーの監督の下に土台の進み具合を確かめていたが、伐採組が花など摘んできたので、
「食えるものにしてくれよ」
「茶にはならないのか」
それぞれに思ったことを正直に口にした。
「もう暗いから、本はやめなよ」
シュテルケは籠の作り方のほうが気にしたが、ハロルドが『ロシア王国博物誌』を取り出したので呆れている。
「花はもっと下のほうから摘んであればな」
イリーナは花冠をこしらえていた。秋に主家の末娘と結婚するナイトの代官も、何故か一緒に草花を編んでいる。教えてもらって、後日役立てるらしい。
子供達が賑やかにしていると、村人の表情も和んでくる。怪我人が少なくなったのも、それには関係しているだろう。
そんな作業が更に二日続いて、村人が思い出したように戦闘訓練をしてくれと言い出した。冒険者側が忘れていたわけではないが、誰も言い出さないので準備だけしていたのだ。
ゼファーとヘヴィが材料調達が容易で、相手との距離が取れる棒術がよかろうと、村にあった丸太を何本か削っておいたので、ヘヴィが中心になってまず持ち方を教える。一人で教えられる人数は限りがあるから、伝助が別の場所で心構えや人体の急所を、ゼファーは希望者だけ相手に二点同時射撃を見せていた。たまにディアルトとハロルドが組み手や打ち込みの相手に加わり、伝助、ヘヴィと実際に手合わせをして見本になる。
仮に初日から訓練したところで、一週間程度で身に付くものは知れているから、習った者は熱心だったが思うほど身に付かない。どちらかといえば、イリーナの応急手当の指導が女性陣に覚えられた割合のほうが大きい。
『人数がいるのだから、組織的な戦い方を憶えればいい。ナイトがいれば、今後も習えるだろう』
「頑張ります。でも手が足りなくなったら、また依頼出しますね」
ハロルドが人数と森の中での俊敏さを活かす戦い方をすればいいと全体を励ましたのに、ユーリーは他力本願だった。そんなことでどうすると、白黒聖職者に諌められている。
そして。
「絶対いらない」
シュテルケに『天使様』を勧めてきっぱりと断られてもいた。村人は『こわれるとじゃまだよな』と納得している。