11匹もいる!
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:2〜6lv
難易度:易しい
成功報酬:1 G 49 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月07日〜12月13日
リプレイ公開日:2004年12月15日
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●オープニング
このところドラゴン出現で慌しいドレスタットの冒険者ギルドに、その女性ははっきり言ってそぐわなかった。
品のよさげなエルフで、真っ白でふわふわの毛並みの猫を抱き、羽織った上着には狐の毛皮らしいものがあしらってある。実用性と見た目が両立する、いかにもお金持ちの身に着けるものと見えた。
単なるお金持ちなら依頼人の可能性があるが、まったく切羽詰ったところがないのが、その女性がこの場にそぐわない理由だ。
しかし。
「冒険者の方って、お掃除も得意なんですって?」
たいして迷う風でもなく依頼の申し込み受付にやってきた女性は、カウンターに猫を座らせるといきなり切り出した。係員が『そういう者もいますよ』と応えると、
「じゃあ、十人くらいお願いできるかしら。お掃除とワンちゃんのお世話」
これまたためらいもなく、あっさりと口にする。
最近、ギルドはドラゴン出現に関する依頼が山積みで、非常に大変なのだ。
「ワンちゃんって、犬ですよね」
「ええ。私の叔父が犬好きで、たくさん飼ってますの。それなのに急な仕事で家を空けることになりましたから、その間のお世話をしてくださいな」
「何匹いるんです?」
「さあ? 私は猫好きなので、叔父の犬には興味がなくて」
ギルドは大変で、係員も目が回るほど忙しいのに、こんな呑気な依頼が来るなんて‥‥しかも面倒を見る犬の数も分からないとは、『こんな奴、依頼人として失格だ』と胸のうちで呟くくらいはしたくもなろう。
でも係員もある意味専門家なので、表向きは目くじらなど立てなかった。こっそりと、カウンターを引っかく猫を指で弾いたりするが。
「ご存知でしょうが、今は状況が状況なので、人手が集まるかわかりませんが」
「ドラゴンなんですって? 港も見ましたけど、大変なことになってますのね。でも叔父もその関係で駆り出されましたの。だから代わりの人を十人」
猫に、もう一発決まる。
相手の女性が全然引く気がないので、『人手が集まらないことも有りうる』と散々に説明し、了解を得てから依頼を受け付けることになった。
ちなみに犬の数も大きさも種類も分からない。挙句に依頼人はこう言った。
「叔父は片付けが相当出来ないんですの。それなのにワンちゃんを飼うから、先日とうとうお隣から苦情があったらしくて。念入りにお掃除お願いしますね」
そういうことは早く言えと係員は思ったが、一発食らわそうにも猫は飼い主の腕の中に戻っている。
まあ、掃除をするのは自分ではないと、係員は思い直したようだ。犬多数を飼う家の、片付けが出来ない飼い主の後始末‥‥どうせやるなら、ドラゴンと戦ったほうが故郷の家族に自慢が出来るというものだが、冒険者も事情は様々だ。
「犬好きの一人や二人、駆けつけるかもしれないからな」
そう。ドラゴンスレイヤーの誉れより、襲われて困っている人を助けるより、犬と戯れたいという冒険者がいるかもしれない。好きはすべてを超越するのだ。
そして、そんな奴はいないよと言えないところが、冒険者ギルドなのである。
●リプレイ本文
●そこが経験の差
冒険者一行が着いた途端に家から駆け出してきたエルフの男性は、ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)に問われるままに犬の名前と性格、世話をするときの注意事項を説明すると‥‥ちょうどやってきた迎えの馬車に乗り込んで行ってしまった。
とうとう本人の名前も聞けず仕舞いだったが、家の左手にある作業場以外は自由に使っていいと許可も得た。どうしてか分からないが、客用の寝具もたくさんあって、寝るところには困らないようだ。
いや、そう思ったのはガレットと逢莉笛鈴那(ea6065)とサラフィル・ローズィット(ea3776)の三人だけだったのだが。
「ガレットさん、床が見えますわ!」
「鈴那さん、台所がすぐ使えるんだよ!」
「サラさん、埃と服しか積もってないよ!」
以前、パリの冒険者ギルドで受けた掃除依頼で、とんでもなく物が散らかった家の掃除をしたことがある三人は、今にも感涙にむせばんばかりに興奮していた。
ちなみに他の、急きょ別件で仕事に出向けなくなったらしい一人を除いた六人の感想は一致している。
(「これはかなり散らかってる‥‥」)
部屋が七つあって、うち一つの台所以外に脱ぎ散らかした衣類や殴り書きされた文字の並ぶ石版が散らかっている家のどこが綺麗なのか、六人にはさっぱり理解できなかった。
●ことの始まりと片付けの開始
依頼人の叔父の家、つまりは今回の掃除対象であるそこは、丘の上に建っていた。
そして家だけでなく、敷地も滅法広かった。家に向かって右側に広い囲いがしてあり、とても大きな犬達がたむろしているのが見えた。結構毛並みが良く、行儀の良い犬ばかりだ。
駿馬の被り物を絶対に取らないクオレスト・ヴァンシール(ea8309)が、近所で驚かれながら聞き込んできたところに寄れば、この家の主は二十日前まではきちんと使用人を雇って、家や犬の世話をさせていたらしい。
「だが、その使用人家族の孫が喉が弱くて、犬の側は良くないからと余所に行ってから駄目になったそうだ」
うかつにも次の使用人の手配が遅れて、犬の糞尿の匂いやら飛び散る毛で近所から苦情が入ったものだから、今回の依頼となった。最初は当人がなんとかしようと世話していたが、事態はまったく改善しなかったようだ。
確かに、遠目にも犬達のいる囲いの中に毛玉がころころ転がっていたり、餌をやった後の食べかすがそのままだったりしていた。まずはこれを片付けねばならないと、意見の一致を見た彼らだが‥‥
「犬の前を走ってはいけませんわ!」
『止まってー!』
『違うっ、柵の外に出ろ!』
『ほほほっ、そんなに色々言われても一度には出来ませんわよ』
とても清潔ではない柵の中、三々五々で散っている犬達に歌を聞かせれば言うことを聞くだろうと、ニミュエ・ユーノ(ea2446)が柵の中に入ったことが騒ぎの始まりだった。遠方の別の犬に走り寄ろうとした彼女に、目の前を横切られた犬が駆け出したのだ。目の前を走るものを追う習性が犬にはあるから、それを知っていたサラが叫んでも、時はすでに遅い。
挙げ句にニミュエはイギリスから渡ってきたばかりで、ゲルマン語が理解できなかった。それでリラ・ティーファ(ea1606)が声を張り上げ、アリアス・サーレク(ea2699)も柵の外を走って近付きながらこっちに来いと身ぶりで示している。
『姐(ジェ)、だからドラゴンを見に行こうと言ったのに』
いきなり騒動を起こした従姉妹に対して、紅天華(ea0926)もイギリス語で叫んでいるが、ニミュエの耳には届かなかっただろう。とりあえず犬が追ってくるから、走っていた。
『御坊』
「ええ、いざとなったらリカバーを使いましょう」
切羽詰った状況の割には慌てた様子もなく、天華が騒ぎで家から飛び出してきたボルト・レイヴン(ea7906)に声を掛けた。指し示された方向を見れば、言葉が通じなくてもボルトも状況が分かる。白クレリックの彼は、この場で至極当然の事柄を口にして、天華とはなんとなく意思が通じあったようだ。
まあ、そんなことをしている間に、柵まで辿り着いたニミュエはアリアスに引き摺り出されて、事なきを得ていた。
ちなみに、その際の犬の様子について。
「攻撃的ではなく、単に遊んで欲しいようだったな」
運動が足りていないのだろうとの考えがクオレストから出されたが‥‥エルフのニミュエが体重も変わらない大型の犬数匹に乗りかかられたら命に関わるので、今後は注意するようにと怒られたのだった。
そんなわけで、クオレストとアリアスとガレットが犬の状態を確認している間に、サラとニミュエ、ボルト、リラの四人が囲いの中のゴミを掃き集めることになった。とんでもない臭いに悩まされるのは全員同じなので、皆で我慢するしかない。もちろん鼻、口、髪を覆う完全防備済みだ。
ちなみにガレットが確認したところでは、大型犬は十匹、家の中に中型犬が一匹いるそうだ。名前はジャパン語の数の数え方で一から十二まで、犬の数と合わないのは『サン』がよそに貰われて、家にいないかららしい。
「家の中のは年寄りだっていってたから、餌も気を付けてあげないとね」
ガレットが大型犬には問題がないことを確認して、ゴミの入った麻袋を引き摺りながらサラやボルトと家に向かっていた。他の面々は、今度は『わんこ』の毛並みをすいてやっている。
正確には、リラが毛並みを整える道具一式を見付け出してきたら、犬が揃って彼女に擦り寄ったため、アリアスとクオレストはまた力仕事に従事しているのだ。彼らは擦り寄られても大丈夫だが、細身の女性のリラは引き倒される可能性のほうが高い。
男性二人がせっせと押し止めているわんこを一匹ずつ相手に、幸せそうに腕を動かしているのはリラとニミュエだった。現在、一番楽しんでいる二人でもある。
そして、ゴミを庭の片隅に片付けたサラ達は‥‥
「やっぱり、簡単じゃなかったみたいなの」
目と鼻が真赤になった鈴那と、げほごほと咳をしている天華に出迎えられた。
中型犬の『イチ』の部屋は、部屋中に敷きつめた糞尿に汚れたぼろ布から、目が全開にできないほどの臭気が漂っていたのである。
廊下に出てきていた『イチ』は他人がたくさんいるのを見て、その場で粗相していた。
『鼻が馬鹿になって、料理が出来ない』
本日の料理当番だったはずの二人が、濡らした布を手に台所に緊急避難した後、『イチ』の粗相の跡を片付けて、それから鼻の回りを更に布で覆ってから問題の部屋に突撃だ。
げふっ、くしゃんっ、くしゅっ‥‥
ガレット、ボルト、サラが『この服も処分しないと駄目かも』と思い、刺激臭でぼろぼろと泣きながら部屋中の布きれを窓から放り出し、そのまま先程のゴミと一緒に焼き始めて後もしばらくは、外の大型わんこ達と人間、エルフが咳やくしゃみに悩まされていた。
結局、皆から強制徴収したお金で鈴那とアリアスが買ってきた食料に、家主が使っていいよと気前よく開放してくれた貯蔵庫の中身をふんだんに使って作られるはずだった夕食はなんだか質素なものになっていた。わんこの餌も、同じく質素だ。
人間もエルフもパラも、それから大型わんこ達も、まだくしゃみを連発しながらの食事で、味がなんだか分からない。唯一、鈴那と天華に部屋から救出されたときにはぐったりしていたらしい『イチ』は、誰よりも元気に餌を食べ、そして部屋の中をうろうろしては、床にじゃーっと液体を零して歩いていた。
その姿を見ると居たたまれないと、リラ、サラ、ボルトがついて歩いては後始末をしていたりする。
結局は一日目、外と大問題の部屋を片付けた時点で力尽きた九人は、寝具を取り出して寝付いてしまったのだった。どの部屋も埃っぽかったが、文句を言う者は誰もいなかった。
『イチ』はクオレストと一緒に、自室ではない物置きに入って寝たようだ。
●すでに困難は乗り越えた?
一日目にひどい目に遭った九人は、しかし二日目の朝を無事に迎えていた。喉がいがらっぽいが、リラとボルトが香草茶を淹れてくれたので、それで調子を整える。
『朝食はまだなのかしら。天華ちゃーん』
「はいはい。急かされてるのは分かったよ」
遠慮なく朝食を急かしているニミュエの台詞に応えたのは、まったく言葉が通じていない鈴那だった。わざわざ台所まで来て、従姉妹が『家事無能力』と断言した彼女が言うことなど、一つしかないと言うべきか。
ちなみに通訳を努めるべき天華は、山のような埃をかぶった食器を抱えて水場に出向いていたので、この場には居合わせていない。
そして、ガレットとアリアスは昨日の晩にそれはもう立派な、冒険者の何人かが心密かに『自分の借家よりよほど広い』と思った犬小屋から、大型わんこ達を出してやろうとして、『お願い、かまって』攻撃に晒されていた。最初の一撃で吹き飛んだガレットは、運良くアリアスの脇腹にぶつかったので、そのまま肩車されている。なにしろパラの彼女とたいして変わらない位置に、大型わんこ達の頭もあるのだ。間違って食いつかれでもしたら大事である。
そしてこの頃、クオレストは起き様に『イチ』がやらかした『じゃーっ』の後始末をする羽目になり、サラは居間にまだ残った異臭を消すために香草を合わせて匂い袋を作っていた。
でも‥‥この朝の食事は貯蔵庫の中に残っていた卵を使い、手早く調理できる材料は全部使って、実に十品もの料理が並ぶ豪勢なものになった。しかも鈴那と天華が腕を振るったので、ノルマン料理だけでないのが目にも楽しい刺激だ。
「天気も良いし、今日は働き甲斐があるよ」
ガレットが言った通りに、確かに働き甲斐のある一日だった。
なにしろわんこ達が庭に出た冒険者に一々じゃれついて散歩をねだり、とうとうクオレストがまた近所の人々に聞き込んできた人気のないあたりへ、走らせに行くことになったのだ。それもクオレストにアリアス、ニミュエと天華の四人が馬で併走し、ガレットは器用にわんこの一匹にまたがっての散歩である。
途中、近所の子供達が走って追ってくる一幕もあったが、今度は幸いにしてわんこが暴走する騒ぎにはならなかった。
この際、力仕事をする者がいなくなってしまうとアリアスは心配したが、ボルトが残るし、サラと鈴那は『こんな程度なら四人で平気』と請け負い、リラは『イチ』の毛並みを整えるのに熱中していた。
まあ‥‥ただの掃除と普通の台所での料理なら、確かにクレリックの三人と日頃食堂店員で鍛える鈴那がいれば、なんら問題はないのである。
そして、家の中は二日目の夕方には、一室を除いて綺麗になっていた。
●そうして、それから
当初の予想より、犬のしつけが非常に良かったので、冒険者一行は三日目から大変に快適な生活を送っていた。クオレストだけは、どうしても他人と同室で寝るのが嫌だと言って物置きだったが、家全体から埃も一掃されて、寝具もたっぷりで夜は快適に眠れる。
日中はわんこの戯れに対応するのが大変だが、食事は十二分だし、四日目には依頼人の手配でわんこ用と冒険者用に山羊乳もたっぷりと届いた。これはあやうく『イチ』にひっくり返されるところだったのだが。
食住に困らない依頼のなんて素晴らしいこと。
『おーっほほほっ、これも日頃の行ないがいいからですわね!』
『大変だな、従姉妹のお守も』
『‥‥。犬のしつけで大事なのは、犬に舐められないことだ。甘やかすな』
『え、誰のしつけですか?』
最大の問題は、大型わんこ達が馬で併走の散歩をいたくお気に召し、毎日『つれてけー』と鳴いて催促することだ。今後、誰かどうするのかは家主殿に考えてもらえるだろうか。
ちなみに『イチ』はリラに毛をすいてもらうのが気に入ったようで、彼女の後をついて歩いている。疲れると『抱っこ』を、こちらも鳴いてねだるのが問題と言えば問題か。
それに対して、ガレット、サラ、鈴那の三人はすっかり勝利宣言の趣である。よく見ると居間の棚には『○○』と何を納めているかの札が着いており、片付けは簡単に進んだのだ。家主殿の私室も概ねそうなっていて、衣類だけは札がないのでガレットが記した札を、鈴那が棚に取り付けた。サラはその後から、各所に匂い袋やリラ発案の匂い消しの効果がある香草の詰まった袋を置いて歩いている。
最大の難問だった部屋は、窓を開け放って放置し、次に虫除けの薬草を山程焚いて匂い消しに務めた後、床をボルトががしがしと洗ったが‥‥
「物置きは止せと言うから‥‥」
「この部屋も寝るのにはまだ汚いですよ。ああ、外の犬小屋もいけません」
「じゃあ、どこで寝ろと」
物置きに寝て、皆にいい顔をされないクオレストが移動しようとして、ボルトに止められていた。もちろんこの時も、被り物はしたままだ。
色々あっても、とりあえず全員が出来ることをやって、家の中も綺麗になったし、近隣からも犬の囲いの状況改善ぶりは素晴らしいとお誉めの言葉をいただいた。ついでに野菜を分けてもらったりして、食卓がもっと豊かになるおまけ付き。
そうして。
いっそこのまま帰りたくないと思ったかどうかはそれぞれだが、契約期間を満了して、冒険者ギルドに報告に寄った一行は、依頼人からの伝言を聞かされた。
「仕事ぶりに感動したので、来年になってからやるつもりの、自宅の別棟取り壊しの時の片付けに来てくれないかって」
あの家主の姪の自宅の別棟取り壊しの片付け‥‥あまり良い予感がせずに、顔を引き釣らせた七人の様子を、イギリス語しか話せない二人とギルドの係員とが不思議そうに眺めていた。
来年のことは、またその時なのである。