【ウォールブレイク】付加価値

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月11日〜06月16日

リプレイ公開日:2008年06月22日

●オープニング

 ウィルの街の近郊に巨大な壁が現われて数日。国内外各所に似たような壁が出来たとの噂もある。
 その壁は打ち砕けば中から精製済みの貴金属や、原石ではない宝石が出てくる上、地上にそそり立っている。普通の鉱山のように地下へ掘らなくてもいいので、冒険者に限らず掘り進めている者は少なくないようだ。
 おかげで近くに住むものは陽精霊の光は遮られる、昼夜分かたず掘る音がうるさいなどと大変な思いもしているようだが、掘っている人々も決して楽ではない。

 掘っても掘っても、なかなか珍しいものは出てこない。
 出た宝石の価値はサカイ商店で鑑定してもらってもそれほどではないと言われる。
 財布の中を見たら、掘り出したものと使った道具代が不均衡を起こしていることも多々ある。
 だが、中にはこういうことを実り多い商売に結びつける人がいたりするのだ。

 この日、ギルドに来た人物は衣料品と宝飾品を扱う商人だった。
「魔法の掛かって品物ではないことは承知していますよ。それでも原石を磨いたものではなく、突然そこに存在していた宝石は小粒でも、多少色が悪くても、持っているだけで羨望されることもある」
 どういう売込みをしたものか、ウィルより少し離れた地域では謎の壁の噂とあいまって、出てきた宝石類を加工した装飾品に注文が殺到しているそうだ。加工してしまえば本当に壁から出たものか分からなくなってしまうのだが、扱う商人、職人達も偽物だったら取り扱った者はギルドから追放すると宣言しての信用を得て商売しているそうだ。
 このため、壁を壊しているのは冒険者やウィルの人々ばかりではなく、そうした商人、職人達に雇われた人々が混じっているのだが、ここで問題が発生した。
「品物は無事だったが、抵抗した者が三人ほど、骨を折る怪我をしてね」
 冒険者とは違い、雇われた人々は力はあっても腕っ節が強いわけではない。そこに目をつけられたのか、休憩と出てきたものを選り分けるために張ってあったテントが何者かに襲撃されて、品物を奪われかける事件があったのだ。品物は無事でも働く人の安全が保障されないのでは、働き手がいなくなってしまう。
 すでに品物の注文は多数入っていて、一つでも多く宝石は欲しい。だからといって危険な状態で働けと言えはしない。
 よって。冒険者の出番である。
「我々は日中にだけ人を現場に派遣している。その往復と作業中の安全を確保して欲しい。相手は十人ほどだったという話だね。早めに捕まえられたら、その後は一緒に壁を掘ってもらってもかまわないよ。何か出てきたら、こちらで買い取らせてもらえればありがたいね」
 そろそろ同業者が乗り込んでくる気配があるが、ぜひこちらによろしくと商人はにこやかに依頼を締めくくった。

●今回の参加者

 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9419 木下 陽一(30歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 遠くから見れば、どこまでも上に続いているように見え、前に立てばその端は視界に彼方に霞む。実際に世界の果てまで続いているわけはなかろうが、グレーとウォールと呼ばれている壁は、その名に恥じない巨大なものに見えた。
「いきなり現われるなんて、すごい壁ね。これも天界人みたいに天界にあったのかしら」
「さすがにそれはない。ファンタジーな世界だけあって、出てくるものも唐突だな」
「ノルマンにも、なかった」
 間近で壁を見上げてのラマーデ・エムイ(ec1984)の呑気な推測に、木下陽一(eb9419)とグラン・バク(ea5229)が答えていた。答えているとはいえ、三人とも壁を見上げていて、互いの表情は見られない。背後では、初日は誰でもそんなものだよと、壁を掘る人々が笑っていた。
 その中に知人の林春香を見付けて、エリーシャ・メロウ(eb4333)は挨拶を交わしている。依頼人が春香の後見人であれば、エリーシャも知らない仲ではない。依頼への真剣さに変わりはないが、挨拶の必要性など、色々と発生することがなくもない。
「ところで、何で皆、そんな普通の格好なの?」
「単純に護衛するだけなら常日頃の装備が効果も高いでしょうが、後顧の憂いを断つためには相手を一網打尽にすべきだろうと相談がまとまりまして」
 依頼は護衛だが、期間は長くない。ならば依頼の後に心配が残らないようにしておくべきだと、都近くの治安の悪化を捨て置けないエリーシャは考えていた。他の三人も異論はなく、相手の油断を誘うのに壁掘り一行に紛れて現地までやって来ていたのだ。
 ちなみにグランと木下は普通に作業向きの服装だが、ラマーデとエリーシャは町娘と見紛う姿である。壁堀の人々と一緒にいると、少しばかり周囲の雰囲気から浮いていた。
 ともかくも作戦では、木下とグランは作業に混じって現地で活動し、エリーシャとラマーデは休憩用のテントで皆の世話をする女衆の振りをする。大抵は誰かしらが休んでいるから女だけでも心配はないが、夕方にわざと男手がない時間を作って、盗賊どもをおびき寄せようというのだ。
「二人で平気なの?」
「大丈夫よ、エリりんは強いもの」
 春香達の心配にラマーデが胸を張って断言し、エリーシャが慌てて口を塞いでいる。木下も『言ったら駄目だって』と止めていたが、エリーシャが慌てていたのは呼び方のせいもあるだろうか。
 その騒ぎを横目に、作業に混ざるためにつるはしを借りたグランは、その重さと重心を確認している。彼の武器は、布で覆われ、道具類に混ざって置かれている。
 しかし、皆と筋肉の付きようが違うのを嘆いていた木下と違い、その皆から羨望される腕の持ち主のグランがいるこの場を襲撃する輩はまずいないだろう。
 やがて、テントと壁とに分かれて、作戦開始である。

 一日目。
「あれは凄まじいな」
 グランが見上げているのは、グレートウォール目掛けて巨大なハンマーを振りかぶっているゴーレムの姿だ。どうやらこのゴーレム、冒険者の誰かが持ち出したもので、近くではゴーレム工房から来たと思しき人々が壁の壊れ具合を調べたりしている。グランはゴーレムには乗らないが、こんな壁があればハンマーを叩きつけたくなる気持ちは分からないでもない。
 しかし、彼の手には他の者と同じつるはしがある。一人だけ違う道具を使っては、ただでさえ一際目立つ体躯が人目を引くので、借りた物だ。ゴーレムは横目に、こつこつと掘ることになる。
 そして、グランはこつこつ掘らないと目立つのだが、木下は懸命に頑張ってもつるはしの当たり具合がよくないので、そこはかとなく皆から浮いていた。ゴーレムにも一応乗れるのでそちらに興味はあるが、眺めている場合ではない。
「腰を落とせって、それが分からないんだよな」
 こんなことをすると分かっていたなら、地球でも肉体労働のアルバイトにも精を出すべきだったかと今更考えてみても仕方はない。装わなくても新人らしく見えるのはいいことだと、気持ちを切り替えてつるはしを握る。
 多分そろそろ、掌にまめが出来るだろう。そんな感触があるのだが、ここは我慢のしどころだ。普段使わない筋肉が悲鳴を上げないように祈るばかりである。
「今日は女手があるから、うまいものが食えたらいいなぁ」
 作業の合間に皆と話も弾んだが、さてこの話題にはどう答えたものか‥‥

 話題に上がっていたエリーシャとラマーデだが、皆が休憩に来ず、発掘品も届かない午前の内はたいした仕事はない。そもそも作業中は保存食に近い簡素な食事を取っていた人々なので、現場には石を積んだだけのかまどが一つしかなかった。これで人数分の料理はまず無理。
 更に二人は、料理の心得などなかった。よって、食事の世話をすることは考え付かず、することはテントの中を整理と、香草茶を淹れる為の準備くらい。
 けれども。
「エリりん。ゴーレムが動いてるわよ。行かなきゃ」
「行かなきゃと言いますが、あちらの人々に顔を見られて、冒険者だとばれては困ります」
 我々は囮なのですからと生真面目に返事をするエリーシャの言葉は、多分半分くらいしかラマーデの耳に入っていない。近くで見るだけなら大丈夫と走り出したので、エリーシャも慌てて追った。ラマーデの動きが格別鈍いことはないが、ゴーレムへの興味でいっぱいの現在、壁の破片が飛んでくる範囲に飛び込まないとは限らないからだ。
 さすがにゴーレムの活動を眺めていた見物人が怪我などしたら、色々と面倒なことになるのは目に見えているし、後始末に駆り出されるに決まっているエリーシャは必死。
 そして、彼女達が向かった先では、ゴーレム工房の者と思しき若者が汗だくになっていた。見物人をさばくのに大変そうだ。
「貴方達は壁を掘りに来た人じゃないでしょ。危ないからもう少し遠くから見物してね」
 もっと近くで見たいと隙を窺うラマーデは、いつの間にか追い払いの主たる対象になっていた。気持ちは分かるが、ここで顔をしげしげと見られても困るエリーシャが半ば抱えるようにして、危険がないところまで戻る。
 何度かそんなことを繰り返しているうちに、実は休憩場所では女衆が行方不明だと騒ぎになりかけていたのだが‥‥仕事を思い出した二人が駆け戻ってきたので、大事にはならずに済んだ。
 けれども人が幾らか入れ替わったことで警戒されたか、この日の夕刻は何事もなかった。

 二日目。
 グランがつるはしより掘り進める速度は遅いが、その驚異的な膂力が目立たないスコップに道具を持ち替え、ざくざくと壁を掘っていく。木下は手のまめが痛いが、どうにかつるはしの使い方に慣れてきて、調子よく仕事が出来るようになっていた。たまに何か出るのだが、道具は借り物だし、依頼は未達成だから依頼人に渡す品物に振り分ける。
「自分の道具で見付けたものは遠慮なく持ち帰るからな。気にしないでくれ」
 グランの騎士らしい言い分に、一緒に働く人々はいたく感銘を受けている。
「しかし変な壁だよな。宝石が原石じゃないし‥‥こういうのってゲームだと」
 木下は何か出てきたら、用意した桶の水で洗って、まとめておく係も兼ねている。幾ら慣れてきたとはいえ、賊が出てきたときに疲れ果てていたのでは仕事にならないので、仕事量を少し減らしてもらっているのだ。
 その作業中の独り言など誰が聞いているわけでもないが、さすがに『世界崩壊や魔王復活の前兆だけど』とは続けられなかった。ここはゲームの世界ではないのだから。
 グランも他の人々より休憩が多いのだが、それが不自然に見られない様に皆が協力してくれたので、二人ともに結構いい汗をかいていたりする。
 反面、テントのところで本日は生真面目に仕事をしようと誓い合ったラマーデとエリーシャの二人はといえば。
「これでお茶を淹れると、体の疲れが抜けるのよ。ちょっと渋いけど、蜂蜜たくさんくれたから、味は大丈夫だと思うわ」
 前日、発掘品を届けた際に春香が差し入れてくれた蜂蜜があるので、ラマーデはそのままだと飲みにくい薬草茶を配合している。片付けなど昨日のうちに終わってしまったので、知識を生かして手伝いをしているのだ。ただ座っていたら、かえって怪しまれてしまう。
「日頃、いかに他の方々に助けていただいているのか、実感しますね」
 エリーシャはもう少したくさんお湯が沸かせるようにと、かまどを大きくしているところだ。心得はないから、ラマーデに積み方を教えてもらって、半日掛けて新しいかまどを作っている。
 この日の午後の休憩時間には、蜂蜜でうんと甘くした薬草茶が供された。
 しかし、本来の仕事での出番はない。

 三日目。
 ひたすらに仕事。せっせと掘る。ゴーレムはこの日までだったようで、夕方の早い時間には工房に回収されていった。
 すかさずそこの後に入り込んで、木下もグランも掘り進める。他の人々とも息が合ってきて、掘る人、確認する人と無駄のない動きが繰り広げられるようになった。
 エリーシャとラマーデは、様子を見に来た春香とその小間使い二人も加わって、大きい鍋にスープらしいものを作ってみた。出来はまあまあ、のはず。

 四日目。
 この日もひたすらに掘る人と、出てきたものを洗ったりする人とに分かれて作業中。
「エリりん、見て見て。ほら、ダイアモンドー」
「大きな声で言わないでください」
 掘り出したものを洗う係になったラマーデが、本物のダイアモンドを掲げている。これでゴーレムを作れたらどうなるだろうかと考えていたりするのだが、いかんせん手の中のそれでは小さすぎる。エリーシャは静かにと身振りまで交えて止めているのだが、半分くらいはその呼び名をやめてくれ状態だ。
「早く自分のスコップで掘ってみたいな。一本しか持ってこなかったから、掘れるかわかんないけど」
 木下もすっかりと作業に慣れて、鋼の塊を掘り当てた。こうした鉱石類はグランが気に掛けている。依頼人は宝石類が目当てのようだから譲ってもらいたいと考えているのだが、なにしろまだ依頼中。賊が片付いたら話を持ちかけてみようと言うところだ。
 木下は、出来ればもうちょっと見栄えがよくて、軽くて持ち易い物が掘りたいものだと思っている。
「早く出てくれないと、こちらも困るな」
 グランが早く出ろというのは賊のこと。依頼期間中に出なければ、後顧の憂いが残ることになる。それはそれで依頼未達成のようで気分が良くない。
 この日は珍しい宝石類がたくさん掘れたので、ラマーデがほくほくしていた。自分のものにならなくても、鉱石、宝石の鑑定が出来る彼女は色々見られるのが楽しいのだ。夕方に袋詰めするときも、傷にならないように布で小分けして、鉱石と宝石は別にしている。
 あまりに嬉しそうなので、エリーシャは鉱石を袋に詰めて、後程運んでもらうために他の荷物とまとめていたのだが。
 ようやく、待っていた輩のお出ましである。考えてみればいい物が掘れたと皆で言っていたし、ゴーレムもいなくなって腕の立つ連中も消えたしで、そろそろ出てきてもおかしくはない。もちろんこの時は、ラマーデとエリーシャだけになっている。
 挙げ句に空は曇天。最近夕方からは曇りがちになっていた。本日は今にも降り出そうな様子である。見通しは悪い。
 ようやっと出てきて賊に、二人ともやったと思う暇はなかった。いきなり数名に目の前に乗り込まれて、置いてあった道具入れを蹴りあげられたからだ。ラマーデは避ける技量などないから、エリーシャがかろうじてかばったが、逃げる体勢は取れない。
 予想以上に間合いが詰まって、これはまずいとエリーシャが思ったところで、稲妻が轟いた。落ちた時には、二人とも伏せて目をかばっている。
 もちろん、この二人だけで貴重品を扱っているのは囮で、木下が彼女達の様子を見守っていた。何かあれば魔法で稲妻を落とせるから、多少の距離は気にならない。要は見えるかどうかで、彼は視力には自信がある。本日はうまい具合に雨雲も呼んでおけたことだし。後は。
「皆、慌てて突っ込まないでくれよ」
 女性二人は服装で分かる。グランは体格と得物で判別可能。後は一緒に作業した人々が、血気に逸って賊に向かわないでくれれば、賊を狙い撃ちするのは簡単なのだが‥‥
 グランの他に数名飛び出してしまったので、木下はテント目掛けて走り出している。
 なお、見咎められない位の距離で待っていたグランは、木下に先んじて現場に駆けつけていた。賊が放つ殺気を感知してだから、向こうにしても突然現われたように見えたろう。稲妻に打たれた時には、すでにその場に割り込んでいたことになる。
「今回は人手が足りないんで、手荒になる」
 当然だが、グランはエリーシャの行動をきちんと把握していた。彼女が貴重品とラマーデを安全な場所に避難させたかどうかだ。エリーシャにしたら、自分も賊の一人二人は引き受けるつもりだったろうが、
「テント、平気?」
「その辺りはきちんと把握して技を掛けているでしょう。鉱石は置きざりにしてしまいましたし」
 ソードボンバーを受けるほどの装備もなく、逃げるような身のこなしもない賊は、あっという間にお縄になった。あまりの威力に怖気づき、怪我をしないうちにと武器を投げ出した輩もいる。結局、他の人々に先日の仇と拳骨は食らっていたが。
「手ごたえのない連中だが、暴れられても困るしな」
「エド、ホル、出番がなかったけれど、連れて行くときはちゃんと見張るように」
 まったく出番がなかったエリーシャの愛犬達だが、いい返事をした。

 五日目。
 グランが大変な勢いで、この日は自分のために掘っていた。
「いや、依頼人さんに鉱石売ってくれって言ったら、鍛冶工房と親戚だって断られちゃってさ。その分自分で掘るって頑張ってるとこ」
 鉱石でも買い手がいるので譲れないのもあったようだが、グランは残った時間はしっかりと自分のために掘っていた。道具からして違うので、何か色々と掘れている様だ。
 木下は自分のスコップで一撃目で水晶を掘り当てたが、同時にスコップは壊れている。世間話の合間に、借り物でまた掘ったりしていた。
 エリーシャとラマーデもせっせと掘っていたが、道具が少ないのでこちらも早々に作業を終えている。二人とも幾つか掘り当てたのだが、エリーシャの分はラマーデが貰い受けたらしい。ゴーレム作成に使いたいようだが、ちょっと量的には乏しいかもしれない。
 エリーシャは時間が出来たので、宝飾品の絵を描き始めた。
「結局この壁、なんなのでしょう?」
「さあ?」
 壁を綺麗に切り取れればゴーレムが出来るのにと楔を打ったが、うまい具合に切り出せない。とりあえず今回はこれだけで。
 木下はグランが掘った中から銀色の塊を摘んで出している。
「もう少し時間があるな」
 グランは、まだまだやる気である。