●リプレイ本文
シフールのシャクリローゼ・ライラ(ea2762)の隣で、ジャイアントの壬護蒼樹(ea8341)が壁を掘っている。少し離れてシュネー・エーデルハイト(eb8175)と鳳爛火(eb9201)もそれぞれ道具を手にして壁に向かっていた。
グレートウォール。近くで見ると果てがないように見える、いかにも怪しげな壁の中から出る宝石を目指して、あらゆる種族の人が道具を振るっている。
「賑やかですわね」
「騒々しいの部類だな。場所柄致し方ない」
「おなかすいたー」
「あら、今回はご自分で食べ物をお持ちなんですね」
そんな壁が良く見える場所にテントを張り、敷物を広げているのは、サラフィル・ローズィット(ea3776)とリュヴィア・グラナート(ea9960)、掘り出された石を積み上げてかまどを作らされているのがマート・セレスティア(ea3852)、手伝いがサーラ・カトレア(ea4078)だ。
「シルヴィ、何を寝る用意しているんですか」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)はテントの中に、色々な荷物を運び込んでいるところ。
依頼人のアデラはお茶の葉を広げてなにやら夢中、夫のジョリオは壁の様子を確認に行き、姪のシルヴィは毛布を広げて早々と昼寝しそうである。
今回、月道管理塔からの依頼のはずだが、半ばは壁堀り、半ばはお茶会で今のところは緊迫感など欠片もない。
いや、アデラのお茶がどんなものかを知っている人々はそこはかとない緊張感を持っていたのだが‥‥それは毎度のことだった。よって、素晴らしく場違いな場所に洒落た敷物とちゃんとした茶器を広げ、どう考えても手の込んだ仕込をしなければ食べられないような生鮮食料品を積み上げて平然としている一団が存在する。
月道管理塔の調査に由来する依頼は、これでもちゃんと始まっているのだろう。
スコップを百本ほど買い付けて、シャクリローゼはがっつんがっつん掘っている。シフールの身でどうやってなのかは、もはや不明。
「どれだけ掘っても、ちっとも掘り進んだ気がしませんわ。どうなっているのかしら」
そして彼女の疑問は、皆の疑問だった。壁から宝石が出てくることからして色々とおかしいのだが、宝石は宝石なので自分の荷物の中へ。
同じ依頼で来ている仲間達が、いい道具を使っているのをちょっと羨望の眼差しで眺めてから、またスコップを握り直した。
そして、いい道具を持っている仲間達はといえば。
「やるからには掘らなくてはいけないけれど‥‥壁の破片が欲しいなんて変わっているのね」
「月道のお仕事には、そういう調査もあるんですか。他のお仕事のことも訊いてもいいですか」
シュネーと爛火は、掘った壁の欠片を集めているジョリオの行動を興味深げに眺めている。宝石や鉱物ではなく、壁の素材のほうが調査対象だなんてと爛火は身を乗り出しているが、あまり詳細なことは教えてもらえない。
そして、彼の妻であるアデラのお茶会について言及した時には、相手が何をどう説明していいのか分からないといった顔付きになったので、二人は顔を見合わせてしまった。まあノルマン出身ではないがナイトと志士、お茶の作法の基本は分かっているからいいかなと、二人ともに何も知らずに作業に戻っている。
ところでシャクリローゼ以上に黙々と、ただひたすらに壁を掘っていた蒼樹は。
「腹が減った」
昼にはまだ大分あるというのに、作業の手を止めて呟いた。本当におなかがすいたようで、持参した保存食をとりあえず口にしている。
彼は珍しいお茶が飲めると、とても楽しみにしていた。もちろん、一緒に出てくるだろう料理のこともだ。
壁を掘りたい人がいれば、たいして興味のない人々もいる。
「おいら、行ってくるねー」
「呼ぶまで帰ってこなくていい」
ちょっと掘ってみたいと飛び出したマーちゃんを、リュヴィアがさらりと送り出している。マーちゃんが好き放題するのはいつものことで、リュヴィアがアデラの用意したお茶から『飲んだら危険』な代物を探して捨てるのもいつものことだ。毎回そんなものが入っているのが問題だとは、何故か言わない。
「アデラ様、そちらの野菜を切ってくださいな」
サラもとっくに『変なお茶を作るな』と言い聞かせるのは止めていて、リュヴィアの仕事中はアデラの意識を他所に向けるようにしていた。お茶会は大抵大量にご飯を作っても足らない上、今回はジャイアントの蒼樹もいるから多めに用意しても余りはなかろうと考えて、腕を振るっている。
「こちらは私がやっておきます。後で味付けは教えてくださいね」
サーラも一緒になって料理に勤しんでいる。アデラの両脇に座って、ふらふらとどこかに行かないようにしている意味合いもある。今のところは、サーラの料理を習おう発言が功を奏して、アデラも野菜を刻んでいた。
こんな警戒のもとに供されるお茶だと知ったら、今回初体験の人々はどう思ったことか。
なお、その点については。
「アデラ様のお茶会は、人生には甘いものも苦いものも辛いものも必要だと、そういうことが学べます」
「おばちゃんは変なお茶を作るって言えばいいじゃない」
壁を観察しに出掛けて、蒼樹に尋ねられたアニエスが答えていた。シルヴィはもっと遠慮がないが、あまりの正直さに伝わらないこともあるようだ。素直に不味いと言ったほうが、この場合は親切だろう。
やがて、ご飯でも食べようかということになり。
「自信作ですの。元気が出ますわよ」
アデラの自信作の雑草茶を人々はいただくことになったのだが、身内は一口で捨てた。知っている人々は、『ま、こんなものか』と味を確かめた後に、口直しの別のお茶を淹れ始めている。
マーちゃんと蒼樹は一息に飲み干し、前者はがつがつと並べられた料理を食べ始め、後者は一瞬呆けていたが、やはりがつがつと食べ始めた。二人の間には、何か緊張感が漂っている。
シュネーは『良薬は苦いというし』と、冷や汗を浮かべて自分に言い聞かせている。当人は口にしているつもりはなさそうだが、何か言わないと気が紛れないくらいに苦いというか、不味いというか。
爛火はむせて、しばらく咳き込んだ後に、一応心配するアデラに気を使ったのか無理やり笑顔を作って『変わった味わいで』と口にした後、口直し用のお茶を飲んでいた。今度は熱くてむせている。
シャクリローゼは、どこか遠くを見遣った後に、へたりと敷物の上で倒れてしまった。体力の限界に、お茶の効果で、元気が失せたようである。が、意識はあるようだ。
「覚醒効果がある代物ばかりだからな。目が覚めるという点では優秀かもしれない」
ご意見番リュヴィアの分析によると、そういうことらしい。
午後からは、深夜に備えるのと、お茶の作用とでテントで寝ている人達が複数名。
午後は壁掘り担当は各自のペース、お茶会担当達は多めに作った夕食分まで食い尽くされ、また料理三昧していた。二人ばかり『おなかすいた』と度々戻ってくるのがいるものだから、作った端から料理が消えることも少なくない。
そんなことをしていたから、一部がすやすや寝入っていても相当目立つ。そのせいかどうか、夜になってから珍客がやってきた。
「あらまあ、どちら様でしたかしら。アデラ様のお友達?」
サラが臆することもなく、仮面を付けた女性に応対している。冒険者たるもの、相手が仮面をつけていたくらいで驚いてはいけない。リュヴィアがもてなしの必要そうな相手と判断して、それ用の香草茶を用意している。
この頃になってサーラに起こされたアデラが出て来て、『パラディンさんですの』と教えてくれた。なぜ二人が知り合いかは謎。
「時間が出来たので様子を見に来たが、あの壁は賢者の碑石と少し似ているように感じる」
インドゥーラにも似たような壁があるのかと尋ねるより先に、アデラが『新作のお茶を是非』と言い出したので、そちらを止めるほうにほぼ全員が真剣になった。最終的にリュヴィアの用意したお茶を使うのだが、相手が相手なので右手だけで準備しようとなって、またおたおたしている。
そういう時にも両手でがつがつと、接客用の茶菓子を食べようとする輩は、アニエスとシルヴィに怒られた。
そうして深夜。何故かパラディン同席。
シルヴィが時間を計って、ムーンロードを使用する。なんとなく壁が銀色に光ったが、月道らしいものが現われた気配はない。
「月精霊の力は感じるのよね」
シルヴィはそう呟いたものの、月道とは違うと言いたげな様子だった。
見ている側は、一安心だか、気が抜けただか。
「そういえば」
シャクリローゼが、自分もリーヴィルマジックを使おうと思っていたのだったと、こそっと試みてみたり、なにゆえ『こそっと』かといえば、
「壁が虹色に光ったりしたら、皆様、驚きますわね」
そんな悪戯心からだったが、よく考えると光って見えるのは本人にだけなので、ちょっと気分が乗らなくなってきた。が、発動したので壁を見上げると‥‥
「ゴーレムと同じ‥‥コンストラクトってことですかしら?」
とりあえず、皆に報告はしてみることにした。
この時、いつの間にやら白いマントに緑の房のマント留めをした人が混じっていたが、話だけ聞いたら、お茶も飲まずに帰っていった。逃げたなと思った人、多数。
二日目午前中。
蒼樹とマーちゃんは、月道に報告に出向いたアデラ達とは別にパリの街でお買い物中だった。引率はリュヴィアとサーラとアニエス、やはり買出しのシャクリローゼだ。
「こら。それは帰ってから食べるものだ」
五日分のつもりで大量に買出しした食料が半分以下になったので、元凶二人を引き摺ってのお買い物中。リュヴィア、サーラは食料品買い出しで、アニエスはシルヴィ達を送りついでに月道の中を覗いてみたかったが、月道が開いた後で内部は多忙を極めていたので断念。シャクリローゼはスコップの買い増し注文。
「届けてくれるみたいで良かったですね」
「たくさん買ったからかしら」
「持ち切れませんしね。よかったです」
そこでシャクリローゼにスコップに幾らつぎ込んだのかと尋ねないアニエスとサーラは親切だ。
マーちゃんと蒼樹は、買い食いに忙しい。
その頃の壁の近くでは、チャージングで壁に向かうのに疲れた馬に水を与えたシュネーが、自分も水分補給に努めていた。爛火も一緒に、お茶の時間である。
二人とも、顔付きがなんとなく和やかなのは、サラの気のせいではないだろう。
「お茶はいいですね」
「このお茶はおかわりをいただきたいわ」
とても正直な感想に、サラは達観した者の笑みを浮かべて給仕している。
「あれはあれで、趣きがありますのよ」
この領域まで、二人が達したいと思ったかどうか。
三日目。
掘る人々はひたすらに掘る。
見ている人達は、お茶の被害防止と料理に忙しい。
「月道ってどういう仕事するの?」
「通行希望者の受付して、利用料貰って、荷物を改めて、ちゃんと時間内に通れるように順番決めて、送り出したら、こっちに来た人の身分証確かめたり、色々」
アニエスはシルヴィに月道のことを尋ねて、爛火も一緒に幾つか質問していたが、一度使った人なら分かる範囲のことしか教えてくれなかった。
「お仕事の内容は厳しそうですね。ムーンロードは失敗できないでしょう?」
「いや、バードは何人もいる。十五年後には、あたしが責任者になって、毎月月道開くのが目標よ!」
「‥‥お婿さんは?」
あまりの勢いにアニエスが何故かそんなことを訊いたが、シルヴィは『背が伸びているうちはお嫁には行かない!』と返していた。
爛火は姉妹のように仲良しだと、二人の様子に感動している。
その頃、この日も変わらずチャージングをしていたシュネーは、自分のヒューゲルより逞しい馬に乗った女性騎士に話し掛けられていた。一見男性かと見紛う凛々しさだが、声が女性。
「首尾はどう?」
たまたまその時に掘れた物を見せてやったら、しばらく質問攻めに。
挙げ句、皆がお茶の用意をしているのを見付けて、自分も混ざろうとするので、一見した素っ気無い印象とは裏腹に人の良いシュネーは思わず止めた。
「あのお茶は、色々とまずいのよ。人様に飲ませていいものかどうか迷うわ」
でも同席あそばしやがったので、シュネー、捨て身の『アデラのお茶は全部自分が飲む』応対に出てしまった。皆気付かなかったが、公女に変なお茶を飲ませなかった功労者である。
なにしろ、客が去ると同時にぱたりと倒れたシュネーを爛火が助け起こしている。さすがに今回は意識まで飛んでいた。
四日目。
壁堀りの合間に蒼樹が『いつも通りに』、昼食後でお茶の時間の前のたくさんの軽食を食べていたら、差し入れがあった。今度はマントの房が橙の女性。
食べさせていたサラは誰が来ても驚かない。リュヴィアは落ち着いてお茶を淹れていた。
「月道の子が来てると聞いたが」
シルヴィはアニエスが壁掘りをするのに同行中。アデラとジョリオは先程リュヴィアが魔法で崩した壁の破片を拾い集めている。
よって、アデラのお茶の洗礼を受けずに美味しいものを食べている蒼樹が、あれこれと訊かれた事に答えてやり、心置きなく差し入れを食べていた。
「あの方、お茶菓子を全部召し上がっていかれましたね」
サーラが今朝山盛り作ったはずの焼き菓子の籠が空になっているのを見て、呟いた。
その午後には、灰色の房飾りの方までやってきて。
「この壁には余程のことがありますの?」
「それとも、皆様そんなにお暇なのか?」
「いやぁ、アデラ殿のご高名は広く城にも届いていますから」
探りを入れるなんてことはせず、疑問ははっきりと尋ねたサラとリュヴィアの問い掛けに、しゃあしゃあと応えた挙げ句、アデラの『元気が出るお茶』の葉を貰って帰っていった。その前にジョリオからなにやら聞いていたようだが、殿方達の話を盗み聞きするほど、お茶会の師匠とご意見番は物見高くない。
だが、この時のアデラは買い出しに出掛けていたのに、二人とも茶葉を渡してしまうあたりはどうなのか。
翌日、あれほど毎日姿があった城の関係者が一人も現われなかったのが、何かを物語っているのかもしれない。
なにしろ、シュネーと爛火とシャクリローゼ、それに蒼樹は掘って掘って掘りまくった。アニエスもちょっと掘った。マーちゃんはシャクリローゼのスコップを借りて、壁を殴って喜んでいたようだ。サラとサーラは掘ることに興味がない。リュヴィアはアデラに頼まれて数回魔法を使っていたが、ほぼ傍観。
色々出た人、出なかった人といるのだが、掘った分はそれなりに見返りがあったようだ。
ただ、一部予定通りには掘れなかった人がいて。
「仕方ありませんわね。アデラ様のお茶を飲んで、肉体労働は無理があります」
「それでも良く頑張ったほうなのではないかな」
師匠とご意見番から、そんな講評をいただいた。
壁は、相変わらずそこにある。