彫金師・春香の災難

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月13日〜07月21日

リプレイ公開日:2008年07月24日

●オープニング

 天界人は、アトランティスの危機に現われ、世界を救う。
 昨今現われる天界人の世界は二つあり、それぞれに特色があるのだが、一般にまでそうした情報は広まっていない。天界人といえば、世界を救う英雄たる人々なのである。
 けれども、天界人が全て、あらゆる危難を退ける力を持っているかといえば、そんなことはない。冒険者達が単独で依頼に当たることを冒険者ギルドが規制しているのは、そのあたりにも理由があろう。
 そして、中には冒険者として糧を得ることさえしていない天界人も、まれにだが存在する。

 天界人で彫金師の林春香。天界・地球からやってきた、紛れもない天界人だ。
 他の天界人と少し違うのは、最初に彼女を保護した商人が自分が住む地域の領主と懇意にしていたこと。そして、天界人の『価値』をよくよく承知していた人物であったことだろう。
 天界人が現われるのなら、なんらかの危難が襲い来るはず。王都に渡してしまうよりは、来落したこの地域にいてもらい、まさかの時に対応してもらえるようにしておけば安心だ。そう考えて、領主や地域住民達を頷かせたのである。
 よって、林春香は冒険者ギルド所属の冒険者という身分証明は持たない代わりに、身を寄せた領地の領主から身元保障を受けていた。更にその経験から地域の彫金師のギルドに所属し、生活全般の保護は保護してくれた商人によって為されている。
 名門でもなく、広い領地を持つわけでもない領主だが、春香が自領が保護する天界人であると紋章が焼き印付きの木製身分証明板を作って与え、隣接する各領地に周知したのであるから、破格の扱いだ。

 ちなみにこの扱いには、技量は領内の彫金師の中堅くらい、火の扱いなどは見習いに劣った春香だが、『天界人の作る装飾品』は立派な産物として成立するとの思惑も存在した。事実、彼女が所属する工房には裕福な人々からの注文が途切れず、そこから領主に上納される金品も著しく増えたのだ。
 領地は、狭いだけにそれなりに潤い、春香が武力としてはまったく役に立たず、目新しい知識を多数抱えているわけではなくても、その保護の姿勢を変えてはいなかった。春香もその扱いには感謝しており、領主や商人の要請で仕事をこなすことには不満はない。

 けれど、天界人は世界を救う英雄であると信じ込む者達は、確かに存在する。
「天界人の護衛ですか? ご本人は何か魔法か、他の技量はありますか? あればそれも考慮して、護衛の計画を練る必要がありますが」
「何もない。悪人はおろか、モンスター退治もしたことはないし、魔法もまったく修練していない。天界人ではあるが、普通の職人の護衛だと思って欲しい」
 冒険者ギルドにやってきたのは、春香の生活を支援している商人だった。最近ウィルにも上客を増やしていて、時折春香を伴って、そうした人々への商品納品や挨拶回りをこなしている。今のところ、ウィルの彫金師のギルドとも関係は良好だ。
 ところが、今回も久し振りにウィルへ向かっていた旅程で、明らかに春香を狙った襲撃に見舞われた。護衛も連れていたからなんとか撃退したものの、怪我人が出て、帰路は同じ護衛達を連れて行くわけにはいかない有様だ。
「天界人を狙う‥‥ウィルの周辺ではまだ聞かない話ですが、目的は推察できますか?」
「ウィルの天界人は冒険者として身を立てている方が多いから、狙いにくいのでは? 私達の領地は春香がやってきてから、不思議とモンスターの出現もなく、財政も上向きで、今まで滞っていた水路の整備や色々なことが進められる様になっているので」
 偶然の重なりとはいえ、それらが春香のおかげに見える。天界人がいれば、自分達も豊かになれるのだと短絡して、どこかの貴族が襲撃を企んだと思しき動きがある。
 更にもう一つ、春香は以前に領主からの依頼で、別の領地の彫金工房に出向いて、しばらく天界の技術や知識を教えていた。この往路の護衛の一人が彼女と専属の小間使い二人に手を出そうとして、他の仲間に官憲に突き出されている。この男が脱走したと連絡が来て、襲撃の際には小間使いの一人が男が一団に混じっていたのを目撃していた。
 どこでどう繋がったものか、元護衛の男が貴族をそそのかして襲撃を企て、自分は春香に報復するつもりなのか、それとも貴族が企んだ襲撃に元護衛が加わったのか‥‥詳細ははっきりしないが、襲撃犯側にも複雑な思惑があるようだ。
 これを除けて、後顧の憂いを失くすのが依頼内容である。少なくとも襲撃犯の助命は考慮していない。襲撃があれば、これを全て平らげるのが仕事である。
 もし本当に背後で糸を引いていたのが貴族であれば、春香を保護する領主が国に対して動く手筈は整っている。けれども実動隊をなくして、他人の領地にまで手を出してくるほど愚かとは考えにくいので、確たる証拠が掴めなくてもよい。
「天界人を手に入れたら、何もかもが上手くいくとも思えませんが‥‥元護衛は、天界人の方に懸想していたってことはありませんか」
「ないでしょう。小間使い二人が双子で、顔が好みだからと両方に手を出そうとしたような輩ですから。天界人の女性を手に入れたら、自分が英雄になれると思っていたようですよ」
 天界人の春香はもちろん貴重な存在で、預かる商人は領主に対してのみならず、住人全てに対して、彼女をきちんと保護する義務がある。
 けれども小間使い達も三代続けて真面目に仕える大事な奉公人だ。その生活全般から身の安全にも、主として責任があった。
 両方を叶えるのに、まずは襲撃を企てた連中を残らず捕らえるか、殺すかする必要があるのだ。
「あぁ、春香はもちろん、小間使い達も血生臭いことなど経験がありません。馬車で移動しますが、その馬車から出さないで済む方法で護衛してください」
 同行する商人や秘書などは馬にも乗れるが、あくまで素人の移動手段。戦闘となったら、何が出来るわけではない。普段は馬で移動するが、それが邪魔であれば指示に従うと言い置いていった。

 裏は複雑そうだが、内容は移動する商人一行の護衛。
 ただ相手を一人残らず平らげろという点が難しそうだが、これは作戦次第だろうか。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9419 木下 陽一(30歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 護衛依頼は珍しくないが、天界人だと言うだけで付け狙われるのはあまりない。
「人相書きですか。装備はお分かりになりますか?」
「それはさっぱり」
 そんな天界人林春香と後見人達商人一行が乗る馬車の横では、出発前の顔合わせと打ち合わせが同時進行していた。長渡泰斗(ea1984)以外は春香達と面識があって、依頼人側との顔合わせは簡単に終わったが、集まった冒険者は五人。エリーシャ・メロウ(eb4333)の要請もあり、更に同数の護衛を雇用したので、そちらとの打ち合わせが主体だ。この護衛は、往路で襲撃された際に同行していたうちの、怪我がない人々である。指揮はエリーシャが務めることになった。
 この護衛の五人は当然襲撃犯達の顔を見ているが、主格の人相は春香達が一番詳しかろうとディアッカ・ディアボロス(ea5597)が確認に向かったら、春香が人相書きをこしらえていた。リシーブメモリーを使うつもりでいたが、小間使い二人も出来が良いと口を添えたので、その分の魔力は温存しておく。
 だが、人相が判明しているのはこの一人なので、
「途中の道中に偵察なんかで仲間が張ってるかもしれないよな。他の連中の顔は分かる?」
 木下陽一(eb9419)が心配する通りに、他に十四人の仲間がいるはずだ。そちらへの警戒も忘れられない。
「馬の特徴のう。それならわしも分かりそうじゃ。気に掛けておこう」
 道中、宿場町などでは襲撃犯の情報収集をと考えていたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は、護衛達が覚えていた馬の特徴を聞いて、ふむふむと頷いている。木下が聞いても、一見では判別出来そうにないが、動物にも詳しいユラヴィカにはすぐ飲み込めたらしい。その辺りはディアッカも同様で、騎士のエリーシャと浪人の長渡は当然のごとく。
 襲撃犯の装備については、護衛や商人達と長渡、エリーシャが話し込んでいる。弓手の射程が百メートル程度と耳にして、魔法を使う三人は自分達の魔法の効果範囲を考えて、対応可能と思う。
 後は偵察で先に相手を捕捉し、先制をかけられればよい。今日の進路を確かめたエリーシャが注意点を洗い出して、偵察手順を皆で再確認してから出発だ。

 護衛がしやすいようにと、春香達商人一行は馬車に乗っていた。商人達が普段乗っている馬が馬車を引くので、六頭引き。馬車の規模とつりあわないが、二頭は替え馬扱いだから、いざという時に馬車の足が鈍る心配は少ない。
 シフールのディアッカとユラヴィカは自分で飛んでいるが、後は全員が騎乗である。
「犬は時々馬車に乗せてもらったほうがよくないか。この時期に走り通しは辛かろう」
「馬車の中もこの子らには暑いかもしれませんが、確かに休ませないとこの陽気では疲れ果ててしまいますね」
 護衛の五人の中には普段指揮を取っている者がいて、エリーシャの父親くらいの年代だ。エリーシャも最初は自分の指揮を拒否されないかと危惧したが、騎士ならばとあっさり指揮下に入ってくれた。力量は力技なら先方が、身のこなしならエリーシャが上、おおむね拮抗していて、こちらも心配はない。
 さすがに残り四人はそこまでの手練れ揃いとはいかなかったが、連携しての行動に慣れている点が有り難い。それでも直接刃を交える戦力が襲撃犯の半数なので、長渡は片端から斬って捨てる覚悟で向かうしかなかろうと口にしたのにも、頷く覚悟と落ち着きもある。
 なにより進む方向の地理に詳しいので、偵察担当のユラヴィカもディアッカも大助かりだ。先の地形も分からず偵察に出るのと、分かっているのとでは労力が違う。木下も遠物見の目を活かして、行く先から近付いてくる集団があれば確認を行なっていた。
「春香殿は根付のほうが好みか。猫がお好きなようだな」
「猫はこのほっぺたの丸みが難しいのよ」
 長渡は犬を馬車に抱え上げる際に、中で退屈している様子の春香に短刀の鍔の細工など観察するかと問うた。彫金師ならそうした細工にも興味があるだろうと、緊張を解す意味合いもあっての問い掛けだが、彼女は根付けが気になっている。
 偵察の合間にユラヴィカが猫談義をしに行ったり、ユラヴィカが馬車の御者席で休憩がてらにフェアリー・ベルを一曲鳴らしてみたり、見た目の割にのんびりとした様子で進んだ一日目は、危険なことは一つもなく予定の宿に到着した。
 馬を預けるついでに厩を覗き、周辺の通りも一巡りして襲撃犯の痕跡がないか探したけれど、この日は特別異常もなく終えられた。

 翌日は周辺が十分明るくなってから出発し、前夜に相談した偵察や進行予定に沿いつつ、道の様子で多少の変更も加えて進んでいた。前日より賑やかなのは、木下が持参した水晶を春香にペンダントに加工できないかと持ちかけたからだ。
「こういう水晶に竜が巻き付いているのって、あったわよね」
「そういうのが出来たら最高だけど、予約って受け付けてくれる?」
 出身の同じ天界人二人で話を連ね、春香は興味を示す商人に図案を描いて示してもいる。木下の希望のペンダントへの細工は、移動中はさすがに作業が出来ないのと、春香もすでに請けた仕事が優先なので今回は実現しなかったが、新しい商品開発の切っ掛けにはなったようだ。
「わしも欲しいのう。何とかならんかのう」
「試作品がうまく出来たら、この水晶と交換してもらう約束〜」
 話を聞いていたユラヴィカが、空中で地団駄を踏む仕草を見せるという器用な真似をしてのけ、春香達の笑いを誘っていた。
 休憩の折にはエリーシャと長渡も竜の細工がついたペンダントはどうかと尋ねられ、それぞれの好みで返答している。どちらもペンダントよりは根付やマント留め、剣帯飾りのほうが使いやすい。
「ウィルの街の最近の流行は‥‥」
 ディアッカは、偵察の合間に流行の装飾品についてを講釈している。
 二日目も変事なく過ぎたが、翌日の道中が行きに襲撃された場所を通ることになる。

 三日目昼。少し前から、辺りには雲が立ち込めていた。
「雲のない地域に抜ける前に仕掛けられるといいんだけど」
 愛馬のオグリハットから降りて、御者席の端に収まっている木下が空模様を見ながら口にする。馬は馬車の替え馬と一緒に引かれている。シフール二人の姿はない。
 朝に宿を出てから、誰かがついて来る気配があって、警戒していたらその気配を放っていた男が馬車を追い越していった。単に道を急ぐだけに見えたが、護衛のうち二人が道を譲ったときに交わした声に覚えがあると断言したので、常より更に警戒しているところ。人の姿が消えると目立つので、ディアッカとユラヴィカに先行してもらっている。
 空模様は木下の魔法のために、ユラヴィカが魔法を使った結果だった。木下本人はなれない馬上から、魔法が使いやすい御者台に移動しているのだ。
 長渡とエリーシャは今までまったく変わりない様子で、馬車の前後についている。護衛の五人も、事前の相談に沿って位置を保っていた。
 しばらくしてユラヴィカだけ戻ってきて、この先にかなり堂々と人相書きにあった男の一党が待ち構えていると報告した。ちょうど道が丘裾を巡るようになっていて、先が見通せない。その向こう側にいるそうだが、人数が十二人。弓を持っているものがいないから、誰か一人がついてどこかに潜んでいるのだろう。
「行きはその先の林の中だったが、倍の数を頼みにしているのかねぇ」
 商人も不思議に思っているようだが、姿を見せての待ち伏せはあまりに下策である。姿を隠している者も、ユラヴィカのフェアリーの魔法で探しているから、見付かるまでは歩を緩めて進めばよい。
「その程度の心構えゆえにこのような事を仕出かすのでしょう」
 エリーシャが騎乗の護衛が八名で、木下には悪いが彼が馬に慣れていないのは見れば分かり、女もいると見縊られたのだろうと言う。装備を見れば駆け出しかどうかは分かるだろうに、護衛の五人は前回打ち負かした相手と考えているらしい。この読みについては、長渡も護衛達も同意見だ。
 長渡は相手が分散してくれたなら、弓手から先に潰したいと考えていたが、まだその位置が掴めない。分かっても、そちらは魔法で潰すと使い手達が請け負ったので、五人ほどいる手練れに集中できるはずだ。
「この辺りは、問題の領主の所ではないな?」
「ここは領主が取り潰しにあって、近くにあった村も別に移ったから、領有する方がいない状態だよ。あと一時間も進むと、我々の住まいと先方の境界があるけれど」
 土地の官憲に駆けつけられる恐れなく、自分達のアジトに逃げ込みやすい故にここでの襲撃かと納得したが、逃がしたら追えないと判明もした。馬を潰すのも止むなしと、長渡は自分の愛馬浜風の首筋を叩いてから、馬車に声を掛けた。
「じゃ、暑かろうが窓は閉めてくれるか。静かだけど、大丈夫か?」
「一服盛ったからね」
 御者台では木下とユラヴィカが背後を振り返りつつ、道理で静かだと少し驚いていたが、悲鳴が上がったりすると集中し難い場合もある。手早く済ませるに越したことはないと、ユラヴィカは先頭の馬車馬の背中に移った。もしもの時も、この馬を抑えれば馬車が暴走なんてことにはならないはずだ。
 そこに、
『それらしい馬を見付けました。確認をお願いします』
 ディアッカからのテレパシーでの連絡が入り、フェアリーの魔法でその方法の人の有無が調べられた。人は三人、方向が分かれば木下の望遠鏡も漫然と見渡すより効果を発揮する。

 魔法には効果範囲があるが、その内にいて見えているなら、発動すれば外すことは普通ない。
「昼間に来たのが運の尽きじゃ」
 ユラヴィカがあまりに合わぬ嘲笑めいた笑みを浮かべて、サンレーザーを放つ。発動を確実にするために、彼にしては少し効果を絞ったそれは、不意打ちとしては文句なしの一撃だ。
「確かにいい時間でした」
 曇天でも陽精霊が最も輝きを振りまく時間、シャドウバインディングを使うディアッカにも天候は味方していた。影さえあれば、居場所がはっきりした相手の影を縫いとめるのは、木下の望遠鏡を借りればさしたる苦労ではない。
 そして、この天気でないとどうにもならない魔法を使う木下は、一度発動をしくじったが、雷を目的の場所に落とすのに成功した。こちらは自力で飛ぶわけに行かず、護衛の一人の馬に相乗りさせてもらって、丘の上まで上がってのことだ。後は駆け戻って、馬車に乗り移る。
「振り落とされないようにっ」
 手早く指示を言い置き、最後に木下に声を掛けたエリーシャは馬車に先んじて待ち伏せしていた敵へと向かった。今の雷は襲撃犯の中心、問題の男を襲ったから、当人は落馬しなかったのが不思議な様子である。そこに、それまで普通に進んでいた騎馬が襲い掛かってきたのだから、浮き足立つ者がいる。
 長渡はそういう連中は無視して、奇襲にすぐ反応した男を狙って、太刀を振り下ろす。いかな訓練された馬でも間近に落ちた雷に平静ではいないはずと、重心を揺らがせるような一撃だ。数合打ち合って落馬したら、愛馬の蹄にかけて、しばらく動けないようにしておく。
 もっともこんなことが出来るのは最初の一人だけで、その間に馬も自分も体勢を立て直した複数の相手がこちらを取り囲もうと展開するのだが、なまじ開けた場所で素直に囲まれてやるほど鈍くはない。
「悪いが手加減する余裕はないぞ」
「それが悪いと思っている面かよ!」
 でも、こんな悪態に『確かにそうだ』と苦笑する余裕まで持ち合わせていると、相手は逆上する。
 手練れの数からして、相手は問題の領地の騎士か訓練を受けた兵士だろうと長渡に指摘されていたが、エリーシャが見たところ、相手はそうした規律とは縁遠いようだった。
 なんにしても、
「自らの行いを省みず、このような事をして羞じない様な心根だから、目も曇るのですよ」
 女性鎧騎士の中でも体格がいいとは言えないエリーシャだから、それだけで腕前もたいしたことはないとでも思ったのだろう。初手は全力でぶつかって来なかった相手を、彼女はチャージングで馬上から突き落とした。更に疾駆して、すれ違った敵の横面をミドルシールドで力いっぱい叩く。
 足元では、エリーシャの愛犬エドが馬の蹄の合間を掻い潜って、敵対する者の馬の脚に喰らいついている。
 護衛の面々は一人が馬車に付いているが、後はそれぞれの実力に応じて一対一、ないし複数対一で次々と敵を地に落としている。落ちた敵の命があるかは、その時々だ。
 そういう余裕がある戦いぶりは、長渡やエリーシャの容赦ない攻撃で早くに二人仕留めた事と、後方からの魔法の援護がある。馬車そのものは少し離れた場所にいるのだが、『少し離れた』くらいでは困らない魔法の使い手が三人、そこで形勢を見ながら魔法を放つ。
 どこに落ちるか分からないが、絶対に味方は巻き込まない雷。
 乱戦になっていても、必ず狙った相手に当たる矢の様な光。
 雲の切れ間から光が零れると、身動きままならぬよう縫いとめられる影。
 その一つ、一回の呪文詠唱ではもちろん敵の命を奪うことは出来ないが、受けた者はしばし戦力として役に立たない。
「なるほど、魔法使いの相手は初めてか。あれは分かっていても辛いぞ」
「次はないでしょうが、それも己のせいとしっかり憶えなさい」
 相手がこちらを殺すつもりだったのだから、誰一人として容赦はしなかった。故に死体が当然のごとく地に伏したが、その数は長渡が思っていたより少なかった。魔法の援護が、かなり有効に働いている。
 護衛達もここまで本格的に魔法で援護されたのは初めてで、二人ほど一瞬戸惑ったりしていたが、それが命に関わるほどの怪我にはならなかった。長渡とエリーシャは、装備がよいおかげもあってかすり傷だ。魔法の使い手と馬車の人々は、いずれも無傷である。
 狙われていた三人は、狙っていた男が長渡に思い切りよく切り伏せられ、エリーシャに突かれて落馬して、かろうじて息はあるが裏を白状させられる状態にはなくなっていることも知らず、この日の宿泊先に到着するまで寝入っていた。
 捕らえた連中を応急処置だけして、積荷のように馬に積んだり、馬車の隅に転がしたりして運んだのを見ても一騒動起きそうだから、皆目が覚めないでくれよと思ってはいたのだが。
 おかげで『寝ている間に全てが終わっていた。本当か心配』と春香に愚痴は言われたものの、目的地に彼女達を無事に送り届けるという目的は十二分に果たせたのである。背後関係を白状させるところまで手伝おうとした者もいたが、貴族間の利害も絡むことに仕事以外で関わるのは避けたほうがよいと忠告され、時間のことも合って帰路を辿ることになった。
 春香はいずれ手が空いたら、皆に宝石と竜の模様の組み合わせた飾りを作ってくれると約束したが。
「いつになるかが心配だな」
「まったくじゃ」
「重いと貰っても‥‥」
「竜の模様とはありがたいものですよ」
「首飾りはちょっとなぁ」
 感想は、人それぞれだ。