●リプレイ本文
吟遊詩人ギルド主催で三日間、キエフの街のあちこちで賑やかにあれやこれや。
「せっかくなので、国を代表するような方々にも来ていただけたらと思うのですが‥‥賑々しくお出ましは難しいでしょうから、お忍びででも」
「お忍びでは、見物人は存在に気付かないから盛り上がりようがなくてよ」
「今のキエフには、身分の上下に関係ない一体感が必要だと考えるのですけれど」
シャリオラ・ハイアット(eb5076)が冒険者ギルドマスターのウルスラ・マクシモアと丁々発止のやり取りを繰り広げている頃。
彼女の目立って仕方がない分、賑やかしに最適の兄と、吟遊詩人ギルドへの協力者である六人の内の男性レオ・シュタイネル(ec5382)とジルベール・ダリエ(ec5609)、それからやっぱり賑やかしのリュシエンナ・シュスト(ec5115)の兄とが連れ立って、発案者の紹介である屋敷に出向いていた。
本当は月道でパリまで出掛けて、あちらではもう咲いているアーモンドの花びらを集めて、客寄せで練り歩く時に撒き散らそうかと思っていたのだが、行って帰ってくる時間が一日以上掛かると興行は半分終わってしまう。そういう目的なら、この屋敷に行けば香り袋に詰めるための乾燥ハーブや花びらを色々取り揃えているはずだと紹介を受けたのだ。
そこなら集合場所から十五分程度で着けるので、皆が他の準備をしている間に十分行って戻ってこられる。リュシエンナはその間に、皆が連れてきた動物達に綺麗なリボンで作った飾りをつけてやることになった。
演奏と歌を担当のリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)は他の吟遊詩人達と曲が重ならないように相談を、踊り子のシャリン・シャラン(eb3232)は同業者につれてきた精霊達を引き合わせている。
「ところで、花を分けてもらいに行くの、男の人ばっかりでよかったのかしら」
もちろん人手は十分に足りるだろうが、先方は姉妹でやっている仕事場だというから女性もいたほうが良かったのでは‥‥とリュシエンヌが漏らしたら。
「あぁ、知らないのね」
と返された。何か楽しそうな騒動の種を嗅ぎ付けたシャリンが何事かと追求したが、その場では分からず、事態が判明したのはレオとジルベールが逃げ戻ってきてからだ。
「うちの兄さんは? 看板の絵を描いてもらう約束なんだけど」
リュシエンナが尋ねたところに、彼女の兄もモンスターにでも追いかけられたかのような面持ちで戻ってきた。一人帰ってこない人は、威風堂々と先方で会話を楽しんでいるらしい。
「俺、綺麗な女の人とか、綺麗なものは結構好きだ。うん、好きだけどさ」
「女性から是非と言われたら、そらぁお茶くらい淹れたろと思うもんやけどな」
「ねーねー、どうして二人とも、背中に白粉が付いてるの?」
レオとジルベールがぜえはあ言っている様子を見たシャリンが、白粉やら紅がべったりの服を見て首を傾げている。
興行で使うにふさわしい色とりどりの花びらと乾燥ハーブを分けてもらうのに、彼らはそこのかなりご高齢の姉妹から『種族は違っても美男を鑑賞すると元気が出るのよ』と長椅子の上などでにじり寄られていたらしい。そういうご趣味で、一部で有名なご姉妹のようだ。
そういうことにびっくりして、とっとと逃げてきた三人とは別に、ちっとも帰ってこない兄がどういう態度でいるのか簡単に予想が出来て、シャリオラはどこか遠いところを眺めやっていた。
でも戦利品は大量にあって、三日間の興行で存分に使うことが出来るだろう。
そこからせっせと準備をする。
リュシエンナは裁縫の腕を活かして、皆の衣装を直したり、ペットに着ける飾りを縫ったりしている。兄は看板を描かされていた。
ジルベールとレオは、的当ての的を幾種類か作り分けていた。他に用意できた飾りを、ペット達に着けている。時折、ペットに作った的を踏んづけられたり、持ちされたりしているが、まず本日分はなんとか確保したようだ。
そうして、皆やペットに被せる花冠を用意することになって、乾燥ハーブを編んでいるのがリュシエンヌとシャリオラだが、
「力入れすぎだと思うわよ」
花びらから見栄えが悪いモノを外しているシャリンが、シャリオラに言っている。みっちみちに編まれた花冠は、相当重そうだ。
リュシエンヌが編んだのと見比べて、シャリオラは。
「いいんですのよ、馬用ですから」
負け惜しみを言っていた。
そんなシャリオラにはリュシエンヌの作った花冠を被せて、そろそろ宣伝に練り歩くお時間である。
宣伝担当は、時に歌い手、変わって奏者、時に軽業、合間に踊り手。前と後には案内を言う者がいて、案内看板を下げた馬に精霊、二本足のわんことらいおん、普通の犬と猫、それから不思議な鳥みたいなのが練り歩く。
馬はまっすぐ、わんことらいおんは右に行ったり左に行ったり、犬や猫、鳥みたいなのはとことこと。
最初はすれ違うのは大人ばかりだったが、賑やかな音楽に誘われて行く道々の窓から小さな子供が顔を出し、家の仕事の途中らしい年かさの子供達、どこかの奉公人だろう少年少女が様子を覗きに現れた。
何があるのと問われて、ジルベールが護衛つきで興行があるよと言ったら、吟遊詩人ギルドの者から拳骨を食らった。
「そういう時は、腕の立つ冒険者が技を見せてくれる演し物もあるから見においで、くらいにしなきゃ」
こんな場合の警備ってのは目立ったらいけないと、弦を弾いて何十年の固い指でこめかみをぐりぐりと。彼もそれなりに場数を踏んできた冒険者だが、こういう攻撃は初めてだ。これがまた痛いのなんの。
言われたことは至極ごもっともなので、宣伝口上が上手な軽業師を見習って、またこれ宣伝に努める。ジルベールの苦難を見たレオは、ぐりぐり攻撃を食らわないように、小さい子供相手に分かりやすい言葉で話しかけていた。
ちなみに彼のペットのコンラートこと、なんだか不思議なずんぐりむっくり鳥は物珍しさに注目の的だが、
「触りたいのかい? いいよ〜って、優しくしてあげてな。優しく、こんな風にすると喜ぶから」
小さい子供の中には力加減が出来なくて、コンラートの眉の羽毛を毟り取らんばかりの勢いがあったりする。もちろん他のペット達も、体の大きな馬はいいが、犬猫、そして当人のらいおんも時々危険。
強い冒険者のはずだが、子供相手に凄むわけにもいかず、同じまるごと着用のリュシエンナわんこより小柄なパラのレオは時に攻撃も食らったりして、危機に陥っている。
ちなみにコンラートはこの間に、これ幸いとばかりに安全圏に逃げ出した。
レオを誰かが助けに行ったかというと、そんなことはない。一番近いところにいるのはシャリン達だが、下手に降りていけば巻き込まれるのは自明の理なので上の方から注意しているのか、けしかけているのか。
「歌に音楽、踊りに軽業、いろんな見世物の他に珍しい生き物もいっぱいよ。強い人もいるから、見に来てね」
宣伝口上はかなり物慣れていて、話しかけられたシフールの男性陣は操られたように頷いた。他にも子供はじめ、物珍しい精霊連れのシフールはあちこちから注目されているが、案外と素早い。あちらこちらと移動しているうちに、ふと気付いたら後ろにふらふらと付いてくる小さい子供がいて。
「あらあら、一人で起きられるかな〜?」
上を見ているものだから、すってんころりと道に転がった。手を差し伸べたのはまるごとわんこのリュシエンナだ。傍らに本物わんこもいるが、行儀よく座って転んだ子供を見ている。子供は最初は泣きそうな顔をしていたものの、まるごとわんこの手に掴まって元気に起き上がった。そのまま抱きついて、どこまでも引っ付いてきそうだったが、本当に連れて行ったら人攫いだ。追いかけてきた母親に無事だっこ交代。
抱っこして、母親に預ける時にずるっと手が滑りそうになったのは秘密だ。リュシエンナの笑顔が引き攣ったのに気付いたのは、兄くらいだろう。
ところで兄といえば、シャリオラの兄は相変わらず戻ってこない。賑やかしには最適の目立ちまくりの御仁だが、妹が慣れない宣伝で苦労しているのに、
「ご婦人に笑顔を振りまいて、おだてられていい気になっているに違いありませんねっ」
その通りだが、シャリオラの発言も聞いていると兄離れしていない。吟遊詩人の一人が、それを指摘したらもの凄まじい目つきで睨まれたので、今は誰も言わないけれど‥‥
心の中では、ああ勿体無い、あんな見目良いの兄妹なのにと思っている者多数。いやなまじ見た目がいいから、そう言うことになるのかもしれないが。
だが、練り歩きの中で一人で暗い顔をしていたら、道端から不意に聞きなれた声がした。
「あら、依頼の最中にそんな顔をするものではなくてよ」
ロシアに長い冒険者が一斉にそちらを見たが、いたのはギルドマスターではなくて、ハーフエルフの女性だった。よく似た顔立ちの女性がもう一人、隣で吹き出している。
「母の紹介で見に来たのよ。兄が春のお城の園遊会などで、出し物をしてくれる人を探しているようだし」
「そうなのよ。陛下がね、キエフの人を楽しませることが出来る人を集めて、皆に見てもらって元気を出してもらおうっておっしゃったみたいなの。王妃様だったかしら?」
「大臣の誰かが勧めているって聞いたけど? 兄上も明日は来られるかしらね」
貴族のご令嬢らしいが、それにしては随分とお声が大きい姉妹らしい二人に、シャリオラはにっこりと笑顔を向けた。三日分の興行場所を念入りに説明していると、更に華やかな声がする。
「お城の方々も街のことを考えているなんて嬉しいわ。復活祭の時には、皆々様でご観覧いただけるのかしら」
歌声張りに朗々とした声は、リュシエンヌのもの。道の反対側にいた人まで、『お城から誰か見に来たの?』と伸び上がるくらいだ。幸いにして、このギルドマスターの娘らしい姉妹は、街の人々がなんとなく『貴族のお忍びってこんな感じ』と想像する上等の服に、傍らには侍女と護衛といった男女を連れていて、その印象を裏切らない。
リュシエンヌも大張り切りで、竪琴を鳴らした。心得たとばかりに、演奏者達がそれぞれの楽器を鳴らす。
最初の興行は、無事に目的地に着いたところで、前口上もそこそこに始まった。
『雪が解ける雪が解ける雪が解けていく』
リュシエンヌの歌声に、シャリンがフェアリーのアーシア、アータルのフレアと一緒に宙で舞う。
アーシア、フレアはどれだけ頑張って見えても踊りはぎこちないが、とことん楽しそうだ。シャリンが小さな腕の動きでも大きく舞わせるリボンを追って、あちらこちらと飛び回る。
その下は、子供達がシャリンが時折投げる花弁を受け止めようと、走り回っていた。
『春が近づいているよ もうすぐやってくるよ』
歌と踊りの合間には、まるごとわんことらいおんの弓対決。
わんこは足音がきゅっきゅと可愛らしく、どこに仕掛けがあるのかと大人までもが目を凝らすが良く分からない。らいおんは身軽な子供かと思ったら、恋人募集中の青年だと怒っている。
でも、二人とも的当てはものすごく上手。どちらが的の悪い奴人形のより近くに当たるのか、何度撃っても決まらない。
『見える? ほらそこに蕾』
皆が見ているのに夢中になったら、場所の取り合いで喧嘩をする人がいる。
そんな迷惑なことをする人達は、もちろん注意するのだけれど‥‥言うことを聞かないと。
背筋が凍るような笑顔をしたシャリオラが、それはそれはありがたいお説教をしてくれるのだ。本当は反省しきるまで滔々と言い聞かせるところだが、せっかくの演目が見られないのはシャリオラも残念なので、少し短め。
『足元 気をつけて 小さな芽』
見物人が段々増えて、昼間のことだから全部見られる人は少ないけれど、話を聞いた人が次々と訪れる。人の輪は大きくなったら、ちょっと見やすくなったり、どうも冒険者ギルドの人々も何人かは混じっていたらしい。
『春の香り わかる? 風に混じってる』
弓使いの的当ては、途中に軽業師のナイフ投げと対決し、両者引き分けの末に今度は人垣の中にいたジルベールを巻き込んだ。まるごと二人が自分達だけでは勝負が加熱しすぎるので、腕が確かそうな彼を入れて間を持たせようとしたのだけれど‥‥
勝負は更に過熱。なんだかもう人形では足りず、乾燥ハーブの綺麗な束をあっちとこっちに渡した紐に幾つか括りつけ、『あれを落とせ』と言われている。
言ったのは、ナイフ投げの軽業師。刃物を投げる彼が一番かと思わせて、ここは飛び入りのジルベールが見事な腕を披露した。
『日差しきらめく 氷柱に弾けて』
踊っているシャリンも、そろそろへとへと。
シャリオラはようやくやってきた兄を叱ろうか、それとも母娘で見物している風情のウルスラに挨拶すべきか、出し物を見ながら頭を悩ませている。
わんこのリュシエンナとらいおんのレオ、ジルベールの三人は、シャリン達がつるし上げた丸い玉を狙ってそれぞれに矢を放ち、ものの見事に中の香りよい花びらや葉を見物客の上に散らせることに成功した。
興行の最後は、リュシエンヌがこの日のために作った歌で。
雪が解ける雪が解ける雪が解けていく
春が近づいているよ もうすぐやってくるよ
見える? ほらそこに蕾
足元 気をつけて 小さな芽
春の香り わかる? 風に混じってる
日差しきらめく 氷柱に弾けて
そう必ずきっと 春は訪れるから