闇夜で切り裂くもの
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月20日〜09月30日
リプレイ公開日:2008年09月28日
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●オープニング
依頼人が住んでいるのは、キエフから歩くとだいたい三日の村だった。
山間というほどのこともないが、丘陵地帯というにも高い小山に囲まれていて、谷間に家と畑と放牧場が点在している、土地は広いが人数は少ない村である。そんなところなので、村人の家は数軒ずつ固まって小さな集落をつくり、隣の集落に行くにも結構な距離を上ったり下りたりしながら歩いている。
事件が起きるのは、その村の中のあちこちで、場所は一定しない。大抵は人家から少し離れた場所で、人が一人の時に起きる。
「昔から、精霊様を怒らせたらいけないとは言われてるが、いつもと何にも変わったことなんかしたことはないんだよ」
村は人家が点在していることを除けば、ほとんど普通の村と変わらない。けれども年に二回くらい巡ってくる、月魔法を使う吟遊詩人によると精霊が棲み付いているのだそうだ。普段は人に交わることもないが、不用意に煙を立てたり、小山を削ったりして風の流れを変えられるのは嫌だと思っているらしい。村人は誰も見た事がないが、大掛かりな火を焚く時には風下に向かって大声で精霊に呼びかけるのが慣わしになっている。
ところが、そういう決まりを破った者がいるわけでもないのに、夜間に人が出歩くと何者かに襲われるようになった。怪我は大抵刃物で切りつけられたような傷で、幸いに大怪我ではないが、畑仕事などに支障が出るのは避けられない。もともと滅多に夜に出歩く者などいなかったが、こんなことが続いては急病人でも出た時には困るので、つてを辿っているうちに冒険者ギルドに辿り着いたのだった。
「ご領主様も精霊相手に何か出来るような部下はおらんって、ここに頼みなさいって言ってくれたんだ。その分の費用は、今年の年貢から少し引いてくれるって言うんで、よろしく頼まぁ」
精霊に失礼があったならお祭りでもして機嫌を直してもらいたいが、違う変なものが入り込んでいるのだと怖いから、調べてなんとかして欲しい。
なんとかの内容は、精霊だったらご機嫌取り、変なものだったら退治するなり追い払うなり、ということでいいようだ。
●リプレイ本文
精霊がいるはずの村で、村人が襲われる事件の原因究明をとの求めに応じた冒険者は四人いたはずだが、出発日当日に現われたのは二人のみだった。彼らを連れて村に戻るはずの村人は、パラの女の子とエルフの青年の取り合わせにかなり心配そうだ。しかも青年は言葉が分からない。
しかも。
「精霊様は、意味もなく悪いことしないよ!」
『フン、相手がなんであろうと叩き切るだけだ』
どうも威勢はよいパラのパルル・フルート(ec5305)と、見た目いいところの出身っぽいフル・シャーク(ec5472)の意見は、双方の態度からして噛み合っていないらしい。
だが、パルルが『ちゃんと正体を確かめてから、退治するか決めるんだから』と主張し、フルが言い負かされたのか、勢いに付き合うのが大変と思ったか、異論を口にしなくなったのでともかくも出発することにした。
荷台には色々荷物も載っていたが、二人が乗る場所は空けてあった。フルはそこに荷物と一緒に収まったが、パルルは御者台にお邪魔している。村の様子を尋ねたり、精霊がどんなものか訊くためだ。
それと、休憩の時などに村で使えるように薬草を探したいのだけれどと申し出ていたが、これは村人がキエフで買ったものがあるので慌てなくてもいいらしい。ただ村の薬草師は怪我人の一人で、腕を怪我して薬草を煎じるのが大変そうなので、時間に余裕があれば手伝ってほしいと言われた。もちろんパルルに否はないが、フルも多少薬草の知識はあるそうで‥‥パルルに『手伝うよね』と押し切られている。
押し切られるまでには実は結構時間が掛かったのだが、なにしろ移動する間はやることがないので、パルルも熱が入ったようだ。
そうして、予定通りに村に到着した三日目。
「村の中心がここかぁ」
『‥‥聞いた以上に小さい』
開拓途上の村では人家は集まっていることが多いが、この村は数軒ごとに点在している。だから村の中心は日用品を扱う小さな店と、集会所を兼ねた教会と村長の家と税で治める作物の倉庫、後五軒の家があるだけだった。
だが村人もそろそろキエフから冒険者が来るのではないかと待っていたようで、人はたくさんいた。おかげでパルルが訊きたかった、吟遊詩人の話はすぐに分かる。
「ハーフエルフの男の人で、見た目が四十歳くらいってことは」
「今年はまだ七十九歳だと言ってたよ。いつもなら、十月の末頃にここに来てくれるんだがね」
「じゃあ、今は他所の村を巡っている頃かなぁ」
ハーフエルフの壮年の吟遊詩人は、雪のない間は各地を巡り歩いていて、冬は自宅で過ごしているらしい。自宅の場所だけは村人も聞いたことがあるが、正確な場所は知らない。
精霊の話はその吟遊詩人が初めて村に師匠とやってきた頃、五十年くらい前に聞かされた話だという。以降、精霊が嫌うことは極力避けて暮らしてきたので、今になって突然襲われる訳が分からない。吟遊詩人は何年かに一度は精霊と話をしていたが、精霊が人と交わるのを好まないので、村人が呼んでも出てきたことはなかった。
吟遊詩人いわく『ちょっと見た目が怖い』ので、わざわざ見なくてもいいだろう‥‥とのこと。名前などは、吟遊詩人も良く知らないようだ。村では『精霊様』で済んでいる。
そして、村人の誰に聞いても、その精霊様の機嫌を損ねて襲われる様な真似をした覚えはないし、誰かがそんなことをしたら気付くだろうと口を揃えた。パルルが見聞きした範囲、フルは相手の言葉が分からないなりに端から見ていても、嘘をついているようには見えなかった。
他にも色々と怪我をした人がどこで、どういう服装をしていたのかなどを尋ねて回ったが『一人で夜道を歩いていた』以外の共通点はない。となると、相手の予測も付かないのであれば、後は実際に会ってみるしかない訳で‥‥
「夜はそもそも滅多に出歩かないが‥‥じゃあ、わしらは教会にいるからね」
自分達が外に出ている間は、誰も家から出ないでねと言われた村長以下村の重鎮達は、パルルとフルの見た目から、どうしても危なそうに見えて仕方がないらしい。それでも怪我人が随分出たし、多人数では出て来ないし、相手は冒険者なので、教会に若者を集めて夜明かしすると申し出てくれた。その近くの道から探し始めてくれれば、怪我でもした時にはすぐに助けに行けると言うことだ。
そんなことになってはいけないと意気込むパルルと、結構自信たっぷりな様子のフルとは、夕食の振る舞いを受けてから仕事に取り掛かることになった。
襲われた人は一人で夜道を歩いていた。
よって、二人は一緒に行動出来ないのだが、一人ずつ出歩けば襲われても対応が難しい。実のところ、二人ともあまり冒険者として経験があるわけではないからだ。
それでもフルが『切り捨てる』と宣言するので、彼が先を歩いて、パルルが後ろからこっそりと付いていくことにした。フルの装備が剣で、パルルが弓だから、あまりおかしなことではない。
フルは村で貰った松明を持ち、パルルは火がついていないものといざというときのためのポーションを背負った。村人に使ってもいいと出したのだが、薬草があるので高価な薬は申し訳ないと辞退されたのだ。それで念のため、一つ持ってきた。
そうしてフルが歩き始めて、パルルが苦労しながらその後を付いていって、十分か十五分。村に来たときに通った道だから、周りは畑のはずの道端で、不意に風が渦巻いた。それまでほとんど風は感じなかったから、フルもパルルも周囲を見渡して‥‥
『う、うわぁ!』
悲鳴を上げたのは、フルだった。取り落とした松明が道を転がって、細く足に開いた傷を映している。
「フルさんっ」
相手の正体を確かめるには暗すぎ、どこに潜んでいるかも分からないままだが、パルルは躊躇うことなく飛び出した。見ため以上に傷が深いのか、切られたところが悪いのか、フルは転げまわっている。
「薬、飲んでね」
パルルが駆けつけるまで、実際には少し時間が掛かった。足元が覚束ないので、彼女自身も一度ならず転びかけたからだ。それでも割らずに済んだポーションを渡して、それから自分の松明に火を移す。
それからようやく辺りをしっかりと見渡して、
「精霊様?」
ようやく見付けたのは、狐のような生き物だった。両の前足が鎌のようになっているから、普通の狐ではない。多分、これが『ちょっと見た目が怖い』精霊なのだろう。
「あのね、なんで村の人をいじめるの? 何か気に入らないことをされたから?」
怪我人には近付かせないぞと踏ん張って、パルルが狐のような生き物に問い掛ける。彼女はゲルマン語以外にも幾つかの言葉を話せるので、片言交じりでもとにかく尋ねたのだが、返答はなかった。
でも、パルルが弓を向けないので、精霊らしいものも様子を窺っているようだった。背後では、ようやくポーションの封を解いたフルが、傷を癒している。それでも、まだ傷口を押さえているから、少し傷が残ったのだろう。
そうして、
『人の姿をしていない精霊は、話せるのものか?』
ちょっと、というか相当逃げ腰だが、フルがパルルに問い掛けた。二人の知識では目の前の生き物が精霊かどうかも判然としないのだが、人に似た姿をしているモンスターは話せるというくらいは分かる。反面、獣姿のモンスターは精霊でも話せるかどうか、良く分からない。
「あのね、村の人が悪いことをしたんでなかったら、襲わないで欲しいの。誰かが悪いことしたんなら、ちゃんと謝ってくれるよ」
当然こちらの言っていることが理解出来ているとも限らないのだが、パルルが地道に話しかけている間は、『精霊様』は襲い掛かってくる気配を見せなかった。時折かすかに何か聞こえるのは、鳴いているのかもしれない。あいにくと、それで機嫌が分かるほどの音量ではない。
しばらくして、結局『精霊様』が現われたとき同様に姿を消してしまったので、説得が功を奏したのかは分からずじまいだった。
『痛い痛いっ』
『ここの傷は痛いけど、たいしたことないって。歩くのも明日には大丈夫らしいよ』
結局、パルルに肩を貸してもらって教会まで戻ったフルは、そのまま村の怪我人と一緒に治療に回された。ポーションを飲んでも、ちょっとだけ引き攣れた傷が残ったのだ。まあ三日もすれば、かさぶたくらいしか残らないようで一安心。
パルルは事情を村人に説明して、連日夜に出掛けて行き‥‥
「精霊様、お話し出来ないんだね。困ったなあ」
こちらを窺っている気配はするが、視界を一瞬横切るだけで会話の糸口もつかめず、顔を見たとて会話する方法がないことに悩みつつ、毎夜無事に帰ってきた。最後の晩は、村人が教会前の広場で彼女の帰りを待っていてくれたが、こちらも襲われずに済んでいる。
事件を起こした存在は目撃したものの、誰も襲わないという約束は取り付けられなかったパルルには気掛かりが残ったが、依頼期間が終わるのでは戻らないわけにも行かない。村人は問答無用で襲われないなら、とりあえず自分達も気を付けて過ごすようにするよと、この結果でよしとしてくれた。
『歩けるんだから、いいじゃない』
『それはそうだが』
帰り道、送ってくれるという村人の申し出を辞退して、二人はキエフへと歩いていた。
これは多分に、パルルの主張によるものだが、フルもポーションを貰った手前、彼女に押し切られたらしい。
キエフまで戻って、誰かに尋ねれば、二人は自分達が目撃したのが風の精霊だと知るだろう。