●リプレイ本文
集まっていた子供達が、わっと逃げ散った。
「ほら、よく見るのだ〜!」
「ちょっと、お止しなさいよ」
「‥‥子供に見せても、仕方あるまいに」
道化師だからというより、多分に本人の趣味でまるごとこっこを着用しているジュラ・オ・コネル(eb5763)が、器用に懐から光る球体を取り出して、村の子供達を追い掛け回している。物珍しい道化師の姿に集まっていた子供達は、大半が面白がっているが、中には泣き出した子供もいる。
それでリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)に注意され、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)には見せる相手が違うと指摘されているのだが、ジュラはひとしきり子供達を追い回していた。
けれどもジュラが持っていたのは、精霊のメイフェだ。沼地で目撃された光るものがこれではないかと一同が候補に上げていたが、こんな確認の仕方は検討されていない。
「あれも精霊なのだが、見たものと似ていただろうか? あと、幾つか確認させて欲しい」
それでも集まっていた村人の中に、モンスターを目撃した青年達もいたのでイリーナ・リピンスキー(ea9740)が似ていたかどうか確かめている。すると若者達は『よく似ている』とおおむね口を揃えたのだが、一人は『もっと雷のようなものを放つものだった』と主張した。大きさについては意見がまちまちで、はっきりしない。
「同じだと言う者より、違うという意見を尊重すべきだな」
似ているだろうと言われれば頷きたくなるのが人だと、いつの間にか子供を追い回すのを止めたジュラが指摘した。もっともだが、その前の行動との落差に馬若飛(ec3237)に小突かれている。依頼してきた村人を無闇と怖がらせても仕方ないからだ。
そして若者の説明に、精霊に詳しいリュシエンヌとラザフォード・サークレット(eb0655)がそれぞれの知識を出し合った結果、メイフェかウィル・オ・ザ・ウィスプではないかと意見がまとまった。前者は陽精霊、後者は風精霊だが、見た目は似ている。
問題は、ウィル・オ・ザ・ウィスプがいる沼地では水難事故、山道などでは転落事故が多発することだ。
「あっちもこっちもは、一度に向かってこられると面倒だ。視界が悪い時間は避けるが懸命だね」
ルカ・インテリジェンス(eb5195)の意見に誰も異存はなく、念のためにとイリーナが目撃地点までの道行きなども確かめる。
「デビルはもちろん悪だが、土地の精霊が善と思うのは冒険者流の考え方だ。禁忌の元も、開拓が進んで精霊と分かれば障害と思う人も多かろう」
自称にわとり剣士チキンハートのジュラは、子供達の視線を意識したのか、ハロルド・ブックマン(ec3272)に寄りかかって、そう口にした。他人を他人と思わぬ所業が、道化師の常ということらしい。ひどく無口で、まず文句も言わないハロルドは被害にあっているのだが、
『目撃された精霊が禁忌の元なら、他のものを警戒する必要はないのではないか』
と、木版に書いて示していた。当初の予想では、光球と別に水難事故を招く精霊の名前が挙がっていたが、そちらの可能性は低いとの言い分だ。確かに、問題の風精霊よりは別種が幅をきかせているロシアでは水難事故もそちらの精霊が原因のことが多いが、一種で済むならそれに越したことはない。
「精霊は人も好きじゃないのが多いが、その一つか。あんまり危なそうだったら、無理しねえでくれよ」
やれやれと腕を回して体を解しながら、馬が話し掛けたのはリュシエンヌに対して。彼女が精霊と思しき存在にテレパシーで話し掛けることになっていたからだ。
それでもメイフェである可能性も捨てきれないので、意思疎通は試みることとして、実際に見た森の様子と天気で装備を再検討し、準備を整えると、出発は翌日となった。
村のどこかにテントを張れればと思っていた一行は、倉庫でよければと屋内で寝ることが出来た。この時期は、テントよりはこの方が体も楽だ。
そして、前日に聞いた道を辿って出発したのだが、見送ってくれた数名の村人はジュラの昨日と変わらぬにわとり姿と、おもむろにラビットバンドを出したラザフォードを不思議そうに見遣っていた。
先頭は村を出てから兎耳を着けた、森に詳しいラザフォード。後は基本的に術者を戦闘能力が高い者が挟む形で移動することになっている。その割にウィザードが先頭なのだが、
「自分で避けられる奴にまで、移動中には手は裂かないわよ」
ルカが言ってのけたように、持つ技能で優先順位があるようだ。実力十分な一行ともなればそれでいいのか、ルカが強引なのか。ハロルドは、諦観の念が漂わせていた気配である。
ともかくも、途中から道なき道を行くことになる。先日モンスター達を目撃した若者達が進んだところは下草を少し払ってあり、それを辿れば一番無難なので、半ばからは隊列を変更してジュラが先に立った。ラザフォードと二人掛りで、大分痕跡が失われてきた道を探して進む。
精霊にデビルと気配を辿りにくいものがいるので、ジュラとラザフォードが道を確かめている間、リュシエンヌと馬、ハロルド、イリーナは周辺の木々の動きに注意を払っている。ルカは少しばかり離れて耳を澄ませ、エルンストはそれで誰かが引っかかるものを見付けた際にブレスセンサーを使う。魔法を使わない時は、石の中の蝶に変化がないのか、目を凝らすが昼過ぎまでは異常はなかった。
だが。
「話に聞いた場所はまだ先だと思うが、ここを通っている奴がいる」
「背丈はこいつくらいだ」
小声だが、ラザフォードが示した先には獣道めいた細い道があった。踏み固めた泥の中に、獣の足跡ではないものが混じっている。ジュラが指したのはハロルドで、数名の知識に寄ればゴブリンの背丈は彼とあまり変わらない。変なところで引き合いに出されたが、ハロルドは無表情に頷いている。
「それならゴブリンだけだろうけれど、あまり油断は出来ないわね」
リュシエンヌがゴブリンの特徴を上げたが、なにしろ体の大きさが違ったり、頭が違う動物だったりする種族の多様さがオーガ族の特徴だ。聞いた限りと体の大きさではゴブリンだが、他のものがいないとも限らない。
「近くにはいない。その足跡はいつ頃のものなんだ?」
エルンストがブレスセンサーで探ったが、ゴブリンらしい反応はない。続いた問いかけには、ジュラが半日から一日前と答えた。
「こういう時の基本は先見して奇襲。相手の戦力が不明だから、一気に片をつけたほうがいい。ただし、ゴブリンをやるならデビルが一緒でないと逃げられるな」
馬が偵察を出すことを提案した。ゴブリンは何度もこの辺りを行き来しているようだが、更にデビルも揃った時に仕掛れば取りこぼしがない。
『先に精霊と接触する必要はないか』
ハロルドは木の枝で、わざわざ露わにした地面に書いている。その精霊も性質はよくなさそうだが、明朗な敵意を持たれることは避けたほうがいいだろう。精霊が人に好んで危害を及ぼさないなら、敵に回すことは避けたい状況である。
「とりあえず、敵戦力を探ってみようか」
ルカが言うのに反対する理由はなく、また彼女自身がその術に優れていたので、ジュラと共に獣道を辿っていった。他の六人は、しばし待機だ。
ややあって、二人が戻ってきた。
「沼の形がだいたいこんな感じね。場所によりぬかるみがひどいけど」
ルカがざっと地面に書いて見せたのは、イリーナが村人に尋ねつつ作成した地図の空白地帯だった地域の概略図だ。あくまで歩いて確かめた範囲だけの大まかなものだが、行き先のことが判明するのは有り難い。
ただし確かめたのは、村人のものと思われる足跡があった場所まで。その辺りはゴブリンの足跡も大量にあって、毎日通っているのだろうと推測された。となれば、精霊もそこに現われることが多いのかもしれない。
「仲が悪いのは分かるけど、わざわざ精霊がいるところにデビルとゴブリンが通い詰める理由が分からないわね」
「それは精霊に尋ねたほうが実りがあるのではないか。デビルは虚言を弄するからな」
「捕まえて、適当に痛めつけてから、魔法で聞き出すのは?」
リュシエンヌがどうにも不思議だと首を傾げれば、エルンストが彼女のテレパシーに期待を寄せた。馬が『結構鬼畜だな』と苦笑しながらの発言もあったが、ルカに『簡単に言うな』と睨まれている。
「背後関係はあると思うが、相手の数にもよるだろう。日中に動いてくれるといいが」
イリーナもデビルの目的は気に掛かるが、そろそろ日が暮れてきている。夜間の行動は控えることにもなっていたので、村に戻らねばならなかった。
翌日、翌々日と現場とその周辺で張り込んだ一同だが、あいにくとゴブリンやデビルとは遭遇しなかった。
代わりに張り込んで二日目の日も大分傾いた頃になって、沼岸にゆらりと浮かぶ光の玉は目にする。何度もジュラのメイフェを見ていた目からすると、大きさから違う。拳大のメイフェより、二回りは大きいだろう。
すかさずリュシエンヌがテレパシーで話し掛け、デビルとゴブリンを退治したいことと、村人に危害を加えなければ敵対しないことを噛んで含めるように伝えたのだが‥‥
『こっち、おいで、おいで』
具体的な返答はなく、しきりと自分のほうに招く反応があったそうだ。仮に言われた通りにすれば、ぬかるみにはまる。向こうに攻撃方法があれば、ただでは済むまい。
「その反応では、残念だが敵が三種類と思うべきだな。交渉に応じるほどの知恵はないだろう」
ラザフォードが皆に伝え、リュシエンヌも至極残念そうに頷いた。今まで村人に被害がないのは、ハロルドが身振りで示したが、この辺りが禁足地だったからだろう。
状況の変化で作戦を組み直す必要も出て、精霊との決着も翌日に持越しである。
そして、更に翌日。
「フェアリー程度には魔法を使う可能性がある。水には入らないようにな」
ラザフォードの注意に、イリーナが馬の手を借りて、沼岸に酒樽を据えた。デビルがグレムリンならこれで誘き出される可能性があると、これまでもラザフォード達に手伝ってもらい持参はしていたが、封を開けるのは初めてだ。本当は筏で水面に浮かべることを計画していたが、ルカと馬が資材の持ち込みも、現場での作成も音でゴブリンに警戒されると指摘し、水上では捕らえる術が限られるので、沼岸に据えている。
ゴブリンも一網打尽でなければ意味がないので、発泡酒は一度に使わない。後はまた数箇所でひたすらに身を潜めて、じっとするだけである。沼のほとりでは、精霊がふわふわと漂いながら、皆を水中へと誘おうとしているようだ。
昼を過ぎ、それから更に少しして、ようやくエルンストの魔法に存在が感知されたものがある。やがて足音も聞こえた。人ではない鳴き声と、羽の音もする。そこまで捉えられた耳を持つのは少数ながら、決められた合図で全員が情報を共有し。
見れば、ゴブリンだがいささか大きさに差のあるものが魔法の感知通りに三体、グレムリンが三体、やってきたところだった。精霊が漂っているのを見て、移動を早めている。精霊のほうは二体、誰がやってこようと変わらず、誘う動きを繰り返している。
ここで一堂は移動を開始した。攻撃方法により、もっと近付かなくてはならない者もいるし、退路を断たねば逃げられる。空を塞ぐ方策がないので、魔法の追撃は不可欠だから、射程距離には余裕が欲しい。
しかし誰もが身軽に忍び足で動けるわけでなし、発動光は目立つから、まずはラザフォードがデビルを狙って行動抑制の呪文を唱えた。見付けた酒に浮かれている中の最後尾を狙う。
続いて、ウィンドスラッシュ、アイスブリザードが二方向から三種類のモンスターに向かった。前者はデビルの一体を切り裂き、後者は軒並み巻き込む。けれどもこれらは、精霊には効果が薄い。
魔法攻撃の初撃が完了したところで、混乱したデビルとゴブリンに対して、馬、イリーナ、ジュラが突撃した。ゴブリンのことは、術師達はほとんど心配していない。なにしろ実力のほどが違う上に、レミエラで強化された武器を持っているのだ。デビルが魔法を使えば別だが、ゴブリンに後れを取ることはない。
代わりに精霊が何を仕掛けてくるか分からず、そちらに警戒が向かう。デビルはゴブリンに何か命じていたが、形勢不利を見るや迷わず逃げようとした。それに追いすがるのが、ムーンアローにウインドスラッシュ、グラビティーキャノン、ウォーターボムと多彩な魔法だった。
「捕らえられるかねぇ」
これだけ傷付けたら、捕らえる前に消し飛ぶんではないかとルカがぼやいたが、それぞれに加減は考えていたようだ。一人一体のゴブリン退治を速やかに終えた前衛三人が、一体は宙で絶命したものの、飛ぶに飛べなくなった二体のうち、瀕死の一体に止めを刺す。残る一体はイリーナの鞭で縛り上げる格好。
と、これまでにない勢いで体当たりを仕掛けて来た精霊は、ルカのムーンフィールドで弾かれた。こちらもレミエラの力だ。
続いて、馬が槍を投げ、ハロルドがウォーターボムで消し飛ばす。この辺りの連携は、どこかの戦場で養ったものだろう。もう一体は不利を悟ったか、結構な勢いで沼地を離れて逃げ出した。村とは反対方向だが、幾つかの魔法が追う。これだけ痛い目を見て恨みに思う知恵はない精霊ゆえに、倒したかどうかよりはデビルからの情報引き出しを重要視する。
『早く解放されるように』
背後関係があればと幾つかの方法でグレムリンからの情報引き出しを図った一同だが、デビルは自分に『精霊を殺せ』と命じた相手の明朗な名前を知らず、その存在が早く解放されてくれと願っていることのみが分かった。元来たいして頭がいいわけではないから、魔法での幻影やテレパシーでの命令を上位デビルの姿や声と勘違いしていたが、それでは詳細な事柄は導き出せない。結局、一通り調べてそこまでが判明したところで、三体目のデビルも塵と変えられた。
「で、沼に引きずり込む魔物はあの精霊でよかったのかね?」
「他にいたら、ウィル・オ・ザ・ウィスプと共存共栄はしていないだろうからな」
ジュラの問い掛けにはラザフォードが応え、暴れ足りなくてすっきりしないとぼやく馬とルカを宥めているリュシエンヌは特に異論がある様子でもない。
「ならば、この辺りも開墾できるのではないか」
村にとってはいいことだろうとエルンストが現実的なことを述べ、村に戻ってからイリーナが村人に経緯と共にそのことも伝えたが‥‥村人はまだ沼の向こう側に行きたいとは思わない様子だった。
ハロルドは、村で貰った炭で板切れに各種精霊の名前と、『類似種に要注意』と書いて、満足そうに荷物の中にしまいこんでいる。
水辺の光にさえ引き寄せられなければ、村で恐れられていた事件が起きることはもうないだろう。