●リプレイ本文
問題の村に向かう前に、集まった三人の冒険者は件の村での記録を確かめた。その場で精霊を目撃した者の判断ではないのだが、どういう姿をしていたかはきちんと記されていたので、冒険者ギルドの数名に聞けば風精霊のトッドローリィが相手だと分かる。
いたちのような姿で、身の丈は一メートルほど。両の前足が大きな鎌のようになっていて、これを使って人などに切りつける。元々人と親しく交わる性質はなく、姿を見ると襲ってくるか、逃げるのが普通らしい。となれば、当然後を付回すなど珍しいというよりは異常事態だ。
これはさっそく出掛けて、早く精霊の話を聞かねばと、三人共に依頼に来た村人の荷馬車に乗せてもらって出発である。
村人も精霊の詳しい習性は知らずとも、今までにないことなので二度も依頼を出した。往路の道すがら、バードのリースス・レーニス(ea5886)が、前に依頼以降に起きたことを尋ねれば、知る限りのことを教えてくれた。今回は精霊も襲っては来ないので、話は主に誰がつきまとわれたり、村のどこに現れたかということになる。
「こんな感じかなー」
「はて、地図なんて、見たことがないからねえ」
喋り好きのリーススと気の良い村人はすっかりと打ち解けて、一緒になって村の地図を作っている。けれども説明している村人は地図など知らないわけで、正確さはかなり心許ない。ついでにリーススの絵心も怪しい。
だが猟師のリュンヌ・シャンス(ea4104)が口数は少ないながら、村人が普段目印にしているものを書き込めば距離感が分からなくてもいいと口添えし、精霊が目撃されやすい場所を聞いて印をつけておく。ここ一週間分の話は、村についてから尋ねればいいだろう。
村はジーザス教黒派で宗派こそ異なるものの、聖職者であるレヨン・ジュイエ(ec0938)は怪我人が出ていないことを祈っている。
この時点ですでに、精霊と話をするのがテレパシーの使えるリースス、いそうな場所を捜したりするのはリュンヌ、万が一に襲ってきたら魔法で束縛するのがレヨンと作戦はまとまっていた。広い村なのでそれ以外の獣も出るかも知れず、リュンヌはそちらへの対抗手段も忘れてはいない。
けれども、無口で物静かなリュンヌに、白派の聖職者らしく献身的なレヨン、賑やかだが邪気のないリーススの三人では、トッドローリィに憂いがあるならそれを晴らさねばとの気持ちこそあれ、襲われても叩き返す事さえほとんど考えていない。この辺り、精霊が姿を見せても追い払うより先に話を聞ける人を探しに来る村人とは仲良く出来ている。
幸い、村に到着して話を聞いたときも、新たな怪我人は出ておらず、三人共に一安心。ここ数日の出現位置と目撃した人の年齢や性別、人数をもう一度確かめて、どこに向かうかを相談する。
「子供だけだと出てこないんなら、私一人じゃ駄目だね」
「一人きりでなくてもいいのだから‥‥三人で一緒でいいでしょう」
リーススはいつもの調子で思いついたままを口にして、珍しくすぐに反応したリュンヌに『一人は危ない』とたしなめられている。レヨンは当然のごとく、『一人歩き案』は却下だ。
「もしもということがあります。三人で補いながら、精霊様の話を聞くべきですよ」
テレパシーを使っている間は他の事への注意が散漫になるのだからと言い聞かせているレヨンのほうが、実はリーススより年下だが、種族の違いで子供が叱られているようだ。
この日は色々確かめているうちに日が翳ってきて、翌日早朝から三人は村で一番精霊が目撃される集落近くに向かうことにした。村長がそう強く勧めなかったら、今にも出発しそうだったのだが。
翌日、村人の移動に付き添う形で三人は精霊がよく現れる場所に向かった。リーススが連れてきた驢馬のかぽは、精霊を見て慌てるといけないので預かってもらおうと思っていたが、
「餌代の分、荷物運びするんだよ」
あっさりと貸し出されていた。かぽ、他の驢馬と一緒に仕事に出る。
それから三人は、レヨンが作った弁当を背負って、別のは驢馬を連れた村人と移動。村の教会が黒派で、そちらの手伝いは控えたレヨンだが、その分料理に手を掛けている。おかげでリュンヌもリーススも、村人の手を煩わせなくても美味しいものが食べられていた。
村の中心から歩くこと一時間、村の中でも大分外れた位置の蕎麦畑と果樹園の間が、精霊がよく出るところだという。その畑を作っている村人は朝早くから作業に精を出していて、すでに収穫された林檎が籠に山になっていたが、今日はまだ精霊は現われていないそうだ。
「色づきの良い林檎ですね。収穫の時期を逃す訳にはいきませんから、あちらも事情があるにせよ、精霊について歩かれては気苦労が多いことでしょう」
ついつい料理人の目になって、レヨンが林檎を品定めしている。近くの街に売りに行く林檎は、雨や霜が来ないうちにどんどん収穫したいのだ。村人も襲われなくても精霊が出ると睨まれているのが怖いので、作業が手に着かずに困っているという。
「林檎、あげたら食べないかな? こんなに美味しそうだから、食べたら仲良くなれるかもよ」
「リースス、そこ‥‥まだ、採らないところ」
リーススが背伸びして、高い枝で赤く色づいた林檎に触ろうとして、リュンヌにたしなめられている。ついででリュンヌは林檎に被さっていた葉を摘み取っていた。農業の心得はないが、植物にはそれなりに詳しいリュンヌはお日様を当てると色も甘みも深くなることは知っている。
ちなみに村人も何人かが、お供えのつもりで色々と精霊に食べ物は差し出したのだが、口に合わないのか、元々食べないのか、精霊がそれらを口にしたことはないそうだ。林檎もあげたことはあるが、鎌になった前足で転がして返してきたとか。
「今のお話だと、調理したものはもっと食べないと思いますよ」
リヨンに指摘されたリーススが、弁当の包みを手に唇を尖らせている。
何はともあれ、ここなら二日に一度くらいは精霊が目撃されるそうなので、三人は果樹園と蕎麦畑、近くの丘の間を見回ることにした。昼食は、精霊が見付け易い様に丘の上である。流石にそろそろ、長い時間地面に座っていると腰が冷えてくる季節になってきた。吹きさらしなので余計にそう感じるのだろう。
でも昼までは何事もなく、美味しく、いつものようにリーススが一人で延々と喋り、他の二人がたまに相槌を入れる会話を挟んで食事を済ませた。
その後はただ巡っているだけではあまりにも芸がなく、村人と比べて異質なので、果樹園で収穫された林檎を見栄えがよいものと傷があるものに分ける作業に混ぜてもらった。いつも仕事中に、ふと気付いたらいると聞いたからだ。
途中からは収穫にも混じって、果樹園の中をあちこち巡っていたところ。
「あ‥‥こんにちは」
リュンヌが風を感じて振り向いた先に、問題の精霊が鎮座していた。前足が鎌では、見間違えようもない。ついでにいたちだから見た目は穏やかにならないだろう顔も、歯をむき出して威圧感を増していた。
けれども日頃は猟師として暮らしているリュンヌは、威嚇されても及び腰にはならない。心中は驚いていたかもしれないが、リーススを呼ぶ声も落ち着いていた。駆けつけたリーススとレヨンは、多少驚いた様子だが‥‥リーススはあっという間に『精霊様に会えた』と喜ぶ表情に変わっている。
『あのね、村の人達が、あなたが何か言いたいみたいだけど自分達には分からないから来てって言うから来たの。何かお話があるのよね?』
『もっと大きい男はどうした?』
『いつも来る人のこと? その人はまだ遠くにいるから、私達が代わりなの。何か困っていたら、教えてくれる?』
さっそくテレパシーで語りかけ、トッドローリィもこいつは言うことが分かると察して、少し顔付きが穏やかになった。リーススが尋ねることは口に出すので、居合わせれば片方だけでも言っていることは聞けるのだが、念のため村人には離れていてもらう。
合間にどういう話の展開かを説明するほどリーススは器用ではないから、レヨンとリュンヌは傍らで聞いているだけだ。相手に害意が感じられないので、リュンヌは武器も傍らに置いている。
『なんで、村の人を襲ったの?』
『一人で歩く奴は、怪しい。死体を歩かせる』
『村の人は、そういう変なことはしないと思うけどなあ。誰かそういう人がいたの?』
『いた。一人で歩く。でも、これ以外』
『これって道のこと? 村の人は、あんまり変なところは歩かないと思うよ』
『最近は、斬らないようにしてる。死体、邪魔』
『えー、死体はまだあるの? やだなあ』
リーススの言葉だけ聞いていても、流石に何事か起きていると思わせる内容になってきたが、リーススは聞いている二人に内容をかいつまんで聞かせたりしない。精霊との話に夢中だ。待つことに慣れているリュンヌとレヨンは顔を見合わせたものの、精霊を刺激するよりはと話が落ち着くのを待っていた。
『案内してくれたら、それもなんとかできると思うけど‥‥変な人、いない?』
『いたら、斬る。お前、死体、消す』
トッドローリィとリーススの話は小一時間ほども掛かったが、あまり穏便なことではない。
どうも村の外を死体を連れて歩く者がいた。死体が人なのか動物なのかは精霊は無頓着で語らないが、ともかくも『動く死体』を連れて歩いていた。ただ通り過ぎたなら精霊も嫌な奴が通ったと機嫌を悪くする程度で済ませたのだが、何日か留まって死体を暴れさせたりしたらしい。結果、精霊は怒り心頭でその何者かを襲い、おそらく撃退したのだが、死体は残った。
一口に精霊とは言っても、トッドローリィはそれほど賢くはない。難しいことも考えない。それでも『死体があれば取り返しに来る』と周辺地域の見回りに乗り出し、村人が夜に一人歩きをすると『怪しい奴』と斬り付けていた。なんとなく違うと察したのは、前回の依頼の時だ。以降は『夜でも、道を通る奴は怪しくない』と判断しているようだ。下手に道を外れたら、多分襲ってくるのだろう。
そういう判断力だが、『死体がなければ取り返しにこない』と考えるに至り、村人には伝える術がないので吟遊詩人が来るのを苛々と待っていた。吟遊詩人が来ると村人が浮かれるのは知っていて、村人の後を付け回したのはその観察。代理でリーススが現われたので、今度は扱き使うことを考え付いたのだろう。
話を聞いたレヨンが念のため確かめてもらったところ、精霊は問題の何者かが現われれば斬り付けるつもり満々である。いくら神聖魔法の一種にもあるとはいえ、人に隠れての死体操作に真っ当な目的があるとも思えず、また黒クレリックの仕業とも思い難いが、村の近くで精霊による人の襲撃事件が起きないように、よくよく理性的な活動をリーススを通じて説いているレヨンだった。この村の教会には、魔法の使い手はいないので村とは関係ない人物なのだろうが、何かあれば被害をこうむるのは村人なのだ。
そして、リーススは『死体だって』と精霊の片付けろ要求に及び腰だが、レヨンもリュンヌもそれだけのことなら顔色も変えなかった。それどころか、何が必要かとか、村人に借りようなどと相談を始めている。
『なにをしている』
『お片付けの相談。案内してね』
精霊は人の心の機微にはまったく疎いようで、『死体、怖い』のリーススの様子にも気付かず、今から案内してくれそうな勢いだったが‥‥流石に日が暮れてから慣れない森の中に入るのは危ないので、翌日に落ち合うことにした。その説得が大変だったが、夜中に死体を見たくないリーススが頑張った。
翌日、三人分の弁当を背負ったリーススと、念のために弓とロングソードを持ち、借りた鉈を提げたリュンヌ、鍬とスコップを持ったリヨンが無事に精霊と再会した。けれどもここからが大変で、精霊は自分が通れるところを通る。風の精霊らしく宙を漂って移動するので、リュンヌとリーススは眺めて嬉しいが、ついて歩くのは一苦労。森歩きに慣れないリヨンも、リュンヌがせっせと切り開く道を辿るのに精一杯だった。
二時間ほど歩いて、村人も滅多に入り込まないだろうとリュンヌが思う深い森が、突然開けた。その大分前からものすごい臭いがしていたが、その辺りは立ち木がなぎ倒されたり、枝が折られたりとひどく荒れている。精霊が怒ったのは、これが原因だろう。
そうして、足元もあちこち掘り返されたような場所の端を見て、リヨンが持っていた荷物を置いた。短く祈りの言葉を口にして、もはや転がっているとしか言いようがないものに恐れ気もなく近付いた。
「取り戻しに来ない様にという事ですから、相当深く掘ったほうがいいでしょうが、どこなら掘りやすいでしょうね」
彼が見ているのは人の遺体だが、もう面影どころか性別も判然としない。着衣から、多分男性だろうとは推測できた。村では行方不明者の話など聞かないから、どこか他所から運ばれてきたのだろう。
「熊‥‥雌?」
リュンヌが見ているのは、熊の死体。こちらも相当傷んでいるが、腹を晒して倒れているから、リュンヌは地道に観察していたらしい。ついでに毛皮に何箇所か切り傷があるのも見て取り、精霊がやったのかをリーススに確かめるように頼んでいる。
頼まれた側は顔面蒼白だが、テレパシーはなんとか発動させた。確かに精霊が斬りつけもしたようで、おかげで操っていた男を採り逃してしまったそうだ。思い出すと腹が立つのか、尻尾が木の幹をばしばし叩いている。
まあ、この精霊はまったく片付けというか埋葬の役には立たない。リーススもちょっと苦しそうなので、一人と一体には周辺の警戒をしてもらった。土を掘るのはリュンヌとリヨンの二人だ。二人ともたまには腐乱死体を目にすることもあり、黙々と作業をこなしている。リーススも土を被せる段になったら戻ってきて、手伝っていた。
ひとしきり作業が済んで、改めてリーススがテレパシーで話し掛けようとしたら、精霊は大変満足した様子で話をする前に消えてしまっている。この後に怪しい奴が戻ってきたらとか、そいつの特徴とか相談と質問は幾つかあったのだが、精霊にはどうでもいいことなのだろう。
翌日、リーススがせっせとテレパシーで呼んで探したものの精霊は姿を見せず、依頼期間一杯三人は村に滞在したが村人からの目撃報告もなかった。精霊が話した事は領主にも連絡しやすいようにレヨンが書状に纏めてやり、吟遊詩人にも可能ならまた話を聞いてもらうように助言して、また荷馬車で送ってもらう。
「わざわざごめんねー」
「いやぁ、この間依頼金の足しに山羊を持って行ったら、びっくりするほど高く売れてさ」
申し訳ないと思っていた三人だが、困っていたはずの村人の意外な逞しさに思わず吹き出していた。