素敵?なお茶会への招待〜お見合い編

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月22日〜10月25日

リプレイ公開日:2008年10月31日

●オープニング

 その日、アデラ・ラングドックの自宅にある夫婦が尋ねて来て、二時間近く話をしてから帰っていった。
 そして今、お茶会ウィザードとして冒険者ギルドとそれ以外のところで知る人ぞ知るアデラは、虚脱していた。他人をお茶でそうさせたことは多々あれど、当人が目もうつろに座っているのは珍しい。
 夫のジョリオは騎士の気力で客人を見送りに出て、現在玄関の扉を閉じたところで硬直していた。
 このまま一時間くらいは二人とも動きそうにもなかったのだが、
「おばちゃん、おばちゃん、調べてきたわよ」
 奥の部屋にいるはずだった姪三人が、足音も高く裏口から帰って来たのでなんとか動き出した。
「何を調べてきたんだ?」
 ジョリオが意気揚々と居間まで駆け込んできた三人に尋ねれば、二人と同居している姪達で四人姉妹の次女であるシルヴィは胸を張った。
「そんなの、決まってるわ」
 彼女の妹達で双子のマリアとアンナも、両手を腰に当てて続ける。
「ルイザお姉ちゃんのお見合い相手の顔を見てきたの」
「ちゃんと、どんな人かも聞いてきたわよ」
 これを聞いて、アデラが三人の手を握り締める。
「どんな人だったかしら?」
 三人は口々に答えた。
「結構背が高くて、ちょっとひょろひょろした感じで、その割に力持ちみたい」
「すごい働き者で、真面目で、染物も上手って」
「でも奥手で、口数が少なくて、あんまり気の利いたことは言えない人ね。もちろん浮いた噂も、危ない話もないわ」
 聞いていたジョリオは、どうやってそこまでと頭を抱えていた。
「そんなの、おじちゃんとおばちゃんが向こうのおじさんとおばさんに捕まっている間に、ひとっ走りお姉ちゃんのところまで行って、近所の人達に聞いてきたのよ」
 皆が出て来て親切に教えてくれたわと断言した姪達の姿に、アデラとジョリオは顔を見合わせている。

 この日、アデラ達を訪ねてきたのは、四人姉妹の長女で刺繍職人見習いのルイザが世話になっている工房の近くにある染物工房の親方夫婦だった。ちゃんと人を介して事前に訪問の約束を取り付け、手土産持参でやってきたものである。
 それにしたって突然の訪問の申し入れだったので、ルイザが何かうっかり失礼でもして苦情を言いに来たものかとアデラとジョリオは緊張していたのだが、話は予想を大きく飛び越えていた。
『うちの息子が、こちらのお嬢さん、あ、姪御さんですな。ルイザちゃんをとても気に入っていてね。この先のことは当人達の気持ち次第としても、ぜひとも将来お嫁に貰うことも考えつつのお付き合いをさせていただけないかと、お願いにあがったわけですよ』
 いきなりの『嫁にくれ』発言。しかもいきなり切り出されたものだから、二人とも驚愕したあまりに言うべきことが見付からず、相手夫婦のすごい勢いで繰り出されるルイザへの誉め言葉に頷いているうちに、『収穫祭の時には、ぜひ二人で出掛けさせてやってくれ』との頼みにも頷いていた。
『うちの息子はどうにも押しが弱くてねぇ、ルイザちゃんにろくに声も掛けられない有様なんですよ。でも年末には二十歳ですからね。これと思う相手がいたら、話を進めてもいいだろうって』
 よく聞けば親の先走りだが、あの勢いなら息子の尻も叩くだろう。
 多分、今日明日にはルイザがそういう申し込みをされてくるはずである。

 だがしかし、ルイザは結構仕事に執着する娘だった。いい加減女の子ではなく、年頃の娘で通る年齢になったが、色恋沙汰には興味がない。そういう芝居に誘っても最近は仕事優先、妹達がどこからともなく読み物を借りてきても見ない。
 当然これまで『気になる人がいるの』発言もなければ、『男の人に声を掛けられたわ』報告もなく、たびたび泊り込みで仕事をこなす忙しい毎日を送っていた。
 おかげでアデラもジョリオも、全然彼女の縁談など考えてこなかったし、いきなりのことでどうしていいかも分からない。当人同士はあんまり普通の恋愛模様ではなかったので、参考にもならなかった。
 けれども、彼らの姪達はしっかりしていた。
「お姉ちゃんの好みは聞いてるわ。まず、仕事を止めろって言う男は嫌。これは大丈夫みたいね」
「お酒を飲んで暴れる人と、賭け事をする人も嫌い。それも平気」
「仕事が好きで、毎日頑張っている人が一番って。覗いた時には、一生懸命働いてたの」
 ルイザの気持ちはさておいて、妹達は意見を一致をみていた。
「「「後はおばちゃんのお茶が飲めれば問題なし」」」
 ある意味、それが一番の難関ではなかろうかとジョリオは切に思った。

 収穫祭でのアデラのお茶会は、お客様をお迎えしてのものとなる。

●今回の参加者

 ea0926 紅 天華(20歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文

 アデラのお茶会は、前日早朝からすでに色々と始まっている。それが普通なのだが、
「そうか、ルイザ殿がもう‥‥」
 今回、毎度のように早朝からやってくる面子の一人リュヴィア・グラナート(ea9960)は、アデラとジョリオの夫婦と共に居間のテーブルに着いて呆然としている。ルイザに見合い話がきたと聞いて、一緒に思考停止してしまっていた。
「あらまあ、三人してそんなことでどうします。先方が気に入ってくださっているのは何よりではありませんか」
 主催者とその夫とお茶会ご意見番のていたらくの方が、アデラのお師匠様サラフィル・ローズィット(ea3776)には溜息ものだったらしい。明日は客人が来るというのに掃除も行き届かず、料理の材料も足らずでは致し方ないだろう。
「サラねーちゃん、なんか作ってよ」
 なにしろマート・セレスティア(ea3852)がつまみ食いするものがなくて、自分の指をくわえてねだる有様である。これは本格的にまずい。
「お三方とも、しゃんとなさいまし」
 サラに叱られて、ジョリオとアデラはのろのろと仕事に行き、リュヴィアはようやく気を取り直した様子でかろうじてこれだけは準備されていたお茶の葉の配合を確かめ始めた。
 この時間になって、残り三名が現われた。はっきり言って先陣三名は異常に早い時間に来るので、このくらいでもまだ早い時間だが、いつものことだ。
「なんだ、相変わらず家の者がいないのか」
 久方振りだし、ちょうど季節だからと秋咲きの薔薇を抱えてやってきた紅天華(ea0926)は、流石に呆れ顔だ。せっかくの薔薇は、まずは生けておく。
「お忙しそうですね」
「そういう話ではない感じだけど」
 サーラ・カトレア(ea4078)がいつものように家人が出払っているのを見て苦笑したが、娘同伴のセレスト・グラン・クリュ(eb3537)はあれこれ行き届いていないのが気に掛かって仕方ないようだ。なにやら大きい荷物を持参しているが、それをどうこうするより先に家の中を整えることが大事である。
「お見合いって、美味しいものが食べられると思ったのに」
 ぶーたれているマーちゃんはいても邪魔なので、リュヴィアとサーラが買い物に連れ出す。当人の食べる分は買い食いさせておけばいい。必要なものはサラから事細かに指示されていた。
 天華は持参の箒を手に、床掃除を。サラとセレストが手分けして家の中を隅々まで拭き掃除することにして‥‥午前中は、多分それで終わりだ。
 午後からは、食欲魔人にはパンを与えておいて、残る女性陣でお客人を迎えるにふさわしい状態を作り始めた。
 まずサーラと天華がテーブルを配置よく置き直し、椅子を揃えて、テーブルクロスを吟味する。薔薇は明日になってから、綺麗に飾りつけることにした。もちろんお客様が来るわけだから、茶器はぴかぴかに磨き上げるのだ。これは人手がたくさんいるわけではないので、天華は途中から台所へ。
 台所ではサラとセレストが料理の下ごしらえをしているが、お茶の検分をしていたはずのリュヴィアはいない。大量の野菜と果物をむいたり切ったりしている二人の横で、天華が小麦をこねていると、リュヴィアがなにやら上機嫌で戻ってきた。
「見てきた。職人としては若いのに立派な青年だ」
 どうやらリュヴィアは、抜け駆けしてカロンを見に出掛けていたようだ。模様入りの染物を見せてもらって、ちょっと会話もして、『なかなかの好青年』と判断したらしい。
「あらあら、それは何よりですわ。でもやっぱり、ご本人の気持ちはきちんと自分で伝えていただきませんとねぇ」
「親御も会ったが、相当に先走る性格のようだ。跡取りにルイザ殿が最適と思って、急ぎ話をしに来たのではないか」
「そこまで親御が歓迎しているなら、それはなかなかの良縁のようだな。殿方はしかと見てみなくてはなるまいが」
「でも、ルイザちゃんは仕事の理想が高いじゃないの。その辺りも理解してくれないと、うんとは言わないでしょう」
 どうせ明日になったら当人に会えるのだが、皆で寄り集まって声高に噂話である。サラも途中から加わって、あれやこれやと言っていたら、用意のために早く帰ってきたジョリオが呆然と入口に立ち尽くしていた。
「あ、とーちゃんの気持ちの人だ」
 これ幸いとつまみ食いをしていたマーちゃんが、その様子を見てけらけら笑っている。指摘は言い得て妙だったようで、ジョリオは更にげんなりとしている。
「まだ早いと思うんだが」
「じゃあ、あなたがアデラさんを見初めたのって、彼女が何歳のときなの?」
 セレストの指摘に、ジョリオはしばらく考えていたが『多分十九か、二十歳になったくらい』と答えた。もっと早いのではないかと、よく来ている人々は思うのだが、彼と彼女の間には色々とあるらしい。元々ジョリオはアデラの亡くなった兄の友人だというし。
 だがしかし、態度は娘が突然結婚するとでも言い出して苦悩している父親。こればかりは、マーちゃんの言う通りだ。
 夕方に帰ってきたアデラに至っては、明日使う茶葉にセレストから貰った胡椒の粒を混ぜようとして、あまりの勿体無さにサラにたしなめられている。目付きが泳いでいるから、たぶん耳にはろくに入っていないだろう。
「にーちゃんもねーちゃんもおもしれー」
 見方を変えれば、マーちゃんの言い分がもっともである。

 そうして、翌日。問題のお茶会のこと。
 ごく当たり前のこととして、緊張の面持ちで現れたカロンは、手土産をたくさん持っていた。両親が用意した焼き菓子に、姉達が寄越した花とリボンとなんだか色々である。押しの強い家族に囲まれた末っ子であろうと、それだけで推測できる。
 それでも挨拶はきちんとしていたし、アデラとジョリオには両親の暴走も詫びている。染物職人の仕事ゆえに、手指の先は染料が染み付いて綺麗とは言い難いが、服装の趣味も悪くはない。
 と、カロンの何倍か緊張しているアデラとジョリオ、それから焼き菓子に心奪われているマーちゃんはさておき、お茶会参加者はそうしたところまで見て取っていた。ルイザの妹達は花とリボンの争奪戦だ。ついでに、カロンが持ってきた小さい木箱の中身も気になっているが、これはルイザへのお土産である。
 中身は色糸が多色少量ずつ詰められていた。工房で染めた糸で余ったものを集めてあるらしい。
「物では釣られないわよ」
「うん。それはお土産だから」
 この短い会話で、周囲が何を思ったかは人それぞれだが、アデラは指などくわえているし、ジョリオはちょっと安心している様子。いっそ、こちらの二人を活を入れたい者のほうが多かったかもしれない。
 まあ、客人の前でそれは我慢するとして。
 この客人には越えてもらわねばならない試練がある。
「カロン殿、ルイザ殿との話の様子は細かく聞かないが、実はこの家の人々と付き合うには一つやってもらうことがある」
 ろくに歓談もしないうちにリュヴィアが言い出し、
「うむ。家族に加わりたいと本気で願うなら、これは大事なことだ」
 天華が重々しく頷いたので、ルイザがものすごい目付きになったが、まあそれはそれ。サラも反対しないし、セレストも外せないだろうと思っている。サーラなど、茶器を用意しているくらいだ。
「アデラ殿はお茶の配合がご趣味。しかもこのお茶はエチゴヤでも取り扱われる予定という逸品だ。さ、飲んでくれ」
 アデラは今回手元がとてつもなく怪しいので、致し方なく代理でサラが用意された茶葉にお湯を注いでいる。
 当然のことながら、『エチゴヤ云々』のくだりを聞いたときには、全員が頭を抱えたものだ。嘘だと思いたいが、本当らしい。ルイザは知らなかったようで、妹達に本当かと尋ねて頷き返されていた。となれば、カロンも感心した様子で茶器に手を伸ばし‥‥
「叔母さん、なんなの、このお茶!」
「あ、あのね、あのね、徹夜するときに飲むの。目が覚めるでしょ」
 ルイザがアデラに食って掛かっている間、他の人々はリュヴィア配合の普通のお茶を飲んでいる。アデラのお茶は眠気覚ましには効果的な逸品だが、当然のように不味い。マーちゃんでさえ、『もういらない』と残した代物である。
 カロンも一口飲んで顔色が変わったけれど、アデラの言い分を聞いて、何か思い直したらしい。ようやくといった風情ながらも飲み干した。
「まあ‥‥よく飲めましたわね。やっぱりルイザちゃんのためですかしら」
 ある意味失礼な発言をしつつ、サラが『今後どうしたいのかしら』と切り込んだ。当人はそんなつもりがなくても、『あなたのお気持ちが大事よ』と続けてスパスパッと切り込んでいる。
「親は色々言いましたけど、まずはもうちょっと話が出来ればいいなと思ってて。その先のことは、またそれからですよね」
「ルイザちゃんは?」
「お話しするのはいいのよ。仕事の話も通じて楽しいから。それが、あんた達が覗きに来るから、ご近所に注目されて恥ずかしいじゃないのよ! あたしだって、まだ背は伸びてるんだからね!」
 カロン、あんまり先走ってない。まずはお友達からの雰囲気だ。年齢を考えれば、奥手と言われても仕方ない。
 ルイザ、後半は妹達に怒っている。昨日はシルヴィがセレストの娘に同じことを言っていたが、なぜだかアデラの母親が『お嫁に行くのは背が伸びなくなったら』と言う人で、ルイザ達にもその考えが染み付いているらしい。
「ご本人達は意見があっているのでは?」
 サーラの指摘通りに、意見はあっている。相性も悪くはなさそうだ。
「何にもないまま、行き遅れても困るのだろう?」
 天華がこれまた悪気も何もない様子で、ジョリオに容赦ないことを言っている。当人はそのつもりはなかろうが、ジョリオは痛いところを突かれた顔だ。
「カロン兄ちゃん、それ食べないんならちょうだい」
 マーちゃんはいつものように人のものまで欲しがって、セレストとサラに叱られている。
 後は叱られたくらいではへこたれない人が、カロンにちょっかい掛け捲って、いつものように混沌としたお茶会になったのだった。

 普段はお茶会といっても、朝から晩まで『お客』が家の中をうろうろしているアデラの家だが、流石にこの日の主賓は三時間くらいで帰っていった。明日は昼前から、ルイザと二人でお出掛けである。
「明日は何を着ていくか決めたの? お化粧はどうする?」
 娘がいる母親のセレストはルイザに色々構いつけているのだが、お茶会の前も後もルイザは我が道を行っている。女手の多い仕事場だけあって、それなりに化粧も身嗜みの整え方も上手だが、セレストから見たらまだ磨き甲斐があるのに、ルイザは手出しを許さない。アデラも手伝ってもらえばと言うが、返したのが『自分で出来ない難しい化粧で綺麗になっても意味ないじゃない』だ。
「じゃあ、やり方を教えてあげるわ」
 この晩、家の中で一等上質のお茶を楽しんでいる人々と憔悴した家主夫婦の他、セレストの下でびしばしとお洒落の教育をされる四人姉妹がいた。
 そして、保護者はお師匠とご意見番とお客達から、本日の主賓の感想を聞かされていた。この二人がしゃっきりしないので、ルイザが心配しているのだ。両親が早くに他界した四人姉妹の長女としては、保護者の様子は気になるものだろう。
「花は気が付くと咲き誇っていたりするものだ。散らせてしまうには惜しかろう」
「ご本人達は案外しっかりしてましたのに‥‥カロン様もルイザちゃんにきちんとお付き合いの申し入れもしていらしたようですものね。お二人が呆然としている場合ではありませんわよ」
 天華とサラが保護者がちゃんとしなさいと、お叱りである。
「お茶をしっかり飲んでいかれましたしね」
「あれは見どころがある。とはいえ急ぐこともあるまい。ルイザ殿なら自分の目で見極めてくれるだろう。‥‥何かあれば、もちろん相談に乗るから」
 サーラとリュヴィアが畳み掛けたら、アデラが泣きそうな顔になったので、皆で『何かあれば駆けつけるから』と宥めている。ジョリオはあからさまに腑抜けていた。
「ルイザちゃんもお年頃なのですから、結婚に何の興味もないようでは心配ではありませんか。それに、そのうち結婚されたとしても、お二人の可愛い姪っ子に変わりはありませんのよ」
 サラがこんこんと諭すのを聞いて、『そういうことか』と他の三人は笑っている。
 いなくなったら寂しいと思われている姪っ子達は、セレストに髪を結い上げられたり、紅を塗られたりと忙しいところ。
「ハンカチを用意したけど、糸を貰ったんだから刺繍してあげたら?」
「染物職人にハンカチは変よ。すぐに汚れるって分かってるもの。叔父さんにあげようかな」
 セレストがあげたハンカチはジョリオに回ることになりそうだ。日常遣いにではないのだがと思ったものの、仮に貰ってもカロンも困惑しそうなので、明日の市場で一手間掛けてから贈るのにいいものを見付けてくれればよいと、セレストは苦笑するに留めた。

 そうして、翌日。
「ええとね、市場で布を見て、教会でステンドグラスを見て、食堂でご飯食べて、また市場で細工物を見て、首飾りを見て、お城を眺めて、そこの庭で来る人達の着てるものを観察してた。ずーっと二人で、服の色とか仕立てとかの話ばっかりしてるんだよ、つまんない」
 約束通りの時間に迎えに来たカロンと出掛けたルイザを見送るまでに、またあれやこれやと口を出したり、確認が入ったり、カロンをにっこりと笑顔で迎えたりなんてことをしていたのだが、夕方になって。
「手は繋いでなかったな。カロン兄ちゃん、昨日より普通の人だった」
 昨日のうちに行きたいところをカロンから聞き出していたマーちゃんは、ルイザ達の行く先々に出没して、様子を眺めていた。けれども向こうに気付かれたのは半分くらいで、ルイザもカロンも仕事に関係しそうなものの品定めや観察に忙しくしていたので、非常につまらなかったそうだ。
 カロンが普通の人だったというのは、単純に緊張していなかったということだろう。奥手とはいえ、女の子を連れていて、話もままならないようでは預けるのにも困る。反対に馴れ馴れしすぎても、ジョリオが怖い。多分ちょうどいいところなのだ。
「心配するほどでもなかったみたいだけど、ルイザがその気になったら‥‥色々用意しないといけないんだろうな」
「そこまでは考えませんでしたわ。マーちゃん、ルイザはどういう品物が気に入ってましたかしら」
 一昨日と態度が違うじゃないかと、ちょっと指摘してやりたかったマーちゃん以外の人々だが、あることに気付いて口を噤んだ。
「えっとねー、説明したら、蜂蜜くれる?」
「もちろんですわよ」
 笑顔で言い交わしているマーちゃんとアデラの背後、玄関扉が開いた先には、ルイザが口元を引き攣らせて立っていたのだった。