今、あなたの家の前にいるの
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月27日〜10月30日
リプレイ公開日:2008年11月07日
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●オープニング
麗しい見かけのカードは、月の明るい晩に届く。
『先日お会いしたあなたは‥‥』
最初は片思いを綴っているようだった。
『お受けいただけずに、大変残念です』
これは多分、仕事のことではないかと依頼人は言う。
『お返事、お待ちしております』
どこを見ても、差出人の名前はない。
『お返事がいただけないのは、私が嫌いだからですか』
変わらず、差出人の名前はない。
『ぜひお越しください』
どこにとは書いていない。
『どうしても来ていただけないのですね』
『どうして‥‥』
『なぜ‥』
『今、お伺いする準備をしています』
『もうすぐお伺いします』
返事が出しようがない手紙が積み重なっている。
依頼人は楽器職人の青年だった。連れてきたのは、近所の人々だ。
「僕が字がほとんど読めないから、最初はお客さんの落し物かと思ってたんです。綺麗なものなので、きっと取りに来るだろうから保管してあったんですけど」
青年が持ってきたのは、掌大の木製のカード。枚数はざっと見ただけで二十枚以上。ちゃんと数えたら、もう少しあるだろう。
木製のカードは白い木地で、四方に綺麗な模様が描いてある。その中に小さいが、綺麗な飾り文字が綴られていた。
内容は最初は恋文風だが、返事がないことに苛立つ心情に変わり、最後のほうは今にも押しかけてきそうな内容になっている。
「僕宛の手紙だと気付いたのは、一月前なんです。あんまり頻繁に落ちているし、落とし主も見付からないから、ようやく変だなと思って」
青年はカードの『落し物』が一ヶ月経ち、十枚近くなってから、やっと近くの代書人のところに持っていって、中身を読んでもらった。そうして自分宛の手紙だと知ったのだが、近所の文字が読める面々が念入りに確認してもらっても、差出人の名前はない。
しかもこの頃から、手紙の届く頻度が上がった。月の輝く晩が明けると、玄関扉の前の地面に置いてある。来客がない日にも届くので、これはおかしいと近隣で話題になり、とうとう月夜の晩に数名が青年の家への路地に張り込んだ。
けれども、どういうわけか誰も通ったはずがないのに、手紙はその後も置かれ続け、最近では月がある晩には毎回届けられるようになっている。
「うちは路地の突き当たりで、近くの家の窓から見ていれば、人が通ったのを見逃すことはないから、これはおかしいと思って、どうしようかと」
相手の心当たりもなく、手紙だけはどんどん届くし、周りは心配する。
手紙では『お伺いします』とあるが、青年とてどこの誰とも分からない人に深夜に押しかけられるのは不安だ。近所の人々は、もっと切実に心配している。
手紙の主を突き止めてほしい。それが依頼内容だ。
●リプレイ本文
依頼人の楽器職人の青年レフは、冒険者として名を上げているデュラン・ハイアット(ea0042)や雨宮零(ea9527)が見たらあからさまに、まだ駆け出しのアルファ・アルファ(ec5038)が見ても、垢抜けない人物だった。お洒落心は冒険者の経験とは別に養われるものだが、長く様々な依頼に関わっていると上流階級の人々や多くの洒落者をみて目が養われる。
経験が少なく、洒落ることにそれほど興味がないアルファが見ても『なんというか』と思うのだから、身嗜みを整えることが上手な人物ではないのだろう。
とはいえ、彼らが訪ねて行ったら、困惑も露わにカードを差し出したので、気疲れも相当に混じっているようだ。表情がぱりっとしたら、もう少し見られる様子になるのかもしれない。
「随分小さい字ですね。ええと『私がどうしたらいいのか、教えてください』と書いてあります」
やってきた三人の中で、アルファがロシア生まれとなんらかで察したレフが読んでくれないかと差し出したのは、今朝届いていたカードである。差出人が分からず困っている相手に、自分の身の振り方を決めてくれとは本末転倒だが、先方も行き詰っている気配である。
「月魔法の使い手ではないかと思いますが、吟遊詩人の方はもう確かめられたのですよね?」
「私のように空を飛ぶということも考えられるが、それなら一度くらいは誰かに目撃されていそうなものだ」
出身は他国だがゲルマン語を読むのに苦労はない零とデュランもカードを確かめ、内容の怪訝さに首を捻っている。全部順番に見せてもらうが、やはり差出人を示していそうなものはない。カードの文字以外に人を示すものがないかと眺めるが、三人共にそれらしいものは見出せなかった。
ところが。
「お客さんは、キエフにいる人にはだいたい聞いて歩きましたけど、流石に全員ではないです。一度しか来なかった人とか、普段はキエフ以外で仕事をしている人も少しはいるので‥‥」
レフの客は楽器を使う仕事の者だ。彼が作った楽器を買う者と、修理や音の調整のために訪ねてくる者とがいる。後者のほうが多い。
「楽器を演奏する人は、自分で調律をされるものとばかり思いましたが」
アルファが街でそういう光景を見ると口にすると、レフは『普段はそうです』と頷いた。彼らが手を掛けるのは、楽器の歪みなどにも手を入れて本格的な調律をする場合だ。
そんな仕事だから、一見の客は少ない。特にレフの家は誰かに教えてもらわねば、そこにあるということも分からない路地の奥なので、昔からのお客かその紹介で寄る者がほとんどだ。そのほとんどは人づてにでも所在の確認が出来たが、直接会えなかったのはつまりキエフを離れているからで‥‥わざわざカードを届けに来るとは考えられない。消息不明なのは数名だが、キエフにいれば関係するギルドか顔役のところには姿を見せるだろうから多分近隣にはいないのだろう。
ここまで調べて、それでもカードが届くので依頼に至ったとの説明に、零とデュランがそれぞれに似合った姿勢で首を傾げた。双方視線で会話して、零が口を開く。
「スクロール使いの可能性もまだ残っていますが、それは日頃出入りされるところを聞いて歩いてみるとしましょう。問題は‥‥」
「相手が魔物の類かもしれないということだな」
零が言葉を濁したので、結局デュランが口を挟む。魔物の類と言われてもレフは実感がなさそうだったが、言葉の意味を理解して、口を数度開閉した。言葉が出てこないようだ。
「心当たりは?」
「な、ないです。キエフからほとんど出たこともないですし。そりゃ、最近は物騒な話も聞きますけど、そういう場所に出くわしたこともありませんよ」
流石に吟遊詩人達を相手にしていれば月魔法の使い手も混じっていて、魔法に対しては多少の知識があるレフも、モンスターに魅入られたかもと言われれば慌てる。デュランがこういう時に何か言っても相手を驚かせるだけなので、零とアルファがなだめることになった。うろたえられても、話が進まない。
相手はカードを書くのだから少なくとも実体があり、ゲルマン語の読み書きが出来て、でもレフが文字が読めないことは知らない程度の関係だ。カードの内容からして、一方的な好印象を想像で膨らませている気配もする。
「ふむ、字を書く魔物は滅多にいないからな。やはり人の可能性が大か」
レフが慌てふためいている間にデュランはその結論に辿り着いたが、どうせなら言う前に気付いて欲しいと他の二人は思ったかもしれない。
日中はレフの行動範囲から魔法の使い手を捜し、夜間は張り込みを行うこととして、三人は親切なご近所の家を活動拠点とし、休息もここの厄介になることにした。
さて、この日の夜のこと。
デュランの問い掛けでご近所は更に心配して、レフは夜間は自宅を離れている。夜明かしに付き合わせる必要はないし、あまり空模様もよくないので、三人は別室で見張りを行っていた。レフ達が出入りを見張っていたのは、木戸に繋がる路地が見える家だったが、彼らがいるのはレフの家の戸口が見える隣家の居間だ。
月明かりがなければ、正面でも家の戸口も見えないのだが、たまに覗く月の灯りで照らされると、戸口の手前にはちょうど彼らがいる家の影が掛かる。時間にもよろうが、その影が戸口から大きく離れることはないようだ。
この夜はデュランのブレスセンサーに掛かったのは猫だけ。目を凝らしていた零とアルファに見咎められる何物もなく、夜明けを迎えた。
夜明けから半日ばかり休んで、今度はレフの出入り先に最近の様子を尋ねて歩く。当人は気付いていないが、どこかで手紙の主と接触しているかもしれないからだ。
「月魔法の使い手かそれなりにいますが、スクロールを使う人はいないようですね」
「本人がそうと言わねば分からないことでもあるがな」
零がまずはレフが出入りする仕事関係の場所を当たったが、怪しげな人物は見出せなかった。月魔法の使い手は何人かいたが、いずれもレフとは古い知己だ。嫌な顔もせずに字が書けるものは書いてくれたが、もちろん筆跡は手紙のものと違う。
そしてスクロールの使い手は、見当たらなかった。レフがよく行く食堂や酒場などにも対象を広げたが、いずれもそうしたものを使う者とは縁遠い。
「冒険者酒場とは、明らかに客層が違っていましたし‥‥難しくなりました」
アルファが各所を回っているうちに気付いたとおり、華美な服装のデュランなど目立つどころか浮きまくり、東洋系の零に物珍しげな視線が投げかけられることも度々だ。彼らが名の知れた冒険者であるとはほとんどの人が気付かないものの、魔法の話をすることそのものが滅多にないと言われる始末。
レフからしてスクロールについてはよく知らず、三人に尋ねて感心していたくらいだから、本人が『使える』と言えば魔法でもスクロールでも、皆が記憶しているだろう。
「こうなると人脈から辿るのは難しいですね」
あまり荒事になってご近所が飛び起きることになるのも可哀想だと思う零が言うのに、デュランは『さっと捕まえればいい』と言い、アルファはその方法を頭を巡らせて考えている。
二日目の夜。この晩は月が煌々と光を落としていた。
これまでにカードが届いた晩と同じ条件に、いざという時に持って出る明かりを準備した零と、窓から灯りが漏れないように技術を動員しているアルファの横で、デュランは富士の名水の栓を切っていた。ブレスセンサーも効果時間を長くと思うと、彼でもたまに失敗するのでこういうことにもなる。
それとても夜が長いのが原因だが、真夜中を過ぎても変化はなく、寒さばかりが身に染みる。この時間に暖炉に赤々と火が燃えていては様子見に開けている窓から気付かれそうなので、屋内とはいえかなり冷えるのだ。ランタンに手をかざして暖を取ること更に二時間近く。
空が白むには早いが、そろそろ街中に人が出てくるのではないかと思われる時間に、外を見ていた零とブレスセンサーで探っていたデュランがほぼ同時に異変に気付いた。窓から戸口を見れば、土中から女性の上半身だけが覗いている気味の悪い状態だ。
これにアルファは少し躊躇ったが、他の二人は意に介さない。やはり魔法かと、零は速やかに窓から飛び出した。デュラン、アルファの順で続く。
この間に女性は一応全身を現して、戸口のところに握り締めていたと見られるカードを置いていた。最初は彼らの気配に気付いた様子はなかったが、流石に三人も窓から出てくれば振り返る。
「失礼。こちらの職人さんに、どういう理由で」
三人の中では一番物柔らかな外見をしている零が、逃げられないように相手の腕を掴んだ。魔法を使うが、身のこなしは隙だらけなので、あまり強くは握らない。
「見たところ、おかしなところはないな」
零とアルファが持ち出した灯りでしげしげと相手の顔を見たデュランが感想を述べた時、その女性は近隣全部を叩き起こすような悲鳴を上げたのだった。
結局、熟睡には程遠かったご近所中が起き出し、何事かと集まってきた。その間、女性はまるで物取りが人攫いに捕まりでもしたようにおいおいと泣き続け、自分が他人の家の戸口まで魔法で立ち入ったことは無視して、零がいきなり腕を掴んだとわめいている。
レフも様子を見に来て、遠目に相手の姿を見たが、なにしろそういう状況なので顔が定かではない。これこれこんな感じと三人に説明されて、ご近所と額を寄せ合って考え、ようやくこの人ではないかと思い付いたのが、一時間は経ってからだ。この頃には、皆揃って女性の泣き喚く声に疲労感を覚えている。
更に一時間近く過ぎて、ようやく女性の関係者と思われる人物がやって来てくれた。一応三人もあれこれ尋ねてはみたのだが、まともな返事がないので好きに泣かせていたところだ。デュランなど、すっかりと嫌気がさしたようで道に放り出してしまえと言い放っていた。レフの大事なお客の娘でなければ、確かに誰もがそうしたいところである。
やってきたのは恰幅がよい、走るのが苦手そうな年配の女性だ。髪の色だけ見たら、泣き喚いている女性とそっくり。問題の女性は突いたら倒れるより折れそうな体型である。
「危険がなければ依頼人に引き合わせてもいいと思ったが、この思い込みの激しさと身勝手さは十分危険だ。家に閉じ込めるか、叱り飛ばして改心させるか、修道院にしばらく預けるかしておけ」
「あらあらあら、まあまあまあ、こんな事のために魔法を教えたのではないのに」
女性が泣き喚いている間に、一方的にレフに恋心を募らせた挙げ句、自分を印象付けるためだか、浪漫とやらをはき違えて実行したか、その両方か、当人をよく知らないので微妙に判断に困るのだが、常人とはかなり違う感性で今回のようなことを仕出かしたことだけは判明した。非常に分かりにくかったが、当人の訴えを整理するとそうなるのだ。
挙げ句に彼女の中では、カードの送り主が自分だとレフが気付いていることになっていて、それで返事が来ないとかそういう文面を綴っていたようだ。
「ちょっと思い詰めすぎていらっしゃるので、お母様とよくお話して、落ち着いたら改めて、今度は昼間に訪ねていらっしゃるようにしたらいかがですか」
こういう説得が得意な訳ではなかろうが、零が至極真っ当なことを言い聞かせ、娘の所業を聞いた母親が家で父親にも相談しようと持ちかけたが、女性は今度はしくしく泣いている。彼女の中では、相変わらず自分が被害者だ。冒険者の三人は当然、母親までもが自分の恋路を邪魔する悪者になっているらしい。
「よし、家はどこだ。何人か手を貸せ」
母娘の会話が堂々巡りで決着しないので、デュランが腰を上げた。どうするのかと恐々寄ってきた男性陣を率いて、やらかしたのは女性の強制移動だ。男ばかりではまるで人攫いなので、零が傍らに付き添っているが‥‥それでもやっぱり人攫いである。アルファがデュランに急かされて、仕方ないので女性を毛布で包んで暴れられないようにしたので、なお一層。
これを数名が嫌々担ぎ上げ、母親に謝られ続けて、家まで送り届ける。女性は毛布の中できいきい叫んでいたが、無視して急ぎ足で自宅に放り込んだ。この間、デュランは指示するだけで女性を担ぐのも何もしていない。
「この後、どうしたものですかね」
「そんなこと、親にやらせればいい」
モンスターの類ではないから、後は家族に責任を取らせればいいと言うデュランに、レフがすがりついた。
「あんな女性は苦手ですよぉ」
この相談に、的確な助言が出来るものはあいにくといなかったが、一応依頼内容の相手の正体を明かすことは出来たのだ。迷惑な片思いの相手をかわす方法は、それこそ吟遊詩人ギルドの人々に相談したほうがいいのではないかとご近所が言い出し、レフの悩みはそちらに持っていかれることになった。
もっともな助言だが、悪気がなくてもそう言われると、なんとなくつまらない気分になるものがいたかどうかは定かではない。