精霊達の迷い道

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月21日〜11月26日

リプレイ公開日:2008年11月28日

●オープニング

 精霊といっても、色々なものがいる。
 冒険者が連れ歩いていることがあるエレメンタラーフェアリーもそうだし、吟遊詩人達の語りに登場するアナイン・シーも精霊だ。後者は望んでも出会えない、稀有の存在である。
 その中に、月の精霊でブリッグルというのがいる。
 これは人に直接的な害はなさないが、歌と楽の音と色恋沙汰を好む。恋心を打ち明けられない人を見付けると憑依して、その応援をしようとする‥‥考えようでは迷惑な性質していた。

「娘がそそのかされて、どこに行ったものだか分からないんですよ」
 冒険者ギルドで泣いているのは、元は相当ふくよかだったと思われるが短期間でげっそりとやつれてしまった感じの女性だった。顔色は悪いし、肌は張りがないどころかしわがより、頬は垂れてしまっている。目の下など真っ黒だ。
 彼女の娘というのは、一応バードだ。何が理由かひどく人見知りするようで、以前から付き合いがある家の子供に楽器を教える以外は人前で演奏も歌もほとんどしたことがない。
 この娘・メーリは最近、母の付き添いで出向いた先で出会った楽器職人に恋心を抱いたのだが、どういうわけか名前も書かずに恋文を届けて届けて二十数通。内容も押し付けがましいといえばまだましというもので、相手に気味悪がられて、冒険者ギルドに依頼が出された経緯がある。
 なにしろ、届けに行くのが月夜の明け方で、何を思ったのか魔法で極力姿を見られないようにしていったのだから、受け取った相手が何かと思っても致し方ない。
 この時は冒険者達に怪我もなく取り押さえられ、母親が謝り倒して、楽器職人とは和解した。
 以来、メーリの両親は人が変わったように時折半狂乱になる娘を教会に連れて行ったり、夜は親類、友人にも手伝ってもらって見張ったりしていたのだが、この日の早朝に家から抜け出してしまったのだ。
 慌てて、娘の想い人の楽器職人の家を訪ねてみたところ、彼は師匠に連れられて西に少し離れた町の教会のオルガンの修理に出掛けていた。挙げ句にその方向の街道に出る門の近くで、メーリがキエフの外に出て行くのを見た知人がいる。

 さて。
 ブリッグルとメーリの関係だが、憑依しているものとされている者である。
 メーリの突然の乱心としか思えない奇矯な振る舞いは、ブリッグルに憑依されて起きているらしい。メーリ本人にそういう欲求があったのか、ブリッグルが考えなしに突撃させる性質の持ち主だったか、両者が合わさったらそうなったのかよく分からないが、母親の主張は『ブリッグルが悪い』である。
 これが分かったのはたまたまで、メーリが姿を消す数時間前のことだ。両親が対処できる人を探しに行っている間に、ブリッグル共々いなくなっていた。両親はブリッグルを説得して引き離し、娘に落ち着いてもらったら先を考えようと思ったのに、どこに行ったか分からない娘探しを冒険者ギルドに依頼しに来たのだ。
「キエフから遠くに行った事はないんです。だから道の途中で倒れてやしないかと心配で」
 そうでなくても、平常心を欠いた状態の娘が一人で歩いていたら、何に巻き込まれるか分かったものではない。父親はすでに親戚と一緒に探しに出ている。

 このメーリを保護して、連れ戻すことが依頼。
 可能なら、ブリッグルを引き剥がして、その影響を受けないようにして欲しいとの希望もあるが、それはまず当人を見付けてからであろう。

●今回の参加者

 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2843 ゼロス・フェンウィック(33歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec4800 ルゥン・レダ(31歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

 危急の事態に応じてメーリを探しに出た冒険者は三人。
 そして現在、メーリの想い人であるレフにその師匠、彼らが仕事をしていた町の人々が朝もや漂う中、捜索の準備を整えていた。
「この道沿いには見付かりませんでしたが、万が一にも見落としがあるといけないので」
 町に到着してから、住人達に尋ねて作った簡素な街道図が雨宮零(ea9527)の手の上にある。訊いたところでは、この町に来るより手前の村に繋がる道のほうが立派なので、時々間違える人がいるそうだ。
「そちらに進んだとして、旅慣れない足では村に着いているとは思い難いな」
 ゼロス・フェンウィック(ec2843)が難しい顔で、空を見上げた。この季節、曇天は珍しいものではないが、昨日からのこの天気ではメーリが行き倒れている可能性は高い。
「町の近くは皆さんにお願いするね」
 心配顔のルゥン・レダ(ec4800)が、自分の荷物から発泡酒を取り出して別に抱えながら、レフ達を振り返った。
 メーリがキエフを飛び出してすでに丸一日、三人は彼女を探しながら街道を目的地の町まで来たが、彼女を見付けることは叶わなかった。けれどもすれ違う人の中には、明らかに旅をするには軽装のメーリを見覚えていた人が幾人かいて、こちらの方向に向かっていたのは間違いがない。
 ただし、彼ら三人にそう教えてくれた人達の大半が『その女性にも道を尋ねられた』と口にしていたことから、道を誤ったことも十分に予想がついた。
 あいにくと彼ら三人も地理に明るいわけではなく、町の人々を初冬の真夜中に捜索させることも危険で、夜明けを待っていたのである。本来無関係の町の人々が、どこまで事情を飲み込んだのか不明ながらも、快く協力を申し出てくれたのは有り難いことだった。
 零の馬にルゥンが同乗し、彼女の荷物はゼロスが預かる形にして、彼らはもと来たのとは違う道をキエフ方向に戻り始めた。その道の先の村までは町の住人が、そこからキエフに繋がる街道までの道は彼ら三人が探すことになっている。

 次の村には、メーリの姿はなかった。村人も見ていないので、ここには辿り着いていないのだろう。
「そうですか。それならこのまま街道まで行ってみます」
 零が村人に詳しい道を尋ねたところ、街道から村までは林と果樹園で、わざわざ道をそれても近道が出来るようにはとても見えないそうだ。素直に一番太い道を来れば村に着くので、メーリは別の道を歩いているか、どこかで止まってしまったか。
 それでも果樹園があるので、念のために乗せてもらっていた馬から下りたルゥンが、これまた借りたセブンリーグブーツに履き替えて、果樹園の中の道を辿ってみることにした。ゼロスは村人が使う道の分岐点でブレスセンサーを使うつもりだ。零は愛馬で街道までの道を往復してみる手筈。
 三人しかいないが、ともかくも捜索範囲が広げられるように分担して、昼前にはその村から街道までの範囲を探索に出て。
「さ、寒いよ、冷たいよ、ちょっとーしっかりしてー」
「ここからだと、親元より今朝方の町のほうがまだ近いか」
 程なくして、果樹園の林檎の木下にメーリがうずくまっているのを別方向からそれぞれやってきたルゥンとゼロスが発見した。行き倒れている姿勢ではなかったが、昼近くになっても動けないくらいに凍えていたようで、意識もはっきりしない。ルゥンが酒を飲ませようとしたが叶わず、当人も歯をがちがち言わせながら抱きついている。
 おかげでゼロスはじめ、三人共に心配していたメーリの抵抗はまったくなかったが、もう一つの心配だった体調は非常によくない。ルゥン共々毛布でぐるぐる巻きにしたまま、まずは近くの村まで運ぶ。そこで湯を貰って手足を温め、ようやく少し目が開いたところで気付けの酒を飲ませた。
 これでもメーリの意識ははっきりしなかったが、顔に色が戻ってきたので、ようやくルゥンはお役御免。メーリ一人を毛布で巻き、寝袋に押し込んで、レフが逗留している町まで運ぶことにした。こちらのほうがキエフより近いので、手当てがしやすいからだ。何にも知らない上に関わりもない村人に手間を掛けるのも、事情を説明するのも大変なので。
「まったく。家族の心配も考えられないとは‥‥精霊といっても厄介なのもいるものだな」
「説得できる相手ならいいんですけど」
 ゼロスはメーリの態度にも多少立腹しているようだが、元凶は精霊なのでメーリばかりに責任があるとは考えていない。ただこんな騒ぎを繰り返されては両親が倒れるだろうから、なんとかしてやらねばと思っていた。
 零も考えていることはおおむね同じなのだが、困ったことに彼らもルゥンも精霊をメーリから引き離す確固たる手段を持ち合わせていなかった。今はメーリ本人が衰弱しているからだが、元気になったらまた衝動的にレフを追い掛け回したのでは‥‥レフに嫌われること確定だろう。
「あたしが頑張るしかないんだよねー?」
 零がメーリを抱えて馬に乗っているので、その後ろを借り物の靴でせっせと追いかけているルゥンが口元がやや引き攣る笑顔でそう言った。ここまでの間に相談した結果、彼らは一芝居打って精霊を騙し、メーリから引き離す策を考えていたのである。
 でもその前に、メーリの世話をして、家族に連絡をし、レフにも芝居に協力を頼む必要がある。その前に暴れた時用に、ゼロスは寝袋の上に掛ける縄まで用意してあったが、メーリがそこまで元気になるにはもう少しかかるだろう。
 メーリ捜索に協力してくれたレフや町の人々に連絡が回って、全員が町に帰ってきたのは夕方近く。メーリはまだ朦朧としていたので、レフとは顔を合わせない様にしておいた。両親は翌午前には町まで来る予定だ。
 そうしたことを伝えながら、三人がかりでメーリの体調に障らない程度に怒ったり、注意したりしていたが、
「前の時より、様子が良くない感じですね。熱があるせいにしても、心ここにあらずで」
 零がそういうくらいに、メーリは夢の中にいるような顔付きだった。

 翌日になって、メーリの両親と親族が駆けつけ、レフにもちゃんと後刻事情説明をすると約束して了解を得たので、メーリに対しての一芝居が開始されることになった。
 内容は簡単だ。ルゥンがレフの恋人である振りをして失恋したと思い込ませ、はた迷惑なブリッグルに離れてもらう。そうすればメーリも躁状態から抜け出すだろうから、改めて事情を説明の上で、今後のことを家族と話し合ってもらえばよい。
 今回、運のないことにブリッグルと直接会話する方策の持ち主がいなかったので、説得は出来ないものだからこういう作戦になっていた。
 それでさっそく、レフとルゥンに頑張ってもらったのだけれど。
「だからね、レフと付き合ってるのはあたしなの。彼につきまとうのはもうやめてくれないかな。迷惑だし‥‥そんなに睨んだって、渡すつもりなんかないわよ」
「あ、あの、調子が悪いのに悪いけど、皆さんに心配かけたのは間違いないんだから」
 頑張ってもらったが、零とゼロスはメーリの視界の外で額やこめかみを押さえている。
 ルゥンは明るいし、人と楽しく交わる性格だろうが、芝居や芸事に通じているわけではない。ぶっちゃけて、演技力はあまりない。レフなど人のよさが裏目に出て、迷惑だと言うどころか二人の間を取り持とうとし始めてしまった。演技力以前の問題だ。
 端から見ていると、『あからさまにうそ臭い』の一歩手前で、落ち着いていれば絶対に騙されないだろうやり取りなのだが、メーリは怒りに打ち震えているようだ。もしもの時は両親にメロディなりで落ち着かせる助力は頼んであるが‥‥
「うきゃあっ」
 それより早く、メーリがルゥンに掴みかかっていた。思い切り首を絞めようとし、ルゥンは全力で抵抗している。もちろん零がすぐに割って入って、押し倒されたルゥンはゼロスが離れたところに引きずり出した。流石にルゥンも首に手を掛けられないようにしていたが、腕に引っ掻き傷は幾つかこしらえたようだ。
「ここまで来ると、力尽くで追い出す方法が取れるところまで括っていくしかないか?」
 ゼロスが家族に同意を求めるように尋ねたが、両親もあまりのことに取り乱していて落ち着かない。これでは決断までちょっと時間が掛かると踏んで、メーリを取り押さえている零の方を見ると‥‥
 どうしてだか、レフが床に突っ伏していて、それを零が助け起こしているところだった。メーリはレフに取りすがってわんわん泣いている。
「あー、割って入って、メーリさんに顔を蹴られちゃったんですよ」
 あたしもちょっと背中に足が当たったかもと、引き摺られている間に案外しっかり周りを見ていたルゥンが説明する。女二人を引き剥がす力量もないのに、慌てて動いたら両者の動きに挟まれて蹴り上げられたようだ。
「目は大丈夫ですね。骨もやられてないようだし、鼻も平気‥‥唇の出血は痛みますが、傷はたいしたことはないでしょう」
 てきぱきと零が怪我の様子を確かめている間、メーリはレフに抱きついていて、これをどう引っぺがすかとゼロスとルゥンは悩んだのだが、ここに至ってようやくレフがメーリに『今の状態でいられては迷惑だ』と明言した。メーリに言ったというよりは、ブリッグルが迷惑という口振りだ。本来のメーリを知っているので、奇矯な振る舞いは精霊のせいだと冒険者三人よりよほど強く思っているのかもしれない。
 メーリは上目遣いにレフを見ていたが、やがてルゥンを見たり、ゼロスと零の様子を伺ったりして、なにやら呟いた。レフは聞き取ったようだが、困ったように首を傾げただけだ。
「精霊の力を借りずに、きちんと気持ちを伝えたほうが、レフさんも応えてくれると思いますよ」
 零がどう言ったものかと考えた顔付きながら口を挟んで、レフも頷いた。メーリは見ていないが、ゼロスとルゥンも同感だと態度に表していた。精霊がいなければ、こんなにややこしいことにはならなかったはずだ。
 またメーリが何か言って、レフが頷いた。これで精霊が出なければ、いよいよもって引っ括るかと三人が目で相談していたところ、メーリがくたりと崩れた。体から、ふわりと光の塊が抜け出して、周囲をふわふわと漂った後、するりと消えた。
「あの〜、僕はこの後どうしたら」
「もちろん芝居のことは説明する。だが後のことは、自分ではっきりさせてくれ」
「いや、それ以前にこの人をどうしたら」
 メーリを抱えて慌てているレフを三人で助けて、暴れたせいかまた熱が上がってきたメーリを親に預けて、
「ブリッグルって帰ってこないよね?」
 ルゥンの心配が現実にならないように、ゼロスと零も思わず祈って、それは叶えられたようだ。
 ただメーリは正気付いたら自分の仕出かしたことが大変だと実感したのか、布団を被って三人とは顔を合わせなかった。どっぷり落ち込んでいるようで、ルゥンが布団越しに話し掛けたら謝罪はあったものの、泣きに泣いた声だった。芝居のことも説明したが、やっぱり謝り倒していたらしい。
 それで、レフのほうだが。
「あまりよく知らない人に好きだと言われても困るんですが‥‥お友達でいいのなら」
 お付き合いしてもいいですと言い、三人から『恋愛というのはそんな単純なものではないだろう』と膝詰めで語り聞かされている。
 レフとメーリがどうなるのか、それぞれに心配した三人だった。
 この先はふらふら迷わずに、なんとかなって欲しいものである。