●リプレイ本文
天界人の木下陽一(eb9419)は、今回の事件の狙いを、
「地球だと核兵器を作れる物理学者を狙うようなものか」
そう、自分の知識の範囲で納得した。地球の核兵器は作り方を知っていても材料の入手が一般人には困難だが、ゴーレムニストが一人いれば、後は巷で揃う材料と鍛冶師でゴーレム機器が作れてしまう。
こうした被害に遭う可能性は、なりたてでもゴーレムニストのカルナック・イクス(ea0144)も繰り返し聞かされていたが、実際の危険として目の当たりにするのは初めてだ。彼はゴーレムニストにしては珍しく身体的能力で危険に対処できる技能があるが、師匠の一人であるナージ・プロメにはまず無理だ。ゴーレム工房で見た人々を思い出すに、多くは学者肌で荒事には対応出来ると思えない。
しかし、その里帰りの日程までが外部に知られているとは不安な話だが、その原因は工房に寄った後に、ナージ達の代わりに出かける一行の見送りに来た新米ゴーレムニスト仲間のミーティアが教えてくれた。
「なるほどね、ナージ先生は土産に手を抜かないから」
ナージ達は故郷に持ち帰る土産をあちこちで買い整えるので、彼女達の来歴を知っていれば、里帰りの日程も連れて行く隊商も調べがつくらしい。出身のセレ分国では多少なりと中央に名の知れたゴーレムニスト二人だから、そちらの方面でも話が出ることがあるかもしれない。それにしたって、相当綿密な調査を必要とするのは間違いがないけれど。
「後の工房の動きは‥‥イムンの出身の方が数名、あちらに呼び戻されたから人手が足りなくなって、里帰りは延期だそうですよ」
「その方々は安全に戻られたのでしょうか」
「襲撃の際の情報からして、ただの賊ではないでしょう。いったいどこの手の者か」
ゴーレムニスト達の話を耳にして、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)とエリーシャ・メロウ(eb4333)が心配そうに眉を寄せた。どちらもこの先の危険に立ち向かうことに不安はないが、鎧騎士故にゴーレムニストの重要性はよく理解している。わざわざ狙うからには相応の理由があり、掛かる追跡をものともしないだけの後ろ盾があるのではないかなど、暗い推測は色々と沸きあがってきた。
「何かあれば、それこそカルナックさんの依頼同行が制止されるでしょうから、フロートシップを使ったのではありませんか」
国許からの呼び戻しなら、その位の配慮と護衛はあるだろうとやはり鎧騎士のフレッド・イースタン(eb4181)が口を挟んで、確かにと皆が納得した。ゴーレムニストがそう度々、あちこちで襲われていたら、鎧騎士や天界人の彼らの耳にも入るはずだ。
「では、ゴーレムニスト殿はこちらの馬車にどうぞ」
緊張した雰囲気をほぐすように、木下がカルナックに旅客馬車を勧めた。当人は周囲が見渡しやすい荷馬車の荷台に上がる。エリーシャとフレッドは自分の馬に、リュドミラはセブンリーグブーツで馬車に併走する手筈だ。護衛が十四名に冒険者ギルドから派遣された五名で計十九名。七台の馬車を守りつつ、先行偵察にも割ける人数がいる状態だ。
ただし、相手の出方を待つしかない点が、いささかじれったいと感じながらの出発となった。
襲撃が予想される期間は、おおむね四日間。王都に近いところは道も警邏もしっかりしているから、そこから離れたところと考えれば三日。前回は夕暮れの襲撃だったというが、今回はこちらの警戒も承知しているだろうし、夜襲も考えられる。
つまり、気を抜ける場所も時間もないということだ。流石に隊商護衛の面々も、これまでの経験で危なそうなところは出発前に洗い出していた。通る道だけを記した簡素な地図だが、それを使って休憩のたびに次の警戒場所までの距離や時間を皆で確認する。
「念のため、魔法使いと弓使いの存在は考えに入れておいたほうがいいよ。それっぽいのがいたら、俺も真っ先に攻撃するけどさ」
前回はいなかった魔法使いと弓使いだが、こちらが警戒を増した分、敵は攻撃の手を増やしている可能性はある。木下の指摘はもっともで、警戒箇所が更に追加された。季節柄、畑の中の道を通る時には見通しがいいのが救いだ。
護衛の大半は剣か槍を使うが、四分の一くらいは弓も使える。冒険者側は魔法を使う木下に、弓使いのフレッドとカルナックがいて、長中距離の攻撃の手数は揃っている。木下の攻撃は魔法一辺倒だが、カルナックは自衛に足るくらい、他の三人は刃を交わすのでも護衛に十分かそれ以上の腕前がある。
移動の合間に、互いの間合いを知っておこうかと護衛の面々と軽く手合わせをして、エリーシャは息も上がらず、リュドミラも技の多さに、二人とも『見た目で騙している』と言われていた。
手合わせで互いの力量も知れて、護衛に穴がない布陣を組み直し、先行偵察の人員も調整して、エリーシャとフレッドが借り出した携帯型風信器はあちこちの人手に渡って活用されている。
そうやって一日目が過ぎ、二日目も終わり、三日目の朝が来た。
異変があったのは、三日目の午前中のことだ。
望遠鏡を覗いていた木下が、首にかけていた紐をむしりとった。
「十八人か九人、二人は増えてる!」
動きやがって数えにくいと口に出すことなく、呪文の詠唱に移る。予想通りに弓使いが混じっていたが、こういう予測は当たっても嬉しくないものだ。
木下の唱えた呪文どおりに、天から雷が降ってくる。それはどう見ても畑の中にぽつんと建つ作業小屋の中や影に隠れていた賊の只中、弓使いに当たっていた。相手に魔法使いがいれば、このあたりで反撃が来るところだが‥‥今のところはない。
雷が降り、その直後には旅客馬車の中とその傍らから鋭い音と共に矢が飛んだ。弓使いを先にと思うのはお互い様だが、カルナックとフレッドのほうが動きは早かったようだ。捕らえろという依頼だから射殺すまでいかないが、一人に複数の矢を打ち込んで行動不能にするあたりは徹底している。
合間に木下の雷が落ちるので、弓使いのみならず数名が魔法と飛び道具の餌食になった。魔法で体勢が崩れたところに矢が打ち込まれるのだから、盾があっても身を守るに及ばない。それでも突撃してくる賊に、フレッドが矢を打ち込む。こちらは前衛の攻撃を盾で防げないようにするためだ。
「ゴーレムニスト殿を守れ!」
エリーシャが声を張り上げて、旅客馬車を示す。数名の護衛がそちらに動いて、賊の目指すところも旅客馬車に集中した。
「ゴーレムニストはゴーレムニストだけど、ナージ先生達には程遠いよ」
馬車の中ではカルナックが苦笑混じりに呟いていた。口にする言葉は軽いが、実際は弓弦を鳴らしているのだから、賊にはゴーレムニストの護衛に見えただろう。エリーシャ達も彼の弓の腕を高く評価したからこそ、囮役を任せてくれたわけで、ここで高みの見物は出来なかった。
フレッドはこの頃には弓からシルバーナイフに持ち替えて、より近距離の敵の撹乱を担っている。
「国策に携わる者を狙うとは、命知らずな‥‥まあ、おかげで命拾いしていると、言えるものかどうか」
何を分からないことをとフレッドに掛かってきた賊は、生け捕りの指示がなければリュドミラやエリーシャ、護衛の中の古参の面々が手加減しないことくらいは気付いている。捕まった後のことは知らないが、普通だったらこの場で賊の大半は切り伏せられているところだ。
騎乗していない者同士、膂力で勝ると踏んだのだろう賊が二人、リュドミラを挟み撃ちにしようとする。彼女も相当の高身長だが、相手も体格は悪くない。肩幅など、リュドミラの五割増しはありそうだった。
けれども、腕も違えば装備も違う。戦うのにより有利な装備を厳選しているリュドミラは、視界を遮らない水晶の盾で一太刀喰らわせる頃合を見定めていた。体格は相手が有利でも、武術の腕は彼女のほうが相当上回っていたのだろう。
「こちらは、口さえ動くならそれで構わないのですよ」
後に護衛の面々から『あれは迫力があった』と評される一言で相手の行動を射竦めて、リュドミラは次々と向かってくる賊を行動不能にしていた。合間合間に護衛の面々の援護があったが、なければないでも戦い抜いたろう勢いだ。ただし、その場合にはきっと屍を積み上げている。
それはエリーシャも同様で、こちらはより腕が立つ分、相手の動きに共通した癖がないかまで探っていた。十九人のうち武器を持って襲ってきたのが十四人で、その中には似たような剣筋の者もいたことはいたが、訓練された動きではない。同じ者に習ったか、片方がもう一方に教えたか、そんなところだ。
「傭兵ですか。ならば雇い主がいるでしょう!」
「いるような、いないような、だなっ」
相手の首領格と思しき男の返事に、訝しげな表情を浮かべたのは一瞬だ。エリーシャは不意に一歩引き、左右から護衛達が男の脇を狙う。騎士のやることかと罵倒されたが、生真面目な表情で返した。
「ええ、殺さず捕らえよとの命です。正式な一騎打ちならともかく、騎士道を知らぬ慮外者にはそれなりの接し方があるというもの」
護衛の中に騎士が混じっていることまで知っているのなら、全て白状してもらわねばならぬ。正式の手順に乗っ取った戦争でも、一騎打ちでもない、賊を平らげる場においての騎士道は、この騒ぎの中で馬車馬を懸命に御している隊商の人々を守ることだ。賊の言葉に怯んで守る相手を危険に晒しては、騎士は務まらない。
フレッドもリュドミラも、賊の世迷いごとには耳を貸さず、護衛達はもとより仕事を果たすことに真剣で、それは木下やカルナックにも通じる。
殺さないようにするのに苦労した者もいるが、一応意識が保たれている状態で十九人を捕らえた一行は、怪我人の手当ての間に尋問を行った。近くの官憲に連絡に行った者が用事を果たし、賊の回収をしてくれる荷馬車でも来ないことには、先に進むわけにもいかないのだ。
それにまだ仲間がいるようなら、それも捕らえて官憲に引き渡さねばならないと、隊商の護衛達はともかく冒険者達は考えていたが‥‥
「人から搾り取った金で馬や犬まで養っている奴らはわからねえよ。ゴーレムなんてものが出てきて、どれだけ金がつぎ込まれてると思う」
前王はそれでなくとも悪政で他国にまで知られていた人物だ。その王の元で開発されたゴーレムのために、各所で新たな税が課され、離散した家族も少なくない。もちろんそれがなくとも同様の流れを辿った領地と人は少なくなかろうし、王が変わっても心栄えの変わらない貴族もいる。ウィル近郊では劇的に様子が変わっているものの、離れれば離れるほどにいまだ困窮している人は多いのだ。
どうもこの傭兵達は前王の時代に領主の家が取り潰されたか、王の歓心を買うための浪費で村が滅するほどに税を取られたか、そうした悪政の中でこの境遇に陥ったらしい。それで戦いに駆り出されることに屈折した想いが積み重なっていたのだが、どこかの仕事で重税の原因の一つがゴーレム開発だと吹き込まれていた。ゴーレムニスト一人二人を襲っても国全体に変化はないだろうが、そこまで信じ込む弁舌を相手が持っていたのだろう。
その相手とはもう一月も前に別れたきりだと主張するし、十九人を別々に取り調べても同じことを言うので、その追跡は地域の警邏の仕事になった。
けれど、最初は強硬にゴーレム機器開発による重税の害を訴え、鎧騎士の三人にひどく敵意をむき出しにしていた賊達だが、官憲に引き渡され、連れて行かれる頃には憑き物が落ちたような様子で呆然としていた。
「あの様子は後日改めて確認して、聴取もやり直してもらったほうが良さそうですね」
リュドミラの発言には、皆が頷いていた。
「なにかあって人手がいるようなら、ナージ先生は迷わず依頼を出してくれると思うよ」
「あ、頼んどいて。気になるよ」
カルナックと木下が場違いなほどににこやかに言い切り、エリーシャを苦笑させていた。
フレッドは振り返った勢いで転げ落ちそうになった木下を、カルナックの鞍の後ろに押し戻している。